やはり俺の青春にウルトラマンがいるのはまちがっている   作:ichika

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比企谷八幡は手を差し伸べる

side八幡

 

「こっちだ大志、早く来い。」

 

放課後、先生と共に駅前のファミレスの窓際の席で今回の依頼人の到着を待った。

 

SHRが終わると同時に外でスタンバっていた先生のバイクに乗り、最速でここまでやって来た。

 

その際、由比ヶ浜が凄い目で見て来たけど無視だ無視、奉仕部に気付かれちゃいけないからな。

 

で、ドリンクバーだけ頼んで待つ事十数分、息を切らした大志が店に入ってくる。

 

「お、お兄さん!何か分かったんスか!?」

 

「お兄さん言うな、まぁ大まかな事はな。」

 

座る事すらせずに用件尋ねるのは、本当に心配なんだろうな。

情報が見付かった程度の呼び出しでも、こんだけ慌ててるなら尚更か?

 

「君が、川崎大志君、だね?」

 

「は、はい、お兄さん、この方は・・・?」

 

そんな大志に、先生が穏やかな笑みを湛えて話しかけていた。

 

第三者がいるとは思いもしなかったのだろう、大志は狼狽えて俺を見てくる。

 

やれやれ・・・、肝が小せぇな・・・、俺が敵を連れて来るかよ。

 

「総武高校の数学教師、織斑一夏だ、よろしくな。」

 

「えっ・・・!?総武高の先生・・・!?」

 

先生の自己紹介に、大志は顔面蒼白になりながらも完全に狼狽えていた。

 

まぁ、総武高の姉貴が深夜に外に出てる事がバレたら停学かそれに準ずる処分は受ける。

そうなりゃ、それこそホントに御先真っ暗だ、それだけは避けたいのだろうな。

 

「落ち着け大志、先生は俺達の味方だ、今の今まで、お前の姉貴の居場所知ってて隠蔽してたぐらいにな。」

 

「そ、そうなん、スか・・・?」

 

「うん、悪い様にはしないさ、彼女から大まかな理由は聞いて来てる。」

 

信じられない様な目で見る大志に落ち着く様に語りかけ、先生は優しい笑みを浮かべていた。

 

敵じゃない姿勢を示すには努めて穏やかに笑みを浮かべ、相手の不信感を拭う必要がある。

彼は正に、それを実践していた。

 

「ね、姉ちゃんが、何をしているのか知ってるんですか・・・!?お、教えて下さい!」

 

「大志!まずは座れって!目上の人間を見下ろすな!」

 

焦る気持ちは分かるが、せめて礼儀を弁えろよ。

話はそっからスタートだからな。

 

「す、すみません・・・、俺・・・。」

 

自分が無礼な事をしていると気が付いたか、大志は焦りを湛えたまま先生に詫びていた。

 

よっぽど、姉貴の事が心配なんだな、良いやつだよ、小町さえ狙ってないと分かりゃ話してやっても良いと思えるぐらいにはな。

 

「気にしてないよ、お姉さんを想う君の気持は・・・、よく分かる。」

 

なんだ・・・?一瞬言い淀んだよな、この人・・・?

何か思う処でもあるのか、それとも、後ろめたい事でもあるのか・・・?

 

俺の視線に気付いたか、彼は苦笑しつつ首を横に振り、話始めた。

 

「君のお姉さん、川崎沙希は俺の嫁さんが経営してるバーで夜勤やってる、確か、4月の真ん中ぐらいからだな。」

 

なるほど、あの店が絡んでるっていう意味は、そういう事だったのか・・・。

それなら全て辻褄が合う、先生が彼女を庇う理由も・・・。

 

「そ、そんな・・・!?それって、歳誤魔化して働いてるんすよね・・・?」

 

大志の言う事は尤もだ。

高校生の深夜労働は禁じられている、働くには年齢詐称の一つや二つしなきゃ働けないのは火を見るよりも明らかだ。

 

「だろうな、俺は兎も角、あの大人びた見た目だから他の連中は誤魔化せたみたいだけどな。」

 

「だろうなって・・・、止めなかったんですか?」

 

分かってたらまず先に制止するぐらいはするもんなんだろうけどなぁ・・・?

 

若干の非難を籠めた俺の視線が分かったのか、先生はタメ息を吐いて思い返す様に語り始めた。

 

「やったさ、初めて店で見たその日の内にな・・・。」

 

その日、何があったかを・・・。

 

side回想

 

「ただいまー、疲れたわ・・・。」

 

その日、一夏は平塚静に押し付けられた書類の整理等で帰宅が遅くなり、二十二時を回っての帰宅となった。

 

何時もの様にバイクを裏の駐車場に止め、玄関代わりになっている店の入り口から中へと入る。

 

「あ、お帰りなさい、遅かったね。」

 

「あぁリーカ、お疲れ様、嫌な上司に仕事押し付けられてな・・・、質は兎も角量が酷くて・・・。」

 

彼を出迎えたリーカに笑いかけつつ、一夏はカウンター席に腰掛けて愚痴を零す。

 

気心知れた仲の友人には、ついつい本音を零してしまう彼らしい表情がそこにはあった。

 

「ミナさんみたいな良い人ばっかりじゃないんだし、仕方ないね、ほら、飲み物出すから気持ち切り替えて?」

 

「あぁ、悪い、辛気臭いよな、何時もの。」

 

「はーい♪」

 

宥めるリーカの優しい笑みに癒されつつ、一夏は自分の愛飲するバーボンをロックで出してもらう。

 

ワインやテキーラ、ビールも嗜む彼だったが、兄貴分であったカイト・マディガンから勧められたバーボンを好む様になったらしい。

 

「お待たせ、どうぞ♪」

 

「ありがとう、いただくよ。」

 

出されたバーボンに口を付け、その強烈なアルコールの苦みと咽にくる熱さを楽しむ。

 

「うん、やっぱりこれだ、美味い。」

 

「本当にお酒好きだよね、一夏らしくて良いけど。」

 

「俺らしいってなんだよ?」

 

その言葉に苦笑しながらも、一夏は少しずつ褐色の液体を飲んでゆく。

 

仕事終わりの至福の一時、それを今まさに味わっているのだろう。

 

そんな時だった。

 

「休憩上がりました・・・。」

 

休憩室から、その女、川崎沙希は姿を現したのだ。

ショットバーでのアルバイトを始めて三日目らしく、慣れない作業で少々気怠い様子が見受けられた。

 

「あぁ、川崎君か、お仕事ご苦労さ・・・ま・・・?」

 

「えっ・・・?」

 

疲れと飲酒による気分の高揚で一瞬流しそうになるが、何かがおかしい事に気付いた一夏は沙希の事を二度見する。

 

そして、沙希も一夏に気付き、一気に顔色を蒼くした。

会ってはならない人物に出会ってしまった、その表情からは絶望が垣間見えた。

 

「は、ははは・・・、リーカぁぁ!!」

 

「えっ!?ど、どうしたの!?」

 

大声を出した一夏に、リーカは驚いて素っ頓狂な声を上げる。

 

「なんで彼女がこんな時間にここにいんだよ!?」

 

「えっ!?新しくアルバイトに入ってくれた沙希ちゃんがどうしたの?」

 

血相を変えて詰め寄る一夏から不穏な何かを感じ取ったか、リーカは目を丸くしながらもどういう事かと言わんばかりに尋ね返した。

 

普段取り乱す事が無い一夏が声を荒げるなど、よっぽど重大な事が起きていると感じたのだろう。

 

「彼女は俺の勤め先の生徒だよぉ!!」

 

「え、えぇぇっ!?そ、そんな事一言も聞いてないよ!?」

 

一夏の言葉に、リーカは口元を覆って驚愕した。

 

年齢詐称されていたとはいえ、未成年に深夜労働を課してしまったという事が、経営者としての彼女に圧し掛かって来たのだろう。

 

「恐らく年齢詐称して働いてんだろうな、まぁ、詳しい事は本人に聞きゃ良い、さて・・・、川崎君、そこに掛けたまえ。」

 

「・・・。」

 

リーカに説明しつつ、一夏はこっそり逃げようと動き出していた沙希に声を掛ける。

 

その声の圧力は、彼が前線に出ていた時とほぼ同じ、まさに殺気を滲ませたものであり、一般人相手のために加減してあるとはいえ、聞く者を震え上がらせる迫力があった。

 

それを受けた沙希は、へたり込みそうになるのを必死に堪え、震える足でカウンター席に腰掛けた。

 

もっとも、本気で恐れているのだろうか、一夏から三席程離れた席に座っていたが・・・。

 

「なんでここに居るのか聞きたそうだな、ここは俺の嫁さんの店で俺の家でもある、見つかるのは必然だったな。」

 

「・・・。」

 

一夏の言葉に、沙希は苦虫を噛み潰した様な表情をして俯いてしまった。

 

「さて・・・、聞きたい事は山ほどあるが、まずはこれでも飲め。」

 

一夏はリーカに合図し、沙希にノンアルコールカクテルを出させる。

 

奇しくもそれは、一夏が八幡に出したものと同じ、サラトガクーラーであった。

 

「これは・・・。」

 

「呑みたまえ、クスリなんざ入れてねぇ、落ち着いて話がしたい、それに、夜のバーにいるレディにドリンクの一杯も奢れない様な、しけた男じゃないんでね。」

 

出された沙希は、困惑と恐怖が入り混じった様な表情で彼を見るが、一夏は先程とは打って変わった様な穏やかな笑みを浮かべて沙希を見ていた。

 

どうやら、本当に落ち着いて話がしたかっただけなのだろう。

 

「ん・・・。」

 

恐る恐る口を付けた沙希だったが、特に変わった様子も無く呑んでゆく。

 

「あぁ、そうそう、話し合いの席で出された酒を共に飲むという事は、交渉成立という意味を持つ、憶えておきたまえ。」

 

「・・・っ!?」

 

冗談めかして笑う一夏の言葉に、沙希は思わず咽返る。

 

知らなかったとはいえど嵌められてしまったのだ、これで完全にペースを握られたという事は間違いないのだから。

 

「で、どうして深夜労働なんてしてるのかな・・・?ウチはアルバイトは黙認してても、深夜労働まで認めてる訳じゃ無いぞ?」

 

「・・・。」

 

「だんまり、か・・・。」

 

表情を引き締めて尋ねる彼の言葉に、沙希は口を噤んで黙秘を押し通した。

 

それなりの事情があると踏んだか、一夏はタメ息を吐き、バーボンを口に含む。

 

「日付を跨ごうが何しようが、俺は君がワケを話すまで待つ、理由を聞かずに責めるのはフェアじゃない。」

 

「一夏・・・。」

 

詰問と言うよりも、歳の離れた妹を諭す様な声色になった一夏に、リーカは穏便にしてやってくれと言わんばかりの声色で声を掛ける。

 

深夜労働をしなければならないという事は、それなりに深いワケがあると言う事なのだ、味方になってやってほしいという想いが見えていた。

 

「教師の役目は、生徒を明るい未来に導く事にある、俺個人は必要なら深夜労働も別に良いと思ってる。」

 

バーボンを少しずつ飲みながらも、彼は持論を語って行く。

そこには咎めるような色は無く、ただ淡々と、自分の考えを語っているに過ぎなかった。

 

「だから、君が働く理由を教えてくれ、それが必要な事なら、俺も応援するし、学校にも黙っておく、信じてくれ。」

 

故に、理由さえ知っていればフォローもしてやりたい、彼なりの考えもあっての言葉だった。

 

一夏の言葉に、沙希はまだ沈黙を貫いていた。

 

まだまだ信用できない相手に、本音を話して良いほど、彼女も甘くは無かったのだろう。

 

「俺が信用ならないなら、人生の大先輩、リーカに相談という形で話せばいい、俺は只の飲んだくれとしてここにいるだけにしといてやる、勿論、酔ってるから話の内容なんて覚えてないだろうけどな。」

 

「私かぁ・・・って、私まだ24なんだけど・・・。」

 

大先輩と言う言葉が気に障ったのか、彼女は少し棘のある言葉で返す。

 

それにお前、たった一杯のバーボン程度で酔いつぶれる程弱くないだろというリーカのジト目を無視し、一夏はグラスに残っていた液体を一息で飲み干し、カウンターに突っ伏して寝たふりをする。

 

その様子に、沙希は困惑していたが、一夏と長年に渡って共に過ごしてきたリーカは呆れた様に笑いながらも、カウンターを出て、沙希の隣に腰掛けた。

 

「はぁ・・・、ホント、勝手な人なんだから・・・、まぁ、そんな所が、私達を救ってくれた、のかなぁ・・・。」

 

「リーカさん・・・?」

 

呆れながらも、何処か仕方ないという色が見て取れるリーカの笑みの真意が分からなかったのか、沙希は恐る恐る尋ねる。

 

「ううん、ただの独り言、気にしないで。」

 

そんな彼女の戸惑いに気付いたのか、リーカは優しい笑みを浮かべて何でもないと首を横に振った。

 

「一夏は教師だから、色々と信用できないのは分かるけど、学校に関係ない私になら、教えてくれるかな?」

 

「・・・、迷惑は掛けられません・・・、働くなっていうなら、今日で辞めて・・・。」

 

彼女の言葉に、沙希はこれ以上迷惑掛けられないと言う様にバイトを辞めると言う旨の言葉を話す。

 

しかし、ここを出た後、他の場所で深夜労働をする可能性も拭いきれない。

それに気付いていたリーカは、そうじゃないというように言葉を続けた。

 

「違うの、辞めろって言うんじゃない、寧ろ、他の所に行ったら、それこそ終わりじゃないかな?ここにいれば、私達が貴女を護るわ。」

 

だからこそ、ここに留めておきたい。

自分達の手が回る範囲にいてくれた方が、何事もやり易いのだ。

 

「だから、ここで働く理由を教えて?貴女を護る理由を、知りたいの。」

 

無論、リーカ自身、沙希を護りたいという想いはある。

一人の大人として、若人の未来を暗いモノにしてはならないと感じているのだろう。

 

「・・・、誰にも、言わないでくださいね・・・?」

 

「勿論、約束するわ。」

 

観念したのか、それも話しても良いと思ったのか、沙希は小さく呟いて話し始めた。

 

その表情には、どこか疲れが見て取れ、かなり長い間引き摺っていた問題だと察する事が出来た。

 

「ウチは、御世辞にも裕福とは言えなくて、少しでも家計を助けたくて夜勤に入ったんです・・・。」

 

「そっか・・・。」

 

沙希の告白に、リーカは静かに頷きながらも耳を傾けていた。

 

家族の助けになりたいという言葉に嘘は無いだろうが、何かを隠している様な気配を感じ取ったのだろう、リーカは僅かに目を細めた。

 

「それに、私、進学を考えてるんですけど・・・、大学を目指すとなると、本当に家計が回らなくなるんです・・・。」

 

「(なるほど、進学のための資金集め、か・・・、いや、それだけじゃないか。)」

 

寝たふりをして話を聞いている一夏は、進学のための資金集めと言う言葉に引っ掛かりを感じ、考えを巡らせた。

 

大学進学ならば、奨学金制度があり、それなりにカバー出来る。

 

だが、それを考慮して尚夜勤をして金を集めなければならないのは、その前段階に必要になってくる存在があるという事・・・。

 

「そっか・・・、うん、分かった、じゃあ、お金が貯まるまでの間、ウチでこのまま働いてくれていいよ、一夏も、学校側を誤魔化すの協力してくれるよね?」

 

大まかな事情を把握したリーカは、これからも働く事を了承し、一夏に学校側を欺く事を了承させようとしていた。

 

「良いだろう、だが、所詮俺は臨時採用で入っただけの教師だ、やれるだけやってみるさ。」

 

「それで良いよ、他の皆には私が説明しておくね。」

 

少ししかめっ面になった一夏に、彼女はタメ息を吐いて他のメンバーの反応を予想して頭を痛めていた。

 

今日、店に出ているのはリーカだけであり、他のメンバーはそれぞれの所要の為に出掛けてしまっていたのだ。

 

報告は後日になるし、反対する者もいるかも知れないと考えると、説得するのも一苦労なのだ。

 

「頼む、俺はシャワー浴びてから仮眠室で寝るよ、今日はどうせ、セシリアとシャルも帰ってこないからな、なんかあったら呼んでくれ、それじゃ、川崎君、無理だけはするんじゃないぞ。」

 

席を立ち、一夏は汗を流すために浴室へと足を向ける。

 

仕事終わりでそれなりに身体も汚れているし、汗もかいている、そんな状態で夜を過ごしたくもないのだろう。

 

「そうそう、誰がなんと言おうと、君の想いは君だけのモノだ、だが、君に向けられる想いは、君次第でどうとでもなる、これも憶えておきたまえ、何時か、君にも王子様が来るからな。」

 

「えっ・・・?」

 

沙希はその言葉の真意が分からずに聞き返すが、彼は薄い笑みだけを残して店の奥へと入って行ったのであった・・・。

 

sideout

 

side八幡

 

「って感じだったな・・・、あれが最良だったと、俺は今でも思ってる。」

 

そんな事があったなんて・・・。

と言うより、普通なら夜勤を辞める様に説得するところなんだろうけど、そこで強く言わなかったって事は、その場凌ぎよりも後々に起こる面倒事を無くして、自分の手元で見ておきたいって言う感じなんだろうか・・・?

 

まぁ、その方が学校側に情報も伝わりにくいし、信頼のおけない奴の接近を防ぐ事も出来る、なるほど、良く考えられている。

 

「しかし、分からない事が一つある、何故彼女が夜勤をしてまで金を稼ごうとするか、だ・・・。」

 

「た、確かに・・・、ウチは裕福じゃないけど、そこまで生活に困ってるって訳じゃ・・・。」

 

確かによく分からないな・・・。

家族思いの女が、しかも人付き合いの苦手な奴が、今更夜間外出で非行に走る様なタマだろうか・・・?

 

「そこでだ、今日君を呼んだのは確証が欲しかったからだ、彼女にじゃなく、君達家族に今年に入ってから起こった出来事を大なり小なり問わず全部話せ、勿論、君の変化もだ。」

 

だとすれば、家庭環境の変化が深夜バイトの切っ掛けになるだろう。

先生の話だと、大学進学のための資金集めだとかなんとか・・・。

 

だから、原因を探らなければ解決の糸口は見えない。

 

「えぇっと・・・、父さんと母さんは、特に異動も昇格も無くて、俺の下の弟は小学三年になって・・・、一番下の妹も、幼稚園の年中になったぐらいですかね・・・?」

 

「なるほど、家族に変化は特にない、か・・・?」

 

大志以外の家族に大きな、家計や環境を変える程の変わりは無い、か・・・。

だとすれば、大志に原因が・・・?

 

そういえば、大志は小町と同い年で、同じ塾に通ってるって言ってたな・・・。

・・・、まさか・・・!?

 

「大志、そういえばお前、小町と同じ塾に通ってるんだよな?」

 

「そ、そうっスけど、それが・・・?」

 

「良いから質問に答えろ、何時から通ってるんだ?」

 

もしもだ、大志が塾に通い始めた時期が時期なら、川崎が深夜バイトを始めた理由にも合点が行く。

 

「え、えっと・・・、確か、三年に上がる直前の春休みからっス、一年後には受験なんで・・・。」

 

「「ビンゴ!」」

 

「えっ?」

 

大志の言葉に確証を得た俺と先生の声が見事にハモった。

 

大志の塾通いが始まったのは今年の春休みから、そして、川崎の深夜バイトが始まったのもその直後の4月。

そして、進学のための資金集めと言う事は、恐らくその前段階に必要なものだと推測できる。

 

そこから導き出される答えは只一つ・・・。

 

「恐らく、お前の姉ちゃんは塾、いや、大学受験対策のための予備校に通う為に資金集めてるんだろうな。」

 

「えっ・・・?で、でもそれならなんで言ってくれないんですか・・・?」

 

俺の推測に、大志は疑問の声を上げる。

 

確かに、予備校に通いたいなら親に直談判すればいいだけの話だ、養われている子供の身なら、言うだけの権利はある。

 

だが・・・。

 

「お前の姉ちゃん程の奴が、今更親に迷惑掛けたいと思うか?」

 

「あっ・・・。」

 

だが、話を聞く限り、川崎沙希と言う女は家族思いの良い奴だ、それでいて、長女故のしっかり者で、強い女だろう。

 

だから今更、親に苦労かけてまで甘えるなんて選択肢は無かったんだろうな。

 

なんつーか、ホントにすげぇ女だよ。

同じボッチでも、行動力が違うね。

 

「だから、いきなり甘えろなんて言えないだろ、それなら、別の道を提示してやるしかない。」

 

「ほう、別の道があるのかい?」

 

俺の言葉に、先生は何処か興味深げに尋ねてくる。

 

面白い事を聞いたと言わんばかりの表情が、その端正な顔から滲み出ていた。

 

これは本気で気付いてなかったのか、それとも俺を試しているのか・・・。

まぁ、どっちにしろ、この案を出さなかったら話が進まん。

 

「えぇ、俺も予備校に通ってますが、正直な話、負担なんてほとんど無いですよ。」

 

そう、俺も予備校に通ってはいるが、親からの金で通っているとは言えど、我が家が負担している授業料なんて無いに等しい。

それには一つ、からくりがあるんだ。

 

「それは如何して?」

 

「スカラシップって制度があるんすよ、授業料がチャラになる制度が。」

 

「スカラシップ・・・?な、なんスかそれ・・・?」

 

やはり、知らない奴はトコトン知らないみたいだな。

それもそうか、公にしすぎたら予備校側も経営成り立たないからな。

 

「簡単に言えば、成績優秀者の学費免除っすよ、まぁ受けられるのは学年の上位を常に張るぐらいの成績の奴ですかね。」

 

まぁ、それも総武高クラスなら、全教科80以上取れる奴なら受けられるだろうけどな。

 

「なるほどな、八幡君は国語科目は学年トップ3を入学時からキープしている、予備校通いが出来るのはそれが所以か?」

 

「えぇまぁ・・・、それで、川崎の学力は、どうなんですか・・・?」

 

まぁ、スカラシップ制度があった所で、川崎の学力がそれに達してなかったら何の意味も無い。

 

ボッチの俺にはそれを確かめる術なんて無いが、ここには心強い先生がいてくれるんだからな。

 

「それなら問題無い、沙希ちゃんは学年上位15以上に常にいる、スカラシップ制度取得になんら問題は無い筈だよ。」

 

えぇ・・・、なにそのハイスペック・・・、なんでそんな奴がボッチの道を選んだんだ・・・。

まぁ、今は気にするこっちゃないか・・・。

 

「そんな制度があるんすか・・・、そ、それならすぐに教えに行かないと!」

 

「待ちたまえ大志君、君が行っても話が拗れるだけだ。」

 

逸る大志を宥めながらも、先生は苦笑していた。

 

確かに、家族であり弟である大志が行っても、下手すりゃ変に拗れてそれこそ家族関係の崩壊にも繋がりかねない。

 

姉の意地やら面目なんてヤツもあるだろうからな、そこも考慮してやらないとな。

 

そう言うのを教えられるのは、関係拗れても特に何の影響もない赤の他人、つまりは俺って事だ。

 

ホント、ボッチはこういう所には強いからありがたいね、無敵とは言えないけどな。

 

「ここは俺が引き受ける、多分、今日も先生の店にいるだろうしな。」

 

俺と川崎は関わりなんて皆無だし、何よりボッチ同士だ、積極的に互いに関わろうなんてしないだろうから、拗れたって別に何が起こる訳でも無い。

 

「あぁ、来るときにシフト確認してきたから間違いない、今日の店番はセシリアとシャルだ、話は通してあるし、雰囲気も作って貰う様に頼んでる。」

 

雰囲気作りって何・・・?えっ、俺に何させようとしてるのこの人?

 

というか、いつの間に連絡してたの?

 

「だから、君は家で待っていたまえ、八幡君が必ず連れて帰って来てくれるさ。」

 

だからその意味深な笑みは何ですか!?ホント何させる気なの!?

 

「分かりました・・・!お兄さん、姉ちゃんのこと、よろしくお願いします!」

 

あれ、これ見合いの時の空気だ、なんでだ・・・。

 

「さて、大志君、ここは俺が払っておく、君は他の家族に落ち着く様に言っておいてくれ、それは君にしか出来ない事だからな。」

 

「はい!勿論スよ!!」

 

先生の言葉に、大志は頭を下げて、勇んで店を出て行った。

 

何と言うか、人を乗せるのが上手い人だ、落としておいて持ち上げる術を知っている。

無論、その逆も良く知ってそうだけど。

 

「さて、八幡君、これから俺と一緒に来てもらおうか。」

 

「はい、アストレイに行くんすね?」

 

早速実行に移すか、行動力ハンパねぇ・・・。

だが、早く片付いた方が色々と楽だ、そのためにも俺も動かないとな。

 

「それもそうだが、君には他にやる事が有る。」

 

「やる事、ですか・・・?」

 

スカラシップの件伝えるのに、他にやる事なんてあるのか?

 

「良い女口説くのに、学生服じゃカッコ付かないだろ?」

 

「口説くってなんですか・・・、まぁ、確かに夜に学生がバーにいるって体裁悪いですけど・・・。」

 

それ、前にも聞いたよな・・・。

まぁ一回着替えてから行くのか・・・?

 

「付いて来たまえ、君を男にしてやる。」

 

「えっ、ええぇっ・・・?」

 

な、なんか、嫌な予感がするんですが・・・?

 

や、やっぱり、この人信用しない方が良いかも・・・。

後悔先に立たず、俺はその言葉の意味を、今まさに知ったのであった・・・。

 

sideout




同じ想いを抱きながらも交わらなかった少年と少女は、今、互いを見据え合う。

次回やはり俺の青春にウルトラマンがいるのはまちがっている。

比企谷八幡は過去を語る

お楽しみに!

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