IS-イカの・スメル-   作:織田竹和

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今回の話は説明回的な要素が強いので、ざくざくと読み飛ばしてもらっても構いません。

それはそうとセシリアとかラウラ辺りが弾に惚れる展開しか浮かばない。




 

 

 

 

『あなたを、犯人です』

 

『お前らは馬鹿すぐる。俺がどうやって犯人だって証拠だよ』

 

 

 

「……なんだこれ」

 

俺は煎餅をばりぼりと貪りながら、リビングのソファーに寝そべっていた。大型のテレビに映るのは、ハードディスクに録画しておいた最近流行りらしい刑事ドラマ。しかも探偵が犯人を崖から突き落とそうとするクライマックスシーンだ。

 

腹をぽりぽりと掻きながら、ソファーのすぐ前にある背の低いテーブルに乗ったテレビのリモコンへと足を置き、そのままチャンネルを適当に切り替える。恐らく面白かったのだろうが、俺の語彙がアレだからか終始何を言っているのか理解できなかったため、これ以上見ても無駄だと判断した。

 

「あー、やっべ、すっげーひま……」

 

夏休みの真昼間。なんだかんだ3年生に進級し、周囲もそこそこ忙しそうに問題集やら参考書やらを買い始めていた。そんな時期であることもあり、外で誰かと遊ぶというのも気が引ける。ちなみに俺はIS学園への推薦が決まっているので受験勉強とは無縁である。ふわははは、せいぜい頑張ってくれたまえ受験生諸君。

 

現在両親は旅行へ出かけており、家には俺一人。もちろん俺は辞退した。推薦で決まったからといって勉学を疎かにするわけにはいかないからね、しょうがないね。一人の時間って素敵。結果として暇を持て余してしまったのだが、まぁそれもまた良しとしよう。それに、たまには夫婦水入らずで過ごすのも有りだろう。

 

余談だが、誰も家に居らず、また訪ねてくる心配も無いことをいいことに、俺は今全裸で過ごしている。一糸纏っていない。俺実は前世では裸族だったんだよね。女の身体というか、普段の八神優としてのキャラだとなかなかこうはできないからな。ああ、素晴らしき解放感。

 

「……夫婦水入らずと言えば、あの時も状況だけ見ればそうだったのか」

 

2年生の頃、ドイツで起きたとある誘拐事件。その時俺は友人達と共にドイツへ、両親は日本に残っていた。今とは逆だな。

 

あの事件がきっかけで、その時のメンバーとはもう随分と会っていない。それどころかメールなどのやりとりすらしていない。

 

織斑一夏はあの日、世界初の男性IS操縦者として全世界にその存在が知れ渡った。現場だったドイツとの間にいろいろとあったらしいが、詳しい事はよく分からない。とりあえず分かっているのは、あいつの姉が暴れまくったということと、最終的に日本に強制帰国となり、重要人物保護プログラムに則ってどこかへ隔離されているということ。場所は分からない。

ちなみにISを動かしたことが世間にバレた理由についてだが、動かしたはいいものの解除方法が分からなかったため、そのまま現場を後にした際に民間人に目撃されたのが原因というのも、何ともアホな話である。

 

俺は事件当時に即興で試作機を運用してみせたことにより高い適性を見込まれ、社長さんの計らいで適性検査を受けることになった。結果はA+。プラスって書いてあるしAだしきっと割と高めなんだろう、なんて思っていたらトントン拍子に企業のテストパイロットとして契約することに。そして国籍保持だの何だのと何やら国のお偉いさんとやらからのひっきりなしのアプローチの末、なんか知らんけどいろいろと特典を貰えることになった。詳しくは知らん。その辺は両親が対応してくれた。どうせ税金免除とかそんなんだろ。そして特典というか、企業側と国側の両方のプッシュでなんやかんやIS学園に入学することが決まった。いろいろデータ取りたいんだってさ。よく分からん。とりあえずIS乗り回してびゅんびゅん飛び回るだけの簡単なお仕事らしいです。まぁともあれ、受験勉強の必要が無くなったのはラッキーだ。

というかマジで幸運様様だぜ。あんな事件に巻き込まれて死ななかったどころかこんな棚ぼた展開までご用意してくださるとは。ただまぁ、IS学園についてはどうも父と母としてはいささか不満というか不安らしい。まぁ、あんな事件に巻き込まれて、尚且つその事件にISが絡んでいるとなればそりゃあ不安にもなるだろう。しかし実際のところ、IS学園ほど安全な場所もそうそう存在しない。高いIS適性を持つ者はどの国も欲しがっているらしく、中にはなかなか強引な手段に出る国もあるらしい。企業あるいは国の庇護下に入り、尚且つIS学園に隔離するというのが現状取れる最善の安全策なのだそうだ。

 

しかしただ一人、俺達のどちらとも異なる道を選んだ男がいた。

 

五反田弾。あの時現場に居たもう一人の人間。

件の誘拐事件は、犯人こそ謎のグループとして処理されていたが、それでもなお現場であるドイツの不手際という指摘も避けられなかった。まぁその点について騒いでたのは日本だけなんだけどな。とまぁそういうわけで、ドイツ側から俺達に何らかの形で補償が支払われることとなった。俺の場合は両親に聞いてみないと分からないが、ワンサマーの野郎に関しては日本への帰国、及び帰国するまでの身柄の保護だったはずだ。そうだった気がする。いや、どうだったかな……まぁどうでもいい。ともかく、各々が望む形で補償が支払われたのだ。

 

さて、ではあの男、五反田弾は何を望んだのか。

 

簡潔に言うと『保留』である。あの男は何を思ったのか、単身ドイツに残ったのだ。本当に何を考えていたのか全く分からない。別れ際、「ふっ、俺と離ればなれになるのがそんなに寂しいのか? だが案ずるな。いずれまた、約束の地で会おう」と口元をニヒルに歪めてほざいていたが、全くもって意味不明だ。ドイツ軍からすると途方もなく不要な、それもある意味危険物取扱注意な大荷物を押し付けられたに等しい。なんと傍迷惑な男か。

 

このような事情から、俺達は今に至るまで一切連絡を取り合っていない。お互いの近況などまったく分からない状態なのだ。

 

『次のニュ────ヒルナンデ────界初の男性────見てくださいこの贅沢なウニ────』

 

……んん?

 

次々と切り替わっていくテレビのチャンネル。その中で、一瞬だがものすごぉく見覚えのあるツラがディスプレイに表示された気がした。やや躊躇いながらも、半身を起し、リモコンを手に取って操作する。放送されているのは、教授とかを招いて喋らせる感じの、情報系のバラエティ番組だった。やがて現れる見知った顔の写真と、その下に表示されるこれまた見知った名前。何やら何度かテレビで見たことのある女子アナが喋っている。どうやら、アラスカ条約を締結している国々のお偉いさん方がいろいろと話し合っていたらしい。そしてまぁ、その結論が最近出たと。なるほどね。

 

大雑把にニュースの内容を咀嚼し終えた頃、画面の向こうの女子アナが淡々と言い放った。

 

 

 

『──以上の経緯から、こちらの写真の……織斑一夏くんがIS学園に通うことが決定された、ということですね』

 

 

 

うっそ。早速近況わかっちゃったよ。

 

俺の驚きを余所に、大学教授らしきおっさんと女子アナが何やら話し始めた。女子アナが今までの流れを纏めたフリップのようなものを眺め、大学教授に訊ねる。

 

『しかしこれは人権上問題視されるのではないでしょうか?』

 

『たしかにそうですね。しかしこれは彼の身を守る上である意味最善の選択と言えるのです。それに、確かに各国からの圧力はあったものの最終的には彼自身の判断によって入学を決めたそうです』

 

『なるほど。ですが女子校と化した所に男の子が1人というのは、いささか彼にとってもきついものがありそうですね』

 

『ええ、それについては政府も同様に考えたようですね。そこで、彼と親しい男子生徒をカウンセラーという名目で入学させるそうです』

 

『それがこの2つ目の写真の……五反田弾くん、というわけですね』

 

 

 

 

……うん? なんだって?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

§

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

3月。仄かな冬の残り香に軽く身震いしつつも、咲き誇るのを今か今かと待ちわびるかのような蕾を目にする度、季節の移ろいを感じさせられる。

 

肌をちくちくと刺すような冷たい風が吹き付ける。特に意味もなく無駄に伸ばした髪を整えつつ、俺は校舎へと足を踏み入れた。

 

 

 

 

「うぅっ、委員長の御尊顔を拝めるのも今日で最後か……」

 

「委員長の存在は未来永劫、我が校の伝説として語り継いでいきます!」

 

「委員長IS学園行くの? さすが委員長! あんなレベル高いとこに行くなんて!」

 

「あ、あのっ! 実は私もIS学園に行くことになってて! そ、それであのっ! よかったら一緒に課題を」

 

「最後の最後に抜け駆けでござるか」

 

「許せないでござるな」

 

「アイエエエエ!? ニンジャ!? ニンジャナンデ!?」

 

 

 

 

こいつらうるせぇな。なんか平常運転すぎて感慨とか吹っ飛んだわ。

 

今日は卒業式。3年間の最後を締め括る一大イベントだ。ある者はむせび泣き、またある者はむせび泣き、ある者に至ってはむせび泣いている。このクラス泣いてるやつ多いな。

 

彼らのように振り返って涙するような眩い青春など、俺の3年間には無かった。代わりにあったのは、妙に恭しく絡んでくる周囲の鬱陶しさと、これまた妙に懐っこく絡んでくるとある男とその周辺がもたらした何の変哲もない日常だった。

 

気が付くと、俺は何となく周囲に視線を巡らせていた。まるで何かを探すように。何をと問われれば、自分でもよく分かならいが、どうやらお目当てのものは見つからなかったらしい。

 

中心から俺が抜けると、クラスメイト達は皆各々好き勝手に喧しく思いを馳せ始めた。2~3人だったりもっと大勢だったりと、それぞれのいつもの居場所で、全くバラバラな思い出を語る。

 

方向性の無い喧噪に包まれる教室の中、ぽっかりと空いた空間へと足を運ぶ。そこにあったのはやたらと真新しい机が2つ。結局この1年間、本来の使用者に触れられることのなかったためか、いつしか教室の隅へと追いやられていた。

 

主を待ち続けたそれの輪郭にそっと指を這わせる。特に理由があったわけではない。何か思うところがあったわけでもない。そう、何も、無いはずだ。

 

1つ分かったのは、あの2人は結局、最後まで姿を見せなかったということだけだ。

 

まぁどうせ来月には否が応でも会うことになるんだろうけどな。

 

だから別に、今会えないからといってどうということは無いのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

§

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

卒業式が終われば、次に来るのは一体何か。

 

そう、在校生よりも長めに貰える春休みである!

 

しかし学力低下が叫ばれる昨今、どこの学校も『入学前課題』とやらを出しているものだ。当然俺が入学することになるIS学園も例外ではない。もうこれ鈍器なんじゃねーのと言いながら振り回したくなるほど分厚い参考書を全部読んでおけというのが俺に課せられたミッションだった。

 

まぁ早々に読破したんですけどね。何せわたくし優等生であるからして。キャラ作りもここまで来ると立派な自己研鑽だよなー。などと考えながら件の参考書を枕にして無為に過ごしていると、机の上にあるスマートフォンががくぶる震えだした。

 

……ふむ。

 

『な、何よあんた。こ、こっちに来ないでよ!』バイブレーションON

 

『ククク……いくら強がったって、そんなに震えてちゃあ世話ねぇなぁ』

 

『や、やめて! 私に何かするつもりでしょ! 工口同人誌みたいに! 工口同人誌みたいに!』

 

『うるせぇ!』

 

『ひっ……』バイブレーションOFF

 

『そうやって大人しくしてるんだな。さぁて、早速見せてもらおうか』

 

『いや、だめっ! そんなとこ見ないでぇ!』

 

『ハハハハッ! そんなこと言って、誰にでもこうやってひらいてんだろ?』ロック解除

 

『そんなこと……』

 

『まぁ、そんなことどうでもいいんだがな』

 

『らめぇぇぇ! 見られちゃううううううぅぅぅぅ! 今来たメール見られちゃうのおおおぉぉぉ!』

 

 

 

我ながらくだらねぇ。まあ春だからね。こういうくだらない妄想しちゃうのも仕方ないね。謎の言い訳をしつつ、ディスプレイの上で指を滑らせ、メールアプリを開く。

 

差出人はあの時の社長さんだった。内容をざっくり要約すると、どうやら俺の専用機なるものが完成したらしい。そして今迎えを寄こしているから本社まで来てほしいとのことだった。

 

「……って今? マジかよやっべ! 全然準備も何もしてねぇ!」

 

急いで部屋着を脱ぎ捨て、クローゼットを漁る。今は母が居るため裸ではないのだ。その時、窓越しに車のブレーキ音が聞こえてきた。

 

お前に足りない物、それはゆとりと配慮と事前連絡あと何かいろいろ! そして何よりも遅さが足りない! っていうかやばいはやいはやいはやい! もう来たのかよもうちょっと待てよ!

 

ほぼ下着のみでわたわたと慌てふためく。そんな俺にさらなる追い討ちをかけるかのように、インターホンの無機質な呼び出し音が無慈悲に鳴り響いた。

 

まじかまじかまじかまじかよおおおお! ってそうだ。今我が家には母上がいるではないか! まだ慌てるような時間じゃない! 母上なら、母上ならきっと何とかしてくれる!

 

と、俺の祈りが通じたのか、1階から愛しのマイマザーの声が響いた。

 

「優~。今ちょっと手が離せないの~。悪いけど代わりに出てくれる~?」

 

「ちょ、ちょっと待ってー!」

 

おいふざけんな俺今下着なんだけど今出たらHENTAIなんだけど通報待ったなしなんだけどそれでも良ければ出るんだけど!?

 

焦燥と羞恥が加速し、急激に混乱する思考。そこにさらなる打撃を与えんが如く、インターホンから2度目のラブコールが鳴り響く。

 

「優~?」

 

そして俺がまだ対応していないことに気づいた母からのさらなる催促。わかったよチクショウ! 出りゃあいいんだろ出りゃあよぉ! とりあえず音声で対応させていただきます!

 

我が家のインターホンのアレは1階と2階にそれぞれ1つずつ取り付けられている。そして俺の部屋は2階だ。俺は下着のままバタバタと部屋を飛び出し、通話のボタンを押した。

 

「はい、どちら様ですか?」

 

分かってるけど一応聞く。様式美ってやつだろ。え?違う?そっか違うか。

 

カメラに映っているのは、まるで筋肉が服を着て歩いているかのような屈強な黒服のハゲだった。サングラスをかけているので表情までは分からない。男は咳払いを1つ、直後、唇まで筋肉なのではないかと思うほど重苦しい印象の口を開いた。

 

『海馬コーポレーションの者です。八神優様を迎えに上がりました』

 

ほーらやっぱりあいつらじゃん! どうせこんなことだろうと思ってたよ! 俺は詳しいんだ! クソッ、どうすりゃいいんだ! 神は俺を見捨てたのか!……いや、あの神ならむしろ見捨ててもらった方がマシだわ。

 

悲観もそこそこに、今一度現状を顧みる。とりあえず何か言わねばなるまい。このまま沈黙というのはちょっとアレだ。

 

しかしどうする? なんて言えばいい?

 

ただただ焦りが積もっていく。焦燥にかられた俺の脳内会議場は阿鼻叫喚と化していた。そして正常に動かない思考回路が、思わぬ結論をはじき出した。

 

────そうだ、とりあえず今の状況をそのまんま言えばいいんじゃね?

 

俺は息を吸い込んで、一言一言はっきりと告げた。

 

 

 

 

「すいません、今服着てないんでちょっと待ってください!」

 

 

 

 

俺がご近所様へ向けて堂々と痴女宣言をしていたことに気づいたのは、俺の裸を想像した黒服の人が鼻血を吹き出し、インターホンの画面が真っ赤に染まった後だった。

 

尚、幸運にもこの時、周囲に人は居なかったそうだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

§

 

 

 

 

 

 

 

 

 

はい、見苦しいところをお見せ、というかお聞かせしました。

 

というわけで、微妙な雰囲気の中、車で移動すること十数分。俺の目の前にはなんかすごくでかいビルが聳え立っていた。春の暖かい陽光がガラス張りのビルに反射してなんかもうキラキラどころかギラッギラだ。超まぶしい。

 

ビルの中へ通され、エレベーターで地下へ潜っていく。

 

エレベーターから出ると、今度は床も壁も白を基調とした廊下を歩く。やがてメタリックな扉の前で立ち止まると、その扉が空気の抜けた様な音を立てて斜めに開いた。おお、近未来っぽいぞ。

 

少し浮かれながら足を踏み入れる。そこに広がっていたのは実験場のような空間。青白い光がぼんやりと室内を照らしている。まるで天井や壁そのものが発光しているようだった。向かって右側の壁には幅の広い窓のようなものがあり、その向こうには研究者のような人達が数人。中には社長の姿もあった。

 

そして何よりも俺の視線を引き付けたのは、この実験場の中央に鎮座する物体。優美なようで荒々しく、武骨さを漂わせながらも煌びやかな光沢を放ち、中世の鎧を彷彿とさせつつも最先端のテクノロジーを感じさせる。そんな異様な存在感を放っていた。

 

『さて優ちゃん、聞こえているかい? まぁウチの技術に不備があるわけないからね。聞こえないはずがないから勝手に話を進めるよ』

 

社長の声が天井に取り付けられたスピーカーから響く。普段なら内心で毒づいているところだが、今の俺に社長の話なんかを気にする余裕など無かった。ただひたすらに目の前の存在に意識を吸い寄せられる。やがて俺の沈黙を肯定と取ったのか、社長が再び口を開いた。

 

『随分と待たせてしまったね。それが君の専用機──第三世代型IS、アマテラスだ』

 

熱に浮かされたように、スピーカーから垂れ流された言葉が脳内をぐるぐる回る。

 

「アマテラス……」

 

それが、こいつの名前なのか。

 

俺は自身の理解を遥かに超越した存在にすっかり見入っていた。一歩、二歩と、覚束ない足取りでゆっくりそれへと近づく。そして指先がそれに触れた時、耳鳴りのような音が室内に響き渡った。

 

その直後、直接脳内に何かが入り込んだような感覚と共に、視界の悉くを呼吸すら躊躇うほどの数多の情報が埋め尽くす。

 

「あ…………ぁ……っ!」

 

数の暴力とも言うべき程のデータの濁流が俺の頭を内側から何度も殴りつける。痛みのあまり、絞り出したようなかすれた悲鳴を漏らすので精一杯だった。

 

脳髄が割れる。網膜が灼ける。それから放たれた光と熱の奔流が、万雷が如き轟音を響かせ縦横無尽に空間を走る。視界は埋め尽くされているはずなのに、なぜか周囲の状況全てを把握できる。そんな自身の認識に俺の意識は追い付いていなかった。

 

光速で駆け抜ける情報の軍勢が過ぎ去ると、今度は徐々に視界と認識が同化し始める。目に映る世界が見慣れたものに変わっていくにつれ、幾分か落ち着きを取り戻していった。気が付くと俺は、呼吸を荒げ、額に大粒の汗を浮かべていた。

 

『おおっ……!』

 

『ふつくしい……』

 

『女神や……女神がおるでぇ……』

 

『即ハボ……』

 

恍惚を孕んだため息や呟きがスピーカーから降り注ぐ。見れば、誰一人としてマイクなどの類を持っていない。どうやら部屋自体に集音機能があるらしい。

 

だが、今の俺にはそんなことどうでも良かった。正確には、いちいち関心を示している余裕など無かった。

 

「はぁ……はぁ……っ、な、何なんですか、今のは……」

 

息も絶え絶えに、何とかキャラを崩さないよう努めながら訊ねる。

 

そんな俺の健気な努力なんてどうでもいいとでも言うように、社長はとても軽い声でとんでもないことを言ってのけた。

 

『いやあ、実はそのアマテラス、なんていうかデータを詰め込み過ぎてしまってね。並の適性だとあまりの情報量にパンクしちゃうんだけど、さすがは優ちゃん! 君なら大丈夫だって信じてたよ!』

 

おうこら待てや。さらっと何言ってんだあんた。

 

窓越しに、髪をファッサァファッサァと掻き上げる社長を睨みつけるが、そんなことには気付かず社長は続ける。

 

『Aでギリギリ許容できる量だったんだけど、優ちゃんは何と言ってもA+だからね! 確実に成功する見込みはあったってワケさ! でもまぁ、装着してしまえばあとはこっちのものだよ。さっきは辛かったかも知れないけど、今は大分楽になったんじゃないかい?』

 

「言われてみれば……」

 

先程とは打って変わり、汗は止まり、呼吸も落ち着いてきたようだ。そういえばISには操縦者の健康状態を維持する機能があるとか何とか。……って装着?

 

ふと見れば、目の前にあったはずのISが見当たらない。そして俺の視点がいつもよりちょっと高い。っていうか浮いてね?

 

視線を下方向へスライドさせる。足の下に見える影のようなもの。やっぱ浮いてるわ。そしていつもなら視界の端に映る俺の手足は、指先から肘までとつま先から膝まで、それぞれ手袋とブーツのように細く薄い白金色の装甲に覆われていた。

 

……ISってこんなんだっけ? もっとこう、ゴテゴテしてて、メカメカしい感じじゃねーの?

 

恐らくこの手足の装甲らしきものが意味するのは、俺が先程のIS──アマテラスを装着しているということなのだろう。しかし今現在目にしているものとテレビやネットで見たものとのギャップに、思わず眉をひそめる。まだ全貌を把握したわけではないが、ロボ的なものは期待しない方が良さそうなのだろうか。

 

するとその時、突然俺の目の前にゲームのステータス画面のようなパネルが現れた。パネルの右側には、ISの全体像らしきものが映し出されている。どうやら俺の疑念をISが読み取ったらしい。こんなこともできるのか。かがくのちからってすげー!

 

とりあえず装備品というか、搭載されている武装一覧などは置いておき、まずは外装をチェックする。何事においても見た目は大事だぞ。いや本当に。

 

真っ先に目についたのは大きな翼だった。ウィングスラスターとかいうやつだろうか。六枚の羽根のようなものが背中から切り離された状態でふわふわ浮いている。確か『非固定浮遊部位』と呼ばれるものだ。IS学園の課題に出てた。というかでかい。本体──つまり俺の身体と比較して結構でかい。図を見る限り恐らく、羽根一つ分で俺の身長の7割ほどだろうか。

 

どうやら外装はその6枚羽根がメインのようで、他には背面から上半身を包み込むような形状のものと、腰付近から脹脛辺りまで伸びるスカートのような形状のものが左右と後ろを守るように、それぞれ申し訳程度についていた。当然というか、またしてもどちらもISの装甲としてはかなり薄い。さらに先程の手袋っぽいのにしろ何にしろ、デザインがあまりメカらしくない。直線的というか、凹凸や部品の見える部分が少なく、これが兵器であるということを忘れてしまいそうだ。

 

『ふふふ、気に入ってくれたかな? 今回はウチの広告塔としての役割を兼ねているからね。デザインはかなり力を入れているんだ。あ、当然デザインだけじゃなくて武装の方も────』

 

社長が何やらドヤ顔で解説を始めた。近くにいる社員らしき人達は「あー、始まったよ……」とでも言いたげな顔をしている。こういう風に得意気に語りだすのはよくあることなのだろうか。ならば別に聞き流しても問題は無さそうだ。あの人解説するの好きそうだし、あとで必要になったらまた教えてくれるだろ。

 

まぁ、デザインについてはスマートだのスタイリッシュだのと言えば聞こえは良いが、正直な感想を問われれば不安の一言に尽きる。だってこんな薄っぺらい装甲じゃ防御力なんてあってないようなもんだろ。多分殴られただけで死ぬぜこれ。紙耐久もいいとこだぜこれ。

 

『さらにこの機体には第3世代型兵器が2つ搭載されているんだ! 英国のティア―ズも2つ積んでるらしいけど、優ちゃんの演算次第では汎用性精密性破壊力全てでこちらが凌駕することも可能なのさ! 1つはこないだの機体にもあったハイパーセンサーのジャミング。これは正直、大して脳のキャパを割かなくても大丈夫。多分常時発動しながら戦闘できるくらいの余裕はあるんじゃないかな? 問題はもう1つの──ブツン』

 

ワンパンKOされる未来の自分を思い描いていると、何かが切れるような音と共に社長の饒舌な演説が止まった。何事かと窓ガラスの向こうへ目を向けるが、社長は相変わらず自分に酔いまくった状態で髪をファッサファッサ靡かせながら何か喋っている。生憎口を動かすので精一杯なようで、こちらの様子にはまったく気づいていない。傍から見れば口パクで歌っているようにも見えて、なんだか滑稽だった。

 

そして間を置かずして、今度は別の声がスピーカーから鳴り響いた。

 

『あー、八神さん。何事かと思われたことでしょうけど、単に部屋そのものの集音機能を解除しただけですのでご安心ください』

 

「は、はぁ……」

 

見れば、白衣を着た男性が備え付けのマイクの前に立っている。どうやらあの人が声の主らしい。

 

白衣の男はチラと俺を一瞥し、『フヒッ』という笑いを漏らす。そしてメガネをくいっと押し上げ、言葉を続けた。

 

『とりあえず設備をそちらの部屋に用意いたしますので、この後はフォーマットとフィッティングを行います』

 

言い終えるや否や、他の職員達に声をかける男。その男に連れ立って、白衣を着た人達はどこかへ移動していく。

 

窓ガラスの向こうには、物言わぬ機器達と、誰もいなくなったことに気付かずに未だパクパクと口を動かし続けている社長だけが残されていた。




ノリと勢いとガッツで採用
→五反田弾のIS学園入学

採用しようかどうか検討中
→シャルル♂デュノア「ホモ以外は帰ってくれないか」
→シャルル・ジ・ブリタニア「一夏のえっち……」

没初期設定
→本来八神夫妻に子供ができなかった理由は、夫妻ではなく同性だったため

誰か書いてくれ
→ IS/UC -可能性のケダモノ-
一夏「なぁ、この一本角を見てくれ」
弾「すげぇ割れてる……。はっきりわかんだね」

冗談はさておき、シャルルちゃんのオス化については割と本気で悩んでます。というのも、常識的に考えて男装が入学時にバレないわけないじゃないですか。男装が無理なら初めから男にしちゃえばいいんじゃね、と。

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