真夏のエリカチュ作戦です!   作:ばらむつ

13 / 27
その3

 ノンナの視界には、山頂近くでKV-2に寄りそうT-34/85が見えている。

 

――やはり。

 

 KV-2の砲塔はあさっての方角を向いたまま。

 先行した三輛の報告通り、どこかが故障しているらしい。

 

 いっぽう、T-34/85の砲口は、まっすぐノンナをにらみつけている。

 だが、この距離ではIS-2の装甲を抜けないことを、ノンナは知っている。

 カチューシャがそのことを知っていることも知っている。

 

――がんばりましたね、カチューシャ。

 

 どこか惜しいような気がしながら、ノンナが主砲のフットペダルを踏もうとした、そのとき。

 

 通信が、やにわに乱れた。

 

「このぉ! 血迷ったか!」

 

「反動だ! 裏切り者! 反逆者が出た!!」

 

 ノンナはスコープから顔を離して、ため息をつく。

 

「落ち着きなさい。なにごとです」

 

 通信機のざーっという雑音の中に、部下の声がまじる。

 

「ノンナさま、大変です! 同士討ちで――」

 

 音声がとぎれる。

 ほぼ同時に、どかんと砲撃のこだま。

 

(……下から?)

 

 ノンナは、停車を命じておいて、ハッチを開けて外に顔を出す。

 

 そして、絶句する。

 双眼鏡をのぞくまでもない。

 

(――なんだ、これは)

 

 ふもとの平原は、いつの間にか大混乱におちいっていた。

 

 ノンナが出発したときは整然と並んでいた戦車の列が、見る影もない。

 視界の左側―― 弧を描いて山を包囲した陣形の右翼が、無残に崩れている。

 

 白旗と黒煙を揚げて立ち往生した戦車が数輛。

 猜疑心にかられてか、互いに主砲を向け合ったまま、身動きの取れなくなっている戦車が数輛。

 混乱を避けるために待避しようとして、互いに方向が入り乱れ、結果として混乱に拍車をかけている戦車が多数。

 

 その中に一輛だけ、こまねずみのように駆け回っている戦車がいる。

 見間違えるはずもない、濃緑のプラウダ戦車。

 

 だが、その戦車は、味方であるはずのほかのプラウダの戦車にためらいもなく砲口を向け、撃破し、あるいは部分破壊に持ち込んでいる。

 

「ばかーっ! 味方だぞーーっ!」

 

「こっちくんなーーっ!」

 

「ノンナさま、反撃してよろしいですか?! ノンナさま!」

 

 部下たちは大混乱だ。

 

「かまいません。撃破しなさい」

 

 命令を出しておいて、ノンナは考える。

 

(カチューシャに同情した部下が裏切った……?)

 

 その可能性もないではない。

 ないではないが、なにかが引っかかる。

 

 山の中腹から、ノンナは眼下の戦車を数える。

 

 T-34/76、BT-7、T-70……

 カチューシャと試合の約束をしてから、増援を大量に呼び集めたから、下には四十輛以上がいたはずだ。

 

 平原にいるのは、軽戦車や旧式が中心。

 KV-2との撃ち合いを考慮して、登山組は硬いやつで固めたのだ。

 さかんに動きまわっている不穏分子はT-34/76。

 居残り組の一員ではある。

 

 だが、あの戦車は……?

 

 ノンナがあと少しで真相に気付きそうになったとき。

 別の地点で、また異変が起きた。

 

#

 

 聞こえたのは、雷鳴のような轟音だった。

 続いて、平原の一角で大地が大きくはじける。

 

(――KV-2?!)

 

 ノンナは頭上をふり返る。

 だが、目的の重戦車は見えない。

 その下にいたT-34/85の姿も見えない。

 

 視界が、ない。

 

 少し目を離した隙に、山頂は灰色がかった霧におおわれていたのだ。

 

「煙幕ですか!」

 

 おもわず声が出る。

 遠距離から撃ち抜こうとする相手への対抗策としては、単純だが効果的だ。

 

 だが、爆発が起きたのは、T-34/76がかき回している反対側にあたる、陣営の左翼。

 さっき見えたKV-2の砲身の向きと方角が合わない。

 

 ノンナは、頭上に広がる煙幕を凝視する。

 相手の再装填が早く終わってほしいような、ほしくないような、複雑な気分。

 

 装填に時間のかかるKV-2にしても、かかりすぎるくらい時間がたった後――

 

 どーーんと、遠い発射音。

 ずずーんと、榴弾が爆発した音。

 

 だが、動きはない。

 

 煙幕の中から、砲弾は飛んでこなかった。

 音が聞こえたのも山頂からではない。

 背後からだ。

 

 ノンナはふり返って、広大な草原を見渡す。

 今回の弾着は、プラウダの戦車一輛を吹き飛ばして、白旗に追い込んでいた。

 

 どこからだ。どこから来た。

 砲手の腕はいいのに、なぜ次弾までこれほどかかる?

 とろ火が火縄を食うような、じりじりとした時間がすぎる。

 

 ようやく三回目の砲撃音。

 白い光の矢が、緑の野を裂くように一直線に飛来する。

 

 榴弾が炸裂!

 また一輛が白旗を上げる。

 

――あそこか!

 

 ノンナは双眼鏡を両眼に押し当てる。

 プラウダの隊列の後方はるかに見えたのは、ここでもプラウダ戦車の濃緑。

 

 銅鑼を伏せたような扁平な砲塔。

 長い砲身。

 山形の折れ目がある正面装甲――

 

 IS-3!

 

 T-34/85に外部燃料タンクを爆破された機体。

 爆発は派手だったが、それは燃料に火が付いたせいで、白旗は上がっていない。

 しかし、爆発の影響でエンジンと転輪が不調になったので、修理するより、余った人員を増援として到着した戦車に回したほうが効率的だと考えて、いままで放置していたのだ。

 スタックしたのが包囲から遠く離れた地点だったので、問題はあるまいと考えていたのだが……

 

(――鹵獲された!)

 

 瞬間、頭の芯がくらりとくるほどの激情がノンナを襲う。

 

 表情には決してあらわさない。

 だが、屈辱で手が震える。

 右翼を荒らしまわるT-34/76を見たときの違和感の正体も、これだ。

 

 増えていたのだ。一輛。

 

 あれも初日だ。

 T-34/85に最初に履帯を破壊されて、渓谷のむこう側で放置されていたT-34/76。

 いるはずのないあの機体が、なぜか、この場所にいる。

 

 このやり口は、あの学園だ。

 こんな腹立たしい手を使ってくるのは、あの高校しかない――!

 

 ノンナの耳に、試合前の交渉で、カチューシャが口にした言葉がよみがえる。

 

「乗り換えを許してもらうわ。白旗が上がる前に車輌から脱出できた人員は、別の車輌に乗り換えてもよいこととする」

 

 少ない人員をやりくりして戦車を操作するための条件かと思った。

 

 乗り換え。

 別の車輌。

 なんと都合のよい言葉を選んだものか。

 乗り換えに、前の車輌が駄目になった場合というただし書きはない。

 車輌は、自軍のものに限定されていない。

 

 まったく、カチューシャときたら。

 人数が少ないとかなんとか、もっともらしい理由をつけておいて。

 

 カチューシャは最初から、こちらの戦車を鹵獲して使うつもりで、あの条件をつけ加えたのだ!

 

 知らないうちに、ノンナはこぶしを握りしめている。

 

#

 

「鹵獲とニコイチは北欧の誉れ――!!」

 

 疾走するT-34/76の内部。

 赤毛のミッコが、わけのわからないことを叫びながら操縦席のレバーを引く。

 

 砲塔では、緑の瞳のアキが砲弾を装填中。

 装填が終わったら、大急ぎで砲手席に移動して狙いをつける。

 発射したら、移動してまた装填。

 

「右、BT-7が近づいてるよ!」

 

 合間には、キューポラから外をのぞいて車長のまね事まで。

 会話は最低限だし、本来四人乗りのT-34/76を半分の人数で操作しているのに、じつにみごとなチームワークだ。

 

 すばやく移動して狙いをつけさせず。

 敵の側面や背面に回りこみ。

 そいつを盾に別の戦車の砲撃をかわし。

 急制動から履帯を逆転させて相手を翻弄。

 この戦車は履帯。

 この戦車は燃料タンク。

 この戦車はどこでも抜ける――

 的確に弱点をついて敵を倒してゆく。

 

 継続高校は、物資が豊富な学園艦ではない。

 サンダースやプラウダ、黒森峰に大きく劣る。

 だから、もらえるものはもらって使う。

 拾えるものは拾って使う。

 拾っちゃいけないものでも拾って使う。

 継続の生徒がプラウダや黒森峰の戦車に精通しているのはそのためだ。

 

 鹵獲は、継続のような小さな艦が、物量をかさに着る大型艦に食らいつくために編み出した――というより、拾得せざるをえなかった生活の知恵であり、生存に不可欠な技術なのだ。

 

 その技術を生かす機会を求めて、三人がひそかに山を下りたのは、二日目の早朝、カチューシャたちが目を覚ます数時間前のことだった。

 

 当初の狙いは、履帯の外れたT-34/76だけだった。

 だが、徒歩で進んでいる途中に放置中のIS-3を発見し、まだ使える状態であることが判明したため、両方とももらっちゃうことにしたのだ。

 

「風がそう言うなら、そうするさ」というのが、ミカの弁。

 

 ミカは残って、IS-3にひそむ。

 アキとミッコは、修理したT-34/76で、何食わぬ顔をして戦列に忍び込む。

 そうしておいて、プラウダに打撃を与える機会をうかがっていたのだ。

 

 そして今こそ、千載一遇のチャンス。

 

 右翼では、ミッコの駆るT-34/76が、違法改造でもしたのではと疑いたくなるような高速機動で、プラウダの戦車を攪乱する。

 左翼では、ミカが単独で立てこもったIS-3が、遠距離から敵を撃ち抜く。

 

 歴史的に、継続はプラウダとの間に浅からぬ因縁がある。

 そのせいでもあるまいが、三人とも、声を出して歌いながら戦っている。

 

#

 

 山の中腹では、ノンナがめずらしく方針を決めかねている。

 

 このまま登るべきか。

 それとも下りて混乱する部下を救うべきか。

 

 とりあえず、通信で方針は伝えた。

 

 敵は二輛だけであること。

 鹵獲した戦車を使っているだけで、同志の裏切りではないこと。

 ちょこまか動きまわるT-34/76は、いったん距離を取って隊列を立て直してから、足の速い戦車で囲んでしまうこと。

 IS-3は移動できないはずなので、長竿で遠距離から応戦しつつ、数を生かして側面や後方に回りこむこと。

 敵にこれ以上の隠し球がなければ、このやりかたで対処できるはずだが――

 

 ノンナはふり返って、山頂の動向を確認する。

 厚い煙幕は、まだ晴れない。

 

#

 

 そのころ。

 煙幕が薄くなる山の頂上まで上がって、下界をうかがう一輛の戦車がいた。

 

 アンツィオのCV33。

 三人そろってハッチから上半身を出し、ぎゅうぎゅう押し合いながら、双眼鏡やオペラグラスをのぞいている。

 

「継続さんでしょうか?」と、カルパッチョ。

 

「だろうなあ」と、アンチョビ。

 

「逃げたんじゃなかったんですねえ」と、ペパロニ。

 

「あー、そっちはまずい。回りこまれるぞ。そっちじゃなくてこっち、こっちに…… おおー、避けたぁ。やるなあ」

 

「うわ、あっちまた当てましたよドゥーチェ。一輛撃破」

 

「大混乱ですね。プラウダは」

 

 お茶の間のテレビで観戦しているかのようなくつろぎっぷり。

 カプチーノとお茶うけのビスコッティがないのが不思議なくらいである。

 

 だが。

 

「あー、でも装填遅いなあ。もうー。急げ急げ」

 

 ペパロニのなにげないひと言で、アンチョビの表情が変わる。

 

「……おい、継続のメンバーは三人だったな」

 

「そうっすよ。帽子かぶった子と、お下げの子と、赤毛の子で」

 

「戦車は二輛だ。どっちに何人乗ってると思う」

 

「それは、動きながら撃っているT-34/76にふたりで……」

 

「動かないIS-3にひとりでしょ。そんなこともわかんないんですか、ドゥー……」

 

 ペパロニが途中で口をつぐむ。

 アンツィオの三人が、たがいに顔を見合わせる。

 

#

 

 プラウダは、混乱から立ち直りつつあった。

 

 不意打ちが恐ろしいのは、敵の正体と、数と、方角がわからないからだ。

 プラウダの戦列が大きく乱れたのも、同志の裏切りではと疑心暗鬼になったせいが大きい。

 敵の情報が周知徹底されれば、立て直しは難しくない。

 敵が少数とわかればなおさらだ。

 

 この場合、プラウダに幸いしたのは、冷静な司令官が、高地から戦場の全景を見渡していたことだった。

 

 IS-2の砲塔を平原に向けて、ノンナは通信機で指示を出す。

 

T-34/76(ねずみ)は檻に入れるだけで十分。無理に攻めず、つかず離れずで遠巻きに囲んでしまえば、むこうは攻め手がなくなります。火力はIS-3(川カマス)に集中!」

 

 そう言いながら、自分でもIS-3の方角へ主砲を発射する。

 この距離では届いても抜けないだろうが、すこしでも妨害ができれば御の字だ。

 

 足を封じられ、単なるトーチカと化したIS-3の周辺で、プラウダの戦車が放った榴弾がつぎつぎと弾ける。

 IS-3はIS-2以上の重装甲。

 この程度でやられはしない。

 

 だが、応戦は―― きびしい。

 

 IS-3の主砲は、IS-2と同じD-25T122㎜砲。

 KV-2とおなじく分離装薬式で、重量は弾頭だけで25㎏前後。

 その重い弾を、IS-2より狭い砲塔内を動きまわって、一人で装填するのだ。

 さすがのミカも、優雅にカンテレを弾いているひまはない。

 それでも鼻歌を口ずさみながら、少しもあわてずに作業を進める。

 スコープの視界の隅で、アキとミッコのT-34/76が元気に駆け回っているのを見つけて、たまにほほ笑んだりしながら。

 

 もっと大きく映っているのは、こちらに主砲を向けて走るプラウダの戦車たち。

 敵のシルエットは、さっきより大きくなっている。

 そして、さっきより散開している。

 こちらが一輛を狙っている間に、別の戦車が横か背後に回りこんで、装甲の薄い部分を狙うつもりだろう。

 

 だが、ミカに焦りはない。

 作戦を考えたときから、この展開は覚悟していた。

 

――さて、それまでに、あと何輛削れるかな。

 

 鼻歌は止まらない。

 きっと最後の時まで、止まらないだろう。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。