灰と幻想のグリムガル 聖騎士、追加しました 作:2222
まだ雨も降らないし、ここでサボってるから六人で頑張ってねーと、貧血で青ざめた顔にいつもの笑顔を浮かべたアイラが言ったが、結局、一人のところを襲われるとまずいからという事でそこを拠点にしばらくゴブリンを探したけど、見つからなかった。
夕暮れには時間があたけど、雨が降りそうなので、あきらめて早めに帰ることにした途中、やっと一匹でいるゴブリンを見つけモグゾーとランタとハルヒロとユメで倒せた。
当然のように参加しようとしたアイラはマナトに頼まれたシホルに抱きつかれて動きが取れず、後ろで落ち着かなそうな顔で見ていた。
予想よりも早く倒せたけど、モグゾーが少し怪我をして、せめてそれぐらいと駄々をこねたアイラが治した。
今日は、いろいろ差し引いても一人頭1シルバーの稼ぎ。
晩の鐘の頃に集合することにして解散して、そのあとは、それぞれ市場で買い物したりして過ごした。
夜はみんなで晩ご飯を作りながら、ユメがアイラから髪紐をもらったと自慢したり、モグゾーお手製の木彫りの像のクオリティに全員が驚愕したり、結構楽しくすごした。
たぶん、皆必要以上にテンション高くはしゃいでいたと思う。
黙っていると、血だらけのうつろな笑顔を思い出してしまう気がしたからだろう。
沐浴を終えてハルヒロが男部屋でぼんやりとしていると、控えめなノック音がした。
戸を開けるとアイラが湯気の立つマグカップを一つ持って立っていた。
少し緊張してるみたいだったので、なんだかこっちも緊張する。
「なんか用事?」
「・・・・・・まぁ、そんなかんじ。他は?」
残りの三人は、まだ洗濯や明日の仕込みなんかをしているはずだと伝えると、すこし躊躇ったようだったが、顔色が良くないのが気になる。
「多分、すぐ戻ってくるし待ってたら?狭いところだけど」
招き入れると、きょときょととなにか確認し、へぇと呟く。
一瞬何に感心したのか聞きたかったが、聞くのもなんだかと思ってハルヒロは黙っておいた。
椅子なんかないのでお互い二段ベッドの下の寝台のへりに向かい合わせで腰掛ける感じになった。
微妙に気まずい。
向こうも同じらしく、一口飲み物を口にしてから、もう一度ぐるりと首を回した。
「部屋の大きさは、男女一緒なんだね。もし六人部屋だと、部屋の大きさ同じだから、男の子の場合もっときついよね。きっと」
「女子って、なんか違うの?」
「実は、二人部屋っていうのがある」
「・・・・・・いいなあ」
割と真剣にハルヒロがいうと、アイラがくすりと笑った。
「まぁ、屋根裏部屋みたいなところだけどね。それに私もいるから使ってるのは普通の四人部屋だし、あんまりこっちと変わらないよ」
穏やかな調子で、ユメが寝起きが悪いとか、シホルは毎朝寝癖が結構ひどいという話をつづけた。
アイラの手元からはなんだか、懐かしいような不思議な香りがする。
「それ、何飲んでるの?なんか、落ち着くっていうか、いい匂いだよね」
ハルヒロが尋ねると、マグカップを差し出された。
深緑色をしていて、なんだか懐かしいような気がする。
「飲んでみる?お勧めはしないけど。においはいいんだけどね、でも味は最悪、にがくてえぐい」
晩御飯を食べていた時と同じくらい複雑そうな表情をしていたので、慌てて首を振る。
モグゾーの料理は絶品だったのだけど、そういわれると飲んでみる気にはならない。
「なんでそんなの飲んでるのさ」
「いや、薬屋で買ったの。貧血なら飲んどけって。でもしばらくこれとミルクだけにしろって言われた。特にナッツ茶禁止」
そういえば、ナッツ茶好きなんだっけ。
「えーと、頑張れ?」
「がんばれない。ミルクも単品は嫌いなのに」
でもしょんぼりしながら苦いの我慢してお茶飲んでるところは、・・・・・・。
ハルヒロはそれ以上考えるのをやめるために、たまにはランタを見習って思ったことをそのまま口に出してみる。
「アイラって、なんか、戦ってるときとそれ以外のギャップ激しいよね。悪い意味で」
方向音痴だし、好き嫌い多いし、と指を折って数えると
「え、なにハルヒロ君、どうしたの。なんか影響された?腹黒移っちゃった?反抗期?おかあさんかなしい」
一瞬、きょとんとした顔をした後すぐにのってくれた。けど
「おかあさん、て」
「うちのハルヒロがいつもお世話になっております。って、保護者としてあいさつしとかないと」
「保護者じゃないし、そもそもそれ、誰に言うのさ」
「・・・・・オリオンのシノハラさんとかブリトニー所長とか?」
「一度しか会ったことないし」
「ダムロー旧市街で」
「ゴブリン相手かよ」
かしこまってゴブリンに挨拶する姿を想像して思わずハルヒロが噴き出すと、アイラがにやりと笑い、いっきに苦いお茶を飲んでむせてた。
「そういえばさ、怪我したときなんか服の事を気にしてたみたいだけど、アレなんか、大丈夫?」
ハルヒロの問いかけに、アイラはちらりと視線を上に向けて、口元に手を当て考え込む仕草をした。
「・・・そんなこと言ってた?」
「言ってた」
首を傾げ、何かぼんやり考えながら、ゆっくり話し始める。
「聖騎士の掟で、極力清潔でいましょうっていうのもあるし、ギルドの規定鍛錬の間、教官に戦い方が汚いとか、服汚すなとか怒られたせいかな?」
確かに、モグゾーに比べても、返り血だけじゃなくて泥やらなんやらで汚れてることが多い。
足技を使ったり、木や石を投げたりすることが多いからだ。
正直、盾を盾らしく使う姿はあんまり見ない気がする。
防ぐためにじゃなく、攻撃のために使ってるせいだろう。
その分、怪我が多くて、マナトに怒られてる。
いや、マナトは怒らないんだけど、二人の間は基本的に微妙な緊張感が漂ってる。
「多分なんだけど」
「うん」
アイラが大きく頷いた拍子にマグカップが揺れてお茶が寝台にこぼれた。
「あっ」
「ごめん。ここ誰の?」
「マナト」
「じゃあ、いっか」
いいのかよと思ったけど、まあお茶だしと思い直す。
たいしてこぼれなかったから多分すぐ乾く。シーツとかならあれだけど、干草だし。駄目なら交換すればいいし。
でもマナトに対してだけのこのぞんざいな扱いは一体何なんだろう、と考えてとりあえず棚に上げておく。
「怪我して服を血で汚すような無茶な戦い方をするな、っていう意味じゃないかな、怪我の心配して、っていうか」
ごくんと喉を鳴らす音がした。
目を大きく開き、心底びっくりした顔をしている。
「その発想は、なかったかな。私、才能ないし、やられる前にやれって言われてたからなーそうか―、・・・・・・まぁ、全員に言ってるか」
まあ、そうとも限らないけど、とは思ったが、ハルヒロも今日の事もあるので黙っておく。
怪我しないように気を付けてくれるのが、良いとは思う。
あんな思いは、二度とごめんだ。
「まあ、おれも盗賊の才能って、ないと思うし。モグゾーみたいに身長と筋力があるとか、マナトみたいに何でもできるわけでもないし、攻撃とか当たっても微妙なこと多いし」
この床板、結構傷多いよな。でも割ときれいにされてる。
使い込まれて、いい味出してるっていうか。
ハルヒロがそんなことを思っていると、不意に頭をくしゃくしゃと撫でられた。
「あ、あの」
反射的に頭を上げようとして、なんとなく、これ以上頭を上げると、当たる。という感じと、相手が無意識にか、一瞬こわばった気配があった。
近い。すごい近いんだけど、微妙に触らない、距離感がある。
ユメみたいな無防備さやシホルみたいな慎みとか、人見知りゆえじゃなくて、もっと別の何かを警戒して緊張してる感じ。
この感じは、どっかで覚えがある。
「焦らないでいいよ。大丈夫、大丈夫だから。いっしょに頑張ろうね」
結構優しい声で言われて、そのまま頭を落とす。
一瞬の違和感は、答えが出ないまま消えてしまった。
本人、石鹸のにおいとか、体温とかまでは計算に入れてないんだろうな、っていう嬉しいような、複雑なような、ぶっちゃけ生殺しというか、なんか、微妙。
抵抗できないまましばらく撫でられていると、うるさい声が聞こえてきた。
「あ、戻ったのかな?」
手が離れて、アイラが戸を開くとモグゾーとランタがいた。
「おじゃましてます。っと、リーダーは?」
立ち上がってちょっと背伸びして奥を見ようとしてふらついたのを見て、モグゾーが心配そうな顔になる。
「マナトなら、結構前にどっかいったぜ」
「あの用事なら、ぼくが伝えようか」
「いや、いいんだけど」
アイラはそっかと呟いて、マグカップに残っているお茶を全部飲み干して口を押え、しばらく止まった後、息を吐いてちらりとハルヒロに振り返った。
「じゃあ、お邪魔してゴメン。ちょっと出てくるね。おやすみ」
「え、どこに?」
振り返った顔は、さっきと変わらず青白いのに、いつもの笑顔だ。
この笑顔が、ハルヒロはなんだか苦手になった。
「多分、シェリーの酒場、行ってきますー」
「まって、ちょ」
そのまま出て行こうとするのを、何とかモグゾーに目配せして防いだ。
「あのさ、えっと理由聞いていい?わりと今状態良くないよね?雨も降ってるし、一人で行くの、危なくない?」
慌てて立ち上がったハルヒロが尋ねると、何を言ってんだこいつはという顔をされた。
「だって、ひとりで情報収集行かせるの、かわいそうでしょうが」