亡国企業とは、戦後の世界秩序を影から脅かし続けた国際犯罪組織である。
構成員の情報は一切不明。また明確な目的も不明。しかし彼らは、いかなる国、時代においても、戦乱と共に現れる。そうした中で、このISという超兵器が開発されたこの世界に彼らが現れたのは、ある種の必然である。
その存在を秘匿しつつも、世界各国の警察組織が追い続けた亡国企業。今その構成員の一人が、国際警察の手に引き渡されようとしていた。
「時間です」
日の落ちたヘリポートに、堅苦しい声が響く。警視庁特別捜査官である男は、車椅子に座る少女をちらりと見た。
(こんな子供が亡国企業の一員だというのか……)
意識を失ったまま車椅子に拘束されている少女を、メガネをかけた童顔の女性教師がヘリの中へ押していく。
ヘリポートには現在、エンジンのかかっていない静かなヘリコプターが3機と、事件現場であるIS学園の教師が数名。そして男と同じ警視庁特別捜査官が12名。うち半数は女性であり、そのうち4名がISを所持している。2機のヘリは護衛用だろう。
本来海外での犯罪歴があったとしても、国家主権上の問題から現場となった国が犯罪者の身柄を拘束する。しかし今回は組織の危険性があまりにも未知数であることと、現場がIS学園という名目上は特異な治外法権状態であったこと、また情報共有及び安全性の観点から、一度襲撃を受けた日本ではなくICPOの本部が存在するフランス、リヨンへ身柄を護送することとなった。
(それにしてもこの子供……)
男は少女と、学園教師の一人を気付かれないように何度か見比べた。
(あの
§
ヘリが飛び立ったであろう方角を、一人の女子生徒が見つめていた。彼女は何かを考え込むように立ち尽くしている。その相貌は芸術品のように整っており、その場の雰囲気も相まって、見ている者がいれば思わずため息をついただろう。
30分ほどそうしていただろうか。やがて彼女は、夜に溶け込むような黒い髪をなびかせ、何かを決心したような面持で呟く。
「……行こう」
直後、少女の体を光の粒子が包み込み、弾けた。
そして──
【ERROR】
【ERROR】【ERROR】
【ERROR】【ERROR】【ERROR】【ERROR】【ERROR】【ERROR】【ERROR】【ERROR】【ERROR】【ERROR】【ERROR】【ERROR】【ERROR】【ERROR】【ERROR】【ERROR】【ERROR】【ERROR】【ERROR】【ERROR】【ERROR】【ERROR】【ERROR】【ERROR】【ERROR】【ERROR】【ERROR】【ERROR】【ERROR】【ERROR】【ERROR】【ERROR】【ERROR】【ERROR】【ERROR】【ERROR】【ERROR】【ERROR】【ERROR】【ERROR】【ERROR】【ERROR】【ERROR】【ERROR】【ERROR】【ERROR】【ERROR】【ERROR】【ERROR】【ERROR】【ERROR】【ERROR】【ERROR】【ERROR】【ERROR】【ERROR】【ERROR】【ERROR】【ERROR】【ERROR】【ERROR】【ERROR】【ERROR】【ERROR】【ERROR】【ERROR】【ERROR】【ERROR】【ERROR】【ERROR】【ERROR】【ERROR】【ERROR】【ERROR】【ERROR】【ERROR】【ERROR】【ERROR】【ERROR】【ERROR】【ERROR】【ERROR】【ERROR】【ERROR】【ERROR】【ERROR】【ERROR】【ERROR】【ERROR】【ERROR】【ERROR】【ERROR】【ERROR】【ERROR】【ERROR】【ERROR】
彼女の視界が警戒色のポップアップで埋め尽くされていく。突然のことに面食らう女子生徒だったが、その直後、頭の内側を殴りつけるような衝撃が彼女を襲った。
「ぁ、あぁっ……! ぐっ……何だよ、これ……ぁっ!」
激しい頭痛。脳内をミキサーにかけられたかのようなそれに、彼女の防衛本能が彼女自身の意識を手放させようとする。やがて言葉を発する余裕もなくなり、奇妙なうめき声が彼女の唇から流れ落ちた。
(もう、ダメだ……)
目の前の景色がぼやけていく。意識を失いかけた女子生徒だったが、その赤い瞳を閉じようとした直前、
『やあやあ。調子に乗ったメス豚君。悪いけど君には踏み台になってもらうよ』
警告ウィンドウの隙間から、陽気な声とともに紫色の兎が姿を覗かせた。
いつかの楔が牙をむいた。
§
「暴走したIS?」
報告を受けた千冬は、怪訝な表情で尋ね返した。
現在職員室にいるのは、政府への報告書をまとめている千冬と、学園のサーバーを調整していた数名の教員たちだ。
「予期していた事態ではあるが……」
ようやく重要人物を送り出したと思ったらこれかと、深くため息をつく。どうやら先ほど、政府宛に匿名の情報提供があったらしい。その内容というのは即ち、暴走した機体が例のヘリに向けて高速で移動しているというものだった。
時計を見る千冬。今頃ヘリは燃料補給のために寄った高知を出発しているはずだ。あと3時間半ほどで、ヘリは目的地に到着するだろう。
「その機体の情報は?」
「は、はい。あります。ありますが、その……」
煮え切らない様子の真耶。もういいと言わんばかりに、千冬はずかずかと真耶の操作していたパソコンの前へ歩み寄った。
「これは……」
モニターに映るのは、いつかとある少女が身に纏っていた装甲だった。
§
「──というわけで、お前たちには暴走した『アマテラス』を破壊してもらう」
深夜のIS学園にて。集められたのは、現在動くことのできる全ての専用機所持者たち。
「ちょっと待って! 破壊ってどういうこと!?」
千冬に詰め寄りながら、小柄な少女が叫んだ。彼女の名は凰鈴音。今まさに暴走しているISに乗る少女の友人だった。
「敬語を使え。そして落ち着け、凰。これは政府からの指示だ」
冷たく言い放つ千冬。しかし鈴は止まらない。
「それじゃあユウは? ユウはどうなるっていうの!?」
鈴の言葉に同調するように、セシリア・オルコットも頷く。肩身を狭そうにしながら、シャルル・デュノアも千冬を見た。ラウラ・ボーデヴィッヒもまた、何か他に手はないかと考え込んでいる。そして──
「ちーちゃん、不満がある子は帰ってもらっていいんじゃないかな。というか……」
──一人の女性が現れた。陽気な声と共にに、一人の少女を連れ立って、暗闇からゆっくりと。
そして彼女は連れて来た少女へ振り向き、言った。
「箒ちゃん以外、みんな要らないから帰ってもらおうよ」
箒と呼ばれた少女は、己の手を引く陽気な女性をちらりと見た後、今度は千冬へと視線を向けた。
「……織斑先生。八神のISが暴走したというのは本当ですか?」
どこか震えがちな声。箒の問いに頷こうとする千冬だったが、それを遮って陽気な女性が箒の目の前で笑った。
「箒ちゃん箒ちゃん。相手が何だろうと関係ないよ。世界でただ1機の第4世代『紅椿』なら、どんな相手でも楽勝だよ。だから気にせずぶちのめしちゃおうよ」
「し、しかし、姉さん……んむっ」
自身を姉と呼ぶ少女の唇に、そっと指を押し当てる女性。紫の髪がふわりと舞う。
「大丈夫だよ箒ちゃん。箒ちゃんは何も心配しなくていいの」
女性の微笑みに、少女は何も言えずに立ち尽くした。
(これからは私が与えた
女性の口元が三日月のように吊り上がった。
§
「ユウ、どこ行ったんだ?」
その少年はボロボロだった。いや、実際外傷があったわけではないが、恐らく傷を負っているのは内面だろうと想像できる。きつい頭痛に頭を抑え、息も絶え絶えといった様子の少年。彼の名は織斑一夏。一夏はどうやら仮設医務室を抜け出し、学園内を彷徨い歩いているようだった。
実は彼、遡ること三十と数分程前。友人である女子生徒にある相談をしていたのだが、その女子生徒は相談を受けるや否や、夢遊病のような足取りで姿を消してしまったのだ。その少女を心配しつつ捜索していると、どうやらそういうことらしかった。
しかしこれに関しては一夏に問題があるだろう。何せその相談の内容というのは他の女のことだからだ。女の相談を女にするなど一体何を考えているのかと、赤い髪をした彼の親友ならば呆れかえっただろう。
『こ──先──政府から──』
「ん? この声、千冬姉……?」
しかし恐らく、それほどまでに切羽詰まっていたのだろう。或いは、きっと相談の中に登場した女に対する自身の感情が
『八神優の専用機、『アマテラス』が暴走した』
それが結果として、そのヒーローを崖から突き落とすことになるとは、誰が予想できただろうか。
『──お前たちには暴走した『アマテラス』を破壊してもらう』
さて、千冬と専用機保持者たちとの会話をこっそり聞いていた一夏だったが、居ても立っても居られないとばかりに走りだした。
「まずい。このままだとユウが……」
千冬からは『動くことのできる専用機保持者』としてカウントされていなかった一夏だったが、案の定、足がふらついて上手く走れないようだ。2~3日程眠っていたのだから当然である。
「はあっ、はあっ、っ、くっそ……!」
壁に手をつき、もう片方の手で、頭痛を鎮めるように額を抑える。しかし大した意味など無い。それは一夏にも分かっていただろう。
彼が意識を失っていたのは精神への負担によるものであり、実際彼の怪我は元々大した物ではない。既にISの操縦には何の支障も無かった。少なくとも外傷という観点で見れば。しかし動かしていなかった状態の身体を突然走らせればこうなることは必然だったし、一夏は現在ひどい頭痛に襲われている。良し悪しで言えば、コンディションは悪い。
「ユウ……っ!」
しかし織斑一夏は諦めが悪い。暴走の原因までは分からないが、きっとあの場に駆り立てた一因は自分にある。ならば立ち止まってなどいられない。一夏の瞳はそう語っていた。
「他のやつらが動く前に俺が行かないと」
そう呟いたところで、ふと立ち止まる。
自分が行って何をするのだろう。彼女と戦うのか。自分をかつて救ってくれた彼女と。そうすることで何が変わるのだろう。他の者と自分とで、結末は変わるのだろうか。ユウを傷つけないでくれと箒に頼み込めば解決するのではないだろうか。
きっと一夏の頭の中ではそんな言葉が踊っているのだろう。
「違う。そうじゃない。そうじゃないだろ……っ!」
彼女をあの場へ駆り立てたのは自分だ。ならばここで行かないでどうする。彼女を守りたい。彼女を守るのは己の役目だ。
「そうだ。俺がユウを守って見せる」
──などと考えているのだろうか。自分は本当はどうしたいのか。なぜ彼女を戦場へ追い込んでしまったのか。なぜこんなにも彼女を守りたいと思っているのか。己の心を整理しきれず、曖昧な認識のまま戦いに赴こうとする今の一夏は、傍から見ていて非常に危なっかしかった。
しかし一夏は今、気付きつつある。今まで無条件に彼女を守りたいと思っていた蒙昧な己から脱却しようとしている。たった今、あの立ち止まった数秒に、その兆しが見えた。
ならばこそ、彼に手を差し伸べようとする人間もいる。
「待てよ一夏」
「……弾。俺を止めに来たのか?」
「ふっ」
会話がやけにこだまする。IS学園の地下施設は、しんと静まり返っていた。ここにいるのは一夏と、一夏の目の前に立つもう一人しかいない。
「止める? まさか。馬鹿言ってんじゃねえよ」
己を知らず、敵も知らず、策も無しに愚直に突っ込むような、見ているだけでハラハラドキドキの絶叫マシーンが如き男と、そんな男にわざわざこうして手を差し伸べるお人好ししかいない。
「男が一皮むけようってのに、邪魔するなんざヤボってもんだ」
そういうわけだから、一夏の親友であるところの俺、戦場を駆ける紅い死神こと五反田弾は一夏の前に立ちふさがった。
「どうせろくに作戦も立ててないんだろ? 俺にも一枚噛ませろよ、一夏」
ぽかんとする一夏。きっと内心では喜びに打ち震えているのだろう。そして俺に見惚れるのは勝手だし自然の摂理ではあるが、俺はみんなの俺でいたい。それに残念ながら時間もそう残っていない。サクサクと進めさせてもらうぜ。
「俺にいい考えがある」
お前が福音になるんだよ!
というわけで、福音の代わりにゴスペることになった主人公。
まあ結果としてナターシャは巻き込まずに済んだんだから良かったんじゃないかな!