「休み……って言われてもなぁ……」
急な休みにリョウトは街中をぶらついていた。それと言うのもオデュッセウスから『今日は街中の視察を頼むよ。いつも苦労掛けてるからね、偶にはゆっくりとしてきなさい』と言われ、モニカからは『殿下の護衛は私が引き継ぎます。アナタはエリア11の視察……そう、皇族や貴族の目に付かない部分の視察をしてきなさい。少しくらいなら遅くなっても構いませんからね』とウインク混じりに送り出された。
二人の表情からは「今日は休みでいいですよ」と書いてあるかのようでリョウトはそれを断れなかった。しかしいざ街中に出ると暇なだけである。
「誰かと一緒ならそりゃ楽しかったんだろうけど一人じゃな……」
リョウトは嘗て知っていた街並みを歩きながらボヤく。
一人で街を歩いていると嘗ての日本を思いだしてしまっていた。まだ両親が健在で楽しかった日々を。
「しっかし……まあ、ヒドいもんだな」
電車に乗るとリョウトは道から少し外れた路地を見て呟いた。街中は綺麗に整備されているのだが少し道をそれると荒れた街並み、更にゲットーと呼ばれる区画は行き場を失った者達のスラム街で荒れ放題だった。しかもそのゲットーの住人をブリタニア人が意味なく虐待するという噂をリョウトは耳にしていた。
「ブリタニアの支配による影響か……『弱肉強食』って謳ってるけどコレを見ると正しいかどうか疑うな」
凡そブリタニア軍に勤めている人間の言葉とは思えない発言をしながらリョウトは電車から降りると先程、窓から見ていたゲットーの区画へと向かった。
「これがゲットー……か」
ゲットーに到着したリョウトは目を細めて辺りを見回して溜息にも近い言葉を吐いた。
先程の整備された街並みとは打って変わり荒れた区画に呆れていた。ゲットーはビスマルクに拾われるまでリョウトが済んでいたスラムに近い物が有り、これはブリタニアの支配も悪い事ながら統治する力も無い事を示している様な有様だったのだ。
「やれやれ……俺の仕事も増えそうかなコレは」
この有様ならエリア11もレイスの討伐対象になりかねないとリョウトは帰ったらオデュッセウスにこの事を伝えなければならないと思ったその時だった。
「スミマセン、スミマセン!」
「このイレブンが!」
静かだったゲットーに悲鳴と怒号が響き渡った。何事かとリョウトが視線を移せば其処には屋台の店主に数人のブリタニア軍人が絡んでいる光景だった。
因みに『イレブン』とは日本人の新たな呼び名でありブリタニアに支配された証であるナンバーズの呼称だった。
「誰に断って此処で店を開いている!」
「ち、違います。営業許可は取りました!」
「口答えをするな!」
どうやらブリタニア軍人は屋台の店主に言いがかりをつけて虐待をしているらしい。周りに居る軍人がニヤニヤとしているのが良い証拠だ。
「ったく……俺は視察で来てるってのに」
リョウトが屋台の店主を助けようと走り出したその時だった。リョウトより先に一人の男性が走りだし、ブリタニア軍人を殴り付けたのだ。
「何をする貴様!?」
「ナンバーズが……殺すぞ!」
「我等のナンバーズ粛正を邪魔してただで済むと思うな!」
殴られたブリタニア軍人は気絶した様だが残った数人が殴り掛かった男性に非難の声を上げる。
「何が粛正だ!因縁を付けてお前達が勝手な事をしているだけじゃないか!」
男性は尚もブリタニア軍人に逆らう。周囲の人間はブリタニア軍に逆らう男性から距離を空けているがリョウトはその男性に共感を覚えていた。
明らかに間違っているブリタニア軍人の身勝手行動を正しい目で見て反論しているのだ。
男性は帽子を深く被っている為に表情は伺えないが非常に怒っている事は伝わってきた。
「確かに……営業許可は取ってるし食品管理も問題無さそうだな。こりゃブリタニア軍人さんの判断が間違ってるわ」
「なっ……貴様!?」
リョウトは屋台を調べてやはりブリタニア軍人が間違っていると確信した。営業許可書もあるし、見た限り食品管理もしっかりしている。これで屋台の店主に落ち度は無くブリタニア軍人の言い掛かりだと証明された。
しかしその事に腹を立てたブリタニア軍人はリョウトの胸倉を掴む。
「貴様……我等ブリタニア軍人に逆らうのがどう言う事かか分かっているのか?」
「分かってるさ……だけどな」
リョウトの胸倉を掴みながら凄むブリタニア軍人にリョウトは溜息を零すとブリタニア軍人の腕を掴みねじり上げた。
「痛っ!?ガハッ!」
「お前等みたいな馬鹿を見過ごす程、腐っちゃいねーよ」
ねじり上げた際にブリタニア軍人は痛みに耐えかねて、掴んでいたリョウトの胸倉から手を離してしまう。それと同時にリョウトはハイキックでブリタニア軍人を沈めた。
「き、貴様!」
「来いよ。お前達は弱い者苛めが好きみたいだけど、俺は強い者苛めが好きなんだ」
仲間をK.O.された事に残りのブリタニア軍人がリョウトと先程の男性を取り囲むがリョウトは笑みを零した。
ビスマルクに拾われる前はコレが日常茶飯事だった事を思い出して笑ってしまったのだ。
「ナンバーズを庇う物好きも居た者だな」
「最初にブリタニア軍人にケンカを売った物好きに言われてもね」
先程の男性とリョウトは自然と背中合わせになっていた。残るブリタニア軍人は四人でリョウト達の四方から囲む形になっている。
「そちらさん二人、こちら二人で宜し?」
「………引き受けた!」
リョウトの言葉に意味を察し男性は自身の目の前のブリタニア軍人に殴り掛かる。それと同時にリョウトも目の前の二人を倒す事にした。
その後リョウトと男性はあっという間に残りのブリタニア軍人を倒してしまった。
これにはリョウトも驚いていた。リョウトはレイス以前から実戦に出たり喧嘩に明け暮れた日々によって強さを得たが一般人である男性はリョウト同様に妙にケンカ馴れをしていたのだ。
「き、貴様等……ブリタニア軍に刃向かったんだ覚悟は出来てるんだろうな……」
「そう言うアンタ等もな」
まだ意識が残っていたブリタニア軍人が起き上がれないまま強がりを言う。リョウトはそんなブリタニア軍人の前で膝を折ると懐から、ある物を取り出して水戸黄門の印籠が如く手に持ち、相手に見せつけた。
「ブリタニア軍特務隊……レイス!?」
「後の言いたい事は……分かるよね?」
リョウトがブリタニア軍人に見せ付けたのは自身の証明書。それを見たブリタニア軍人はサァーと血の気が引いた様に青ざめた。
「さっさと気絶した仲間を連れて帰れ。後、今後ゲットーの住人に不当な態度を取ってたら……」
「し、失礼しました!」
先程とは違い、凄みを含めたリョウトの発言にブリタニア軍人はヒィィと小さく悲鳴を上げると気絶していた仲間を叩き起こしてその場から逃げていった。
「ったく……」
「ブリタニアの仲間だったのか?」
リョウトが逃げさるブリタニア軍人に溜息を零すと先程の男性が睨む目つきでリョウトを見ていた。ブリタニア軍人の仲間だと思われている様だ。
「ブリタニア軍には所属してるけど、あんな連中は嫌いでね。むしろ俺の中じゃ下手なテロリストよりも内部のブリタニア軍人の方が粛正対象だよ」
リョウトは偽らず本音を出した。ビスマルクの誘いを受けて養子になったのも、あの手の連中を叩く為でもあったのだから。
「ブリタニアの中にもそんな考え方をしてる奴が居るんだな」
「変わってるとは良く言われるけどね」
リョウトの発言に男性は笑みを零し、リョウトも釣られて笑った。
「俺はブリタニアは嫌いだけど……お前の事は気に入ったよ」
そう言うと男性は深めに被っていた帽子を脱ぐ。すると帽子に隠された赤みがかる髪が姿を現した。
「俺もお兄さんの事、気に入ったよ。俺はリョウト・T・ヴァルトシュタイン。お兄さんの名前聞いても良い?」
「俺は……紅月ナオトだ」
リョウトと紅月ナオトは自己紹介をすると、どちらからとも無く握手を交わしていた。