クラーラは全力でCV33を妨害する。
幅寄せ。
進路妨害。
フェイントをかけて相手をまどわせる。
砲塔の向きすらブラフに使って、CV33の動きをコントロール。
相手がこちらをおちょくるのなら、こちらも相手をおちょくり返せばいい。
プラウダの生徒にだって、それくらいのユーモア精神はある。
とうとう、CV33がねを上げる。
前進を中止して、いま来た方角へ戻り始めたのだ。
(
クラーラは心の中で快哉を叫ぶ。
どうせ、本気で戻るつもりでないことは読めている。
CV33は距離を取りたいだけ。
しばらく逆戻りしたところで、引き返してくるに決まっている。
だが、それでいい。
好きなだけ時間を浪費すればいい。
目的はひとつ。
クラーラは、追いかけっこから脱落した四輛のT-26に、別の指示を送っている。
追いかけるのではなく、別ルートをとること。
クラーラが時間を稼いでいる間に、峡谷を突っ切って台地をショートカットし、荒れ地で先回りすること。
T-26は旧式だが、CV33が相手ならマッチアップになる。
四対一なら十分すぎるくらいだ。
だからクラーラは、先ほどから、あえてCV33を泳がせている。
主砲は撃つが、目的は妨害。
前に出さない。
速度を出させない。
クラーラの目的は、そこにある。
#
山頂からの砲撃に、何回耐えただろう。
ノンナのIS-2は満身創痍。
直撃はされなかった。
だが、砲塔の塗装は無残にはげ落ちている。
車体は土くれを浴びて汚れている。
砲塔の動きがおかしい。
まだ動くが、きしむような違和感がある。
それでも愚直に足を止めて撃ち合っているのには、わけがある。
KV-2砲塔の
この距離では、抜けない。
しかし、硬いのは防楯だけ。
KV-2の砲塔の装甲は、前面・側面ともに75㎜。
いかつい巨体の印象に反して、じつはそれほど厚くない。
側面装甲は、ほぼ垂直。
おまけにデカ頭が災いして、面積も広いときている。
横を向かせてしまえば、IS-2の122㎜砲ですぽんと撃ち抜けるのだ。
では、どうやって横を向かせるか……?
スコープの視界の中で、KV-2の車体に、かつんかつんと砲弾が当たる。
IS-2が発射したものではない。
(よし……!)
ノンナがさっきから待っていたものが、ようやく到着した。
クラーラは、CV33の追跡に出たとき、山のふもとにKV-1を二輛残していった。
ノンナはその二輛に山を登らせたのだ。
KV-2は、KV-1の派生モデル。
ベースの車体は同じで、砲塔だけが異なる。
すなわち、KV-1の装甲はKV-2とほぼ等しく、主砲の性能ははるかに劣る。
二輛で向かったところで、レンジ外から撃ち抜かれるのがオチだ。
だが、同時に二つの方角に砲塔を向けることはできない。
KV-2がKV-1を狙うには、砲塔を動かす必要がある。
言いかえると、IS-2に砲塔側面を見せる必要があるのだ。
KV-2の砲塔は手動旋回式。
砲塔を横に向けている間に、こちらが狙う時間はたっぷりある。
(さあ、どうします――?)
KV-1をかたづけて、ノンナに無防備な砲塔側面を晒すか。
それとも、IS-2に砲塔正面を向けつづけて、KV-1に接近を許すか……?
KV-1の主砲は76.2㎜。
近接さえできれば、KV-2の側面を抜けるだけの貫通力はある。
手番はKV-2の側。
だが、動きようがない。
ノンナの作戦勝ち。チェックメイトだ。
#
クラーラの予想通りだ。
CV33は、逃げると見せてぐるりと大回り。
クラーラのT-34/85から距離を取りつつ、ふたたび荒れ野の方角に頭を向ける。
(そうはいきませんよ、カチューシャさま――!)
クラーラが主砲を発射する。
今回は当てるつもりで撃ったのだが、外れた。
CV33が起伏に隠れたせいだ。
(――まったく!)
この凹凸はやっかいだ。
さっきから、地味に、着実に、T-34/85の足を引っぱっている。
だから、幅寄せのような間接的な手段に頼りたくなる。
T-34/85はCV33に走り寄る。
CV33の動きは、あいかわらずトリッキー。
だが、戦車で可能な動きには限界がある。
意外性のある行動で惑わせようとしても、いつかは種が尽きる。
その証拠に、T-34/85は、追いかけっこを始めた最初のころよりずっと、CV33の進路を妨害できるようになっている。
(この様子なら、T-34/85単独での撃破も可能かもしれません――)
あなどったつもりはない。
しかし、クラーラがそう考えたのは、やはり油断だった。
クラーラはひとつ忘れていたのだ。
T-34/85がCV33の動きを学習しているように、CV33もT-34/85の動きを学習していることを。
T-34/85がCV33に幅寄せをしかける。
が――
衝撃がない。
がつんという衝突音も、履帯が装甲を削るがりがりという音も聞こえない。
反動に備えようとしたT-34/85の車体が、大きく流れる。
(――なにが起きたんです?)
キューポラの狭い視界ではわからない。
クラーラはハッチを開けて、車外に上半身を突き出す。
幅寄せをしかけた側に、CV33の姿はない。
急加速や急制動で距離を取ったのではない。
ぴったりと身を寄せて、死角に隠れているのでもない。
(……まさか、踏みつぶしてしまった?)
本当のお姫さまは、二十枚の敷布団と羽根布団の下に置かれた一粒のえんどう豆の存在を感じ取るという。
クラーラはお姫さまではないが、CV33だって豆粒ではない。
いくら相手が豆戦車でも、踏みつぶしたら感触があるはずだ。
ねんのために後方を見てみる。
やはり、なにもない。
かつてCV33だったものの残骸は転がっていない。
(……それでは、どこへ?)
周囲をぐるりと見渡して、クラーラはおどろく。
いた!
信じられない。
CV33は、T-34/85が幅寄せをしかけた反対側を走っている。
高速でT-34/85から遠ざかろうとしている。
CV33は、音もなく、動きも感じさせず、いつの間にか反対側へ移動していたのだ。
「いました! 十時の方角です!」
操縦手に告げて、再接近をはかる。
もう一回、幅寄せをこころみる。
今度は、さっきの逆側から。
だが――
T-34/85の体当たりは、今回もすかされる。
(……また?!)
やはり、反動はない。
気がついたときには、車体を寄せた反対側を、CV33が走っている。
いったいどんな魔術を使ったのか。
「くそぉ!」
クラーラが止める間もない。
あせった操縦手が、なりふりかまわず、後方からCV33を踏みつぶそうとする。
CV33は、T-34/85の車体の下に巻き込まれたように見えた。
しかし、今回も同じ。
金属のかたまりを踏みつぶす音はしない。
激しい衝撃もない。
あたりを見回すと、CV33がいつのまにか横を走っている。
けれども、クラーラは感じ取った。
T-34/85の車体底面に、一瞬、こつんとかすめるような衝撃があったことを。
それに、地形――
最初の時は、車内にいたから見えなかった。
だが、二回目と三回目は、ハッチの上から観察できた。
CV33が消滅するとき、周囲の地形に共通点がある。
くぼんでいるのだ。地面が。
(――まさか)
信じられない。
サッカーボールでもあるまいし。
だが、そうとしか考えられない。
戦車は車体が長い。
履帯の底部はまっすぐだ。
だから、くぼみにさしかかると、ときおり履帯の一部が地面から浮く。
さしかかった瞬間は前が浮く。
小さいくぼみを乗り越えるときは、中間にすきまができる。
CV33は、そのすきまをくぐって、T-34/85の体当たりを回避しているのだ。
(――戦車で股抜き?! そんなことができるのですか!!)
小型で背の低いタンケッテだからこそ。
理論的には可能だとしても、実行する者がいるとは思えない。
そんな離れ業を、目の前のCV33はやってのけている。
クラーラは、敵の豆戦車を、畏敬の念で見つめる。
「このぉ! 幽霊戦車め!」
だが、その感動は、ハッチの上から観察するクラーラだけのもの。
T-34/85の操縦手は平静を失っている。
指示を待たず、横を走るCV33に独断で体当たりをしかける。
一瞬、CV33が横に動いたのは、適当なくぼみが現れるまでの時間を稼ぐため。
黄色いタンケッテは、クラーラの目の前……いや、眼下で、くぼみにさしかかったT-34/85の車体をくぐり抜ける。
まさに間一髪。
あと少しで、T-34/85の履帯が、CV33の天板を巻き込んでいたところだ。
「いけない!」
クラーラの警告は、間に合わない。
逃げるCV33にとっては絶好のくぼみだった。
しかし、T-34/85にとっては、角度が急すぎた。
T-34/85は、くぼみに頭からつっこんでしまう。
抜けられない深さではない。
だが、立て直しには時間がかかる。
(――でも)
CV33の背中を見送るクラーラには、まだ勝算がある。
(でも、これだけ時間を稼ぐことができれば――!)
#
まだ負けてはいない。
T-34/85を駆りながら、クラーラは考える。
荒れ地では、T-26四輛が待ちかまえているはず。
いくらCV33でも、前に回られては、すべてをかわしきるのは難しい。
その隙に追いついて、こんどは五輛で時間を稼ぐ。
時間を稼いで、本隊の到着を待つ。
そうすれば、まだ十分に勝ち目はある――
T-34/85が荒れ地に入る。
クラーラは、はやる心を抑えて双眼鏡を覗く。
(――いました!)
前方に、黄色い豆戦車。
そのむこうに、濃緑に塗られたプラウダの戦車たちが見える。
おまけに。
前にいるのはT-26だけではない。
いったんT-34/85の追跡に送り出した、快足のクリスティー式軽戦車BT-7。
後方から追いついたあの二輛が、T-26に合流している。
(――さあ、どう出ます? カチューシャさま)
クラーラが双眼鏡をのぞきながらほほえむ。
前からはT-26四輛とBT-7二輛。
後方からはクラーラのT-34/85。
戦闘区域外に出るには、軽戦車の隊列を突破する必要がある。
CV33は小回りのきく車輌。
操縦手がすご腕であることも証明済みだ。
しかし、それでも、六輛を相手にするのは無理が過ぎる。
足を生かして道をふさぐBT-7。
足を止めて撃ちまくるT-26。
操縦の腕だけでこの組み合わせを突破するのは、不可能に近い。
むこうもわかっているのだろう。
CV33は先ほどより速度をゆるめている。
かといって、引き返すこともできない。
あの腕であれば、もういちどT-34/85単機を引き離すことは可能かもしれない。
だが、その背後からは、大量のT-34/76が接近している。
進むも地獄。戻るも地獄。
CV33は絶体絶命だ。
#
――だが、そのとき。
その場にいる全員にとって、予想外のことが起きた。
ぼかん、と砲撃音。
前方にひかえたT-26の一輛が、突然黒煙を吹き、白旗を上げる。
CV33の機銃ではない。
味方の誤射でもない。
砲弾は、T-26の後方から飛んできた。
「誰です、撃ったのは?!」
クラーラはあわてて双眼鏡の方角を動かす。
視界に入ったのは、ここにいるはずのない戦車だった。
砲塔の位置は車体の前寄り。
砲塔は小ぶり。前がとがっている。
砲塔の上に、さかさにした鍋のようなドーム。
装甲板はリベット止め。
車体前部、履帯と履帯のあいだから、太く短い二本目の砲身が飛び出ている。
そして、転輪側面の装甲板にプリントされた、動物のパーソナルマーク。
あれは、プラウダが数日前に対戦したばかりの戦車――
大洗女子カモさんチームのB1bisではないか!!