IS-イカの・スメル-   作:織田竹和

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今回はご都合主義製造機こと幸運さんが大暴れします。そして2話辺りで存在をほのめかしていたアイツがついに登場します。


???「いつものリズムだ! リズムを忘れるな!」




やまや>束>箒>千冬>優←new!>セシリア>シャル>鈴>ラウラ



4

【某日・ドイツ 某所】

 

 

 

虫食いだらけの天井。乱雑に横たわるガラクタ達。錆ついた空間で息づく二つの影は、あまりにもこの場には不相応に見えた。

 

(ここはどこなんだ? ユウは無事なのか?)

 

そのうちの一人──東洋系の顔立ちをした黒髪の少年は、地面に座り込んだ姿勢のまま、自身の背後に視線を向けた。少年の目に映ったのは鈍い煌めき。後ろに回された自身の腕と無骨な柱を繋ぎとめる銀の手錠だった。

 

(意外と簡単に外せたり……んなわけないか)

 

何度か軽く引っ張ってみるものの、一向に外れる気配は無い。

 

(そう、簡単には外れない。なのに……)

 

少年はこの場にいるもう一人──自身と同じような恰好をした赤髪の少年を睨み付けた。

 

「どうした一夏。そんなに見つめられても俺が照れるだけだぜ?」

 

「なんでお前は早々に手錠ぶっ壊して1人UNOなんてやってんだよ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

§

 

 

 

 

 

 

 

 

【3週間前・日本 八神宅】

 

 

 

「ん? メールか。誰から……って、あの時の社長さんか」

 

長く艶やかな黒髪を手櫛で弄びながら、少女は携帯電話を緩慢な指の動きで操作した。自室のベッドに身を沈め、メールを開く。

 

『やあ優ちゃん。元気にしてたかい?』

 

そんなありきたりだが、それでいて妙にしっくりくる恒例の文句から始まるメッセージを、少女はザクザクと読み飛ばしていく。

 

(ふんふん、どうやら何か大会があるらしいな。そしてそれの招待券が数人分余っていると。なるほど)

 

何かのイベントに招待するといった旨の内容らしい。少女──優は一人頷きながら、適当な文章を打ち込み、承諾の返事を送信した。

 

 

 

 

 

 

【その翌日・日本 某学校】

 

 

 

「ユウ、お前モンド・グロッソに行くのか?」

 

少年は驚きを含んだ声色で訊ねた。対する優は、少年の反応に内心首をかしげながらも肯く。

 

モンド・グロッソ──今や世界にその名を轟かせている兵器、IS<インフィニット・ストラトス>。そのISを使用した競技の世界大会で、各国の軍事力や技術力といった外交カードを探り合うための場でもある。

 

「(もんどぐろっそ? あー、たしかそんな名前だったかな)うん、そうだけど……それがどうかしたの?」

 

「あー、いや、その……」

 

優の問いかけに、少年は逡巡するように言い淀む。少しして、少年はどこか気恥ずかしそうに口を開いた。

 

「……それなんだけど、俺も連れてってくれないか?」

 

直後、優の脳内が疑問符で溢れた。良い悪いよりも、『なぜ?』という素朴な疑問が真っ先に浮き上がったのだ。

 

しかしその疑問も、少年の抱える事情を聞くことで消えうせていた。

 

 

 

少年には一人の姉がいる。その姉は優秀なIS操縦者で、前回の世界大会で優勝し、今年もまた参加するのだという。

 

弟の彼としては、たった一人の家族であり、自分の生活を支えてくれている姉の活躍を応援したいのだが、何故かその姉は彼がISに関わる事を良しとしなかった。当然大会を見に行きたいと言ったところで許可が下りるとは到底思えない。

 

先程の言葉は、こうした事情から出た言葉だった。

 

 

 

「シスコンみたいって思われるかもしれないけど、やっぱり一度は見ておきたくてさ」

 

「(シスコン……8歳差……おねショタ……なるほど)いいんじゃない? シスコンでも。家族を大事に思うのは良い事だと思うよ?」

 

聖母の様に柔らかな笑みを浮かべる優。少年は照れくさそうに視線を逸らした。

 

「茶化さないでくれ。……それで、どうなんだ?」

 

(そういえば俺以外も行って大丈夫なのか?)

 

訊ねられ、優は昨日届いたメールの文面を思い出そうとするが、結局断念した。そもそも所々読み飛ばしていたのに思い出そうなど無理な話である。

 

「多分大丈夫だと思うけど、一応確認してみるね」

 

 

 

────この時、少年と優はもっと深く考えるべきだった。

 

 

 

「そろそろ授業が始まるな」

 

「うん、それじゃあまた後でね」

 

 

 

少年の姉が、彼をISから遠ざけようとしていた理由を────。

 

 

 

 

 

 

 

 

§

 

 

 

 

 

 

 

 

【再び某日・ドイツ モンド・グロッソ会場】

 

 

モンド・グロッソ決勝戦。その1時間前。出場選手である日本人女性の控室は阿鼻叫喚の地獄絵図と化していた。

 

「うわあああああああああああ一夏あああああああああああああああああ! 何処に行ったんだ一夏あああああああああああああああああ!」

 

正確には、その出場者である女性一人がセルフ阿鼻叫喚状態だった。後ろで束ねた黒髪を振り乱しながら喚き散らす。美しく整った相貌も、涙や鼻水を始めとする各種体液でぐちゃぐちゃである。

 

「お、落ち着いてください! ミス・オリムラ!」

 

現地人のスタッフが流暢な日本語で呼びかけるが、オリムラと呼ばれた女性には届いていなかった。

 

「一夏一夏一夏一夏一夏一夏一夏一夏一夏一夏一夏一夏一夏一夏一夏一夏いぃぃぃちぃぃぃかぁぁぁぁぁ……」

 

呪詛の様に誰かの名前をひたすら呟くオリムラと呼ばれた女性。一体彼女の身に何が起きたというのか。

 

「ミス・オリムラ! 誘拐された弟さんが心配なのは分かりますが、そろそろ決勝戦の準備をしなくてh「知るかバカ! そんなことより一夏だ! というか貴様なんぞに何が分かる! 私はアイツがまだオムツを履いていた頃からだなぁ……でゅふふ」

 

あまりに気が動転しまくって軽くトリップしているようだ。思い出し笑いが気持ち悪い。

 

(アカン)

 

もはやスタッフも匙を全力投擲していた。

 

そんな中、か細く、それでいて凛とした少女の声が響いた。

 

「あ、あの、ごめんなさい! 私が一夏くんを連れてきたせいで……」

 

少女──八神優が頭を下げる。黒く艶やかな長髪がさらさらと揺れ、ルビーの様な双眸は悲しげに伏せられていた。

 

この状況下で、今のオリムラ氏にそのような事を言えば、デストロイされることは確実である。にもかかわらず、優は告げたのだ。

 

しかし運良くというかなんというか、

 

「こら一夏、私達は姉弟で……ああっ、そんなことをされたら……」

 

オリムラと呼ばれた女性は恍惚とした表情を浮かべながら妄想世界にバーストリンクしていた。優の言葉は彼女に届いていなかった。

 

(しっかし、どうしてこうなった……)

 

優は先程、決勝会場へ向かう道中の出来事を思い出していた。

 

 

 

 

 

【少し前・ドイツ 会場付近】

 

「千冬さんだったっけ? すごいね、一夏くんのお姉さん。全試合圧勝で決勝まで来ちゃったし(なんか知らんけど物凄い気迫だったな。しかも視線はほぼこちらへ向いていた。そんな状況で圧勝とか馬鹿じゃねぇの)」

 

外の喫茶店で軽い食事を済ませた後、優と織斑一夏、そして五反田弾の3人は決勝会場まで歩いて向かっていた。

 

天候にも恵まれ、抜けるような青空の下、談笑しながら歩を進める。

 

その時だった。

 

タイヤとアスファルトの摩擦音が甲高く響く。目の前で黒塗りの車が急停止したのだ。突然の出来事に思わず足を止める三人。

 

すると間髪いれずに車内からぞろぞろと現れる黒服の人間達。彼らは織斑一夏を強引に捕えると、そのまま車内へと運びこんだ。

 

「ふっ、しょうがねぇな」

 

ニヒルに口角を吊り上げ、五反田弾もゆっくりと車内へと乗り込んだ。意味が分からない。何が彼にそうさせたのかは未だに不明である。

 

こうした一連の誘拐作業にかかった時間はわずか数秒。圧倒的早業である。

 

優は目の前で繰り広げられた刹那の出来事に、為す術も無く呆然と立ち尽くしていた。

 

 

 

 

【現在・ドイツ 控室】

 

(赤髪電波が着いて来たのも予想外だったが、まさかワンサマーと二人して誘拐されるとは……)

 

内心で現状の整理をすると同時に、優は自身が常日頃感じていた不安が的中していたことを実感していた。

 

(それにしても、優秀なIS操縦者の弟、か。そりゃあこのレベルの選手なら弟の利用価値も高いだろうな。今回みたいにちょっと攫うだけでもかなりのリターンがある。最強クラスのIS操縦者を敵に回すというリスクもあるが、上手くやれば織斑千冬本人を、弟を餌にして思うように操作することも可能だ。これだけトラブルに巻き込まれる要素満載なら、姉である織斑千冬がアイツをIS関連のことから遠ざけようとしていたのも納得だ)

 

狙われやすい位置にいるということは、それだけ犯人の特定が困難であるということだ。それもあり、誘拐された彼らの捜索は難航していた。

 

しばらくして、織斑千冬がオーバーヒートし始めた頃、大きめのノックが響く。控室を訪れたのは一人の軍人だった。

 

「織斑千冬の控室で相違ないか」

 

扉を開けて入ってきたのは屈強な男だった。軍服の上からでも伺える鍛え上げられた筋肉が激しく自己主張を繰り広げている。

 

男は明瞭簡潔に、ここを訪れた理由を口にした。

 

「ドイツ軍の諜報機関により、誘拐された二名の居場所が判明した。既に救助のために部隊を派遣している」

 

その言葉を聞くや否や、先程まで意識がフライアウェイしていた織斑千冬が立ち上がり、男へと掴みかかった。

 

「それは本当か! 私の一夏はどこだ! 何処に居る! さっさと私を連れて行け!」

 

対する軍人の男は一切動じることなく、冷静に言葉を発した。

 

「落ち着け。既に部隊を派遣したと言ったはずだ。大人しく待て」

 

その直後だった。

 

「む?」

 

男は顔をしかめ、無線から聞こえる報告に耳を傾けた。

 

「……なんだと?」

 

次第に男の表情が歪んでいく。やがて男は織斑千冬に向き直り、改めて口を開いた。

 

「事情が変わった。悪いが協力してもらう必要がある」

 

 

 

 

 

 

 

 

§

 

 

 

 

 

 

 

 

「────というわけだ」

 

男の語ったことは単純なことだった。『犯人グループに属するISによって軍の部隊が壊滅した』といったものだ。

 

ISに対抗できるのはISのみ。故に、織斑千冬本人に救助へ向かってほしいとの要請だった。

 

「本件が公になれば我々の沽券に関わる。すまないが外部への援助要請は不可能だ」

 

これに対し、非難の声を上げる者がいた。

 

「なんですかその理由は。被害者の安全よりも面子を優先するんですか? それに今救助に向かっては決勝戦に間に合いません。まさか棄権しろ、と仰るのですか?」

 

優だった。彼女にしては珍しく、その声は静かな怒りを帯びている。対する男は苦々しく「……そうだ」と呟いた。

 

彼女がここまで敵意を露わにするのには理由があった。

 

(今回の事件、コイツらが仕組んだ可能性が高いな……)

 

優は犯人グループとドイツ側が繋がっていると睨んでいたのだ。

 

(恐らく今回の目的は『織斑千冬の優勝阻止』。ISが軍事力の象徴であることを踏まえれば、この世界大会の成績が国家間ヒエラルキーに影響を与えないはずがない。優勝候補を一人下ろすだけでも十分意味はある。誘拐されたタイミングの突発性から考えて、発案は次の対戦国だろう)

 

優は織斑千冬へと視線を向けた。当の本人は「ガルルルルルルキシャァァァァァ!」と唸り声を上げている。どうやら獣へと退化しているようだ。

 

(誘拐した人間がドイツ側の人間なら、アイツらを隠す場所の心当たりくらいいくらでもあるだろうし、今回のように『今から向かうと決勝に間に合わない』という絶妙なタイミングでの発見も容易だ。それに先程の他国に協力要請はできないと言った時の理由もおかしい。この事件は恐らく真っ当な危機感と真っ当な諜報機関を持つ国なら既に知っている、半ば公然の事実となっているだろう。というか軍が動いているというのに見つからずに隠し通そうという方が無理だ。協力できないというよりは、コイツらにとっては他国の介入は寧ろ不都合なのだろう。織斑一夏の救出に協力したという恩を一方的に売りつけることが出来なくなるからな)

 

「だがそれでも足りない。命令では織斑千冬についてしか言及されていなかったが、安全に彼らを救出するためにはせめてもう一人欲しい。出来ればIS操縦者が好ましいが……」

 

表情を引き締め、周囲を見回す軍服の男。対して、優は男の言葉から、犯人グループと繋がっているのはドイツ上層部のみではないかと推測していた。ここで不用意な介入を招くのはマッチポンプを仕組む側からすればあまりにも美味くないからだ。

 

(もう一人、か。一人を陽動に当て、その隙にもう一人が救出するのか? シンプル極まりないが、陽動に織斑千冬を当てれば成功率は格段に上がるな。相手の戦力がどれ程かは分からないが、仮に2機以上のISが向こうにあったとしても、世界最強クラスとなれば単独で足止めをするとは考え難い。織斑千冬に戦力を割けば割く程、人質の救助が容易になる。万が一、戦力を温存された場合を考えれば、確かに救助係もISを使用している方が良い)

 

しかしながら、この部屋にいるIS操縦者は織斑千冬ただ一人だ。分かり切っている事実を確認し、優は男の持つ無線へと視線を向けた。

 

(まぁそれも、この一件が自作自演であるという前提を除けば、って話だけどな)

 

そう、もし今回の一件がマッチポンプであるのならば、言わば完全に茶番である。仮にそうでなくとも、犯人の目的が織斑千冬の妨害であれば、彼女が現場に向かう時点で目的が達成される。故に人質に害を加える必要がない。むしろ下手に手を出せば織斑千冬を余計に刺激することになる。そのような愚を犯すとは考え難いと優は踏んだ。どちらにせよ、人質本人に対して動機があるというケースではない限り、彼らの安否は保障されているも同然なのだ。

 

(このままぼーっと突っ立ってるだけで、誰も死なずにこの事件は解決する。そこのケダモノ姉ちゃんが優勝を逃すことになるが、言ってしまえばそれだけだ。本来ならそうするのが一番楽で確実だ。だが……)

 

一歩踏み出す。その瞳の奥では静かな憤りが渦巻いている。優の視線は軍の男を真っ直ぐに捉えた。

 

(このまま向こうの思い通りになるのは気に食わない──!)

 

そしてそれは、彼女の不気味なまでの美貌と相俟って、息が止まるほどのプレッシャーを放っていた。

 

「その『もう一人』、私にやらせて貰えませんか?」

 

「駄目だ」

 

「えっ」

 

「現場に居合わせただけの一般市民に任せるわけにはいかない。それに先程も言ったが、確実に彼らを救出するためにはIS操縦者であった方が良い」

 

(……なにこれ恥ずかしい)

 

当然の結果である。

 

さらに言えば、少なくとも軍人の男にとっては、今回の件は未だ危険な事件であるという認識に変わりはない。マッチポンプ云々は所詮彼女の推測でしかないのだ。もし外れていたら爆笑ものである。

 

 

 

 

 

本来ならこのまま彼女が居たたまれなくなったまま終わっていた。しかしそこで終わらない、終わらせないのが八神優である。

 

そう、彼女は運が良いのだ。

 

 

 

 

 

「話は全て聞かせてもらったってわけじゃないけどとにかく事情は把握した!」

 

 

 

 

 

声とともに扉が開く。現れたのは、風が一切ない室内であるにもかかわらず何故かはためいている銀色のコートを羽織り、日本人のような顔立ちにキャベツのような緑色の頭をしたアンバランスな人間(CV.緑川光)だった。

 

「しゃ、社長さん!?」

 

素っ頓狂な優の声。社長と呼ばれたキャベツ頭の男は、爽やかな笑みを優に向けた。

 

「やあ優ちゃん。遅くなってすまない。ちょっと取引先との会談が長引いてしまってね」

 

キャベツの発する爽やかオーラとは裏腹に、軍の男はその表情、声共に強張っていた。

 

「何者だ」

 

「うん? ああ、そういえば自己紹介がまだだったね」

 

言いながら、キャベツのような髪をファッサァと掻き上げるキャベツ。キラキラとした微粒子が舞った。

 

「海馬瀬人。海馬コーポレーションの社長をやっているんだ。よろしく頼むよ」

 

『説明しよう! 海馬コーポレーションとはッ!

元はゲーム産業と軍需産業を中心に展開していた大企業だ! 現在はIS産業でその名を轟かせており、世界第二位のシェアを誇るぞ!』

 

社長キャベツの言葉に、男の表情は余計に固くなる。男は気づかれないように、腰についた拳銃を確認するように視線を落とした。

 

「IS企業の人間が何の用だ。それにここは関係者以外立ち入り禁止だ。見張りの者がいたはずだが」

 

対するキャベジンは相変わらず爽やかに飄々としていた。

 

「見張り? ああ、居たね確かに。ただ邪魔だったからちょっと【決闘!】して【粉砕☆玉砕☆大喝采】しちゃったよ」

 

「き、貴様……ッ!」

 

仲間を【ふぅん】された怒りからか、筋肉質な相貌を歪ませ、男は銃を突きつけた。

 

「我々に対する敵対行為と見做す! 何が目的だ!」

 

しかしやはり、キャベツが態度を変えることは無かった。むしろこの状況を限りなく楽観しているかのように軽薄な笑みを浮かべていた。

 

「目的? そんなの『事件解決への協力』に決まっているじゃないか」

 

ピタリ、と空間が制止する。優は展開についていけずに唖然としており、男はなんだかおもしろい顔をしている。織斑千冬は壁を殴り始めた。

 

「協力……だと? 一体何を……いや、そもそも何故事件のことを……」

 

男はわけがわからずにうわ言のように呟く。対するキャベツは凡骨を見るような目で男を見つめ、大げさな手振りで呆れて見せた。

 

「おいおい、ここが何なのか忘れたのかい? 現代版核兵器とも言うべき代物が大量に集まり、国家や企業の重鎮達による取引が裏表問わず繰り広げられ、様々な思惑が入り乱れる混沌とした外交ステージ。それもアウェーだ。何か起きても後手に回ってしまうし、はっきり言って暗殺の一つや二つくらい起きても何ら不思議ではない。身を守るための情報収集くらいやって当然だと思うけどね」

 

どうやら優の推測はある程度当たっていたらしい。言われてみればごもっともである。

 

キャベツは固まったままの男を放置し、優へと向き直った。

 

「ところで優ちゃん、さっき少し聞こえたんだけど、今この場にはISが不足しているらしいね」

 

 

 

 

 

 

 

 

§

 

 

 

 

 

 

 

 

【同時刻・ドイツ 某所】

 

「それにしても、ここはどこなんだ?」

 

「急に冷静になるなよ。っていうか弾、俺の手錠も外してくれ」

 

UNOを片付けながら、赤髪の少年──五反田弾が呟いた。周囲を見回す。辺りに散乱する、錆びた工具や稼働を止めた大型の機械のような何か。

 

「どこかの廃工場だな……」

 

「スルーですか」

 

出入り口はどうなっているのか。弾はそう考え、視線を巡らす。

 

「あった、が──」

 

扉はあるにはあった。と言っても、あったのは太い鎖と大きめの錠前で固く閉ざされた扉だった。他にも、窓は全て板で塞がれており、人間が通れそうな穴は皆無だった。

 

「うーん、いっそのことぶち破って──ってのも可能だが……」

 

「あ、ちょうちょ」

 

弾はそこまで考え、首を振った。恐らく強引に脱出しようとすれば外にいる人間に気づかれると考えたのだ。外の様子は分からないが、万が一のリスクを、彼の鋭い洞察力は見逃さなかった。どこぞの運頼み女とは大違いである。

 

「今ここにいるのは俺と一夏の二人きり……完全に閉じ込められたな。……ハッ! まさか────ッ!」

 

「やっぱり、ユウはここには居ないのか……せめて無事かどうかだけでも分かればいいんだけどな……」

 

その瞬間、弾の頭に電撃が走った。

 

(二人っきりで閉じ込められる

 ↓

閉じた世界に二人きり

 ↓

アダムとイブ

 ↓

パラダイスロスト……!)

 

「オウ、ジーザス……! なんという神の悪戯……! まさか一夏、お前俺の身体が目当てだったのか……!」

 

「ねーよクソふざけんな」

 

悲痛な表情を隠すように、手で顔面を覆う弾。一体どこの電波を受信したのだろうか。

 

「いや、待てよ?」

 

「そうだ待て。一度落ち着こう。というかもう座ってろ」

 

ふと何かを思いついたのか、顎に手を当て制止する弾。虚空を見つめるその眼差しは、何を捉えているのだろうか。

 

(閉じ込められた

 ↓

密閉された空間

 ↓

密室

 ↓

連続殺人事件。つまり……)

 

「犯人は、この中にいる──!」

 

「犯人候補2人っていきなりクライマックスじゃねーか。探偵の仕事残ってねぇだろ」

 

「とまぁ冗談はこの辺にしておいて、一夏、お前の手錠だけどな、多分壊せねーわ」

 

「今の流れで言っちゃう? 君ホント斬新なことするよね……ん? 今なんて……?」

 

「だから、お前の手錠は壊せないって言ったんだよ」

 

「じゃあなんで弾の手錠は壊せたんだ?」

 

「フッ、そりゃあおめぇ、俺は黒の古文書にも記されている肉体強化法『キントーレ』を実践しているからな」

 

「ネーミングもうちょっと捻ろうぜ」

 

「まぁ真面目な話、まだ確定してるってわけじゃねーんだけどな」

 

言いながら弾は煩わしそうに頭をガシガシと掻いた。もう片方の手でそのまま手錠を怠そうに指さす。

 

「見たところ、破壊するのが物理的に不可能ってわけじゃねー。ねーけど、もっと別の問題がそいつにはある。どうも俺のとお前のは別物らしくてな。小さくて気づきにくいが、お前の手錠の接合部にはセンサーみたいなのがくっついてやがる」

 

「センサー……?」

 

一夏と呼ばれた少年は自身の背後──銀色の手錠へと視線を向けた。しかしよく見えていないようだ。

 

「恐らく無理に外そうとすれば向こうにバレるんだろ。或いは爆発──は、サイズ的に考えてさすがに有り得ねーか。まぁとにかくそいつから推測される可能性として、一番有り得そうなのは、織斑千冬の弟じゃなくて────」

 

 

 

 

 

 

 

────織斑一夏の誘拐が目的だったりして、な。

 

 

 

 

 

 

 

 

§

 

 

 

 

 

 

 

 

【現在・ドイツ 某所】

 

青空を切り裂くように、一筋の白が描かれる。その白は空気抵抗をものともせず、音にも迫る速さで移動していた。

 

「一夏一夏一夏一夏一夏一夏一夏一夏一夏一夏一夏一夏一夏一夏一夏一夏……」

 

超高速で移動するIS、暮桜を駆る女性──織斑千冬は、自身の唯一の肉親である織斑一夏の名を呪詛のように繰り返していた。

 

余談だが、本来の暮桜ではこれほどのスピードを出すことはできない。彼女の弟を思う心が、本来のスペックをはるかに凌駕する動きを可能にしていたのだ。

 

(今すぐお姉ちゃんがprprしに行くからな!)

 

 

 

 

【数秒後】

 

「あれか……」

 

千冬の視線の先には、今はもう使われなくなって久しい廃工場がひっそりと佇んでいた。

 

そして屋根の上から千冬を見上げる視線が一つ。それはごく普通の少女だった。ただ一つ特異な点を挙げるとすれば、その容姿は、まさしく織斑千冬と瓜二つであるという点だろうか。

 

「ふふっ、来てくれると思ってたよ。お姉ちゃん」

 

「黙れ小娘。私をお姉ちゃんと呼んでいいのは一夏だけだ(もし呼ばれたら萌え死ぬけどな)」

 

『お姉ちゃん』というワードに、一瞬で修羅の如く険しい表情になる千冬。周囲の空気が呼応するようにびりびりと震える。

 

対する少女もまた、不服そうに眉をひそめていた。

 

「やっぱりアイツのことばっかり……でもいいよ。これからアイツは、織斑千冬から優勝の座を奪って男として、そしてわたしのおもちゃとして生きていくんだから」

 

少女の言葉に、千冬がピクリと反応した。

 

「おもちゃ、だと?」

 

「ふふっ、安心して? お姉ちゃんもわたしg「なんてうらやまけしからん響きなんだああああああああああああああああ! させん、させんぞおおおおおおおおお! 一夏にエッチないたずらをするのはこの私だああああああああああああああ!」

 

 

 

 

直後、二つの影が交差した。

 

 

 

 

 

 

 

 

§

 

 

 

 

 

 

 

 

「うあっ、なんだ!?」

 

突如響き渡った轟音と共に地面が揺れる。織斑一夏は突然の出来事に驚きつつ、周囲を確認した。

 

「どうやら外で何かが起きているらしいな」

 

そう言って五反田弾は立ち上がり、壁に空いた小さな穴から外を眺めた。

 

「誰かが……戦っているのか?」

 

弾の呟きに、一夏が身を乗り出す。

 

「なんだって!? 一体誰が戦っているんだ!?」

 

「さあ、一体誰冬さんなんだろうな」

 

「本当に何斑千冬なんだ。まったく見当もつかないぜ。少なくとも俺達の知っている人間であってほしくないな」

 

余談だが、先程の織斑千冬による雄叫びはばっちり周囲に聞こえており、もちろん二人にも聞こえていた。ただ内容があまりにもあんまりなのである。あとは察してほしい。

 

「しっかしマジな話、この状況は結構やばいな」

 

上からぱらぱらと降ってくる破片を睨みながら、弾が苦々しげに吐き捨てる。剣戟と轟音はひっきりなしに続いており、その度にこの廃工場はその身を揺らし悲鳴を上げていた。

 

そう、はっきり言っていつ崩れてもおかしくないのである。しかも織斑一夏は動けない。これをヤバいと言わずなんと言うのか。

 

その直後だった。

 

「うわっ、またか!」

 

一際大きな剣戟と振動が起こる。その拍子に、何かが一夏の頭上付近に、細長い形状の影を落とした。

 

「一夏、まずい!」

 

弾が叫ぶが、時すでに遅し。上空から降り注いだのは身の丈を優に超える鉄骨だった。

 

悲鳴を上げる間もなく、一夏の頭上へと鉄骨が落下する。

 

土埃が巻き起こり、金属のぶつかり合う音が鼓膜を殴打した。

 

「い、一夏! 死んだのか!? 死んだのなら死んだと言えー!」

 

「生きてて悪かったなコンチクショー!」

 

結論から言うと、奇跡的に一夏は助かっていた。

 

しかし、立ち上がり、服に付着した土を払い落としたところで、

 

「……あれ?」

 

違和感に気づいた。

 

「……あっれー?」

 

一夏は自身の腕を目の前に掲げた。その腕にぶら下がっていたのは、強引に分断された鈍い銀の残骸。

 

そう、あの鉄骨はピンポイントで一夏の手錠を破壊したのだ。

 

「あの、弾さん?」

 

「なんだい一夏さん」

 

「たしかワタクシの手錠を壊すとよろしくないことが起こるのでは?」

 

「ふふっ、そうでしたっけ」

 

 

 

 

その直後だった。

 

 

 

 

乾いた音と共に継ぎ接ぎだらけの壁が吹き飛んだ。現れたのは、ふわりとした髪をなびかせる、ISを纏った女性だった。

 

そのISの背部には触角の様な物が生えており、さながら蜘蛛の脚の様であった。

 

 

 

「この混乱に乗じて脱走を図るなんざ、ガキのくせに小賢しいことを考えるじゃねぇか」

 

 

 

((なにいってんだこいつ))

 

逆光で表情は見えなかったが、女性から漂う雰囲気は猛禽類のそれだった。女性は一歩踏み出し、その手にサブマシンガンを取り出した。

 

「──ッ! 下がれ一夏!」

 

「ぐえっ」

 

弾が一夏の襟を掴み、強引に後ろへ引いた。直後、マズルフラッシュが瞬く。

 

鼓膜を突き刺す土砂降りの雨音のような銃声と共に、先程まで一夏がいたコンクリートの床が爆ぜ飛んだ。

 

「悪いが逃がすわけにはいかないんでね。大人しくして貰おうか」

 

「……逃がす気は無い、ね。今、一夏の脚を狙ったってことは、殺す気も無いみたいだな。──或いは、殺さないように命令されている。違うか?」

 

弾と謎の女性、互いの視線が交錯する。やがて、女性は面倒くさそうに溜め息をついた。

 

「ったく、銃を見ても物怖じしないどころか、そこまで考えられるとはね。これだから頭の回るガキは面倒なんだ」

 

「褒め言葉として受取っておこうか。職業柄(※ジョブ:賢者)、考えることが癖になってしまってね」

 

「なぁ弾。なんでお前そんな歴戦のオーラ醸してんの? お前の職業って中学生だろ? なぁ弾ってば」

 

「そういえば聞いたことがある。狙撃や白兵能力もさることながら、その独創的な知略によって数々の局面を制してきた、戦場を渡り歩く腕利きの傭兵。その髪は敵の返り血で真紅に染め上げられているという、通称『紅い死神』──!」

 

「……フッ、なんのことやら(卍†紅い死神†卍? 俺のメイン垢のユーザーネームじゃん。これがリアル割れか)」

 

「えっ、スルー? ちょっと弾さん、ニヒルに笑ってないで何がどうなっているのか解説してくださいよ」

 

弾は女性から注意を逸らさずに、一夏を庇える位置へと少しずつ移動していた。

 

「……一夏」

 

「なんだよ」

 

床に転がる手頃な大きさの鉄パイプを足で蹴り上げ、それをキャッチする弾。そのまま得物を目の前の敵に向け、諭すように一夏に語りかけた。

 

「お前は逃げろ。どうやらこれは俺の闘いでもあるらしい(何としても晒されるのは阻止しなければ……)」

 

「な、何言ってんだよ!」

 

「安心しろ。誰かを守って落ちてる武器で謎の敵と戦う。こんなシチュエーション、中学二年生にとってはご褒美以外の何物でもないぜ!」

 

「たしかにそうだけど……」

 

弾はクールな笑みを浮かべ、「フッ、やはり俺は天に見初められし過酷なる運命を歩む者(主人公)らしいな。まったく世界ってやつは俺を放っておいてはくれないのか。やれやれだぜ……」などとぶつぶつ呟いている。

 

しかしこのような時にも敵は待ってくれない。

 

 

 

「逃がさないって言っただろ?」

 

 

 

獰猛な視線が突き刺さる。女性はもう片方の手にもサブマシンガンを取り出していた。

 

「いくら歴戦の傭兵とはいえ、生身でISに勝てると思うなよ!」

 

「フッ、御託はいい。さっさと来い」

 

「待って来ないで! 俺まだ逃走のとの字にすら至ってないから! っていうか弾! お前も逃げろよおおおおお!」

 

引き金にかかる指に力がこもる。殺す気は無いとのことだったが、それでも織斑一夏の内心は死への恐怖で埋め尽くされ、軽いパニック状態に陥っていた。涙目で叫ぶ一夏をよそに、五反田弾の内心はいかにカッコ良く舞うかということで埋め尽くされていた。

 

文字通りの危機的状況。しかし────

 

 

 

「────なっ、敵性反応!? そんな、さっきまでは何も……!」

 

女性が叫んだ直後、彼女の背後に影が差した。

 

 

 

────幸運の女神というものは案外どこにでもいるらしい。

 

 

 

「くっ……そ……!」

 

絞り出すような声と共に体を捻り、強引な動きで背後からの刃を回避する。しかしその刃は女性の背中から生えた脚のうち一つを捉えていた。

 

崩れた姿勢を、残った脚を使い整えながら距離を取る。さながら蜘蛛が巣を移動するかの如く、流れるようにスムーズな動きで退避するが、その巣を引き裂かんと、またしても刃は追随する。

 

「生身じゃ無理でも──」

 

甲高い金属音と共に、女性の駆るISが斬り抉られていく。

 

「──同じISなら、どうですか?」

 

瞬間、襲撃者の姿が消えた。いや、物理的に消えたわけではない。()()()()()()()()()()のだ。

 

「ど、どこだッ!?」

 

「後ろですけど」

 

言葉と共に、背後に刃の影が現れる。迎撃しようと勢いよく振り返り──

 

 

「は……?」

 

 

──間抜けな表情で固まった。そこにあったのは、宙から落下する刃のみ。襲撃者の姿は無かった。

 

「だから後ろですよ」

 

直後、背中に強い衝撃が走る。蹴り飛ばされたのだと、吹き飛ばされながら認識する女性。思わず襲撃者を睨みつける。黒い髪、赤い目、黒い装甲。それだけを記憶に収め、機材の山へと突っ込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

§

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふー、運良く間に合って良かった」

 

そう言ってISの展開を解除する襲撃者。そこにいたのは、一夏や弾と同じ年頃の少女だった。

 

「ユウ!? ユウなのか!?」

 

叫び、駆け寄る一夏の両目には、大粒の涙が溜まっていた。恐怖やら安堵やらで大変なことになっているのだろう。一夏はそのままの勢いで優へと抱き着いた。

 

「えっ、ちょっ、一夏くん⁉」

 

狼狽する優をよそに、一夏は胸のつかえが取れたかのように、嗚咽交じりにぽつりぽつりと言葉を零した。

 

「良かった……無事で、ホントに良かった……手錠はセンサーだし千冬姉は変態だし変なヤツに殺されかけるし弾は話聞かねぇし、俺のせいで、ユウまで危険な目にあってるんじゃないかって……心配で……」

 

「うん、言ってることに清々しいほど一貫性が無いね」

 

ちなみに弾は「戦わずして勝つ。これぞ戦闘の極意なりコロ助ナリ」などとドヤ顔で呟いている。結局何がしたかったのか。

 

未だぐちぐちと言葉を吐き出している一夏を慰めるように、優は彼の頭をそっと撫でた。

 

「ごめんね、もっと早く来てあげられなくて。でも安心して。もう大丈夫。さっきの敵もやっつけたし、また何かあっても、私が絶対に守るから」

 

「ユウ……」

 

逆である。何がとは言わないが、逆である。一夏もそれに気づいたのか、赤面しつつ弾かれるように優から離れた。

 

「さ、さすがにこれ以上守られてるだけってわけにはいかねぇよ。っていうかユウ! なんでこんなところに来たんだよ! 危ないだろ!」

 

照れ隠しのためか、わたわたとしながら大げさに怒鳴る一夏。対する優は、自身の髪を片手で軽く梳きながら、何でもないようなことの様に告げた。

 

「なんでって言われても……(ドイツ軍が気に入らんかったってのは『八神優』の理由としてはちょっとアレだな……)ほら、前に約束したでしょ?」

 

「約束……?」

 

「うん。『一夏くんを一人にはしない』って。友達を助ける理由なんて、それだけで十分すぎるくらいじゃない?」

 

優は弾を見ながら、「今回は五反田君もいたみたいだけどね」と付け加えた。

 

「まぁ、今こうして生きていられるのは俺がいたからと言っても過言じゃないからな。あの場面で俺が、前世から引き継いだ魔王の力に覚醒しなければ今頃どうなっていたことか……」

 

やれやれといった風に語る弾。一方でそんな優の言葉に、一夏は唖然としていた。思わず目を見開き、彼女を凝視する。

 

(約束だから? 友達だから? たったそれだけで、ここまで……)

 

そこまで至ると、一夏は無意識に自問自答していた。果たして自分は『誰かのために命を賭けることができるのか』と。少なくとも先程の危機に直面した時、自分は焦り、混乱し、ただ喚くだけだった。相手を想い、自らの危険を顧みなかった優の行動に、一夏は遥か遠く届かなかったのだ。

 

(俺には……できなかった……)

 

それを自覚した時、一夏は自身の無力さと同時に、目の前の少女が持つ聖母のような優しさと気高い強さを垣間見た気がした。そして改めて、優は一夏の目に強烈な存在感を以って映った。それは憧憬の象徴。さながらヒーローの如く、眩い輝きを放つ存在として。まったく勘違いも甚だしいものである。

 

実際のところは、一度死ぬという経験をしており、尚且つ十数年間も幸福に支えられて危険とは無縁だったため、死への恐怖といったものが薄れているだけなのだが、それを一夏が知る由は無い。

 

「そういやユウの持ってるカードみたいなの、それISか? だとしたら制作は海馬コーポレーションじゃないか?」

 

優の手元を指さしながら訊ねる弾。確かに優の手には、薄いカードのようなものが握られていた。

 

「うん。そうだけど、よくわかったね」

 

ISは常に鎧の形状を保つのではなく、使用していないときは待機形態として持ち歩くことが可能となるのだ。

その中でもカードというのは珍しく、パッと見ただけではISだとは思われない。

 

「海馬コーポレーションの作るISは、待機形態が全てカードなんだ。なんでも、社長が直々にデザインしているらしい」

 

「へぇ、結構詳しいな、弾」

 

「まぁ、()()()()()()に詳しいやつもいるってことさ。今のはそいつの受け売りだ」

 

もったいぶった言い方をしているが、要はチャットでミリオタが語ったのを何となく覚えていただけである。

 

「それにしても、なんでユウがISなんて……」

 

一夏のつぶやきに対し、困ったような笑顔を浮かべる優。

 

「うーん、何から話したらいいのかな……。このISを持ってる……っていうか持たされた理由なら、第三世代型用新機能の非公式なデータ収集のためなんだけど……」

 

優はたどたどしく論点を整理しながら一連の流れを二人に説明した。

 

事件が非公式に扱われることを始め、自身のISがフォーマットすらしていない次世代量産機の試作機であることや、今回の作戦の内容まで、優が知りうる限り事細かに話した。

 

 

 

 

「────と、まぁそういうわけだから、千冬さんの戦闘が終わり次第、合流してここから離れることになるね」

 

優が語り終えたとき、一夏の表情には悔しさや悲しさが入り混じって滲み出ていた。

 

「じゃあ、やっぱりさっきの声は千冬姉だったのか。くそっ、俺のせいで、千冬姉……」

 

ぐっと奥歯を食いしばる一夏。「二重の意味で嘘であってほしかった……」などと呟いた気がするが気のせいだ。

 

その時、再び轟音が鳴り響き、廃工場が大きく揺れた。

 

「とにかく一旦外へ出よう」

 

優がそう言った、その直後だった。

 

 

 

「──させるかあああああああ!」

 

 

 

怒号と共に、一筋の鋭い銃声が走る。

 

「えっ……」

 

誰の声かはわからない。ただ、3人の視界には同じものが映っていた。

 

それは弧を描き飛び散る真紅の液体。銃弾は寸分の狂いなく、優の腕を貫いていた。

 

「あぁっ……ぐっ…………っ!」

 

腕を抑え、痛みで叫びだしそうになるのを必死に堪える優。その拍子に、手に持ったカードを落としてしまう。

優は辛うじて視線だけを銃声の発信源へと向けた。

 

そこにいたのは、肩で息をしながらボロボロのISを纏った、先程優に吹き飛ばされた女性だった。ISはシールドエネルギーが切れるまで強制解除されることはない。ISの武装ならともかく、ただの蹴りでは致命打になり得なかったのだ。

 

「さっきのタネ、ようやく分かったぜ。そのISの能力は言わばステルス機能。『ハイパーセンサーをジャミングする能力』だろ? まぁ、今となっちゃ別に関係ないけどな」

 

そう言って再び優に向けて銃を構える女性。引き金に指をかけ、照準を合わせる。

 

「さっきは外しちまったが、次はもう外さねぇ。てめぇを生かすようには言われてないんでね。恨みたきゃ勝手に恨みな」

 

 

 

 

 

──それじゃあ、死ね

 

 

 

 

 

 

女性の言葉が、一夏の脳内でぐるぐる回った。また自分は何もできないのか。自分はどこまで無力なのか。自分のせいで、彼女が死ぬのか。

 

手は小刻みに震え、足は地面に張り付き、血の気がさっと引いていく。

 

(なんで……なんでユウが死ななきゃならないんだよ……!)

 

その時、視界の端で、先程優が落したカードが煌めいた。

 

(あれは……)

 

先程自身が口にした言葉が一夏の脳裏を掠めた。

 

 

 

「……そうだ」

 

呟き、鉛のような足を無理やり地面から引きはがす。

 

「これ以上守られてるだけってわけには──」

 

「い、ちか……くん?」

 

「てめぇ、何を──ッ⁉」

 

恐怖という名の鎖を強引に引きちぎる。

 

「──いかねぇんだよ!」

 

 

 

 

少年は手を伸ばした。自身の運命を斬り拓く一振りの刃へと────。

 

 

 

 

 

 

 

 

§

 

 

 

 

 

 

 

 

結局あの一件は、謎の組織による誘拐事件として処理された。結果として公表せざるを得なかったものの、事件自体は然程大きく取り上げられることは無かった。何故なら誘拐事件が些細なことと思えるほどの事実が発覚したからである。

 

「はぁ、なんでこうなった」

 

織斑一夏は、心ここに非ずといった調子でため息を吐くと、新聞を放り投げた。

 

「あの時はユウとカードを回収して、そのまま物陰に飛び込もうとしただけなんだけどな。まさかISが起動するとは」

 

新聞の一面にはこう書かれていた。

 

 

『世界初! ISを動かした男!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ちなみに、このことが発覚したその日、某ドイツがこの事実を独占し、尚且つ実験台にしようと考え、織斑一夏を匿おうとした。しかしそれに怒った最強の姉が大暴れしてひと悶着あり、それが原因で一連の事件が明るみに出てしまうのだが、それはまた別のお話。




15000文字オーバーとかふざけんな。ちなみに言っておきますが、本作は1話当たり5000文字前後で書いております。今回はたまたまです。次はもっと減らしますが、「あれれ~? いつもより少ないぞ~?」などと思わないでください。


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