ハイスクールD×D-Formal Abnormal-   作:素品

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今さらにブラッドボーンをやってる作者です。設定的にはダークソウルより好きですが、フロムといえばACか大統領だと思います

今作オリジナル裏設定としてイリナさんらが着ている黒スク水が人皮製という誰得設定があるのですが、出す機会がない。というか、要らないですねこれ。今思いました

ということで、グロ注意 木場君の受難 魔改造フリードのフルボッコ回

時系列が変更されてます編


第三話 聖剣は凶犬に傅く

雨が降る。配管をぶち抜いたような土砂降りが、夏の闇夜を雑音と共に熱を奪っていく。

 

「主よ、お守りください! 災いを退ける、ちか、らを・・・・・・お与え、ください・・・!」

 

男がいた。

 

まだ若さの残る顔立ちを握り潰したように歪め、降り注ぐ雨の中で穴の空いた足を引き摺りながら息を切らし、信奉する神への懇願を唱え続ける彼は、教会の勅命により日本に赴いた神父の一人。

 

仲間は自分以外、連れ去られた。

 

失意と絶望、痛覚すらも失せた脚は吸い寄せられるように地面へ砕け落ちる。視界は霞み、縋る空気をいくら掻いても、起き上がる力はもうない。

 

「あ゛ッ、ぎぃい・・・・・・!!」

 

脳髄に錆びた鉄を突き刺したような衝撃が、足から響いた。

 

街灯の灯りも遠い薄ぼやけた闇の中、自分の左足の太股からナイフが一本、新たに生えている。これで三本目。

 

こんなもの、殺人ですらない。

 

もはや狩りでもない。

 

貴族が猟銃で狐を追い立てるような気品も伝統なんてものもない、子供が興味半分無邪気半分で道端の蟻を踏み潰す、それほどまでに低劣化した"お遊び"だ。

 

そして、"恐怖"が遂に男へ追い付いた。

 

「い、・・・・・・いやだ、来るなぁ!!」

 

夜の闇の中でも映える白髪に狂気染みた笑み。まず間違いなく年下であろう、成人すらしていない少年が足取り軽く近づいてくる光景に、男は喉が干上がる程に情けない悲鳴を上げる。

 

逃げなくてはいけないのに、刺さったままの刃以上の何かが男の体に纏わりついて、その逃亡劇を台無しにしている。

 

それでも足掻き、這いずり、地を掻き続けるも体は一向に前へ進まず、それどころか土そのものが自分に絡み付く『泥沼』になっている感覚すらある。助けを求めて張り上げていた祈りすら、掠れて雨音の波に飲まれて消えていく。

 

どこまでも白々しい、鼻歌混じりに伸ばされた腕が男の足を掴み、引き摺り歩き始めた。

 

他の神父たちが待つ、あの場所へ。

 

イカれた老人が待つ、悪夢の実験棟へ。

 

きっと彼処にあるのは死や拷問、そんなものが救いに昇華されるような地獄が待っている。

 

それこそ、あの場所は『聖剣計画』の焼き増しそのものなのだから。

 

「ッ!!」

 

ざわり、と少年は眼球に突き刺さるような"熱"を感じ、その感覚に逆らうことなく掴んでいた神父の足を離し横に跳び駆ける。

 

跡を追うように飛び込んできたのは、一本の剣。

 

「・・・・・・へぇ」

 

自分目掛けて飛翔する剣はそれのみに留まらず、息を吐く暇すらなく、間に落ちる雨粒すら丁寧に両断する剣群は少年の命を食い破ろうと飛んでくる。

 

だというのに、少年の頬に刻まれるのは余裕と愉悦の微笑。

 

「おーやおや、これまた見覚えのある面した奴が現れましたね―」

 

見る者に不快感しか与えない、元よりそれが目的の下種な笑いを言葉の隅々に含ませて、少年は闇の向こうの"彼"に焦点を合わせる。

 

「・・・・・・フリード・セルゼン。まだ、この町に居たんだね」

 

短い金髪を雨の粒で濡らしながら一人の悪魔、木場 裕斗は自身の内から鍛造した剣を眼前に突き示した。

 

「答えてもらうよ。何故この町にいる。その神父は何者だい?」

 

「あらーん? 何で僕さまがお前みたいなファッキン悪魔君に、っんな親切しなくちゃいけないんですかねぇ」

 

ゲラゲラとわざわざ腹を抱えてまで笑ってみせる男、フリード・セルゼンの態度に予想通りとはいえ腸が煮えくる苛立ちを覚えるが、この男のそれが今に始まったことじゃない。

 

以前に出逢った時、フリードという人間性を十分過ぎるほどに理解させられた。

 

そもそも、コイツが五体満足で歩き回っていることが間違っている。

 

外道と下種を煮詰めた戦闘狂の快楽主義者であり、破綻しきった凶気の権化。

 

それがフリード・セルゼンという人間だ。

 

「まぁ、話した所で此方に一切問題なんて無い無いなんですけど、悪魔なんていう恒久的有害物質を処理しないのは人としてどうかと思いますし、さっさかお掃除しましょうか。汚物はゴミ箱、悪魔も仲良く腐って死ねや」

 

侮蔑と悪意、死体を眺める視線で裕斗を見下しながら、おもむろに背中へ【右手】を回し、掴み執る。

 

フリードの行動全てが凶行と言っていい。

 

裕斗は知っている。だから、するべき行動をする。自分の"内"に意識を降ろしていき、底から選び抜いた得物を引き揚げていくが、

 

 

 

瞬間、迸る閃光が一帯を焼き尽くした。

 

 

 

「ッがぁあああああああ!!?」

 

焼ける、焼ける、髪の一本に至るまで満遍なく、光に当てられた箇所が蒸発したような激痛で裕斗の全身を染め上げる。

 

『悪魔の魂』が燃えていく感触。

 

悪魔という特異な種族は、無限に近い寿命と膨大な魔力を内在する高次生命体ではあるが、その反面で伝承や民話にあるような聖水や十字架といった聖別された物に拒絶反応を示す。

 

彼は知っている。

 

この痛み、この感覚を。

 

かつては膝を地につけ手を絡め合わせ祈り平伏し、ひたすら一縷に信じ暗雲すら霞む地獄の底に、その威光と神聖な天上の光が差し込むのを待ち焦がれていた、あの日々を。

覚えている、忘れるわけがない。

 

悪魔となり背を向けた筈の、神聖の具象そのもので、自分たちを見棄てた存在の一端。

 

 

 

―――あぁ、忘れるものか

 

 

 

忘れるわけがない。

 

忘れられるものじゃない。

 

「熱っちー、出力間違っちまったよ。やっぱ慣れねぇなー【この腕】。まぁいいや、悪魔くんにゃ最期に神様の光が拝ませられたわけだし? まっ、どうでもいいけど」

 

フリードの右手に握られた、およそ刃物と称するには歪が過ぎる長刀。

 

それはかつて砕けて散った一本の剣。聖性と栄光の残滓、世界に現出した空想にして最強の幻想。

 

それに縋り付くように復元された七本の内の一振りにして、奪われた三本の一つ。

 

「『天閃の聖剣(エクスカリバー・ラピットリ)』。目を抉り潰す速業、お見せしてあげやすよッ」

 

フリードという人種にはおよそ対極に在る荘厳な光を放つ異剣を見せつけるように二三、手の上で遊ばせると裕斗へと突貫を始める。

 

聖剣は先までのような凌辱染みた光陵が見えない。鳴りを潜めたというより、噴かせ過ぎたエンジンが漸く正常な回転に戻った様相だ。

 

だが、そんなことは今更どうでもいい

どうとでもなるものなのだから、眼前に"それ"が在るのだとしたら、するべきは疾うに決している。

 

馬鹿正直に真っ正面から振り下ろされる銀尖の軌跡が空中に弧を描いていくのを、コマ撮りの映像のごとく眺めながら裕斗の両手から光が溢れだす。

 

轟轟と耳骨の裏で涎を垂らすナニカが、首に巻かれた鎖を咬み千切ろうと盛りを付けて唸り声をあげている。

 

早く、早く、ハヤク。

 

口内の奥が焼けて爛れていく感触を飲み下し、眼を見開く。

 

自身の脳天に墜ちる斬撃。

 

もはや回避どころか防御すら間に合わないだろう距離まで迫った白刃に向けて、左手の"物"でカチ上げた。

 

決意が裕斗の腕を通し、その身に宿る『異能』が宿主の想いを形にして産み落とす。

 

「なら、君を生かしておく理由はない」

 

完璧に入る筈だった一撃。それだけに弾かれた方のフリードは上体を大きく崩すことになるが、続けざまに迫る右手の脅威から直ぐに身を翻し、距離を開ける。

 

尚も体を濡らす雨に服は重量を増してのし掛かるが、それを感じさせない機敏さで滑る地面を転がりながら光を映さない赤い瞳が裕斗を捉え、喜悦に細められた。

 

「キヒヒヒッ、いいねェ。イカしたもん持ってんじゃん」

 

裕斗の両手に燃え盛る炎と、冷気を吐き出す剣が握られる。それは彼の滾り狂う憎悪と鋭く凍りついた怨念、何よりも眼前に赫灼たる光を魅せる『聖剣』に対する先走り始めた興奮とで、落ちる雨粒たちを変質させながら輝きを放つ。

 

水分が蒸発し凍りついて軋みをあげる様は幻想的で、真夜中に極彩に輝くステンドグラスのような色を添え、今宵の殺人劇に佳境の幕を上げさせる。

 

 

 

神器 魔剣創造(ソード・バース)

 

 

 

木場 裕斗が宿す異能の根源が、宿主の■■に同調しその本性が這い出した。

 

「君は危険だ、その聖剣共々―――砕く」

 

駆ける。

 

転生魔導術式『悪魔の駒』によって刷り込まれた"騎士"によって底上げされた身体能力は、容易に人の知覚を外へと裕斗を走らせた。

 

腹の奥から沸き上がる熱。

 

満身に漲る力が足へ、腕へと、昏い感情を滴り落とす心へと、血潮に流れて回り廻る。

思うことは唯一つ。

 

眼に残るように輝く聖剣を、"破壊"する、ただそれだけ。

 

「ギャハッ」

 

打ち鳴る金属、聖なる光を燃やし凝固させんと、魔として燃える炎と凍結する刃を塗り潰さんと光を垂れ流す三竦みによる浄化と破壊のせめぎ合いが、耳障りなバックミュージックとして闘争を盛り立てるが、そんな最中で頬を吊り上げる白髪の凶人、フリードの嘲笑は止まらない。

 

二刀持ちによる隙を埋め尽くす戦法は、相手への牽制、不用意に飛び込む物を微塵に切り裂く。加えて騎士の力によって強化された脚力によるステップは、フリードの死角を踏み抜き奥へ奥へ、弾けた果実のような美しさを魅せてひたに差し迫る。

 

だが、裕斗が悪魔への転生によって恩恵を受けた戦士だとするなら―――

 

「ギヒ、ヒィイヒヒャハハハハハハ!!!」

 

―――フリードというのは天性の戦闘センスを持つ天才だ。

 

常人なら既に輪切りにされているであろう剣激を辛くも後ろに回避することでやり過ごしていたフリードが、炎と氷の二本に向け、裕斗目掛けて一歩、"踏み込んだ"。

 

「なっ!?」

 

「ヒャッハハハァハハハ!!」

 

巧みに裕斗へ向けて異剣を滑り込ませるが、彼も寸でで氷の魔剣をもってその一撃を流しやり過ごす。

 

一歩。たかが一歩だ。

 

言うに易し語るに及ばず、文字に現せば何と陳腐な二文字であろう。

 

だが、この一歩から戦況は大きく崩れていく。

 

フリードの手に持つ聖剣に発現した権能は『加速』。それは奇しくも裕斗の持つ"騎士"の能力と共通するものではあったが、同一のものではない。

 

『悪魔の駒』

 

他種族に投与することで肉体、魂を悪魔へと転生させる存在変換魔法。これによって変質させられた者たちは悪魔としての強靭な肉体に加え、"役"ごとにある能力をステータスとして行使することができる。

 

対して聖剣によって人が得るものは一時的で刹那的なものでしかない。

 

だが、駒によって得られるステータスはあくまでも本人の肉体的なものに留まるものであり、聖剣が行使するものはどれだけ希釈し使い古されたものだとしても、"奇蹟に由来する"ものに違いはない。

 

(まだ速くなる、だと?!)

 

聖剣の刃が霞む。

 

裕斗の騎士としての動体視力を持ってしても、剣の動きが追えなくなり始めていた。

つまり、二つの違いはここに生まれる。

 

悪魔の力は肉体としてのそれ。鍛え訓練することで天井知らずに成長し、いずれは何者をも超える確かな力となる。

 

そして聖剣によって発生する恩恵と奇跡は、一瞬のものであるとしても、容易くその領域を踏み越えるのだ。

 

「おら、とびっきりだぜ?」

 

そう静かに告げられた言葉と同時に、フリードの姿が裕斗の視界から"消え失せた"。

 

それに反応できたのは、主の元で研鑽した日々、幾多の実践を重ねてきた過去の自分によってもたらされた、極限状態にて発動した無意識の防衛本能。

 

体から温度が消し飛ぶ感触。

 

幾度も味わってきた死の感覚。そして、これは今までの比ではない。

 

故に体が動いた。

 

動いてくれた。

 

死にたくない―――たったそれだけの感情が裕斗の首を皮一枚で繋ぎ止めたのだ。

 

「ォ、オオオオオオオオ!!?」

 

獣ごとき咆哮が自分の喉から出ているのも気づかず、血管が破裂する程に力を込められた腕を、魔剣を後方へと振り抜いた。

 

かつて無い最速の一閃が空間を切り裂き、硬い物体に叩きつけたとき特有の手が痺れる反動に、吹き出る汗と僅かな安堵が首筋を降りていく。

 

だが、ここで違和感を裕斗は覚えた。

 

叩きつけた感触が妙に"軽い"。

 

鍔競り合いになったとき特有の、相手からの押し返される力が感じられない。

 

横に振り抜けていく片手の剣に追随するように視界が後ろを向いていく。

 

「・・・・・・・・・・・・えっ」

 

そこに見えたのは、何かの冗談かのようにくるくると回転しながら、先までフリードと共に自分に猛威を奮っていた『聖剣』が気分良さげに飛んでいる。

 

フリード。

フリード?

 

 

 

 

フリード・セルゼンは何処に行った?

 

 

 

 

そう考えた瞬間に生まれた思考の空白を狙い打つかのように、裕斗の顎に衝撃が走った。

 

「? ? ? !?」

 

眼球の奥で火花が咲き散り、僅かに地から足が浮き上がる。

 

反撃しなくてはいけない。せめて状況把握の為にも体勢を整える必要がある。それだけの思考が頭の中では出来ているというのに、まるで首から下が無いかのように動いてくれない。

 

原因は《脳震盪》。顎に衝撃を受けたことで脳が激しく揺らされたことによる発生するこの症状は、如何に悪魔と謂えど肉体的弱所を突かれたがための結果であった。

 

ならば次に挙げるべき疑問は誰がやったか。

 

スローモーションのように感じられるこの一瞬。眼球がギョロリと自らを殴り上げた存在を視界に納めた。

 

「"earth to earth(土は土に), ashes to ashes(灰は灰に), dust to dust(塵は塵に)

 

白い髪に光のない赤い瞳に修道服の少年が、何もない筈の空間から"景色を剥がし落とす"ように現れる。

 

そのまま突き上げた右腕を引き戻しながら、次なる左腕に一撃必殺の力を込めていく。

左拳に嵌められているのは、聖なる十字架と『in nomine patris et filii et spiritus sancti(父と子と聖霊の御名において)』が刻まれた純金製の拳鍔(メリケンサック)

 

それが何なのか、裕斗は悪魔の本能で感じ取る。

 

わざわざ聖剣を囮にしてまで繰り出すそれが、悪魔を嬲り殺すには十分な代物であることに。

 

A M E N(エイメン)

 

紡がれる中身のない聖句。

 

それでも神の息を吹き掛けられた黄金は、愚者の求めに答えてその真価を発揮する。

 

狙いを据え、恐怖に引き攣る顔面を穿つために躊躇いなく拳を叩き込む。

 

溢れる凶笑。

 

黄金が裕斗の頬に突き刺さり、肉から出る筈のない爆音を鳴らしながら、その頬と奥にある歯と骨諸とも粉砕した。

 

「キヒヒヒ、素敵なお顔に磨きがかかったじゃん。いいよ、最ッ高、誰もが羨む超絶イケメンに大・変・身!」

 

例えるなら耳元で爆弾が炸裂したかのような衝撃。

 

一度断絶した意識が、吹き飛ばされた先で顔が地面に剃り下ろされ始めた辺りで再び意識が浮上する。

 

不思議と痛みがない。

 

右目は碌に見えないし、頬からは泥水が口の中へと大量に流れ込んでくる。どういうわけだか顎の据わりも悪い。ぐらぐらと揺れて千切れてしまいそうに感じられる。

 

投げ出された身体。

 

染みのごとく這いつくばり、脳が焼き切れたように動かない。

 

「オラオラ、なぁにいつまでもくたばってんだ。さっさと立てよ。たかが"顔半分が吹き飛んだ"だけだろ? 立てよ! 魔剣出してかかってこいよ!? Hurry Hurry Hurry!!」

 

笑い声が聞こえてくる。

 

後ろ手で『天閃』を乱暴に抜き去り、ゲラゲラと喉が破けそうながなり声で捲し立てながら、愉しげに、サンタクロースのプレゼントを待ちわびる子供のように目を輝かせている。

 

吐き気がする。

 

酷い倦怠感が肺を満たしている。体を持ち上げようと腕に力を込めたが、枯れ枝のようにあっさり曲がって泥に埋もれた。

 

マケンを出せと彼が叫ぶが、出そうと思っても曖昧に揺れる光が集まるだけで、形になる前に割れる硝子のような甲高い音を立てて消えていく。

 

鉄の味が口一杯に広がる。

 

残った左目が意識と関わらず忙しなく暴れ回り、その果てで飛び落ちた右目と目が合った。

 

「ちょとお兄さ~ん? どうしたんですかぁ、さっきまでのギラギラした感じがねぇぞ!? ほらっ、テメェが出した熱々にクールなヤツも・・・・・・」

 

そう言ってフリードが指し示した場所には、二本の剣が横たわっている。

 

だがそれも、彼の言葉が言い切られる前に崩れて砕けて去っていった。

 

それが裕斗の心を示しているかのように。

 

「・・・・・・あぁ、そう」

 

フリードの肩が下がり、酷く落胆したような声音が裕斗の鼓膜を震わせる。

 

その光景が彼にどのように見えたのかは分からない。だとしても、全てがどうでもよくなったような言葉と眼光から推し測れる闇の深さは、裕斗の血から熱を奪い去るには十分過ぎた。

 

靴裏が地を踏みにじる音が鳴る。

 

規則に響く音が大きくなるにつれて、近寄る影がより大きく、裕斗の全身を覆い隠していく。

 

音が止まったとき、どうなるのかを想像し、どうしようもない悪寒が裕斗の脳内に大量の赤信号を焚き鳴らすが、やはり体は動いてくれない。

 

「まぁ、こんなんもんかにゃー、いい筋行ってたとは思うっスよ? ちょいと根性なしでしたけど」

 

不意に揺れるコートの下に、鈍く光るものが見えた。

 

左に『幅の広い剣』。

 

右に『螺旋状の剣』。

 

そのいずれもが『聖剣』であることに間違いはなく、フリードが裕斗の前で披露した景色との同化を見る限り、そのどちらかが『透明の聖剣(エクスカリバー・トランスペアレンシー)』だ。

 

眼下に転がる悪魔を褪めきった眼で眺めながら、控え目に爪先を溝尾に突き入れて内臓を混ぜるように遊ぶ。

 

つまらない、退屈だ、とんだ肩透かしだ。

 

言外にそんな感情を含ませながら、【引き攣った焼き印】のような痕がある掌が、裕斗の髪を掴み上げてフリードは語る。

 

「自分の好きなものは命懸けで守る、自分の嫌いなものはぶち壊す。道徳も法律もクソ食らえ。全ては自分が基準でそれ以下はそれ以下で、人っつーのは、そうあるべきなんだよ、"そうあれかし"ってな。で、俺っちはそう思ってんスけど、お前はどうよ? 今みたいに半端なまま生きるくらいなら、『人間』でも『悪魔』ですらいられねぇなら、さぱっと死んだ方が楽ってもんだろ?」

 

裕斗を地面に叩きつけ、代わりに『天閃』を俯せの首筋に寝せてやる。

 

その手に握られた銀閃の長刀は聖なる輝きを放ち、死神の代役となるべくギロチンのごとき刃を振りかぶった。

 

「最期くらい笑って逝けや。でないと天国には行けねぇぜ?」

 

死が来る。

 

自分が死ぬことを確信させられる瞬間。聖剣と謳われ崇拝される刃が、その呪の究極を解き放とうとしている。

 

絶対不可避の死の運命。

 

このままいれば、死ぬだろう。

 

(・・・・・・そうか、死ぬのか)

 

死の間際に人は走馬灯というのを見るらしいが、裕斗の目には変わらぬ暗く冷たい雨の飛沫のみ。

 

不思議と仲間たちの姿は浮かんでこなかった。

 

紅い髪の恩人も、家族同然の時を過ごした同輩も、新しく出来た友人の姿も、かつての大切な仲間たちの笑顔ですら。

 

いや、そもそも彼らの顔を脳裏に映し出そうとしても、薄霧がかかったように霞んでいる。

 

(あの時も、こんな感じだったっけ)

 

走馬灯という程度ではない。だが、思い出したことがある。

 

意識が解けて、霧散する解放感。

 

快感、悦楽の絶頂なんかとは違う、ただただ果てて消えて失せていくだけの根本的な消失。指から零れて吸い込まれていく砂漠の砂粒に成った感覚。それもじきになくなるだろう。

 

以前にも、似た経験をしたことがある。

 

この後に、『彼』は死んだのだ。

 

木場 裕斗になる前の少年は、この時に枯れ果てた。

 

その寸前に、薄れ行く視界の片隅に写り混んだ紅い少女がいた。 新生した木場 裕斗の今生の主として共に生きたであろう一人の少女が、微笑みと共に問いかけたことが、今の今更になって裕斗の頭にその言葉が過った。

 

厭にハッキリと。

 

まるで当て付けか嫌味のように。

 

 

 

 

 

 

 

―――あなたは何を望むの?

 

 

 

 

 

 

 

『彼』はその時、何と答えただろう。

 

何と答えることができたのだろう。

 

死ぬ前に、その思いの丈を吐き出せただろうか。

 

その望みは、今も自身の中に存在できているだろうか。

 

自分たちの生を擲ち、逃げ去るこの背を押してくれた言葉を覚えているだろうか。

 

あの時、"彼"は何て―――

 

「おいおい、こりゃあどういうことですかぁああ?」

 

不意にフリードの声が響いた。

 

未だに頭が首で繋がっている。フリードが聖剣を降り下ろしていないからだ。

 

何よりも、今まで余裕と凶笑を振り撒いていた男の声から明確過ぎる"困惑"が聞き取れた。

 

何か起きている。

 

打ち切られた思考がジクジクと頭の隅を小突く。

 

それもフリードの叫びで全て吹き飛んでしまった。

 

「何で【教会の獣】がいやがんだよお!?」

 

そんな絶叫を掻き消すように、巨大な"何か"が大量の空気を捲き込みながら裕斗の頭上を薙ぎ払う。

 

続いて自身の傍らに、フリードとは別の第三者が降り立つ。

 

黒地の軍用ジャケットに同色のボトムス。深海の青が滲んだような深い藍色の髪と、目を塞ぐように巻き付けられた黒い包帯。

 

そして腰から伸びる巨大な槍とも謂える、"サソリの尾針"を伸ばし男が、まるで裕斗を守るかのように立ち塞がった。

 

「うっは、マジっスか! マジで本物?! ヤッヴァいでしょこれ!! サインか、もしくは握手してくれませんス、か・・・・・・?」

 

【教会の獣】

 

天才と持て囃される自分の先で、いつだって背をちらつかせていた存在。自分と同種でありながら、最もかけ離れた人外。

 

聖剣の力で辛くも回避に成功したフリードだったが、彼に畏敬に近い感情のあったのだろうか、一人はしゃいだような声をあげるが、それも【獣】の腕から噴き出したモノにより中断させられる。

 

それは巨大な鬼の形相をした『盾』であった。

 

カッと開かれた目に剥き出しに噛み締められた並びの良い歯がフリードを睨み付けるが、唐突に半分に割れたかと思えば奥の【獣】身体に異変が起きる。

 

バキリ

 

メギッ

 

ギチギチギチギチギチギチギチギチギチ

 

骨を砕き、肉を裂きながら体から騎士兜のような十三の突起物が生え現れる。

 

醜悪、グロテスクと言っても過言ではない光景に思考が止まるフリードを差し置き、【獣】の胸が両開きの扉のように開いていく。

 

いや、正確には違った。

 

普通、胸の裏には"牙"など存在しないし、何よりも在るべき臓器がなく、代わりに有るのは赤く光る暗い穴。

 

ここまで来れば誰もが容易に想像がつく。ついてしまう。

 

 

 

それは、口だった。

 

 

 

上顎と下顎が開ききり、耳をつんざく奇声とも咆哮ともとれる声を発する蟲の口殻。

 

甘く見ていたのかもしれない。

 

獣だなんだと誇張が流れていたと、心の何処かで高を括っていた。

 

所詮は人間。それ以上のことなどあり得ない。

 

けれども、この出逢いで確信できた。

 

目の前のものは、正真正銘の化物だと。

 

「あ~・・・・・・、これアカンやつだわ」

 

向きを反転、一気に逃げの姿勢へと転身するフリード目掛け、騎士兜から針の絨毯爆撃が開始される。

 

それはさながら、白い滝のようであり、無慈悲にもほどがある白亜の濁流だった。

 

数秒後。

 

すっかり白い針によって舗装されてしまった地面にフリードの姿はなく、暫くしない内に針たちも黒い霧にになって消えていき、両手の盾も同じように変質し、まともな人間としての腕と手が晒された。

 

だが、【獣】は徐に振り向くと祐斗に向けて、その腕を伸ばし始めたのだ。

 

「ッ!!?」

 

腹の奥に湧き出した恐怖が、祐斗の体を締め上げた。

 

相手の意図が判明しない中、無造作に差し出される手はどう見えるだろう。けれども、もう既に彼には抗う術はなく、意識を保つことすら無理難題となっている。

 

視界の先、開かれた大きな掌から溢れ出す【翠の光】が自分を包んでいくのを感じながら、今度こそ祐斗の意識は闇へと落ちていった。




フリードが強い。たまにはいいと思います

モチーフは村正の雪車町 一蔵さん。

あと、デザインのイメージとして聖剣の画像を探したのですが、他はいいとしても破壊さんがなんなんでしょうねあれ。デザインしたの誰だよオイ

では、また

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