IS-イカの・スメル-   作:織田竹和

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結構長いのでめんどくさくなったら飛ばしてええどす


番外編だから本編に関係ないし何やったっていいだろ!異論は認めねぇ!俺は悪くねぇ!

1 短編『うぬと夏の始まり 将来の夢 大きな野望忘れぬ』

 

 

痛いほどの日差しと、今にも落ちてきそうな真っ青な空の下。灼けるアスファルトを踏みつけ、熱気をかき分けて歩く。

 

「夏祭り?」

 

遠くから聞こえる蝉の声と俺達の足音に交じり、凛とした少女の声が鼓膜を心地よくくすぐる。声の主──八神優は、きょとんと小首を傾げ、上目遣いに俺を見つめた。

 

「ああ、この近くの神社で毎年やってるんだけど、もしかして行ったことないのか?」

 

俺の問いかけに対し、ユウはこくりと頷いた。どうやら祭りの存在はおろか、この辺に神社があることすら初耳らしい。

 

「初詣とかどうしてたんだよ……」

 

「毎年いろんなところに行ってるよ?」

 

終業式も終わり、明日から夏休みということで、俺達は早速遊びの予定を立てていた。そこで俺が提案したのが、この町にある神社で毎年開催される夏祭りだった。

 

「そのお祭り、一夏くんは毎年参加してるの?」

 

「まあな。結構でかい祭りだし、地元のやつらは大体来てるな」

 

よかったら一緒に行かないか? そんな俺の言葉に賛同するように、溌剌とした声が後に続いた。

 

「そうよ。この辺に住んでるのに夏祭りに出ないなんてもったいないじゃない」

 

そう言ってユウに視線を向けたのは凰鈴音。小柄で、長い茶髪をツインテールにして纏めている。俺の小学校時代からの友人だ。

 

「鈴ちゃんも参加してるの?」

 

「うーん、まぁあたしの場合はずっと遊んでるわけじゃなくて、ウチからも出店するからその手伝いをしなくちゃいけないのよ」

 

鈴の家はこの町にある中華料理屋で、俺も度々お世話になっている。俺は姉と二人暮らしをしているのだが、その姉は家を空けることが多く、一人の食事というのも味気ないので割と頻繁に通っている。

 

とにかくそうした事情から、鈴もここに引っ越してきてからは毎年参加している。

 

「弾はどうだ? 何か都合が悪かったりするのか?」

 

「たしか来週だったな……ふむ、アカシックレコードには何も記されていないようだ」

 

「そっか暇か」

 

とりあえず参加の方向でいいだろう。と、そこでふと思い出す。そういえば弾には妹がいたはずだ。

 

「お前の妹……蘭だったか? あいつも来るのか?」

 

五反田蘭。年齢は俺達の一つ下で、大学までの一貫校となっている有名私立女子中学校に通っている。なんでも、一年生にもかかわらずファンクラブが存在しているそうだ。

 

「まぁ誘えば来るだろうな」

 

「じゃあ当日は5人で回るか」

 

ちなみに、俺は正直蘭のことが苦手だったりする。いや、俺がというより、向こうが俺に対して苦手意識を持っているようだ。俺に対するリアクションがいちいち余所余所しく、俺が名前で呼ぶことについても渋々といった様子で承諾していた。特に嫌われるようなことをしたつもりはないけどなぁ。

 

「そう、あの子も来るのね……」

 

そう呟いたのは鈴だった。その表情は強敵を前にした武士(もののふ)のように険しいものとなっている。鈴は蘭と名前が似ているからか、結構仲が良い。いつもお互い怖いくらいの笑顔で話している。きっと今も嬉しさのあまり内心で大歓喜しているのを隠そうとしているのだろう。ハハッ、この照れ屋さんめ。

 

「五反田君って妹さんいたの?」

 

「ああ、俺なんかよりよっぽど優秀な妹がな。ただアイツは……」

 

「物憂げな顔してもったいぶってるけど特に何もないからな。鈴と仲のいい普通の女の子だ」

 

「!? そ、そうそう! あたしらすっごくなかよし! 悪そうな奴は大体友達! Yeah!」

 

とりとめのないことを話しながら歩を進める。熱を浚うように、俺達の間を強い風が吹き抜けた。

 

 

 

夏休みが、始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【祭り当日・神社前】

 

昼間の勢いはどこへ行ったのか、太陽は姿を消し、街灯とビルの明かりが街を照らし出す。それを見下ろし、俺は鳥居のすぐ前、石造りの階段の最上段に腰を下ろした。祭りの賑やかな喧噪を、はるか遠くのことのようにに感じながら一息つく。ひんやりとした静けさが心地良い。

 

「俺が一番乗りか」

 

呟いた直後、階段を上る足音が聞こえてきた。──否、それは『上る』というより『疾走する』といった方が正しかった。

 

忍者のように短い間隔の足音が徐々に迫り来る。そしてついに、足音の主が姿を現した。

 

「はぁ……はぁ……一夏! 無事だったか! ふぅ、どうやら間に合ったみたいだな……」

 

肩で息をする赤髪の男──五反田弾は、俺を見るなり安心したようにため息をついた。お前は何と戦っているんだ。

 

いつものように適当に流そうとした時、弾がいつになく真剣な眼差しで俺を見据え、俺の肩を力強く掴んだ。ちょっと痛い。

 

「いいか一夏。今日血の雨を振らせたくなければ絶対に不用意なことを言うな。分かったら返事をしろ。よくなくても返事をしろ。とにかくはいと言え」

 

「は、はい」

 

普段とは打って変わって様子の異なる弾の言葉に、思わず首を縦に振る。こいつはギャグからシリアスへの切り替えをノータイムで行うから困る。というか一体何が起きるっていうんだ……?

 

困惑する俺をよそに、足音が2つ、こちらへ向かってきた。

 

「お兄! なんで先に走って……って一夏さん⁉ どどどどっどうもこ今晩はお招きいただきまして誠に」

 

先に姿を現したのは弾と同じ色の髪に同じようなヘアバンドをした女の子──五反田蘭だった。なにやら顔を赤くしてどもりながら堅苦しい挨拶をしている。相変わらずなぜか俺には他人行儀だ。もうちょっと打ち解けたいものである。

 

「二人とももう来てたのね。珍しく早いじゃない」

 

そう言って蘭の後ろから現れたのは鈴だった。彼女の溌剌さを象徴するようなツインテールが軽く揺れる。

 

と、ここで俺はあることに気づいた。

 

「あれ? 二人とも浴衣にしたのか」

 

鈴は水色にピンク色の花が大きく描かれているものを、蘭は黒地に花弁が描かれているものをそれぞれ着用していた。花の種類は知らない。

 

俺がなんとなく二人の姿を眺めた、次の瞬間、

 

(……少し寒くなってきたか?)

 

俺の背筋を、何かぞわりとしたものが駆け抜けた。いわゆる悪寒というやつだろうか。

 

ふと見ると、弾が胸の前で十字を切っていた。無心といった様子の表情で、「アーメン……」と呟く。マジで何が起きるっていうんだ。

 

「ねぇ一夏」

 

鈴の声が聞こえる。それはどこか冷たさを感じさせた。

 

「なんだ?」

 

得体のしれない恐怖にも似た何かを感じつつ、俺は視線を向けた。

 

「一つ聞きたいことがあるんですけど」

 

次に口を開いたのは蘭だった。その言葉は、鋭利な刀を彷彿とさせた。

 

「……なんだ?」

 

二人はにっこりとほほ笑んだ。

 

「私と鈴さん」

 

「どっちの浴衣が似合ってる?」

 

 

 

 

……? そんなことを聞いてどうするつもりだ?

 

俺は予想外のセリフに拍子抜けしながらも、思ったことをそのまま伝えようと口を開いた。

 

「そりゃあどっちも似合っt「「どっちの方が、似合ってる???????」」

 

拍子抜けとか言ってごめんなさい怖いです。『?』の連打が特に。

 

っていうか俺何かした? なんでこんなに追い詰められてんの? どっちも同じくらいに合ってると思うんだけど。あっ、さてはこいつら俺をからかうためにグルになってるんだな~? まったく、どんだ困ったちゃんたちだぜ☆

 

「なぁボブ、お前もそう思わないか?」

 

俺は顔だけをボブの方へ向け、ばちこーんとウィンクをかましながら肩をすくめてみせた。

 

「誰がボブだ。俺の真名は……っと、危ない。もう少しで『言霊』が発動してこの世界を『原初の混沌』と呼ばれていた頃の姿に『崩壊』させるところだったぜ。まぁ、俺をはめようとしたってそうはいかねぇってことだ」

 

「ヒューッ! 相変わらずボブのチューニ=ジョークはわっけわかんねぇぜ!」

 

「おいおい、そりゃないぜ!」

 

HAHAHAHAHA! 二人して笑いあう。あぁ、世界は今日も平和だ。笑いは世界を救うんだなぁとつくづく思うよ。ほんとに。そうだ、お笑い芸人になろう。歌で世界は変えられないし救えないらしいけど笑いでならきっと「「それで、どっち???ねぇ、ねぇ」」現実逃避して誤魔化すぜ大作戦、失敗の模様。

 

というかこいつらホント仲いいな。二人して同じ目つきしてやがる。笑ってるのに睨んでるよ。俺のことを。なんて器用な連中だ。

 

っていうかどっちが似合ってるかなんて知らねぇよ。なんで俺に聞くんだよ。俺に衣類に関する知識なんてねぇよ。いいじゃんどっちもでいいじゃん。似合う似合わないの基準なんて知らねぇよ。

 

しかしどうにも、俺の両方案は受け入れてもらえないらしい。とりあえず助けを求めよう。弾に視線を向ける。目と目があう。頬を赤らめる。なんでだよ。

 

どうこの場を凌ごうかと答えあぐねいていると、ついに最後の一人がやってきた。そう、我らが救世主、八神優である。

 

「あれ? みんなもう来てたの? ごめんね、なんだか待たせちゃったみたいで……」

 

「いやいや、全然大丈夫だ! さて、これで全員そろったな!」

 

俺はこの話からの脱出口を見つけた喜びを抑えながらもユウの方へと視線を向けた。うん、待ったよ。別にお前は遅刻したわけじゃねぇけどすっげぇ待ったよ。だがナイスだユウ。これで話の流れを変えられると思ったけどもしユウも浴衣着てきて感想とか求められたらどうしよううああああああああ浴衣じゃありませんよおおおおおに!

 

「わぁ~、二人ともその浴衣可愛いね!」

 

「え、あ、そ、そう、ですか?」

 

「あ、ありが、と……」

 

ユウは普通の洋服で、二人の浴衣を超ピュアな笑顔で褒めていた。あまりにもピュアすぎて、褒められた二人は顔を真っ赤にして照れていた。俺の時と反応違いすぎねぇ?

 

でも良かった。浴衣じゃなくて良かった。軽く浴衣恐怖症になりそうだぜまったく。

 

ほっと胸を撫で下ろす俺の横で、弾が「これが救世主(メシア)能力(ちから)か……」と静かな笑みを浮かべた。今回ばかりは激しく同意だ。

 

そんな俺達の反応をよそに、ユウは自身の清楚な感じのワンピースを見下ろし、呟いた。

 

「私も浴衣の方が良かったかな?」

 

いいえ、今のままのあなたでいてください。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さてと、それじゃあ適当に見てまわろうぜ」

 

なんやかんやで、ぞろぞろと纏まって、煌びやかな祭りの雰囲気の中を駄弁りながら練り歩く俺達。主にユウへと集まる視線をスルーし、やきとりやりんご飴などの、祭りのお約束とでも言うべきものを、これまたお約束とでも言うべき割高な値段で購入する。まぁ、雰囲気代とでも思って納得しておこう。

 

「いいか? 今日は委員長の記念すべき初の夏祭りだ。障害となり得るものはあらゆる手段を使い、抹消しろ」

 

「Sir! Yes,sir!」

 

どうやらうちの学校の連中も来ているようだ。見慣れたやつを何人か見かけた。あいつら何やってんだろ。

 

「あっ、ねぇねぇ一夏!」

 

そんな中、まだ幼さの残る鈴の声が喧騒を掻き分けて響く。鈴は俺の腕をぐいぐいと引っ張り、あるものを指差した。

 

「あれやりましょうよ!」

 

鈴が指差したのは、超A級スナイパーのような渋い顔をしたねじり鉢巻のおっさん……ではなく、おっさんがやっている射的屋だった。

 

基本的にああいったものの景品は、取れそうで取れないという配置になっているのだが、だからこそ熱中してしまうのだ。

 

「わ、わー! お、おもしろそー! ねねねねぇ一夏さん! わわわた私あれとって欲しいなー!」

 

顔を赤くしてどもりながら、蘭が鈴とは反対側の俺の腕を掴んだ。なんか恥ずかしさを誤魔化すためにヤケ気味に叫んでいるように聞こえたな。俺といるのが恥ずかしいのかな……。

 

「ああ、いいぜ。って、お前らそんなに引っ張るなよってててててていた痛い痛い痛い」

 

二人に引かれて屋台の前まで移動したのだが、二人の手が腕に食い込んでやばい。そして二人の目もやばい。なんか二人の間に火花散ってる。怖い。

 

「……1人、500円6発だ」

 

おっさんが渋いフェイスによく似合う渋いヴォイスで厳かに告げる。なんだか後ろに立つと殺されそうだ。

 

「じゃ、じゃあ、とりあえず1人分……」

 

おっさんと両隣の二人の雰囲気に気圧されつつ、俺は500円玉をおっさんに渡した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「くっそぉぉぉっ!」

 

10分後、俺、鈴、蘭の3人の挑戦も虚しく、取れた景品は未だに0のままだった。ちなみに俺は2回挑戦した。

 

「うーん、毎回惜しい感じにはなるんだけどね」

 

ユウはそう言って、棚に鎮座する景品を眺めた。一応銃弾は当たるのだ。そしてぐらぐらと揺れる。しかし落ない。

 

あれ? これいけるんちゃう? ワンチャンあるんちゃう? なーんて思った結果がこれだよちくしょう。

 

「ふっ、どうやらここは俺の出番のようだな……」

 

そう言って一歩踏み出したのは、ニヒルな笑みを浮かべた弾だった。

 

弾は無駄のない動作で500円玉を財布から取り出し、親指で強く弾いた。ぴんっ、という情けない音と共に、500円玉は放物線を描き、おっさんの頭にこつんと当たった。500円玉は床に落ち、ちゃりーんという音が響く。おっさんは鋭い眼光で落ちた500円玉を捉え、拾い上げた。

 

「おっと、銃なら要らねぇ。自前のがあるからな」

 

そう言って弾が取り出したのは、黒い、2丁の拳銃だった。弾はそれを形容し難い独特な持ち方で両手に構えた。

 

「文句を言いたいのは分かるが、俺は臆病でね。他人の武器で戦えるほど、自信家でも楽天家でもないのさ」

 

まだ何も言ってねぇよ。そう言いたげな表情のまま、おっさんは黙って木製のコルクのような銃弾を6発、机の隅においてある木箱から取り出した。

 

っていうかなんでこいつは射的用の銃を持ち歩いてるんだろう。そんな疑問が湧き上がるが、同時に、(まぁ、弾だし)とも思ってしまう。

 

そんな俺の内心をよそに、弾は腕を十字にクロスさせ、規定の位置で目を閉じて何やら呟き始めた。

 

 

 

暗黒を暗躍する魔弾を装填(COUNT A NUMBER OF DEATH)

 

 

 

その直後、ぞわりとした気色の悪い感覚が俺を襲うと同時に、周囲の空気が明らかに変わった。

 

その様相はパンドラの箱を開けたが如く、まさしく阿鼻叫喚だった。

 

さっと顔を背ける者から、ヤメロー!ヤメロー!とのたうち回る者まで、反応は千差万別だったが、中でも最も異質な反応を示したのは、他でもない、射的屋のおっさんだった。

 

「……! エクセレント・ハウンド(黒鋼(くろがね)された猟犬)……だと……⁉」

 

おっさんはわなわなと震えながら、「バカな……黒歴史(あれ)は封印したはず……」などと渋い声でぶつぶつ呟いている。

 

「知っているのかおっさん!」

 

俺は訊ねずにはいられなかった。俺の問いに対し、おっさんは苦痛に耐えるように顔を歪めながらも口を開いた。

 

「……ある魔術師が所有していた、漆黒の二丁拳銃だ。装填される弾丸は「餓死させられた犬の霊」であり、目標に命中するまで疾走をやめない。 発射中はとある呪文を唱える必要がある」

 

「結構饒舌に喋るんだなおっさん。っていうか弾丸はアンタが出した木のやつだろ」

 

俺がおっさんのやけに詳しい解説を聞いている間にも、弾の呪文?は続いた。

 

我が身を以って鉛となし(COLLECT A NUMBER OF BODY)

 

文法があってるんだかよく分からない英文を口にする弾。多分意味もよくわかってないんだろうなぁ。

 

我が血を以って火薬となす(CURSE A NUMBER OF ALL)

 

だが、弾を覆う雰囲気は、いつものそれとは違っていた。

 

妖獣よ(now)

 

弾の両目がゆっくりと開かれる。今の弾なら、何かを起こす。

 

 

 

汝の疾走を(let'S)──」

 

 

 

そんな気がした。

 

 

 

「――歓迎する(start)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやー、さっきのボム兵すくいは焦ったぜ」

 

「ホントにね。もうちょっとで爆発するところだったし」

 

額をぬぐう俺に、ユウが嫌味っぽく言う。その絵画のように整った顔には笑みが浮かんでいた。自然と、俺の口元も綻んだのが分かった。どうやら楽しんでいただけたようでなによりです。

 

ユウにしては()()()、いつもの作り物めいた笑顔ではないことに、心底ほっとしている自分がいることに気づく。

 

彼女と話すようになってから、毎日のように同じような笑顔を見てきた。その笑みに付きまとって見えたのは途轍もない違和感。

 

例えるならば、それは仮面だった。1つの作品として計算されつくした、嘘くさい聖母のような笑顔を見る度に、俺は彼女が分からなくなった。

 

その仮面を剥がした時、そこにいるのは俺の知る八神優なのだろうか。いや、そもそも俺の知る八神優など最初から居なかったのではないか。ふとした瞬間、彼女が消えてしまうような、そんな不安がじわじわと俺の心を蝕む。

 

だが、

 

時折仮面の隙間から零す言葉に嘘は無い。正確には、彼女は自身の言葉に嘘をつかない。普段の会話の中でも、委員長としての職務を行う時にも、彼女は、自身がやると言ったことは必ずやってのける。その潔さに、淡い憧憬にも似た感情が首をもたげる。

 

時折仮面の隙間から覗かせる自然な笑みを目にする度、もう一度今の笑顔を見たい、どうすればあの笑顔を引き出せるのか、そんな欲求が湧き起こる。

 

周囲に頼られ、正しく優等生として在る彼女と、その裏に潜むまだ見ぬ彼女。どちらが本物なのか。もしかすると、優等生として振る舞うための仮面なのではないか。本当はそのレッテルを重荷に感じていて、でもそれを誰かに見せたくなくて、それを隠すために仮面を着けるのではないか。優等生という重圧から、彼女自身を守るための仮面。俺では彼女を守ることができないのだろうか。

 

思考を巡らせながら、気が付くと俺は、いつも彼女を目で追っていた。思えば、随分とユウのことを考える時間が増えたのではなかろうか。

 

気が付くと、俺はどうやら無意識のうちにじっとユウを見つめていたようで、「どうかした?」と、小さく首を傾げながら()()()()笑顔でユウが訊ねた。

 

「いや、なんでもない」

 

────彼女は今、何を考えているのだろうか。

 

 

 

 

射的の後、しばらくして、鈴は父親の店へと手伝いに行った。それから程なくして、明日も学校で補習があるという蘭と、その蘭に連れ立って弾が帰宅。無論、おバカが受ける方の補習ではなく、進学校特有のアレである。

 

とまぁそういうわけで、今ここには俺とユウの2人しかいない。ちなみに弾は景品を1つも取れなかった。

 

「さて、そろそろ祭りも終盤だな。鈴のとこには1回顔見せに行ったし、他にどっか行きたい場所とかってあるか?」

 

俺の問いに対し、ユウは周囲をきょろきょろと見回した。

 

「とは言っても、もう結構回っちゃったし……」

 

そうだな、と俺は頷き、ユウに倣って周囲の屋台を眺める。

 

『おい、お前今委員長をナンパしようとしただろ』

 

『ウェイ!? ウェーイウェ『問答など要らん。消せ』

 

なんだかうちの学校の生徒っぽいやつらが、髪をギンギラギンにさりげなくしてるチンピラ風のやつらを物陰に引きずって行くのが見えた気がした。なるほど、これが世に言う気のせいってやつだな。

 

「ねぇ一夏くん、あれ何かな?」

 

ユウの声に引かれるように、身体ごと振り返る。ユウの視線を追うと、そこにあったのは屋台とは別の、もっと大掛かりなもの。付近には列もついている。

 

「よし、とりあえず行ってみるか」

 

俺は特に深く考えずに、ユウと共にその列の最後尾を探した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

後悔。

 

例えば、テストの解答でネタに走ったものの、周囲は思いのほか真面目に解いていた時。例えば、教室を掃除した後、ごみ箱の中身をゴミ捨て場に持っていく人間をじゃんけんで決めようと自分が言ってしまった時。後悔とは得てして遅れてやってくる。後悔先に立たずというやつである。そもそも後悔とは『後に悔いる』と書くのだから、行為前にしてしまってはそれは後悔とは呼べな「はい次の方ー」

 

女性スタッフのやる気のない声が俺を現実へと引き戻す。どうやら今この瞬間、俺達が列の先頭となっているようだ。

 

「2名様でよろしいですかー?」

 

「はい」

 

間延びしたスタッフの声に、ユウが頷く。俺はちらりと、脇にある看板に視線を向けた。

 

 

『お化け屋敷』

 

 

そう、これが俺たちがホイホイと並んじゃった列の正体だったのだ。好奇心を利用した心理トラップ……なんて巧妙な手口なんだ……!

 

「えと、一夏くん、大丈夫?」

 

ユウが俺を心配そうに見つめる。はははこいつぅ~、さては俺をバカにしてるなぁ~?

 

「だだだだだいじょぶぅにきまてるじゃーんおいおいまさか俺がびびびびびる大木ってるとでも言いたいのかい!」

 

おっと、あまりの余裕っぷりについ呼吸を忘れる勢いで早口になってしまった。俺ってば余裕過ぎ。

 

「いや、でもさっきから顔色悪いし、足がっくがくだよ?」

 

「おおおおいおいおいこいつぁタップダンスと仰ってだな別にここっここここここわがってるとかそういうんとちゃいまっせ」

 

顔色についてはあれだ。俺あれだから。最近流行りのゾンビ系男子目指してるから。だからアレだから。

 

「でも……」

 

「あ、すいませんけど後がつかえてるんでー」

 

何か言いかけたユウの口を、気だるげなスタッフの言葉が閉ざす。

 

いいぜ、お化けなんてこの俺が成仏させてやんよ! 寺に生まれたかったと後悔するぜ! 俺が!

 

俺達は押し出されるように、目の前で大きく咢を開けた深く暗い深淵(OBAKE YASHIKI)へと足を踏み入れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そこは黒だった。ただひたすらに広がる黒。視界を塗りつぶし、輪郭を奪い去り、あらゆるものがそこに沈む。手元すらおぼつかない暗闇の中、俺自身、どこにいるかすら分からなかった。

 

「一夏くん、まだ何も出てきてないし、薄暗いけど一応道くらいは見えるから。だから目を開けても大丈夫だよ」

 

呆れ気味のユウの声。すぐ近くから聞こえるということは……すぐ近くにいるということだ。

 

「いや、これはあれだ。俺が目を閉じているのはだな、心頭滅却すればおばけもまた怖くなしという教えを実践するべく精神統一をだな」

 

「あ、やっぱり怖いの?」

 

(しまった────ッ!)

 

ユウの素朴な呟きに、俺は自身の失言を悟った。いや、だがまだセーフだ。ここからどう切り返すかが重要!

 

ふぅー、落ち着け、俺はやればできる子。やればできる子なのだ。

 

「べっべべ別にっここここここわjrふぁkんろいあんfヴぃあみれ」

 

「あー、うん、わかった。わかったから一旦落ち着こう? ね?」

 

ユウが宥めるような声音で俺を宥める。そのまんまだな。

 

だがどうやら誤解は解けたようだ。まったく、俺がびびびびビッドレッドでオペレーションだなんて勘違いにもほどがあるぜ。

 

と、ここでユウが俺のすぐ近くで立ち止まった。気配で分かるぜ。

 

「……目を開けるつもりはさらさら無いみたいだね」

 

ユウの口から呆れたようなため息が1つ漏れる。な、なにをしようってんだ! まま、まさか俺を置いていくつもりじゃないだろうな⁉ 泣くぞ! 恥も外聞もなく泣くぞ!

 

 

 

ぎゅっ

 

 

 

そんな効果音とともに、俺の手を温かい何かが包んだ。人の手だ。そう認識するのに自分でも驚くほど時間がかかった。

 

っていうかすべすべしとるで。めっちゃすべすべしとるで。しかもめっちゃ柔らかいぜよ。あったかやわらかですっべすべだぎゃー。

 

なんか気持ち良すぎて、「おふぅ」とかいう気持ち悪いため息が零れた。誰のだ? 俺のか。

 

「目を瞑ったまま歩いてたら危ないでしょ?」

 

そう言って、ユウは微笑んだ……気がした。気配で分かる……気がする。それはそうと温かいナリー。

 

ユウの体温を感じながら、俺は心臓が高鳴ると同時に、不思議と落ち着いていくのが分かった。例えるなら食後にお茶を飲んだような感覚だ。

 

まぁ、別に全然びびってなどいないが、ここは礼を言っておくべきだろう。

 

「ああ、ありがt「ウバッシャアアアアアアアアアア!」

 

突然鼓膜に叩き付けられた奇声に、思わず驚いて目を開ける。

 

 

開けて、しまった──。

 

 

俺の目の前には、天井からぶら下がるプレデターのような謎の異形。

 

目が合った。そりゃあもうばっちりと。

 

「あ、あああ、あばばばばっばばっばばばばば」

 

「一夏くん⁉ しっかりして一夏くん!」

 

「キシャアアアアア!」

 

「ひぎぃっ⁉ ひぃぃぁあぁぁぁぁ!」

 

「ちょっ、一夏くん、そんな強く抱き着かれると苦しい……!」

 

「1枚、2枚、3枚……ダーッ!」

 

「うああああああああああああああああああ! もうやだああああ!」

 

「う、うるさ……」

 

「ウホッ」

 

「あああああああああああああああああアッー!」

 

 

 

 

 

「────うるせぇッ!」

 

 

 

 

首筋に鋭い衝撃を受け、俺は意識を手放した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『目を覚ますだよ』

『……?』

『おらさおめぇを召喚(そーかん)した神だっぺ』

『かみ……』

『おめえさ、力が欲しか──?』

『────んだ。欲すい』

 

 

 

「………………はっ」

 

深く埋没していた意識が急速に覚醒する。どうやら眠っていたらしい。濃紺の空で、星々がまばらに輝いている。

 

「うーん……俺は今まで何を……」

 

とりあえず状況を把握しようと、意識が飛んだ前後のことを思い出そうとした時だった。

 

「あ、目が覚めた?」

 

ふっ、と俺の顔の上に影が差す。そこにはユウの顔があった。覗き込むようにしてこちらを見るユウと目が合う。え、なんでユウの顔が俺の上にあるんです?

 

なんとなく、視線を横へ逸らしてみる。視界いっぱいに広がるユウの着ていたワンピース。というか枕が妙にあったかいんだが? あとなんかいい匂いがするんだが? だんだん状況が見えてきたんだが?

 

これはそう、俗にいうHIZA-MAKURAというやつではなかろうか。

 

周囲を見回す。祭りの喧騒は遥か後方。どうやらベンチなどが置いてある休憩スペース的な場所らしい。というか俺達が今いる場所こそがまさにベンチだ。

 

「…………………………………………」

 

熟考することしばし。俺は完全に現状を把握した。

 

「ごごごごっごごめん! すぐどく!」

 

叫びながら、俺は半身を電光石火と呼んでも差し支えないとまでは言えないまでもとにかく出しうる全速力で起こした。

 

「っていった⁉」

 

その拍子に首筋に走る激痛。一体何があったんだ?

 

俺が首筋を抑えていると、ユウの手がやんわりと俺の身体に添えられた。そのままそっと再び俺を寝かせるユウ。柔らかいユウの太ももの感触がわっしょいわっしょい。

 

「駄目だよ、安静にしてなきゃ」

 

そう言ってやわらかく微笑むユウ。

 

「なぁ、俺はなんで寝てたんだ?」

 

俺の問いに、ユウはやや思案顔になり、やがて饒舌に説明しだした。

 

「一夏くんはね、転んじゃったんだよ。誰かが捨てたバナナの皮でね。その時にどうも打ちどころが悪かったらしくてそのまま意識を失ったみたいだったから、ここまで運んで寝かせてたってわけ。ホントだよ?」

 

「な、なるほど」

 

よくわからんがそうらしい。きっと嘘ではない。そうに違いない。

 

その時、どこからか間の抜けた音がしたかと思うと、今度は心臓に響く大きな音と共に夜空が明るく照らされた。

 

「花火……」

 

どちらともなく小さく呟く。俺達の視線は、遠く空へと伸びていた。

 

1発、2発と、大輪が咲き誇る度に、俺達の姿が暗闇から切り取られる。

 

「なぁ、ユウ」

 

なんとなく、特に意識したわけでもなく、口から言葉が零れ落ちる。

 

「来年も、再来年も、また、一緒に見られるといいな」

 

すぐ近くにユウの温度を感じながら、力を抜き、身を委ねる。

 

生温い風が吹いた。撫でられた俺の髪が軽く目にかかる。ユウは繊細な手つきで、乱れた俺の髪を梳いていく。誰かに手櫛で髪を梳かれるという、慣れない事に妙なくすぐったさを感じながら、ちらりとユウを見た。

 

ユウはその瞳に優しげな色を湛えていた。その表情に、思わず見入ってしまう。

 

「うん、そうだね」

 

そう口にしたユウの表情は、花火なんて霞んでしまうほど、綺麗な笑顔だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

§

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2 短編『ある晴れた日のこと、魔法以上の愉快が降り注いじゃって俺にはもうどうすることもできない』

 

【※皆さんの一夏のイメージを木端微塵に吹き飛ばします。ご注意ください。あとこの話は中学1年生の春頃だと思ってください。とにかく幼い一夏を想像してください。】

 

 

俺、織斑一夏はとある飲食店でバイトをしている。年齢? そんなものは誤魔化した。特別発育が良いというわけではない俺でも誤魔化せてしまうあたり、これからの日本が心配になる。なんて、ちょっと大人ぶった心配をしてみる。

 

「よっ、おつかれ!」

 

帰り支度をしていると、不意に背後から軽い調子で声がかかる。

 

「あっ、お疲れ様です。先輩」

 

振り返ると、そこにいたのはバイト先の先輩だった。そういえばシフト被ってたな……。

 

シフト表を思い出しつつ、茶色に染められ、整髪料でくちゃくちゃしている見るからにチャラそうな先輩の髪を見ながら次の言葉を待つ。呼び止めたからには何かしら用事があるのだろう。

 

先輩は薄っぺらい笑みを浮かべ、くちゃくちゃな茶髪をくるくると指で弄んだ。

 

「いやぁ、実はちょっと聞きたいことがあるんだけどぉ、一夏くんさぁ、中学生だよね」

 

……Oh,really?

 

バレてました。疑問形じゃないあたり、とっくの昔にバレてたのだろう。

 

ふぅ、やれやれ。俺の土下座の出番ってわけかい。

 

とりあえず他言しないようにお願いするべく、俺は土下座のモーションに入った。

 

DOGEZA────それは日本に古来より伝わr「あー、いや、別に誰かに言いふらそうっつぅわけじゃねぇんだわ」

 

あ、マジすか。

 

「……まぁたしかに俺は中学生ですけど、それがどうかしたんですか?」

 

もはや開き直りである。言いふらされないんだろ? もうなにも怖くない。

 

先輩の薄っぺらい笑顔をじとっと見つめていると、なにやら「声も低いわけじゃないし、体格もどっちかっていうと細め……うん、いけるな」などとぶつぶつ呟いている。なんだこいつ、ホモか。

 

ホモ先輩はケータイを見つめ、何やら確認すると、そこでようやく口を開いた。

 

「一夏くんさぁ、ちょっと俺の知り合いの店にヘルプで入ってくれない? 今度の土曜、1回だけでいいからさぁ」

 

……うん? それだけ?

 

俺はやや拍子抜けしつつも、まぁその程度なら、と、とりあえず頷いておいた。

 

「それくらいなら全然大丈夫ですけど……。そのお店ってなんのお店なんですか?」

 

「あぁ、それは────────」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

バイト先からの帰路。

 

煌々と光を放つ街灯とは裏腹に、細々とした光で控えめに自己主張する星空の下。俺は今日言われたことを思い出しながらのんびりと歩いていた。

 

「はぁ……ちょっとめんどくさいことになったなぁ」

 

思い出していたのは、当然先輩から頼まれたヘルプの件だ。なんだかんだ引き受けることにはなったのだが……。

 

「ま、うだうだ言ってても仕方ないな」

 

少しして、ようやく我が家が見えてきた。だが、いつもと様子が違う。俺は自分の家を見て、何か違和感を覚えていた。といっても、その違和感の正体に気づくのにそう時間はかからなかった。

 

「……あ、明り」

 

そう、家の中から明りが漏れていたのだ。普段俺が家に帰るころには誰も居ない。まぁ、だからこそバイトをしていてもバレないという利点があるのも確かだ。

 

「帰ってきてるのか。連絡くらい寄こしてくれればいいのに」

 

あまり中にいる人物を待たせるのも悪いと思い、俺は目の前の扉を開けた。

 

「ただいま」

 

ガチャっという妙な重さを感じさせる音と共に玄関へ足を踏み入れる。直後、何やら刺激的で不思議な香りが鼻孔を殴打した。……何だろう、もしかして気のせいかな。

 

「一夏か、遅かったな」

 

リビングの方から、ドア越しにくぐもった声が聞こえる。ああ、この声は間違いない。

 

俺は一抹の嬉しさと、『やっべこの時間に帰った言い訳どーすっかな、バイトについてもバレるとまずいなー』という僅かな不安を抱えながらリビングへと入った。

 

「やっぱり千冬姉か。珍しいな、帰ってきてるなんて」

 

「まぁ、今日は珍しく暇を貰えたからな。とはいえ、明日はまた朝から出かけることになっているが」

 

織斑千冬。俺の姉であり、世界一のIS操縦者でもある。今の職業は知らない。もしかして無職? いや、ないか。

 

千冬姉は仕事が早く終わって嬉しいのか、いつもより機嫌が良さそうだ。

 

「さて、こんな時間まで何をしていたと聞きたいところだが、これは私の監督不行き届きでもある。それに時間も頃合いだ。まずは食事にしよう」

 

ほらきた! 勝った! 俺の読みに間違いはなかった!……って食事?

 

「えっ、食事って……まさか千冬姉が作ったのか⁉」

 

俺は叫びにも近い声を上げていた。

 

あの千冬姉が、料理? その辺の脳筋よりもよっぽど脳筋な千冬姉が、料理?

 

今思えば、料理は基本俺の担当だったし、千冬姉が料理を作ったことなど一度も無かった。一体どんな料理が出てくるんだ……!

 

やがて、千冬姉がキッチンから姿を現す。瞬間、玄関で感じた匂いがひときわ強くその存在を主張し始める。まるでリビングが瘴気で覆われたかのように、目を開けているのも辛くなる。辛うじて目を凝らすと、こちらへゆっくりと歩いてくる千冬姉の手には、大皿に乗った、玉虫色をした蠢く未確認物体が堂々と居座っていた。

 

「ふむ、調理してもなお動き続けるとは、今回は奮発して新鮮な食材を買ってみただけのことはある。何せ『産地直送』と書いてあったからな」

 

違う! それ違う! 読み方一緒だけどそれ多分違う! SAN値の間違いじゃないかな!

 

「今思えば、料理など中学の調理実習以来か。美味くできたかどうかは分からないが……いつも一夏には家のことを任せっきりだからな。たまには、その……」

 

クソがッ! そんなこと言われたら男として食べないわけにはいかねぇだろ……!

 

俺は意を決して、改めて千冬姉の作ったソレと対峙する。ぐっと目を開き、まずは敵状視察から始める。

 

「ところで千冬姉、味見はした?」

 

そう、これね。これ重要。だいたい世のメシマズキャラってのは味見してない連中が多すぎる。そして被害にあうのは大体男なんだ。まったくこれだから味見の重要性が分からないやつは「したぞ」

 

「うーん、そっか。ところで千冬姉、味見はした?」

 

「おい」

 

そう、これね。これ重要。だいたい世のメシマズキャラってのは味見してない連中が「だからしたと言っているだろう」

 

うそやん! 絶対うそやん! っていうかこんなん喰ってその口が無事なわけねーだろ! ふざけんな!

 

と、ここでふと考える。

 

ちょっと待て。味見はしたと。そして千冬姉は生きてると。つまりこれって、見た目はゲテいけど味は美味いフラグじゃね?

 

改めて、物体Xを観察する。

 

んー、しかし味を確かめながら調理をして、果たしてこの見た目に辿り着くのか……?

 

念のため臭いを少し嗅いでみる。

 

くんくん、ふむふむ、なるほどなるほど。

 

「これが料理? ハハッワロス

 

と、飛び出しかけた言葉をぐっと飲み込む。

 

俺は黙っておくことにした。言わぬが花、というやつだろう。見え見えどころか『ここですよ!』と叫んでいるかのような地雷にルパンダイブをかますほど、俺はバカではないのだ」

 

「さて、全て口から出ているわけだが? ものの見事に華麗なルパンダイブをかましたわけだが?」

 

「いやぁ、これはやってしまいましたね一夏選手。なんとか無かったことにはならないのでしょうか。解説の千冬さん?」

 

「無理でしょうね」

 

数分後、バツとして千冬姉の作った料理(などと決して呼びたくはないがこれ以上余計なことを言うと俺が物理的に産地直送されるのでこれは料理)を全て食べさせられてお花畑へフライアウェイすることとなる。

 

結論:世界王者は腕っ節だけではなく味覚もいろんな意味ですごい。あと理不尽。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【土曜日】

 

 

予定より少し早い時間。俺は先輩に指定された店の前に辿り着いた。

 

レンガ作りっぽい壁などの西洋チックな外観、本日の日替わりメニューなどが書いてある、入り口付近に置いてある小さい黒板的な何か。

 

いたって普通の喫茶店だが、それでもどこかアングラっぽい雰囲気を醸し出していた。いや、初めて来た所だから俺が勝手に感じているだけかもしれない。

 

「よし、入るか」

 

俺は意を決して、一歩踏み出し、扉に手をかける。気のせいか、その扉はやたらと重く感じられた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「「「おかえりなさいませ! ご主人様☆」」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

くぅ~やられましたwこれは脅迫です。実は、年齢詐称したらそれがばれたのが始まりでした。本当は今日来たくなど無かったのですが←

 

はい、というわけでね、やってきましたメイド喫茶。

 

そう、何を隠そう今日の俺の職場である。

 

途中で気づけば良かったのだが、頷いてしまったが最後、断れば年齢詐称バラすよってね。もうね、ホント何なんだよ……。

 

現状を嘆くのもそこそこに、俺はきょろきょろと周囲を見渡した。とりあえず責任者的な人に話を聞かねばどうにもならない。

 

しかし店内を見れば見るほど自分がひどく場違いに思えて、一層居心地が悪くなる。なんか知らんけど料理をあーんしていたり、なんか知らんけどおいしくなるおまじないをキンキンした声で言っていたり、なんか知らんけどオムライスにケチャップでお絵かきしていたり、なんか知らんけど本当に俺がこの店にいていいのか?

 

「……帰ろうかな」

 

ぼそっと、そう呟いたその時。

 

「おや? もしかして君が一夏くんかい?」

 

そう言いながら店の奥から出てきたのは、浅黒く焼かれた肌に、張り詰めた筋肉、短くつんつんとした黒髪という、絵に描いたようなスポーツマンといった風貌の男性だった。1つ特異な点を挙げるとすれば、フリフリしたメイド服を着ている点だろう。筋肉に押し上げられたメイド服が張り裂けそうだ。パッツンパッツンだ。

 

「それじゃあ、ちょっと奥まで来てくれ。君の仕事について説明するから」

 

ニカっと笑いながら、筋肉メイドは店の奥を親指で指し示す。俺は一抹どころか今世紀最大の不安を覚えながらも、こくこくと頷き、ホイホイとついていってしまったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

インフィニットストラトスの登場により、女尊男卑の傾向が強まる昨今。メイド喫茶というビジネスの需要拡大は留まるところを知らず、まさに黄金期と言っても過言ではない。一見すると、現代の女尊男卑社会の中で、このような事業が成功するとは考え難い。当然今の女性にとって男をたてて云々などという考えは有り得ないし、このての店に通う男を軽蔑する女性だって数多くいる。しかし現にこうして、メイド喫茶ビジネスが成功しているのにはちゃんとした理由がある。

 

職場や家庭をはじめ、交通機関や公共の場でも女性の発言力は増している。といっても、大半の女性は心の中で無意識的(ナチュラル)に見下す程度で、実際に男性に対して目に見えて横柄な態度をとったりするのは凡そ3~4割といったところ。

 

ではなぜ『女尊男卑の社会』とまで言われるほどになったのか。それは、その『3~4割』に中てられた世の男達が次第に卑屈になっていったからだ。特にIS世界大会の初代世界王者が日本から出たと知れたときの彼女らの狂喜乱舞っぷりはニュースにも取り上げられたほどで、まるで優勝が自分たちの手柄であるかのように騒ぎ立て、最終的には「やはり今の世界の主役は女性で今後の日本社会は女性が中心となって云々」とかいう『女性地位向上デモ』にまで発展した。

 

ちなみにこのデモ、件の世界王者による「別にお前らがISに乗れるってわけじゃねーのに偉そうなこと言ってんじゃねぇカス共(要約)」という演説によって一瞬で鎮火。傍から見ればこのデモの参加者は、世界王者の功績にたかるハイエナ、虎の威を借る狐状態の醜い性根を全国に見せつけただけに終わった。しかしその後もこびりついた思想は拭いきれず、なりを潜めてはいるが未だステレオタイプな女性至上主義者は後を絶たない。

 

ただまぁ、他人のふり見てわがふり直せとはよく言ったもので、このデモの経緯を見て多くの女性はドン引き。ああはなるまいと、結果として男性をむやみやたらに貶める女性は少数派に落ち着いたものの、その時には既に多くの男性達のプライドはズタズタにされていた。中には女性不信、女性恐怖症に陥ったケースもあったという。

 

そんな状況で一際注目を集めたのは、他ならぬこの『メイド喫茶』だった。家では妻に遠慮し、職場では女性の同僚や上司に怯え、いびられ、心身ともに卑屈になり疲弊した男性達にとって、『女の子が首を垂れ、奉仕する』というサービスの存在は、まさしく青天の霹靂だった。

 

こうして全国規模の需要を獲得し、今や莫大な富が動く巨大な市場と化したのだった。

 

 

 

「それで、俺は何をしたらいいんですか?」

 

事務室のような部屋の中。簡素なデスクやパソコンなど、店内とは打って変わって無駄のない内装に囲まれながら、俺と店長(?)は向かい合っていた。

 

まぁわざわざ訊ねておいて何だが、俺の業務内容についてはある程度察しがついている。ここはメイド喫茶だ。従業員はほぼ女性。しかしそれでは男手が必要な作業ではどうしても人材が不足する。恐らく今日はその貴重な男性従業員が休んでしまったのか、あるいは辞めてしまったため、俺がこうして手伝いとして入っているのだろう。

 

つまり、何かしらの力仕事、あるいは食器洗いなどの雑務が俺の今日の仕事だ。

 

「とりあえず一夏くん、君には今日これから夕方まで入ってもらう。休憩のタイミングやその他詳細はそこのシフト表を見てくれ」

 

そう言って店長(?)は壁にかかったシフト表を指さした。そして先程のようにニカっと眩しい笑顔を浮かべ、今度は自分自身の上半身へと、太くごつごつとした親指を向けた。

 

 

 

 

 

 

「というわけで、一夏くんにもこいつを着てもらおうか」

 

 

 

 

 

 

「ちょっと何言ってるかわかんないです」

 

「ハハッ、もしかして最近流行りの難聴系男子かい? そんなことばっかりやってると女の子に怒られちゃうぞ?」

 

「そういう忠告いらないです。っていうかそうじゃなくて」

 

「あっ、もしかして照れてるのかい? そいつぁいけないな。男は度胸。Don't be shy.」

 

「うるせえよ」

 

なんかすっげぇいい笑顔でDon't be shyとか言われたんだけど。ちょっとイラッと来るんだけど。

 

「というかちょっと待ってください。そもそも俺男なんですよ?」

 

店長(?)は「ふむ……」とあごに手をやり、何やら考え始める。やがて、何かしらの結論に至ったのか、真剣味を帯びた目で俺を見据えた。

 

「だが、俺も男だ」

 

「知ってるよ。だから困惑しまくった挙句今回はあえてノータッチでいこうっていう結論に達したんだよ」

 

しかしこの男、良い目をしているな……いや、あんまりそういう目で見られても困るんですけど。マジで。っていうかそんなキラキラに満ち溢れた目で俺を見るな。

 

俺が本気で帰ろうかと考えていると、店長は指を3つ、ピシッと上に向けた。

 

「ちなみに時給は3割増なんだが?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お帰りなさいませ! ご主人様☆」※一夏です

 

まぁ釣られたよね。ものの見事に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【同日・16:00】

 

(だいぶ客足も落ち着いてきたな……)

 

カツラ(エクステとかいうらしい)を被り化粧を施し「はい、あーん♪」とか、「おいしくなぁれ☆」とか言ってるうちに、ようやくピークを過ぎたころ。徐々に仕事にも慣れ始め、精神的にも余裕が出てきたためか、俺はある程度自分の状況を冷静に考え始めていた。

 

(もしかしなくても、この状況で知り合いと会うと非常にまずい……!)

 

フリルのスカートをつまみながら、ふと考える。知り合い(♂)が、メイド服を着て、おかえりなさいませ☆、である。

 

万が一家族や友人に見られようものならば秒速340mで豆腐の角にぶつかりに行くことも辞さないレベルである。

 

だがまぁ、単純に考えてその可能性は限りなく低いと言える。

 

まず家族。

 

俺の家族は千冬姉ただ1人。そして今日、千冬姉は朝から家にいなかった。恐らく仕事だろう。何の仕事かは知らないけど。というかあの人がこういう系統の店に来るとは思えない。よって遭遇確率はほぼゼロ。

 

次に友人。

 

忘れてはならないのが、俺がまだ中学生だということ。俺の同級生や学校関係の知り合いがこの手の店に来るわけがない。余程の変態じゃない限り、中学生からメイド喫茶に客として来ることなどそうそうない、はず。

 

まぁあとはバイト関連の知り合いが来るかもしれないが、それに関しては既に先輩を通して何人かは(俺の年齢以外についての)粗方の事情を知っている。恥ずかしいことには変わりはないが、変に誤解されて妙な噂になったりするよりはマシだ。

 

というわけで、誰かに見られるという点に関してはあまり心配は要らない、はず。

 

しかしなぜか、俺の胸中には正体不明の不安が渦巻いていた。

 

(……いやいや、大丈夫。大丈夫なはず。とりあえず今は仕事に集中しよう)

 

ピークは過ぎたとは言え、疎らではあるがチラホラと客の姿が見える。今はぐだぐだ悩むべき時間ではない。金を貰う以上はきちんと働かなければ。思考を切り替える俺の耳に、高いベルの音が響く。入り口のドアが開いた、つまり客が来たのだ。

 

俺は入り口付近へ移動し、さっと頭を下げた。

 

「おかえりなさいませ、ごしゅ、じん……さ……」

 

顔を上げると同時に、俺は自身の声が尻すぼみになっていくのが分かった。

 

(うそやん……?)

 

真っ先に視界に飛び込んできたのは、長めの赤い髪と黒いヘアバンド。もうここまで言えば分かるだろう。しかし俺は目の前の現実を認めなくなかったのか、頭の上からつま先までマジマジとその男を観察してしまった。おお、なんだか見続けているうちに別人のような気がしてきたぞ? 別人じゃね? 別人だわこれ。

 

俺の熱い視線に気づいたのか、目の前の客はニヒルな笑いを浮かべた。

 

「ふっ、見惚れているのかい? まぁ、俺のあまりの美しさには仕方のないことだ。俺の美しさはまさしく神が与えし大罪」

 

あっ、これは無理。一気に現実に引き戻されたわ。逃避しきれねぇわ。

 

この男は紛うこと無き俺の友人。五反田弾であった。

 

(そうだった。こいつは『余程の変態』だった)

 

俺は自身の想定の甘さを反省しつつ、必死に営業スマイルを作る。とにかく今はバレる前にこいつをやり過ごそう。

 

「それではこちらへ──」

 

今日何度も口にした定型句と共に、弾を座席へと連れていく。

 

何事もなく弾を座らせ、俺の正体がばれる前に他のスタッフに押し付けようとした、その時だった。

 

「そういえば、一夏たんはいつからここで働いてるんだ? 今日初めて見たんだが」

 

アッカアアアアアアアアアアン! バレとるがな! 名前バレとるがな!

 

一瞬にして俺の脳内から冷静の2文字がフライアウェイする。やばいよやばいよ~マジやばいよ~。

 

というかそもそもなぜバレた?

 

「えっと、なんで、名前……」

 

そう思った直後、気づいたら口に出していた。対する弾は、徐に俺の胸元へ手を伸ばす。え、ちょ、こいついきなり何を……っ!?

 

思わず胸元を手でかばうような仕草をする俺に、弾は何でもないように言い放った。

 

「ネームプレートに書いてあるだろ」

 

弾は俺の胸元についたネームプレートを指していた。

 

(……うあああああああああああああ! なにこれすっげぇ恥ずかしいいいいいいいいいいいい!)

 

「それにしても奇遇だな一夏たん。実は俺のマブダチの真名も一夏っていうんだぜ」

 

何やら昭和と邪気眼が共存するおかしな言い回しをしていたりナチュラルにたん付けされたりしていた気がするが、あまりの恥ずかしさにまったく頭に入ってこなかった。

 

え、なに、ちょっと待って何今の勘違い俺何やってんの何胸触られんの避けようとしてんのヤバい今のは恥ずかしすぎるマジ消え去りたいんですけど。

 

顔が熱い。耳まで羞恥に染まったのが自分でもよく分かる。

 

よし、落ち着こう。そうだ、俺は今、メイドなのだ。女性という設定なのだ。ならば女性的な仕草をしたとしても何ら不思議ではない。そうだ、ちょっと役に入り込みすぎたな。まあプロフェッショナルたるもの常に手を抜かないもんだ。

 

徐々に冷静さを取り戻す俺の脳。とりあえず正体がバレたというわけではなさそうだということは分かった。一方で、俺の目の前の男は何やら「ふむふむ、なるほど、これがフラグか……」などと呟いている。

 

……? 俺がトリップしている間に何があった?

 

何が何やら分からないまま、弾はきりっと俺を見つめ、ぱちんと指を鳴らし、その指を真っ直ぐ俺へと向けた。

 

子猫ちゃん(キャッツ)、さては俺に惚れたな?」

 

「は?」

 

反射的に口をついて出た。接客としてはアウトだが、我ながらこの場に最も即したリアクションだったと思う。というか何言ってんだコイツ。

 

「皆まで言わなくても、俺には分かるぜ子猫ちゃん(キャッツ)。朱く染まったその頬が全てをものがつ……物語っているぜ?」

 

ふっ、と、何やら少女漫画チックな笑みを浮かべる弾。キャッツって何。というか噛んでんじゃねえよ。

 

しっかしどうしてくれようかこの男。とりあえずさっきの妄言は断固として否定しておかねば。

 

「あー、いや、これは惚れたとかそういうんじゃな「照れるな照れるな。俺に惹かれるのは仕方のないことだ。なにせ俺だからな。だから隠さなくたっていいんだぜ?」

 

おおっとこれは予想外。否認すらさせてもらえないとは。

 

(……なんかもうめんどくさくなってきたな。さっさと注文聞いて適当にリリースしよう)

 

そう考えた俺が行動に移す間もなく、

 

「───ハッ、まさか!」

 

目の前の男は何かに気付いたらしく、カッと目を見開いた。もしや勘違いに気づいたか?

 

しかし俺のそんな期待はあっけなく吹き飛ばされる。

 

「そうか、俺と一夏たんは主人とメイド。すなわち決して結ばれてはならない禁断の恋……! だから一夏たんはあの時……」

 

おい、俺がなんか伏線を張ってたみたいな言い方やめろ。俺が何したってんだ。あの時っていつだよ。

 

弾の脳内シナリオに完全に置いてきぼりな俺。弾はそんな俺を気に留めず「オウ、ジーザス! 神は俺に試練を与えたもうた……」などと呟きながらポーズを決めている。

 

そして続けざまに俺の方へ向き直り、ぎゅっと俺の肩を両手で掴んだ。

 

「だが安心してくれ一夏たん。たとえ神が俺達を引き裂こうとも、俺は君を離さない」

 

いや離せ。まずは俺の肩から手を離せ。

 

俺の願いが届いたのかどうかは知らないが、弾は俺の返事を待たずに席を立つと、「マスター! 頼みがある!」と叫びながら店の奥へと消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「というわけで、俺もメイドになるぜ!」

 

そう言って朗らかに笑う弾は、なぜかメイド服を着ていた。後ろの方で店長がとてもいい笑顔でサムズアップしている。駄目だ、理解が追い付かん。

 

「あの、それは一体……」

 

なんとか営業スマイルを作り、訊ねる。しかしもはや表情筋は限界を迎えており、引きつった笑みになっているのが分かる。俺の弱弱しい問いに対し、弾はこれでもかと言うほどのドヤ顔を浮かべた。

 

「ふっ、身分の差が俺達の間に立ちふさがるというのなら、そのふざけた幻想をぶち殺せばいいのさ。しかしさすがは俺様。まさかメイド服すらも完璧に着こなしてしまうとは。我ながら末恐ろしいぜ……」

 

「は、はぁ……」

 

末とかじゃなくて現在進行形で俺はお前が恐ろしい。ちなみに弾は化粧等の細工を一切施しておらず、店長同様男臭さ全開である。

 

「さあ! これで問題は無くなった! 一夏たん、俺と共にいざ無限の彼方へ──」

 

弾が叫び、飛び込んでおいで!とでも言わんばかりにその両腕を広げた、その時だった。

 

 

 

 

「おい、そこの貴様」

 

 

 

 

凛々しさと鋭さを兼ね備えたような声と共に、ガシッと、弾の頭が鷲掴みにされる。突如として現れた介入者に一瞬驚いた表情を見せる弾だったが、すぐさまいつもの調子を取り戻し────

 

「おいおい、俺と一夏たんの恋路を邪魔するものはたとえ神であろうと容赦しなっ────」

 

────そのまま姿が掻き消えた。そして刹那の後に響く「ぎっぷりゅ!」とかいう気色悪い悲鳴と轟く破壊音。少し離れたところにある壁に、大穴がぽっかりとその口を開けていた。少し傾きかけた日の光が眩しいぜ。

 

(──ああ、ぶん投げられたのか)

 

恐らく弾の頭を掴んだまま投げ飛ばしたのだろう。そこまで理解するのに数秒かかった。というかこんな芸当できるなんてただもんじゃねぇ。

 

一体だれがこんなことをしたのかと、視線を先程まで弾がいたところへ向ける。そこに居たのは、本日2度目の『想定外』だった。

 

「ふん、私の一夏に手を出そうなど、それこそたとえ神であろうと容赦できんな」

 

弾が飛んだと思われる方向を睨み付け、呟く黒髪の女性。

 

「おいいちk……こほん、そこのメイド。怪我は無いか?」

 

「……千冬姉?」

 

そう、我が実の姉、織斑千冬である。その武人のような佇まいは見間違いようもない。

 

しかし当の千冬姉は柔らかい笑みを浮かべ、ゆっくりと首を振った。

 

「ふっ、なんのことだ? 今の私はただの客だ」

 

(……! まさか千冬姉、俺のために気付かないふりをしてくれているのか! でもそんなことされても恥ずかしいもんは恥ずかしいぜ!)

 

姉の気遣いに嬉しさと恥ずかしさを覚える俺。というかそもそもなんで千冬姉がこんなところに……。

 

なんて思ったその時だった。

 

 

 

 

 

ガシッ!!!!

 

 

 

 

 

……おや?

 

何かと思えば、千冬姉の手が俺の腰に回されているというか、最早がっちり掴んでいるではないか。

 

「さて、ここはメイド喫茶で、貴様はメイドだろう? ならばとことんご奉仕してもらおうじゃないか」

 

そう言って鼻息を荒げる千冬お姉さま。おっとこれは? もしやピンチ? というかこの店に来たのはまさかこのため? っていうか店長助けろ! なんで何もしねえんだよ!

 

疑問が浮上する。その瞬間、連鎖的に次々と俺の脳内を不審点が埋め尽くす。

 

(ちょっと待て! そもそも千冬姉は()()()()()()()()()!?)

 

この店のドアにはベルが取り付けられており、客が入店した時にはすぐに分かるようになっている。しかし先程千冬姉が現れた時にはベルが鳴った様子は無かった。俺が動揺して気付かなかっただけという可能性もあるが……。

 

(いや、気付かれずに入ったのではなく、初めから店にいたとしたら……!)

 

予め店内にいれば今挙げた疑問はクリアできる。また先程のように狙いすましたかのようなタイミングでの登場も可能だ。

 

(だが、それだと俺が気付かないはずがない! 仮に変装してその辺の客に紛れていたとしても、そもそも女性客なんて他にいないし何より千冬姉ほどの存在感を見逃すはずは……)

 

と、そこで自身の思考の違和感に気づく。

 

(『客』? ちょっと待て。なぜ客として入ったことを前提に考える? 俺の姿を見ることができて、尚且つ初めから店内にいたとなれば、もう一つ可能性があるじゃねぇか)

 

そう、それは店の奥。裏方。スタッフ用のスペース。その中でも……

 

(監視室! 千冬姉はずっとそこに居たんだ!)

 

そしてそれはもう一つの可能性を示唆していて──

 

(謀ったな店長ォォォォォォッ!)

 

──そう、この説は店内部、それもある程度の権限を持った人間の協力が必要不可欠。要は嵌められたのだ。

 

先程まで店長がいたところへ視線を向ける。なんか「てへぺろ(。・ ω<)ゞ」ってツラしてやがる。ちくしょう。

 

このことが意味するところは一つ。それは、この場での誰かからの助けは期待できないということ。絶体絶命である。

 

(くっ……なんとかして千冬姉を言いくるめるしかない!)

 

俺はなるべく千冬姉を刺激しないよう、慎重に説得を試みる。

 

「いや、えっと、この店はそういう店じゃないっていうか……」

 

「ほう? ご主人様の命令が聞けないのか。いけないメイドだ」

 

言うや否や、ぐいっ、と強引に俺を抱き寄せる。そしてそのまま俺の耳元へ顔を近づけ、囁いた。

 

「これはお仕置きが必要だな」

 

「ひっ! ちょっ、どこ触って……! っていうか俺達姉弟なんd」

 

「姉弟? 何を言っているのか分からんなぁ。私の家族にメイド喫茶で働く者はいない。つまり私たちは姉弟じゃない。姉弟じゃないから大丈夫。そう大丈夫なんだ。何も後ろめたいことはない。はぁはぁはぁはぁ……」

 

「ま、待って千冬姉ぇんっ……あっ……!」

 

「でゅふふ、そんな嬉しそうな声で鳴くとはな。まったくはしたないメイドだ。じゅるり」

 

「ひゃっ! やっ、ぁん……そ、そこは、だめぇ……」

 

 

 

 

 

【同時刻・店の外】

 

「もしもし警察ですか? なんかメイドが痴女に襲われてるんですけど」

 

 

 

 

 

その日、俺の唯一の家族が逮捕された。

 

余談だが、通報したのは、死んだ目で血涙を流しながら修羅の如く千冬姉を睨みつけていたツインテールで下田声の女の子だったそうだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

§

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

3 IF-もしも中身が別ならば- 略してもしらば

 

【キャラクター設定】

・なんかなよっとしてる

・声が超かわいい

・小動物系

・守りたい

・すぐ泣く

 

 

 

Take1 「D.C.~どこだよ・ここ~」

 

 

ふわっとした風に、桜の花びらと共に長く伸ばした髪が舞う。春の香りに包まれながら、僕はこれからの学校生活へと思いを馳せた。

 

今日は中学の入学式。経験するのはこれで2度目だ。といっても、この体に生まれてからは初めてなんだけどね。

 

単刀直入に言うと、僕は転生した。記憶と人格を持って。まぁ前世では男だったのに生まれ変わったら女の子になってたり、あいえす? なんていうすごい兵器があったりして、僕が前世で培ってきた経験の半分ほどは無意味なものになっちゃったけど。

 

「えーっと、体育館はどっちかな……」

 

案内用に事前配布されたプリントに描かれた地図を頼りに歩く。うーん、それにしても分かりづらいなぁ、この地図。

 

ちなみに僕の両親は諸事情でちょっと遅れてくる。なので、僕は今1人で校舎内をうろついている。どうしよう、すっごく心細い。なんとかなるでしょ! なんて言って考えなしに乗り込むんじゃなかった……。

 

小学校からの友達も同じ中学に何人かは来ているはずだけど、どうやらこの辺にはいないみたいだ。まぁ僕が率先してみんなから離れたっていう見方もできるんだけどね。

 

「うぅ……これは本格的に迷子っぽい……」

 

まさか学校で迷子になるとは。半べそ気味に呟いた、その時だった。

 

「おーい!」

 

不意に廊下に響き渡る声。声の主と思われる男子生徒は、真新しい上履きをきゅっきゅと鳴らしながらこちらへ駆けてくる。おお! 人だ! やった、これで助かった!

 

「こんなところで何してんだ? もうすぐ入学式が始まるぞ?」

 

短めの黒髪に、幼さが残るものの整ったきれいな顔立ちをしている男子生徒は、こちらへ来るや否や僕のことを訝しげに見つめる。まぁそりゃあさっきまでの僕はあからさまに挙動不審だったから仕方ないけどね。

 

「えっと、実は体育館がどこなのか分からなくて……って、そういう君はどうしてここに?」

 

僕の問いに対し、男子生徒は廊下の奥を指さした。

 

「ちょっとトイレに行ってただけだ。それにしてもお前迷子だったのか。案内用プリントを見てそれってなると、もしかしなくても相当方向音痴なんだな」

 

そう言ってからから笑う彼。うぅ、改めて言われるとちょっと恥ずかしい。かあっと、頬に熱が宿る。っていうか普通の人はあのプリントで分かるもんなの? 分かるんだろうなぁ。もしかして僕って地図も読めないバカなの? バカなんだろうなぁ。

 

軽い羞恥と自己嫌悪に陥る僕を見て、彼は何を思ったのか、少しばつの悪そうな笑みを浮かべた。

 

「あー、ごめんごめん。ほら、そんな泣きそうな顔すんなよ」

 

そう言って彼は僕の頭をぽんぽんと撫でる。

 

「こ、こども扱いしないでよ! っていうか泣いてないよっ!」

 

ううっ、僕の方がホントは年上なのに……っていうか年下に頭を撫でられることがこんなに恥ずかしいなんて……。

 

顔を真っ赤にした僕の抗議に、飄々とした態度で笑う彼。彼は笑顔のまま、先程彼が来た方向を指さした。

 

「よし、道がわかんねぇなら一緒に行こうぜ? あんまり時間もないし」

 

「あ、うん。えっと……」

 

と、ここまで来て言葉が詰まったことに、あることを思い出す。そうだ、そういえばまだ……。

 

彼も同じことに気付いたのか、「そういえば……」と前置きして、

 

「まだ自己紹介もしてなかったな」

 

そう言って僕の目を真っ直ぐと見据え、すっと手を差し伸べた。

 

「俺は織斑一夏。気軽に一夏って呼んでくれ。これからよろしく」

 

おりむら? どこかで聞いたような……。

 

何か引っかかりを覚えながら、差し出された手をそっと握り返す。思ったよりもごつごつとした感触に、『きれいな顔してるけどやっぱり男の子なんだなぁ』などと意味の分からない感慨に浸りつつ、自信が女であることを改めて認識させられる。

 

「私は八神優。よろしくね、一夏くん」

 

そして僕の言葉が終わるや否や、一夏くんは僕の手を強く握り直した。……うん?

 

きょとんとする僕に、彼は笑顔で告げた。

 

「よしユウ、走るぞ!」

 

「え、ちょ────」

 

「もうあんまり時間が無いんだ! 急ぐぞ!」

 

そう叫ぶように言い放ち、僕の手を握ったまま走り出した。

 

 

 

これが彼──織斑一夏との出会いだった。

 

この出会いが後々、彼を中心とした世界的大事件に僕を巻き込むことになるだなんて予想できるわけないじゃん……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Take2 「空へ飛び立つ男女(おとめ)の作法」

 

 

物心がついたとき、僕が見つめていたのは姉の背中だった。

 

両親は居ない。他には双子の妹が1人。初めは、それが僕の世界のすべてだった。

 

時間を経るに連れ、僕たち家族の面倒を見てくれていた篠ノ之のおじさんやおばさん、その娘さんの箒ちゃん、箒ちゃんのお姉さんで、姉の親友でもある束さん、と、少しずつ世界は広がっていった。

 

 

 

妹は病弱だった。何度も病院へ通う妹を見て、幼心に、僕が守ってあげないと、なんて思ったのを覚えてる。

 

真逆とも言えるほど、姉は強かった。僕の姉は誰よりも強かった。いつしか僕は、姉のようになりたいと、強い憧憬を抱いた。

 

姉のように強くなって、僕が妹を守るんだと、まるでそれが、自分に課せられた使命であるかのように信じて疑わなかった。

 

 

 

ある日のこと、僕は姉がおじさんから剣術を教わっていることを知った。そして次の瞬間には、僕も習わないと、なんて思っていた。まるでそれが当然のことであるかのように。

 

しかしそのことを姉に告げると、姉は渋い顔をした。どうやら僕が軽い気持ちで剣を握ろうとしていると思われているようだった。

 

それは違う。僕は千冬姉のようになりたいんだ。僕が強くなって、円夏(まどか)を守らなくちゃいけないんだ。

 

僕は僕の思いを、まるで何かに強迫されたかのように、必死になって伝えた。

 

先に折れたのはおじさんだった。

 

「まぁまぁ千冬ちゃん、一夏くんもこう言ってるんだ。ちょうど箒の練習相手も欲しかったところだし、せっかく本人もやる気なんだ。無理に止めることもないだろう」

 

人の好い笑顔を千冬姉に向けるおじさん。千冬姉はため息をひとつ、観念したように部屋を出ていった。

 

少しして戻ってきた千冬姉の手には、1本の刀が握られていた。

 

「一夏、持ってみろ」

 

言われて、僕は慌てて両手を差し出した。ゆっくりとした動作で、僕の腕にじわじわと重みがのしかかる。

 

「重いか?」

 

問われ、こくり、と頷く。

 

重い。刀というものはこんなに重いのか。こんなに重いのなら、侍がぶんぶん振り回しているのはきっと嘘なんだな。

 

なんて馬鹿なことを考えている僕に、千冬姉は凛とした声音で語りかけた。

 

「いいか一夏。これが剣だ。そして剣とは兵器、何かを守ることもできるが、壊すこともできる」

 

僕は無意識のうちに、ぎゅっと剣を小さな手で握りしめていた。

 

「それは目に見えるものかもしれないし、目には見えないものかもしれん。金や資産であることもあれば、矜持や誇りであることもあるだろう。或いは、生命(いのち)ということもある」

 

姉はそこで一旦区切り、僕の目をじっと見て言った。

 

「これが、守る(壊す)ことの重さだ」

 

「……うん」

 

何がうんなのかは分からない。僕は多分、千冬姉の言いたかった本質をちゃんと理解していない。そこに至るには、きっと僕には積み重ねてきた時間も経験も圧倒的に足りていないのだろう。

 

それでも、僕は頷いた。これは約束だ。いずれこの言葉の意味を理解してみせると、それまで、今の言葉を違わずにいようという、僕と千冬姉の約束だ。

 

「ふっ、そうか……」

 

口元を緩める千冬姉の目は、とても穏やかだった。

 

「よし、一夏。来週から早速稽古をつけるぞ。なに、才については心配するな」

 

うん、それについては心配してないよ。何せ────

 

「────何せ、お前は私の弟だからな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

こうして、幼馴染の箒ちゃんと共に、剣術に打ち込む日々が始まった。まるで千冬姉と同じ舞台に立てたような気がして、とても気分が高揚した。

 

よし、千冬姉も期待してくれているんだ! 頑張って強くなるぞ!

 

「重要人物保護プログラムが発動してしばらくお別れになりそうなんだ。すまないね一夏くん」

 

「一夏、私はしばらくお前の面倒を見れそうにない。ISの扱いが決まるまでは忙しくなりそうだ」

 

 

 

剣術に打ち込む日々 終了

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ、かっこいいなぁ~」

 

パソコンの画面を見つめ、ため息をつく。ディスプレイに表示されているのは、科学者"篠ノ之束"によって開発された、宇宙空間での活動を想定して作られたマルチフォーム・スーツ──インフィニットストラトス。通称IS。

 

ISが発表されてから数年が経過した。僕は中学へ進学し、妹の身体もすっかり良くなっていた。

 

発表当初こそ、篠ノ之家をバラバラに引き裂き、僕から千冬姉と剣を学ぶ環境を取り上げていったISを憎みもしたものだが、よその学校でも箒ちゃんが剣道を続けていることを風の便りで聞き、こうしちゃいられないと僕も自主トレを始め、さらに箒ちゃんと入れ替わるように鈴ちゃんという女の子が転入して来たりと、慌ただしく過ぎる日常の中で僕が抱いた恨みは薄れていった。

 

さらに、千冬姉がISの世界大会で優勝したこともあり、むしろ僕はISにのめり込んでいた。千冬姉のようになりたいと常日頃思っていた僕が、もっとISについて知りたい、僕もISに乗りたい、そう思い始めるのに時間はかからなかった。

 

しかし、調べれば調べるほど、ISは僕から遠ざかって行った。

 

曰く、ISとは地上最強の兵器である。既存の兵器はISの前にはおもちゃも同然で、その力は、2000発以上のミサイルを単独で全て撃破するほどである。

曰く、ISの全体数は限られており、量産は有り得ない。ISにはコアと呼ばれるものがあり、そのコアの製造法は篠ノ之博士しか知らず、当の本人がこれ以上コアをばらまくつもりはないと宣言しているのだ。

 

曰く────

 

 

 

────ISは、女性にしか扱えない。

 

 

 

「……はぁ」

 

もう一度、今度は落胆色のため息をひとつ。

 

うーむ、どうしたものか。男の僕では動かせないっていうのはどうしようもない事実なんだけど、それでも諦め切れていない自分がいるのもまた事実。

 

「技術開発とかなら男でも関わることはできるんだろうけど……」

 

最早自分がISを使おうなどとは思っていなかった。確かに千冬姉のようになりたいとは思うが、初心を忘れてはならない。僕が欲しいのは、誰かを守るための力だ。しかし何も、ただ剣を振るうことだけが守る手段ではない。何かを守るための物を作る、というのも、守るということの一つの形だと思う。

 

しかしそれには1つ難点がある。というか、男でISに携わろうと思う者ならば誰しもが一度はぶつかる壁だ。

 

それは、『ISについての専門知識を学ぶ』こと。

 

この世界には、ISについて学ぶことのできる学校は1つしかない。といっても場所自体は日本にあるため、距離や経済的な問題があるわけではない。問題はもっと根本的なところにある。

 

その専門学校──IS学園は、生徒教員全てが女性。まぁ、女性にしか動かせない物について学ぶのだから女性ばかりになるのは仕方ない。

 

一応男女平等云々とやらで共学という体ではある。まぁルール上の規定と現場の実質的な状況とがちぐはぐになるなんてよくあることだ。

 

そう、I()S()()()()()()()()()()()()()男だろうと入学することは可能だ。

 

「いっそ女の子になりたい……」

 

「なっちゃえばいいのでは?」

 

不意に背後から聞こえた無機質な声。思わずビクッとして振り返る。そこに居たのは、千冬姉によく似た顔をつまらなそうにして僕を見つめる双子の妹──円夏だった。

 

双子と言っても、昔の円夏は病弱だったため、僕がずっと世話を焼いてきたこともあり、僕の中ではやっぱり妹という印象が強い。円夏も同様に、僕のことを兄として慕ってくれている。年は同じだけど、それでも僕らは互いに兄妹という共通認識を持っていた。

 

「なっちゃうって……どういうこと?」

 

困惑する僕に、円夏は平然と、わけのわからないことを言ってのけた。

 

「簡単なことです。そんなにISが好きなら、いち兄が女装してIS学園に入学したらいいんです」

 

ははは、おかしいなぁ。今のどこに簡単な要素があったんだろう。間違って単語を覚えてるのかな? 先生たちは一体何を教えていたんだ。これだから昨今の教育機関はゆとりだのなんだのとバカにされるんだ。

 

「円夏、今度ちゃんとした辞書を買おうね」

 

「話を逸らさないでください」

 

ぴしゃりと言われ、思わずしゅんとなる僕。まるで怒られたみたいだけど、僕は間違ったことは言ってないぞ。

 

などと心中で抗議していると、じろりと睨まれ、思わず椅子の上で正座する僕。

 

「実行難易度は置いておいて、話自体は非常に単純です」

 

そう前置きして、円夏は語りだした。

 

「まず、いち兄が女装します。幸いなことに、顔は双子であるまどかや千冬姉に似て女顔です。きゃわわです。体格は華奢で、その上腰回りやおしりなんて艶めかしさすら感じるレベルです。ぶっちゃけエロいです。まどかが男なら即ハボです。声もその辺の声優なんかよりぶっちぎりで可愛いです」

 

ふぇぇ……円夏がなんか怖いよぉ……。

 

「以上の点から、女装についてのハードルはクリアです。次に受験の段取りですが、諸々の書類については千冬姉に協力してもらいましょう」

 

「えっ、千冬姉に?」

 

千冬姉にバレるのはなんとなくいやだなぁ。こんなことをしてるなんて知られたらすごく怒られそうというか軽蔑されそう。何より恥ずかしい。

 

そんな僕の懸念を払いのけるように、円夏は淡々と告げた。

 

「千冬姉なら恐らく喜び勇んで協力してくれるでしょう。まどかも他人のことを言えませんが、あの人も大概ブラコンですからね」

 

「いや、でもやっぱりはずかs「諦めるんですか?」

 

僕の言葉を遮り、円夏は僕を真っ直ぐに見つめてきた。すごく言ってることは頭悪いのに、なぜか張り詰めた空気が我が家のリビングを支配していた。

 

「恥ずかしさなどというものを言い訳にして、諦めるんですか?」

 

なぜか進路の先生に説教されてるみたいな気分になる。うぅっ……僕悪くないのに……。

 

「で、でも、IS学園の入試にはISの起動テストがあるんでしょ? だったらやっぱりそこでバレちゃうんじゃない?」

 

「大丈夫です」

 

ビシッ、と言い切る円夏。一体何が大丈夫だと言うのか。ちなみに僕の妹の頭は恐らくだいじょばない。

 

やがて円夏は精一杯のキメ顔で、しかし口調は相変わらず平坦のまま、その策を語った。

 

「そのためにまどかがいるんです」

 

円夏の策を要約すると、ISを起動する時だけ僕と円夏が入れ替わるというもの。基本的にISの数は限られているため、いくつも並行して起動試験を行うわけではない。非効率だが仕方のないことだそうだ。しかしだからこそ僕と円夏が同時に試験を受ける可能性は低く、この作戦の成功率も必然高くなる。

 

「でも、でもさ、仮に入学に成功したとして、そのあとはどうするの? 実技授業だってあるだろうし、何よりIS学園は寮なんだよ? 同じ部屋で生活してたらいつかバレちゃうよ」

 

「問題ないです。まどかがネットで拾った情報によると、先程同様、ISの数がかなりネックになっているようで、1クラスが授業で使える訓練機はせいぜい3~4つ程度。1クラスを3、40人とすると、およそ10人で1つの機体をシェアすることになります。そうなると、どうしても授業時間内にISに触れられない人が出てきても不思議ではないですよね?」

 

「あ、そっか。そうやって授業時間を無為に過ごしていけば……」

 

「ええ、起動云々でバレることは無いです」

 

なるほど。それにしても円夏はいろんなことを知っているんだなぁ。兄として鼻が高いよ。せめてそういう博識なところをもっとマシな方面で活かしてほしかったなぁ。

 

「でも、結局寮生活については解決してないよ?」

 

「それについても問題ないです。千冬姉に言って、まどかと同じ部屋にしてもらえばいいんです」

 

「なるほど。たしかに円夏と一緒なら僕も安心だよ。それか千冬姉の部屋に居させてもらうのも「それは駄目です」

 

あれ? なんか怒らせちゃったかな……。

 

むっとして僕の言葉を遮った後、何やら「言われてみればそうでした。なぜこの問題に気づかなかったのでしょう。千冬姉だっていち兄と同じ部屋がいいと言い出すに決まっている……これは戦争ですね」などと、物騒なことをぶつぶつ呟いている。もういっそ3人同じ部屋にできないのかなぁ。

 

考え事が終わったのか、円夏は顔を上げ、いつもより比較的明るい表情で口を開いた。

 

「まぁ、概ねの問題点はクリアです。これで一緒にIS学園へ行けますね」

 

……?

 

何か、今の言葉が少し引っかかった。って、そういえば……

 

僕はあることに気づき、円夏に訊ねた。

 

「ねえ円夏」

 

「なんですか?」

 

「円夏って別に僕みたいにISが好きってわけじゃなかったよね? 本当にIS学園に行きたいの?」

 

円夏の話は、円夏自身がIS学園に行くことが前提となっている。もし僕のために円夏が無理してIS学園に通おうとしているのなら、それだけは絶対にだめだ。

 

「いいえ、そうではありません」

 

ああ、やっぱり。

 

僕が「今回の話は無かったことにしよう」と言う前に、円夏は言葉を続けた。

 

「あ、IS学園に行きたくない、という話ではありませんよ? 『正確には』IS学園に行きたいというわけではないというだけのことです」

 

え……? それはどういうことなんだろうか。

 

困惑する僕に、円夏は再び精一杯のキメ顔を作った。

 

「まどかが行きたいのは、いち兄と同じ学校です。いち兄さえいれば、どこだろうとまどかは構わないのです」

 

「そ、そっか」

 

…………なんだろう。なぜか円夏に恐怖を感じた。おかしいな。こんなに想ってもらえるのは幸せなことなんだろうけど。

 

「あれ? ひょっとして好感度ダウンですか? おかしいですね、ネットで見たセリフをアレンジしたのに……って、そういえばあのヒロインは巷でヤンデレと評判でしたっけ。まどかとしたことがうっかりです」

 

ふぇぇ……円夏がなに言ってるのかわかんないよぉ……。

 

「ともあれ、このまどかのまったく隙のない策があれば完璧です。大船に乗ったつもりでいてください」

 

 

 

 

 

 

 

 

その日の夜、僕の部屋決めで円夏と千冬姉が激しい攻防を繰り広げ、円夏の言った大船が早速座礁しかけたのはまた別のお話。




ここまでお読みになった方々、お疲れ様でした。
一夏による優に対する考察は概ね大間違いです。
さて今後の展開ですが、感想ページをご覧になった方はもうご存知でしょう。我らがアイドルこと五反田弾くんがIS学園に乗り込んでいきます。ええ、彼は選ばれし者なので。
それから主人公のISの名前はアマテラスでほぼ内定ですかね。これも感想ページをご覧になった方はご存知かと。あっ、今いい名前思いついた。

トムキャット・レッド・ビートルなんてどうですかね(ゲス顔)

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