IS-イカの・スメル-   作:織田竹和

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これは、ある少女と少年が朝焼けに照らされ激闘を繰り広げる最中、日の当たらぬ戦場で孤独な戦いを生き抜いた、一人の男の英雄譚である。

 

 

 

(俺の名は五反田弾。どこにでもいる光属性の高校一年生だ)

 

最近闇属性も覚えたため最強だと浮かれていた弾だが、彼は今焦っていた。着々と迫るリミットに、汗を一筋流しながらぐっと歯を噛み締める。

 

(今俺は暴虐邪知な天災、篠ノ之束に対抗すべく、親友と共にある作戦行動に出た。しかしそこで究極の試練が待ち受けているとは、あの時の俺は知る由もなかった)

 

邪知暴虐である。

 

とはいえ事実として、とある少年が天才科学者の計画に太刀打ちするにあたり、弾は少年に助力を差し伸べていた。そして現在、弾はある決断を強いられていた。

 

「……っ!」

 

思わず声が出そうになるも、咄嗟に手で口をふさぎ、事なきを得る。しかしもはや限界なのだろう。膝をつき、脂汗を浮かべながら、必死の形相で戦場を見守る。

 

カメラから送られてくる映像では、親友が暴走する少女を相手に何とか戦闘を継続していた。しかし互いに決定打にかけるのか、決着がつかない。特に少年に関しては少女を極力傷つけないよう、遠慮がちな太刀筋になっている。親友に心配は掛けたくない。

 

(くっ、すまん、一夏。俺はもう……!)

 

弾は駆け出した。親友と矜持。天秤にかけられたそれは、極限にまで親友に傾いた後、最後には矜持が採られた。しかしそれも仕方の無いことだった。誰が彼を責められようか。

 

(俺は信じている。お前なら必ず、かの暴虐邪知な天災に勝てると!)

 

邪知暴虐である。

そう、弾は信じていた。決して一夏を見捨てたわけではない。彼らはズッ友だ。

 

弾は己の戦いに身を投じることとなるだろう。孤独な闘いだ。弾がその戦いを選ぶことができたのは、ひとえに親友への絶大な信頼ゆえ。

 

「一夏が気張ってんだ。俺だって負けねえ……!」

 

激痛に表情を歪めながら、必死に校舎を目指し走る弾。些細な段差や扉が、弾の心を逸らせる。廊下の途中で数人の生徒、及び教員とすれ違うが、もはや弾の視界には入らなかった。

 

「間に合えッ!」

 

盛大な音を立て、弾はトイレの扉を開け放ち、そして己の中に渦巻く全てを解き放った。

 

「ぉぉぉぅ、おぅふ、ぉぁぁぁああ……」

 

全てが昇華していく。快感すら覚えるひと時。弾の口から思わず声が漏れる。それほどまでに逼迫した状況だったのだろう。しかしこれで全て終わりだ。

 

そんな弾の戦いを見守り、戦い抜いた彼をそっと祝福する者がいる。彼女の名は音姫という。

 

こうして一人の男が挑んだ孤独な戦いは終息した。しかしいずれまた、弾は戦いに身を投じることとなるだろう。人類という種が続く限り、闘争は終わらない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ふぉぅ」

 

 

 

 

§

 

 

 

 

「えっ、それが箒の専用機なの? 第四世代? すごいね! かわいい!」

「あ、ああ。一応その、さ最新であの、多分一応唯一の第四世代というか」

「ユウ、あんた思ったより元気ね」

 

照れながら吃りつつ、それでいて俯きがちに早口な箒。周囲にはセシリアや鈴もいる。少し離れたところでは一夏とエムが何やら会話していた。あ、鈴がそっちに向かった。

 

俺達はまだ名も知らぬ孤島にいる。既に日は上り、徹夜明けの辛さが俺を襲った。

この後専用機所持者の第2陣が到着次第、俺達は学園へ帰還することとなる。そしてエムや警察の人達は、予定とは少しルートを変更した上で本来の目的地へ向かうそうだ。山田先生がうっかり漏らした情報によると、たしかフランスだったか。

 

他のやつらと合流した直後、俺はすぐさま猫を被った。再び八神優を演じた。

この後俺には何らかの処分が下される。その時に何とかしてISの暴走である主張、つまり今回の警察や学園の作戦行動を妨害する意志など俺には無いということを証言しなければならない。印象的に不利にならないために、俺は猫でも犬でも被るつもりだ。

 

一夏は何か言いたげにこちらを見るが、まあ無視だな。

 

ちなみに俺の一応の目的は達成された。つまり一夏とエムはある程度和解に近い状態となったわけだ。

二人がどんなやり取りを交わしたのかは分からないし聞く気もない。

 

しかし──

 

「ねえ一夏。この子とは結局どういう関係なの? さっきまで仲良さそうにお話してたみたいじゃない」

「えーっと、兄妹みたいなものというか」

「ふん。貴様と兄妹になった覚えはない。私の家族は千冬お姉ちゃんだけだ」

「兄妹じゃない女をお姫様だっこしてたの? ていうか千冬さんが姉? もしかして義姉(あね)?」

「いや、あの時は不可抗力というか何と言いますか」

「ふん。頼んだ覚えはない。この男が勝手にやったのだ」

「ねえ一夏。やましい気持ちは無いのよね? あたしというものがありながらこの女を」

 

──しかし、一夏とエムが鈴と共に仲睦まじく会話に花を咲かせている姿を見て思う。

もう心配は要らない。微笑ましさすら感じる光景だ。

 

一夏がこちらへ何度も視線を向けて何かを伝えようとして来る。

分かっている。お前らの邪魔などしない。

 

あのエムという少女が今後織斑一夏という男とどう向き合っていくのかは分からないが、姉である織斑先生も交えて相談していくのだろう。課題は多いが、あいつらは家族だ。きっと乗り越えられる。というか一夏とエムが和解した以上、織斑先生が一夏の決定に異を唱えることはないだろう。

 

姉と言えば、今回の件には例のしののの博士が絡んでいるんだったな。

 

「この『紅椿』ってしののの博士謹製なんだよね。すごいなあ」

 

適当に持ち上げてみると、箒はさらりととんでもないことを教えてくれた。

 

「あ、ああ。一応その、いわゆる、なんだ。ワンオフアビリティが既に発現している」

「えっ、本当に!?」

「箒さん、本当なんですの!?」

 

セシリアも食いつくビッグニュース。それもそのはず。単一仕様能力(ワンオフアビリティ)は、IS操縦者にとって目指すべき頂なのだ。俺もどうやら使えるらしいのだが、自分の意志で発動したわけじゃないから今一つ実感が無い。

 

そして何より、『白式』と同様、二次移行が済んでいないにもかかわらず単一仕様能力が発現しているという点に、俺とセシリアは驚いていた。

 

詳しく聞いてみると、どうやら『紅椿』にはそもそも、形態移行の段階という概念が無いようだ。無段階移行(シームレス・シフト)というらしい。状況や経験に応じてスペック更新が随時行われるようだ。すごい。

 

単一仕様能力は『絢爛舞踏』。効果はエネルギーの回復。なんじゃそりゃ。ずるくない?

なんでも、エネルギーを消滅させる『白式』の『零落白夜』と対になるアビリティとして作られたらしい。聞けば触れるだけでエネルギーが回復されるとか。それって反則じゃないですかね。というか『絢爛舞踏』を使うためのエネルギーはどっからきてんの? 『絢爛舞踏』発動で消費したエネルギーも回復できるんだったら永久機関じゃん。ずーっと回復し続ければ相手が勝手にガス欠になるじゃん。いや、ずるくない? まあそれはそれとして一回見てみたいよね。

 

「ねえねえ、ちょっとやってみてよ。『アマテラス』は今待機状態なんだけど回復できるのかな」

「あっ、ずるいですわ! 後ほど私の『ブルー・ティアーズ』もお願い致しますわ!」

「や、ややってみる」

 

恐る恐るといった様子で待機状態の『アマテラス』を受け取る箒。すると……

 

「ふぬうううぅ……っ!」

 

箒は待機状態の『アマテラス』を片手に、必死に力んで唸り始めた。

 

その時、箒が必死に力んで唸ったからだろうか、明け方の海に箒の唸り声が弱々しく響いた。しかしそれも、大きな波音にかき消されてしまう。箒がただ力んだという結果だけが残った。

 

「何も起きないね」

「そうですわね。何か足りない要素があるのでしょうか」

 

足りない要素、ね。

 

箒は『アマテラス』を見つめ……否、もはや睨み付けながら、エネルギーを注入しようと唸っているが、何も起こらない。さて、どうしたものか。

 

「あ、わかったかも」

「なんですの? ユウさん」

 

ふふん。これは正解いっちゃうパターンか?

 

「あれだよ。やっぱりエネルギー注入のためのセリフやポーズがあるんだよ」

「セリフとポーズ、ですか?」

「そうそう。愛情注入☆萌え萌えきゅーんみたいな」

 

俺は自信たっぷりに答えた。魔法の言葉の有無が全てを握っている。やはり分かってしまうんだよな。

 

「や、八神! ふざけてないで真面目に……」

「ふざけてないし大真面目。というわけで箒、やってみてよ」

「……え?」

 

頬を染めてあたふたと抗議を垂れる箒に、にっこりと微笑みかけながら詰め寄っていく。俺が至極真面目に言っているのが伝わったのか、箒の口元が引きつりだした。

 

「大丈夫。きっと上手くいくよ」

「へ、ほ、本気か? 本気で言っているのか?」

「私を信じて。トラストミー」

「わわ、わかった! わかったから無駄に良い笑顔で徐々に近付いてくるな! 怖い!」

 

根拠はない。だけどトラストミー。

そんな俺の満点スマイルが効いたのか、箒は快く俺の提案を受け入れてくれた。やはり笑顔は重要だと思った。

 

「さあ、そうと決まれば早速呪文を唱えよう!」

「え、あ、ま、まだ心のじ準備がその……」

「怖じ気づいちゃ駄目だよ。それとも恥ずかしいの? 萌え萌えきゅーんじゃなくてもいいよ? リリカルトカレフキルゼムオールにする?」

「わ、わかったから近付いてくるのをやめろ!」

 

俺が再び詰め寄り始めると、箒は意を決したのか、赤かった頬にさらに熱を湛えて叫んだ。

 

「ぅ……ぁ……ら、ラミパスラミパスルルルルルーーー!!!!」

 

浜辺に箒の声が響く。何事かと、一夏達まで会話を止めてこちらを見ている。静まり返った朝の海に、波の音がさざめいた。

 

「ぁ……うぅ……」

 

周囲からの視線と沈黙を感じ取ったのだろうか。小さな声を絞り出すようにして俯く箒。顔を真っ赤にして、若干涙目になりながら縮こまっている。

 

俺は一つ頷き、口を開いた。

 

「かわいい」

「いや、「かわいい」じゃありませんわ! 何も起きないではありませんか!」

「え? ああ、そういえば単一仕様能力の話だったね」

 

また考え直しだな。

少し考え込んだ後、またしても俺は閃いてしまった。

 

「あ、また分かったかも」

「……八神、今度はまともなやつで頼む」

 

じとっとした視線を寄越す箒。

俺の考えはいつだってまともでしか無いんだよなあ。

俺はエムや鈴と戯れている一夏へ視線を向けた。

 

「『白式』の対になるってことは、もしかしたら一夏くんがいないと使えないんじゃない?」

「なるほど。二機並び立つことで初めて使用可能なアビリティということですわね」

「な、わ、私と一夏が、並んで……!?」

 

箒の顔が一瞬で真っ赤になったかと思うと、それに連動するように『紅椿』が黄金の光を放ち始めた。そしてぼふんという音共に箒の頭から湯気が上がり、『紅椿』からは金色の粒子が溢れ出る。何だこれ。何だこれ。

 

「うわっ、何か急に金色のキラキラ粒子が出たと思ったら『アマテラス』がすごい勢いで回復してる!?」

「これが『絢爛舞踏』ですわね……!」

 

その後、セシリアのエネルギーも回復させた。しかし一体何が発動のキーになったのか。今一つ分からずじまいだった。

 

 

 

 

§

 

 

 

 

「そういえばユウ、アンタなんで暴走なんかしちゃったわけ? 何か心当たりでもあるの?」

 

唐突に鈴に訊ねられた。暴走の心当たりか。いや、十中八九しののの博士じゃないかと俺の勘が囁いている。久しぶりに俺の第六感がビブラートを効かせて囁いている。というかアレだ。そもそも他人のISに暴走ウィルス仕込むとかしののの博士じゃないと無理でしょ。

 

もしかしたらテロの直前、あの時の整備中に亡国企業とやらに仕込まれたのかもしれないけど、それなら無理矢理にでもテロ開始に間に合わせて整備を終わらせるはずだ。テロ中に暴走した方が、やつらにとっては都合が良かったはず。

 

そしてあのテロの直前では、今のようにエムが警察に護送されるという状況までは読めなかったはず。わざわざウィルスを潜伏させておく理由が無い。そんなまどろっこしいことをせずに、ウィルスを仕込めるような場所に居たのならそのまま強引に『アマテラス』を奪えばいい。そうしなかったということは、あの時点で亡国企業は『アマテラス』に触れられるような立ち位置には居なかったのだろう。

 

容疑者は亡国企業ではない。ウィルスが仕込まれたタイミングがテロ直前の整備ではないとしたら、それ以前と見るのが濃厚だ。そうなると整備士にも気付かれないようウィルスは隠蔽されていたことになる。それができるとしたら、真っ先に容疑者として上がるのはやはりしののの博士だろう。

 

「なんかいつの間にかウィルスが仕掛けられてたみたい。いつ入り込んだのかは分からないんだけどね」

 

嘘だ。何となくだけど分かる。恐らく『アマテラス』にウィルスが仕掛けられたのは、『シュヴァルツェア・レーゲン』の暴走事故の時だ。あの時、敵が目の前にいるというのに、急に『アマテラス』が言うことを聞かなくなった。てっきり適性が下がったせいでスペック的に処理できなかったのかとも思ったが、そもそも『アマテラス』は適性Aでもギリギリ動くらしいからな。

 

以前読んだ教本では、「適性は身体的な特徴や能力だけではなく、精神的な面にも依存する」と書かれていた。その本によると、例えば最初は低ランクの適性だったとしても、稼働経験を積み、ISという存在が自分の一部となることを受け入れるという方向に意識改革が進めば、ある日を境に高ランク適性となることもある。

極端な話、測定時点では入学基準ギリギリのランクCだったとしても、意識次第でランクSになったりもする。俺に起きたのはその逆だ。

 

俺はあの時、間違いなくISという存在を恐れていたし、疎んでいた。だから適性は下がり、そこにつけ込まれるようにウィルスを仕込まれた。まあ、適性が下がったおかげで『アマテラス』は十全に力を発揮できず、ヘリを落とす前に追いつかれ、こうして見事に負けて事件解決に繋がったわけなんだけど。そうやって考えると、やっぱり俺って運に恵まれてるな。

 

というかむしろ、俺としては暴走してくれて助かったのか? 今回は暴走事故のおかげで、ヘリを襲ったのも、あの状況で作戦行動外にもかかわらず学園を飛び出そうとしたことも全部暴走のせいにできる。

 

機体の暴走が無ければ、俺はエムを一夏に引き合わせるためにエムを誘拐しただろう。素面で。そうなるとしっかり責任追及されまくったはずだ。

あの時の俺は追い詰められて精神的に暴走状態だったからな。危なかった。

 

「みんながここに来たのって、私を捕まえるため、でいいんだよね?」

 

俺の問いかけに、鈴やセシリアが補足しながら答えてくれた。

 

どうやら俺の暴走については政府から情報が齎されたようだ。そしてその情報は匿名のタレ込みだったそうだ。一般市民があんな深夜に高速で海を飛ぶISを撮影できるのか? 機体の詳細が分かるような精度で? まず無理だろう。ますますしののの博士犯人説が濃厚になってきた。

 

さらに聞けば、指揮を執ったのは一応織斑先生だが、その場にはしののの博士も同席していたらしく、『アマテラス』の破壊についてかなり強引に推し進めようとしていたようだ。そして『紅椿』だけで十分だとも言い放った。何となく見えてきたぞ。

 

話を聞いて考えるに、しののの博士は凄まじい天才であり、凄まじいサイコパスであり、凄まじいシスコンだ。一夏の部屋に仕掛けられていた大量の盗聴器やカメラを発見したことがあった。IS学園とはつまりそういう場所だ。様々な国、派閥の思惑が絡み合う情報収集の場なんだ。そこに紛れてしののの博士は自身の妹に関する情報を集めていた。監視していたというより、本人としては見守っていたつもりなのかもしれない。

 

そんな妹の周辺をちょろちょろし始めたのが俺だ。しかも今にして思えば、しののの博士の力を利用しようとする連中と同じようなことを口にしていた。しののの博士は俺に嫌悪感を抱いたのだろう。そこで俺を排除すると同時に、妹の踏み台にしてやろうと思った。そのための今回の暴走事故であり、それを解決するための『紅椿』だったというわけだ。

 

出動前にちょっとしたトラブルがあったようだが、妹の晴れ舞台を邪魔しないようにと、しののの博士が率先して問題解決に当たったらしい。とはいえそれにより多少出遅れたようで、結果として一夏を追いかける形で合流した、と。何故一夏だけがみんなより早くここへ辿り着いたのか、それは本人に聞いても適当にはぐらかされてしまった。

 

「なあ。そういえばみんな、学園を出る時に弾と会わなかったか?」

 

俺が考え事に耽っていると、一夏からピントのずれた質問が飛んできた。どういうことだ?

 

「弾? ああ、普通に廊下ですれ違ったわよ。すごい深刻そうな顔でお腹抑えながらトイレに入っていったけど」

 

大きい方ではないかと、鈴が明け透けに答える。その答えに一夏は納得したようで、「だから途中から連絡が無かったのか」などと呟いている。

 

さて、ある程度現状は把握した。どうも俺はしののの博士に嫌われている。あるいはどうなっても構わないという無関心か。まあ、ウィルスが作動した時に聞こえた『調子に乗ったメス豚くん』というメッセージから察するに、やっぱり嫌われてんだろうな。

 

平和的解決は難しそうだ。

 

そう思って何となく空を見上げた時だった。

 

 

 

「ん? 何かこっちに来てるね」

「学園の人達じゃないのか?」

 

朝焼けに燃える空に、きらりと何かが煌めいた。陽光を反射したそれは、徐々にこちらへ近づいているようで…。

 

「違いますわ! 敵襲です!」

 

セシリアが叫ぶと同時に、ISを展開できる連中はすぐさま展開し、俺や一夏、エムを抱えて飛び退いた。俺を抱えているのは箒だ。

 

やがてそれは、凄まじい速度と衝撃をもって俺達の前に落ちてきた。流星の如く現れたそれは、どこかで見たような、のっぺりとした無機質さを纏っていた。

 

「これは、IS……?」

 

俺の言葉に誰も答えない。誰もが固唾を飲んでそれを見つめている。それはむくりと立ち上がり、俺達に全貌を見せつけた。

 

黒く針金のように細い体躯。いわゆるフルスキンタイプというか、操縦者の肌は一切見えない。顔の部分には2つの赤いランプが眼光のように点滅している。

 

遠目には間違いなく人型に見える。しかし何だろう。この無機質感は激しい既視感を伴っている。

 

「あ、そうだ。前に来た無人機に似てるよね」

「……言われてみれば確かにそうだ」

 

俺の言葉に、今度は一夏が頷いてくれた。無視は悲しいもんな。

忘れもしない。俺と一夏の模擬戦に割り込んできた不届き者だ。結局どこの誰が送り込んだのかは知らされていない。

 

無人機と思しき襲撃者は、俺の存在を認めるや否や、その赤い二つの視線を俺に固定した。

 

熱い視線を感じる。モテるってつらいね。

 

無人機はそのまま、こちらへ向かって飛び出した。武器を使わず、力任せに打撃を繰り出してくる。さすがに一切のからめ手のない攻撃を躱すことなど造作もないらしく、箒は危なげなく回避していく。しかし俺を抱えながらであり、しかも明らかに俺を狙った攻撃しかない。完全にお荷物だ。

 

セシリアや鈴が攻撃を仕掛けるも、無人機特有の人体構造を無視した気色の悪い動きで次々と躱され、時に無茶な体制から反撃を受けてしまう。

 

さて、俺もそろそろ動かねばなるまい。

 

「箒、箒、ちょっと下ろして」

「な、何を言っている!? しし死ぬ気か!?」

「いいから。どうも私が狙いみたいだし。みんなは離れててね」

 

何とか『紅椿』から降りると、無人機はすぐさまこちらへ銃口を向けてきた。手の甲が盛り上がっており、そこに穴が開いている。あそこからビームやら何やらを出すのだろう。

 

一瞬銃口の奥がきらりと光ったかと思うと、凄まじい勢いでエネルギーが収束していく。それは間違いなく殺意をもって俺に向けられている。

 

「でも遅い」

 

軽く右腕を振ると、俺の右腕に白金色のドレスグローブのような装甲が絡みつく。それを無人機へ向けると、青い炎が1本、吸い込まれるようにして、無人機が構える銃口へと入り込んだ。犇めくエネルギーに、青い炎が触れ──

 

「爆ぜろ」

 

──その直後、こちらへ向けられていた無人機の右腕が爆発した。

 

破片がこちらへ飛び散るが、炎のベールを展開して悉くを燃やし溶かす。

 

「エネルギーが満タンだからか、それとも二次移行の恩恵かな。操作精度がかなり高いね。うん、良い感じ」

 

思った以上の成果に、俺はうんうんと頷く。周囲はちょっと引いている。まあ引くよな。仕方ない。

とはいえかなり細かい制御が利くようになったし、火力も爆発的に向上した。

 

 

 

恐らくだが、ここで俺が出しゃばる必要は無い。俺が何もしなくても、ここにいるメンバーなら負けはしないだろう。しかしこれは俺が売られた喧嘩らしい。そして何より、自分で動くということに意味がある。

 

俺は今まで、何だかんだずっと受け身だった。それは心のどこかで、何が起きても何とかなるという楽観を少なからず抱いており、同時に『幸運』が齎す運命にはどうあがいても何ともならないという諦観を持っていたからだ。これは総括して自信と言い換えてもいい。少なくともテロ事件までは、俺は俺に植え付けられた幸運に良くも悪くも自信を持っていた。神様仏様から貰ったものを見てほくそえみ、そんな俺は特別なのだと奢っていた。

 

しかし一夏は己の意志を貫き通した。俺の願いを踏み越え、俺たちみんなが一緒にいられる都合の良い未来を掴み取った。

 

待っているだけでは駄目だ。降って湧く幸運を当てにするから振り回される。運命を切り開くのは、いつだって人間自身だ。

 

極限にまで人事を尽しきったその先で、ようやく運がものを言う。故に待つのはもうやめた。与えられた困難に不平を零すのもやめる。全ては俺が俺の手で掴み取った未来なのだから。

 

「この年になって、こんな当たり前のことに気付くなんてね」

 

 

 

さて、戦闘と並行して『アマテラス』が暴走していた時の戦闘ログを軽く流しているが、やはりAIは所詮AIだ。大味な指示しか出せていない。いや、俺がそもそも大味な経験しか積ませていないからか? まあ今後いろいろ学習してもらえばいいか。

 

右腕を丸ごと失い、今度は左手からエネルギー爪を繰り出した無人機。何とか立ちあがり、砂塵を巻き上げ、なかなかの速度でこちらへ接近してきた。

 

無人機が左手を振りかぶった時、『アマテラス』の新武装である翼刃を無人機の関節に向けて飛ばした。翼刃は青い炎を纏い、超高熱の剣となって、無人機の腕を溶かしながら切断した。振りかぶられていた左腕からエネルギー爪が消滅し、明後日の方向へ落ちていく。

 

左右の腕を失いながらも、そこはやはり無人機であるからだろう。何とかバランスを失うことなく、俺から一歩二歩と後ずさった。かと思えば、胸のハッチが開き、そこから銃口が顔をのぞかせた。

 

「そーれ」

 

適当な掛け声で、青い炎を操る。今度は2本。炎は一瞬で胸の銃口に辿り着くと、滑らかな動きで銃口に絡みつく。俺がぐっと手を握ると、熱で強引に銃口が歪んだ。

なぜこうも簡単に相手の装甲や武器を溶かしたり歪めたりできるのかというと、そもそも『アマテラス』の発火能力は電子レンジの延長線というか、ナノマシンによって周囲の分子の動きや振動をある程度操作できるからだ。

 

今までは若干持て余していた感のあるこの発火能力だが、『アマテラス』本体のスペック向上によってかなり使いこなせるようになった。範囲も精度も桁違いだ。

 

相手は無人機であるが故に絶対防御もシールドも発動しない。どちらも操縦者を守るためのシステムだからだ。恐らくコアのある部分くらいは発動するだろうが、ならばそれ以外を削ぎ落していけばいい。進化した『アマテラス』の試運転には丁度良かった。

 

 

 

さて、もう勝負ありって感じだな。十分だろ。向こうはこれ以上、まともに戦闘を続けることはできない。何が来ても対処して見せる。ここからは情報収集の時間だ。

 

「『アマテラス』のエネルギーが回復していたのは計算外でしたか? しののの博士」

 

俺の言葉に、無人機は一瞬硬直するも、どこかについているのであろうスピーカーから、主の声を垂れ流し始めた。

 

『ふーん。気付いてたんだ』

 

平坦なアニメ声。だが、隠しきれない俺への苛立ちの様な物を感じる。こいつがしののの博士か。

 

「冷静に考えれば現代で無人機を作れるのは博士くらいですからね。いや、何とも強靭で素晴らしい機体です。危うく負けてしまうところでしたよ」

『黙れよ。気色悪い』

 

取り付く島もない。やはり平和的解決は無理だな。何かもう面倒くさいし。

恐らく第三アリーナを襲撃した無人機も、しののの博士が作った無人機だろう。

俺はあれに殺されかけた。確かに俺にも原因の一端はあるが、だからといってこの傍迷惑女に慈悲をかける義理は無い。

 

「何やら不興を買ってしまったようですね。恐らく私が妹さんに近づいたのが気に入らなかったのでしょう。しかし博士、あなたの用いたその無人機やこの度の騒動によって、私だけではなく、他の方々にまで危険が及んだのもまた事実」

 

長刀を取りだし、その刃に炎を走らせる。一瞬で眩い陽炎を見せる刀。無人機が動く前に横一線に振るう。

金属同士が擦れ合うような甲高い音を軋ませ、無人機の腰から上がぐらりと傾き、落ちた。

 

「次にまた何かあれば容赦はしません。私の周囲に被害が及ぶのであれば貴方ごと燃やし尽くします。これでも、友人達の幸せを願っておりますので」

 

返事など要らない。自爆する暇など与えない。エネルギーを限界まで刃につぎ込み、無人機のコアを内包しているであろう上半身に向けて、爆炎を叩き付けた。

 

 

 

 

§

 

 

 

 

紫の髪から兎の耳が飛びだしている。水色のエプロンドレスのような服を着用し、まるで童話から飛び出してきたかのような出で立ちだ。

 

「……なにあの女」

 

IS学園の屋上にて。束は一人、朝の空を睨み付けていた。その視線の先にあるのは虚空だが、このとき篠ノ之束は確かに、ある人物へ強い感情を向けていた。人間らしい感情を家族以外の者へ向けたのは、束にとって非常に稀有なケースだ。

しかしその感情は、憎悪という表現では生温いほどに暗く陰鬱であり、それでいて燃え盛る火山が如く苛烈で攻撃的な感情だ。

 

誰も居ない屋上にて、束は目の前に半透明のウィンドウをいくつも展開した。そして目にも止まらぬ早さで何かを入力していく。

 

「ムカつく、ムカつく、ムカつく、ムカつく、ムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつく」

 

ある少女から受けた警告、もとい宣戦布告に、篠ノ之束は激しく憤っていた。次に何かあれば容赦はしない、自分は友の幸福を願っている、と。

 

束は少女の言葉を聞いた時、まるで「お前は妹の幸せを考えられていない」と責め立てられた気がした。

ふざけるな。お前に私達の何が分かる。赤の他人が私の身内に近寄るな。

束は八神優の言葉を、決して受け入れることが出来なかった。

 

「あのメス豚、叩きつぶしてやる。今いるゴーレムたちを全て送り込んで、それから──」

 

あれこれと計画を練り込んでいた時、屋上の扉が大きな音を立てて開かれた。

 

「束、ここにいたのか」

「ちーちゃん……」

 

束が振り返ると、そこに居たのは黒髪を後ろで括り、鋭利な眼光をこちらへ向ける美女が一人。

 

──織斑千冬。束の親友であり、世界最強のIS操縦者。

 

そして唯一、生身で束と渡り合える怪物。

 

千冬はいつもの黒いレディーススーツ姿ではない。甲冑を意識したようなデザインの、タイトな戦闘用スーツを纏っている。そしてその手に握られているのは巨大な刀。本来はIS用の武装ではあるが、それを生身で扱えるからこそ、織斑千冬は地上最強のブリュンヒルデと呼ばれている。

 

「一応お前の親友を自負しているからな。止めるだけ止めに来た。聞く気はないかもしれんが、これ以上はやめておけ」

 

諭すような千冬の言葉。自然体でゆっくりと束へ近づいていく。

ああ、そうか、己の親友はあの女の味方をするのかと、束の瞳に黒い感情が渦巻く。

 

「先程八神から連絡があってな、何かあれば束を止めてほしいなどと言うから探してみれば、案の定というやつだ」

「ちーちゃんはあいつの言うことを聞くんだね」

「ああ。ちなみにお前の妹からも頼まれている」

 

何故。何故。何故。

 

束の中で苛立ちや孤独感が燻っていく。しかしそれはやがて大きな炎となり、目の前の親友に向けられた。

 

「なんで……なんでなんでなんで!? なんであの女の味方なんてするの!?」

「一夏と、一夏が大切にしているものを守るためだ」

「別にあの女なんて要らないでしょ!? いっくんも箒ちゃんもちーちゃんも、なんであんな女に構うの!? なんで私の邪魔するの!?」

「お前がやつらに危害を加えるからだ」

 

淡々と口にする千冬。感情のままにかみつく束。

束の豹変に驚いた様子もない。元々束は感情の起伏が他人とは少し異なっていた。古い付き合いである千冬は、彼女のことを理解はしていないが、この世界の誰よりも知っている。

 

「……いっくんや箒ちゃんはちゃんと死なないように気を付けてるよ? それでも駄目なの?」

「無論だ。身内以外ならどうなっても構わないという考え方はやめろと、昔も言った気がするな」

「ISのデータを集めるためには仕方ないでしょ? いっぱいデータを集めて、研究して、『白騎士』を超えるくらいすっごいのを作るから。だからまたISを着てくれる?」

「……はあ」

 

二人の間を、そよ風が通り抜ける。明け方の屋上は、少しずつ熱を帯び始めていた。子供のように表情をころころ帰る束と、終始無表情の千冬。千冬は何かを思いだすように彼方を見つめ、呟いた。

 

「束、もういいんだ」

 

親友の言葉の意味が、天才である彼女には分からなかった。ぽかんと呆けている束に、千冬はさらに言葉を重ねる。

 

「すまなかったな。私のせいで、お前の人生を狂わせてしまった。そこまでISに囚われていたとは」

「な、何言って……」

「正直な話、私は後悔している。あの日お前を父と母の研究室へ連れていったことを。あの時お前が差し出したISに手を伸ばしてしまったことを。だから今日、過去の後悔を清算しようと思う」

 

独白に近い言葉。千冬は束に視線を合わせた。束の瞳は困惑と悲痛に歪んでいる。

千冬は一度深呼吸した。これから告げる言葉は、自分には言う資格など無いのかもしれないが、自分が言わなければならない言葉だ。やがて小さく、それでいてはっきりと通る声で、千冬は言った。

 

「もうISの研究はやめろ」

 

束の中で、何かがひび割れた。

 

「待ってよ……ちーちゃんが言ったんだよ!? 力が欲しいって! だから私は……」

 

千冬が家族を失った時、その原因の一端が自分にあると分かった時、束の中の歯車は、どこかが食い違ってしまった。

弟を守りたいたいという強い意志が彼女をすり減らしていく、そんな千冬を見るのが悲しかった。親友に辛い顔をさせたくなかった。彼女はもっと輝くべきだ。羽ばたくべきだ。力を欲するのであれば、私が与えよう。だから笑ってほしい。彼女の輝きは自分が取り戻す。そんな思いが、ある一つの事件につながる。

 

「ああ。言った。そしてお前はISを作った。女である私でも、あらゆる敵を跳ね除けられると言いながらな。完成した『白騎士』を渡された日のことを、今でも覚えている。懐かしい。ミサイル2000発か。忘れろという方が無理な話だ」

 

白騎士事件。そして世界は一変した。女性は優遇され、織斑千冬は国の英雄となった。一夏を守ることができるようになった。

 

「ISのおかげで一夏を守ることが出来る。あの時はそう思っていた。今後ISがさらに普及・発展すれば、私の立場はより強固なものになると」

「じゃあなんで止めるの!? 全部全部、いっくんと箒ちゃんとちーちゃんのためなのに!」

「私は、女である私でも一夏を守れるようにと願った。私が欲したのは一夏と、やつの大切なものを守るための力だ。しかしISでは守れなかった。そしてお前は一夏と一夏が大切にしているものを危険に晒した。ISを使ってな」

 

そして何よりと前置きして、一呼吸置いた後、千冬は改めて束を見据えた。

 

「やつらは生徒で、私は教師だ」

 

生徒を守るのが教師の役目であり、たとえ相手が親友であろうともそれは変わらない。

 

「さて、話を戻そう。纏めると、お前の一連の動機は個人的怨恨とISの研究か。それを踏まえた上で言わせてもらうが、これ以上うちの生徒にちょっかいを出すのはやめてくれ。大人げないとは思わないか。研究の過程でうちの生徒に危害を加えるというのであれば、研究そのものをやめてほしい」

「…………」

「ISはお前にとって今の世界の象徴だ。ISが否定されるというのは、お前が作り上げた世界が否定されたも同じ。全て理解できるなどと口にするつもりはないが、それでも多少の辛さは分かってやれるつもりだ。どの口がと思われるかもしれない。お前がどうしてもIS研究を続けたいというのであれば、せめて誰も傷つけずに進めてほしい」

「…………」

「ISを特権化させ、より高みへと進化させる。それが一夏や箒を守ることに繋がり、私への贖罪となると考えたのだろう。ISの成長には実戦を積ませるのが一番だ。その結果やつらに闘争を強いることになった。しかし、やつらにはやつらの世界と価値観がある。ISが齎す世界を押し付けて囲うのではなく、やつらが何かを得て歩んでいく様を見守るのも、私達の役目だろう。違うか?」

「……ちーちゃん、なんだかお説教が上手になったね」

「教師とは意味もなく説教をしたがる生物だからな」

「……ねえ、ちーちゃん。今の世界は、楽しい?」

「楽しくないと言えば嘘になる。しかし今の世界が一夏達の安寧を脅かすのであれば、否定せざるを得んだろう」

「……そっか。要らないんだ。ちーちゃんは私を……私の作った世界を否定するんだ」

 

束は俯き、蚊の鳴くような声で呟いた。

 

 

 

「もういいや」

 

 

 

次の瞬間、千冬は束の目の前で刃を振りぬいていた。何かが束の手元から弾かれ、宙を舞う。それは天使の羽根のようなものがあしらわれた可愛らしいオブジェ。例えるなら、魔法少女のステッキの先端部分のような何かだった。

 

そして束の左手には棒状の何かが握られている。何の変哲もない棒だが、先端は何かで切断されたような跡がある。

 

「あはははっ、さすがだね。ちーちゃん。まさか『王座の謁見』が一瞬で使い物にならなくなるなんて」

 

束の言葉に、千冬は沈黙したまま何も返さない。

 

束が顕現させようとしたのは『王座の謁見』と呼ばれる発明品だ。魔法少女のステッキを模したデザインのそれは、周囲の重力を操ることが出来る。しかしそれが力を発揮することはなかった。量子化されていた『王座の謁見』が顕現したその瞬間、千冬が一瞬にして斬り捨てたのだ。

 

「でもざーんねん。本命はこっち」

 

そう言って束は右手を掲げて見せた。そこには何かのスイッチが握られており、既にボタンは押されている。

 

その直後、軽い地響きと共に屋上の床に亀裂が走った。

 

「くッ、お前まさか!」

 

千冬が咄嗟に飛び退くと、校舎を食い破るようにして、床の下からニンジン型のロケットが姿を現した。

そして束がロケットに飛び移ると、ロケットはそのまま空へと飛んでいく。

崩壊する校舎。千冬は瓦礫から瓦礫へ飛び移り、何とか地上へ着地した。

 

「いっくんも箒ちゃんもちーちゃんも認めてくれないんだったら、もうこんな世界要らない! すぐにでも全部壊しちゃおう! あははははははははっ!」

 

朝の青空に笑い声がこだまする。千冬は空を睨み付け、奥歯を噛み締めた。

 

 

 

 

§

 

 

 

 

『すまない。説得に失敗した』

 

箒のスマホに織斑先生から電話がかかってきたかと思うと開口一番それだった。やめてくれよ。

 

「ちなみに博士はなんて言ってました?」

『世界を壊す、と』

「おおう」

 

俺の問いかけに、織斑先生は憎々しげに言った。いや、マジで出来そうじゃんあの博士なら。

 

しかししののの博士もやることがぶっ飛んでるな。まあ、世界中を巻き込む大きな流れをほぼ一人で作り出すなんてもはや神の所業だ。人間の身でそんなことが出来てしまう束は、人格も神様レベルでぶっ飛んでるということか。

 

「ちょっとみんな、これ見て」

 

鈴が何やらスマホを手招きしている。どうやらニュースサイトを見ているようだ。

 

促されるままに画面を覗き込むと、そこには全世界の首脳陣へ向けて、匿名のメッセージが送られたと書かれていた。その内容は全ての国家で共通している。曰く「もうこの世界は要らないので、滅ぼします」とのこと。どうしよう。

 

「ヤバいわね。相当マッドだわ」

 

その通りだ。頭おかしい。箒は姉のしでかしたことだからと、何度も頭を下げている。気苦労が絶えないな。

 

「そういえば束さんってそもそもどんな人? 私知らないんだけど」

 

教本の写真なら見たことはあるが、その写真はたしか今から10年前の写真だ。当てにならんだろう。

 

俺の言葉に、今度は全員の視線が俺へ向いた。その視線は一様に「えっ、今更?」という意思が込められていた。

 

「あんたってたまにド天然かますわよね。ほらこれ。この写真」

 

そう言って鈴がスマホに表示させたのは、紫の髪にウサ耳カチューシャの24歳だった。服装は大きく胸の開いた水色のエプロンドレス。全体的にメルヘン8割SF2割みたいな見た目だ。え、24歳? 織斑先生と同い年? 本気で言ってる? この格好で?

 

「あ、ありがとう。結構その、個性的? な人なんだね。とりあえず博士を止めないと」

「ああ。にしても、どうすればいいんだ? 向こうの出方が分からないから全く手が浮かばない。そもそも束さんって今どこにいるんだろう」

 

一夏がそう言うと、箒はようやく謝罪をやめ、恐る恐るといった様子で小さく顔を上げた。

 

「その、詳しくは知らないが、以前移動式のラボを使っていると言っていた、気が、する……します……すみません……」

 

箒の発言に全員の視線が向いたからか、すっかり恐縮して言葉が尻すぼみなってしまった。

しかし移動式か。これはまた場所の特定が難しそうだ。

 

「ラボの名前は?」

 

訊ねると、今度は織斑先生が答えてくれた。

 

『吾輩は猫である、名前はまだない、だ』

「……え?」

『吾輩は猫である、名前はまだない、だ。これがやつのラボの正式名称だ』

「な、なるほど」

『ちなみに束のラボは世界中が躍起になって探しているが、未だに見つかっていない。地球上のどこにあるのか、どこを移動しているのかも未だ不明だ』

 

うーん、そうか。

 

そうか。

 

ラボの名前から何か手がかりがあればと思ったが、何だよ猫って。兎だったり猫だったりはっきりしろよ。全然分からない。

 

……ん? あれ? 本当に共通点は無いのか?

 

 

世界中を探しても見つからない。

ウサギ耳のカチューシャ。

吾輩は猫である。

移動している。

夏目漱石。

兎。

 

 

……ん?

え、いや、まさか。

だがしかし、俺の想像が正しければ……。

 

「……わかったかも。ラボの正体」

 

本日3度目のわかったかもに、再び周囲の視線が俺に集中する。俺がこれから口にする回答は少々荒唐無稽だ。しかし不思議と的中しているのではないかという確信にも似た感覚が、俺の口を開かせる。それにISの名目上の用途を考えれば、あながち不自然な答えでもない。

 

それに仮にこの答えが正解であれば、しののの博士が用いる世界滅亡の手段も何となく見えてくる。

 

 

俺は空を見上げ、今は見えなくなったそれの名を告げた。

 

 

 

 

 

 

「月、じゃないですか?」




名前:八神 優(やがみゆう)
性別:見た目は女。中身は男。
年齢:16
誕生日:1月1日
転生特典:顔面偏差値+40、幸運EX
スタイル:セシリア以上千冬以下
容姿:黒髪ロングと赤い目のスーパー美少女
専用機:アマテラス

・本作主人公。原作『IS<インフィニットストラトス>』を知らないTS転生者
・前世はスーパー高学歴ボーイだった。趣味はエクストリームベルマーク収集。明るく友達に恵まれた童貞。
・死んだとき「そのツラが気に食わない」「不幸な事故だと思って」などと神に言われ、気に入られる顔と幸運を願った。
・クトゥルフ神話TRPGで言えばAPPとPOWが天元突破している。
・周囲から違和感を持たれないように、本来の『八神優』に備わったであろうキャラクターを演じている。
・美少女キャラに関しては完全に死に設定と化してしまった。
・幸運と美貌に胡坐をかいていたという設定のせいで若干のコミュ障を患っている。
・勉強はできるが頭が弱い。あれこれ考えたことは大体間違っており、それに則った行動は凡そ裏目に出てしまう哀れな女。
・何も考えずに運に身を任せれば最強。
・思い込んだら結構ノンストップ。
・なかなかめげない豆腐メンタルという謎の精神性を持っており、自責傾向が強く、傍から見ていると苛立ちを覚える。
・良く言えば「感受性が高く、切り替えが早い不屈の精神」の持ち主。主人公っぽい。いいぞ。
・前半部では『死』に対する恐怖が麻痺していたが、それ以外は比較的まともな倫理観を持つ。
・初期構想から最も乖離したキャラクター。
・優のキャラが思ったものと異なるものになったせいで作品の雰囲気も変わった。
・本当は決め台詞とか言わせたかったしもっと一夏とちゃんとラブコメさせたかった。
・というか決め台詞も無いしスーパーチート能力も無いし原作主人公との絡みも若干淡白で何より芯の通った思想が無いから存在感が薄い。
・設定とキャラの薄さと動かし辛さに関しては二次創作界隈全体で見てもかなりの実力。



最終章です。

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