やはり俺の青春にウルトラマンがいるのはまちがっている 作:ichika
side八幡
「ここが嵐山、かぁ・・・!」
修学旅行2日目に、俺達は旅館からバスと電車を乗り継いで訪れた嵐山の絶景に見入っていた。
川の水面に散り流れる紅葉や、山の木々を真っ赤に染めるその彩に心奪われた。
写真でしか見た事の無い光景だったからこそ、その凄さを改めて実感させられる気分だな。
「いやはや・・・、ここまで凄いと感動モノだねぇ。」
それをカメラに収めながらも、沙希は感激した様に呟く。
いや、その気持ちはよく分かる。
千葉でも紅葉は見かけるが、此処までひしめき合い、一つの絵画の様な様子を見せてくれるとなると、その感慨も一入だった。
ちょっと前の俺だったら、こうも素直に感動を表に出すなんて事はしなかっただろうが、今はそうじゃない。
変わった物だと驚く奴もいるだろうが、別に良いじゃないか。
だって、そう在れた方が楽しいに決まってるしな。
「写真撮る?」
「いや、此処よりも良い所がある、そこへ行こうじゃないか。」
彩加がカメラを向けた先に、何故か先生が薄い笑みを浮かべながらも立っていた。
その唐突ぶりに、相模と材木座は身体を仰け反らせていたが、俺達は別段そんな事は無く、苦笑いするだけだった。
何時の間に、なんて事はもう飽きる位経験してきたな。
ま、この人が人を驚かせることが趣味な人だって事ぐらい、学習はするけどな。
「良いッスね、行きましょう。」
とは言え、信頼できる人なのは確かだ。
俺はその申し出を受け、彼の後についてそのスポットへの道を歩いた。
「聞けば、厄介な仕事を押し付けられたらしいじゃないか、何処の誰だ?」
「話が早い、何処で聞いてたんです?」
その道すがら、先生から発せられた言葉に、俺達は目を丸くして固まってしまう。
全く、この人の情報網には恐れ入る。
俺達は相談してないって言うのに、何時の間にか情報を手に入れて、それを元手に策を練る。
本当に敵に回れば恐ろしいのはこの人に違いない。
何せ、この人の場合、支配者に必要な力は二つとも持っているんだから。
「何、嫌な気配がしたもんでね、葉山君のグループが色恋に湧いてる中、二人が良い顔をしてないんだ、大方察しは着くよ。」
なんて人だ。
たったそれだけの雰囲気から物事の裏を見極めているのか・・・。
まぁ、あれだけあからさまなヤツがいるんだから、バレて当然、か・・・?
「ま、俺は案を教えるだけだ、それ以上の感傷はせんよ。」
案は出すだけ、か。
とは言え、先生の案はとんでもなく厄介且つダメージがデカいモンだ。
扱いを間違えれば、相手を追い込みすぎるのも事実、色々と慎重に動かなければならないのも事実だな。
「とは言え、何があったのか教えてくれなければ善悪の判断も出来んな、話してくれるかな?」
まぁその通りだ。
俺達の主観と事実、その二つを交えて話さないとフェアじゃないしな。
そう思いながらも、俺は葉山や海老名から持ち掛けられた話を掻い摘んで、それでも出来る限り中立を保った言葉を選んで彼に話した。
証人は、材木座を除いたこのメンバー5人。
全員その現場を目撃した当事者にして被害者でもある、先生の協力を仰ぐには十分すぎる手だ。
「なるほどな、今回は平塚サンは噛んでない、か・・・?」
俺の報告を聞き、先生は険しい表情を作り、考え込む様に何かの言葉を口にしていた。
先生の予言にも等しい鋭利なまでの推測を聞くために、俺達は先生が俺達に向けて口を開くまで待つ事にした。
下手に声を掛けてしまえば、彼の邪魔になるしな。
「大体分かった、葉山君が出しゃばった事は承知したが、どうもそれだけじゃなさそうだな。」
「どういう事です?この件に奉仕部は噛んでない筈ですが・・・。」
この件は、奉仕部とは何ら関係の無い、葉山から持ち込まれた依頼だ。
ヤツの言葉からして、奉仕部がらみでは無い筈だけど、先生は何をどう考えてその結論に至ったのか・・・?
「いや、奉仕部にも依頼は行っているかもな、何せ、君達に依頼されたのは阻止だ、だが、戸部君の様子が気がかりでね。」
「えっ・・・?」
先生の言葉に、材木座を除いた全員が表情を強張らせた。
奉仕部にも依頼が行っている可能性があり、戸部と言う奴の様子が気になると言われ、全員がある可能性を考え付いたのだ。
戸部と言う奴を、この修学旅行準備期間の間、俺はそれなりに見て来たつもりではいたが、どういう訳か告白を取りやめる気は無い様な会話がチラホラ聞こえて来ていた。
無論、その場に海老名や葉山の姿は無かったが、それを差し引いても牽制されている様な様子は一切見受けられなかった。
そこから推察できるのは、葉山は戸部を止めていない事、周りは戸部の決心を応援してると言う事、その二つ。
そして、奉仕部にも依頼が行っている可能性を考慮する、そこから導き出される答えは・・・。
「恐らく、奉仕部には戸部君の告白を成功させてほしいという依頼が入っている筈だ、そうすれば、君達は嫌が応にもそれを阻止する必要が出てくる、なんせ、対立する部に負ける訳にはいかないと思われているからな。」
なるほど、痛い所を突いてくるもんだ。
断れば俺達は依頼を行う奉仕部に負けた事になり、受ければ自ずと戸部の邪魔をした悪者になる。
あぁホント、清々しい位屑な事を考えやがるモンだ。
それに、奉仕部も俺達を叩くためならば手段を択ばないだろうし、恐らくはこの案件に噛んでくるだろうな。
どちらにせよ、持ち込まれた依頼は不利に過ぎたって事か・・・!
「だが、そこは敢えて乗っかってやれ、利用価値がある。」
だが、先生はそれが如何したと言わんばかりに笑む。
まるで、彼なりの策を見付けたと言わんばかりの、アクどい笑み・・・。
「八幡君は俺と来い、君達は戸部君を煽てて青春の一場面を演出してやれ。」
「え?でもそれは・・・。」
それだと、海老名の方の依頼は無視される様なもんだぜ・・・?
一体なんでそんな真似を・・・?
「まったく、素直すぎるのも考え物だな、科特部は何時から奉仕部になってしまったんだ?」
「あっ・・・!」
先生の呆れる様な指摘に、俺達は開いた口が塞がらなかった。
そういえば、俺達の仕事は怪獣関連の事を記事に纏めて、被害から逃れるように警告するのが役目じゃないか・・・。
「忘れてました・・・!了解しました!」
目を覚ましてもらった気分だが、やる事やらなきゃ何にもなんねぇからな。
「あたし達は戸部の方に
俺は沙希達に目配せしながらも、先生の後を追いかけた。
やる事は一つ、それだけ見えてりゃ良いさ。
今は、それで・・・。
sideout
noside
「も、もうすぐ来るべ・・・、マジヤベー・・・!」
紅葉の木々に囲まれた道に、茶髪ロン毛の少年、戸部翔は何処か落ち着きなく周囲を見渡していた。
どうやら、今日この時こそ、彼が臨もうとしていた、意中の相手への告白する時なのだろう事が窺いしれた。
その想いだけは本物なのだろう、落ち着きがない様ながらも、その眼だけはしっかりと覚悟を決めた様な強さがあった。
その付近には、海老名を除く、彼のグループメンバーと奉仕部の二人の姿もあり、雰囲気を盛り上げようとしている様だった。
「落ち着けよ、焦ってたら成功しないぞ。」
そんな彼を窘めながらも、隼人は隠しきれない苛立ちと焦りを浮かべていた。
無理もない。
何せ、科特部を訪れて、この告白の妨害を依頼した後から、彼等に特筆すべき動きはまるでなく、妨害しようとする気配を感じ取れなかった。
一体何をしている、そんな苛立ちが怒りとなっている様にさえ思われた。
「やっぱり、此処に居たんだ。」
そんな時だった、探したぞと言わんばかりの調子で、沙希と彩加がその姿を現した。
その表情には、薄い笑みが浮かべられており、一見して人当たりは良さそうに見えた。
しかし、隼人にとってはそんな事などどうでも良く、ただ漸く来たかという安堵と、何もしなかった事への怒りが沸々と沸き上がっていた。
それに呼応し、見ていた雪乃と結衣は表情を険しくし、今にも飛び出さんとしていたが、
「川崎さん・・・、戸塚君・・・、彼はどうしたんだい?」
しかし、それを押し殺し、隼人は笑みを貼り付けて彼等に向けて歩きながらも、問い質す様な口調を止めなかった。
一体何をしていた、自分が依頼した八幡は一体何処へ行った、そう言いたげだった。
無理もない、彼は科特部全体を利用する腹積もりでいたし、そのためにはキーマンである八幡の行動が不可欠だったのだ。
それがなければ、この依頼に何の意味も無いのだ。
だが、沙希と彩加はそんな彼の事など無視し、翔の方へと歩み寄った。
「戸部、海老名に告白するんだって?葉山から聞いたよ。」
「う・・・、それは、まぁ、へへへ・・・。」
沙希に問われた翔は、何処か照れくさそうに笑っていた。
あまり関わりの無い沙希の問いにも、快く答える事が出来るのは、彼の人当たりの良さがモノを言うのだろうか。
「そっか、覚悟は硬いみたいだね。」
そんな彼の反応に、沙希は目を細めながらも笑った。
彼女も、八幡と言う恋人がいる身だ、その気持ちは痛いほど分かったのだろう。
そんな沙希の様子を窺ってか、隼人は何とか予想通りの展開に安堵したのか、タメ息を一つ吐いていた。
だが、そんな彼の安堵も、次の瞬間には忘却の彼方へ吹き飛ばされる事となる。
「じゃあ、頑張って告白しな、女はストレートに言われるのに弱いんだ。」
「なっ・・・!?」
沙希の言葉に、隼人は絶句する。
戸部を止める事を依頼していたのに、まさか推奨するとは思ってもみなかったのだろう、予想外の事に対応出来ずにいた。
「あっ、来たよ!」
隼人が硬直している間に相手が到着したのだろう、隠れていた結衣が声をあげる。
その声に、全員が道の反対側へ目を向けると、そこには姫菜が歩いてくる様子が窺えた。
もう事が解決していると思っているのだろう、その表情には何処か余裕があった。
「さ、アンタの想い、届けな。」
そんな事など眼中にないと、沙希は翔の耳元で囁き、その背を押した。
行って来い、言外にそう言っている様でもあった。
それを受け、翔は頷きつつ、姫菜の方へ向かって歩いて行く。
「え、海老名さん・・・!よ、呼び出してゴメンな~!」
「ううん、別に良いよ、それで、用事って何かな?」
少し緊張しながらも話しかける彼の様子が、予想と少し違っていたからか、姫菜は驚いた様に目を丸くしながらも大丈夫だと返していた。
まさかという疑念でも過ぎったか、彼女は翔の後方10mに居た隼人の顔を見る。
当然、隼人も止める事が出来なかったため、漸く硬直状態から抜け出せたところだった。
その様子に、依頼が果たされていないと瞬時に悟った彼女は、これまでにないほどに取り乱したか、表情を青くする。
別段、翔の事を悪いとは思ってもいない。
だが、彼女が本当に彼の事を好きかと言われればそうではないし、彼氏持ちと言うスペックが欲しいわけでも無い。
故に、これからの関係を考えても、彼女の立場を考えても、本当に回避したかったに違いない。
「そ、その・・・、お、俺・・・、海老名さんの事が・・・、海老名さんの事が・・・!」
だが、そんな事など何も知らない彼には関係の無い事だった。
今にも告白をしようと言わんばかりに、内にある勇気を振り絞っていた。
沙希と彩加は、彼の背を押すように、頑張れと言う様な表情を浮かべているだけで、止めようとはしなかった。
そう、まるで、依頼など無かったかのように、彼女の事など知らぬと言わんばかりに・・・。
それを見て、姫菜は急激に自分の頭に血が昇って行くのが分かった。
翔を押しのけるように、彼女は沙希目掛けて走り、彼女の襟首を掴んだ。
「なんで!?なんで止めてくれないの!?依頼したよね!?止めてって!!これ止めさせてって!!」
最早周りの事などお構いなしなのか、彼女はただ激情に任せて沙希を揺さぶった。
何を勝手な事をしてくれる、自分はこんな事など望んでいない。
本来ならば誰にもぶつけられない筈のその怒りは、目の前にいる沙希への怒りに転換され、吐き出されていた。
「やっと感情の籠った目になったね、そう来なくっちゃ。」
だが、沙希はあっさりとそれを払い除け、せせら笑う様に呟いた。
その笑みには何処までも冷たく、何よりも堅い拒絶と侮蔑の色だけがあった。
「え、海老名さん・・・?」
沙希の侮蔑の表情と、翔の強張った声に、さっと冷水を掛けられた様に我に返った。
振り向くと、愕然と彼女を見る翔の表情があり、周りを見れば優美子や雪乃たちも、状況を次第に理解し始めた様な顔をしていた。
そこで、彼女は分かってしまったのだ。
今、彼女は自分で計画を破綻させてしまった事、居場所を失った事、この二つを、理解してしまったのだ。
「い、いや・・・!いやぁぁぁぁ・・・!!」
あまりの恐怖に、彼女はその場から逃げ出した。
その先に待つ者が、更なる絶望へ誘う事も知らないままに・・・。
sideout
次回予告
失う恐怖と害意への恐怖、二つの恐怖は少女を追いつめてゆく。
次回やはり俺の青春にウルトラマンがいるのはまちがっている
比企谷八幡は惑わない 後編
お楽しみに