やはり俺の青春にウルトラマンがいるのはまちがっている   作:ichika

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八幡と沙希は手を繋ぐ

side沙希

 

どこか波乱を感じさせる開会式が終わってすぐ、あたしは約束の待ち合わせ場所に走った。

 

既に屋台や劇の準備に走る生徒達が動いているから、少し時間が掛かってしまった。

 

約束の場所は何時もの屋上、ではなく、人目に付きにくい場所という事で、北校舎裏になった。

 

そこは、学校関係の物資搬入口に近いからか、学生はあんまり近付かない場所にもなっていた。

 

まぁそれはさておき・・・。

 

今日はこれまでになく気分が高揚していることが、自分でも驚く程強く感じられた。

 

だって、あたしが初めて好きになった、初めての彼氏と一緒に過ごせる最高の時が待ってるんだよ?

 

誰にも邪魔されたくないし、早くその時を迎えたいじゃないか。

鼓動も歩くペースも、どんどん速さを増していく一方だ。

 

因みに、彩加は委員会の仕事が忙しいらしく、大和と行動をほとんど一緒にするらしい。

前後半共に男連れって言うのは、少し気の毒、かな・・・。

 

まぁ、明日は大志や小町も呼んで色々回る予定だし、フォロー位はしてあげないとね。

 

「お待たせっ!」

 

そんな事を考えている内に、あたしは北校舎裏に辿り着いた。

 

「おう、早かったな。」

 

そこには、既に八幡が先にあたしを待ってくれていた。

 

フェンスに身体をほんの少しだけ預けて、何処か物憂げな表情から咲かせた優しい笑みが、あたしを迎えてくれた。

 

本人いわく腐った目がかなり綺麗になって来たからか、それとも自然な笑い方を思い出して来たからか、八幡のその笑みに、あたしはまたドキッとときめいた。

 

ホント、あたしが惚れっぽいのか八幡が魅力的なのか、いや、この場合、シチュエーションがズルいだけだよね。

 

「ゴメン!待たせちゃった?」

 

「いいや、今来たところだ、気を遣わせたか?」

 

あぁもう、そんな笑顔で気を遣わないでよ。

嬉しくてこっちまでにやけちゃいそうだよ・・・。

 

「ううん、ありがとね、八幡。」

 

「おう、なら早く行こうぜ。」

 

あたしが差し出した手を、八幡は躊躇う事なく取って、ぐっと引き寄せてくれた。

 

そのちょっとしたことでも、あたしはまた嬉しくて、顔がにやけそうになって仕方が無かった。

 

だから、あたしはほんの少しだけ、いつもよりちょっとだけ八幡に身体を深く預けた。

 

しっかりと回された腕が、なんだかとても嬉しかった。

 

二人連れ添って、文化祭のメイン会場へと足を向けようと校舎の陰から出た時だった。

 

「あれ、八幡君に沙希ちゃんじゃないか。」

 

「相変わらず仲良しね~♪」

 

「「コートニーさん?リーカさん?なんで?」」

 

あたし達の師匠、ヒエロニムス夫妻が、揃ってカバーが掛けられた台車で何かを運んでいる所に出くわした。

 

あたしがバイトしている時にいつも見るバーテンダーの姿では無く、コートニーさんは先生が着ているスーツに近いけど、僅かに着崩している雰囲気が感じ取れる服を、リーカさんはロングスカートとジャケットを合わせた様なコーディネイトの服を其々着ていた。

 

って言うか、なんでいるんです?

 

「こんな所で逢引きか?若いって良いな。」

 

「あ、そういう事ね・・・♪」

 

「「―――ッ!?」」

 

ハッハッハと軽妙な声でからかうコートニーさんと、何かを察した様に笑みを深めたリーカさんに、あたし達は思わず意味を想像して紅潮する。

 

こ、これは所謂、男女のアレコレを疑われてるって事・・・!?

 

そ、そんなんじゃないですよ!?

ま、まだキスしかしてない訳だし・・・、チャンスが出来たら八幡と・・・、って、そうじゃない・・・!!

 

「まぁでも、ちゃんと着けるモノは着けとけよ、一夏には黙っておいてやるから。」

 

「沙希ちゃん、頑張ってね♪」

 

「「そ、そんなんじゃないですッ!!」」

 

このお兄さんとお姉さんはなんて事をいってくれるんだろう・・・!?

あたし達はまだ未経験同士だって言うのに、そんな踏み入った話なんて出来る訳ないでしょうに・・・!!

 

「ははは、っと、色々言ったが、まぁ楽しんでくれ。」

 

「デートの邪魔はしないから♪またね~♪」

 

からかうだけからかって満足したか、二人は軽く手を振り、仲良く台車を押して校舎へ歩いて行ってしまった。

 

な、なんか、始まるまでにどっと疲れた様な気分だよ・・・。

 

「一体何しに来たんだあの人は・・・、まぁいいや・・・、行くか。」

 

八幡は一つ咳払いして気まずい雰囲気を飛ばし、あたしの手を引いてくれた。

 

力強くて優しい、彼の今の姿を現している様な印象を受ける行動だった。

 

「うん・・・!」

 

それが嬉しくて、あたしはさっきまでの疲労なんて忘れて、彼の後を追った。

 

こんな感じでも、きっと楽しい時間が過ごせる。

それが、あたし達のペースだって感じられたから・・・。

 

sideout

 

noside

 

それから、八幡と沙希は正門から校舎入口までの道に設けられた、出店の列にやって来ていた。

 

流石に学校内の人目に付く処ではまだ二人とも恥ずかしいのか、そこでは手を繋いではいなかったが、それでも互いの距離は近く、肩が触れ合う様な距離だった。

 

まるで、そうあるのが当然と言うかの如く完成された雰囲気に、彼らとすれ違う生徒達は皆、自分達では成し得ない雰囲気に気圧されたか、ただ茫然と見る事しか出来なかった。

 

「なにか食べるか?ケバブなんて珍しいのもあるぞ。」

 

「え?ホントに?物好きがいるもんだね。」

 

そんな周囲の事など露知らず、二人は出店のメニューを見ながらも、自然と歩みを進めていた。

 

その雰囲気は本物であり、今だその様な関係に成れていない者達にとっては、羨望にすら値するものであったに違いない。

 

しかし、それが当たり前と化している二人には、そんな周囲の事などどうでも良いのだろう、ケバブを出している店へと足を向けた。

 

その店は、教室を間借りしているらしく、出店の並びとは外れた場所にあったが、二人にとっては興味に勝るものなしと言った様に、何も関係は無かった。

 

「おい、さっきの店、ヤバかったな~!」

 

「ホントホント!俺緊張しちまったよ~!!」

 

その道すがら、彼等とすれ違う何組もの生徒達が、口々に興奮した様な言葉を発していた。

 

まるで、素晴らしいモノを見た、そんな興奮が彼等の表情からは察する事が出来た。

 

「有志の人だったのかな?すっごいイケメンだったよね~!」

 

「うんうん!黒髪と金髪で絵になってた~!」

 

「あの金髪の美女見た?外人さんだよな?モデルみてーだったな!!」

 

「あぁ!眼鏡の人も良かったけど、茶髪の人もメチャクチャ綺麗だったよな!」

 

男女分け隔てなく、何かを褒める様な会話が聞こえてくるが、それがどうも、彼等が良く知る人物達の特徴を指している様な気がして仕方が無かった。

 

「・・・、まさか、な・・・。」

 

「まさか・・・、ね・・・。」

 

まさか、な展開を思い浮かべるバカップルだったが、それは無いだろうと首を横に振る。

 

何せ、一夏や彩加からは、彼等が来るなど一言も聞いていないのだから。

 

気を取り直して進んで行くと、一つの教室の前に異様な人だかりができている光景が、彼等の目に飛び込んでくる。

 

「わっ・・・、すごい並んでるね。」

 

「そうだな、っていうか、あの店が目的の店みたいだな。」

 

よほどうまい店が出てるんだな、二人が抱いたのはそんな感想だった。

 

文化祭レベルで出される料理に、ここまで人だかりができる事も稀だろうと、二人は期待を胸に、その列に並ぶ。

 

暫くすると、表情を紅潮させた女子生徒数名や、口ぐちに誰が良かったかなどを騒ぐ男子生徒数名が、その店から出てくる。

 

その度に、彼等の脳裏には、某店にいる大人たちの姿が浮かんでは、いや、有り得ないだろと頭を振って思考を脇に逸らす事を続けていた。

 

どんどん列は進み、遂に店の看板が、二人の目に飛び込んでくる。

 

その看板には『多国籍喫茶 RAYSTA≪レイスタ≫』という店名が表記されており、その近くにはメニューボードが下げられている手の込み様だった。

 

「「(よかった・・・、あの店じゃない・・・。)」」

 

その名前から、懸念していた事では無いと判断したのだろう、二人は安堵のタメ息を吐いて、列の流れに意識を戻した。

 

しかし、此処で気付いていれば、後々の大事は回避できていたのかもしれない。

 

レイスタとは、とある文字のアナグラムだと言う事に・・・。

 

そんな事に気付く事も無く、暫くすると、彼等が店内に案内される番と相成った。

 

「すいません、二人で・・・。」

 

「いらっしゃいませ~♪」

 

店内に入った二人を出迎えたのは、セーターとジーパンと言うラフな格好の上に、エプロンを着けたシャルロットだった。

 

見れば、店内にいる彼等の師全員が、何時もの制服とは異なった格好をしており、如何にも若者向けと言う風を装っていた。

 

「「えぇ・・・。」」

 

八幡と沙希が見た事が無い様な、上機嫌ですと言わんばかりな笑みで出迎えるシャルロットに、二人は困惑と驚愕、その両方が籠った、何とも間の抜けた声を漏らしていた。

 

仕方あるまい、自分達の師が、嫌にノリノリに接客してきたら困惑するのも無理は無いのだから。

 

そんな二人の嫌そうな表情を見たか、シャルロットは悪戯っ子の様な笑みを浮かべ、店内に声を掛ける。

 

「カップルシートに2名様ご案内~♪」

 

「「ちょっ・・・!?」」

 

まさかの対応に、八幡と沙希は顔を真っ赤にして狼狽える。

 

なんてことしてくれるんだこの師匠は・・・!

そんな感情が彼等の表情からは見て取れた。

 

「ご来店ありがとうございます♪」

 

「どうぞごゆっくり~♪」

 

シャルロットの言葉を合図に、セシリアと玲奈が姿を現し、彼等の背を押すように奥の席へと案内する。

 

「「なんですか!?なんなんですか!?」」

 

あまりにも手際よく移動させられたため、抗う事すら出来ずに席に座らされた。

 

その手際と、バカップル二人に対する扱いを不思議に思ったのか、周囲のギャラリー達はポカンとした表情で、その一連の流れを眺める事しか出来ていなかった。

 

ここで、それをされている相手が友人や知り合いならば、からかいの一つや二つでも投げられたであろうが、今その接客と言う名のいたずらを受けているのは、校内でも随一のボッチ同士のカップルなのだ、からかえる様な間柄の者など、この場にはいなかった。

 

「お待たせいたしました、ご注文の特製ケバブです。」

 

「ご注文のオレンジジュースで~す♪」

 

彼等が来るのを今か今かと待っていたのか、またまた手際よくケバブとオレンジジュースが運ばれてくる。

 

「え?何?なんですかこれ・・・!?」

 

「何時の間にケバブなんて売り出したんですか!?」

 

訳が分からないよと言いたげな八幡は困惑し、沙希はバイトとして関わっているが故に、この前までメニューに無かったケバブが出て来た事に驚いていた。

 

「待って沙希、そこ驚くトコロじゃない!」

 

驚くトコロがずれている恋人に、八幡は思わず状況を忘れて突っ込んでいた。

 

『ごゆっくりどうぞ~♪』

 

そんな彼等に、アストレイのメンバーは皆、途轍もなく良い笑みを浮かべて他の客の接客に移って行った。

 

その変わり身に、彼等は何も言えずにただただタメ息を吐く以外なかった。

 

だが、出されたモノは頂く主義なのだろうか、二人はケバブに手を伸ばそうとした。

 

しかし、そこで気付く。

ケバブが、少し大きめサイズのものが、一つしかなかったのだ。

 

「「え・・・、えっ・・・?」」

 

自分達はカップル、出されたケバブは一つ。

ここから導き出される答えは只一つ、恋人が臆面もなく出来る事の一つであった。

 

「こ、これをやれと・・・!?」

 

八幡は、その答えを実行しなければならない羞恥に、顔を一気に赤く染めた。

 

幸い出されたオレンジジュースは二つだった様で、一番分かり易いカップルのデート風景にはならずに済んだようだ。

 

しかし、そんな事など些末な事でしかなかった。

 

「や、やる・・・!」

 

沙希は、こんな機会を逃せるかと言わんばかりに、その罠に乗る事にしたようだ。

 

恥ずかしさもあるだろうが、それ以上に、恋人らしい事をしてみたくなったのだろう。

 

「お、おう・・・!」

 

その気迫に呑まれたか、八幡は少し上擦った声で応じ、ケバブを手に取る。

 

スパイシーチリソースの香りが鼻腔と食欲を刺激し、何とも言えぬ想いを喚起するが、今の彼にはそんな事など些細な問題ではないだろうか。

 

「「い、いただきます・・・。」」

 

沙希も八幡と手を重ねるようにケバブを持ち、端っこと端っこに同時にかぶりついた。

 

その瞬間、主に店員勢から盛大な歓声が上がり、カメラのフラッシュを焚く音さえ上がった。

 

周囲の野次馬達は、何が起こっているのかさえ分からないのだろう、更に唖然とした様な表情で、呆然とその異様な光景に見入る事しか出来なかった。

 

「なんだこれ・・・、なんだこれ・・・!!」

 

「あ、あうぅ・・・。」

 

あまりの恥ずかしさに赤面しながらも、兄貴分姉貴分たちに向けて叫ぶ八幡と、自分は何やってるんだと言わんばかりに、その整った顔を真っ赤にして俯く沙希であった。

 

そんな彼等を尻目に、アストレイのメンバー達と彩加はとってもいい笑顔で撮った写真を見ていた。

 

その背後には大和の姿もあり、羨ましい様な気の毒なような、何とも言えない表情をしていた。

 

「って、彩加!?何時来たの・・・!?」

 

「うぉっ・・・!?大和まで・・・!?」

 

「う、うん・・・。」

 

親友と友人の存在にようやく気付いたのだろう、二人は席を蹴飛ばさんばかりに飛び上がった。

 

そんな二人の様子に、なんで今まで気付かなかったんだろと、大和は少し引いた様に頷く。

 

彼は、八幡と沙希が一つのケバブにかぶりつく直前に、彩加に仕事という名目で連れて来られたのだ。

 

いきなり入った店が実はウルトラマンの巣窟で、そこで八幡と沙希が付き合いたてのカップルでもしない様な事をするなど、彼の思考のキャパシティーを超える程の笑撃であったに違いない。

 

「いやぁ、良い写真が撮れたよ~、二人はホント、アツアツだねぇ~♪」

 

「「悪魔!堕天使!彩加!!」」

 

「ノンノン、僕は2人の親友だよぉ~。」

 

「(凄い良い笑顔なんだけど・・・、南無・・・。)」

 

赤面しながら叫ぶ二人と良い笑顔を浮かべる彩加に、大和は心の中で、こんな状況になってもこっそり手を握っている八幡と沙希のバカップルぶりに呆れ、こっそり合掌した。

 

だが、そんな状況もまた、彼等の絆を確かめる、ある種の遊びになっているのだ。

 

それを分かっているアストレイのメンバーもまた、これから訪れる彼等のリーダーが、彼等の傍に居続ける理由を改めて感じ取り、微笑んだ。

 

そんな騒がしくも和やかな雰囲気が支配する店内で、その一時は過ぎていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

野次馬の群衆なのかで、3つの強い負の念が渦巻いている事に、誰も気付かぬままに・・・。

 

sideout




次回予告

文化祭の盛り上がりの最中、その女はまた、懲りずに向かって行く。
例えそれが敵地であろうと、なんであろうと・・・。

雪ノ下陽乃は興奮する

お楽しみに

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