真夏のエリカチュ作戦です!   作:ばらむつ

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5:カチューシャ、咆哮する
その1


「継続のやつら、薄情ですねえ。なにも言わず逃げちゃうなんて」

 

 隣でペパロニが口をとがらせる。

 

「まあ、そう言うな。あいつらにはあいつらの事情があるんだろう」

 

 アンチョビは、双眼鏡で下界を見下ろしながら言う。

 ふたりは山の頂上近くに止めたCV33から、並んで上半身を出している。

 うかがうのは下界。プラウダの動向。

 

 時刻はすでに午後。

 空は青く、大地では緑の草花が風にそよぐ。

 宣戦はすでに発されたというのに、やけにのんびりした光景だ。

 それもそのはず。

 両軍は、山の上と下でお見合いをしたまま、今朝から一歩も動いていない。

 

「あいつら、なんで攻めてこないんですかね?」

 

「こちらの出方を見ているんだろう」

 

「あっちのほうが数が多いのに? ガンガン攻めて来りゃいいじゃないですか」

 

「まあなあ」

 

 ペパロニにこういうのは難しいか……と、アンチョビはこっそりため息をつく。

 

「むこうの攻め口はこの緑の斜面ひとつだけだろ? こっちからは丸見えだ。ということは、当然、最初に来たやつが狙い撃ちにされちゃうだろうが」

 

「それでも攻めましょうよ。数で上回ってるんだから、多少の犠牲は覚悟の上っす。物量で押し切るってそういうことでしょ、ドゥーチェ」

 

「そうはいかん。この斜面はあまり幅がない。大軍で一気には攻められないし、先頭の一輛か二輛がやられたら、それがそのまま障害物になって、後続は動きが取れなくなる。狭い坂道で立ち往生したところで、上から撃ちこまれて終わりだ」

 

 なるほどー、とペパロニが感心した声を出す。

 

「じゃあこっちは、どうして攻めていかないんです?」

 

「そんなもん、攻められるわけがないだろ。まともに撃ち合えるのが何台いる。T-34/85とKV-2の二輛だけだろ? それならここで籠城してたほうがマシだろう。攻めるよりも守るほうがやりやすいからな」

 

「カルロベローチェだっているじゃないっすか!」

 

 いや、いるよ。

 いるけどさあ。

 おまえ、本気でCV33をこういう場合の戦力に数えてるんだな……

 

 ペパロニの戦車愛に半分あきれ、半分感心するドゥーチェである。

 

「じゃあ結局、どういうことになるんです?」

 

「さあな」

 

 もったいぶったのではない。

 アンツィオの頼れる統帥(ドゥーチェ)をもってしても、この先どうなるのか読み切れないのだ。

 

「下手をしたら、ずっとお見合いのまま終わっちゃうかもしれん」

 

「ええー。せっかく派手にドンパチできると思ったのに」

 

 あからさまにがっかりしたペパロニが、CV33の天板にくずれ落ちる。

 

「それって、負けってことですよね?」

 

 CV33の中から、仮眠中だったカルパッチョが言う。

 なんだ起きてたのかと、ドゥーチェが車内に視線を送る。

 

「そうなるな。ドローの場合はこっちの負けだ」

 

「じゃあ、うちらから攻めるしかないじゃないですか。うちのちっこい大将はなにしてんのかなあ」と、ペパロニ。

 

 たしかに。

 ペパロニの言うとおりではあるのだ。

 

 アンチョビは双眼鏡の方角を動かして、自分たちのすこし下、T-34/85の車長ハッチから上半身を出したカチューシャを観察する。

 さっきから難しい顔で、ずっと腕組みしたまま。

 

――はたしてなにを考えているのやら。

 

#

 

 カチューシャにどういう思惑があったにせよ、それが発揮されることはないまま、夜が来た。

 

 変わったことと言えば、夕刻、サンダースのC-5Mが、またもや轟音をあげて上空を通過したことくらい。

 さすがに今回は、プラウダ生も落ち着いたもの。

 動揺したりはしなかった。

 だから、それを期にカチューシャが攻撃をしかけたりすることもなかった。

 

 山上ですごす二日目の晩。

 大洗の戦車道履修チームが、廃艦の決まった学園艦から追い出され、疎開先の小学校で初めての不安な夜をすごしていたころ――

 ごった煮(ボルシチ)小隊の内部には、緊張の弛緩といらだちの入りまじった感情がひろがっていた。

 

 緊張の糸がゆるんだのは、相手から攻めてくることはないだろう、という読みが、小隊全体に広がったからだ。

 

昼間、アンチョビがペパロニに説明したように、戦力上は相手が有利で、決着がつかなかった場合は相手の勝ちなのだから、攻めてくる理由がない。

 勝つにはこちらから攻めるしかない。

 が、いつ攻めるのかを決定するのはリーダーのカチューシャであり、自分たちではない。

 そして、攻撃命令は出されていないのだから、今は落ち着いていていい。

 そういう理屈である。

 

 いっぽうのいらだちは、じゃあ、いつ攻めるんだ、という疑問に起因する。

 

 いらだちを振りまいているのは、もっぱらペパロニ。

 あいかわらず、CV33のハッチから上半身を出して、いつでも出撃できる体勢だが、外から見えない車内では、貧乏ゆすりを続けている。

 

「夜襲すんのかなあ。夜襲ならうちらでも活躍できますよねえ?」

 

「まあ、昼間よりかは可能性あるな」

 

 CV33車内に腰かけたアンチョビの声にも、多少うんざりした調子がある。

 なにしろ、このやりとりも十数回目なのだ。

 

「夜襲するなら、はやく命令してくんないかなー。こっちにも心の準備があるんだけどー」

 

 ペパロニがそう言いながら体をゆする。

 

 と、横から声。

 

「夜襲はしない。休んで英気を養いなさい」

 

 坂の下のT-34/85へ向かう途中、CV33の横を通りがかったカチューシャの声だ。

 

「おい。じゃあ、むこうの攻撃を待つのか?」

 

 起き上がったアンチョビが、ハッチから頭を出して尋ねるが、カチューシャはふり向きもしない。

 

「ええ。攻めてくる。ノンナなら絶対にそうするわ」

 

「ホントかよ」

 

 アンチョビは、隣のペパロニと顔を見合わせる。

 

#

 

 深夜。

 

 カチューシャの予言通り、プラウダの猛攻が始まった。

 それも予想外の方向―― 上空から。

 

 最初に聞こえたのは、なにかが空気を裂いて飛ぶ、細く、高い音だった。

 ついで、炸裂。

 山頂付近の地面が勢いよく弾けて、土砂が高く舞いあがる。

 一発や二発ではない。

 四方八方で、やたらめったらに爆発が起きる。

 

「だんちゃーく!!」

 

 小隊は大あわて。

 寝ていた者は飛び起き、起きていた者はてんでばらばらに戦車の中に避難する。

 

 CV33の内部では、寝起きのアンチョビが混乱する。

 

「なんだ! なにが起きた?!」

 

 アンチョビはひたいをさすっている。起きたときにぶつけたのだ。

 ヘルメットを押さえながら、ペパロニが答える。

 

「くそ、あいつらこれを待ってたんですよ! だから動かなかったんです!」

 

「だから、なんなんだ、これは?!」

 

「カチューシャです!」

 

「カチューシャ?! うちのちびっ子の?」

 

「ちがいます! 音聞いてください、ドゥーチェ! カチューシャロケット! BM-8ですよ!!」

 

 BM-8。

 プラウダの自走多連装ロケット弾発射機。

 ロケット弾を設置したレールを並列にいくつも並べ、射角を調整するためのフレームに乗せて、車輌に搭載しただけの兵器。

 構造はシンプルきわまりない。

 軍用トラックにのっけたやつなど、寝ぼけた兵士が遠目に眺めたら、ものほし竿売りと間違えるかもしれない。

 

 しかし、威力はあなどれない。

 精度はたいしたことないのだが、問題は速射能力と面制圧能力。

 トラック型のBM-8は三十六連装もしくは四十八連装だが、全弾を撃ちつくすのに要する時間はたったの十秒前後。

 しゅうしゅう、うぉんうぉんという、冬の魔女のうめきにも似た特徴的で規則的な発射音とともに、一面に降り注いでは炸裂する。

 戦場の兵士に与えた恐怖心には、物理的な破壊力以上のものがあったという。

 

「戦車じゃないじゃないか!!」と、アンチョビ。

 

「だから、取り決めです。継続のトラックを使えるようにって、こっちが申し出たんじゃないですか」と、カルパッチョ。

 

 そうだった、とアンチョビが頭をかかえる。

 

「じゃあ、むこうは、試合が決まってからあれを呼びよせたってことか?」

 

「そうなりますね」

 

 えー、とペパロニが不満を表明する。

 

「ずっこいなー。ほかにも来てるんじゃないですか、それ」

 

「そういや、台数の上限決めてなかったな」アンチョビが腕組みする。

 

「どーすんすか。相手が百輛とかだったら、いくらうちらでも相手しきれないっすよ?!」

 

「考えてなかったなあ」

 

 いっぽう、T-34/85の車内では、カチューシャがいささか錯乱中。

 

「ノンナはもうカチューシャがいらないんだわ! こっちにいっぱいカチューシャがあるから、カチューシャなんかいなくていいって言いたいのよ! カチューシャが泣いても、カチューシャが鳴いてるから気にしないんだわ!!」

 

「ちょっと! 落ち着いて!」

 

 砲手席のエリカになだめられても、まだ涙目。

 

 爆発、爆発、また爆発。

 遠くで、近くで、爆音がはじけ、まるで竜巻に吹き飛ばされたみたいに、戦車ががたがたせわしなく揺れる。

 

「カチューシャさま! カチューシャさま!」

 

 通信機から、なまりのある声。

 エリカにも聞き覚えがある。

 朝食後に話しかけてきた狩猟帽の子だ。

 

 カチューシャが涙を拭いて、マイクをひっつかむ。

 

「なに! どうしたの、ニーナ!」

 

「申し訳ねえです! 砲撃で砲塔が故障しました! 回りません!」

 

「白旗は?!」

 

「上がってません! だけど、履帯もおかしくなったみてえで……」

 

「どっちが!?」

 

「両方です」

 

「両方?!」カチューシャがうめく。

 

「外れただけかもしれねえです。それなら修理できます!」

 

「だめよ!」

 

 カチューシャがニーナの言葉をさえぎる。

 

「砲撃が続いている間は、ぜったいに外に出ちゃだめ! BM-8(あれ)は再装填に時間がかかるから、その間に被害状況を確かめなさい。砲塔を最優先!」

 

 マイクを置いたカチューシャがほぞをかむ。

 

「やってくれたわね、ノンナ!」

 

 エリカにもカチューシャの焦燥の理由はわかる。

 

 BM-8の射程は五・五㎞。

 わざわざ見える場所から撃つ理由はないから、いるのはどこか遠く。

 いちばんの対抗手段が射程の長いKV-2なのに、よりによって、最初に故障してしまうとは。

 

 しかも――

 

 砲撃が止まらない。

 ある部隊が撃ち終わると、ほとんど間を置かずに、ほかの場所にいる別の部隊がミサイルを発射しはじめる。

 それが終わったら、また別の地点から閃光が生じる。

 そのくりかえしだ。

 おかげで修理する時間もなければ、反撃の糸口もつかめない。

 

「撃ち終わった後はすぐに移動。再装填のスピードも良好。今年の一年はなかなか練度がいいわ」

 

 ペリスコープをのぞきまわしながら、カチューシャがどこか嬉しそうに言う。

 

 なに自慢してんの、いまは敵なのよ――と言ってやりたいエリカではあるが、たぶん言うだけ無駄なので、かわりに尋ねる。

 

「何輛いるの」

 

「そんなに多くないわね。多くても六輛くらい。撃った後に場所を移動してごまかしてるのよ」

 

「……で?」

 

「で、ってなによ」

 

「どうするの。どうやって対抗するの」

 

「まあ、やることないわね」カチューシャの声はあっさりとしたものだ。「好きに撃たせておくわよ。エリカだってわかってるでしょ。本番はこの後だって」

 

 もちろん、エリカにもわかっている。

 これが本攻に先立つ準備砲撃であることが。

 

「待ってる間ヒマね。ばば抜きでもする?」

 

 ふたりでやって楽しいものでもないだろうが、ほかにやることもないので、エリカは同意することにした。


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