真夏のエリカチュ作戦です!   作:ばらむつ

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その4

 いっぽう、プラウダの戦車隊は、三々五々に立ち止まったまま、まだ混乱から立ち直っていない。

 

「ねえ、どうする?」

 

「逃亡者だよ。逃亡者なら攻撃しなきゃ……」

 

「でも、相手はカチューシャさまだよ?!」

 

「本当にカチューシャさまだった? ニセモノかも」

 

「そう、そうだよ! カチューシャさまが私たちを見捨てるはずないもの!」

 

「でも、カチューシャさまの声だった」

 

「それは……」

 

「――落ちつきなさい」

 

 浮き足だった通信に割りこんできたのは、静かな声。

 不用意に発言しようとした者の口をつぐませるのに十分な、氷のようにひそやかな緊張を帯びた声。

 こんな声を出せるのは、プラウダでもひとりだけ。

 

「ノンナさま――」

 

「相手は逃亡者です。プラウダが逃亡者にとる対応はつねにひとつ。どんなときでも変わりはありません。たとえ相手が誰であろうと、です」

 

「でも」

 

「さあ、一番に撃つのは誰です。それとも、私に撃たせたいのですか?」

 

 プラウダ戦車隊が凍りつく。

 

 だが、まだわずかに迷いが残っている。

 本当に撃ってよいのか。

 誰かが先に撃ってはくれないか。

 

 様子見のおびえた空気――

 そこへ、闇夜を切り裂いて、一発の砲弾が飛来する。

 

 狙いは山麓の敵小隊ではない。

 砲弾が着弾し、爆発したのは、プラウダ戦車隊のすぐ後方の地面。

 発射したのは、峡谷を越えて後方からあらわれた、ノンナのIS-2だ。

 

「攻撃しなさい。でなければ、次は当てます」

 

 最初とまったく変わらない、落ちついた声。

 その静かな声が、プラウダの生徒たちに決断を強いた。

 

 今までばらばらな方角を向いて立ち止まっていた戦車たちが、一輛、また一輛とエンジンを始動させる。

 整然と隊列を組んで、一点へと主砲を向ける。

 プラウダの生徒が命令に服従する理由は、必ずしも権力と恐怖ではない。

 だが、権力と恐怖は、いつだって服従に効果があるのだ。

 

#

 

 プラウダの戦車たちが、ボルシチ小隊の停車した山麓に砲を向けたころ――

 山のふもとは、不思議な霧におおわれていた。

 

 いや、霧ではない。

 カチューシャのT-34/85が車体後部から噴霧した煙幕だ。

 まだ遠い目的地を、後方から双眼鏡で確認しながら、ノンナは眉をひそめる。

 

(……なぜわざわざ、夜間に煙幕を?)

 

 煙にまぎれて別の場所に逃げるつもりか。

 それとも、よほど見せたくない何かがあるのか。

 

 左右は包囲してある。

 空いているのは山頂方面のみ。だが、行き止まりだ。

 この戦力差で籠城するような無謀は、はたしてカチューシャの流儀だろうか。

 カチューシャは囲むのは好きだが、囲まれるのは嫌いだ。

 だいたい、むこうにはKV-2がいる。

 あれを連れてこの山を登ることはできまい。

 

 ……となると、残るのはよっぽどの奇策。

 

「監視を強化。煙幕に隠れて逃亡する気かもしれません。砲撃はまだですか」

 

 ノンナの通信に応じたかのように、どずん、と重い発射音。

 しかし、砲弾が発射されたのは、煙幕の内部からだった。

 ゆるやかな弧を描くように横隊を取ったプラウダの戦列のただ中で、榴弾が炸裂する。

 軽量のBT-7とT-70が一輛ずつ、ごろんごろんと地面を転がった末に白旗をあげる。

 

――またKV-2!

 

 ノンナはほぞをかむ。

 まったく、味方のときは頼りないのに、敵に回すとこんなに厄介だとは。

 

「各自応射!」

 

 ノンナの叱咤に、プラウダの戦車が砲撃を開始する。

 

 だが、標的は煙の中。

 見えない相手めがけて、おのおのが好き勝手に狙いをつけ、場当たり的に弾を撃ちこんでいるだけだ。

 爆風が煙幕を消し散らすどころか、ひっきりなしに爆煙があがるせいで、視界はますます悪くなる。

 

――逆効果か。

 

 しかし、相手の行動を阻害できるなら価値はある。

 そう考えて好きにやらせているのだが……

 位置を察知されるのを恐れてか、最初の一発以来、むこうは攻撃を控えている。

 

 相手の動きを見たい。

 まずは現状確認だ。

 ノンナはマイクを握って、砲撃中止を命令しようとする。

 

#

 

 まさにそのときだった。

 巨大な航空機が、空を引き裂くすさまじい轟音とともに、彼女たちの上空を通過し、大地にひときわ暗い闇を落としたのは。

 

 エキシビションの日の夜――

 それは、学園艦に戻った大洗女子が、突然の廃艦を告げられ、それぞれに別れを惜しみ、戦車だけでも救うことはできないかと奔走していた時間帯。

 大洗の生徒会長角谷杏の緊急要請に応じて、サンダース大附属高校のケイが大学の航空輸送師団から借り出した超大型長距離輸送機、C-5Mスーパーギャラクシーが、偶然なにも知らずに、この空域を通りすぎたのだ。

 

 だが、なにも知らないのは、下界で戦うプラウダの生徒たちも同じ。

 巨大な機影と耳をつんざく爆音は、少女たちを動揺させ、いったん持ち直しかけた士気を崩壊させるのに十分だった。

 

「飛行機!?」

 

「サンダース! あれはサンダースの軍用機だぞ!」

 

「敵襲! 敵襲!!」

 

「敵の援軍だ!」

 

「ルーデルが来た!」

 

「爆撃だ! 爆撃される!!」

 

「カチューシャさまは私たちを捨てて西側に亡命するつもりなんだ!!」

 

「あなたたち! 落ち着きなさい!」

 

 いつも冷静なノンナも、さすがに声のトーンを強める。

 

 馬鹿馬鹿しい。

 カチューシャには、サンダースに遠距離通信を入れる装備も、連絡する時間もなかった。たとえ連絡できたとしても、サンダースが協力するはずがない。

 

 いや――

 

 ノンナの脳裏を、サンダースの戦車隊長ケイの脳天気な笑顔がちらつく。

 

 お祭り好きの彼女なら、他校のもめ事すらイベントにしてしまいかねない。

 他校の事情に彼女たちなりの善意で首をつっこんだはずが、いつの間にか一番の当事者になり、泥沼にどっぷりはまりこんで抜け出せなくなるのが、サンダースという学園の伝統なのだ。

 

 そもそも最初から、カチューシャには協力者がいた。

 T-34/85の機敏な動きは、搭乗員が十分に揃っていることを物語っている。

 部下からの通信を信じるなら、アンツィオのCV33まで出没していたという。

 

(まさか、本当に援軍が――?)

 

 ノンナの思索を、部下の叫びが切断する。

 

「ノンナさま、T-34/85です! 山の中腹に!」

 

 双眼鏡を目に当てたノンナは、驚くというより呆気にとられる。

 

(……なんだ。あの集団は)

 

 統一感もなければ、戦略性も感じさせない。

 場当たり的。

 ごちゃまぜ。

 ただの寄せ集めではないか。

 おまけに、五十二トンもある重量級のKV-2が、多少遅れるだけで集団に追従している。

 

 だが、こちらの謎はすぐにとけた。

 ケーブルで牽引しているのだ。

 KV-2に繋がる二本のケーブルを引いているのは、カチューシャの乗るT-34/85と、緑色の軍用トラック。

 役に立っているのかどうかは不明だが、アンツィオの黄色いCV33が、その二台から繋がるケーブルを先頭で引っぱっている。

 

「カチューシャったら、あんなことを!」

 

 ノンナが思わずつぶやく。

 

 あれは大洗女子の西住みほが、全国大会決勝で黒森峰相手に見せた、ポルシェティーガー(P虎)引っぱり戦術の再現ではないか。

 

 西住みほを高く評価しつつ、同時にライバル視するカチューシャが、西住みほの戦術をそのまま模倣するなんて――!

 

 ノンナはカチューシャを知っている。

 けして口に出して誇ったりはしない。

 だが、誰よりも深く彼女を知っているという熱い自負が、この胸にある。

 だから、理解できる。

 プライドの高いカチューシャにとって、それがどれほど難しい決断であったかを。

 

(……そこまでして、ですか。カチューシャ)

 

 当のカチューシャは、T-34/85のハッチから出した上半身をそびやかしつつ、得意満面で腕を振りまわしている。

 

「どう! ミホーシャにできてカチューシャにできないことはないんだから!」

 

 ヤケなのか、虚勢なのか、それとも本当にもう機嫌が直ったのか。

 砲手席のエリカにはわからない。

 わかるのは、どうやらこの作戦がうまくいったらしい、ということだけ。

 

「攻撃しますか」

 

 部下からの通信に、ノンナが答える。

 

「いえ。砲撃中止。様子を見ましょう」

 

 そして、小さく息を吐いてから、こう付け加える。

 

「思っていたより長引くかもしれません。持久戦の用意を」


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