真夏のエリカチュ作戦です!   作:ばらむつ

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その4

 煙幕に守られたT-34/85の操縦席では、エリカが焦りをつのらせている。

 

「残量は?!」

 

「もう切れそうね」

 

 カチューシャは他人事のような口調で言う。

 煙幕の残量のことだ。

 

「それまでに間に合うんでしょうね?!」

 

「さあ。なんでも好きなものに祈っときなさい」

 

 この少女が切迫した場面で見せる肝のすわりっぷりに、エリカはときどき感心し、ときどき腹が立ってたまらなくなる。

 

 いらいらしながら、操縦席前のスリットをのぞき込んだとき――

 棒一本分の狭い空間を、すごいスピードでなにかが突っ切った。

 

 煙幕の切れ目からちらりと見えたのは、見覚えのある黄色いボディ。

 ペパロニの元気な叫び声が、切れ切れに飛んでくる。

 

「よっしゃー!! 目にもの見せてくれるぜーー!!」

 

「ばか! あんたたちが行ってなんになるのよ!!」

 

 エリカの制止の声などどこ吹く風。

 

(――まったく、急造チームはこれだから! 規律もチームワークもあったものじゃない!!)

 

 背後でエリカがそう呪っていることも知らずに、アンツィオのCV33は、元気いっぱい坂を駆け下ってゆく。

 

#

 

 やけになったわけではない。

 CV33の車内は、いたって意気軒昂だ。

 森に半分つっこんでひっくり返った重戦車を横目に、起伏のある坂道を一直線に跳ね下りる。

 

 山の中腹で止まったIS-2は、平原に砲塔に向けたまま。

 接近しているのに、アンツィオのタンケッテには気づきもしない。

 

「よーしペパロニ、やっちまえ!」

 

 めずらしく操縦席に座ったアンチョビが、上部ハッチから体を出した黒ヘルメットの部下に呼びかける。

 

「了解っす!」

 

 ペパロニが白い歯を見せて不敵に笑う。

 

 両手に握っているのは、色とりどりの小さな玉。

 赤や緑、紫色。

 大きさはピンポン球くらい。

 どれも短いしっぽが付いている。

 

 IS-2の横をすり抜けざま――

 

「フェリーチェ・アンノ・ヌオーヴォ!」

 

 ペパロニは、しっぽに火を付けた色玉を、盛大にばらまく。

 

「なんだぁ?!」

 

「ノンナさま! 変なのが!!」

 

 IS-2の乗務員が気付いて声を出したときには、もう通りすぎたあと。

 

 ノンナがふり返ったときには、色の付いた小さな玉が、まるで森に迷い入った子供たちが残した道しるべのように、緑の斜面に転々と落ちている。

 

 だが、ただの玉ではない。

 カラフルな色のボールたちが、つぎつぎと同じ色の煙を吐き始める。

 

「火事?! 故障ですか?!」

 

「いいえ。ただのおもちゃです」

 

 乗員の狼狽を、ノンナが冷静に鎮める。

 

 煙玉。

 色つきの煙をもくもく吐き出すおもちゃの花火だ。

 軍用の煙幕でも、発煙筒でもないが、ばらまけば代用品程度にはなる。

 全国大会一回戦で、大洗のアヒルさんチームが発炎筒をトスしていたのに感銘を受けたペパロニが、ああいうのうちらもやりたい!と大量に買い込んでCV33に積んでおいたのが、こんなところで役に立った。

 

「こら、一気にまきすぎるな! なくなっちゃうだろうが!」

 

「すいませーん。新年のお祭りみたいで景気いいかなーって思っちゃって」

 

 アンツィオでは、毎年大晦日の晩にみんなで集まってカウントダウンを斉唱し、年が明けた瞬間に花火を打ち上げてばか騒ぎをするのが恒例なのだ。

 そういえば、CV33のエンジンが立てる破裂音と、カルパッチョが警笛がわりに撃つ機銃の音は、まるではじける爆竹のよう。

 お祭り気分で煙と爆音をばらまきながら、CV33はなおも坂を下ってゆく。

 

#

 

 エリカは視界をふさぐ煙幕を複雑な気分で眺める。

 

 晴れてもらっては困る。

 だが、坂を下っていったアンツィオ一行も気にかかる。

 最後にちらりと見えたときは、IS-2の真横を突っ切って、下の平原めがけて一直線に走っていたが……

 

「逃げたのかもよ?」

 

 車長席をふり返って尋ねてみる

 カチューシャは不機嫌な表情で黙ったまま。

 

 エリカとしては、CV33が本当に逃亡したのだとしても、責めるつもりはない。

 まあ、それもいいかもね、くらいの気持ちではある。

 CV33なんて、どうせまともな戦力にはならない。

 それに、ここにいつづけたっていいことがないのは、目に見えている。

 

 プラウダが捕虜にひどい拷問をするというのは、ライバル校が流した根も葉もない都市伝説だと思いたいところだが、カチューシャは逃亡者だし、エリカたちはその協力者だ。

 少なくとも、シチーとコトレータで歓待はされまい。

 

 山の中腹で事態を眺めるノンナも、エリカと同じように考えている。

 

「ノンナさま、アンツィオのCV33です!」

 

「まっすぐ中央に向かってきます。発砲してよろしいですか?!」

 

 部下からの問いに、ノンナはマイクを取り上げて答える。

 

「発砲は距離がある場合のみ許可します。近距離では静観」

 

「陣に入られてしまいますが?!」

 

「CV33はこちらの装甲を抜けません。過剰に反応して、混乱や同士討ちが起こるほうが問題です。目的が逃亡であるようなら、放置してかまいません」

 

 継続に鹵獲されたT-34/76に高速でかき回された混乱から、ようやく立ち直りかけているところなのに、また同じ手にひっかかっては冗談にもならない。

 

 それにしても、視界が悪い。

 煙玉のスモークが、まだノンナをいぶしている。

 

#

 

 CV33の進路は変わらない。

 一直線に斜面を駆け下ったあとは、平地を敵陣めがけて疾走。

 カラフルな煙をしっぽのように引き、敵の砲撃をたくみにかわしながら、横隊を維持したプラウダ陣営のど真ん中につっこむ。

 

「おらーー! かかってこーーい!!」

 

 カルパッチョが機銃を撃ち、ペパロニが煙玉を投げながら挑発する。

 

 ノンナの指示を受けた戦車たちは静観の構え。

 なんだったら自分たちから道をあけてやる勢いで、CV33に包囲網の突破を許す。

 指示通り、距離ができたところで砲撃を再開するが……

 

 煙玉のスモークが視界を邪魔するせいで当たらない。

 

「うまくいきそうですね、ドゥーチェ」

 

 砲手席のカルパッチョが、隣のアンチョビに話しかけたとき。

 

「ねーさん、あれ! 十字方向!!」

 

 ハッチの上から、ペパロニが叫ぶ。

 

 渓谷の出口にほど近い崖下に見えるのは――

 ものほし竿を積んだ軍用トラック。

 否。

 一晩中ボルシチ小隊を悩ませたBM-8の群れが、横一列になって止まっている。

 

「なんだ。油断してるなあ、プラウダのやつら」と、アンチョビ。

 

「きっと寝てるんですよ。一晩中砲撃してたってことは、あっちだって一晩中起きてたってことですもの」と、カルパッチョ。

 

「なにー、あいつらだけぐっすり寝てるだとー? 許せねえ! こっちもあいつらの安眠を妨害してやりましょうよ、ねーさん!」

 

「よーし。行きがけの駄賃だ。やってやるか!」

 

 アンチョビが、にいっと歯を見せて笑いながらアクセルを踏み込む。

 本当に寝ているのだろう。

 CV33が全速で近づいても、BM-8は反応しない。

 

「行っくぞーー! 必殺、ピザ回しターーーン!!」

 

 アンチョビが足もとのペダルを踏みながら、左右のレバーをがちゃこんと倒す。

 

 左右の履帯が高速回転。

 機体がウィリーしたところで片側の動きを止めてやると、CV33は左右のグリップを失って、慣性で前進を続けたまま、くるくると回転をはじめる。

 操縦に失敗したのではない。

 意図的に車体をスピンさせることで、超信地旋回(その場ターン)のできないCV33で、超信地旋回以上の高速旋回を可能にする高等テクニックである。

 

 同時に、カルパッチョが機銃を発射。

 放射状に撃ち出された銃弾が、一列に整列したBM-8の車体につぎつぎ命中する。

 

 すこここんと丸い穴。

 すぽんすぽんと、連続で白旗が上がる。

 BM-8は戦車ではないが、戦車道の関係車輌ではある。

 だからもちろん、カーボンで守られている。

 乗務員に怪我は一切ない。

 

「こらー! ずるいぞー!」

 

「人の寝込みを襲うなんてー!」

 

 中で寝ていたプラウダの隊員たちが、あわてて飛び起き、トラックの窓から体を出して抗議するが、睡眠を邪魔されたのはこちらも同じ。

 食欲と睡眠欲にきわめて忠実なアンツィオ生だけに、同情の気配がない。

 

「ざまみろー!」と、ペパロニ。

 

「乙女の敵ー!」と、カルパッチョ。

 

「よーし。じゃあ目的地に向かうぞー」と、アンチョビ。

 

 三六〇度どころか八〇〇度くらいの華麗なスピンターンを決めたCV33は、いままで進んでいた方向にお尻をむけ、捨て台詞を残して走り去ろうとする。

 

 そのときだった。

 前方横手、数日前にカチューシャが抜けてきた渓谷の出口から、黒い大きな影がぬっと現れる。

 

「ドゥーチェ、戦車っす!」と、ペパロニ。

 

「なにい?! 護衛がいたのか!」と、アンチョビ。

 

 奇妙なシルエット。

 車体が平たい。履帯と高さがほぼ同じ。

 車体後部が妙に長い。

 側面が鋼板で覆われていて、転輪が見えない。

 なかでも異様なのは砲塔だ。

 

「おい、あれ砲塔か? あっちにあるのも砲塔か?」

 

 アンチョビが、操縦席前のスリットから前をのぞきながら驚きあきれる。

 

「いやまて、後ろにもなんか付いてるぞ? 全部でいくつある?!」

 

 大きな砲塔がひとつ。

 

 これはまあ、普通だ。

 おかしなのは、その主砲塔の斜め前後左右から、砲塔が生えているところ。

 

 右前と左後ろに中くらいの砲塔。

 左前と右後ろに小型の砲塔。

 合計すると……

 

「ひいふう…… 五つです」カルパッチョが数え上げる。

 

「五つ! 五つも砲塔があるってなんだ! 要塞か? われわれはマジノ線に迷い込んだのか?!」

 

「T-35ですよ、ねーさん!」と、ペパロニ。

 

 多砲塔戦車。

 それは、二度の世界大戦のあいだの戦間期にさかんに研究されたが、実用性に乏しいとして、やがてうち捨てられていった進化の袋小路。

 

 T-35重戦車は、その中でもとびっきりのイロモノ。

 戦車の世界におけるマンモスでありオオツノシカである五砲塔戦車の中で、唯一量産され、実戦配備もされた代物である。

 

「プラウダはえらいもん持ってやがるなあー。戦車に遊園地でも作る気か」

 

「むしろ百貨店でしょうか」

 

「一個くらいカルロ・ベローチェにわけてくんないですかねー」

 

 のんきに感想を言い合うアンツィオ一行だが、T-35の砲塔がこちらに向きはじめると、顔色が変わる。

 

「どうします、ドゥーチェ?」

 

「逃げるに決まってるだろ! あんなやつの相手なんかしてられるか!」

 

 CV33は快足を生かしてT-35の横をすり抜け、緑の草原を疾走する。

 T-35がぎゃりぎゃりと履帯を鳴らして追いかける。

 

 狙いをつけるのは、正面を向いた三つの砲塔。

 いちばん大きな砲塔は、たまに榴弾を撃つ係。

 中くらいの砲塔から飛んでくる弾のほうが速くて痛そうだし、装填も速い。

 

 軽量のCV33は、近くで榴弾が炸裂するたびにぐらぐら揺れる。

 砲弾が鋭い風切り音を立ててそばをかすめるたび、心臓がちぢむ。

 

「くそー、ばかすか撃ちやがって」

 

「ドゥーチェ、いっそ接近しては?」

 

「だな! くっついちゃえば撃たれまい!」

 

 だが、距離を縮めると、小さい砲塔が機銃を撃ってくる。

 小砲塔の機銃は7.62㎜。

 軽装甲のCV33にとって十分すぎるほどの脅威だ。

 

「ねーさん、反対側! 機銃のない側に回りこみましょう!」

 

 ハッチから上半身を出したままのペパロニが叫ぶ。

 

 T-35の機銃銃塔は二個所。左前と右後ろ。

 自分自身の砲塔と車体が邪魔をするせいで、右ななめ前は狙いにくい。

 右前の中砲塔が再装填しているあいだに近づいてしまえ―― という意味だ。

 

 操縦席のアンチョビだって心得たもの。

 いったんフェイントをかけ、敵の狙いをそらしてから、重戦車の足元にえいやっと切り込む。

 

「よーし、ここなら俯角取れないだろ!」

 

 中砲塔の真横である右前側面にくっついて、これで一安心とおもいきや……

 

 がつん、ぎゃりぎゃりと横から衝撃。

 CV33の車体が一瞬浮く。

 

「ドゥーチェ! あいつら幅寄せしてきたっす!」

 

「えーい、じゃあ後ろだ、後ろ!」

 

 CV33は履帯を逆回し。

 

 T-35の砲塔は前側に寄っていて、車体の後部が長い。

 砲塔の高さからして、後ろにくっついてしまえば、死角になって撃たれまい。

 

 ……と期待したのだが。

 

 CV33が後部につけたとたん、T-35はぎいっと急停車。

 ふみつぶそうと全速で後進をかけてくる。

 

 あわてて自分たちも後進をはじめながら、アンチョビが悪態をつく。

 

「ちくしょう、あいつら容赦ないな!」

 

「このままだと逆戻りです!」と、カルパッチョ。

 

「そいつはだめだ。戻っているひまはないぞ!」

 

 CV33は、V字で前進に切り替え、T-35の左すれすれをかすめて前部へ。

 前部から側面へまわり。

 速度をゆるめて後部へ近づき。

 相手がそれに合わせようと速度を落としたところでアクセルを踏む。

 

 なるべく密着し、併走しながらも、つねに場所を移動。

 相手に狙いをつけさせない。

 対策を考える時間もあたえない。

 小型で小回りのきくCV33ならではのちょこまか作戦である。

 

「やーい、のろまー! こっちだこっちー! 一発くらい当ててみろー!」

 

 そんなふうにおちょくりながら前進しているうち——

 CV33とT-35は、戦場の危険な領域に入りこんでいた。


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