灰と幻想のグリムガル 聖騎士、追加しました   作:2222

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6話 宿舎の中にいる

 

 

「ちょっくら風呂のぞいてくるわ」

 

「はっ?え、ちょ」

 

 ランタを即座に捕まえられなかったのが、すべての敗因だった。

 

 ハルヒロは止めよう止めようとしながらついうっかり沐浴室まで追いかけてしまい、壁の向こうから聞こえるユメとシホルの会話に完全に気を取られた。 

 そこまでは良かった。

 すごく良かった。

 

 マナトのいう通り、それで満足して帰ればよかった。

 

 後で考えれば、沐浴室の上部にある小さな換気窓が誰かの背中に乗れば届く範囲だとランタが気が付いた瞬間だったと思う。

 がたん、と物をぶつけるような音がした。

 具体的に言うと、まだ剣に扱い慣れてない人間が壁に鞘をぶつける音だった。

 今、義勇兵宿舎には、7人の人間が寝泊まりしている。

 

 女の子二人は風呂に入っていて、男四人ここにいる。

 

 単純な引き算だった。

 

 気が付いた瞬間、ハルヒロはとっさに近くの柱の陰に隠れようとした。

 薄暗い闇の中に薄いシャツを汗ばんだ肌に張り付かせ、上気した頬をしたアイラが腕を組んでいつもの笑顔で佇んでいるのが目に入った。

 やけにほっそりして見えるなと場違いなことを一瞬思って動きが遅れる。

 

 その時、素早く一番前にいたマナトが視線を塞ぐように立ち向かった。

 

「どうしたの?こんな時間に。俺はちょっと寝れなくて、ちょっと風に当たりに来たんだけどさ、なんかこっちから物音が聞こえたから、念のために確認に来たんだけど」

 

 なんでこんなところにいるのか聞かれないために、マナトが先手を打った。

 ハルヒロは内心、喝采を上げる。

 

「私は素振りしてただけ。今日も、全然ダメだったから」

 

 横をすり抜け沐浴室へ向かおうとする彼女の行く手を防ぐように、マナトが労りの声をかける。

 

「いや、十分だったと思うよ、明日もあるんだ。早く休んだ方がいい。魔法じゃ血までは戻らないしね」

 

 そういって、さりげなく誘導しようと肩に手を伸ばすマナトにアイラがつられて一歩後退した。

 

「あの、汗かいてるし、服まだ洗ってないからあんまり寄らないで・・・・・・」

 

 少し硬い声でさらに下がる。

 どうもアイラは触られるのは好きじゃないらしい。

 微妙にマナトと距離を取っている。

 

「ああ、泥?そんな気にするほどじゃないよ」

 

「そういう問題じゃ、あるけど、なくて」

 

 マナトもそれを察しているのか。じりじりと前進していくので自然二人が沐浴室から離れていく。

 ハルヒロはさすがマナト と思わずこぶしを握る。

 もちろん物陰に隠れながら。

 

 ふと振り返ると、一生懸命柱の角に隠れようとする隠れきれてないモグゾーの姿がちらりと見えて、どっと汗が噴き出てきた。

 ランタに至っては、床にぴったりと張り付き何か祈ってる。いや、既に土下座してる。土下座騎士だ。

 お前、隠れる気ないだろ。

 ハルヒロは心の中でひたすらランタを罵倒する。

 二人はなおも何か話し続けているが、それ以上その場から動く様子がない。

 

 マナトがんばれがんばれマナト。

 

 祈りが通じたのか、意外なところから声がして心臓が止まるかと思った。

 

「あれ、アイちゃん?おるの?」

 

 沐浴室から響くユメの声にアイラがはっとしたように視線を上の方に向ける。

 

「ねぇ、二人とも、声すごく響いてるよ」

 

「・・・あっ・・・・・・ごめんなさい」

 

「・・・アイちゃんもお風呂はいらんの?」

 

「もうちょっとしたら入るね」

 

 沐浴室にやっていた視線を戻し、聖騎士は奥を見据えた。

 表情はにこにこと笑っているように見えるが、ハルヒロは確実に冷たい眼で見つめられている。

 

「ねぇ、ところでさ、そんなに体力余ってるなら北門まで走って往復してくるっていうのはどうかな?次の鐘が鳴るまでに。もちろん、君らが風呂のぞこうとしたりしないぐらい、ズルしないって信じてるし?行けるよね、それぐらい元気あるみたいだし?」

 

 

 ***

  

 次の日は、雨だった。

 

 森まで出かけ、昨日と同じ場所を探したけれど、泥ゴブリンの姿どころか穴鼠にすら遭遇しない。

 一度だけ鹿の姿を見かけ、ユメが矢を射ったが当たらなかった。

 

「ちっドへたくそ」

 

「う・・・・・・」

 

 ランタの言葉にユメがびくりと肩を震わせ弓を握り締めると、アイラが振り返りもせずに囁いた。

 

「ランタ、沼に飛び込むのとランニングどっちが好き?」

 

「アッハイすみませんでした」

 

 シホルが目をぱちくりさせてアイラを見上げ、マナトが苦笑いして頬を掻いている。

 動揺しているモグゾーの姿に、ハルヒロは内心ひやひやした。

 

 その次の日も。

 一度遠くに泥ゴブリンらしき姿を見かけたが、泥濘に足を取られ、追いつく前に逃げられた。

 

 その翌日、かろうじて泥ゴブリンを一匹倒したが、何も得られなかった。

 重い足取りでオルタナへ帰る途中、この前行った農家へ立ち寄ることをハルヒロが提案したが、アイラに笑顔で拒否された。

 

 さすがに三日連続無収入は笑えない。

 

 重い足取りでオルタナに戻ったものの、やることもなく干草の寝台に寝転がった。

 目を閉じても眠れずに、今の所持金の事を考える。

 食事代は意外とかからないが、調理するための燃料費がかかるので思ったよりも節約にはなってない。

 串肉一本でおなか一杯になるのよりは栄養面からみるとマシという程度だ。

 

 なんで森で泥ゴブリンに遭遇しないか、という事に関しては少し話した。

 一日目は、雨だから。

 二日目は、こっちの人数が多すぎて、向こうに先に気が付かれているのかもしれない。というユメの説。

 

 今日は、そもそも泥ゴブリン自体があまりいないんじゃないかというランタの説に誰も反論できなかった。

 

 つーか、どうすりゃいいんだよ・・・・・・。

 

 ハルヒロは眠れないまま寝台の上で寝返りをうつ。

 まぁ、ランタのいう事なんか気にする必要もないとわかっていても、現に上手くいってないわけで。

 

 明日、明日はきっとうまくいくと言い聞かせて目を閉じる。

 

 ランタの寝息が聞こえて、なんだか考えるのが馬鹿らしくなった。

 よくこの状況で寝れるよな、と呆れ半分でハルヒロがまた寝返りを打った時、誰かが起きる気配がした。

 

「・・・・・・マナト?」

 

「うん」

 

「どうしたの?夜なのに、っていうか、夜はこれからだけど」

 

 多分。時計がないから、二時間ごとの鐘の音を頼りにするしかないから自信はないけど、深夜じゃないのは確実。

 

「ちょっと出かけてくるよ。 わざわざ言うのもなんだけど、ちゃんと帰ってくるから、大丈夫」

 

「出かけるって、こんな時間に?」

 

 起き上がって、下を見ると、マナトはもう戸口のそばにいた。モグゾーも寝台から体を少し起こしかけてる。

 

「夜はまだ、これからだよ」

 

 なんかマナトはちょっと笑って付け加える。

 

「大丈夫。俺は迷子にならないから」

 

 モグゾーが小さく笑う。

 ハルヒロも思わず笑った。

 

「行ってくる。疲れてるだろ、先に寝てて」

 

 つい、うんと頷いてから、一緒に行った方がいいんじゃないかと思った時にはもうマナトは部屋を出てしまっていた。

 同じように寝れなかったモグゾーとしばらく話しているうちに、ハルヒロはだんだん眠くなってそのまま寝た。

 

 ***

 

 翌朝、ハルヒロが起きるとすでにマナトもモグゾーも部屋にいなかった。

 

 朝食の準備をしてるのだろうと思って急いで着替えて中庭へ行くといつものようにモグゾーが調理し、シホルとユメが手伝っている。

 約一名がまたテーブルで突っ伏しているが。

 頭を抱えて呻いているところを見ると、起きてはいるらしい。

 マナトの姿を探して周囲を見渡していると、モグゾーが買い物へ行ったと教えてくれた。

 

「っていうか、どうしたの?」

 

 手持無沙汰でアイラに近づく。

 

 髪の毛がちょっと寝癖ではねているのを気にしながら尋ねると、明らかに具合が悪そうな雰囲気だ。

 

「頭が痛くて」

 

 ハルヒロは思わず額に手をやろうとして、引かれた。

 いや、結構今の反応は傷つくんですけど。

 

「あ、ごめん」

 

 察したようにアイラがすまなそうな表情を浮かべて項垂れている。

 て、いうか。ちょっとなんというか

 

「もしかして、二日酔い?」

 

 ハルヒロの言葉に苦笑いしながら再び頭を抱える姿を見れば、一目瞭然。

 ユメが入れてくれた水を手渡すと、消え入りそうな声で礼を言われた。

 ため息をついたところでランタを起こすのを忘れていたことを思い出して、部屋に戻りランタを叩き起こして中庭へ戻るとマナトも帰ってきていた。

 

「お帰りマナト」

 

「ただいまハルヒロ。ってうか、おはようだよ」

 

「たしかに。おはようだね」

 

 笑うマナトに頷いていると、ぼんやりした様子だったランタが宙を嗅いで首を傾げた。

 

「おー・・・・・・あれ、コーヒー、か?」

 

 たしかに独特の香ばしいような、妙なにおいがした。

 コーヒーって、なんだっけ。飲み物だった気がする。

 

「嗅いだことあるような、なんか違うような?」

 

 同じように首を傾げてモグゾーにユメとシホルも首を傾げる。

 

「そやなあ、けどこーひーって、プリプリしてたような気がすんなあ?」

 

「お菓子・・・・・・だったような?」

 

 笑って答えないマナトは手に持したポットからマグに液体を注いだ。

 黒い。

 

「これはナッツ茶って、いうらしいよ。木の実を炒ったお茶なんだってさ」

 

 それにミルクを注ぐと優しい感じの茶色になる。

 興味津々のシホルとユメに手渡すと、二人は恐る恐る飲んで顔を見合わせた。

 

「ちょっと、・・・・・・苦いかな。お砂糖、欲しいかも」

 

「ユメはなあ、ちょおっと苦手かなあ」

 

 ハルヒロも興味があったので、一口飲んで困った顔をしていたユメの残りを飲んでみた。

 嫌いな味じゃないとは思う。あんまり飲み慣れない感じがするけど。

 ミルクを入れずにランタが飲み、にやにやしているのをみてなんかむかつく。

 

「結構おいしいね。なんだかちょっと違うような気もするけど」

 

 モグゾーも気に入ったらしく、嬉しそうな感じで頷いてる。

 

「そっか」

 

 マナトはみんなの様子を見て笑顔のまま頷き、死人みたいな顔をしたアイラにもミルクを入れたナッツ茶を笑顔で差し出した。

 

「二日酔いにいいらしいよ」

 

「・・・・・・どうも」

 

 物凄い棒読みだ。

 思わず顔を見ると物凄く苦悩した表情で受け取り、じっと見つめたまま動かない。

 しばらくみつめたまま、意を決したような顔をして一気に飲み下していた。

 

「あのさ、もしかしてナッツ茶、嫌いなの?」

 

 頭痛をこらえた表情で朝食の準備を手伝い始めたアイラに尋ねると、つらそうな表情のまま首を振られた。

 

「いや、多分こういうのが好き・・・だったみたいで、ナッツ茶って屋台にもあるでしょ?見た瞬間ヤバイなって思って、避けてたの。

 絶対好きになるって。好きになっても苦労するのわかってるから深く知りたくないし好きになりたくないし、だから気を付けようと思ったんだけどね。

 どうしよう、やっぱりおいしかった」

 

 そこまでいてtため息をつきながらモグゾーの手伝いを始めたので、ハルヒロは思わず隣にいたシホルと顔を見合わせる。

 

「なんか、恋愛みたい」

 

「えっ?」

 

「な、なんでもない、です」

 

 といって、そのままユメの方に逃げてしまった。

 

 女の子って、謎だ。

 

 ***

 

 いつものように野菜が大量に入ったスープと堅いけど安くてうまいタッタという店のパンを食べながら、今日の作戦会議。

 

「みんな、今日は別の場所に行ってみようと思うんだけど、どうかな?」

 

 マナトの提案にランタが首を傾げた。

 

「行くって、どこにだよ」

 

 確かに。

 一番弱いって言われてる泥ゴブリンが居る森以外に行くところが思いつかない。

 が、もう森はうんざりだった。

 モグゾーやユメもシホルも同じ気分らしく、少し不安そうにマナトを見る。

 アイラは軽く肩を竦め、ちらりとみんなの顔を見てからマナトに視線を向けた。

 

 マナトはみんなの視線を受け止め、笑って口を開く。

 

「ダムロー旧市街、っていうのはどうかな」

 


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