やはり俺の青春にウルトラマンがいるのはまちがっている   作:ichika

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川崎沙希は驚愕する

side沙希

 

「それじゃあ、行ってくるね。」

 

夏休み初日の朝9時、あたしは見送りに来た大志に留守を任せてとある場所に行こうとしていた。

 

その場所は、あたし達の始まりの地でもある所、アストレイだ。

今回はそこから車で移動して、人気の少ない場所で格闘の訓練をする手筈になっている。

 

夏休みの大半がそれで潰れるだろうから、取り敢えず課題は持ったし、応急処置用の包帯や絆創膏、それから傷薬も持った。

水分や食事は向こうでなんとか調達できるだろうから、特に心配はいらないね。

 

「うん、お兄さん達によろしくね、それにしても姉ちゃん達が部活作るなんて思わなかったよ。」

 

あたしを見送る大志は笑顔で、だけど少し驚いた様に話しかけてきた。

まぁ、つい数カ月前まで人を寄せ付けなかったあたしが、隣に立ってくれる人を作って、その人たちと一緒に部活を立ち上げるだなんて、今でも実感湧かないもんね。

 

「まぁ、あたしも実感ないよ、でも、八幡達がいてくれるから、前に踏み出せたってのもあるけどね。」

 

あの人たちがいてくれたから、この力があるって言う接点だけじゃない、心と心のつながりができたから、あたしはこうやって、夏休みに家の事以外をしようと思える。

 

だって、しなきゃ嘘になっちゃうしね。

 

「そっか、イイじゃんかそう言うの、羨ましい位だ。」

 

あたしの言葉と表情を見て、大志は心底安心したと言わんばかりの笑顔を向けてくる。

 

ホント、心配性なんだから。

それが嬉しいなんて、口が裂けても言わないけど。

 

「まぁね、じゃあ夜までには帰るから、よろしくね。」

 

「うん、気を付けてね。」

 

手を振って見送る大志に手を振り返し、あたしは目的の場所まで歩いて行く。

 

いつも通り、バイトに行く時の道と変わらないけど、それでもなんでか、何時もより足取りは軽い気がする。

 

多分、行けばアイツが、あたしの事を思ってくれる男が待ってくれてるって分かってるから。

 

「よう、沙希、おはようさん!」

 

そう思ってた時だった、あたしの後ろから掛けられた声に、あたしの鼓動が早くなるのを感じた。

 

振り返ると、そこには出会った頃の腐った目がかなりきれいになって来た目であたしを見詰める男、八幡があたしに向かって走ってくるのが見えた。

 

私服姿を見るのは初めてだけど、半袖短パン、ノースリーブのジャケットって言うラフな格好も、何処か彼らしくてついドキッとしてしまったのは内緒だ。

 

「おはよ、八幡、今日からよろしくね。」

 

「おう、こっちこそ頼むぜ、ま、沙希がいてくれりゃ安心だ。」

 

嬉しい事言ってくれちゃって・・・。

取り敢えず、部活初日の不安が消えちゃったよ。

 

「ふふっ、嬉しい事言ってくれるじゃない、あたしもだよ。」

 

「お、おう。」

 

あ、八幡も紅くなった。

ふふっ、可愛いトコ有るんだね。

 

「そ、それよりもさ、早く行かないと約束の時間過ぎちまうぜ?」

 

いけないいけない。

流石に初日から遅刻はマズイ。

 

さて、ゆっくりしてられないね。

 

「そうだね、手、繋いでく?」

 

「良いなそれ、行くか。」

 

冗談のつもりで差し出した手を、八幡は躊躇う事なく握って歩き始める。

 

ちょっとだけ驚いたけど、八幡の耳たぶが赤くなってるのを見て、意識してくれてるのかなって思えて、こっそりガッツポーズしちゃった。

勿論、あたしも自分でも分かる位顔が熱くなってたけど・・・。

 

そのまま、二人並んでゆっくりと、夏の小道を歩いて行く。

セミの鳴き声や、車が走る音、小学生が走り回る音、全てから切り離されている二人っきりの世界に入ったみたいに、あたしの意識は八幡の掌の感触、温度に向いていた。

 

八幡の手、暖かいなぁ・・・。

なんか、こうやってるなんて、ちょっと前までは考えられなかったな・・・。

 

少し前までは、あと一歩踏み出せるキッカケが無くって、それでいて、知らず知らずの内に対立していたんだ、普通なら、こうやって並んで歩いている事さえ許されるべき事じゃない筈だった。

 

でも、お互いの恨み辛みを、きちんと向かい合う事で乗り越えられた証だって思うと、それが何となく嬉しくて、もっともっと近づきたいと思って、あたしは彼の手をちょっとだけ強く握り返してみた。

 

それを受けて、八幡も少しだけ強く握り返してくれる。

 

三人でいる時間も好きだけど、こうやって、好きな人と一緒にいられる時間も、あたしは好き。

 

でも、今はまだ、そこまで行ける時じゃない。

もっと、もっとお互いの事を知って、遠慮なんてしない距離まで行けたら、自然とそうなってるんじゃないかなって、あたしは思ってる。

 

だから、今はこれで良いんだ。

大好きな人と、大好きな人達と一緒に戦えるなら、今のままでも・・・。

 

そんな穏やかな気持ちで、あたし達はゆっくり目的地を目指した。

待ってくれている人たちの下へ、ゆっくりと・・・。

 

sideout

 

noside

 

「それじゃあ、稽古を始めようか。」

 

その後、彩加と合流した八幡と沙希は、一夏が運転する車で千葉市郊外の森林公園の一角にやって来た。

 

そこは人工の滝や広いランニングコース、トレーニング用のアスレチック器具も設けられているなど、身体を動かすには絶好の場所であった。

しかも、そこは都市部に無い樹木が鬱蒼と生い茂っており、その奥地へ行けば人目に付かなくなるなど、その力を秘匿する必要のある八幡達にとっては都合の良い場所であったのだ。

 

「こんなトコまで来たのは良いですけど、一体何するつもりなんですか?」

 

滝の前まで案内された八幡は、案内した一夏に特訓の内容を聞いていた。

 

普通ならば、まず以て特訓に似つかわしくない、古典的な滝行などさせるなど考えられないのだ。

 

「まさか滝に打たれて心鍛えろって事ですか?」

 

『おぉ!まさに特訓だな!』

 

「Xはすこし黙ってて。」

 

沙希がそんなバカなと言う様に聞き返し、Xは熱血展開に喜び、彩加は喋るなと言わんばかりにXの悦びを一蹴した。

 

三者三様だが、やはり滝=打たれると言う認識が根付いているのだろう、彼等の表情は冴えなかった。

 

「そんな古典的で意味の無い事なんてさせるかよ、アレを見てりゃ君達のやる事は分かるさ。」

 

そう言いつつ、一夏は自分達から少し水際へ行った所を指差した。

 

その指先につられて、三人が水際に目を向けると、そこには亜麻色の髪を靡かせる一人の女がいた。

 

「あれは、リーカさん・・・?」

 

その後姿に見覚えがあった八幡がその名を呟いた。

その女性、リーカ・S・ヒエロニムスは、彼等の事など一切気にすることなく、激しく流れ落ちる水の雫を見ていた。

 

「・・・っ!!」

 

リーカが大きく息を吐いたと思った、まさにその瞬間だった。

 

彼女は腰を入れた正拳突きを滝目掛けて繰り出した。

 

するとどうした事か、拳の延長線上にあった滝の流れに、大きな穴が開いた。

 

「「「えぇぇぇぇっ!?」」」

 

その有り得ない光景に、八幡達は声を張り上げて驚愕した。

 

如何にウルトラマンの力が戻っていたとしても、所詮はその程度。

素手で滝を、しかも数メートルは離れているであろう場所を割くなど現実的に考えれば不可能に近い事なのだ、驚かない方が無理があった。

 

「流石、俺達の中でも一番ウルトラ念力の使い方が上手いだけある、この程度はお手の物だな。」

 

その様子に満足していると言わんばかりに、手を叩き、彼女の方へと歩いて行く。

 

そんな彼を見て、漸く唖然とした状態から立ち直った八幡達も、リーカの下へと走った。

 

「ふぅ・・・、でもこれ、久し振りにやったから結構気を遣ったのよ?」

 

そんな彼等に気付いたリーカは、苦笑を浮かべた表情で振り向き、自分も衰えたと言わんばかりに肩を竦めた。

 

ウルトラマンとしての力が戻って一か月と少し経ったとはいえ、まだまだ身体に馴染むのに時間を要しているのだろうか?

 

「いいや、あれで充分だ、さて、見ていたな三人とも?」

 

だが、今はそれで良いと言わんばかりに頷き、一夏は八幡達に向けてさぁやってみろと言わんばかりに声を掛けた。

 

「いやいやいや・・・!?」

 

「あんなの、どうやれってんです・・・!?」

 

出来る訳無いと言う様に、沙希と八幡は勘弁してくれと言わんばかりに声を上げた。

 

単純な腕力だけなら、ウルトラマンと融合している彼等は即死レベルの落石も難なく跳ね飛ばせるほどの腕力は持っている。

だが、それは自分の拳や脚が当たればの話であるのだ。

 

拳の届かない場所にある滝を割れなど、今の彼等でも難しい事であろう。

 

「君達は、何度か見ているだろう?ウルトラマンが持つ超能力、ウルトラ念力を?」

 

「あっ・・・!」

 

一夏の試す様な言葉に合点が行ったか、彩加は目を丸くしていた。

 

そう、先程のリーカの攻撃にはあるからくりがあったのだ、

 

「ウルトラ念力は自分の身体の内外に作用する力だ、それを応用すれば、俺がやったみたいに怪獣の光線を逸らしたり跳ね返す事だって出来る。」

 

『ウルトラ念力の応用・・・、そうか!あれは、ウルトラ念力を使っていたんだ!』

 

彼の説明の本当の意味を察したXは、自分達ウルトラマンが持ちながらも、憑代となっている彩加達へ使用を勧めなかった技が持つ性質を理解し、驚愕の声を上げていた。

 

どうやら、そのような使用法は考えもしなかったのだろう。

 

「これは俺達アストレイメンバーが、あるウルトラマンと行動を共にしていた時に編み出した技の一つだ、形の無いウルトラ念力そのものに形を与え、それを見えない弾丸のように撃ちだす、使い方を工夫しただけだ。」

 

「使い物になるまで結構時間が掛かっちゃったけど、持っていて損はない技よ、色々と使えるし。」

 

「そんな技があったんですね・・・!スゲェ・・・!!」

 

一夏の解説とリーカの言葉に、八幡は漸く塞がった滝の流れに目を向けた。

 

その威力がどれほどのモノかは分からない。

だが、それでも自分達を更に上の段階へ引き上げてくれる天啓のようにも受け取れたのだろう。

 

「でも、どうしてウルトラ念力を・・・?」

 

沙希もそれを見て理解は出来たが、何か腑に落ちないと言わんばかりの表情をしていた。

 

確かに、ウルトラ念力を使いこなせるようになれば、戦い方の幅は広がるだろう。

しかし、彼女が期待していたのは、戦いにおける体術や効果的な攻撃方法だったのだ。

 

それらを学べば、ビクトリーのパワーを遺憾なく発揮できるし、彼女の性にも合っていたからこそ、ある種の肩透かしを食らったに等しかった。

 

「君達はこれまでの怪獣との戦いである程度、自分達のバトルスタイルを持っている、ここで俺達が戦い方を押し付けても、調子を狂わせるだけだからな」

 

その疑問を尤もだと思いつつ、一夏は真っ先に体術を教えない理由を答えた。

 

既に八幡達は何度も怪獣たちとの戦いを繰り広げているだけでなく、自分達の戦い方を持っていた。

 

例えば、八幡ならばパンチやチョップを主体としたボクシングスタイル。

例えば、沙希ならばキックを主体としたキックボクシングのスタイル。

例えば、彩加ならば投げ技や身体を大きく使ったプロレススタイルと言う様に、それぞれが得意とするスタイルが確立されていたのだ。

 

そこに不用意に手を加えてしまえば、戦い方を乱し、本来の力を発揮できないという本末転倒も良いところな結果を生んでしまう、そう考えたが故の訓練方針だったのだ。

 

「さて、特訓の内容を説明しておくとしよう、この一週間で君達には身体に負担を掛けない様に、ウルトラ念力の使い方と応用を覚えて貰いたい。」

 

「身体に負担って・・・、やっぱり使いすぎはよくないんですよね?」

 

一夏が話す内容に、彩加は先日のコルネイユ戦を思い出して尋ね返した。

 

あの時、一夏は彩加達三人を護るためにウルトラ念力を使い、身体に深刻なダメージを負ったのだ。

それが示しているのは、喩えウルトラマンの力をその内側に宿している八幡達三人も、使い方を少しでも見誤れば、すぐさま肉体にそれ相応のダメージが返ってくる事を示唆しているのだ。

 

つまり、気を遣い過ぎてちょうど良い程、緻密なコントロールが必要とされるのだ。

これからの戦いを見越して備えるならば、相手の虚を突く小技は幾ら憶えていても損は無いのだ。

 

「今日は俺とリーカが教えるが、アストレイメンバー全員で君達三人を鍛えよう、ついでに、帰る間際程度でも構わない、スパークドールズの捜索も忘れるなよ。」

 

「「「はい!」」」

 

これ以上話しても日が暮れるだけだと言う様に、一夏は再度手を叩き、三人に特訓を始める様に促し、八幡達もまた、勇んで声を上げ、激しく流れ落ちる滝へと目を身体を向けた。

 

「行くぜっ!!」

 

彼等の夏休みは、まだ始まったばかりだった・・・。

 

sideout

 




次回予告

運命の悪戯か、それとも必然なのか。
その少年の下へ力は落ちて行く。
その出会いは、沙希達の力にも大きく関わって行くのだった。

次回やはり俺の青春にウルトラマンがいるのはまちがっている

川崎大志は聖獣に導かれる

お楽しみに

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