IS-イカの・スメル-   作:織田竹和

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セシリアは変態じゃないんだ。ごめんね
結局上手くまとまらなかったからとりあえず書きかけのやつをそのまんま投入




彼女は両親が好きだった。

 

由緒ある家柄に生を受け、本人もまた政治家としての道を歩んできた母。家格は劣るものの、夫として様々な面において母を支えた父。

 

そんな二人の関係がきっと理想なのだろうと、そう彼女の目には映っていた。

 

そんな思いがあったからだろうか。

 

社会が女性優遇へと動き始め、肥大化していく優越感と劣等感を目の当たりにしても。

両親の死後、家を守るために奮闘する自分にすり寄ってくることしかできない浅ましい者達をどれほど目にしても。

侮られまいと、一人で立って歩むと誓い、いつしか他者を見下すことしかできなくなっていても。

 

 

 

それでも尚、彼女は希望を捨てきれなかった。

この世界が俗物だらけだとしても、それでも誰かを認めたい。かつてそこにあった理想を、理想のままで終わらせないために。

 

 

 

 

 

§

 

 

 

 

 

 

ゆっくりとした開閉音が、来訪者の存在を告げる。

 

俺、織斑一夏、五反田弾が顔を向けたと同時に、気品の漂う声が無骨な屋上に響く。

 

「失礼します。少しよろしいでしょうか」

 

宝石のように眩い金色を靡かせながら、優雅な足取りでこちらへと歩く女子生徒。白いスカートがふわふわと揺れる。あの女は確か……いかん。五反田弾のインパクトが強すぎてまったく思い出せん。確か同じクラスにいたと思うんだけどなぁ。でも先輩だったら怖いし、一応敬語使っとこう。

 

と、ここでごく普通に対応しようとして、ふと考える。

 

(こいつ、何しに来たんだ?)

 

この女子生徒が入ってきた時にわざわざ断りを入れたということは、俺たちの誰かに用事があると考えるのが妥当だ。或いは全員か? ただ俺に関してはこんな女との接点はない。男二人に関しては、男だからという理由から興味本位で話しかけられても不思議ではない、が、先ほどの話を鵜呑みにするなら、織斑一夏に近づきたいからと言って五反田弾がいるにも関わらずわざわざ屋上にまで来るというのはいささか合理性に欠ける。

 

(怪しい……が、かといって下手に突くのもなぁ……)

 

隣を見れば、織斑一夏も俺と同じようなことを思ったのか、侵入者に対して懐疑の目を全力で向けていた。

 

しかしまぁ、とりあえずこのまま放置というわけにもいくまい。

 

「はーい、どうぞー。なにかご用事ですかー?」

 

なるべく柔らかい笑顔で、穏やかに見せるよう意識する。ひとまず相手の出方を伺うとしよう。

 

この時、俺達は失念していた。いや、そもそも気づけという方が無理だ。

 

ブロンドの女は俺達────俺と一夏を無視して、もう一人の男へと歩み寄った。

 

「五反田弾さん、ですわね?」

 

視線が隣で呆けている赤髪の男へと集まる。

 

そう、まさかこの男目当てでやってくる輩がいるなどと、誰が予想できようか。

 

しかも────

 

「先程のご挨拶、わたくし感動いたしましたわ!」

 

────こんなわけのわからん理由で寄ってくるなどと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

§

 

 

 

 

 

 

 

 

 

時は少し流れ、場所は教室。

 

あの後ちょっとしたオリエンテーション的なものがあり、今は再び休憩時間だ。

 

「改めて自己紹介いたしますわ。わたくし、セシリア・オルコットと申します。オルコット家の当主にして、イギリスの代表候補生ですわ」

 

優雅にスカートをつまみ上げ、首を垂れる金髪の女。頭の動きにつられ、ふわりと煌めく髪が肩からこぼれおちる。なんだこの凄まじいお嬢オーラ。しかもドリル髪だしですわ口調だし。まあ実際貴族らしいし、実際お嬢様なのだろう。自称、莫大な資産と政治的地位を持つ由緒正しい貴族なんだそうだ。執事とかリアルに居そう。

 

しかも、どうやらこの女はイギリスの代表候補生らしい。さらにいろいろ聞いたところによると専用機を既に持っているそうだ。いや、俺だって持ってるし。

 

「それで、五反田君に用事があったんだよね?」

 

俺の問いかけに、セシリアと名乗った女は目を輝かせ、風を切る勢いでこちらに首を回した。

 

「はいっ! わたくし、あのような方を初めて見ましたの!」

 

そりゃあアイツみたいなのがホイホイいてたまるか。

 

俺の冷めた内心とは裏腹に、胸の前で手を合わせ、熱を帯びた瞳で虚空を見つめるセシリア・オルコット。

 

「あんなふうに真っ直ぐ自分を表現できる方なんてそうそういらっしゃいませんわ」

 

ここまで聞くと、まるで純粋に弾を慕っているかのように聞こえる。

 

しかし次の言葉で、そんな考えは覆されることとなる。

 

 

「ええ、本当に……

 

 なんの力もない、()()()()()にしては、とても素晴らしい方ですわ!」

 

 

(──ああ、なるほど)

 

俺は内心で静かに頷いた。セシリアの置かれていた境遇と、弾に惹かれた理由に何となく察しがついたからだ。

 

貴族と言うからには、それなりに『らしい』振る舞いというものが求められる。彼女の立場上、周囲の顔色を窺いながら自分を殺さざるを得なかったのだろう。自分らしさなんて皆無の世界だ。

 

そしてそれは当然、彼女を取り巻いていた周囲の人間もまた同様なはずだ。なんだかんだ現首相・大統領などは男性の方が多数派だし、恐らく貴族社会においてもそれは同様だろう。セシリアの立場を考えれば、様々な貴族の当主、乃至政治的地位のある人間が彼女に気に入られようと、或いは取り込もうと擦り寄ってきたことは想像に難くない。彼女の顔色を窺い、時に媚を売り、時に諂い、或いは怯え、プライドなど放り捨てていたのだろう。もしかしたら、彼女にすり寄ってきた男だけではなく、もっと身近にそういう人間がいたのかもしれない。

 

女性の発言力の高さだけではなく、彼女個人がISというこの世界における核兵器を所持しているのだ。下手に機嫌を損ねればどうなるか分かったものではない。周囲の人間がそういった対応になっても不思議ではない。むしろ妥当だ。

 

そうなれば、セシリア・オルコットという女の中で、男という存在への評価が急降下していくのも無理は無い。或いはそもそも女尊男卑の風潮にかぶれていたのかもしれない。

 

ここまで来れば、先程の発言にも納得できる。要するに、セシリア・オルコットにとって五反田弾は、今まで出会った男共よりも遥かにマシだった。ただそれだけのことだ。

 

まあつまるところセシリアが言った言葉の通りなのだろう。あんな風に真っ直ぐ自分と言う物を確立させている男など初めてで、愛想笑いを張り付けながら自分に媚び諂って来る『男』という生き物にしては素晴らしいヤツだったと。

 

結局男のことをナチュラルに見下していることには変わりないな。

 

ただもしかすると……単純に羨ましかったのかもしれない。いや、羨ましいというより、憧れたのかもしれない。

 

愛想笑いを張り付け、顔色を窺いながら過ごしたのは彼女も同じなのだ。そんな彼女にはできなかったことを平然とやってのける男がいた。ただそれだけのことなのかもしれない。

 

まあ、どちらにせよ所詮は推理ですらないお粗末な想像だ。本人に聞いたところで明確な回答など返ってくるかも分からない。人の感情など、理屈をこねくり回したところで説明しきる事なんて出来る筈が無いのだ。しかしとりあえず俺の中での納得は得られた。今はそれで十分だ。

 

「ふっ、俺は唯一無二にして絶対の存在だからな。どうやら俺の唯一無二AURAが子猫ちゃんを引き寄せてしまったらしい。ふっ、俺も罪な男よ……」

 

この男に憧れるのかー。やっぱりちょっと無理があるなー。

 

セシリアは謎のポーズをとる五反田弾を放置し、今度はもう一人の男子生徒────織斑一夏へと向き直る。

 

「それから……織斑一夏さん、でしたわね?」

 

急に話しかけられた一夏は一瞬驚きながらも、すぐに表情を引き締める。

 

「ああ、なんだ?」

 

ほぼ無表情且つ平淡な調子で返した一夏に対し、セシリアは薄い笑いを浮かべた。

 

「わたくし、貴方にも期待していますのよ? 男性の身でありながら、どこまでISを扱いきれるのか」

 

「……そうか」

 

物言いたげに、一夏の視線がセシリアへと向けられる。セシリアはそれを受け止め、僅かな落胆を含んだ溜め息をついた。

 

「まぁ、本音も言えないようでしたらそれでも構いませんわ」

 

ただ……と前置きをして、セシリアは再び微笑んだ。

 

「それでも、貴方の目は、今まで出会ったどの男性とも違う。わたくし、人を見る目には自信がありますの。貴方が多少はマシであることを期待しますわ」

 

やはり何だかんだ、セシリアの言葉はどこか上から目線だ。当然一夏もそう感じているはず。ただあの上から目線は多分無意識と言うか、悪意があって言っているわけではなさそうだ。つまり彼女自身、何が悪いのかがわかっていない。一夏もそこに気付いたからこそ、さっきは口をつぐんだのかもしれない。

 

というか俺なんか空気じゃね?

 

と、ここで俺の思考を読んだかのように、今度は俺へと視線を移すセシリア。

 

「それから貴女、八神優さんでしたわね?」

 

「え、あ、はい」

 

思わずきょどる俺。いやだって考え事してる時にパツキンのガイジンさんに突然話振られたらそりゃあきょどるよ。

 

まあ俺の些細なきょどりなどどうでもいいようで、セシリアは俺を半ば無視して話を進めた。

 

「貴女が専用機持ちであることは既に聞いています。恐らく、このあと選出されるクラス代表には、貴女かわたくしが選ばれるでしょう。その時には、貴女とわたくし、どちらが上かはっきりさせて差し上げますわ」

 

セシリアの言葉に、なぜか色めき立つ周囲の生徒たち。

 

『きっききききキマシタワァァァァァァァァァッ!!!!!』

 

『どちらが上かって、つまりそういうことよね。わかるわ』

 

『成績優秀な高飛車金髪お嬢×天然清楚系黒髪美少女……なるほど、そういうのもあるのか』

 

何を言っているのかわからないが、とりあえず放置。っていうかクラス代表って何ぞ。まぁ多分学級代表とか委員長的なアレだろう。とりあえずそんなことはさておき、今はこの女のことが先だ。

 

俺は無駄に自身に満ち溢れているセシリアにかける言葉を探し、探し……

 

「あ、その、えっと……はい」

 

それだけ言うと、セシリアは満足そうに自分の座席へと戻っていった。

 

そして一夏や弾を含め、一部始終を見ていた生徒たちから『ええー……』『あの返しはちょっと……』的な視線を向けられる俺。

 

いやだってあの感じだと『はい』としか言えないでしょ! 他になんて言えば良かったんだよ! そりゃあ正直我ながらあの宣戦布告に対して『はい』は無かったと思うよ! でも咄嗟にカッコイイ切り返しなんて出てこねぇよ!

 

俺の心のシャウトなど露知らず、授業の開始を告げるチャイムが鳴り響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

§

 

 

 

 

 

 

 

 

「ん、さすがに誰もいないか……はぁ、疲れた」

 

校舎の外、中庭の隅にある自販機の前で、俺は盛大にため息をついた。

 

ISについての初授業が終わり、逃げるようにして教室を出てきたのだ。そりゃあ疲れるに決まっている。

 

(くそ、セシリア・オルコットとかいったな、あの女)

 

そもそも俺が教室から逃げる羽目になったのはあのセシリアとかいう洋物のせいだ。あいつが専用機云々クラス代表云々とか言いだしたせいで、それを聞きつけたやつらから質問攻めにあったのだ。正確にはあいそうになった。ピークになる前に何とか抜け出すことができたからな。

 

セシリアに言われたことを思い出す。

 

『クラス代表には、貴女かわたくしが選ばれるでしょう』

 

いやまぁ、言わんとすることは分かる。

 

ISにはコアと呼ばれるパーツが必要不可欠だ。そしてそのコアには数に限りがある。故に、専用機を与えられる人間も当然限られる。ISに携わる人間にとって、専用機保持とは即ち選ばれしエリートの証と言っても過言ではない。

 

つまり専用機を持っているという時点で、他の生徒たちにはない長時間のIS稼働というアドバンテージと、専用機持ち(超エリート)という肩書があるというわけだ。代表に相応しいといえば相応しいと思わなくもない。

 

……まぁ、クラス代表なんて誰がなっても一緒だろ。最悪何かあっても幸運先生が何とかしてくれる。

 

そして付け加えるならば、他の生徒たちの大半は当然ながら、まだまだISに触れる機会は少ないし、稼働経験も浅い。既に専用機を持っている人間に興味が集中するのもある種当然の成り行きだったというわけだ。

 

というかなんでセシリアの方には行かなかったんだ? あ、そういえばあいつは一般入試組だからもうみんな知ってたのか。

 

疑問を解消した所で、俺はジュースでも買おうと、目の前の自動販売機に小銭を入れた。この世界では既に全ての自販機が電子マネーに対応しており、今の若い世代には、ちょっとしたスーパーなどでの買い物もICカードや携帯電話を使用した電子マネーでの支払いが広く浸透している。

 

しかし前世での価値観が残っている俺にとって、現金支払いの方がなんだかんだ馴染んでいるというか、安心感があるというか。そういう理由から、俺は割と頻繁に現金を利用している。やっぱこっちの方が買物した感があるし。

 

ペットボトルがぶつかる音と、小銭が1枚、落ちてくる音が静かに響く。……ん? お釣りだと? おかしい。俺は150円丁度で払ったはず。

 

腰を落として見てみると、そこには10円玉が1枚。そして視線を上に向けて、気づいた。

 

「あ、140円……」

 

うん、たまにあるよね。大学のキャンパスとか、高校の購買の自販機とか。そういう学校の自販機ってたまにちょっとやすいよね。130円とか140円とか。でもさ、そういう微妙な値下げって結構財布を小銭でパンパンにしちゃうから俺はあんまり好きじゃないな。いや、安さを否定するわけじゃなくて、そもそも安さを追求するならドラッグストアとかスーパーで買った方が圧倒的に安いし。いや、別に今気づけなかったからこうして文句を言っているわけではなくてね?

 

「……はぁ、戻ろ」

 

俺は一抹の悔しさを覚えつつ、10円玉をポケットに突っ込み、その場を後にした。

 

 

 

 

 

「あ、ジュース取るの忘れた」

 

駆け足で戻った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

§

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「というわけで、今からクラス代表を決める。自薦他薦は問わない。意見がある者は手を挙げろ」

 

織斑先生の鋭い声に、あちこちから手が伸びる。

 

クラス代表とは、近々行われるクラス対抗戦に参加する代表者のことだ。選出されるのは一人で、選ばれた生徒は1年間クラス代表を務めることになる。対抗戦以外にも、生徒会や委員会が開く集会への参加などの事務的な仕事も任される。らしい。

 

さて、先程の金髪ドリルの言う事を鵜呑みにすれば、俺かあの女が選ばれるとのことだ。『女性の方が強い』という前提を踏まえ、『代表選に勝てる人選』という基準で考えるならば、その予想は限りなく合理的だ。

 

しかし意外というか、ある意味妥当と言うか、セシリア・オルコットの予想は大きく外れることとなる。

 

「はいっ! 織斑くんが良いと思います!」

 

「私も! 私もそれがいいと思います!」

 

次々と挙がる熱い織斑プッシュ。いやまあ気持ちは分からんでもないけどな。せっかく世にも珍しいというかただ一人の男性IS操縦者をゲット出来たんだから、他のクラスに自慢したいだとかこうした方が盛り上がりそうだとか、そういう気持ち自体は分からなくもない。

 

当の本人は若干の焦りを見せながらきょろきょろと首を動かしている。まぁこいつもさっきのセシリアの話聞いてたしな。自分が選ばれるとは思わなかったんだろう。というかさっきの話聞いてたヤツらも織斑プッシュしてんのか。お前らセシリアのこと実は嫌いだろ。

 

そしてやはりというか何というか。当然納得のいかない人間もいるわけで。

 

ちらりと後ろを振り返る。そこには、ものすごく何か言いたげな金髪碧眼の女子生徒と、その隣で険しい表情の中に焦りを滲ませている赤髪の男子生徒。どうやらあの男は俺と同じ考えに至ったようだ。

 

弾が何か言おうと口を開きかけた、その時だった。

 

「ちょ、ちょっとお待ちください!」

 

大きな音を立てて机に白い両手が叩きつけられる。声を荒げて立ち上がったのは、当然、既に弄られ噛ませキャラの片鱗を見せつつあるセシリア嬢。顔が赤いのは怒りのせいか、はたまた羞恥か。

 

「どうした、オルコット」

 

織斑先生の冷静な声がセシリアへと向けられる。

 

と、ここで今の自分が貴族としてなかなかにあるまじき状態だということに気付いたのか、一瞬固まったのちにゴホンとわざとらしく咳払いをするセシリア。そうそう、常に優雅たれってどこぞのおっさんも言ってたし。

 

やがて落ち着きを取り戻したセシリアは、背筋を伸ばし、ゆっくりと口を開いた。

 

「その、何の考えもなしに織斑さんへと代表の責務を押し付けるのは、聊か早計ではないかと思いまして。この度選ばれるクラス代表とは、クラス対抗戦に参加し、この学級の顔となる人物なのでしょう? でしたら、やはりある程度の実力が伴っている方を選ぶべきですわ」

 

セシリアの主張に、一部の『何の考えも無かった人達』がぎくりと肩をすくめる。まあ確かに、入試の段階で実力を示しているセシリアに対し、織斑一夏という人間は他の生徒達にとってあまりにも未知数。一度も戦闘しているところを見たことが無い上に、ことIS分野において『男性』という要素はそれだけでマイナス要因となり得る。恐らく他の生徒達にとっては、一夏に実力が伴っているとは考え難いのだろう。

 

セシリアの言っていることは今のIS分野で言えばとても正しいが、正直あまり空気の読めた発言とは言えない。

 

しかし今回に関してはよくやったと言っておこう。ついさっきまで、俺はクラス代表なんて誰でも良いと思っていた。しかし内容を知った今では違う。

 

 

 

織斑一夏はクラス代表になるべきではない。

 

 

 

セシリアの思わぬファインプレーに俺と弾は胸をなでおろした。が、当のワンサマー殿は何やら微妙に不服そうでいらっしゃる。表情こそ無表情だが、そこそこ長い付き合いだから分かる。てめぇふざけんなこのやろう。

 

俺達の思惑をよそに、セシリアの主張は続く。

 

「報道によると既に専用機はお持ちの様ですが……仮に彼の推薦を認めたとしても、それなら尚のこと、一度織斑一夏さんの実力を知っておくべきだと思いますわ」

 

いや、そこは認めないでください。

 

まぁ主張自体は妥当であると判断されたのか、織斑先生は顎に手を中てて何やら思案しているようだった。

 

「オルコットの言う事にも一理あるな。では、オルコットと織斑の両名による模擬戦を行う。そこで勝利した者がクラス代表となることとする」

 

ハリのある鋭い声が、反論を許さない、既に決定事項だといった論調で告げる。

 

(まずい……このまま話が流れるのはちょっとまずいぞ……)

 

気付けば、俺は少し焦っていた。微妙に不服そうな一夏は放置するとして、弾の表情も若干ではあるが苦々しいものとなっている。

 

このままセシリアと一夏が戦うとして、この男に事情を説明して『わざと負けろ』と伝えたところで、はいわかりましたと頷くだろうか。この表情を見れば答えなんて明白だ。ずばり、ノーである。なんだかんだ頑固と言うか、負けず嫌いと言うか。さんざん見下されている空気をビシビシ感じておきながらわざと負けるなんて選択肢を選ぶなんて多分こいつには無理だ。

 

というか今回の俺達の『心配事』に気付いてないようですらある。いや、その『心配事』そのものが杞憂であるのなら、こいつが勝とうが負けようがクラス代表になろうが生徒会長になろうが何だっていい。

 

この状況──織斑一夏をクラス代表から降ろす方法……方向性としては1つしかない。即ち、『セシリア・オルコット以外のクラス代表候補を推薦する』。そしてそいつに一夏が負ければ万事解決だ。

 

結局のところ、恐らく一夏が気に入らない点があるとすれば、それはセシリア・オルコットにわざと負けるという点だろう。セシリア以外が相手なら、俺達の要求を飲んでくれる可能性はまだそちらの方が高い。

 

だがしかし、ここで俺は致命的なミスに気付く。

 

(しまった……! このクラスのヤツらの名前なんて碌に知らねぇ……!)

 

いや、俺のコミュ力の問題ではなく。ほら、まだ入学初日だし。そもそも初日からこんなにガッツリ授業やってる方がおかしいし。まぁそれは関係ないとして。

 

(とりあえずちゃんと名前を知っていて、一夏が負けても問題なさそうなやつというと……あ、しののの)

 

ちらり、と窓際最前列へと目を向ける。そこには、自分など全く関係ないとでも言いたげに窓の外をぼへーっと眺めているポニーテールの女子生徒。

 

(いやちょっと待て。さすがに今俺があの女を推薦するのはちょっと無理がある。碌に接点など無いし、何より理由がない。いや、あるにはあるんだけど……)

 

そう、あるにはある。彼女は篠ノ之束……だったはず。の関係者である可能性が高い。珍しい名前だし、さすがに偶然の一致ではないと思う。思うのだが……

 

(開発者の親戚とかっていうならそれを理由にゴリ押しできなくはない。ただ、そんなに親しくもない他人のプライバシーにそこまで土足でづかづかと踏み込むのは流石に人としてどうなんだろう……)

 

俺の人としての良心が、しのののをスケープゴートにする案を押しとどめていた。

 

残る案は実質1つのみ。他人に頼れないなら自分で何とかするしかない。要するに俺も一夏の対戦相手として立候補するのだ。

 

(俺相手にわざと負けてくれるかどうかは恐らくアイツの中での俺の好感度次第。そんなに低くは無いと思うけど、確実性はちょっと微妙だな。しかし仮に八百長を演じてもらえなかったとしても、セシリアだけではなく俺とも闘う事になる。当然一夏がクラス代表になる確率はぐっと下がる。が、どちらにせよ確実とは言えないな)

 

保護プログラムによって隔離されていた間に、IS関連の訓練を行っていたかもしれない。ヤツの実力は本当に未知数だ。

 

それにそもそも、俺が介入することによって好転するばかりではないだろう。織斑一夏と一緒に居ると何が起こるか分かったものではない。ある程度のデメリットも考慮しておくべきだ。

 

俺が参戦することによって良くなるかどうかは分からない。しないことによって悪くなるかどうかも分からない。

 

ならば話は簡単だ。こういう時は幸運先生に相談してみれば良い。

 

俺はポケットの中の10円玉をそっと握りしめた。

 

この10円玉は、今どちらの面が上を向いているのか分からない状態だ。これを握りしめたままもう片方の手の甲に乗せ、その時鳳凰堂が上ならのんびり観戦。数字が上ならレッツパーリィ。

 

中身が見えないよう、しっかりと握ってポケットから手を引き抜く。そのままもう片方の手の甲に10円玉をそっと乗せた。

 

と、ここに来てはたと気づく。

 

(そもそも俺はなんでアイツを守る事に躍起になってんだ?)

 

そう、よくよく考えてみれば俺がアイツを守ったところで然したるメリットは無い。今回の事だって、客観的に見てみれば面倒なクラス代表とやらを回避できてむしろラッキーぐらいの勢いだ。別に気に食わないやつの思惑が絡んでいるわけでもない。そもそも今回に関しては具体的な問題が起きているわけではなく、起きるかもしれないという程度だ。

 

にもかかわらず、俺があの男を守ってやらなきゃならない理由って何だ?

 

その時、一瞬、刹那にも満たない時間。とある光景がフラッシュバックした。

 

寂れた廃工場。瓦礫の山。腕から滴り落ちる鮮血。そして、俺を守る様にして立っている、ISを纏った後ろ姿。

 

(────まぁ、友達だしな)

 

それに、所謂『乗りかかった船』というやつだ。俺は『友達』にとって最良の結果に繋がる事を祈りつつ、静かに手のひらをどけた。すかさず視界に現れる1と0。どうやら俺のやる事は決まったようだ。俺は10円玉を机の上に置いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それではそろそろ次の──」

 

「すいません、ちょっといいですか?」

 

織斑先生の言葉を遮り、手を挙げる。ただそれだけの動作に、クラス中の視線が集まるのを感じた。

 

「なんだ、八神。私の言葉を遮る程重要な意見なのか?」

 

無駄に圧をかけてくる先生。いや、ちょっと待って。こわい。

 

なんとかプレッシャーを耐え抜き、針の筵の様な空気の中、俺ははっきりと告げた。

 

 

 

「私も、織斑くんの実力試しに参加してもいいですか?」

 

 

 

瞬間、ざわりと教室の空気が揺れる。セシリアは『当然ですわ』とでも言いたげに何故かうんうんと頷き、隣の弾は『なるほどな』と納得するような笑みを浮かべている。

 

そして──

 

「ユウ……? なんで……」

 

俺の左隣で、捨てられた子犬の様なか細い声を上げる一夏。うるせえてめぇのためだろうが少し黙ってろ。

 

そしてワンテンポ遅れて、教室のあちこちから声が聞こえてくる。

 

『なるほど、八神さんも居たわね』

 

『たしかに。八神さんも専用機持ってるらしいし』

 

『あとかわいい』

 

『ちょっと抜けてる天然っぽいところもかわいい。さっきね……』

 

おい、そこのお前、聞こえてんぞコラ。誰が抜けてるって?

 

騒ぎ始めた生徒達。それを止めたのは、何一つ予想外でもなんでもない織斑先生だった。

 

「黙れ。口を閉じろ」

 

それほど声を張り上げた様子も無かったのだが、生徒達は皆、訓練された軍隊の様に口をつぐんだ。それほどの気迫と、殺気にも似た何かが織斑先生の言葉にはあった。おーこわい。

 

教室が静まりかえったのを確認して、織斑先生は再び口を開いた。

 

「では改めて。明日、織斑一夏、セシリア・オルコット、八神優の3名による模擬戦を行う」

 

そう言って、何やら手元の端末を操作する織斑先生。そして操作が終わると、俺、一夏、セシリアへと視線を向けた。

 

「場所は第3アリーナ。まず最初に織斑とオルコットによる第一試合。その後エネルギー補給をはさみ、織斑と八神による第二試合を行う」

 

そこまで言った時、どこかからか抗議の声が上がった。まぁどこかっていうか俺の隣っていうか。

 

「ちょっと待った! なんで俺だけ2連戦なんだ!?」

 

うん、それは俺もちょっと思ったよ一夏くん。あとさり気無く明日に変更されてるね。

 

しかし返ってきたのは質問に対する応答ではなく、黒い出席簿による打撃だった。

 

「敬語を使え。敬語を」

 

「ご、ごめんなさい……」

 

ほお、ちょっと意外だな。あのマジキチレベルのブラコンが弟に攻撃を加えるとは。あー、でもなんか、弟にお仕置きしていいのは私だけだーとか、わけわからんことを考えてそうだな。或いはそういうプレイと捉えているか。あ、ちょっとニヤけて涎出てる。どうやら後者の様だ。

 

「織斑の質問に答えよう。なに、別に大した理由ではない。オルコットの場合、自身が代表になりたいという明確な意思が見て取れた。故に、オルコットが勝った時にはオルコットがクラス代表となる。その場合、第二試合は行われないものとする。何故なら、八神が今名乗出た理由が、織斑の実力への疑問視によるものだからだ。八神に立候補の意思は見られないし、本人も意図的に明言は避けたようだからな。いわばこれは、八神から織斑への不信任投票ということになる」

 

そう言って、俺を一瞥する織斑先生。うーん、すごい。ちゃんと建前だと分かった上でそれを前面に押してくれてる。考えてることってここまで読みとられるもんなのか。こいつエスパーじゃね?

 

俺の疑問を放置し、織斑先生は言葉を続ける。

 

「八神に立候補の意思がなく、そもそもお前の実力を試したいという理由である以上、八神とオルコットが戦う理由が無い。アリーナの使用時間にも制限があるからな。さて────」

 

と、ここで再び俺へとその鋭い眼光を向ける織斑先生。せやから怖いて。

 

「八神、仮に第二試合が行われて、そこでお前が勝利した場合はどうする?」

 

訊ねられ、若干萎縮する俺。やっぱこの人こわい。視線で人殺せるわ。っていうか絶対分かってんだろこの女。だからわざわざ日時を明日にしたんだろ? そりゃあクラス代表候補すらいない状態はなるべく短い方が何かと良いだろうし。

 

俺は呼吸を一つおき、ゆっくりと、織斑先生を見つめ返した。

 

「代表選出をやり直してください。勿論候補はいち……織斑くん以外で」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

§

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それで、なんでさっきあんな事を言ったんだ?」

 

昼休み。食堂にて。俺は一夏の問いに対し、気付くと不機嫌さを隠すことなく眉をひそめていた。

 

あの後、何か言いたそうな一夏を弾と共に回収し、とりあえず食堂にまで連れてきた。いつの間にか鈴も一緒に居たが、まぁ鈴だし。気にしないでおこう。

 

俺はあんかけチャーハンを口に運ぶ手を止め、スプーンを置いた。やっぱりこいつ気付いてなかったのか。

 

「そんなの、一夏くんをクラス代表にさせないために決まってるでしょ?」

 

俺の言葉に、ぽかんと呆ける一夏。くそ、いちいち腹の立つ野郎だ。続けるように、今度は弾が口を開いた。

 

「クラス代表になると、それだけでまず関わる人間が激増する。委員会、生徒会、教師。誰がどこと繋がっているかも分からん以上、下手にコミュニティを広げるのはあまりにも下策すぎる。さらに言えば、戦闘の機会もなるべく減らした方がいい。今回はあくまで模擬戦だからいいが、対抗戦となるとそれだけでギャラリーは比べ物にならない程になる。そうなると、不審人物が紛れ込んでいた時に対処し難い。戦闘中に乱入、或いは最初から相手と組んでフィールド内に潜んで……ってパターンもあるかもしれない。今回に限って言えば別に明確な危険があるってわけではないが、まぁ、可能性は摘んでおくに越したことは無い」

 

弾の言葉に、ふんふんと頷く一夏。とりあえず理解はしてくれたらしい。というか対戦相手とグルになるケースは考えてなかったな。そうなるとあの時不用意に他の生徒を推薦しなかったのはむしろ正解だったのか。

 

「ちなみに聞くけど、オルコットさんにわざと負けてって言ったら負けてくれる?」

 

「嫌だ」

 

即答である。負けた方が何かと得だということはコイツも分かっているはずなのだが、恐らく理解はしたが納得はしていないといった状態なのだろう。

 

「アンタ達んとこは何かと大変そうね~」

 

呑気な口調で言うのは、いつの間にかくっ付いて来ていた凰鈴音。松崎しげるのような醤油ラーメンをズルズルと啜っている。塩分過多で早死にしそうだ。

 

「あ、ちなみに2組のクラス代表はあたしよ」

 

思わず再び動かし始めていた食事の手が止まる。今コイツ結構大事なことをさらっと言い放ったぞ。

 

「へぇ、鈴もクラス代表なのか。ますます負けてられないな!」

 

そして箸を片手になんだか嫌なことを言いだすワンサマー氏。聞こえなかったことにしよう。なんか音が歪んで聞こえてたからさ。手話を通してください。

 

「おいおい一夏。俺の話を聞いてたのか?」

 

片手を額に添えながら、呆れっぷりを前面に押し出して一夏を詰る弾。今回ばかりはこの男に全面同意だ。

 

「そうだよ。というか仮にオルコットさんに勝ったとしても、今度は私に負けてもらわないと」

 

なんか嫌な予感がするんだよなー。こいつを代表にするというか、クラス対抗戦に出すと面倒事が起きそうな予感が。

 

余談だが、俺の嫌な予感は割と当たる。現にこいつと会った時に感じたやつも、誘拐事件に巻き込まれたり世界規模の問題の中心人物になるって形で見事証明された。

 

そして次の言葉で、俺の嫌な予感はさらに加速することとなる。

 

「…………いや、俺は……ユウにも負けたくない、かな」

 

「「「ッ!?」」」

 

思わず3人で一夏を凝視する。そういえばいつの間にか、俺の中では一夏が今回の話を理解してくれていることが前提となっていた。それならばと、てっきり負けてくれるものだとばかり思っていたが、どうやらそうではなかったようだ。

 

或いは理解した上で断ったのかもしれない。そうなるとますます訳が分からないが、そもそも人の感情などそう簡単には理屈で御することなどできやしないのだ。俺にはよく分からんメカニズムが働いているのかもしれない。

 

それに俺自身もさっき考えていたじゃないか。こいつが俺との八百長を引き受けるかどうかは俺の好感度次第。どうやら好感度が足りなかったようだ。

 

スプーンの上に乗った、あんかけチャーハンが皿の上に落ちる野暮ったい音がぼとりと響く。数秒の沈黙の後、最初に口を開いたのは、この沈黙の引き金でもある一夏だった。

 

「あ、いや、別にユウを傷つけたいとかそういうわけじゃなくてだな……」

 

誰もそんなことは危惧していない。

 

「ただ、助けて貰って、守って貰って、そうやっておんぶに抱っこばかりじゃだめなんだ」

 

そう言う一夏の表情は、何か、強迫観念のようなものに追い込まれているかの如く険しかった。

 

「俺は強くならなくちゃいけない。強く在らなくちゃいけない。俺が弱かったから、弾が巻き込まれて、ユウが怪我をして、千冬姉が勝てなかった……!」

 

あぁん? 何言ってんだこいつ。

 

俺は面食らいつつも、とりあえず黙って聞くことにした。だって突っ込めそうな空気じゃないし。

 

「それなのに、そうやっていつまでも負けてたら、いつまでも守られてたら、俺はずっと弱いままだ」

 

影を落とす一夏の横顔を、鈴が恍惚とした表情で見つめる。あ、鈴のラーメン伸びてる。しーらね。ちなみに弾は一夏の話など一切聞いていないかのようにせっせと牛丼をかき込んでいる。俺も冷めないうちに食べよう。

 

「俺は強くなりたい。守られてばかりじゃなくて……誰かを守れるくらい、強く」

 

結構減ってきたな。よし、あと一口。

 

「ユウには、それを近くで見ていて欲しいんだ。ユウのことだって守れるくらい、俺は強くなってみせるから」

 

「え……うん(あとひとくち……)」

 

清々しく微笑む一夏を前に、渋々、口に運びかけていたスプーンを再び置く。こいつわざとやってんじゃねぇだろうな。

 

「でもさ、もしそれで一夏くんが襲われて怪我でもしたら……ううん、最悪死んじゃったりしたら本末転倒だよ?」

 

わざと最悪の事態を口に出して危機感を煽る。確かに一夏自身が自衛の力をつけること自体は大いに結構だ。だが強くなる方法なんていくらでもある。わざわざ自分から戦闘エンカウントの多い道を進む必要があるのか。やはり今一度一夏のおかれている状況がいかに危険かという事を自覚させた方がいい。

 

そんな俺の考えを鼻で笑うように、一夏は爽やかな笑顔のまま、自信たっぷりに言い放った。

 

「だったら、その襲ってきたやつを返り討ちに出来るくらい強くなれば問題ないだろ?」

 

本日二度目の、何言ってんだこいつ状態である。

 

「ふっ、お前らしいぜ。一夏」

 

おいそこのニヒル笑いしてる赤毛ロング。お前ちょっとかっこよさげな雰囲気があったらすぐに流されるその癖直せ。

 

「さすが一夏ね! でも安心して? 一夏を傷つけるヤツはあたしがぼこぼこにしてミンチにしてやるから。あ、それからハニートラップには気をつけなさいよ? も ち ろ ん 引っ掛からないとは思ってるけど、もし見つけたらちゃんと報告してね? あたしの一夏に手を出そうだなんて分不相応なことをしでかすドブネズミはちゃんと処理しないといけないし。もし見つけたらこの世に生まれてきたことを一生後悔させてやるんだから。あっ、でもでも、もしあたしに何かあったら、その時はちゃんとあたしのことを守ってくれる? 守ってくれるよね。うふふ、ごめんね、当たり前の事聞いちゃって。でm」

 

チャイナツインテールが何か言っていたが俺には聞こえなかった。本当です。天地神明に誓って。あと1夏が何か困ってたけど気のせいだろ。仮に困ってたとしても自業自得だ。俺は知らん。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

§

 

 

 

 

 

 

 

 

 

温かみのあるオレンジの光と、平たく伸びた深く濃い影が景色を染め上げる。

 

放課後、俺は鈴と共に寮へと向かっていた。学生寮は通常2人1部屋で、同室の相手については部屋に着くまで分からないらしい。

 

ちなみにこの寮に隣接するようにもう一つ建物がある。つい最近完成した男子寮だ。ちょっとそっちに遊びに行ったら遅くなってしまった。まぁ遊びに行ったというか何というか……。ともかく、恐らく俺達が最後だろう。

 

「では1025室になります。こちらがカードキーですね。万が一紛失した場合はすぐにお知らせください」

 

寮の入り口で警備員?のような人に学生証を提示し、カギを受け取る。

 

寮の内装はまるでちょっとお高いビジネスホテルの様な雰囲気で、あちこちから聞こえる姦しい喧騒がやけに不似合いだった。

 

鈴とは部屋がバラバラだったらしく、寮に入って早々別れた。女子のみという状況が醸し出す、男にとっては不思議な空気の中、そそくさと部屋を目指す。

 

(1025……1025……あ、ここか)

 

扉に打ち込まれた金属のプレートには1025の数字。ドアノブの傍にある謎の機械にカードキーをかざす。

 

解錠を示す独特な音を合図に、何度かノックをして扉を開ける。

 

「失礼しま~す」

 

自分の部屋に入るだけなのに俺は何を言っているのだろうか。自分の言葉に些細な違和感を覚えつつ、部屋へと足を踏み入れる。

 

部屋の作りもやはりというか、高級ビジネスホテルさながらだった。シングルベッドが2つ、その間にスライド式の仕切り。キッチンもあるらしい。そして先程から聞こえるシャワー音。どうやら風呂まで完備されているようだ。これで個室だったら引き籠り化待ったなしだな。

 

奥のベッドを見てみると、傍らにルームメイトの物と思わしき荷物がある。袋に入った、長い棒状の様な物が立てかけられていた。あれは……剣道部のやつがよく持っているやつだろうか。竹刀か何かか?

 

とりあえず手前のベッドが空いているようだったので、そこに荷物を放り投げ、身を投げるようにして仰向けに倒れ込んだ。シーツがクシャリと歪み、すぐ横の荷物が揺れる。ふかふかのベッドに疲れが溶けていくようだ。なぜこんなに疲れているのかというと、それは男子寮で起きたちょっとした事件が原因だったりする。

 

(しっかし、男子寮からあんなに盗聴器が見つかるとは……)

 

最初に気付いたのは鈴だった。テーブルタップをいきなり分解し始めたかと思うと、そこから小型盗聴器が発見されたのだ。まるで自分も仕掛けたことがあるのではと思うほどの迅速な対応だったが、それは一旦置いておく。

 

それからはもう部屋中をひっくり返す勢いで大捜索が始まった。そうするともう出るわ出るわ大量の盗聴器と小型カメラ。結局あらかたたたき壊したところで、これ以上はもうキリがないということで、最終的にはブラコンお姉様を召喚するに至った。

 

一体そのうち、何割の物が悪意を持って仕掛けられたのかは分からない。もしかしたら単なる好奇心によるものかもしれない。

 

「まさかとは思うけどこの部屋には無いよな……?」

 

自分の言葉を、内心で即座に否定する。そもそも仕掛ける理由など無いだろう。全く、何を言っているのか。

 

しばし何も考えずに天井を見つめていると、不意にシャワー音が止んだ。どうやらルームメイトの顔がようやく判明するらしい。

 

ガチャリと開く扉。ほのかに香る石鹸の香りと僅かな熱気。俺は上体を起こし、軽く髪を整えた。

 

(多分初対面だろうし、あんまりフランクすぎる挨拶もあれだな。とりあえず、長すぎず短すぎず、硬すぎず馴れ馴れし過ぎず……んー、なかなか面倒だ。クラスぐらいは言っておいた方がよさそうだな……)

 

あれこれ考えつつ身構える俺の前に、ついにルームメイトが姿を現した。

 

「あれ? しのののさん?」

 

「や、八神!?」

 

どうやら俺のルームメイトは巨乳らしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

篠ノ之箒。黒い長髪をポニーテールで纏めている。一夏が10才になる頃、一夏の前から姿を消した。あとでかい。

 

俺が知る篠ノ之箒の情報はそんなところだ。ただ、二つ程気になる点がある。

 

『篠ノ之』という名、そして失踪の時期。ちなみに失踪時期に関しては一夏が鈴と出会ったタイミングからの推測だ。ただこの推測が正しいのだとしたら一体なぜ一夏の前から姿を消したのか。ISの発表自体は10年前だ。保護プログラムがその時には適用されなかったのだろうか。だとすると当時は特に問題が起きていなかった事になる。つまりその3~4年後に何かが起きたのだろうか。そして俺の記憶が正しければ、この時期の少し前に篠ノ之束が姿を消しているはずだ。恐らく何か関係があるのだろう。

 

あまり遠まわしにしたところで時間の無駄だ。この際単刀直入に行こう。

 

「そういえばしのののさん」

 

「な、なんだ?」

 

俺の言葉に目を泳がせる篠ノ之。何に狼狽しているのかは知らんが、もしこれで必要な情報を引き出せなくなった方が困る。俺はあまり刺激しないよう、柔和な表情を作ってゆっくりと話しかけた。

 

「今朝から気になってたんだけど、しのののさんってISを開発したっていう人の親戚か何かかな? 名前一緒だし」

 

瞬間、篠ノ之箒の表情が凍りついた。どうやら必要な情報=地雷そのものだったらしい。

 

だが地雷を踏んだからと言って立ち止まるわけにもいかない。ISの開発者、篠ノ之束と言えば、世界で唯一ISのコアを製造できる人間であり、現在は行方知れず。世界各国がその存在を追っていると言っても過言ではない。らしい。俺も最近知ったので詳しくは分からないが、とにかく重要人物なのだ。それこそ織斑一夏に匹敵するレベル、或いはそれ以上だろう。

 

その重要人物の関係者とあらば、こいつ自身にもいつ危機が迫るか分かったものではない。同じクラス同じ部屋となれば、こいつの問題に俺が巻き込まれる可能性だって十分あるのだ。

 

俯きがちに焦点の定まらない目でどこかを見つめる篠ノ之箒。彼女の顎先に一滴の雫が伝う。

 

やがて、彼女の中での葛藤が終わったのか、口を開き、震える声でたどたどしく答えた。

 

「いい、妹だ」

 

「妹?」

 

「私は……あの人の妹だ……」

 

うわーお、マジでか。

 

姉妹だとはちょっと予想外だ。実際会った事無いから知らないけど、ISなんてものを10年も前に作ってんだから多分今はもう結構なおばさんだろ? 何歳差だよ。

 

しかし姉妹か。さすがにそこまで近しい関係だと狙われない方がむしろ不自然だ。篠ノ之束をおびき出す為に妹を人質に……なんてことも十分あり得る。いや、むしろ既に一度あったのか? もしかしたらこいつが失踪した原因はそれか? まぁ、推測に推測を重ねたところで意味など無い。この問題は一旦置いておこう。

 

「へぇー、そっかぁ」

 

とりあえず適当に相槌を打つ。さて、何をどう切り出そうか。

 

などと考えていると、まるで俺の思考を読んでいるかのように、篠ノ之はか細く早口で語りだした。

 

「私はあの人がどこにいるかなんて知らない私はISについての特別な情報なんて知らない私は別に特別扱いなんてされてない」

 

「へ?」

 

お、おう? どうした?

 

俺が間抜けな声を上げると同時に、篠ノ之もバッと顔を上げた。

 

「まさかあの人のせいで家族に何かあったのか!? だったらすまない! 謝るっ、謝るから……!」

 

「ちょっ、ちょっと落ち着いて!」

 

疲労と憔悴、そして僅かな恐怖が滲むその眼に、俺の姿は映っていなかった。

 

「本当に、本当に知らないんだ! 私は何も……」

 

「わ、わかったから。ね? とにかく座って。今お茶か何か持ってくるから」

 

こちらに掴みかかってくる勢いで捲くし立てる箒を無理やりベッドに押し戻し、キッチンへと向かう。たしかポットとちょっとしたティーバッグぐらいはあったはず。

 

と、ここで俺の中で警鐘が喚き出す。

 

(もし篠ノ之がこの部屋になることを知られていたら、この部屋にも何か仕掛けられているんじゃないのか? だったらこの部屋の備品はなるべく使わない方が……いや、考えすぎか?)

 

俺はティーバッグを元の位置に戻し、財布とカギを持って部屋を出た。たしか寮内のラウンジに自動販売機があったはずだ。とりあえずそこで適当に買おう。緑茶でいいだろ。余談だが、ああいう風に興奮していたり疑心暗鬼になっていたりする相手にはペットボトルではなく缶の飲み物を渡した方がいいらしい。なんかの漫画で見た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それで、さっきはどうしたの?」

 

俺は篠ノ之の向かいに腰掛け、缶のお茶を手渡した。ちなみに思ったよりラウンジが近かったのもあり、然程時間をかけずに戻ってこれた。

 

「いや、その……すまない」

 

緑の缶を両手で握り、俯く。手冷たくないのかな。あったか~いにしておけば良かったか。

 

くだらないことを考えつつ、俺は炭酸ジュースの缶を開けた。プシュッと勢いよく空気が抜ける音がやけに響く。

 

俺が2、3口煽ると、篠ノ之はようやくポツリポツリと言葉をこぼした。

 

「今日の事だ……」

 

「今日?」

 

「ああ。相手は先輩だったと思うのだが、よく覚えていない。私の姉、篠ノ之束がISを開発したせいで、家族が滅茶苦茶になった。あの人の居場所を教えろ、こっそり匿っているんじゃないか、と」

 

家族が滅茶苦茶? よく分からないな。

 

IS絡みの事件と言うと白騎士事件ぐらいしか知らないが、たしかその事件での死傷者はゼロだ。家族がめちゃくちゃになるような要因は無かったと思う。

 

なんて考えているのが顔に出ていたのか、俺の顔をちらりと見ると、篠ノ之は再び口を開いた。

 

「研究職や軍事関連の人間からは、あの人はかなり疎まれている。ISが既存軍事を塗り替えてしまった事もそうだが、そもそもあの人は科学者だ。それも分野は多岐にわたる。ISもそもそも軍事利用が本来の目的ではない。宇宙開発のために作られたのだ。当然、その分野でもあの人の発言力は高まった。ただでさえ、一人で10人20人以上の成果を出すような人だ。あの人が台頭してきた結果、蹴落とされた研究者も数多くいると聞いている」

 

恐らく、その先輩もそうした人の家族だったのだろう。

 

そう言って篠ノ之は、まるで嫌な記憶を思い出しているかのように、苦々しく顔を歪めた。缶の表面を滑り落ちる水滴が、ぽたりと染みを作った。

 

「まぁ、こんなことは今日に限ったことではない。今までも何人もの人間に同じことを訊ねられた。私は知らないのに、何も、知らないのに……っ」

 

缶を握る力が強くなる。何かに耐えるように、篠ノ之は静かに肩を震わせた。

 

「時には陰湿な嫌がらせにもあった。時には殺されかけたこともあった。それが原因で保護プログラムとやらが施行され、家族は散り散りになった。私が……私達が何をしたというんだ?」

 

「しのののさん……」

 

何もしていない。ただ、そう。強いて言うのならば、彼女達は運が悪かったのだ。ついでに言うと俺もこんな地雷人物とお近づきになれて本当に幸運さんが息してんのかどうか今すっごく不安。

 

「転校して、八つ当たりをして、そんな自分があの人と重なって嫌気がさして、それもやっと終わったと思ったのに……」

 

中学卒業間近になり、IS学園への入学が決まったそうだ。当初は渋っていたそうだが、一夏も居ることを知り、入学を決めたのだという。

 

本人はそう言っているが、恐らくもう限界だったのだろう。僅か15、6年程度しか生きていない目の前の少女が、その短い人生でどれだけの悪意に晒され、どれだけの苦悩を抱えて生きてきたのか。俺にはとても想像できないが、目じりにうっすらと涙を溜めている少女の歩んできた道のりが、過酷では無かったなどとは誰も言えないだろう。

 

そんな苦痛でしかなかった過去から離れたい一心で、このIS学園に逃げてきたのではないだろうか。

 

「やっと何かが変わると思った! 変われると、思った……! なのに……ここに来ても誰もが束束束束……私が何も知らないと分かれば、糾弾されるか、まるで価値の無いゴミを見るような視線を向けられる。結局ここに来てもあの人の影は消えなかった。もう、たくさんだ……」

 

まぁ、そうなることは簡単に予想できたと思うんだけどな。一夏の名前に釣られたか、或いはもともとちょっと頭の弱い子だったのか。しかしまぁ、仮に予想できていたとしてもどっちみち強制的にIS学園(ここ)に入れられたんだろうけどな。

 

俺はすっかり炭酸の抜けたジュースの残りを喉の奥に流し込み、空いた缶をゴミ箱へ入れた。勿論ベッドから投げるだなんてはしたない真似はしていませんわようふふ。

 

さて、情報収集はもう無理っぽいな。姉妹ってことは一夏も篠ノ之束についてある程度知っているはずだ。残りの情報はあいつに確認すればいい。

 

そう、『情報収集』は終わりだ。

 

「ねぇ、しのののさん。とりあえず下の名前で呼んでいいかな?」

 

「えっ、いや……え?」

 

「あー、うん。突然ごめんね。でもなんだか苗字で呼ばれるの嫌そうだし。それに正直『しののの』って言いにくいんだよね」

 

嫌そうっていうのはただの勘。ただこいつ姉のこと嫌いらしいし、ずっと『あの人』呼ばわりだし、あんまり姉と同じ名前で呼ばれるってのは良い気分じゃないんだろ、多分。あとその名前のせいでいろいろ苦労してきたらしいしな。こいつ絶対自分の苗字嫌ってる。

 

ちなみに言いにくいってのはただの本音。

 

俺の言葉に何やらあたふたしつつも、何故か頬を赤らめて頷く箒。そんな妙に初々しい反応に、俺は苦笑交じりに続けた。

 

「あはは、ありがと。それで箒ちゃ「その呼び方は止めてくれ!」

 

血相を変えて叫ぶ箒。おいおい、今何時だと思ってんの。俺は箒を宥めつつ、理由を訊ねた。

 

「……あの人も同じように私を呼んでいた」

 

「ははは……そっか、それはごめん」

 

憎々しげというかもはや怨念がこもっているかのような声音に、俺は笑顔が引きつっていくのを感じた。こいつマジ姉のこと嫌いすぎだろ。

 

しかし、姉妹という血の繋がりはそう簡単に切れはしない。

 

「んー、じゃあ箒。ざっくり確認するけど、箒はお姉さんの事が嫌いで、一夏くんの事は好きなんだよね?」

 

「なっ、なにを……!」

 

再び顔を真っ赤にする箒。彼女の手の中で缶がひしゃげる音が聞こえる。っていうかそういうリアクションいらねーから。逆にあの流れで気付かない方がどうかしてるから。

 

「でも……それでもね、お姉さんの力は必要になってくると思うよ。一夏くんを守るために」

 

「っ!!」

 

俺がこれからやろうとしている事は至極単純だ。今までもいろんな人間がやろうとしてきた事らしいからな。

 

篠ノ之束という人間は、どうやらこの世界における最強のカードらしい。いろんな人間に恨まれているらしいが、それでもそいつらから完全に姿を隠すことができているのだから、彼女にとっては大した脅威ではないのだろう。

 

つまり、そうした敵対勢力に対抗できるだけの何かを持っているということだ。それが何なのかは分からないが、何とかして篠ノ之束とコンタクトを取ることができれば、織斑一夏の安全は保障されたも同然だ。

 

最初はこの巨乳女がトラブルの種になるようなら何とかして遠ざけようとも思った。だが今となっては、はっきりいって、篠ノ之束を手に入れるメリットの方がデメリットよりも遥かにデカイ。

 

ではその最強のカードを手に入れるためにはどうすれば良いのか。ハッキリ言えば分からない。だが分からないなりに、少しでも可能性のあるものを利用する。少しでも繋がりのある人間をこちら側に引き込む。

 

そう、例えば『たった一人の妹』とかな。

 

「ねえ、単刀直入に言うよ。協力してくれないかな? 一夏くんを守るために」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

§

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日。

 

放課後になり、例の決戦が近づいてきた。俺の試合は後半であり、且つ公平性を保つためにということでセシリアと一夏の試合を観戦することもできず、手持無沙汰な状態でアリーナをぶらついていた。

 

まだ試合まで時間はあるものの、一夏はすでにピットへ入っている。なんか精神統一したいんだとさ。何という気合の入り様。

 

明るい色調の通路を歩く。観客席への入り口が近づいてきたせいか、どこかくぐもった調子の喧騒が聞こえる。どうやら既にギャラリーまで来ているらしい。ちょっと覗いてみるか。

 

俺は入り口に立っていた山田先生に軽く会釈し、扉の向こうへと顔を出した。

 

(思ったよりも多いな……)

 

軽く見渡すと、客席の3割は埋まっている。まあ逆に言えば所詮は3割程度だ。しかし告知も一切していないような一年生の模擬戦にしては随分と多いような気がするのは俺だけだろうか。

 

さらに少し目を凝らしてみると、どうやら他クラスだけではなく他学年からも見学者が来ているらしい。

 

(いや、仮にこの中に敵がいたとしても、さすがにいきなり乱入とかいきなり射撃とかは無いと思う。思いたい。いやほら、よく言うじゃん。最初は様子見って)

 

実際一夏の実力が予想よりも上だった場合、舐めてかかれば返り討ちに合うことになる。捕獲にしろ暗殺にしろ、対象の実力を知っておくに越したことは無い。その辺はさすがに弁えているだろう。よほど一夏の運が悪くない限り大丈夫。こういう時くらい仕事しろよ幸運。いや、ごめん嘘。いつもお世話になっております。今回もよろしくお願いいたします。

 

扉を閉め、再び散策を開始。すると通路の角の向こう側から、女子生徒のものと思われる声が聞こえてきた。

 

「あら、敵情視察ですか? 五反田弾さん」

 

……んん?

 

角に身を寄せ、こっそりと向こう側を伺う。そこに居たのは、今回の騒動の中心人物であるセシリア・オルコットと────

 

「ふっ……さぁ? どうだろうな」

 

────無駄に『出来るキャラ』オーラを出している五反田弾だった。

 

「ところでセシリア・オルコット。貴様、随分と余裕そうだな」

 

弾の言葉に何やら含みを感じたのか、むっと眉を顰めるセシリア。っていうかあいつはマジで何のポジションだよ。

 

「……どういう意味です?」

 

問いかけに対し、ニヒルに口元を歪める弾。そのままポケットに手を突っ込み、壁に背を向けて寄りかかった。

 

「質問に質問で返すと0点になるそうだが、ここはあえて答えてやる。何せ俺だからな」

 

相変わらずセシリアは不機嫌さを顕わにしている。対する弾は無駄に上から目線でのたまい、無駄に流し目でセシリアを見据えた。

 

「敵を知り、己を知れば百戦危うからず……」

 

そしてまさかのまったく答えになっていない答えである。答えてやった結果それかよ。あと微妙に間違ってるし。

 

何を言っているのか分からない、ある意味いつも通りの弾の様子に呆れる俺。しかし……

 

「っ! ま、まさか……っ!」

 

どうやらセシリアには何かが伝わったようだ。何か、隠し事がばれたように、薄い狼狽と強い憤りのようなものを見せるセシリア。

 

「そう、つまりそういうこと」

 

指パッチンと共に言い残し、弾は壁から離れてこちらへと踏み出した。ってこっち来んの? マジかよちょっと待って。

 

俺はさっと離れ、さも今偶然ここを通り掛かった感を演出するために歩幅を調節した。しかしまだ話は終わっていなかったようで、俺の渾身の歩幅調整は空振りに終わる。

 

「お待ちください!」

 

曲がり角の向こうから甲高い声が響く。弾を呼び止めるセシリアの声には、いつもの……といってもまだ会って2日目だが、余裕がなかった。

 

「確かにわたくしには欠点があります! ですがそれを知られたからと言ってISを動かして日の浅い……それも極東の男性なんかに負けませんわ!」

 

え、あいつ欠点あんの? うそやん。めっちゃ一夏を倒してもらう気満々だったんだけど。まぁ知られたってところに関しては間違いなく勘違いだから多分大丈夫だと思うけど。

 

「ふっ、そうか。それじゃ、期待してるぜ?」

 

角の向こうのアイツの表情が手に取るようにわかる。またニヒルに笑ってウィンクでもかましてるんじゃなかろうか。

 

と、ここで弾の足音が再開する。

 

……よく考えたら別に俺が聞いていたところで何も問題ないんだから隠す必要なくね?

 

「ん? ユウか。こんなところでどうした?」

 

「試合まで暇だし、ちょっと散歩でもしようかと思って」

 

「そんなことよりユウ。オルコットのやつ、なにか欠点があるらしいぞ。なんかいきなり『欠点があります!』とかって叫びだしてちょっと怖かったんだが」

 

「あー、そう……」

 

やっぱり適当ぶっこいてただけか……。

 

 

 

 

 

 

 

 

§

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さて、結論から言うとセシリアは負けた。敗因は知らない。恐らく試合前に言っていた欠点とやらが足を引っ張ったのだろう。

 

適当に結論付けつつ、俺は更衣室でISスーツと格闘していた。スクール水着のようなデザインなのだが、これがなかなか着づらい。

 

本当ならここで箒や弾あたりから一夏戦の情報を得られれば良かったのだが、その辺は先生方も考慮されているようで、がっつり山田先生にマークされていた。あんた会場警備とかじゃねぇのかよ。

 

まぁいい。情報があろうとなかろうと、とりあえず勝てばいいのだ。勝利に必要なのは実力だ。そして運も実力のうち。つまり俺は実力で勝てる。

 

とにかく慌てる必要はない。なんとかなる。

 

(そういえば一夏もISスーツを着てるんだよな…………いや、よそう。俺の勝手な想像でみんなを混乱させたくない)

 

俺はスク水を着た一夏を脳内から追い出し、更衣室を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

通路を進み、ピットへと通じる扉の前でボタンを押す。空気が抜けるような音と共に、メタリックな扉が斜めにスライドした。作ったやつの趣味なのかは知らないが、随分とSFチックだ。まったく、どいつもこいつも似たような物を作るものだ。

 

中に入ると、そこに居たのは黒いスーツに黒い髪、そして侍のような眼光を携えた女性。

 

「あれ、織斑先生。弟さんのところにいなくてもいいんですか?」

 

そう、我らが担任教師である織斑千冬先生だ。

 

織斑先生は出席簿で自身の肩を気怠げにとんとんと叩いた。

 

「私は教師だからな。あまり一人の生徒ばかりを贔屓するわけにもいかん」

 

なるほどね、一応両方への鼓舞やらなんやらをしているのか。一人納得する俺に、織斑先生はいつもの威圧感のある視線を向けた。

 

「ISのメンテナンスは万全か? 模擬戦とはいえ、ISのエラーによって負傷するということも有り得るからな」

 

「はい、大丈夫です」

 

「そうか、では健闘を祈る」

 

社交辞令的というか事務的というか、ものすごく定型文だけでやり取りしているような気分だ。さて、ここで立ち止まっていても仕方がない。さっさと行こう。

 

一応義務は果たしたと言わんばかりに、織斑先生は肩をこきこきと鳴らしながら、ふと思い出したように俺を呼び止めた。

 

「おい、八神」

 

俺は搬入口へと伸ばした足を止め、振り返った。

 

「なんです…………ひぃっ!」

 

思わず悲鳴を上げる俺。先程の教師然とした様子はどこへ行ったのか、そこにいたのは一体の鬼神だった。ぎりぎりと歯を軋ませ、血涙を流さんばかりの禍々しい眼光が俺を射抜く。

 

「そういえば貴様……一夏に何をした?」

 

「なななな何もしてmせん!」

 

恐怖のあまり呂律の回らない俺の言葉に、さらに表情を凶悪化させていく千冬お姉さま。

 

「嘘をつくな! あいつの視線の先くらい見れば分かる。あと貴様に姉呼ばわりされる覚えはないわぁっ!」

 

「ごごごっごごめんなさい! もうしわkけございません!」

 

こういう時は平謝りに限る。下手に反論すれば余計に神経を逆なでするだけだ。大人という生き物はただ怒りたいから怒るのだ。そこに論理的な解答や合理的な説明を求めているわけではない。要求されているのは形式上の謝罪と反省。ただそれだけだ。

 

だから俺はひたすら謝る。別にびびったわけではない。

 

俺の渾身の謝罪が通じたのか、織斑先生はフンと鼻を鳴らして背を向けた。

 

「一夏のためにいろいろと動いていることには感謝しよう。だが覚えておけ。古今東西、弟のものは姉のものだ。たとえファーストキスや童【ピー】や処【ピー】であってもな」

 

人類史に刻まれるレベルの汚い捨て台詞を吐き捨て、今度こそスーパーブラコン女教師織斑千冬はピットを後にした。

 

結局何がしたかったのか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

§

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ゲートから出た俺を出迎えたのは、透き通るような青空と客席の小さなざわめき。そしてフィールド中央で浮遊する白いIS。

 

──操縦者 織斑一夏。ISネーム『白式』。戦闘タイプ近距離近接型──

 

コアネットワークによってアマテラスが白い機体の情報を読み取る。なるほど。あれがワンサマーの機体か。やろう、ぶっころしてやる。

 

同様にこちらの情報を読み取ったのだろう。一夏の表情が真剣みをを帯びる。

 

「ユウ、お互い手加減は無しだからな」

 

「あはは……まぁ、期待に添えるかは分からないけど頑張るよ……」

 

乾いた笑いが漏れる。なんでこいつこんなにやる気なんだよ。ふざけんな。

 

しかしハイパーセンサーというのはすごい。360度全ての角度において死角がないというのもそうだが、ここからそれなりに距離のある客席にいる生徒の目線まではっきり見える。ざっと見たところ妙な動きをしている生徒はいなさそうだ。まぁ、男子寮の件があったばかりだ。さすがに昨日の今日で行動を起こすバカはいないか。ギャラリーの数も多いというわけではないしな。

 

軽い安全確認も済んだところで、目の前の相手を真っ直ぐ見据える。

 

視界に割り込んでくる機体情報を流し読み、呼吸を整えた。

 

 

 

悠久にも感じられる沈黙の末、

 

 

『それではこれより、織斑、八神による模擬試合を開始する!』

 

 

会場に響き渡る鋭い声と共に、けたたましいブザー音が空気を切り裂いた。

 

 

 




ハーメルンのパス忘れた時はマジで頭真っ白になった。
真っ白になりすぎてなろうで書き始めるくらいやばかった。

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