灰と幻想のグリムガル 聖騎士、追加しました   作:2222

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8話 膝の上にいた

 

 

 次の日から、ダムロー旧市街へ通う生活が始まった。

 

 基本的には、一匹でいるやつを狙う。

 二匹だったら、ちょっと苦戦するのを覚悟して戦う。

 

 ただ交代で描きはじめた地図は、初日から少し充実した。

 シホルが描いた地図が細かいところまで書いてあって、びっくりした。

 おかげで、来たことのある場所は少し安心できたし、空白地帯を穴埋めするのは、不安もあったけど少し面白かった。

 

 上手くいかない日もあったけど、森よりはやっぱりゴブリンの数が多いので、少しずつ戦いに慣れてくのが分かった。

 

 そして二匹までなら、自信を持って戦えるようになった。

 三匹相手だと、けっこう怪我が増えるので、時と場合によっては戦わない時もある。

 それから、マナトだけじゃなくて、アイラも回復魔法をよく使うようになった。

 とはいっても、基本的にはマナト頼りだ。

 

 そうやって、5日たった。

  

「やっとみつけたのが三匹、か。どうしよう、マナト。ちょっと足場悪くてあの辺瓦礫多いし、倒木もあるしさ。微妙だけど。あとあいつら全部武器もってる」

 

「やろうぜ。オレがぶった切ってやる。余裕だろ」

 

 顎に手を当てて考えるマナトにランタが突撃を主張してるのをモグゾーが困った顔で見てる。

 

「みんなはどう思う?」  

 

 マナトに振られ、シホルがぶんぶんと首を横に振った。

 ユメも眉間にしわを寄せ、うーんと唸る。

 

「1匹はやれる。ダメなら逃げたらいいんじゃない?この位置なら、最悪町の外まで走れるから大丈夫」

 

 気楽そうに笑みを浮かべるアイラにマナトがさらに困ったように眉を寄せた。

 

「ハルヒロは?」

 

 振られて思わず詰まる。

 

「どうだろう。危ない気もするけど、もしかしてそろそろ三匹も慣れた方がいいのかなって」

 

「そうか」

 

 マナトが空を見上げたので、つられてみんな空を見上げた。

 

「雨になりそうなお天気やなあ」

 

 ユメの言葉に思わずうなずく。きょうは、なんだか雲が多い。

 雨が降ったら足元が滑りそうだなとなんとなく思った。

 

「明日雨だったら、稼ぐの辛いよね」

 

 アイラの言葉にマナトが頷く。

 

「無理はしないこと。俺が退却って言ったら、ちゃんと従うこと」

 

 マナトが順繰りに皆の顔を見て、ゆっくり頷いた。

 ランタがにやりと笑い立ち上がり、浮かない顔のシホルとモグゾーがマナトの励ましに頷く。

 

「ランタ、ハルヒロ、アイラで回り込んで挟み撃ちしよう。モグゾー、ユメちょっと頑張って、シホルと俺でサポートするから」

 

 モグゾーと頷き合ってアイラが眼鏡の位置を直し、もう一度、空を見上げた。

 

「大丈夫大丈夫。ちゃっちゃと済ませよう」

 

 

 ゴブリン三匹は、大通りの真ん中で少し離れてくつろいでいるようだった。

 

 一匹は居眠りしていて、二匹が少し離れたところでなにか話してる。

 居眠りしている方にマナト達が回り込み、ハルヒロ達は剣を抜いて様子をうかがう。

 

 声は聞こえなかったが、シホルの魔法が居眠りしてるゴブリンに当たり、よろめくと同時にモグゾーとユメが突進する。

 驚き慌てている二匹のゴブリンの小さい方にランタが切りつけた。

 

「ってぇ!」

 

 振り回したロングソードがゴブリンの錆びた剣に叩き落されかける。

 即座にアイラが半回転しながら盾をゴブリンに叩き付け、そのままの勢いで大きく踏み込み剣で切り付けた。

 

 浅い、

 

 剣を握りなおしたランタが下を掻い潜って剣を突き、腹を捉えた。

 ゴブリンが後ろに飛びずさり、剣が空を薙ぐ、更に半回転し長い脚から繰り出された蹴りが脇腹に突き刺さる。 

 ゴブリンがうめき声をあげて、短剣を取り落とした。

 剣を握りなおしたランタが下を掻い潜って剣を突き、そのまま上へ切り上げると、下から上へ腹から血が溢れだす。

 

 背後に回ったハルヒロがゴブリンの首元に短剣を突き刺すころには、アイラの姿はない。

 びくんと体を震わせ倒れ込むゴブリンに執拗に剣を突き刺し高笑いするランタをよそに、ハルヒロは短剣を一振りして血を落とすとアイラの姿を探す。

 

 いた。

 もう一方のゴブリンと斬り合っているが、力で競り負け防戦一方だ。

 モグゾーとユメは苦戦し、マナトも囲みに加わってる。

 こっちを見ているシホルが、何か言ってるが、聞こえない。

 

「ランタ!」

 

 腕から血を垂らし、盾を構えたまま身を低くしているアイラの方へ駆け寄ろうとして、急に膝が折れた。

 

 何が起こったのか気が付かないまま地面に転がり、少し遅れて痛みが来た。

 脳天からどくどくと痛みの波が来て、悲鳴を上げて転がりまわりたい。

 

「ハルヒロっ!」

 

 ランタが走ってきて、ナイフを投げたゴブリンと剣を構えたゴブリンの二匹と対峙する。

 増援だ。しかもまだ二匹とも倒せてないのにまた二匹追加はやばいって。

 気が遠くなりそうなのを奥歯をかみしめて何とか耐えた。

 

「ハルヒロ!今行く!」

 

 マナトの声だ。

 

「私が行く。そっちを早く!」

 

 アイラが怒鳴り返し、対峙するゴブリンに自分が刺されるのにもかまわずに剣を突き入れ駆けてくる。

 ゴブリンは首を半ば割かれてずるりと瓦礫の中に倒れ込み、援軍のゴブリンが鋭い声を上げた。

 

「ハルヒロ落ち着いて、傷を押さえて、大丈夫だから」 

 

 アイラは血まみれの笑顔でそう言って、ハルヒロが震えながら傷を押さえると脛に刺さったナイフを引き抜き、素早く布を取りだして、傷口を縛って立ち上がった。

 二匹のゴブリンの攻撃を何とか避けていたランタの横へ着く。

 そしてランタに切りかかる剣を持った方のゴブリンに盾を投げつけた。

 ゴブリンは後ろへ飛んで盾を避けたが、そのまま追撃され切っ先が頬を切り裂く。

 

 アイラはそのまま踏み込むのを止めずに、ゴブリンの剣を鞘に入ったままの大ぶりな短刀で防ぐ。盾代わりだ。

 ゴブリンの一撃を短剣と片手剣でいなしてどんどん追い攻めていく。

 そして倒れているハルヒロから離れていく。

 ランタはナイフゴブリンで手いっぱいだ。翻弄されてる。

 

「追うな!戻れ!」

 

 マナトの声が聞こえないのか、アイラは逃げるゴブリンを追いかけてく。

 

 

「憎悪斬ォォ!」

 

 ランタの技が空振りし、ゴブリンから蹴りを食らって、地面に倒れ込む。

 ゴブリンがナイフを振り上げる。ランタは立ち上がれてない。

 

 ヤバイ

 

 とっさにハルヒロは手元の短剣を投げつけ、ついでに近くの手ごろな瓦礫を投げまくる。

 ゴブリンの憎悪に燃える目がこっちを見た。 

 背中にぬるぬるした汗が噴き出す。

 

「ハルヒロ!」

 

 マナトだ!

 錫杖ががら空きだったゴブリンの背中を打ちのめし、ゴブリンが牙をむいて振り返るすきにユメがランタの腕を引いて助け起こす。

 モグゾーが雄たけびと共にどうも斬りを繰り出しゴブリンの右肩を切り裂く。

 

 ゴブリンのナイフがモグゾーの鎖帷子に弾かれた。

 ランタの剣がゴブリンの背中から突き刺さり、動きが止まる。

 続いてユメの剣鉈が頸動脈を捉え、しばらく痙攣した後ゴブリンは絶命した。

 動かなくなったゴブリンに剣を突き刺すランタも頭から血が垂れてる。

 

 マナトが素早く回復魔法をかけはじめ、ハルヒロはやっと息をついた。

 鈍痛が残ってるけど、少しずつ和らいでく。

 

「あーちょー痛ってー!血ィでてるしよー!マナト!オレも!」

 

 騒ぐランタは結構元気そうだ。

 思わずため息をついて、塞がりつつある傷をみた。結構グロい。

 時間も今までで一番かかってる。

 

「アイちゃん探してくる!」

 

「頼む!」

 

 無傷のユメが剣鉈を手にしたまま血の跡を追い走り出し、そのあとをモグゾーが追うかどうするか悩んでいる。

 

「モグゾー、シホル、わるいけど、警戒して」

 

 再び祝詞を唱え始めていたマナトの代わりに言うと、マナトが一瞬ほっとしたように瞬きした。

 やっと血の出ている傷が塞がったころ、ランタとモグゾーが急に走り出し、そちらに視線を向けると曲がり角からゆっくり人影が出てきた。

 

「ただいまー」

 

 足を引きずりながら戻ってきたアイラの姿にマナトが祝詞を一瞬詰まらせる。

 

「リーダーとりあえず、ここ離れよー?なんか向こうにもいる感じだし。シホルちゃん、ゴブリン袋回収してくれる?ユメちゃん警戒お願い。モグゾーそっち大丈夫?頭真っ赤だよ~」

 

 のんびりした口調で話す聖騎士にユメが腕をつかんで首を振ってる。

 シホルが真っ青な顔で立ちすくみ、震えて動けない。

 モグゾーが剣に手をかけて、アイラが来た方向を警戒し始めた。

 

「マナト、おれはもういいから」

 

「ごめん、後で」

 

 マナトが立ち上げり、ユメに引っ張られたアイラの全身を軽く見て一番深そうな脇腹の傷から治そうとして手で払われ、驚愕する。

 聖騎士が緩慢に首を傾かせた。

 いつものように笑みを浮かべた顔は、血で汚れていない部分が、紙のように白い。

 

「あれ、ゴメン。なんかちょっと、びっくりして。触ると、汚れるよ?」 

 

 妙に穏やかな口調でそれだけ言って、アイラはそのままずるずると瓦礫の中へ倒れ込んだ。

 

 ***

 

 光明神ルミアリスの神殿には、一階奥に聖騎士ギルド、三階に神官ギルドがある。

 

 聖騎士の七日間の規定鍛錬の間、一度だけ外出可能な自由時間があった。  

 その時間を彼女は三分の一を寝台の上で過ごし、残りをひたすら神殿に居る人間に話しかける事に費やした。

 神官、聖騎士、参拝者、下働き、昔の仲間に会いに来た義勇兵。

 

 おかげで、前衛と神官の死亡率が高いことを知った。

 

 義勇兵はだいたい5人か6人で小団を組む。神官、戦士、偵察要員の盗賊か狩人で最低三人。

 いずれ神官が光の護法という魔法を使いこなせるようになり、その加護が及ぶ範囲が6人までだから、それ以上では組まない。

 

 その魔法の有無が、生死を分ける重要なものだというのは義勇兵にとって当然の事らしい。

 気のいい商人には情報の集め方、優し気な神官には野営の仕方、気難しそうな戦士や騎士には今までの戦いについて尋ねた。

  

 さいごに、あの丘の墓の群れは、若くして死んでいった大勢の義勇兵と見習い義勇兵のものだと知った。

 

 ***

 

 素手でなにかひっかくような音がして、一斉にみんな話すのをやめた。

 

「アイちゃん?」

 

 膝を貸していたユメがそっと声をかけると小さくせき込む返事。

 

「起きられる?」

 

 シホルが体を起き上がらせて、眼鏡と呟く彼女に眼鏡を手渡して癖のついた髪を軽く梳いてやる。

 膝枕させてたユメが心配そうな顔のまま、隣に座りなおした。

 しばらく二人にされるままだったが、アイラはもぞもぞと体を動かして三角座りして組んだ腕の上に顎を乗っけてぼんやりした顔で周囲を見渡し軽く頭を傾けた。

 

「みんなどうしたの?顔色悪いけど、大丈夫?」

 

「大丈夫じゃないのはお前だろ」

 

 ランタのツッコミにアイラ以外の全員が笑えない顔で頷いていた。

 

 

 今いるのは、かなり原型が残っている家屋の中だ。

 遅れたお昼の時間だったが、予想外の苦戦だったせいでみんなつい黙りがちになる。

 

 ちらりと顔を上げると、アイラは相変わらず顔色が悪いし食も進まないらしく水ばかり飲んでいる。

 同じことに気が付いたモグゾーに心配されて、肩を落として恨めしそうに保存食とは名ばかりの堅いパンをみつめ、水で流し込むように飲み込むと、口元を押さえて俯いていた。

 

「まぁ、アレだな。いっぺんに5匹やれたし、今日は肉特盛だな。血も足りねぇし」

 

「肉・・・・・・」

 

 ランタの言葉に心底嫌そうな声を出すのを聞いて、モグゾーがちょっと首を傾げ、恐る恐ると言う感じで提案した。

 

「晩ごはん、もし、よかったらだけど、僕がなんか作ってみようか。消化によさそうなの、おかゆとか」

 

「いや、今日はちょっと我慢して肉にした方がいいよ。野菜とかもいいけどさ、やっぱり、あれだけ血が出たんだし。いや、モグゾーがつくるものは何でも美味いけどさ」

 

 ついハルヒロも口を出すと、女の子二人も真剣そうな顔で同意した。

 

「せやなあ、ユメもお肉にした方が身になるって感じがするなあ。モグゾーのご飯は美味しいけど」

 

「あ、あたしも・・・・・・今日は好き嫌い、我慢した方がいいと思う。ほんと、すごい血で、真っ青で、手も冷たくて、死んじゃうかと、思ったし」

 

 泣きだしたシホルをユメが慌てて慰めはじめ、アイラがえー、と子供じみた呟きを漏らす。

 どこか他人事みたいだ。

 

「あのーせめてあんまり生臭くないやつ、なにがいいなぁ・・・・・・なんかこっちで見た肉料理って、なんかクドい感じで油ぽくてなんかもたれそうだし」

 

「じゃあ、この前屋台で食べたアレつくるよ。野菜多めにしたらさっぱりさせてできると思うんだ」

 

「あ、いいね、あれだろ?絶対美味そう」

 

「おー!いいじゃねぇか、あれな!モグゾーオレつゆだく特盛な。うっしゃー」

 

 小躍りするランタがぶつかり、座ったままぐにゃっと姿勢を崩し、やる気なさそうに床に寝ころんだアイラに黙ってたマナトが近寄って、ちょっと手を貸してと言って返事を待たずに手首をつかんだ。

 されるがままだけど、顔だけ嫌そうなのをよそにマナトは脈を図り、爪の色をじっと見つめたり手のひらをしばらく押した後の色なんかを見て、最後に顔に触ろうとして空いてる方の手でたたかれそうになったのを抑え込んで、あからさまにため息をついてみせる。

 

「モグゾー、約一名分はできるだけ血合いの多い部分を使ってもらえるかな。内蔵とか、肝臓とか」

 

「け、けだものっ。掟的にヤバイって、汝、肉類は避けるべしってあった気がする!せめて、ササミ的な部分を!白身大好き!魚ッ私魚が好きな気がする!魚も肉じゃん」

 

 急に慌てだした肉嫌いの顔を穏やかな頬笑みを浮かべたマナトが優しく言う。

 

「食事内容に関しては規定はないよ。そういえば、血のソーセージっていうのを売ってる屋台も見つけたんだけど。凄く効きそうだよね。ついでに買ってあげようか?」

 

「何それ怖い。そういう気遣い要らないから。狼犬飼ったら買ってあげなよ!」

 

 握られたままだった両手を振り回し、とうとう蹴りを入れられそうになってやっとマナトが手を放すと、アイラは大慌てでユメの横に逃げ込んだ。

 涙ぐんだままのシホルとユメを抱きしめつつ断固拒否と言わんばかりにマナトへ威嚇する姿に、モグゾーとハルヒロは、やっと少し笑えた。

 

 


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