やはり俺の青春にウルトラマンがいるのはまちがっている   作:ichika

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比企谷八幡は紛い物を捨てる。

noside

 

「奉仕部を、抜けるですって・・・!?」

 

八幡の宣言に、下校時間だったが故に周囲にいた生徒達は、その場の空気が凍りついた様な錯覚を受け、皆一様に身を震わせた。

 

それを醸し出していたのは、比企谷八幡が醸し出す怒りと、それを受けた雪乃の困惑と、そして怒りがぶつかり合っているが故だった。

 

片や無名の一生徒と、片や学園屈指の学業優等生、どちらが優勢に周囲を巻き込めるか、それは普通ならば考えるまでも無く後者の名が挙げられるだろう。

 

だが、今の状況はどうだ?

学園屈指の優等生よりも、無名なはずの男子生徒の方が、圧倒的な存在感を放っているではないか。

 

それに気付いた一部の生徒達は皆、信じられないと言う驚愕の色を浮かべ、八幡と、その背後に佇む沙希を見た。

 

それに気付かぬ雪乃は、何を寝ぼけた事を言っているのだと言う侮蔑の色と、得体の知れない何かに気圧されていると言う恐れ、その両方が混ざり合い、言葉を発する事が出来なかった。

 

「な、何をバカな事を言っているの・・・!?貴方は強制入部で、拒否権なんて持っていないのよ・・・!?それに、そんな事、平塚先生が許すはずが・・・!!」

 

数瞬の後、漸く呆然自失から立ち直った雪乃は、上擦った声で何をバカな事をと言わんばかりに叫んだ。

 

彼女のいう事は確かに正しかった。

退部には顧問である平塚静の許可が部活動の原則として必要となってくるのだ。

 

それは、喩え強制入部であったとしても覆しようのない事実だった。

 

だが、それはある意味で間違ってもいたのだ。

 

「それが如何した、あの人がお前に依頼した事、お前は何にも達成できてないだろうが。」

 

平塚静が八幡を入部させたのは、八幡の腐った目と捻くれた性格の更生を目的としていたのだ。

 

静が本当に目的とした事は定かではないが、依頼内容は八幡の人格更生がメインになっており、時間を掛けてでも八幡を変えていかねばならない。

 

だが、結果を見ればどうだ。

八幡の腐った目は一向に改善されず、性格も奉仕部と関わっている時限定ではあるが、その捻くれ度合いは増している。

 

つまり、そこだけ見れば、奉仕部のせいで悪化の一途を辿っているとも考えられるのだ。

 

改善を目的としているのに、悪化させては本末転倒も良いトコロだ、寧ろ、八幡にとっては有難迷惑以外の何物でもない。

 

「そ、それは貴方が奉仕部に来ないからで・・・!」

 

「あんな罵詈雑言が飛んでくるのが分かりきっているのに、なんで行きたいと思えるのか謎だな、って言うか、お前は自分で依頼を破棄してる様なもんじゃないか。」

 

言い返そうと試みたが、その言葉もまた八幡の言葉によって封殺されてしまった。

 

「な、なんですって・・・!?」

 

自分自身の責任ではないかと言われ、雪乃は顔を真っ赤にして彼に掴みかかろうとした。

 

だが、その行動は、八幡と沙希の鋭い視線で制された。

 

「事実だろうが、俺の事を更生させようと思ってんなら、なんでそんな罵詈雑言が飛び出すんだよ、正直、俺を自主退学に追い込む算段かと勘繰る位だったさ。」

 

その隙に、沙希は自身の携帯を身体で隠しながらも誰かに連絡を取った。

 

それを察した八幡もまた、時間を稼ぐべく挑発を繰り返した。

 

彼等が信じている本物が、必ず来ると信じて。

 

「それともあれか?俺がそんな事で喜んで参加する様なマゾヒストだとでも思ってたのかよ?ふざけてんじゃねぇよ。」

 

「ヒッキー!その言葉は無いんじゃないっ!?ゆきのんだってホントはヒッキーの事を思ってやってるんだよ!なんで分かってあげられないの!?」

 

その八幡の言葉に、結衣は言い過ぎだと言わんばかりに噛み付いた。

 

何故分かってやれないのかと、何故もっと人の気持ちを考えてやれないのかと。

雪乃を友人だと思っている彼女にとっては、八幡の言葉はある意味で許しがたいのだろう。

 

「だったらアンタらも八幡の事を分かってないよね、分かってるんなら備品扱いもしない筈だけど?」

 

だが、その言葉は自身に突き刺さるブーメランでしかなかった。

沙希の吐き捨てる様な言葉に、結衣は目を見開き、続く言葉を呑み込む以外なかった。

 

沙希の言う通り、結衣は雪乃を庇うあまり八幡の事を蔑ろにし、気持ちを汲んでいない。

それは正に、今自分が指摘した事と全く同じ事を自分自身がしている事に他ならなかったのだ。

 

「ホント、あたしが言えた義理じゃないけど、アンタ等って呆れる位身勝手だよ、その態度、気に入らないね。」

 

「そ、それはっ・・・!!」

 

言い返す事すら出来ず、俯く結衣を尻目に、沙希は周囲に目を向けた。

 

待ち人が今だ来ない事に焦っているのだろうか、鉄面皮を崩す事は無かったが動揺を完全に覆い隠す事は出来ていなかった。

 

八幡もそれに気付いているのだろう、僅かに唇を噛んだ後、自分だけで乗り切るべく言葉を紡ぐ。

 

「ま、そういう事だ、俺は俺を大切に思ってくれる人達といたい、お前達とじゃなく、沙希達と一緒にな。」

 

もうお前達の下には戻る気はないと宣言する彼の言葉には、強い想いが滲んでいた。

 

本当の自分を真っ直ぐ見てくれる人達といたい。

その為には、邪魔をしてくるなら容赦はしないと言わんばかりの強い意志が宿っていたのだ。

 

だが・・・。

 

「ほう、面白い冗談を言う様になったじゃないか、比企谷?」

 

その時だった、雪乃と結衣の背後より、白衣を纏った女教師が姿を現した。

その人物とは、奉仕部の顧問である国語科教師、平塚静であった。

 

「平塚先生・・・。」

 

「聞いていれば、随分と勝手な事を言う、私が認めなければ奉仕部を抜けるなど出来ない相談だ、大人しく顔を出せ。」

 

その姿に、八幡は嫌悪感を露わにし、漸く薄まってきたはずの目の濁りと腐りが再び戻ってしまっていた。

 

どうやら、彼の目の濁り具合は、対人関係でストレスを感じているか否かに変わってくるのかもしれない。

 

「勝手に入れといて良く言いますね、俺は一度たりとも賛同した覚えは無いんですけど?それに、行く気なんて更々無いですよ。」

 

「随分口が悪くなったな、その性格の捻くれ方も、前より酷くなっているようだな?」

 

随分と身勝手な事を言ってくれると言わんばかりに、八幡は吐き捨てる様に唸った。

 

奉仕部に入ったのも、何も解決できない様な人間に罵詈雑言を投げかけられるようになったのも、全て目の前にいる女教師が元凶ではないか。

 

そう考えると、八幡の胸に、沸々とした怒りが込み上げてきた。

 

「誰のせいでそうなったんでしょうね、少なくとも、奉仕部と関わってない間はこんなに捻くれてませんよ。」

 

暗にお前のせいだと言う様に、八幡は吐き捨てる様に言い放った。

 

いや、実際にそう言っているのだろう。

その言葉からは刺々しさが感じられた。

 

「その性格、やはり織斑一夏に毒されたか・・・、あの男は、君にとっての害悪でしかないな。」

 

「「ッ・・・!!」」

 

だが、それに気付かなかったか、それとも彼等を嗤うつもりか、静はその原因をある人物、八幡達の先達である織斑一夏であると仮定し、彼を害悪と言い切った。

 

彼女にとって、織斑一夏は突然現れ、彼女が見初めた八幡を横から掻っ攫い、彼が持つ性質の方向性を変えてしまった。

それは、彼女にとって望ましい物では無く、有態に言ってしまえば目障りの一言に尽きた。

 

だが、それは八幡と沙希にとっては、何よりの侮辱でしかない。

 

自分達を引き合わせてくれた事、彩加と言う素晴らしい友と友にいさせてくれた事、自身の命一つ賭けて、戦う事で前進する事の大切さを教えてくれたのだ。

 

彼等にとって、教師と生徒と言う垣根を越えた、尊敬に値する人物を侮辱された事は、何よりも許しがたかった。

 

「アンタ・・・!あの人の事何にも知らねぇクセに・・・!!」

 

「信じられない・・・!何もしてないアンタより、あの人はずっと良い人だよ!!」

 

故に、彼等は怒りを顕わにし、相手が教師である事も構わずに掴みかかろうとした。

 

だが・・・。

 

「八幡、沙希ちゃんも、ダメだよ。」

 

「「彩加・・・!?」」

 

何時の間にか間に割って入った彩加にその行動は遮られた。

 

何故止めると言わんばかりに二人は彩加に視線を送るが、彼もまた、怒りを湛えた瞳をしていた。

 

どうやら、静が一夏の事を侮辱する言葉を発する少し前にやって来たのだろうか、大まかに状況を把握している様であった。

 

「ここで手を出したら平塚先生は八幡を使い潰すつもりだよ、だから、挑発になんか乗っちゃダメだ。」

 

静の思惑を察したか、彩加は二人に対して静かに告げた。

 

落ち着いて、今は拒絶の意思だけを示せばいい、その他はあの人がやってくれると・・・。

 

「だ、だが・・・!」

 

しかし、それで納得できるほど八幡は成熟していない。

しかも、侮辱されたのが自分の事を導き、命を懸けて護ってくれた人ならば猶更だった。

 

「構わんさ比企谷君、俺は何とも思っちゃいない。」

 

『っ・・・!!』

 

そんな彼を宥める様に発せられた、穏やかだが得体の知れないプレッシャーが籠められた声に、その周囲にいたすべての者が一気に空気が重くなる様な錯覚を覚えた。

 

八幡と沙希が恐る恐る振り向くと、そこには黒いスーツを身に纏う長身の男性、織斑一夏の姿があった。

 

浮かべている笑みは一見すると穏やかだったが、何か得体の知れない、本能的な恐怖すら感じさせる様な気色を窺わせており、それを見た一般生徒は、普段の彼と何かが違う事を察し、一歩後ずさった。

 

それは。彼に睨まれている形になった奉仕部の関係者もまた同様だった。

 

「どうも平塚サン、ウチの同好会の部員を無理やり引き抜こうなんて、教師の風上にも置けませんねぇ?」

 

「織斑、先生・・・!」

 

挑発する様な言葉に、静が歯がみしながらも彼を睨む。

存在する事自体が、何かを歪めている様な錯覚を覚えさせるほどのイレギュラーさを持っている事に苛立っているのだろう。

 

その視線の鋭さたるや、猛禽類を思わせる程だった。

 

だが、当の彼はその視線をまるで何事も無かったように受け流し、鼻で笑ってみせる。

 

所詮は一般人程度の殺気に怯むほど、彼も落ちぶれてはいない。

彼は元特殊部隊の隊長を務める程の猛者であり、殺気や闘気をもろに受ける事などザラだった。

 

つまり、元々の下地が違い過ぎたのだ。

 

「何を御怒りですか?高校の部活動なんて所詮、好きだからヤッてる様なモンでしょう?嫌だから抜けて、本当にやりたいと思った事をやる、当人の好きな事を伸ばす事を目的とする今の教育事情から考えても、十分理に適っていると思いますがねぇ?」

 

その怒りを見越してか、彼は挑発する様な言葉を並べたてる。

更に、正論と嫌味、この両面を持った言葉だ、真面な人間ならば、まず嫌味の面に気付きはしないだろう。

 

だが、これを向けられた静が真面かと問われれば、瞬時に首を縦に振る事は出来ないだろう。

 

何せ、彼女もまた、歪んでいるのだから。

 

「ぐっ・・・!」

 

言われてしまえば言い返す言葉も無いのだろう、静は返答に窮していた。

何せ、自身に対する嫌味が過分に含まれている事は事実だとしても、表面的に見ればそれは紛れもない正論なのだから。

 

「貴女方のしている事は、嫌がる生徒に対するいじめにしか映りませんよ、それを見過ごせるほど、俺は教師としても人間としても腐ってませんよ。」

 

笑顔だが、僅かにトーンが落されたその言葉に、結衣は恐怖に小さく悲鳴を上げ、雪乃は脂汗を滲ませた。

 

何だ、この野生の肉食獣と対峙したかのような、圧倒的な存在感は・・・?

 

彼女達が感じていたのは、人間以外のモノに感じる、生命の恐怖その物だったのだ。

 

「くっ・・・!」

 

「御引き取りを、川崎君、戸塚君、比企谷君を連れて早く帰りなさい、最近、物騒な事件が立て続いている、気を付けてな。」

 

「「「は、はい・・・!」」」

 

怯む静を尻目に、一夏は八幡達を庇う様に腕を広げ、下校を促す。

 

後は任せておけ、語るに及ばないその意思が籠められていた。

 

それを受け、三人は僅かに上ずった声で返答し、一礼の後に校舎から出て行った。

 

「あっ・・・!!」

 

それを追おうとした結衣だったが、目の前に立ちはだかる一夏を目に入れてしまえば最早蛇に睨まれたカエルも同然、足が震え、立っているのもやっとな状態となってしまう。

 

「ふぅ・・・、君達も何をやっている、部活動がある者は活動に合流しろ、無い者は速やかに下校だ、下らん大人の諍いを見てるんじゃない!」

 

余波を受け、周囲で見ている事しか出来なかった野次馬達への一喝に、野次馬達は蜘蛛の子を散らしたようにそれぞれの行き先へと逃げていった。

 

下駄箱付近にも拘らず、その場に残ったのは奉仕部三人と、織斑一夏だけという状況は、ある意味で出来過ぎているのではないだろうか・・・?

 

「良くないなぁ・・・。」

 

その張り詰めた空気の中で、一夏は唐突に声のトーンを更に落とし、絶対零度の如き冷たさと拒絶を孕んだ声色で、相手を追いつめる様にネットリした口調で呟いた。

 

その顔は、先程まで浮かべていた笑みが嘘のように消え失せ、敵意を滲ませた表情になっていた。

 

それを受け、三人は一気に全身の血の気が引いていく様な錯覚を受けた。

 

「これ以上、比企谷八幡を苦しめてやるな、俺が助け船を出さねば、君達のせいで比企谷八幡は追い詰められる、精神的にも、肉体的にもな。」

 

「ッ・・・!?」

 

地の底から這い上がってくる地響きのように低く、それでいて恐怖を感じさせるそれは、同じ人間が発しているとは考えられなかった。

 

結衣は完全に怯えてしまったのかへたり込み、雪乃も堪えられなくなったか尻餅をついた。

 

圧倒的、人外、評する言葉は数多なれど、そのどれもが矮小に過ぎる程に、それは存在していた。

 

静は、大人として見っとも無いトコロは見せられないと気張っているのか、震える身体を必死に抑え込み、何とか立っていた。

 

だが、それも砂上の楼閣の如し心許無さがあり、今にも崩れてしまいそうな虚勢ではあったが・・・。

 

「警告はした、今日の所はここまでだ。」

 

そんな彼等に、用は済んだと言わんばかりに踵を返し、彼は何処かへと歩いて行こうとした。

 

その姿に、脅威は去ったと感じたのか、静は僅かに警戒を解き、一息吐いた。

 

「だが・・・。」

 

その瞬間に彼が立ち止まり、肩越しに三人を睨んだ。

 

「今度邪魔をすれば容赦はしない、学校での立場が無くなる事を覚悟しろ、彼を護るためなら、俺はなんだってしてやる、肝に銘じておけ。」

 

その一声に、彼女も遂に耐え切れずにへたり込んだ。

威圧、ただそれだけで相手を往なせてしまうだけの差に、敵わないと本能的に感じたのだろう。

 

最早興味など失せたと言わんばかりに、歩き去る男の背中を、何も言えずに見送るしかなかった。

 

何も出来ずに敗れた事への悔しさと、それが生み出す憎しみを抱えて・・・。

 

sideout

 




次回予告

動く八幡と沙希、見守る一夏と彩加。
彼等はこれからも進んで行くだろう。
捨て去った者が何を思うかも気付かずに・・・。

次回やはり俺の青春にウルトラマンがいるのはまちがっている

比企谷八幡は部活を立ち上げる

お楽しみに

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