やはり俺の青春にウルトラマンがいるのはまちがっている   作:ichika

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川崎沙希は立ち上がる

noside

 

「一体、何の用ですか・・・!?」

 

その女が入って来た事に、八幡は怒りを含んだ声をあげた。

 

傍から見れば、何とも生意気な態度とも取れるだろうが、彼にはそうせざるを得ないほどに、その女は敵と認識している相手であったのだ。

 

「いきなりな挨拶だな、比企谷?随分とヤツを慕っている様だな?」

 

その相手とは、奉仕部も顧問でもある国語科教師、平塚静であった。

 

「そっちがそうされる様な事しかしてないからでしょう、用が無いならさっさと帰ってくれませんかね?」

 

静の言葉に、八幡は眉間に皺を寄せながらも投げかける。

 

八幡がこれまで、静にされてきた事を思えば当然の事だった。

 

強制入部との名目で奉仕部での活動を押し付けられ、あまつさえそこの部員になじられながらも、押し付けられる雑用を熟せと言われていたのだ。

真面な人間ならば、これ以上ない理不尽に怒りを通り越して暴力沙汰にまで発展している可能性さえあっただろう。

 

だが、比企谷八幡は元々そういう手の事に耐性があった事と、織斑一夏や川崎沙希などの理解者が傍らに居てくれたおかげで、暴発することなく今まで過ごせていた様なモノだ。

 

だと言うのに、何故わざわざ絡みに来るのだろうか、表に出る事無く溜まっていた怒りは、棘となって言葉に表れていた。

 

「何故来た、か・・・、そんな事など、君にも分かっているのではないかな?」

 

しかし、静はそんな事などお構いなしに続けた。

分かっているだろうと、まるで嘲笑う様に。

 

その異様さに気付いたか、大和と翔は険しい表情を浮かべながらも身構え、南もまた、何時でも動けるように体勢を整えていた。

 

八幡達が奉仕部とやり合う所を実際に見ていた大和は兎も角、それを知らない南や翔にさえ歪さを感じさせるほどに、それは異様だったに違いない。

 

「一色いろはの推薦の件を君に任せたのは、私の判断だよ、君は実に上手くやってくれた。」

 

そんな彼等に構う事なく、静は詩でも読み上げるかの如く朗々と言葉を紡いだ。

 

まるで、全て自分の思い通りだと言わんばかりの、そんな気色があった。

 

「チェーンメールの件も、千葉村での件も、文化祭、修学旅行、そして、一色の件も、全部私が君に解決するように仕向けたのだよ、雪ノ下では導けない解決を、君は成し遂げているんだ、そう、奉仕部の精神でね。」

 

全て自分が仕組んだ事を告白しながらも、何処か褒める調子で宣う静に、聞いていた八幡以外の3人は呆然としていた。

 

一体何を言っているんだ?

奉仕部に関係の無い人間に、奉仕部に依頼されていた事を対処させるなど道理に適っていないにも程がある。

 

しかも、それをまるで自分の手柄の様に話す静の考えが、まるで理解出来ないのだ。

 

「やはり、君は奉仕部に居る事が正しいのだ、今からでも遅くは無い、こんな所にいないで、奉仕部でその手腕を振るわないか?この総武高の問題を、共に正して行こうではないか。」

 

そんな彼等の困惑など知った事では無いように、静は八幡に勧誘を掛けていた。

 

織斑一夏のいない間に、出来る事なら八幡を自分の手中に取り戻したいのだろう。

 

手遅れなどない、そう考えての事だったのだろう。

 

だが・・・。

 

「わかりました、とでも言うと思ってんですか、アンタって人は?」

 

八幡の答えは決まっていた。

差し出された手を無視し、静を睨みつけた。

 

払うという選択をしないのは、暴力行為を働いたと言う口実を与えないための、精一杯の自制だったのだ。

 

「俺が雪ノ下に罵倒された時、アンタは俺の傍らにいてくれましたか?俺が由比ヶ浜にバカにされた時、アンタは俺を支えてくれましたか?」

 

自分の傍に、お前は常にいて支えてくれたか、それだけのことをしてくれたか。

 

彼の言葉からは静に対する不信感が、ひしひしと伝わってくる。

 

「アンタは俺を救うおうとはしてくれなかった、俺を壊す事を楽しんでいるだけだ、そうだろ?」

 

自分を救おうとはしてくれなかった者を、誰が信じるというのか。

八幡の目には、只目の前の相手は敵としか認識していなかった。

 

「俺を救ってくれたのは、織斑先生だ、アンタじゃない、義理も恩も無い相手に、誰が着いて行こうって気になりますかね?」

 

自分を救ってくれたのは一夏であり、沙希であり、彩加である。

そして、今の彼を支えてくれているのは、今ここにいる仲間達だった。

 

そんな事も知らず、よく自分の都合だけで物事を運ぼうとしたものだと飽き飽きしているのだろう。

 

「帰っていただけませんか?俺達の顧問でも無い人がこんな所に居たら、変な噂が立っちまう。」

 

「・・・、それが、君の答えか・・・。」

 

八幡の言葉に、静は只々静かに呟いた。

只々、残念だと言わんばかりに・・・。

 

「残念だ、残念だよ・・・。」

 

彼女はそう呟き、踵を返して部室から去って行った。

 

だが、八幡は戦意を、警戒を解く事は無かった。

 

今迄散々粘着してきた相手が、こうも簡単に諦めたとは思えなかったから。

 

静の気配が部室から完全に遠退いて消えた時、八幡は大きく溜め息を吐き、漸く警戒を解いた。

 

一部の隙も見せてはならない相手だと、最早彼自身が感じている証左でもあったのだ。

 

「ぜってー負けねぇ・・・、アンタがこれ以上何かするってんなら俺だって・・・。」

 

八幡の怒りの表情に、他の3人は何も言えずに彼を見つめる以外なかった。

 

その怒りの理由を深くは知らないが、今日の静のやり方を見て、三人も理由を大まかに悟ったのだろう。

 

だが、それを知ったとて、彼等に出来る事は何もなかった。

 

この決着を着けるべきは、八幡の役目だと知っているから・・・。

 

sideout

 

side沙希

 

「・・・、で、喧嘩する覚悟はOKって訳ね?」

 

「おう。」

 

その日の予備校帰りに、八幡が夕方に起こった事を話してくれた。

 

バイトは無かったから、期末テスト前の予習も兼ねて結構遅くまで二人で残ってにらめっこしていた帰りで、今はあたしの家まで送ってくれる途中だ。

 

そんな中で、あの女教師が、またしても八幡を手中に収めんとしていたと言う話を聞いて、現在憤慨中ってワケ。

 

なんてヤツだ、怪獣やヤプールの方が動機が分かり易い分可愛いもんだ、コイツの場合、裏で搦め手とか使ってそうで気味が悪い。

 

とは言え、こちらから問題を起こしてしまえば、あっちは必ずこっちを料理する方法を持っているに違いない。

 

だから、迂闊に動く事も出来ずに、後手に回らずを得ない状況になっちゃってるんだよね・・・。

 

「だけど、どうするんだい?良い案があるって訳じゃあないだろうけど?」

 

「そうなんだよなぁ、下手に動いたら、こっちが負ける可能性だってあるし・・・。」

 

立場はこちらがどうしても下になるのは仕方がないとしても、それを崩せるほどの絶対的なアドバンテージが無いのも事実だ。

 

しかも、こちらはばれてはいけないヒミツを幾つも抱えている状態だ、そこを知られては、余計な火種を生んでしまう可能性だってあるんだしね。

 

だからと言って、ジーッとしてても、ドーにもならない部分はあるんだけど・・・。

 

「先生に、頼り過ぎるのは良くないと、分かってはいるけどなぁ・・・。」

 

「うん・・・。」

 

八幡の言葉は尤もだ。

 

織斑一夏を、アストレイの力を頼ればどんな上京も一変できる。

だけど、それは相手の今後を一切考えないと言う前提が付き纏う様な気がしてならない。

 

修学旅行前までのあたし達なら、顔を顰めるだけで特に何とも思いはしなかっただろうけど、あの話を聞いて以来、何か引っ掛かる様な感触を拭いきれないでいた。

 

この世界では八幡と家族に次いで信頼しているとはいえ、恐ろしく感じてしまうのは無理も無いだろう。

 

「聞くもんじゃなかったなぁ・・・、あの話、興味持った俺達が悪いんだろうけど・・・。」

 

「まぁ、あたし達を一番に想ってくれてるなら、本当は喜ぶべきなんだろうけどね・・・。」

 

それでも恐怖はあるから、何とも言えない心地になるけどね・・・。

 

「ま、俺は大丈夫だ、沙希だっていてくれるだろ?」

 

そう言って笑いつつ、八幡はあたしの肩に腕を回して抱き寄せながらも笑い飛ばす。

 

「ちょ、ちょっと・・・、もう・・・。」

 

急すぎる事に色々と言いたい事はあるけど、彼氏に抱き寄せられて嬉しくない訳ないから良しとする。

 

でも、やられっ放しは性に合わないから、こっそり八幡の腰に腕を回して、意識して胸を八幡の脇に充てる様に密着してみる。

 

結構恥ずかしいけど、八幡を独り占めしてるみたいで結構好き。

 

「寒くないか?」

 

「ん、大丈夫。」

 

こうやって気を遣ってくれるところ、大好き。

 

そんな感じで惚けていると、いつの間にかあたしの家の前に辿り着いていた。

 

なんか名残惜しいけど、仕方ないかな。

 

「それじゃあまた明日な、おやすみ。」

 

「おやすみ、気を付けてね。」

 

あたしが玄関に入る前、八幡とくちづけして、名残り惜しそうに離れていく八幡の姿を、手を振って見送る。

 

この小さな、それでも確かに存在する幸せを護って行きたい。

 

その為なら、あたしは戦おうじゃないか。

相手が教師だろうとなんだろうと、八幡を護るためなら、大切な人達を護れるなら・・・。

 

sideout

 

noside

 

「っという訳で、何か良い案ない?」

 

「惚け聞かされたと思ったら唐突な防衛策求められても・・・。」

 

翌日の昼、沙希は南と姫菜を屋上に呼び出して昼食を共にしていた。

 

八幡に手製の弁当を渡し、男子勢は八幡のベストプレイスで食べると言っていたらしい。

 

そんな八幡を平塚静から護る妙案を尋ねていたが、そこに至るまでの導入が矢鱈長かったのが災いしたのか、南はげんなりとしたようにお茶を啜るばかりだった、

 

「導入が雑すぎる・・・、っていうか、なんで私まで・・・?」

 

結構レイジーな沙希の言動に、半ば拉致られる形で一緒にいる事となった姫菜が困惑の声をあげる。

 

止めて貰った恩と、迷惑料として真面目に聞こうと身構えていたら、話はそれに逸れて惚気になっていたため、少しげんなりしていたのだろう。

 

「いや、アンタ結構捻くれてるから、そういう手口知ってそうだなぁって・・・。」

 

「雑いなぁ・・・、思いつかなくは、無いけどねぇ・・・?」

 

随分な言い草に若干引きながらも、姫菜は妙案など無いと言葉を濁して首を横に振った。

 

幾ら学内の搦め手を見極められる彼女でも、今の状況を打開できるほどの手を持ってはいないのだろう。

 

「ウチも無いかなぁ、って言うか、平塚先生は何で比企谷君に執着するんだろうね?」

 

南が不意に口に出した言葉に、首を傾げ、合点が行かない沙希とは対照的に、姫菜は何処か思い当たる節があるかのように、納得した様な表情を浮かべていた。

 

「うーん、根拠って言うか、比企谷君が持つ根っこ、じゃないかな?」

 

「「根っこ?」」

 

姫菜の言葉に、二人は声を揃えて分からないと言わんばかり顔を見合わせていた。

 

根っことは一体何か、その意味を知りたかったに違いない。

 

「ん~・・・、サキサキは分かるかなぁ、比企谷くんってさ、昔ボッチだった訳だし、最初の頃は捻くれてるとか如何とか言ってたみたいだし?」

 

「サキサキ言うな、っていうか、それ誰から聞いたの。」

 

「結衣。」

 

何処か呆れた様に尋ねる沙希に、姫菜は出所を話す。

尤も、そんな事に意味など無いのだが・・・。

 

「あぁ、由比ヶ浜ね・・・、ソイツがなんて?消しに行くよ。」

 

「落ち着いてよ。」

 

すくっと立ち上がった沙希を宥める様に、南が必死に羽交い絞めにしていた。

 

八幡の事となれば最早一直線の沙希だったが、せめて自重してほしいのだろう。

 

「本人から捻くれてるって聞いたって言ってたよ、確か、半年ぐらい前、4月ごろだったかなぁ。」

 

「その頃ね、確かにそう言ってたかな。」

 

姫菜が苦笑しつつも大分前の事だと話すと、それならいいと言わんばかりに、沙希は南の腕からスッと逃れて座った。

 

必死に止めていた南は、何処か安堵した様に座り直し、改めて弁当にありつく。

 

因みに、大和にも同じものを渡しているとかなんとか。

 

「話を戻すけど、比企谷君ってボッチだった頃って、結構周りを遠巻きに見て、状況を見てたでしょ?それに噂になってるんだけど、去年の入学式の前に起きた、男子生徒が犬を庇って轢かれた事故、あれも多分・・・。」

 

「八幡だ・・・。」

 

話を戻した姫菜の言葉の中にあった出来事に憶えがあった沙希は、事故に遭った男子生徒が八幡だと言う事を確信している様でもあった。

 

以前八幡が話してくれた事もあるだろうが、それ以上に以前の八幡なら自己犠牲さえ辞さないスタンスが何処かにあったからだ。

 

「うん、だから、比企谷君の捻くれた所が問題を見抜いて、どうにもならなければ彼が泥をかぶる事で問題を解決させる、かな・・・?結構マイナスで見てるけど、当たらずとも遠からず、ってとこかな?」

 

そんな沙希の言葉を肯定し、姫菜は何処か嫌悪感を抱くように話し、タメ息を吐いてお茶を飲み干した。

 

その所作からは、何処か沙希への申し訳なさも窺えたが、それ以上に静への不信感が現れている様でもあった。

 

「許せないね・・・、よし、決めたよ・・・。」

 

怒りに震えていた沙希は、食事を一息に、決して下品でない所作で平らげ、目にもとまらぬ早業で片付けて立ち上がる。

 

その姿からは、迷いを断ち切った様な覚悟が見受けられた。

 

「織斑先生の力、借りようじゃないか、八幡を護るためなら、全面協力してくれる筈だよ。」

 

その覚悟とは、喩えどんな災いが相手方に起きようとも、ジョーカーを最初から頼ると言う決断だった。

 

八幡が護られるなら、相手には申し訳ないが潰れてもらうしかない。

ある種の割り切りがそこにはあった。

 

「そうした方が良いよ、絶対に先生なら大丈夫だって。」

 

「そうだね、私も協力するよ~?」

 

「ありがとね二人とも、そろそろ戻ろっか。」

 

南と姫菜も頷き、さっさと弁当を片付けて教室への帰路へと就く。

 

三人とも、知ってしまった負の思惑に立ち向かう為に、そんな覚悟が見て取れた。

 

「なるほど、良い覚悟じゃないか。」

 

三人が屋上から出て行った後、給水塔の影からその人物は姿を現した。

 

まるで、全て最初から聞いていた様な口ぶりだった。

 

「恋人同士の絆、良いもんだ、俺も協力してやらないとな。」

 

その人物、織斑一夏は不敵に笑いながらも呟き、何かを企む様な表情を浮かべていた。

 

それは、これから起こり得る悪夢を予知させる様に、彼が企む理想を物語っている様でもあった・・・。

 

sideout

 




次回予告

悪夢とは、決して予知できるようなものでは無い。
悪夢とは、何時も唐突に訪れるモノなのだから。

次回やはり俺の青春にウルトラマンがいるのはまちがっている

比企谷八幡は振り向かない

お楽しみに

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