やはり俺の青春にウルトラマンがいるのはまちがっている 作:ichika
side八幡
ファミレスでの話し合いから数時間後の夜、俺は先生と共にバーの店先にいた。
用件なんて語るまでも無い、川崎の夜勤を止める事と、スカラシップを教える事だ。
セシリアさんからのメールで川崎が店にいる事は確認済み、何時でも入って声を掛ける事が出来る。
だがしかし、何故まだ外にいるのかと言うと・・・。
「あの、先生・・・、タキシードに着替える必要、有りました・・・?」
今の俺の恰好に、今だ自分自身が納得いってないからだ。
あの後、先生に連れられてスーツを扱う服屋に赴き、俺に見合ったスーツを仕立ててくれた。
結構上質なスーツばっかりだったから、正直言って場違いにもほどがあった。
しかもだ、先生が全額出してくれるというとんでもない状況だったから、周りの目が歳の離れた兄弟を見る様な目だったよ。
濃いめのシルバーで統一されたタキシードは、学生の俺が着ても大人っぽい印象を受ける。
しかもシルバーは、バーの内部照明の中で映える色だ、いい感じに目立つそうだ。
「良く似合ってるよ、それ一着持ってたらこれからの催し事に着て出れるだろ、プレゼントするよ。」
「い、いや、こんな良いの、申し訳ないっすよ・・・。」
スーツの質もそうだけど、値段も学生が着て良い値段じゃなかった。
俺の小遣い何年分だよ・・・、一体この人、どうやってそんなに稼いでるのか・・・。
「気にするな、良い女を口説く男が冴えない恰好だと華が無い。」
「それは、先生レベルのイケメンに適用される事でしょ・・・、俺なんて、大した事・・・。」
俺なんて目が腐ってるし、背も先生程高くない。
正直言って冴えないのは分かってる。
「オラ、口説く前に辛気臭い顔してんじゃねえよ、自信持て。」
「いっ・・・!?せ、先生、背中叩かないで下さいよ・・・!」
背中に直撃する衝撃につんのめりながらも、俺は彼を見る。
そこには呆れた様な、それでいて優しい表情を浮かべた先生が笑っていた。
「君が君をどう思おうと勝手だ、だが、人から向けられる想いは無碍にはするな、ホント、君達は似ているよ。」
「君達って・・・?」
誰の事を指しているのか・・・、まぁ、気にするこっちゃ、無いのかな・・・?
「さぁ、そろそろ、サラリーマンも帰る時間帯だ、御姫様を攫って行け。」
「それってただの誘拐っすよ・・・、まぁ、行って来ます。」
何時までもだらだら話してても問題は解決しない、だったら、さっさと乗り込んで話を付けて即離脱に限る。
「おう、君なら大丈夫だ、セシリア達にもフォローは頼んでる、心置きなくやって来い。」
サムズアップして見送ってくれる先生に頷きつつ、俺は店の入り口の扉を開けて中へと足を踏み入れる。
「いらっしゃいませ・・・、って、あんた・・・。」
店に入るや否や、カウンターでグラスを拭いていた青みがかったロングヘアーの女、川崎沙希が俺を睨んでくる。
一応客なんですがねぇ・・・、まぁ、ファーストコンタクトがあんま良くなかったから当然って言えば当然か?
「ノンアルコールで二つ頼む、話がある。」
「・・・、はぁ・・・、分かったよ・・・。」
俺が注文しつつ川崎の前の席に座ると、彼女は大きく溜め息を吐いてグラスを二つ用意し、そこにレモン汁少々とソーダ水を割った飲み物を入れる。
「レモンソーダ、それ呑んだら帰りな、アンタみたいな学生が夜のバーになんて・・・。」
「そのセリフ、そっくりそのまま返すぜ。」
俺に飲み物を出しながらも言い放った言葉は、見事にブーメランになって自分に突き刺さり、川崎は苦い表情で押し黙る。
どうやら、俺といると平常心が保てないらしい。
なにそれ、割とロマンチック・・・、でもないか・・・。
「ま、もう一杯はお前が飲めよ、男がバーにいる女に酒を出すのは当たり前だろ?」
くっそ・・・、言ったはいいが超ハズイ・・・!!
こんな言い回し、先生みたいなイケメンにしか似合わねえって・・・!!
「アンタ・・・、もしかして、織斑先生とグル・・・?」
え、なんでバレた・・・?それになんでそんなに驚いてるんだ?
「あの人とほとんど同じ言葉吐いたね・・・、同じ手には二度と引っ掛からないよ。」
「あー・・・、話し合いの席で出された酒飲むと合意の証ってやつ・・・?あの人、ホント性格悪いな・・・。」
どうやら、まんまと引っ掛かった口らしい。
ホント、あの人は生粋のサディストだよ、女の焦る表情とか見るの好きなんだろうな。
「ま、俺のは無理やり従わせる気は無い、それに、話がしたいだけだ。」
「・・・、あっそ、手短に済ませな。」
関心の無い奴には無愛想なんだな・・・。
まぁいいや、多分これっきりの関係だろうしな。
「んじゃ、用件だけ話すわ、お前の弟から俺に依頼が来たんだ、姉ちゃんが夜遅くに帰って来て、不良化したんじゃないかって心配してた。」
「大志が・・・、そっか・・・。」
おっ、弟の話の時だけ一瞬表情が緩んだ。
思った通りだ、家族が絡めば少しは心を揺さぶれる。
「深夜バイトの理由も先生との状況精査だけで大まかには分かった、予備校通うための金集めてんだろ?」
「そっか・・・、そこまでバレたか・・・、その通りだよ。」
と言っても、大志と先生の情報がどれか一つでも欠けてれば、要因が全く見えてこない問題でもあった。
ある意味で、俺は運が良かったって事なんだろうか。
もし先生が味方に付いていなければ、大志が小町と同じ塾に通っていなければ、この問題には直面しなかっただろうしな。
「それで、法に触れるからやめろって言いたいの?悪いけど、金稼ぐまで辞める気は無いから。」
「それじゃあ大志とか、家族の事は如何すんだよ、お前の事心配してたぞ。」
ま、頑固なのは分かってる、少しずつ情に訴えかければそれで・・・。
「うるさいね、アンタには関係ないでしょ、それに、専業主夫希望とか、世の中嘗めきって、ふざけた事言ってる奴の言う事なんか、どうせくだらない理由でしょ。」
「何がふざけただ・・・!人の気持ちも知らねぇで!俺はな・・・!」
あぁダメだ、なんでか知らねぇけど、コイツの前じゃ自分を抑えられん。
まるで、取り繕う必要なんて無いみたいな・・・。
いや、そんな甘ったるいもんでもねぇ、ただ、その言い方が気にくわねぇんだ!
次の罵倒の言葉を吐こうとした瞬間、突然俺達の頬に冷たい何かが押し当てられる。
「「うわっ・・・!?」」
思わず悲鳴まで揃ってしまう、なんかハズイ・・・。
何が起きたかを確かめると、キンキンに冷えたビール用のジョッキを持つセシリアさんが微笑みを湛えて此方を見ていた。
うっ・・・、すっげぇプレッシャー・・・!これが、本物の・・・!?
「御二人とも、騒がしくしたら、他のお客様に失礼でしてよ?」
「「す、すみません・・・。」」
その剣幕に押されて、俺達は全くの同時に頭を下げる。
おっかねぇ・・・、こんな優しそうな人でもこんなプレッシャー出せるのか?
だとすればどうなってんだよ織斑家・・・?
「沙希さん、突っ撥ねてばかりでは分かり合えませんわ、貴女も理由を聞いて差し上げるのが、レディの嗜みですわよ?」
「は、はい・・・。」
おぉ・・・、流石は歴戦の猛者、川崎が借りてきた猫みたいにしおらしくなっちまった。
「八幡さんも、紳士が熱くなるのは、レディを組み伏せる時だけですわ、ゆっくり、落ち着いてお話しなさってくださいな。」
「う、うす・・・。」
完全に下ネタ気味じゃねぇか・・・、そっか、この人も先生よりの人だったか・・・。
俺達が黙るのを見ると、彼女は表情からプレッシャーを消して、穏やかな微笑みを浮かべた。
「ふふっ♪素敵な夜に、素敵な御二人へ、私から一杯サービス致しますわ♪」
そう言いながら、セシリアさんは俺達の前にグラスに注がれた新しいカクテルを出してきた。
「真夜中のシンデレラで一杯、趣があるとは思いませんか?それでは、ごゆるりと♪」
シンデレラって名前のカクテルか、これ・・・。
って言うか、完全に狙ってるよな・・・。
俺達が何かを言う前に、セシリアさんは手を振ってさっさと立ち去り、壁際に置かれていたピアノの演奏を始めた。
それは優しい音色ながらも、何処か哀愁の漂う曲調だった。
「・・・、で、話って、なんなのさ・・・。」
憮然とした表情ながらも、川崎はカクテルをちびちびと呑みながらも尋ねてくる。
なんとか、話を聞いてくれる状況には持ち込めたか、俺は何も出来てないけど・・・。
「大志や家族が心配してる、せめて理由だけ話してやるわけにはいかねぇのか?」
「結局説教がしたいワケ・・・?別に迷惑掛けちゃいないんだから良いじゃない。」
違うんだ、そういう事が言いたいわけじゃないのに・・・。
あぁくそっ・・・、自分がボッチな事をこれほど恨んだ事は無い、どういう風に話せばいいか、全く予想が出来ない・・・。
「そうじゃない・・・、俺にも妹がいるが、もし俺が今のお前と同じ事してたら、心配するだろうし、不安にもなるだろうぜ。」
「え・・・?」
仕方ねぇ・・・、人に何かを言うにはまず、自分自身のの話もしなきゃならんな。
同情するなら金をくれ、じゃねえけど、やっぱ共感できる何かが無いと人は動かないんだな・・・。
だから、俺は自分自身に起こった、家族のイザコザの事を話す。
「ウチの家も共働きでな、俺の下にはお前ンとこの大志と同い年の妹がいる、その妹がな、昔、家出した事が有ったんだ。」
それは小町が小学校の五年生ぐらいの頃だったか、親が共働きで、俺も中学に上がり、帰りが小町よりも遅い日が続いた。
それが当時の小町には苦痛だったんだろう、アイツは独り家を飛び出した。
小学校の頃から、周りに邪険にされ、虐げれてきた俺は、家に誰もいないぐらいなら別に何とも思わなかったが、小町は違った。
「アイツにとって、家に帰っても家族がいないってのは苦痛だったんだろうよ、俺が見つけた時、アイツは目をはらして泣いてたさ、そりゃもう苦しくなるぐらいに。」
寂しさに耐え切れずに家出するなんて馬鹿らしい、なんて、俺は思えなかった。
人に認められない、ちゃんと見てもらえない苦しみを知ってたから、俺は小町の想いが痛いほど伝わって来た。
だから・・・。
「世の中のすべてから拒絶されてる俺がいない事で寂しがって泣いてくれるなら、それほど想ってくれてるなら、俺はもうボッチで良いって思った。」
俺はその想いに応えたかった。
外に思ってくれる人がいないなら、内にいて、想ってくれる家族を見た方が良いじゃないかと思えた。
「だから、家族の思ってる事ぐらい受け止めてやりたい、誰からも見向きもされないなら、せめて見てくれる家族には笑っててほしい、それが俺が専業主夫って書いた、本当の理由だ。」
だから、家族の想いを、姉を心配する弟の気持ちを無碍にはしてやらないでほしい。
だって、最後まで信じられるのは、家族だけだからな・・・。
「そっか・・・、アンタも、そうだったんだ・・・。」
俺の話を聞いた川崎の表情から、先ほどまでの険しさが薄れ、悲しみを湛えた様な表情へと変わった。
「別に同情してほしいなんて思っちゃいない、けど、家族を思う気持ちは、分かち合えると思う。」
「うん・・・、そうだよね・・・。」
随分しおらしくなったな・・・、まぁ、喧嘩腰で口論するよりも、何倍も良い。
「さて、前置きが長くなっちまったけど、お前に別の道を示す、その後どうするかはお前が決めてくれ。」
漸くだ、漸く本当の用件を話す事が出来る。
これ以上のしみったれた雰囲気は御免だ、さっさと切り上げて、要件を達成する。
今は彼女のために、な。
「川崎、スカラシップって、知ってるか?」
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結論から言えば、川崎はアストレイでの深夜バイトを辞める事になった。
俺と先生の目論見通り、川崎はスカラシップを取るに相応しい学力を持っていたし、手続きも考査もかなりの速さで済ませてしまった。
とはいえ、家計の心配や、学費の工面なども考えているからだろうか、シフトを夕方から九時ぐらいまでの時間に変えて、これからもあの店で働くみたいだ。
「お疲れ様八幡君、見事だったな。」
昼休み、屋上で寛いでいると先生が俺にマッ缶を投げ渡しながら話しかけてくる。
なんとかキャッチしながらも、俺は彼がここに来た理由に合点が行った。
と言っても、あの後の事後報告やら、ちょっとした愚痴を聞いて貰うための集まりだと思ってもらっても良い。
「いえ・・・、セシリアさんのフォローが無かったら、結局何も出来ませんでした・・・、俺も、まだまだですよね・・・。」
結局、依頼を達成できたはできたが、あくまでそれは結果でしかない。
あの時、自分の想いを否定されて熱くなって、そのまま罵倒しようとしかけた。
セシリアさんに止めて貰ってなかったら、話は拗れたまま終わって、下手をすれば最悪の結果を招いていたかも知れない。
だから、俺はこの結果を自分の手柄と喜んで良いか、まだ分からなかった。
「そんな事ないさ、君は十分上手くやれたよ、あれだけ熱くなったのも、彼女に思う処があったからだろう?」
そんな俺を宥めるように、彼は笑みを浮かべて頭を撫でてくれる。
ホント、見透かされてるよなぁ・・・。
確かに、アイツが家族の心配を蔑ろにして抱え込むのは、何時かの自分自身を見ている様で嫌になった。
小町が家出する前の、誰からも見てもらえないと思い込んでた自分自身を・・・。
だけど、それは同族嫌悪としての想いでは無い。
俺は小町のお陰で想われている事を知れた。
誰かに想われている事の嬉しさを知って貰いたいと、家族を大切に思うが故の、ある種の自己犠牲を惜しまない彼女への、せめてもの救いになればと思っていたんだろう。
「それに、君が彼女を救いたいと思わなければ、俺は動くための手段を全く思いつかなかったよ、君が自分の意思で動いた事を、君自身が認めなくてどうする?」
「先生・・・。」
呆れた様に、だけど優しく笑う先生に、俺はまたしても何も言えなくなった。
咎めるでもなく、ただ目の前に出して聞いてくるだけ。
だけど、それは俺が俺自身をもう一度見直す切っ掛けになっている。
確かに、大志の依頼が発端とは言え、この依頼を受けたのは他でもない、俺が川崎を救いたいと思ったからだ。
それだけは、今回の件で確かに存在する本物じゃ無いだろうか?
それを認めると、俺の心につっかえていた何かがひとつ、取れた様な気がした。
「否定する事なんて誰にだって出来る、でも、肯定する事はその何十倍も難しい、それに、君は彼女の行為を肯定した上で、真に彼女の為になる事をした、それは誇って良い事だよ。」
肯定する事、それは相手を認めるという事なんだろうか・・・。
俺にも、周りの奴等にも、それが出来たのなら、俺はボッチになってないだろうし、ならなかったんだろうか・・・。
「ま、君も君自身をゆっくり見つめ直すと良い、俺を頼ったって良い、それ以外のヤツを信じるのも良い、ゆっくりでいいから進んでみたまえ。」
「はい・・・。」
けど、過ぎた時間を戻す事なんて出来ないよな・・・、だったら、今どうするかを考えないとな・・・。
そんなことを思いながら、俺は彼の言葉に頷きつつマッ缶を啜る。
慣れ親しんだ何時もの甘ったるい味が、妙な達成感と共に広がって行くのが、今の俺には心地良かった・・・。
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次回予告
分かろうとしない者達の怒りは、彼には届かない、それはただ、彼の怒りを掻き立てるだけなのだから。
次回やはり俺の青春にウルトラマンがいるのはまちがっている。
比企谷八幡は敵意を示す。
お楽しみに!