ですが、書いて、あげてしまったものは仕方ないので、ご寛恕くださいね。
太った婦人の絵画を合言葉と共に通り抜けて、僕たちはようやっとグリフィンドールの寮へと辿りついた。
ホグワーツには一四二もの階段があるらしいので、今通ってきた道もほんの一部に過ぎないのだろうけど、それでもわりと疲れてしまった。
「さ、男子の部屋はあっちで、女子はこっちだ。今日はもう遅いから、パジャマに着替えたら、もうお休み。いいね?」
他のみんなはたて続けに起こったホグワーツの洗礼に疲れ果ててしまったようで、パーシーの言葉にぞろぞろと寝室のほうへ向かっていった。
どうやら、ネビル、ハリー、ロンもそれに同じく寝室に向かったようで、ふと足が止まってしまった僕は談話室に一人、取り残される形になってしまう。
「ん、君は寝室に行かないのか?」
僕と同じく、談話室に最後まで残って他の一年生が寝室に向かうのを見送っていたパーシーが訝しげにこちらを見てくる。
いや、まぁ、行かないということはないけれど……。
なんだかこのまま寝るという気にもなれなかっただけである。
「いえ、なんだか目が冴えていて……」
「……ふむ。驚くことが多かったからだろう。それなら、いいものがあるぞ。少し待っててくれ」
そう言い残し、談話室を出ていったパーシーはどうやら自分の寝室に向かったらしい。
一人、談話室に残された僕は、手持ち無沙汰にしているのもなんなので、とりあえず、暖炉傍のソファに腰掛けた。
素材がいいのだろう。背、腰から尻にかけてが深々とソファに沈んでいき、思わずはふぅと吐息が漏れる。
「今の吐息、なんかエロいね」
「うひゃいっ!?」
またしても、今度は外的要因だけれども、いや、とにかく体をおおいに跳ね上がらせた僕は、ソファから飛び降り、いきなり耳元で不穏なことを囁いた下手人のほうへと振り向いた。
*
「だ、誰!?」
「存外、かわいい声をしてるんだね。あ、いや、変声期に入ってないのかな。とすれば、将来君がどんな声色になるか、いやはや今から楽しみだね、うん」
「あ、あなたは……?」
先輩、だろうか……?
黒髪を腰元まで伸ばした女子生徒が口元に人差し指を当てて、妖艶な笑みを浮かべて、そこに立っていた。
整った容姿をしており、その魅力は、数瞬ばかり僕を固まらせるのに十分なほどのものだ。
「ああ、自己紹介がまだだったかな」
「は、はぁ……」
「ん、んんっ。……私は、このグリフィンドールに所属している三年生、ヴェロニカ・ネーロ。まぁ、君の先輩ということになるな。新入生くん」
咳払いをしてからの自己紹介に、彼女の言動に見惚れっぱなしだった僕は、やっとこさ再起動を果たす。
「ヴェロニカ・ネーロ、先輩……。……あ、ぼ、僕はクラレンス・A・オブライエン、です……」
「ふむ、クレアだね。よろしく」
「あ、よろしくお願いします、ネーロ先輩。あと、僕のことはアリスと呼んでください」
「オーケー、アリス。しかし、ノンノン、堅いよ。私のこともヴェロニカでいい」
人差し指を立ててちっちっ、と振るヴェロニカに、僕は食い下がる。
年上の女性を名前で呼び捨てろだなんて、しかも初対面でというのは、少し日本の風習に慣れた僕にとってはかなり難しい問題であった。
「いや、でも……」
「まぁ、いいじゃないか、アリス。じゃあ、さっそくだけど、君がさっきピーブズに使っていた力のこと、教えてくれないかな? たしか、アクリョータイサンキューキューニョリツリョーとかって言ってたよね? あれ、なんだい? 私の知らない体系の魔法、或いはそれに近しい技術と見ているのだけど、どうかな、当たってる? ていうか、君、一年生のはずだよね? なんで、どこでそんな技術を? 生家のお家芸がその技術だったとか? それで君にもそんな力が? ていうか、ピーブズを追い払っていたのは知っているけど、他にはどんな力を使えるんだい? ねぇ、すまないんだけど、どうか教えてくれないかな? お願いだ、クレア」
口を噤んだ僕に怒涛の勢いで問いを投げかけるヴェロニカ。
あれ、さっきまでこんな雰囲気じゃなかった、はず……。
「え、え、あ、あの……ちょっと落ち着いて、ヴェロニカ……」
思わず口をついて出てしまった、彼女の名前に、自分でも驚く。
特になんの呵責も覚えず、すんなりと呼べた。
「あ、名前で呼んでくれたね、アリス。嬉しいよ」
「え、あ、はい……」
「さて、それはそうと、さっきの質問には答えてもらえないのかい……?」
形のいい眉を悲しげに落とすヴェロニカに、なんだか悪いことをしたような気になってしまって、結局、僕はまた後日にゆっくりとその件について話し合う約束をしたのだった。
「うん、ありがとう。君はいい子だね、アリス。……で、それはそうと、こんな時間に談話室でなにをしていたんだい? 他の一年生はとっくにベッドに入っている頃だと思うけど」
と、そこでようやっとヴェロニカが、この場で僕と顔を合わせれば一番最初に抱きそうな疑問をぶつけてきた。
いや、正直助かった。この短いやり取りの間でも、ヴェロニカが重度の知りたがりだということが身に染みたので、このような話題の変化は望ましい限りだ。
「や、ちょっと……」
が、それでも、やはりほぼ初対面の先輩に対して打ち明けるようなことでもないかなと茶を濁すことに。
するとヴェロニカは、僕のそんな様子を見て、得心を得たように、一つ頷いた。
「ああ、わかった。入学初日、いろいろなことがありすぎて疲れたけれど、それ以上に緊張が勝って、うまく眠れる気がしないんだね?」
ずばり、であった。
どうもこの先輩、観察眼もおおいに素晴らしいものを持っているようだった。
「うん、どうも図星だったみたいだね。ふむ、なら少し、魔法をかけてあげよう」
顎に手をやって悪戯っぽく微笑んだヴェロニカが、懐から杖を取り出す。
「まぁ、と言っても、簡単なチャーム、暗示程度のものだから、いつもより眠気がひどくなるくらいだよ」
「え、あの、実は今パーシーを待っていて……」
「パーシー。ああ、監督生君か」
「はい。僕が眠れそうにないってことを相談したら、なにかを部屋に取りに行ったみたいで。ここで待ってるようにって」
「ふぅん。まぁ、大方、なにかの魔法薬でも渡すつもりなんだろうけど。いや、なに、心配しなくていい。パーシーには私から言っておいてあげよう」
「え、でも……」
「ふむ。君は少し遠慮しすぎる癖があるな。先達の好意はありがたく受け取っておくものだ」
やはりにこやかに微笑んでいるヴェロニカが、杖先を僕の眉間に優しく当てて、片目をつぶってみせた。
その表情がなんともいえず綺麗に見えて、一瞬固まってしまったその隙を、ヴェロニカは見逃さなかった。
「
ふっと体の力が抜けて、意識を保てなくなる。
膝が折れ、倒れこんだ先で、ひどく暖かいものに包み込まれたような気がした。
オリキャラでした。
彼女はウィーズリーの双子とタメですね。
気に入っても、そうでなくても、今後たびたび登場するかと思いますので、よろしくどうぞ。