毎度毎度、遅々として進みませんよ。
「一年生はこっちーっ! 一年生はこっちーっ!」
割れ鐘のような声が列車から降りたホグワーツ生を迎える。
「すごい声ね、あの人……」
ネビルの一件――残念ながらトレバーの発見には至らなかった――から行動を共にしているハーマイオニーが、ホームで僕たち、新入生の迎えをしてくれている大男を見て思わずといった様子でそう口にした。
「彼はルビウス・ハグリッド。ホグワーツの周りにある禁じられた森ってところの番人を仰せつかっている人らしいよ。ちなみに、魔法使いと巨人族のハーフなんだとか」
「へぇ……って、なんでアリスがそんなことを知ってるのよ」
「ここに来るまで、父さんと母さんにいっぱい話を聞かせてもらったからね」
「そうだったの。ね、今度、そのお話っていうの、私にも聞かせてよ」
「ああ、もちろん。ネビルもどうかな」
「ぐすっ……うん……」
トレバーが見つからなかったことが余程こたえているらしく、未だにしゃくり上げているネビル。
僕もハーマイオニーも何度も励まそうと試みているのだが、どうにもうまくいかない。
やれやれ、と言いたいところだけど、それが面倒だとか迷惑だとかそういう思いは不思議とおこらず、どちらかというとつい助けたくなるような雰囲気が、ネビルにはあった。
「ほら、ネビル、泣かないで。城についたらきっと誰かがトレバーの行方について知ってると思うし、聞いて回ればいいわ」
「それに、車掌が忘れ物がないか見て回るはずだしね。もしそこでトレバーが見つかれば、きっと届けてくれるよ」
「……ぐすっ、そうかな」
「「そうそう」」
「……うん、わかった」
一年生はこっちだ! いいか、ちゃんとついて来いよ! 一年生はもう居ないか!
威勢のいいその声の先導で、駅からの道をぞろぞろと進んでいくローブの集団。その一人一人の顔には、これからの生活への期待と不安と緊張が綯い交ぜになったような色が浮かんでいる。
ホグワーツ魔法魔術学校。
偉大なる四人の魔法使いが創設した魔道を極めんとする者たちの学び舎。
齢十一となった僕たち魔法使いの卵は、この学校で七年の期間、勉学に励み、共に切磋琢磨し合う。
楽しいこと。嬉しいこと。怖いこと。悲しいこと。たくさんのことが起こるであろうこれからに、僕らは一様に期待を寄せていた。
*
闇に包まれた森の中をランタンの光と前を歩く学友の背を頼りに通り抜け、その先に広がる湖を一人でに動く不思議なボートで渡っていく。
というルートでホグワーツの城を目指すのが、毎年ホグワーツの新入生たちが体験する一種の通過儀礼のようなしきたりだ。
非常に雰囲気があって僕とハーマイオニーは大変楽しめたのだが、ネビルはどうも落ち着かない様子で、しきりに辺りを見回してはなにか変なものが出やしないかとびくついていた。
そんなネビルをたまに驚かしてみたりしながら、森番の先導に従って城への道を歩いていく。
「ねぇ、アリス」
「んー……?」
「楽しみねっ」
なにが、とは言わずもがなである。
無論、これからのホグワーツでの生活のことだ。
「そうだね」
思わず、笑みが漏れる。
「頭、下げぇー!」
先頭の小舟が切り立った崖の真下に辿り着いたとき、ハグリッドは自慢の大声を張って、僕たち一年生にそう指示を飛ばした。
それに反応して脊髄的な反射で身をかがめる僕たちを乗せた小舟の船団は蔦のカーテンをくぐって崖下にぽっかりと口を開けていた洞窟の中へ入り、その奥へ進んでいった。
おそらくは城の真下に位置する洞窟の最奥には、船着場。僕たち一年生は岩と小石の転がる地上へ降り立った。
「ほら、お前さん! これ、お前さんのヒキガエルだろう?」
みんなが下船したあとの小舟を見て回っていたハグリッドが声を上げ、そのたくましい腕の中でげこげこと喉を鳴らすそれをネビルに向けて突き出した。
「トレバー!」
そのヒキガエルの飼い主である少年、ネビルは喜色に満ちた声を上げ、手を差し出した。
主のもとへと無事に帰ってきたというのに、たいした反応を見せない淡白なペットをそれでも喜んで迎えたネビル。本当に嬉しそうにしている彼に、思わず僕とハーマイオニーも顔を見合わせて微笑みを交わす。
「よかったわね、ネビル」
「ほんとだよ。これからは、気をつけなね」
「うん! うん! 二人とも、ありがとう!」
それから、三人でペットについての会話を交わしながら、ハグリッドのランプの灯りに従って、道とは言えないような岩の道を登り、城影の中に広がる湿った草むらに足を踏み入れた。
この城こそ、僕たちがこれから勉学に励む学び舎、ホグワーツ魔法魔術学校である。
壮大で、厳かなその全貌に知らずに唾を飲む。今さらながらに緊張を覚えて、そんな鈍感な自分に苦笑が漏れる。
「どうかした、アリス」
「ううん、なんでもないよ、ハーマイオニー」
隣に佇む彼女は、そんな不安を覚えるどころか期待に目を輝かせているというのに、このままでは情けないなと思い直し、もう一度、気を引き締める。
石段を登り、巨大な両開きの樫の扉の前までくると、ハグリッドは大きな握りこぶしを振り上げ、三度、その扉を叩いた。