やはり俺の青春にウルトラマンがいるのはまちがっている   作:ichika

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雪ノ下陽乃は這い寄る

noside

 

八幡と沙希が花火を見て、ロマンチックな雰囲気を醸し出いていた頃。

 

二人を送り出したアストレイは、夜のバーとしての営業を始めていた。

 

今日のシフトはコートニーとリーカの夫婦が受け持ちであるため、主に酒の種類が増えるで有名な日だった。

 

静かなバーで少しのツマミと酒で雰囲気を楽しむ、大人の時間を過ごせると、その日は常連だけでなく雰囲気だけで入ってくる者も少なくは無かった。

 

だが、今日に限ってはそうではないらしい。

 

「・・・。」

 

「ふへへ~・・・。」

 

「・・・。」

 

無言、にやけ面、そして無言のプレッシャーに支配された空気は、最早魔界と呼んでも差し障りのないほどに重く、何時もの雰囲気を期待して入って来た客はあまりの恐怖に逃げて行った程だった。

 

「ちょ、ちょっと、これ如何なってるの・・・!?」

 

遠征終わりの晩御飯がてら、近くに寄ったついでに訪れた彩加は、店内にいた小町に小声で話しかける。

 

店の端に縮こまり、セシリアが用意して行った賄のカレーを二人で食べるが、味など分かる訳も無かった。

 

「わ、分かりません・・・!あの女の人が入って来てからこんな感じで・・・!!」

 

彩加の問い掛けに、小町もまた、上擦った小声で答える。

 

彼女は八幡と沙希を送り出した後、落とし前の片付けを終わらせて帰ろうとした矢先に、この雰囲気に巻き込まれたのだ。

 

大志はバカップルを追い出した後、弟妹達の面倒を見る為に先に帰っているため、既に店内には居なかった。

 

しかも間の悪い事に、セシリアとシャルロトは非番のため、スパークドールズを探しに出ており、宗吾も玲奈もまた、買い出しに出ると言ったきり1時間は帰って来ていなかった。

 

一夏に至っては仕事が長引いているのだろう、早朝から姿を見かけていなかった。

 

仕方あるまい、彼等にも彼等の事情があるのだ、こんな居辛い所に帰って来てくれと言う方が無茶なのだ。

 

「(八幡も沙希ちゃんも、なんてタイミングでデートに行くのさ・・・、これで結ばれてたらエクスラッシュ叩き込んでやるんだ・・・。)」

 

だが、それを恨めしく思うのも仕方あるまい。

彩加は運よく出掛けたバカップルである親友二人に内心物騒な悪態をつきつつ、視線を再び惨禍の中心へと向けた。

 

「あ、あの!コートニーさんは、此処を始めてどれぐらいなんですか!?」

 

客であり、その雰囲気の元凶である女、雪ノ下陽乃は、普段の人を喰った様な底知れない笑みでは無く、ただただ純粋に目の前にいる男に見惚れている様な表情で問い掛ける。

 

それはまるで、恋する乙女モードであり、八幡と沙希が見ればある意味で腰を抜かす事間違いなしだった。

 

以前見た試す様に人を見ていた人物が、今やラブハリケーン一直線なのだから。

 

だが、正直言って彩加の方が驚いているまである。

何せ、夏休み初期に会った時とはまるで印象が違うのだから、当然の反応と言えば当然だった。

 

「半年程、かな・・・、親友の誘いで始めたんだが、こういう仕事も悪くないと思えるようになって来たところだな。」

 

そんな彼女の醸し出すオーラを物ともせず、淡々と答えながらもシェイカーを振るコートニーの表情には、ある種の恐怖が薄らと見て取れた。

 

何せ、相手は自分よりも遥かに年下である訳だし、更に言えば自分は既にパートナーを持つ身だ、その雰囲気に呑まれてやる訳にはいかなかった。

 

「そうなんですね~!凄く似合ってて、か、カッコいいと思いますっ!」

 

その言葉からプロフェッショナルとしての意識と、大人の男としての想いを感じ取ったのだろうか、陽乃は表情を更に輝かせる。

 

何時ぞやの、颯爽と自分を助けた時とは違う、ヒーローでは無く身近な大人としての余裕に、更に心惹かれたのだろう。

その表情からは、最早恋の熱に紅潮した、何とも艶かしい気色すら窺えた。

 

「(凄い・・・、あれが、恋する女、なのかな・・・。)」

 

小町はそんな事を思いながらも、自分の兄は今どうしてるか何て事を、まるで現実逃避するかのように頭の何処かで考えていた。

 

彼女にとって、陽乃は全く関わりの無い間柄であり、そんな女が自分の師に惚れている様な素振りを見せれば、それなりに気にもなると言う物だ。

 

しかし、それは好奇心から来るものであり、本能は逃げろと警鐘を鳴らし続けている事には変わりなかった。

 

そんな様子を傍から見ていた彩加は、胃がキリキリと痛む様な感触を受けた。

陽乃の桃色オーラに当てられての胃もたれでは無い、これはストレスからくる痛みだと気付いていた。

 

何せ、陽乃とは真逆の、絶対零度に近い雰囲気を醸し出している存在が、彼等の近くには居たのだから。

 

「あの、お客様、お時間はよろしいのですか?」

 

その雰囲気の中心にいたもう一人の女バーテンダー、リーカは何時も浮かべている笑みが引き攣り、さっさと帰れと言う雰囲気が透けて見えた。

 

何を隠そう、彼女はコートニーの妻であり、それこそ長きに渡って連れ添ってきた間柄なのだ。

それ故にコートニーへの愛は非常に深いため、嫉妬心も人一倍強かった。

 

だからこそ、関係の深い自分の家族や仲間達ならばまだしも、見ず知らずの女がコートニー目当てにやって来て、彼を恋慕する様な目で見ているのは面白くない事だろう。

 

早く出て行け、営業の人間としては絶対にしてはいけない雰囲気が言外にそう語っている様だった。

 

「御心配どうも~♪これでも成人してるし、お金もあるんでタクシー呼びますよ~♪」

 

歴戦の猛者の覇気を受けてもなお、陽乃は頬を紅潮させたまま笑って受け流す。

 

恋は何時でもハリケーンと言わんばかりに、最早コートニー以外の事など目に入らないのだろう。

 

「へぇ・・・、じゃあ、もう少し飲んでくれませんか?さっきから何も頼んでないじゃない。」

 

その表情に、リーカは米神に青筋を浮かべながらも営業スマイルを崩さないまま、注文を促す。

いや、貼り付けていると言う方が正しかっただろう、何せ、言葉遣いは最早営業と言うよりは喧嘩腰になっているのだから。

 

「そんな事言っちゃうの~?客足減っちゃいますよ~?」

 

だがしかし、表情を貼り付けるのは雪ノ下陽乃の十八番でもある。

リーカに対して一歩も退かずに笑って見せた。

 

それほどまでに、ある意味でコートニーに入れ込んでいるからこそ出来る所業でもあった。

 

そんな彼女達の背後には、凄まじい形相の鬼がまるでそこにいるように見えるまでになり、今にもぶつかり合おうとしている様に幻視する程だった。

 

そんな雰囲気に巻き込まれる形になったコートニーの手が若干震え、更に理不尽に巻き込まれた彩加と小町に至ってはガタガタと震え、まるで助けを求めるように、神に祈る様に手を組んだ。

 

「(なんだこれ、なんだこれ・・・!!)」

 

コートニーは何故こうなったと言いたげに表情を顰める。

 

その熱の籠った表情を見ていれば、自分がどう思われているのかなど、永く生きていればそれなりに理解は出来るし、その答えも当然ながら分かっている。

 

だからこそ、何も言わないでいたのだが、その結果がこれだとすれば、彼自身笑いものだと皮肉に思うほどだった。

 

「(彩加君、小町ちゃんを連れて早く帰れ、此処は俺が何とかする。)」

 

だが、自分の問題に無関係な者を巻き込むわけにはいかない。

そう思いながらも、彼はこっそりと彩加と小町に逃げる様ジェスチャーで促す。

 

彼等だけでもこの地獄のような場所から逃がす、センパイとして、大人として、そこはしっかりしているコートニーだった。

 

だが、余裕の無い彩加と小町はただ頷くだけで、脚が震えてしまって動けそうになかった。

 

「(無理です・・・!足が震えて・・・!!)」

 

「(おい・・・!何の為に鍛えたんだ・・・!)」

 

逃げるのは無理と言いたげな涙目で首を横に振る彩加に、コートニーは情けないと言わんばかりに小さく舌打ちをする。

 

だが、それは八つ当たり以外の何物でもない。

何せ、鍛えたのはこの様な状況に対処する為でなく、怪獣や闇の支配者と戦うためのモノだ。

 

このような男女関係の仲裁に入るために鍛えた訳ではないのだから、動けなくなっても仕方はあるまい。

 

こういった修羅場は、場数を踏まなければなれる事は無いのだから。

 

だが、何としてでもこの場を収めなければと、コートニーは2人の悪魔を見ながらも思考をフル回転させる。

 

そして、その答えは・・・。

 

「リーカ、俺休憩はいるから。」

 

逃げの一手、親友である一夏もたまに使う方法でその場を乗り切ろうとした。

 

というか、本気で逃げたいと言うのが彼の本心だろう。

 

「(なんてことしてるのあの人・・・!?)」

 

コートニーのまさかの対応に、彩加は驚愕に目を見開く。

 

止めて行ってくれるモノだとばっかり思っていたが、ものの見事に離れようとしてくれるんだと、彩加は恨めしそうな目で彼を見た。

 

だが、それを許すほど、女と言う物は甘くは無かった。

 

「待ってコートニー、まだ話終わってないよ?」

 

「こんな嫉妬深い人といても、楽しくないですよ~?」

 

鬼の目線が一気にコートニーに殺到し、まるで射殺す様に視線が殺到する。

 

女の争いに巻き込まれたコートニーは、背中に嫌な汗が流れ落ちるのが分かった。

 

「い、いや、俺の事は気にするんじゃない、ほら、そろそろ良い時間だし、な・・・?」

 

「(こ、こわっ・・・!沙希ちゃんも、あんな風になっちゃうのかな・・・?)」

 

冷や汗を流すコートニーに詰め寄る二人の女に、彩加は自分の近くにいる恋する少女を思い浮かべ、こうなってしまうのではないかと恐怖する。

 

その思考を沙希が知れば、目を逸らしながらそんな事はしないと言うだろう。

 

それはさて置き・・・。

 

「コートニー!!」

 

「どっちが良いんですか!?」

 

プレッシャーを強め、押し迫る女達にコートニーが後ずさった、その瞬間だった。

 

肌を撫ぜる様な悪寒が彼等を襲った。

 

「ッ・・・!?な、何・・・!?」

 

その感触を知らない陽乃は不快感に表情を顰めて辺りを見渡す。

 

だが、その感触を知っているコートニー達4人は一斉に顔を上げ、店の外へと走る。

 

外に出た彼等の目に飛び込んで来たのは、巨大な、途轍もなく醜悪な姿をした存在だった。

 

「あれは・・・、まさか・・・!?」

 

その姿を見たリーカは、信じられないものを見たと言わんばかりに目を見開き、口元を覆う。

 

過去にカタを着けた筈の、その悪夢が目の前にいるのだから。

 

「フィンディッシュタイプビースト、ノスフェル・・・!」

 

コートニーは拳を握り締めながらも、怒りに燃える瞳でその悪魔を睨みつける。

 

だが、怒りに呑まれないのは、永年の鍛錬の成果であるのだろう、彼は懐より光の短剣、エボルトラスターを取り出し、ノスフェルに向かって走る。

 

「あっ・・・!?」

 

4人について店から出た陽乃は、その怪物の方へ向かって行くコートニーに手を伸ばす、

 

何をしているんだと、辞めてくれと言わんばかりに。

 

「貴女!早く逃げなさい!!ここは危険よ!!」

 

だが、それを止めるようにリーカが割って入り、小柄な体のどこにそんな力があるのか分からぬパワーで、陽乃をその悪魔から遠ざけようとする。

 

「離して・・・!!あの人が、あの人が危ないんだ・・・!!」

 

好きになった男を止めなければと、彼女は必死の抵抗をする。

自分が無力な事は分かっている、だが、危険から逃げる事ぐらいは出来る、そう思っているのだろう。

 

だが、その思いもまた、彼女達ウルトラマンの活動には障害足り得るものだった。

 

存在を秘匿しなければならない存在である彼女達の立場からすれば、ウルトラマンに纏わりつく彼女もまた足手纏いにしかならないのだ。

 

「リーカ!」

 

途中で止まったコートニーが、振り返らずに声を上げる。

 

その背中からは、構わないと言う覚悟が見て取れた。

 

「俺が希望に成れるなら、その光が何かを齎せるなら俺は戦う!この光を、繋ぐために!!」

 

意思が籠められた言葉と共に、彼はエボルトラスターを引き抜き、眼前に構える。

 

そこから光が溢れ出し、彼を包んで行く。

 

「うぉぉぉぉぉぉ!!」

 

裂帛した叫びと共に、彼の身体は変わって行く。

 

「きゃぁっ・・・!?」

 

あまりの光に、陽乃は目を閉じ、顔を覆った。

 

その光が晴れ、顔を上げた彼女の目の前に聳え立っていたのは・・・。

 

「銀色の、巨人・・・?」

 

sideout

 




次回予告

光の巨人を目の当たりにした陽乃、彼女の運命も、此処から変わって行くのだろうか。

次回やはり俺の青春にウルトラマンがいるのはまちがっている

雪ノ下陽乃は目撃する

お楽しみに

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