灰と幻想のグリムガル 聖騎士、追加しました   作:2222

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4話 中庭のなかにいる

 

 六人で疲れた体を引きずるようにオルタナに戻り、市場の屋台でそれぞれ食事した後、西区の義勇兵宿舎へ入った。

 管理人に施設の説明を受けた後、マナトが4人部屋を男女ひとつづつ取ることと、一人遅れてくることを伝えて、沐浴して服を洗い、そのまま倒れるように干草の寝台で眠りにつく。

 

 目が覚めると頬や体が干草でチクチクした。

 

 見習い義勇兵として、実質二日目の朝だ。

 

 ハルヒロが向かいのベッドをみると、すでにマナトとモグゾーの姿はなかった。

 やっぱり眠そうなランタとお互い貶し合いながら着替えていると、マナトが姿を現し、微笑みながら二人におはようと声をかけた。

 なんとなくいいにおいを漂わせていることにランタが気が付いて猛然と着替えを終えて顔を洗い、促されるまま中庭へ向かう。

 中庭には建物に沿って大きな台が据えられていて、かまどと石造りの大きなテーブルと椅子。

 かまどの前でモグゾーが何かしていて、近くではシホルがまじめな顔で一生懸命何かを切り分けている。

 ユメは焚火の前で何かの見張り。

 

 そしてテーブルに突っ伏して寝ているのが一人。

 

「いや、起きろよ」

 

「ランタ、朝からうるさい」

 

「いや、今のオレ悪くないだろ?何寝てるんだよオイこら、朝帰りですかー?偽乳サーン、偽乳ボンバー!上げ底女!もむぞコラーもしもーし起きろー!」

 

 ランタが耳元で騒ぎ立てても、完全に無反応だ。 

 これだけ騒いでも起きないのは、一種の才能かもしれないとハルヒロは逆に感動しそうになった。しないけど。

 

「昨日、遅かったの?」

 

 同室のはずのシホルにハルヒロが尋ねるが、ちょっと困ったような表情しか返ってこない。

 

「町で迷って、夜のうちに宿舎に辿り着けなかったから、ついでに朝ご飯の買い出ししてから帰ってきたんだって。色々持ち帰ってきてくれたよ」

 

 モグゾーがやたらといい匂いのする鍋をかき回しながらこちらを振り向く。

 何も言わないけど、昨日とは打って変わって嬉しそうな顔をしている。

 

「アイちゃんは、迷子によくなるなあ」

 

 ユメがそういいながら串に刺した何かまるっこいものを大皿に置いていく。

 イモだ。

 

「方向音痴かよ。バカだな迷子になり過ぎだろ。まーオレ様のようにゴウイングマイウエイで進めないなら、精々後ろからついてくるのがお似合いってことだな」

 

「お前の後をついてく方が迷子になりそうだよ」

 

「なんだとぉー?眠そうな目しやがって」

 

「目は生まれつきだって」

 

 横で作業していたユメにうるさいと怒られ、なんだと貧乳とランタの標的が変わったので、疲労しながらハルヒロは皿を並べるマナトを手伝うことにする。

 

「じゃあ、つまりアイラはほとんど寝てないってこと?」

 

「いや、もう結構時間がたつし、そろそろ起こしていいと思う。ごはんだしね」

 

 そういって、マナトがアイラの横に行くと、耳元に顔を寄せてちょっと悪戯を企むような顔をする。

 何か言ったのかはよく聞こえなかったが、その効果は覿面、というか、効きすぎた。

 

「ひゃいっ」

 

 アイラは意外とかわいい声を上げてテーブルやイスに体をぶつけて痛そうな音を立てて転がりかなり遠くまで行ってから、転んで動かなくなった。

 しばらくして何とか体を起こして無言でこっちに背を向けて座り込んでうなだれている。

 

「ギルドの教官かと思った」

 

 ぼそりと聞こえた声がすごく恨みがましい。

 

「ごめん。そんなに効果があるとは思わなくてさ」

 

 いじけた声に頬を掻き謝るマナト。

 アイラがのろのろと立ち上がり、戻ってくる。

 

「ギルドの訓練、そっちもきつかったんだね」 

 

 同情的な表情を浮かべるモグゾーと「どこも似たようなもんだな」と珍しく憐れみの混ざった声で同意するランタ。

 クソ腹黒と地を這うような声が一瞬聞こえた気がしてアイラを見ると、もう普通そうな、いつもの笑顔を浮かべていた。

 今聞こえたのは気のせいだ。たぶん。

 

「全然悪かったと思ってなさそうだよな。おいマナト、おまえいい人っぽいふりしてるけど実は腹黒系野郎だなっ」 

 

 偽乳とか言ってたことを棚に上げて非難するランタにハルヒロは結構引いた。

 

「さてどうかな」

 

 と軽く流すマナトにさしたままのランタの指をつかんでそっと曲げて、立ち直ったアイラが真顔で諭す。

 

「ランタ君。正直者は嫌われるよ」

 

 そのままランタの頭をくしゃくしゃと撫でるアイラにマナトも苦笑した。

 

「それ八つ当たりだよね」

 

「気にし過ぎじゃない?リーダー。心狭いの?恨まれて背中刺されるの?」

 

「神官は刃物の装備は禁止だよ」

 

「そっかーならあ・ん・し・ん」

 

 うふふあははと笑いあう二人に、シホルはちょっと涙目になりモグゾーとユメは料理へ現実逃避しはじめる。

 二人に挟まれたままのランタがすがるような視線をこっちに向けているが、とても無理だ。

 

 ハルヒロは、みぞおちのあたりがなんだか痛くなってくるのを感じた。

 

 ***

 

 森へは昨日よりもだいぶ早い時間にたどり着き、穴鼠に遭遇することなく、とうとう小さな泉、というか沼へたどり着いた。

 

 深さはあまりなさそうだし、上の方は澄んでいて魚や小さな生き物がいるのが分かった。

 沼の周りをしばらく調べたユメによると二足歩行らしい足跡がいくつかあるらしい。

 

 それが泥ゴブリンかグールなのかはまだ分からないけど、しばらく見張ろうとマナトが提案し、全員賛成した。

 

 今日のお昼は火を使うと時間がかかるからと屋台で買った携帯食料だ。

 温かいものが食べられない分、調理具が必要なくて荷物も少なくて済むのがいい。

 ユメとハルヒロで交互に食事し、沼を見渡せるところから様子をうかがう。

 

 残りはもう少し離れたところでこちらの合図をまっている。

 

 太陽が森の真上にきて気温が上がってきたころ、そいつはやってきた。

 

 人間の子供くらいの大きさ、泥に汚れた姿で遠くから見れば人間に見間違えそうだが、本能が違うと叫んでいた。

 同じように気が付いたユメが頷き、二人で戻って告げる。

 とりあえず全員で茂みに隠れつつ近寄り、ハルヒロは妙に汗ばむ手で短剣を握りなおす。

 

「ユメちゃんとシホちゃんで弓と魔法で後ろから撃てば?全員で石投げる?」 

 

 アイラの笑顔の提案にシホルが真っ青な顔になり、ユメがぷるぷると首を振る。

 

「さ、さらっとえげつねぇな」

 

「そうかな?」

 

 ランタの言葉に、アイラは心外そうな顔をしていた。

 

「ユメな、弓練習したけど当たらなくてなあ、お師匠にもユメは弓の才能ないかもなあって」

 

「あっあたしも・・・・・・自信、ないかも・・・・・・」

 

「大丈夫、二人ともちゃんとやれるよ。でもとりあえず、二人は後方支援を頼む」

 

 現物のゴブリンを見たことで、急に自信を無くしてきたらしい二人にマナトが笑顔で励ます。

 一方首を傾げたまま心底納得いかない風なアイラにランタがちょっと怯みつつ、気を取り直して頷いた。

 

「ここはオレ様がかっちょよくがーっっと跳びかかってズバッと切り裂き一気に息の根を止めて」

 

「あっ逃げる!」

 

 作戦会議が長すぎたらしい。

 水を飲み終えた泥ゴブが立ち去ろうとしているのに気が付き、ハルヒロが焦った声を泥ゴブを止めようと走り出すと少し遅れてランタが、そのあとをマナト、アイラが続いた。

 

「うおおおおおおおー!」

 

 雄たけびを上げながら走るランタに気が付き、泥ゴブは一瞬棒立ちになりぎゃぎゃっと叫んで走り出そうとした方向に足を滑らせながらハルヒロが短剣を構えて塞ぐ。

 同時にハルヒロの反対側を弓矢が飛んだ。驚いた泥ゴブは目を見開いて一気にハルヒロとの距離を縮め、尖った爪が一閃する。

 

「うわっ」

 

 思わず後ずさりした足元がまた滑り、ハルヒロが背中を冷たい汗が伝うのを感じた。

 怖い。

 見開いた瞳に移る泥ゴブリン、その背後を光る玉のようなものが素通りしていく。シホルの魔法だ。

 しかしそれは外れて明後日の方向に着水した。

 ランタは足を木の根にとられ、叫びながら全然関係ないところで剣を振り回している。

 

「引くなっ」

 

 近づきつつあるマナトの声に足に力を込めて、バルバラ先生に教えられたように短剣を振り、手を狙う。

 浅い。

 でも、相手も怯み距離が開く。

 

 一歩踏み出さなきゃ。

 

 ハルヒロが気を取り直して滑るナイフを掴み直す。

 泥ゴブが叫び、黄色い歯をむき出し、森に響き渡るような叫び声をあげた瞬間、盾ごとの体当たりを食らって泥ゴブは沼に落ちた。

 盛大な泥水飛沫が上がり、罵声と激しくもがき合う音。

 

「死ねッ死ねしねっ!!」

 

 アイラが体半分以上水に沈めてすごい形相で剣を突き刺している。

 錫杖を構えたままのマナトの「えっ?」という声が妙に耳に残りハルヒロもぽかんとしたまま短剣を下ろす。

 

 

 モグゾーの後からシホルが追いつき、全員そろった時には沼は赤く染まっていた。

 混沌とした色合いの沼から半身を出し、彼女がゆっくり立ち上がる。

 

 全身を泥と血で汚した聖騎士が泥ゴブリンを岸に押し上げようとして顔を顰めているのに気が付いてモグゾーが近寄り、泥ゴブリンをつかんで引っ張り上げる。

 

「いい。汚れるよ」

 

 そういって手助けしようと差し出した手を拒否して、盾を手放してから抜身の剣を握ったまま岸に手を突き、彼女が水から出る。

 

 頬にも泥と髪が張り付きひどい有様だったけど、ハルヒロと目が合うと微かに笑ったのが分かった。

 後ろでシホルがひっという声を漏らす。

 

 彼女は水と泥を滴らせながら、横たえられた泥ゴブリンを見下ろし剣を振り下ろした。

 泥で汚れたままの剣を首と心臓のあるあたりに何度も真っすぐ振り下ろし、剣を下ろしたまま死体をじっとみつめている。

 零れ落ちそうなほど見開かれた目、口にも鼻にも泥が詰まり、やたらめったらに刺したせいで肉や内蔵、脂肪の黄色い色が露出している。

 

 マナトがそばにより目をつぶり六芒を示す仕草をしたのを確認してから、剣を引き抜きべたんと座り込み俯いて大きく息を吐いたのをみて、周囲から一斉にため息が漏れた。

 

「お風呂入りたい。その白い神官服で顔拭いてやりたい」

 

 マナトが無言で遠のくと、俯いたままあからさまに舌打ちして、眼鏡を外して泥を拭ってかけなおし、アイラがのろのろと立ち上がる。

 泥だらけの剣は抜身のまま右手に握っている。

 頬を泥だらけの左手で擦り、余計泥が顔につく。

 

「アイちゃんひどい恰好やなあ」

 

 ユメの呆気にとられたような声に、アイラが一秒おいてふふっと笑った。

 くるりとふりかえり、左手でサムズアップ。

 

「初悪徳ゲットー。ごちそーさま」

 

 切っ先で死体をつついていたランタがはっとする。

 

「そ、そうだ!どおおーすんだよ!オレの初悪徳ゥー!」

 

 悔し気に唸って地団太を踏み三秒たたないうちに、ランタはまあいいやと言った。

 

「いいのかよ」

 

「過ぎちまったもんは仕方ねぇ。先手必勝だしな。だいたい、ハルヒロは腰が引けてんだよ。だから横取りされたんじゃねえか」

 

「あれは、いやだってそっちだって遅かっただろ」

 

 言い争うランタとハルヒロをよそに、茂みに俯いてえづいているシホルの背中を擦るユメと心配そうな顔をしているモグゾーの足元に何か光るものがあった。

 

「あ、モグゾー君。足元になんか落ちてる。もしかして戦利品の予感?さっきなんか引っかかった感じしたんだよね」

 

「なにっ!?」

 

 アイラのへらへらした声に勢いよくランタがしゃがみ込み、両手を汚しながら探り、紐に通した牙のようなものを見つける。

 

「ゴブリンの歯かな?」

 

 泥を滴らせたままアイラが首を傾げ、ランタも眉を顰める。

 

「わっかんねーけど、町で聞きゃわかるだろ。それより、次の獲物探そうぜ。次こそオレのエクスカリバーが唸るぜ」

 

「がんばれっがんばれっ」

 

「くくっそムカツク!横取り女め。ぜってえ次オレがやるからな!手えだすなよ!マナト、次探そうぜ!」

 

 ゴブリンの爪が掠め、気が付かないうちに手首から血が垂れていたハルヒロの怪我を治していたマナトが頷いた。

 

「そうだね。別の水場を探してみよう。どのみちここじゃ泥も落とせないし、アイラは少し休んだ方がいい。怪我はしてない?」

 

 アイラが剣を握ったままの手に目を落とし、顔を上げて笑顔で頷いてみせる。

 

「そうだね、休憩は大歓迎。盾と剣を洗わないと。錆びちゃうしね」

 

 

 沼からさらに歩くと、そこそこ水量のある川べりにたどり着いた。

 けっこう向こう岸まで距離がある。

 濡れて寒そうなアイラをモグゾーがちらちらと気にしているのを見て、マナトは頷いた。

 

「ちょっと離れたところで火を焚こう。アイラはそこで荷物番。泥ゴブリンに気が付かれないような場所をユメとハルヒロで偵察がてら探して。俺達は薪を集めよう」

 

 大きな木に阻まれて隠れるのにも焚火をするにもちょうどいい場所をユメが見つけたので、アイラと荷物を残し六人で川沿いを歩いてしばらくして、泥ゴブリンが水を啜っているのを見つけた。

 ハルヒロは汗ばむ掌で短剣をぎゅっとにぎり、ゆっくり息を吐く。

 アイラ一人でやれたんだから、何とかなる。はずだ。

 

 そして六人は、穴の開いた銀貨を一枚と、さっきのより幾分か大きな牙を手に入れた。

 

 ***

 

「無事終わってオメデトー。ゴクローサマ・・・・・・で、なんでランタ君濡れてるの?」

 

 焚火の前で三角座りして待っていたアイラがきょとんと首を傾げる。

 鎧についた泥はだいたい落ちているが、泥のとれた頬から首筋にかけて、痛々しい傷があるのに気が付き膝を落としたマナトが祝詞を唱え始めると、小さく肩をすくめてゴメンと言った。

 たぶん、沼で泥ゴブリンともみ合った時についたものだろう。

 泥のせいで気が付かなかった。

 

「アイちゃん聞いてえな。ランタのアホがまたユメの事、貧乳貧乳ってやかましいくてな」

 

 と弓で脅して川へダイブさせたことを聞くと、アイラはランタとモグゾーとハルヒロと、最後にシホルを見て、ふと息をはいた。

 縋りついているユメの頭を撫でながらゆっくり首を振り、ランタを憐みの眼差しを上から下までじっくりとみつめ、もう一度首を振る。

 

「・・・・・・自分のコンプレックスを人に転嫁してんだねぇ・・・か・わ・い・そ」

 

 言外に『ランタ君はかわいそうなんだね』というニュアンスを深く詰め込んだ一言に、ランタが胸を押さえてよろめく。

 ハルヒロでも、ちょっとやだなと思うくらいの意味深な言い方だ。

 

「そ、そそんなわけねえだろ!オ、オレのオレはオレのようにビッグだ!」

 

「ランタのランタ?」

 

 心に致命傷を負って割と死にそうなランタのか細い声に全然わかってなさそうなユメがポカンとした顔をし、一瞬後にアイラが黙り、ちょっと身を引こうとしてマナトに左手で掴まれる。

 おれのときより時間がかかってるなとハルヒロは思った。 

 

「動かない。まだ治りきってない」

 

「あ、はい・・・・・・・あのさ、私が言おうとしたのっぃてッ!」

 

「あ、ごめん。だから、動かない」

 

 うっかり俯きかけてマナトの手が傷に当たり顰めた顔が、微妙に赤い。

 

「ごめん、あの、一応、訂正する。私は身長の話のつもり・・・・・・だったんだけど、なんか、ごめんね?ほら、まだ大きくなるかもしれないし?気にしてたんだね。本当にごめんね?気にしない人もいるってたぶん」

 

 謝りつつ傷に赤チンの代わりにタバスコを振りかけるような所業にハルヒロはそっと後ろへ下がる。

 ていうか、赤チン?タバスコってなんだっけ。

 

「謝ってんじゃねえよクソが・・・・・・どっちにしろ余計傷つくだろーが」

 

「なあ、ランタがちっさいってこと以外で、なんかあるん?」

 

「ユメちゃん、それ以上はやめよう」 

 

 アイラの恥ずかしさで消え入りそうな声に、モグゾーの後ろにいたシホルが噴き出していた。

 

 


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