今回は結構長い上になんかややこしくなってきたので、簡単に内容を要約します。
「問題が起きて、解決した」
以上です。
「何か欲しいものはあるかい?」
「何でも言ってね。お母さんもお父さんも、あなたのためなら何でもしてあげるから」
「……おそと、いきたい」
§
【09:25】
意味が分からなかった。
『緊急事態です。生徒の皆さんは落ち着いて教員の指示に従ってください。繰り返します──』
一瞬で日常が崩壊する感覚。俺はただ、呆然と立ち尽くすことしかできなかった。
「こいつは……本格的にやべえんじゃねえか?」
すぐ隣で、俺と同じように窓の外を眺めていた赤髪の男が呟く。外には数機のIS。遠目には分かりづらいが、どれも見覚えがない。今、二つ隣の棟から火の手が上がった。ISの襲撃によるものだ。
「おいっ! とにかく移動するぞ! ユウ!」
隣から切羽詰まった声が聞こえる。すぐ近くに入るはずなのに、その声はどこか遠く、俺の中を通り抜けていく。
「ユウ!」
「──え、あ、うん。ごめん……」
未だ目の前の光景を処理しきれていない俺の脳が、がくがくと揺さぶられて強引に現実へと浮上する。重たい音を立てて、窓が真っ暗になった。バリケードかシャッターか分からないけど、とにかく俺達が今いる場所も防衛機能が発動したようだ。
「教室に寄ってる暇は無いな……直接地下に行くぞ」
「地下?」
「詳しくは知らないが、学園には地下シェルターがあると聞いたことがある。多分他の連中もそこに避難してるはずだ」
なんでそんなこと知ってるんだとか、もしかしたらみんな俺達を待っていてまだ非難してないかもとか、本当に地下なら安全なのかとか、そんな自分でも本当に思っているのかどうか分からない言葉が一斉に飛び出しそうになって頭がぐるぐるする。
結局俺は何も言えず、ただ黙って五反田弾の後を追った。妙に浮ついた非現実感に、形容しがたい座りの悪さを感じながら。
§
「あれ、デュノア君じゃない?」
俺の指さした先。そこにいたのは深い金髪の美少年、シャルル・デュノア。デュノアは何やらおろおろとしながら、今にも泣きだしそうな表情で携帯端末を操作している。
「────んな──聞い──い───!」
時折響く轟音のせいで上手く聞き取れないが、とりあえず焦っているのは遠目に見ても分かった。
「あいつ……あんなところで何を……」
隣から険しい声が聞こえる。しかし今はそんなことを気にしている場合ではないだろう。
「デュノア君!」
叫びながら、デュノアへと駆け寄る。俺の声に驚いたのか、デュノアは変な声を上げながらあたふたと携帯端末をポケットにしまった。
「あ、え、えっと、二人ともどうしたの?」
「それはこっちのセリフなんだが、今はとりあえず置いておく。それよりも早く逃げるぞ!」
再び轟音。校舎が小さく揺れる。証明が点滅したかと思うと、ぶつりと消えた。
「停電……?」
俺の小さな呟きに、今度は焦った声が重なる。
「まずいな。電気系統がやられたのかもしれねえ。自動扉は全部アウト。防衛システムも粗方死んだようなもんだ」
示されたのはあくまで可能性。とはいえ、万が一現実だった場合、俺達は避難経路を丸ごと失うことになる。そして防衛、セキュリティシステムがパーになったということは、アリーナに張られているようなシールドもアウトになったということだ。恐らくこの窓の外には同じタイプのシールドが張られているはず。だからこそこうしてISによる攻撃にも耐えているのだろう。
ぱちぱちと瞬きをするように、証明が再び点滅する。予備電源か何かに切り替わろうとしているのだろうか。しかしそれを遮るように、再度大きく振動する。揺れに合わせるように点滅する証明。そしてひび割れるバリケード。どうやらシールドが途切れた隙を突かれる形で攻撃を受けたようだ。
「走れ!」
ひび割れたバリケードとは反対の方向へ走る。未だ俺の頭は事態に追いついていない。こんな規模の危機に直面するのは、もしかしたら初めてかもしれない。俺の中の冷静な部分がそんなことを考え始める。ひっきりなしに響く轟音に耳を抑えながらも、何とか脚を動かす。曲がり角を折れたところで、再度大きな揺れが俺達を襲った。
「うぁっ……!」
か細い声を上げ、すぐ後ろで何かが転がる。
「王子!」
「デュノアく……え、王子?」
先程の揺れで転倒したシャルルへと、弾と二人して駆け寄る。そしてそれは致命的なタイムロスとなる。
「……見つけた」
俺達が通った曲がり角。その向こうから、ゆっくりと何かが姿を現す。黒い外套を纏ったその人物は、薄暗くなった証明の下でも、その容貌を俺達の目に鮮烈に焼き付けた。
「織斑、先生……?」
否、違う。自分で口にした言葉を脳が即座に否定した。顔立ちこそそっくりだが、俺の知る織斑千冬よりもはるかに若い。というより幼い。俺よりも尚小さい背丈の少女は、俺達……というより、シャルル・デュノアへと視線を向けた。
「シャルル・デュノア。大人しく私達と共に来い」
ぞっとするほど冷たい声、視線、表情。蛇に睨まれた蛙のように、シャルルは喉の奥で小さく悲鳴を漏らした。
§
【08:29】
「今日はユウも弾も遅いな」
教室に入った俺は、見知った顔ぶれがいつもより少ないことに、なんだか肩透かしを食らったような寂しさを感じていた。箒はいつも通り音楽を聴きながら読書。セシリアはなぜか背中が妙に煤けている。一体何があったんだろうか。
教室の壁にかけられている時計を見ると、もう予鈴まで1分を切っていた。今日は食堂で鈴に捕まってしまったからか、随分とギリギリになっていたようだ。
「あ、一夏。おはよう」
ふと後ろを振り返ると、俺以上にぎりぎりで到着したシャルル。同時に予鈴が鳴り響く。もうあと5分で遅刻だってのに、全く慌てた様子がないのは不思議だ。これがフランス紳士か。
「よおシャルル。結構ぎりぎりだな」
「あはは。ボク血圧低くて。朝はちょっと弱いんだよね」
俺とシャルルが会話をする度に、周囲の女子の雰囲気が少しざわつく。今俺、変なこと言ったか?
きょろきょろと周囲を見ると、見計らったように視線が逸れていく。マジで何なんだ。
「そういや弾とユウのこと見なかったか? 弾はともかく、ユウが遅刻なんて珍しくて」
俺はなんとなくユウの姿を思い浮かべる。
黒い髪が俺の首にかかり、息が掛かりそうなほどに密着したユウの肢体。そして柔らかく湿った唇。視界一杯に広がったユウの────。
「いや、見てな……一夏? 顔赤いよ? 大丈夫?」
ふと気が付くと、目の前にシャルルの顔があった。覗き込むようにして近付けられたその顔は、近くで見れば見るほど綺麗で整っている。
「って近ッ!? あ、いや、何でもない! 何でも! はははは……」
いつの間にか至近距離に迫っていたシャルルの顔。思わず目を背けるようにばっと顔を上げる。なんで他人の顔が近くにあるだけでこんなにもドキドキするんだろう。しかも相手はシャルル、男だ。それもこれも全部昨日の────。
「一夏、ホントに大丈夫? ルビーみたいに……あー、日本だとユデダコって言うんだっけ?」
「大丈夫! マジで! めっちゃ大丈夫だから!」
なんでこうなっているのか。そんなもの分かり切っている。どうしても昨日のことが脳裏をチラついて離れない。光景が、香りが、感触が、全てがフラッシュバックする。……今日、ユウがいなくて良かったかもしれない。もしいたら絶対逃げ出してた。
「さてと、そろそろ行かないと」
荷物を置いたシャルルは、そのまま手ぶらで教室を出ていこうとする。
「……っておい、シャルル! もうすぐHR始まるぞ!」
あまりにも自然な動作に、思わず声をかけ損なうところだった。しかし俺に呼び止められたシャルルはというと、やはり教室に残る気は無いようで、既に扉から半分外に踏み出したところで振り返った。
「ああ、大丈夫だよ。別にサボりとかそういうわけじゃないって。もうすぐうちの会社の人達がこっちに来るから、その時にボクの専用機も調整してもらう予定なんだ。あ、もちろん織斑先生には伝えてあるよ?」
「お、おお。そ、そうか……」
矢継ぎ早に繰り出される言葉に、一気に威勢を削がれる。というか『うちの会社』ってすげえな。俺も一回言ってみたい。たしか弾に聞いた話だと、IS企業の御曹司なんだったか。ガチ貴族のセシリアに御曹司のシャルル。このクラスすげえ。
「しかし入学したばっかだってのに、もうどこか不備があったのか?」
俺の問いに、シャルルはかぶりを振った。そして次の言葉に、俺は心底驚かされることになる。
「不備どころか、そもそもボク、まだ碌にISに乗ってないんだ」
「……もしかして調整って」
「うん。初期化と最適化」
「マジかよ……」
初期化と最適化がなされていないということは、一次移行がまだ済んでいないということだ。そんな状態の専用機を持たせて単身IS学園に放り込まなければならないほど、シャルルの存在はデュノア社に取って想定外だったのだろう。
去年の夏頃だったか。俺が男性操縦者であると発覚したことを受けて、世界各国で男性を対象とした適性検査が盛んに行われた。しかし成果は芳しくなかったようで、入試が終わった時点では俺意外に結局見つからなかったと聞いていた。
となると恐らくシャルルの適性が判明したのはそれ以降。そんなタイミングで発覚したのだとすれば、そりゃあ準備する暇なんて無いし、入学が遅れるのも当然か。
「何をしている。早く席につけ」
鋭い声と共に教室内の喧騒が一気に吹き飛ぶ。確認しなくても声の主なんて分かり切っている。俺はそそくさと自分の席に向かった。全員が着席したのを見届け、出席簿を開く千冬姉。
「ではHRを……ん? 五反田はどうした」
ぽつぽつと空いた席に一瞬視線を向け、千冬姉がそう言ったその時だった。
「あの、織斑先生。五反田君なんですが……」
自信なさげに進言したのは、我らが副担任にしてIS学園きってのトランジスタグラマーこと山田真耶先生。弾が以前深刻な表情で「あれは恐ろしい……まさしく兵器だぜ……」と語っていたのを覚えている。
「何か聞いているのか?」
「はい。その……月の……男の子の日、だそうです」
「ふむ…………は?」
「結構その……重いらしくて、今3日目で相当辛いみたいで、その……」
「…………は?」
もじもじとか細い声の山田先生。対して形容しがたい何とも言えない表情の千冬姉。時間が止まったかのような空間で、ようやくチャイムが鳴り響いた。
§
【09:25】
1限目もそろそろ眠気の峠を越えたころ。異変は起こった。
「あれは……」
真っ先に気付いたのは他でもない千冬姉。黒板から目を逸らし、窓の向こう側を睨み付ける。俺も倣って窓の外を見てみると、何やら空に浮かぶ黒い点のような物がいくつか。
「……授業は中止だ。総員、ただちに避難マニュアルに従って行動しろ! 山田先生、先導を頼む」
「わ、分かりました!」
千冬姉はそう言って、今日室を飛び出した。ざわめく教室。山田先生が小さい体を精一杯使って、みんなを落ち着かせようと身振り手振りで何かを指示している。しかし俺に耳には、教室の騒がしさも山田先生の声も聞こえていなかった。嫌な予感がする。胸騒ぎというか、何か良くないことが起きているのに、何かを見落としている感じ。
その直後だった。
「キャアアッ!」
「なに!? なにが起きてるの!?」
「今すごい揺れたよね!?」
校舎が大きく揺れる。地震というにはあまりにも局所的で、それでいて人の気配を感じさせる揺れ。そして同時に響く爆発音。
金属が擦れる重たい音を立てながら、シャッターのような物が窓を覆う。アリーナで敵が現れたときに似ている。千冬姉はさっき、避難がどうのこうのと言っていた。恐らく何か緊急事態が起きているのだろう。それも、こうして防衛システムが発動するくらい、危険な事態が。
『緊急事態です。生徒の皆さんは落ち着いて教員の指示に従ってください。繰り返します──』
地震、爆発音、そしてこの放送。誰もが口々に不安をぶつけ合う。ここにきて俺はようやく認識した。
──今、IS学園は襲撃されている。
「っ! ユウ……!」
そうだ。見落としていると言えば、今この場にいないやつらがいる。ユウだけじゃない。弾やシャルルも。呆けている場合じゃない。助けに行かないと。
俺が立ちあがると同時に、先程どこかへ移動していた千冬姉が戻ってきた。その表情はいつも以上に険しい。
「騒ぐな! 落ち着いてマニュアル通りに行動しろ! 列を乱すな!」
千冬姉の鋭い声に、ぴたりとざわめきが収まる。相変わらず凄まじいカリスマと威圧感だ。千冬姉の指揮の下、ぞろぞろとクラスのやつらが列をなして廊下へと出ていく。先頭は山田先生。しかしこの集団に混じって俺まで後に付いていくわけにはいかない。廊下に出た直後、俺は列を飛び出した。早く探さないと。
「一夏、どこへ行く?」
静かに芯の通った声が、飛び交う喧騒を切り裂いて重くのしかかった。俺の行動などお見通しだとでも言わんばかりに、あっという間に腕をつかまれる。振り返れば、先程同様険しい表情の千冬姉。掴まれた腕はびくともしない。さすがは世界最強と言ったところか。しかし千冬姉の指示と言えど、今回ばかりははいそうですかと従うわけにはいかない。
「ユウがまだ避難できてないかもしれない! それに弾やシャルルだって! 早く助けに行かないと!」
「お前が行ってどうする? 何ができる? 敵の規模も不明、その上3人の居場所も分からないときた。そんな状況で闇雲に動いてみろ。ただ自分を危険に晒すだけだ」
「じっとしていたって何も変わらないだろ! それに……もしここで俺が逃げて、その間に誰かが傷ついていたら……」
「……っ! 思い上がるのもいい加減にしろ!」
一際強く、絞り出すような叫び声。どこか、今にも泣きだしそうな千冬姉の言葉と共に、俺の頬に鋭い痛みが走った。
「あ……」
それはどちらの呟きだったか。熱を持った頬を、俺は空いている手で押さえるように触れた。
「……アリーナの時とは状況が違う。一夏、お前が行く必要はない。お前が行かなくても、お前じゃない誰かが解決する。それは大人の役目だ。もう一度言うぞ。お前が行く必要はない」
俯いた千冬姉。言いたいことは分かる。大人達が動いている以上、俺がここで逃げても誰かがユウ達を守ってくれるかもしれない。間違ってはいない。正論かもしれない。
でも……
「千冬姉……」
それでも……!
「それでも……それでも誰かがやらなきゃならないんだろ? 誰かがあいつらを守るって言うんなら、その『誰か』に俺はなりたい。あいつを、あいつらを守れる『誰か』には、俺がなりたいんだ! そのために……」
そう、俺はあの時、あの廃工場で誓った。
「そのために俺は
ISという力を手に入れた。その力を誰かを守るために使いたいと思った。その力を使いこなすためにここに来た。
守られてばかりではない。誰かを守る、そのために俺はここにいる。
「そのために、強くなったんだ……!」
かつて、俺を守ってくれた女の子がいた。
彼女のおかげで、俺は今こうして生きている。彼女のおかげで、俺は戦える。だから、今度は俺が彼女を守る。
──一夏くんを、一人にはしない。約束する。
そう言ってくれた女の子がいた。彼女は知らないかもしれないけど、俺は間違いなくその言葉に救われた。だから今度は俺の番だ。彼女を一人にしないために、俺は行かなきゃならない。
「しかし、お前一人で行かせるわけには……」
「殿方がそこまで仰ったんですもの。その意思を汲み取るのも、淑女の務めではありませんか、織斑先生?」
「珍しく意見が合うわね。男がやるって言うんなら、それを邪魔しちゃ女が廃るわ」
言い淀む千冬姉の言葉に被せるように、思わぬところから援護射撃が入る。千冬姉は口を閉ざし、目を丸くして二人を見つめていた。
§
「走れ! 狭い廊下でISは使えねえ!」
走る。走る。走る。
無機質で薄暗い廊下を、俺達は全力疾走していた。
織斑先生モドキと出会った直後、俺達は五反田弾の指示で走りだした。言葉を交わしている余裕など無い。とにかく地下をめざし、ひたすら遠くへ。
「よしっ! もう少しで──」
しかし現実はそう甘くない。
「ッ! また停電!?」
バチッと何かが弾けたかと思うと、ふと目の前の影が濃くなる。周囲一帯のぼんやりとした明りが根こそぎ消失していた。予備電源に切り替わったはずなのだが、どうしたことか。俺の叫びに、弾が冷静に切り返す。
「コードぶった切られたか、電源装置そのものがやられたパターンかもな。最悪だ」
硬直する俺とデュノア。セキュリティの類が機能しない。つまり、今この学園に安全地帯は無い。
その直後だった。
「ッ!?」
轟音を上げ、目の前の壁が破裂する。
瓦礫を押しのけるようにして現れたのは、蝶のようなIS。
「さ、サイレント・ゼフィルス……!」
デュノアが呟くと、そのISは光の粒子となって消滅した。やがて剥がれた装甲から一人の少女が現れる。
「そういえば名乗りが遅れたな」
どこか億劫そうに少女が告げる。
「我々は『反IS団体』だ。目的はISの排斥。ISも、その操縦者も、この世には不要なのだ」
まるで台本でも読み上げるかのように白々しく響く声。瓦礫に降り立つ少女は、IS排斥を謳いながらISを使用するという矛盾を隠そうともしていない。
「さて、逃げても無駄だ。大人しく私達と共に来い。シャルル・デュノア」
言うべきことは言ったと、目の前にいる織斑千冬のそっくりさんはため息をついた。
(反IS団体……向こうの様子からして明らかに嘘臭い……けど、今はそんなことの真偽なんて気にしてる場合じゃないか)
こちらにはシャルル・デュノアと五反田弾。向こうは恐らくここを襲っているやつらの仲間だろう。そして先程見えたIS。サイレント・ゼフィルスと言ったか。敵はIS持ち。対して、今俺にはISが無い。隣の男は言わずもがな。となるとこちらの戦力は、この二人目の男性操縦者ことデュノアしかいない。
しかし向こうの狙いはそのデュノア本人だ。果たしてここであの女にデュノアをぶつけるのは正しいのだろうか。
デュノアを見る。どうやら怯えて硬直してしまっているらしい。
改めて目の前の先生モドキを見る。見れば見るほどそっくりだ。生き別れた姉妹だとかクローンと言われれば信じてしまいそうなほど。見た目だけで邪推するならば、この一件も一夏絡みで起きたのだろうか。今回はデュノアが狙いだと言っていたが、あの少女自身、一夏とも何らかの因縁がありそうだ。
「早くしろ。お前がこちらへ来れば、
先生モドキの甘言に、デュノアの肩がびくりと大きく震えた。
「……ボクのせいなの?」
「デュノア君?」
デュノアがわなわなと呟く。消え入りそうな声で、虚ろな目で、蒼白な顔で。
「さあ、どうだろうな」
淡々と告げる先生モドキ。冷たい目でデュノアをじっと見つめる。デュノアの自責が加速していく。
(デュノアの身柄、か。そりゃあもう理由は分かり切ってるよな)
即ち、男性操縦者であるという一点。男性にもかかわらず何故ISを動かすことができたのか。これについては未だに解明が進んでいない。数少ないサンプルが二人揃って学園という擬似治外法権な所に突っ込まれたんだから当然と言えば当然だけど。
華奢な肩が震えている。やがて唐突に渦中へ放り込まれた────否、お前こそがこの騒乱の元なのだと告げられた少年が、小さく一歩踏み出した、その時だった。
「待て」
不意に声が響く。隣を見ると、弾が鋭い視線を先生モドキへ向けてた。
「シャルルを狙う理由は何だ?」
時間稼ぎのつもりだろうか。何故こいつはこんなに分かり切った質問をしているのか。
俺と同じ疑問を抱いたのか、二人の視線も隣の男へと突き刺さる。
「ISを動かせる理由を探るためとかじゃないの?」
俺の言葉に、弾は首を横に振る。他に何か理由があるのか? 分からない。
しかし次の言葉で、俺は気付かされる。
「男性操縦者だのなんだのって理由なら一夏も狙われるはずだ。しかしロリ冬さんの言ったことから考えると、どうも狙いはシャルルだけらしい。つまりシャルルにしかない何かがあるということだ。フランスでの報道規制と何か関係があるんじゃないのか?」
先生モドキがどこか驚いたように弾を見つめ、デュノアが視線を床に向けた。
確かにそうだ。報道規制とやらについては初耳だけど、単純に男性操縦者だからというわけではなさそうだ。
さらに言えば、デュノア社に身代金でも請求するつもりというわけでもないだろう。この学園には世界中から生徒が集まっている。政府関係者やセシリアみたいな金持ちだっている。他にも候補が居る中で、何故デュノアを狙ったのか。
「答える義理は無い」
思考を分断するように、冷たい声が廊下にこだまする。
「少しおしゃべりが過ぎたな」
光の粒子が収束し、弾ける。一瞬の後、先生モドキの手に銃のような物が顕現していた。
「先にお前から始末しよう」
冷たい視線が俺の真横を通り抜ける。
殺気。瞬間、ようやく俺の脳が警鐘を鳴らし始めた。この期に至ってようやく俺の脳はこの状況を危機と判断した。というより、この急展開と絶望的なまでの窮地に対する理解を、俺は今まで拒んでいたのだろう。
だってどうしようもないじゃないか。俺だけが危機に陥るのとはわけが違う。みんなが巻き込まれた。今まで立っていた場所が、一瞬で壊れたんだ。しかも今、頼みのISは無い。さっきあいつはデュノアが目的だと言った。しかし多分今回も一夏……いや、本を正せば俺のせいだ。俺のせいで学園が襲われた。そして俺のせいで、今ここで人が死ぬ。
誰かがごくりとつばを飲み込む。
手足の先が凍り付いたようだ。
身体がすくんで動かない。
どくんと鼓動が跳ねる。
どうにかしないと。
どうする。
駄目だ。
引き金に指が掛けられ──
「伏せてください!」
咄嗟に頭を押さえて伏せる。直後、先生モドキの視線が揺れたかと思うと、頭上を何かが飛翔し、雷鳴のような音が鳴り響いた。
「くっ、お前は……っ!」
先生モドキの声。見れば、咄嗟に何かを躱したかのように、大きく真横へ飛び退いていた。
そして先程まで先生モドキが立っていた場所。壁に開いた大穴の向こう側には、見覚えのある黒い機体が巨大なレールカノンを構えていた。
「ラウラ! ナイスだ!」
弾が叫ぶ。返事をする間も惜しいと言うように、そのまま先生モドキへ向けて再度レールガンを放つラウラ。雷鳴を轟かせ、極光が走る。
「チッ……!」
先生モドキは再度大きく跳ね、壁を蹴って射線から離脱。続けて2本のワイヤーが後を追うも、瞬時に展開されたビットがこれを迎撃する。
一瞬の攻防。奇襲はあえなく失敗した。しかし今、戦況が大きく変わったのも事実だ。
ラウラは表情を引き締めたまま、ISを解除して廊下へと降り立った。しかし左腕は装甲を纏ったままだ。右腕には武骨なデザインのナイフを握っている。
「閣下、ここはお任せください」
言うや否や、瓦礫をものともせずに走りだすラウラ。放たれる銃弾を停止結界で危なげもなく止める。そしてナイフを投擲。凄まじい速度で飛来するナイフを、先生モドキも腕部装甲を展開し、甲高い金属音を響かせて弾く。
「チッ、出来損ないの
「フッ、そんな古臭い情報をひけらかすとは。亡国企業の情報網も大したことは無いな。うちの副官一人の方が遥かに優秀だ」
「……何?」
「知らないのならば教えてやろう。日本では出来損ないが最強になる。つまり私が勝つ」
PICを駆使し、狭い廊下を上下左右に立ち回り、マズルフラッシュと刃の煌めきが交差する。壁や天井に傷が走り、パラパラと弾かれる破片と共に、白い何かがこちらへ転がり落ちた。
「ぼ、ボクだって……」
震える声で、デュノアがペンダントのような物を握りしめた。ふわりと光の粒子が舞い、オレンジ色の装甲が展開される。
──第二世代型 ラファール・リヴァイヴ
この学園でもよく目にするタイプの量産機だ。しかし所々デザインが異なる気がする。カスタム機だろうか。などとぼけっと分析していた時だった。
「馬鹿野郎! さっさと逃げなきゃって時に廊下でフル展開なんてしたら身動きとれねえだろ!」
ご尤も。
「ご、ごめん! でもボク、まだ部分展開なんて出来なくて……」
何やら泣き言をほざくデュノア。見れば、展開したサブマシンガンの銃身がガッタガタに震えている。決死の高速戦闘が繰り広げられている横で俺達は何をしているのか。
しかし、世の中何がどう転がるかなんて分からない。例えば仲間の一人が絶望的に戦力にならないことが判明するという凄まじい不運。これが思わぬ幸運を呼び込むことだってある。
「ね、狙いが定まらな……えっ、一夏?」
間の抜けた声でシャルルが呟く。聞き覚えの有りすぎる名前に、俺と弾は顔を見合わせた。
§
「一夏! あいつらがどこにいるか分かってんの!?」
走りながら首を横に振る。場所は分からないが、とにかく闇雲に探すしかない。しかしそんな俺の頭の悪い考えに待ったをかけるように、セシリアが声を張り上げる。
「プライベートチャネルはどうですか!? どなたかに繋がれば……」
「ユウもシャルルも反応が無い! 理由は分からん!」
「電話は!?」
「さっきかけた! 同じく理由は分からないけど圏外だ! もしかしたら回線がジャックされてるのかも!」
「くっ、こんなことならユウと弾にも発信機を付けておけばよかったわ……」
連絡が取れないということは、外部に助けを求めることも出来ないということ。そもそもここが襲われているという情報自体、流れていないのだろう。
ひたすら走り続ける。薄暗い廊下に足音と荒い息遣いだけがこだまする。外ではひっきりなしに轟音が響いている。加速する不安。汗が視界を濡らした。
そしてその直後、俺の中の不安にさらなる追い風が吹き付ける。
「きゃっ! な、何? 停電?」
何かが弾けるような音と共に、全ての明かりが消えた。思わず立ち止まる俺達。予備電源すら作動していない。何があったのかは分からないが、少なくとも事態が悪い方に向かっていることだけは確かだ。
「停電……まずいですわね。電力系統が動いていなければ、恐らく外のシールドも機能しません。早くお三方を見つけないと……」
血の気が引く。大丈夫だ。落ち着け。ユウもシャルルも専用機持ちだ。弾だって何だかんだしぶとい。けど早く探さないと。いっそ危険を承知で手分けして探すか?
俺が二人にそう提案しようとした時、俺の言葉を遮るかのように一際大きな音が響き、校舎に振動が走った。
「ッ! 一夏危ない!」
鈴の叫びに、咄嗟にその場を転がるようにして前方へ飛び出す。すると俺が居た場所の壁に大きなひびが入り、盛大な音を上げて爆ぜた。渇いた壁の残骸がばらばらと廊下に飛び散る。
粉塵と瓦礫を掻き分け、薄暗い廊下を切り取るかのような光に照らされながら現れた一機のIS。
「クソッ、急いでるって時に……!」
思わず悪態が口を突いて出る。一先ず迎撃しようと白式に触れた、その時だった。
「そんなに死に急がなくたっていいだろ?」
俺達の進行方向から一人の女性が現れた。ゆっくりと、そのふわりとした髪をなびかせながら。女性は俺達の進路を阻むようにして立ちはだかり、フルスキンはその反対側に佇んでいる。
しまった、挟み撃ち──!
「ちょっと遊んで行こうぜ? クソガキ共」
狂った三日月の様に紅い口が裂ける。俺が息を呑んだのと、女性が銃を構えたのはほぼ同時だった。
「白式!」
部分展開した腕を咄嗟に構える。直後、マズルフラッシュが瞬き、金属がひしゃげる音。腕の装甲に振動が走ったかと思うと、すぐ横を潰れた銃弾が転がっていく。
「こちらはわたくしが」
ビットを浮遊させたセシリアが、背後で敵機と向かい合う。
「一夏!」
「おう! ……う?」
そして傍らにいた鈴が、強靭で無機質な手で俺を鷲掴みにした。
「て、てめえら正気か!?」
敵の女性が叫ぶ。それは俺が一番聞きたい。が、どうやらこちらの頼れるツインテール娘は聞く耳を持たないらしい。そのまま大きく振りかぶって──
「着地は自分でお願い、ねっ!」
「ぬわあああああッ!」
──ぶん投げた。景色が一瞬でぶれる。凄まじい速度で飛ぶ俺。当然敵さんは避ける。そして俺は突き当りまで真っ直ぐ進む。
「うおおおおとまれええええ!」
腕を翳してPICを制御し、何とか壁際でピタリと止まる。窓から飛び降りた時も思ったけど、さすがに8割近く生身の状態でこれをやると疲れるし怖い。マニュアル式のジェットコースターみたいだ。
振り返ると、ぽかんとした表情の敵さん。そしてぐっとサムズアップする鈴。良い笑顔だ。
「先に行きなさい、一夏!」
叫びながら、目の前の女性へと攻撃を開始する。腕部装甲と空気砲を駆使し、校舎の犠牲を一切顧みずに。対する女性もまた、どうやらISを所持しているらしい。背中から蜘蛛の足のような物を生やし、壁や天井を滑るように移動している。
「でも、お前達を置いていくなんて……」
「いいから行って! 代表候補ってのはね、当代最強の一角なのよ! こんなテロリストなんかに負けるわけないでしょ!」
立ち止まる俺を突き飛ばすような言葉。目の前では鈴が、その向こうではセシリアが戦っている。俺は……。
「絶対、ユウ達を助けなさいよ」
鈴の言葉に、俺は背を向けて走りだした。
「──クソッ! 頼んだぞ、二人とも!」
何度もシャルルとユウの反応を確認しながら、ひたすら足を動かした。
§
「あの、五反田くん。それ何?」
「これか? 良く分からんが、さっきラウラとの戦闘中にロリ冬さんの服の中から落ちたんだ。とりあえず拾った」
五反田弾はそう言って、手の中で白い立方体のオブジェを弄んだ。ルービックキューブより少し小さい程度のそれ。どうやらこの場の誰も見覚えが無いらしい。爆弾とかじゃないだろうな。
「女の子の中から出てきたんだぜ?」
「ああ、そう」
「ちょっと温もりを感じるんだぜ?」
「ああ、うん」
そりゃあれだけ重火器使ってりゃ多少熱くもなる。
さて、激化の一途を辿る先生モドキとラウラの戦闘。そこから避難するべく、俺達は再び移動していた。
「とにかく、みんな無事で良かった」
そう言ってため息を吐きだす一夏。
途中で一夏と合流した俺達は、他の生徒達が避難している場所へ向かっていた。行き先は学園の地下。そこはちょっとしたシェルターのようなものらしく、学園内では最も安全な場所なのだそうだ。
しかし現在、セキュリティ関連は軒並み動きを止めている。向こうがISを所持している以上、簡単に破られてしまうかもしれない。故に現状、戦力として機能する一夏をここで遊ばせておくわけにはいかない。
「和むのは後だぜ一夏。さっさと移動しよう」
弾の言葉に従い、俺達は走りだした。
薄暗い地下通路は、学校の廊下と比べると相当広い。これならISを展開しても十分動くことができるだろう。
「そういえば、ここからどこに行けばいいの?」
地下に下りた俺達は、予想外に広大且つ複雑な造りの地下施設に面喰い、思わず立ち止まっていた。
そして俺の問いにぴくりと肩を震わせ、そのまま固まる一夏。
「おい待て一夏。お前まさか」
「……すまん、道分かんねえ」
弾の指摘に、一夏は冷や汗を流して渇いた笑いを浮かべた。おいふざけんな。
どうやら一夏が他の生徒達と別れたのは地下へ潜る前らしい。じとっとした視線が一夏に集まった、その時。
「……ん? ちょっとごめん。静かに」
俺の耳が何かの音を捉えた。周囲を黙らせ、耳を澄ます。
「……こっちかな」
音源に向けて少しずつ近づいていく。何が出てくるか分からない。もしかしたら敵かもしれない。
通路の突き当り。曲がり角が近づいてくると、同時に件の音も強く響く。
「────!」
「──、────っ!」
複数の叫び声と、銃声や爆発音がこだまする。どうやら近くで戦闘が起きているらしい。
「この声、山田先生か?」
一夏が呟く。となると、やはり危惧していたことが起きてしまったのだろう。身を隠しつつ、曲がり角の向こうへと視線を投げる。
通路の奥では、3機のISが戦闘を繰り広げていた。そのうちの2機のラファールは恐らくこの学園の物だ。ここからでは分かりづらいが、片方が山田先生だろう。
そしてもう1機はアメリカのファング・クエイクだ。あれが敵だとすると、あの先生モドキの仲間だろうか。イギリス機の次はアメリカ機。バックにある国を誤魔化すためなのか、或いはそもそも複数の国による組織なのか。
2対1という状況ではさすがに敵わなかったのか、やがてファング・クエイクは動きを止めた。
「無人機のコア……?」
俺の言葉に、山田先生は小さく頷いた。
「はい。恐らく今回の目的はそれです」
戦闘終了後、山田先生と合流した俺たちに告げられたのは、これまた予想外のものだった。
どうやら生徒が避難している場所はこことは反対側らしい。反対と言われても、そもそも自分達の現在位置が良く分からない。
それはさておき、この奥にはさらに地下へと続く通路があるらしい。そこには以前アリーナを襲撃した無人機のコアが保存されているそうだ。というかこの学園、あの時のコアをこっそり隠してたのか。
そして恐らくこの状況でいろいろとテンパって麻痺しているのだろう。山田先生、あなたが今言ったことは恐らく重要機密ですよ。
「みなさん、ついて来て下さい。避難場所へ案内します」
コアの見張りをもう一人の教員に任せ、俺達を先導する山田先生。傍らにはワイヤーで拘束されたテロリストが抱えられている。どうやら先程の戦闘で気絶しているようだ。
山田先生によると、避難場所はホールのような空間らしい。非常食などが蓄えられており、現在は織斑千冬がついているとのこと。どんなセキュリティよりも安心感がある。
薄暗い地下通路に、5人分の足跡が疎らに響く。
(それにしても変だ。いろいろと噛み合わない)
内心で独り言ちる。シャルル・デュノアの身柄が目的かと思えば、IS排斥運動だとのたまい、今度は無人機のコアときた。どれが本当の目的なんだ? 或いは全部か? 二つ目に関しては口ぶりからは嘘っぽさが感じられたが、確証が無い。
どうにも情報不足感が否めない。こんな状況で考え込んでも仕方ないか。
そう切って捨てる冷静な部分とは裏腹に、俺の中では今回の件に対する疑念が膨れ上がっていく。
何の前触れもなく起きた今回の事件。学園側としては完全に虚をつかれた形となる。しかし奇襲を成功させたという割にはあまりにもやることが杜撰だ。
例えばデュノアの身柄。
聞くところによると、こいつが襲撃時に教室にいなかったのは、デュノア社のISメンテナンスチームと会う約束があったかららしい。それを利用してメンテナンスチームとすり替わってしまえば、デュノアの誘拐など容易に達成できただろう。デュノアとの接触前にすべきことがあったのか、或いは何らかのアクシデントに見舞われたのか。そしてそもそも何故デュノアを狙うのか。
次に無人機のコア。
これについても、地下にあるという事実に気付いているというのであれば、もっと敵機が殺到していても不思議では無い。しかし実際には地上での破壊活動や戦闘行為ばかり。この目的を隠すための意図的なミスリードなのかもしれないが、それにしたって地下への侵攻が少なすぎる。この事件が始まって以降、頻繁に襲撃されているのであれば、見張り一人を残して移動などしないだろう。
そしてISの排斥。
上二つを成し遂げさえすれば、学園の各所に爆弾を設置して吹き飛ばしてしまえばいい。何が言いたいのかというと、これは上二つにも共通して言えることだが、要するに"襲撃"という分かりやすい形を取る必要はないわけだ。電波を遮断している点も不可解だ。こうした運動は世間に知られなければ意味がない。何よりISを使っているということは、今回の敵は女ばかり。反ISを掲げるのは、基本的にISによって立ち位置を奪われた者達だ。軍の関係者などが典型的な例だろう。それを踏まえると、やはりIS排斥云々という話は嘘くさい。となると、上二つの目的を隠すための設定だろう。或いは反IS団体にダメージを与えるために罪を擦り付けようとしているのか。
ともあれ。上手く言えないが、今回の事件は違和感がある。
余裕が無いというか何というか、準備不足の状態で強行しているかのようだ。
「先生、他のみんなは無事なんですか?」
デュノアの問いに、山田先生は首肯した。
「ええ。今のところ死傷者は確認されていません。ただ、なぜかうちのクラスのオルコットさんと、それから2組と5組のクラス代表の生徒が見当たらないんです。途中で見かけませんでしたか?」
死傷者ゼロ。良かった。心底ほっとする一方で、たった今話題に上がった彼女たちのことを思い浮かべる。
2組と5組のクラス代表……鈴とラウラ。あいつらは今戦闘中だ。これを山田先生に伝えるべきか否か。
「今、上で交戦中です」
悩む俺を余所に、一夏がさらりと情報を投げる。そして案の定顔を青くしてわたわたとし始める山田先生。
「そ、そんなっ! もし3人にもしものことがあったら……」
もしともしもが重複していることにも気付かないほど狼狽する先生。そんな山田先生の様子を横目に、一夏は何かを考え込むようにしてしばし沈黙する。やがて通路の分岐点に到着すると、一夏は一人立ち止まった。
「……俺は上に戻る。3人を助けに行く。山田先生はみんなを頼みます」
突然の申し出に、一夏へと視線が集う。ちょっと待て。それだとお前が──。
「待てよ一夏」
弾が一歩前に出る。
「お前はもう十分やった。これ以上あまり動かない方がいい。ミイラ取りがミイラになったらどうする? たしかに上の連中は心配だが、ここからは教師部隊に任せよう」
「そうですよ織斑君! 3人が戦闘中だと思われる場所を教えてください。今地上に居る他の先生方に連絡を取ります!」
ああ、そうだ。正論だ。全くもってその通りだ。一夏がここで動くのは得策じゃない。今回の件は妙な違和感がある。それに規模も今まで起きた危機の比じゃない。
そもそも一夏が今から上に向かうより、今既に上にいる人間が現場に向かった方が早い。それにデュノアが狙われている以上、同じ男性操縦者である一夏が狙われない保証などどこにもない。
俺も加勢しようと口を開き────
「────見つけた」
§
通路に響く冷たい声。淀みの無い足音が暗闇の奥から迫り来る。
「……誰だ」
俺は一歩踏み出し、ユウ達を庇えるように移動した。空気が張り詰めていく。
通路の脇にある階段。そこからゆっくりと姿を現したのは……
「……千冬、姉?」
思わず呟く。脳をガンガンと殴りつけるような強烈な既視感。ぐらりと足元が覚束なくなる。
暗がりにぼんやりと浮かぶ千冬姉と瓜二つの相貌。しかしよく見ると、体格も服装も、そして何より目が違う。無機質な視線に射抜かれ、となりで山田先生が息を呑んだ。
ああ、そうだ。こいつは千冬姉じゃない。似てるだけだ。この既視感の正体だってきっと。
「おい、ラウラはどうした?」
こころなしか震えている声。弾の言葉に対し、そいつは小さく息を吐いた。
「ラウラ……ああ、アレか。さて、どうだろうな。始末は外の連中に任せてある。アレは今回、どうでもいい」
生きていれば這い出てくるんじゃないか、などと興味の欠片も無いといった風に口にする。
たしかラウラと言えば、クラス対抗戦で鈴に勝利し、セシリアを追いつめた程の実力者だ。そのラウラが敗北した。見たところ大した疲労も無さそうだ。ほぼ無傷で勝利したということか。こいつは一体何者なんだ? 何故千冬姉と同じ顔をしている? 何故こんなにも、懐かしいとさえ思うんだ?
頭の中で疑問がぐるぐると回る。こいつのことが気になって仕方がない。何故だ?
「お、おい、お前……」
しかし裏腹に、俺の言葉は揺れていた。その先が出てこない。
何故。
何故。
俺とこいつは初めて会うはずだ。
この異常なまでの既視感は何だ。
俺はこいつの正体が知りたいのか。
言葉が出てこないのは一体何故だ。
俺はこいつのことを知っているのか。
こいつのことを思い出したくな──。
分からない。
目と目が合う。
「ああ、お前は私が分からないのか」
微動だにしない俺に対して向けられた視線は、鋭く、冷たく、それでいてどろどろと煮えたぎるような怒りを孕んでいた。
「私は、
もうちょっとだけ続きます。ごちゃごちゃしててすみません。