やはり俺の青春にウルトラマンがいるのはまちがっている 作:ichika
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「一色、あれからクリスマス会の方はどうなったんだ?」
雪乃との決着から数日後、八幡は生徒会室で行われていた、総武側のクリスマス会準備に参加していたいろはに進捗状況を尋ねていた。
あの日に大まかな事を打ち合わせてはいたが、海浜側の独断専行が無いか警戒している部分もあるのだろう、その言葉には怪訝の色も含まれていた。
「あぁ、あの後すっかりおとなしくなりましたよぉ?先輩を怖がって、みーんな言う通りに動いてますよぉ。」
「あ、そう・・・、なら良い。」
その懸念は杞憂となった様だ、いろはからの返答に、八幡はタメ息を一つ吐きつつ、配られた資料に目を通しつつ、自分が任された、パイプの役割を全うすべく動いていた。
「とりあえず、喫茶店のアストレイからケーキと紅茶類の提供、それから年配の常連さんに声かけて参加してくれる様に募ってくれてる、もう十人以上が参加してくれるみたいだぜ、沙希の妹が通う幼稚園にも声かけてみたら快諾してくれたよ。」
「さ、流石ですね、というか、よくそんな伝手ありましたね・・・。」
僅か数日の内に、ほとんど決まっていなかった段取りの内の幾つかをあっさり解決してしまった事にある意味で引いているのだろう、いろはにはその伝手の広さを知る由も無かった。
八幡自身も、これほどまでに広い伝手を手に入れられるとは、1年前なら思いもしなかっただろうが、それのお陰で今、こうして上手く貢献できていると考えると苦笑を禁じ得なかった。
「アストレイは織斑先生の知り合いの店なんだよ、俺も世話になってるから、頼みやすいんだよ。」
「そ、そうなんですかぁ~?っというか、織斑先生って何者なんです・・・?」
一夏のお陰でもあると伝えると、いろはは納得しながらも何処か怖れを浮かべていた。
まぁ無理も無い、一夏がどんな人物かを把握し切れていない部分もあり、そのバックボーンの一部を垣間見るだけでは、恐怖心を煽られてもしかたあるまい。
「あの人は普通じゃないからな、御友達の皆さんも、負けず劣らずおっかねぇぐらいだ。」
「ひ、ひぇぇ・・・。」
半ば脅しの様な文句になってはいるが、事実アストレイメンバーのチートっぷりも一夏に負けず劣らず大概であり、そんな彼等が本気を出せば、この世界で出来ない事など存在するかどうかさえ怪しいのだから。
「まぁその辺は気にすんな、こっちに都合の良い様にやってくれてんだ、ありがたく受け取っておくといい。」
「はぁ・・・、精神衛生上良さそうなんで、そうします・・・。」
八幡の言葉を、最早まともに受け取ると疲れるだけだと判断したのだろう、彼女はタメ息を一つ吐いて自分の作業に戻って行った。
その、少し疲れた様な様子に苦笑を禁じ得ない八幡だったが、今は彼女の事よりも気になる事があった。
「雪ノ下さん!ここの会計の部分なんですけど・・・!」
「え、えぇ・・・、少し予算が足りていないわね、新しく購入するのは厳しいかしら・・・?」
八幡が目を向けると、思った以上に深刻そうな表情で雪乃に具申する生徒会役員の男子生徒の姿が有った。
どうやら、かなり安く融通してもらったケーキ類でさえ、量がそれなりに出ると分かると経費を切迫しているようだ、海浜側と折半する形になっていたデコレーション用の飾りを、その経費の中から捻出できない様だ。
「あっ!それならウチに、去年飾りつけで使ったリースとか残してるんで、それ使って下さい!」
どうするか決めあぐねている彼女に、話を聞き付けた女子生徒が何とかなると手を挙げた。
「本当?助かるわ、お願いするわね。」
「はいっ!任せて下さい!!」
ぎこちないながらも、誰かの提案を無碍にする事なく受け入れる様になったのも、彼女が得た変化の一つだろう。
「(それでいい、雪ノ下、皆が皆敵って訳じゃ無い、上手くやれよ。)」
そんな雪乃の様子を見ていた八幡は、嘗ての敵にエールを送っていた。
その進もうとする気概を評価し、負けてられないと思ってもいるのだろう。
「(だが、まだ終わっちゃいない、後は・・・。)」
だが、彼にはまだ敵は残っている。
ダーク・ルギエルだけではない、その闇を引き寄せる者達の存在があるのだ。
「(雪ノ下が片付いたから、アイツは只の木偶の坊だと思いたいが、元トップカーストに居たんだ、油断は出来ないよな。)」
彼の懸念は、この教室にいるもう一人の奉仕部員、由比ヶ浜結衣の存在だった。
この教室に居ても、然程役に立っている様子は見受けられないが、何故か雪乃の傍を離れようとしないその様子は、何処か不気味さを感じるものが有った。
雪乃自身、然程気にしていない様にも見受けられたが、それでも、結衣が何かを見ている様な気がしてならなかった。
その何かに思い当たる節は自分以外ないが、雪乃が自分と敵対する理由を失った今、最早結衣自体は取るに足らない事ではあるのだが・・・。
「(だけど、予防線は既に張ってある、沙希と彩加には手筈を伝えてある、上手くやってくれるさ。)」
しかし、何事も備えと言うモノは必要だ。
既に彼は恋人や友人にそれを頼んでいる。
もしもの備えと言うモノも用意してある。
負ける道理はほぼなくなった。
「(さぁて、決着を着けようじゃないか、俺は、勝つ。)」
負けない、必ず勝つと言う想いを燃やし、彼はその瞳を前に向けた。
その先に待っている決着を、待ち望んでいるかのように・・・。
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それから更に一週間の時が過ぎ、遂にクリスマス会の当日がやって来た。
会場となる公民館には、総武、海浜両高からの出席者、そして、招待された幼稚園児やアストレイの常連たち、そして、ボランティアと称して紛れ込んだ大和や南、翔や姫菜に加え、大志や小町、そしてアストレイの面々が揃っていた。
他の招待者やボランティアは兎も角、アストレイの面々が何故ここにいるかと言うと、ケーキや紅茶類の搬入の後、そのまま参加してしまおうと言う魂胆丸出しで会場内で堂々と接客に当たっていた。
それについては最早、誰も何も言えない程、然も当然と言わんばかり風格が有った。
今日、此処に来ていない一夏が知れば小言の一つあっただろうが、そんな事など知らぬと言わんばかりの様子に、それを見ていた八幡は苦笑を禁じ得なかったと後に語っていた。
「それでは、これから総武・海浜合同クリスマス会を開催したいと思います、川崎京華ちゃん、お願いします。:
「はいっ!」
『パーム~♪』
司会進行の女子生徒に呼ばれたのは、沙希の妹である京華だった。
その手にはハネジローを抱き、クラッカーがついでのようにぶら下がっていた。
どうやらハネジロー、京華に懐いてからアストレイと川崎家を気分で行き来しているらしく、最早京華がハネジローを抱いていても違和感がほとんどなくなっている程だった。
壇上に立った京華は、ハネジローを頭に乗せつつ、自分の背の高さに調節してもらったマイクに向けて声を張り上げた。
「メリークリスマース!!」
『メリークリスマース!!』
彼女の掛け声に合わせて、参加者たちも皆声を張り上げて、一部の者達は持っていたクラッカーを鳴らしていた。
因みに、そんな京華の様子を逃さんと、アストレイのメンバーは各々でカメラを回したり写真を撮ったりと忙しかったが、彼女の身内たちはそんな余裕は何処にも無かった。
何せ、これから起こる事に身構えてしまっているのだから。
会が始まってすぐ、プログラムに従って海浜側の出し物である演劇が始まり、客の視線がそちらに集中する。
その隙を見計らって、八幡は会場の外へと出て行った。
そんな彼を、何とも言えぬ表情で見ていた少女が一人いた事を、視界の端で動いた事を認めながらも・・・。
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「ふぅ・・・、人込みはやっぱり疲れるな・・・。」
公民館脇にあった休憩用のベンチに座り、八幡は一人海を見ながら呟いていた。
イベントが開催されているのは、海浜高校から程近い場所に在る公民館であったため、すぐ目の前とは言わないが、十分も歩けば海がある場所だったのだ。
冬の浜風が頬を撫ぜるその感触に、彼は身を任せていた。
人と付き合う事に抵抗が無くなった彼ではあるが、やはり根底にあるモノが抜けきる事は無いのだろう、その表情からは疲れが見て取れた。
「・・・、で、何時まで隠れてるつもりだ?いい加減出てこいよ。」
だが、それ以上に彼の心を乱してならない者がいた。
振り向く事無く、背後の物陰に隠れていた者を炙り出そうと言葉を投げた。
「気付いて、たの・・・?」
物陰から、ピンク色の御団子ヘアーが揺れた。
その特徴的な髪を持つのは、彼が知る限り一人しかいなかった。
「気付かない程鈍感に見えるか?なぁ、由比ヶ浜?」
八幡はその少女、由比ヶ浜結衣に対し、冷淡に接していた。
別段、これと言った関わりは無いが、奉仕部で受けた仕打ちを忘れた訳では無い。
その瞳には呆れと、怒りが見て取れた。
「・・・。」
その言葉に、結衣は唇を噛み締める。
彼女の瞳には彼とは対照的な悲哀と、そして憎しみが有った。
「で、何の用だよ、用事が無いんだったらどっか行ってくれないか?彼女でもない女と一緒にいたら変な噂が立つ。」
八幡はそんな結衣の事などお構いなしに言葉を紡ぐ。
邪魔、そうとしか認識していない様な言い草だった。
事実、八幡には沙希と言う恋人がいる訳であり、それ以外の女といるとなるとあらぬ噂を立てられる可能性もある。
以前の彼なら、誰も自分なんて気にしてないだろうと切り捨てられただろうが、生憎今はそうは言いきれなくなってもいたのだ。
なにせ、彼は雪ノ下雪乃を下した男として既に総武内で名が通ってしまっているのだ、それなりに気を遣わねばならない事だってある。
別段、彼にとっては痛くもかゆくもないが、変な噂を立てられた時に沙希や彩加が傷付かない様にしたいと言うのが、八幡の純粋な想いだった。
「・・・、ある、あるよ・・・!」
そんな八幡の想いを知ってか知らずか、結衣は意を決した様に言葉を発する。
そこに籠められた並々ならぬ決意に何かを感じたのだろう、八幡の眉がピクリと動いた。
「へぇ、聞かせてくれよ?」
だが、真面に取り合うつもりなど毛頭ない、話半分に聞くつもりだった。
しかし、彼に突きつけられた言葉は、彼の予想をはるかに超えていた。
「わ、私は、ヒッキ―の事が好きですッ!!」
「・・・、はっ・・・?」
予想外の告白に、八幡も理解出来ずに目を丸くした。
この女は一体何を言っているんだ?
理解出来ない物を見た様な、そんな純粋な困惑だけがその表情にはあった。
「ずっと、ずっと好きだったの・・・!入学式の時から、ずっと、ずっと・・・!」
それとは対照的に、結衣の言葉には熱が籠っていた。
ずっと好きだったと、その想いは本物だと。
冷静さを一瞬失いかけた八幡だったが、熱に推されるばかりではいけないと理性で平常心を取り戻し、状況を把握する。
だが、それでも何故結衣が自分に告白する意味が分からなかった。
自分を敵視する様な発言や行動をしていたくせに、実は好きでしたなどの賜うのは、筋違いにも程があるのではないのか。
彼の心に、そんな疑念と怒りが沸々と沸き上がってくる。
だが、それほど余裕がある訳でも無い。
結衣が突っかかってくる事までは織り込み済みだったが、こんな形になるとは露程も予想していなかったのだ。
故に、せめて怒りを面に出さない様に努めていた。
そうしなければ、全ての努力が水の泡と帰す気がしたから。
「だからっ!あたしの方がヒッキ―のことが好きなのッ!だからっ、だからあんな子とは別れてよ!!あたしと付き合ってよ・・・!!」
それを悟らせまいと必死に堪えていた八幡だったが、結衣が発した言葉に堪忍袋の緒が切れた。
コイツは何を言っている?
沙希と別れて自分と付き合えと言ったか・・・?
それを理解した彼は、最早暴れる理性を止められなかった。
彼は握り締めた拳で、力いっぱいベンチを殴りつけた。
八幡の力に耐え切れず、ベンチは盛大な音をあげてへしゃげた。
あまりにも突然な行動に、結衣はびくりと身体を震わせ、その先の言葉を詰まらせる。
「ふざけんな・・・!テメェは俺に好かれる為に何かしたのか・・・!?」
語気も荒く立ち上がり、結衣を睨みつけながらも吐き捨てる。
お前が一体自分に何をしたのか分かっているのか。
場の空気に合わせて、弱者と決めつけた自分を攻撃していただけではないか。
しかも、その旗色が悪くなれば、あっさりと離れている事にも気付いていた。
雪乃の時がいい例だ、彼女は雪乃が劣勢になった時、一度も救いの手を差し伸べなかったのだから。
そんな卑怯者に、彼が心奪われる理由が何処に在ろうか。
特に、今の友人に救われていると実感している八幡にとって、友を見捨てると言う行動は、何よりも許しがたい行いだったのだから。
「沙希の事をバカにすんじゃねぇ!!テメェみたいな、友達の一人も助けない様な奴は、こっちから願い下げだ!!とっとと失せろ!!」
故に、彼は拒絶の意思を籠めた目で、結衣を睨みつけながらも叫んだ。
その瞳に宿っていたのは、底知れぬ怒りと、果てしない憎悪、ただそれだけだった。
「ッ・・・!酷い・・・、酷いよっ・・・!!」
その怒りの視線に耐え切れず、結衣は大粒の涙を零しながらも走り去って行く。
まるで、自分が悲劇のヒロインであるかのように。
そして、それを見ている者達が居た事に気付かぬままに・・・。
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次回予告
受け入れられなかった想いは、時として憎しみへと変わる。
その憎しみが呼びこむのは、滅びの闇か。
次回やはり俺の青春にウルトラマンがいるのはまちがっている
比企谷八幡は知らなかった
お楽しみに