灰と幻想のグリムガル 聖騎士、追加しました   作:2222

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注:原作3巻ネタバレ要素あり


 
 
 
 
 
 
 
 
 
 


屍頭監視砦攻略記
***、GoGo義勇兵


 

 何か、幸せな夢をみた気がした。

 

 まるでいいことが、起きそうな

 

 そんなはずはないのに。

 だって、いつも嫌な予感は当たるのに、良い予感は当たったためしがない。

 

「―――ヒロくん、ハルヒロくん、そろそろ起きないと、時間だよ」

 

 モグゾーの遠慮がちな声にハルヒロは重い瞼をこじ開ける。

 外は暗い、そうだ、深夜だ。

 

「ごめん、モグゾーありがと」

 

 欠伸交じりに起こしてくれた礼を言うと、モグゾーは少し微笑んだ。

 ランタはまだ寝ているから、二人で起こさないといけない。

 

 義勇兵たちに下された兵団指令、デッドヘッド監視砦攻略。

 その情報を持ってきたのは、例のごとくいつもやかましいランタだった。

 

 当初ハルヒロは参加しようとは思わなかった。

 仲間を失って、メリイを仲間にし、それからサイリン鉱山に通いはじめ、メリイの昔の仲間たちの亡骸を弔い、デッドスポットを討伐し・・・ややゆったりとした日々を過ごしていた時に訪れた転機ではあった。

 あまり季節が変わりばえしないといわれているオルタナでも、やっぱり何回かは雪が降ったし、隙間風だらけの古びた義勇兵宿舎で過ごす夜は寒かった。

 

 冬枯れていた木に花が咲き、それから散っていく日々をサイリン鉱山で過ごすのに、もしかして少し飽きていたのかもしれない。

 

 なんやかんやあり、消極的だったシホルとユメを何とか説き伏せ、参加することになったハルヒロ達は、まだ暗い空の下、オルタナ北門前に集まった。

 

 まず気が付いたのは、人数の多さだった。

 こんなに人がいたのかと思うようなまさに黒山の人だかり。

 

 少し冷静に周囲に視線を向けるとまず目についたのは、デッドヘッド監視砦攻略討伐隊、辺境軍准将レン・ウォーター率いるオルタナ辺境軍の本隊。

 内訳は、聖騎士、戦士、狩人、神官などで総勢700人以上。

 装備もそれなりにそろってるし、統率がとれている。

 何しろ軍隊だし、装備も統一しているから一目瞭然だ。

 

 それから別動隊として参加する義勇兵199人、こっちはてんでバラバラに集まってるし、うるさい。

 別動隊を指揮するのは義勇兵団レッドムーン事務所の所長兼ホストのブリトニー、それに加えて見送りやら野次馬、物売りがいるのでちょっとしたお祭り騒ぎだ。

 

 ハルヒロ達は整然と並んでいる辺境軍を横目にパーティごとに固まっている義勇兵のいる方に行った。

 

「腹が減っては戦はできない。焼き立てのパンにあつあつのソーセージがあるよ!」

 

「ミルクはいらんかねぇ~搾りたて新鮮だよ!」

 

 早すぎる朝食なのか、物売りから食べ物や飲み物を買っている者もいる。

 ハルヒロたちは昨日のうちに今朝用の食事を購入していたから用はない。

 

「パン一つください」

 

 目の前で、義勇兵が大きなパンを買っていくのを見て、思わず行方を目で追っていると、こちらに背を向けている義勇兵と合流した。

 兜をかぶっているから表情はわからない。だけど、半分に千切って、当然のように分け与えるその仕草。

 

 一瞬の既視感。

 

 どういうわけか、胸がざわついてハルヒロはそっと視線を逸らし、自分の仲間を振り返った。

 ランタはいつも通りやかましいが、シホルもユメも周囲に気圧されている。

 メリイは一瞬ハルヒロに微笑みかけ、モグゾーを見上げた。

 ハルヒロもつられてモグゾーを見ると、呼吸が荒いし兜を脱いだり被ったりしている、緊張しすぎてる。

 ハルヒロは近寄って、モグゾーの大きな背中をおもいっきり叩いた。

 

「モグゾー!」

 

 変な声を上げて、モグゾーの背中がまっすぐになる。

 小さな目が大きく見開かれて、心底驚いた様子だ。

 

「緊張してる?」

 

「ああ、うん・・・」

 

 しどろもどろで応えるモグゾーが安心できるように色々話しかけているうちに、強張った顔をしていたシホルとユメの表情も少し和らぐ。

 メリイが深呼吸するように勧め、言われた通りにしたモグゾーは落ち着きを取り戻したようにみえた。

 ハルヒロは改めて思った。

 何しろ、モグゾーはこのパーティの核で、最大戦力で、モグゾーがしゃんとしてればみんななんとなく安心する。

 そういう風になってきた。

 モグゾーがパーティの中心で、ハルヒロはモグゾーが最大限力を発揮できるように、そのサポートをすればいい。

 

 ハルヒロは、安堵した様子のーティを観察し、心の中で頷く。

 

 

 ***

 

 やがて呼び集められた義勇兵たちは、オルタナ義勇兵レッドムーン所長、ブリトニーの周囲に集まって説明を受けていた。

 

 今日のブリちゃんは、いつもにも増して不気味だった。

 なにやら気合が入ってるのか、何やらてらてらとしていて得体の知れない気迫に満ちている。

 

 真っ黒の口紅が塗られた唇を舐め、義勇兵の群れを一望する。

 一瞬、目が合い笑いかけられたような気がして、ハルヒロの背中が冷たくなった。

 

 きっと気のせいだ。

 

 今日のブリちゃんはよくみれば化粧が濃いし、おまけにいつもの怪しげな服装じゃなく鎧を着ていた。

 六芒が刻まれている所を見ると、聖騎士だということに気がついて、少し驚く。

 その背後には、見慣れない義勇兵の男女が立っていた。

 いや、片方はさっきパンを買っていた義勇兵だ。

 ブリちゃんをみているように見せつつ、ハルヒロはその背後に視線を向ける。

 

 二人とも同じような白いコート、女の方は犬面の兜、男の方も狼を模した仮面みたいなのをつけていて顔はわからない。

 ハルヒロは素直に二人の格好にドン引きした。

 変だ・・・・・・。

 とはいえ、男の方は割と軽装だし、端が補強された長い棒を持っているから神官だろう。

 女は細い剣を二本ほど背負い六芒星の入った盾を持っているし、聖騎士か。

 

 聖騎士・・・・・・。

 

 ハルヒロも義勇兵の群れを見回した。

  

 隅っこのハルヒロ達の一番近くにいるのは、ハルヒロ達の後輩で、最近義勇兵になった新兵たちだ。

 同じ義勇兵舎に住んでいるし、一応話したことはある。

 もしかしたらグリムガルに来る前からのハルヒロの知り合い・・・のチョコとその仲間の爽やか君率いるパーティ。

 

 それから、中心近くにいるレンジパーティは相変わらず強そう凄そうで、威圧感が半端ないレンジ、坊主頭が凶暴そうなロン、色気満点でアダルトなサッサに黒縁眼鏡でめちゃくちゃ頭がよさそうなアダチ、ちんまりしているのに、あのパーティにいるというだけで得体のしれない大物にみえるチビちゃん・・・・・・五人しかいない。

 周囲を見渡しても、見知った姿はない。

 レンジ達が五人パーティに戻ったという話は、ハルヒロ達も聞いていたが・・・・。

 

 薄々予想はしていたけど、少し気落ちする。

 

 それから、クラン・荒野の天使隊へにらまれない程度に目をやる。

 

 長身で超美人のカジコを筆頭に白い羽ストールを身に着け、白い羽飾りをつけた女性だけのパーティ。

 女性だけのクランなので、前衛も当然女の人だ。

 戦士も、聖騎士もいるけど・・・・・・。

 

 ・・・・・・やっぱりいない。

 

 他にも目を奪われるような義勇兵はいたが、目当ての顔はないことにハルヒロは妙な安堵感と失望感を味わった。

 もしかしたら、リバーサイド鉄鋼要塞攻略の方に加わっているのかも知れないけど。

 ハルヒロは視線を前に戻し、ブリちゃんの説明に耳を傾ける。

 

 

「―――まあ、ざっとこんな感じよ。いいわね?」

 

 ブリちゃんの説明にそれぞれ頷き、ハルヒロは軽く今までの説明を頭の中で羅列してみた。

 

 ・作戦は、夜明けと同時に決行。

 ・リバーサイド鉄骨要塞も同時に襲撃されるから、砦で狼煙が上がっても動揺しなくていい。

 ・デッドヘッド監視砦攻略対は別動隊の義勇兵は二手に分かれて牽制と陽動を行い、敵が防衛力を正門から割いたところを本隊の辺境軍が正面突破。

 ・基本的には、砦の突入と敵の掃討は本隊がやるはず。

 ・義勇兵は東はブリちゃん率いる緑嵐隊、西はカジコ率いる荒鷲隊でいく。

 ・義勇兵は、監視砦周辺のオークのキャンプをまず手あたり次第潰す。

 ・義勇兵がデッド・ヘッド監視砦に入るためには、門がないので梯子をかけて登らなくてはいけない。

 ・ハルヒロ達は緑嵐隊、梯子係はハルヒロ達とチョコ達、つまり爽やか君パーティ。

 ・梯子をかける先は監視砦の防壁。入ったら後は外階段で砦屋上まで上り、内部を下る。

 ・防壁にはたぶん200くらいのオークがいて、矢を射るから盾を背負う事。

 ・キャンプにいるオークは氏族がバラバラで結束は強くない。 

 ・砦の中にいるのは大半がゼッシュという氏族で、髪を黒く染めて赤い刺青が顔にあり剣と盾、それと矢を使う。

 ・砦には北西、南西、北東に監視塔があって、親玉の砦守は監視塔のどれかにいるという予想だ。 

 ・砦守はゾラン・ゼッシュ。双剣使い、側近オークは20人ぐらいで相当強い。

  ・オークの呪術師もいて、鎧とかつけてないけど念力や蟲を使うらしい。厄介だから先に片づけること。中でもすごい呪術師、義勇兵殺しのアバエルに注意。

 

「それで、なんか質問は?」

 

 くねくねと不気味な動きをするブリちゃんに、ランタがつーかよお、と声を上げた。

 

「後ろのは何なんだよ」

 

 ブリちゃんが怪しい光を湛えた水色の瞳を細める。

 ランタが指さしたのは、ブリちゃんの後ろに立っている怪しい二人組の事だ。

 他の義勇兵たちも気にはしていたようで、何人かが頷き顔を顰めてる連中もいる。

 二人は気にした様子もないが。

 

「アタシのペットの可愛い子犬ちゃんよ」

 

 そういってにたりと笑うと場が凍りつき、完全に外したことを知ったブリちゃんがつまらなそうな顔になった。

 

「ジョークよジョーク。ただの伝令よ。こいつらがなんか言ったら、アタシからの指令だと思いなさい」

 

「なんだよ・・・ただのパシリかよ・・・」

 

 ほっとした声でランタがぼやくと、ブリちゃんは、んふふふと不気味に笑った。

 

「一応アタシの部下だから。賞金稼ぎでもあるし、いまさら前金持って逃げたらこいつらに追いかけられるってこと、よーく覚えておきなさい。速いわよ」

 

「げっ」

 

 嫌そうなランタをよそにハルヒロは目を細めた。

 そういうことも、あり得るのか。

 

「ブリトニー、伝令が必要な事態が起こるかもしれないって事?」

 

 尋ねたのはカジコだ。

 鋭い目付きをものともせず、ブリちゃんが唇を舐める。

 

「いいこと?ぶっちゃけ砦守も名の知れた呪術師も、別動隊のアタシ達には無関係でしょうね。それ以外は数が多いだけの並みのオークよ。難しい戦いじゃないわ。経験値低めな子にとってもね」

 

 最後のは、ハルヒロ達に言ったらしい。

 安心はできないにしろ、6キロ先まで梯子を持っていく方が大変そうだという気持ちに少しなる。

 

「とはいえ!」

 

 ブリちゃんが声を急に張り上げたので、一瞬びくっとなった。

 

「相手は不死王無き今、不死族を押さえ辺境最大勢力を誇るのがオークよ。油断したらあっさり死ぬわ。誰であろうと、ね」

 

 そういってにたっと笑うと、沈黙していたカジコが鼻で笑った。

 

「つまり、アンタの保険ってことでしょ。案外臆病ね」

 

 ブリちゃんは否定も肯定もしない。

 表情を笑みの形にしたまま、義勇兵たちを見渡し頷く。

 

「ま、そういう事なんで、気合入れてきましょうか。子猫ちゃんたち」

 

 

 ***

 

 そうしてハルヒロたちは出発した。

 梯子係以外の義勇兵が先行してオークを蹴散らしていく。

 ハルヒロたちもなんとかチョコ達のパーティを庇いつつ、キャンプ場のオークを倒して防壁の外側に辿り着いた。

 梯子を運ぶのは骨が折れたが、メリイが覚えたての光の護法をかけてくれたので、予想よりも疲労感がかなり少なかった。

 

 これがあるかないかでパーティの生命にかかわると、気に病む理由がわかるぐらいに。

 

 他の義勇兵たちに急かされながら用意されてた盾を背中に背負い、防壁の上から矢の雨が降り注ぐ中、梯子をかける。

 ほぼ一方的に矢を射かけられるだけだった義勇兵たちの士気が高まり、雄叫びが鳴り響き体の底が震えた。

 

「オラッ一番乗りだ!行くぞっ!」

 

 一応知り合いであるロンが叫びに、ハルヒロは一瞬ギクッとした。

 ブリちゃんの制止を無視し、真っ先に砦へ乗り込んでいくのはレンジ達のパーティ。

 

 その直後、人間ではない声が鳴り響いた。恐ろしいほどの怒号。

 ここではない、本体の正門か、荒鷲隊の西側か。

 

 嫌な予感を覚えたハルヒロがブリちゃんを見ると、伝令の男が正門の方へ走っていくところだった。

 気がつけば、女の方もいない。さっきまでいたはずなのに、

 

 確かに、早い。

 ハルヒロは呆気に取られていたが、今はそれどころじゃないと気を引き締める。

 次々に義勇兵たちが梯子を上っていくものの、異様な轟きと降りやまない矢の雨に動揺する残っている義勇兵たちを鼓舞するようにブリちゃんが声を張り上げる。

 

「まずは東側防壁を制圧するわよ・・・・・・!」

 

 ブリちゃんが剣の先で防壁の上を指し示す。

 梯子は四台設置あるし、今のところハルヒロのパーティもチョコたちのパーティも無事だ。

 

 レンジ達の気迫に勢いづいた義勇兵たちは、屋の雨に一時怯んだものの、ブリちゃんの士気に従って次々に上っていく。

 そうこうしているうちに、防壁の上のオークたちは次々に倒されていくのか、矢の雨が収まりつつあることにハルヒロは気が付いた。

 すっかりほかの義勇兵たちが梯子を上り終わっていることに焦ったランタに急かされて、最後の方になっていたハルヒロ達も梯子を上ると、味方が優勢になっていた。

 周囲を見渡すと、レンジ達は下に降りる階段がみえるところまで、オークを押し込んでいる。

 

「いっけえ!」

 

 ランタが叫び、それが呼び水になったわけでもないだろうがとうとうレンジ達がオーク達の防御を打ち破って、階段に辿り着く。

 攻め込まれたくないオーク達は肉の壁でもって義勇兵たちを押し戻そうとするが、最前線で競り合うレンジ達も負けてはいない。

 レンジとロンが目の前のオークたちを力いっぱい押しやっていく。

 そしてとうとうロンの怒号に合わせて、義勇兵たちが階段に詰めていたオ―クの群れを押していく。

 ひたすら競り合い、思わずこぶしを握る鍔迫り合いの中

 

 とうとう、オークが崩れた。

 

 あとは将棋倒しだ。

 階段から落下したオークたちの中を同期の義勇兵のレンジとロンが立っていて、ハルヒロは安堵すると同時に誇りに思った。

 だが、まだ始まったばかりだ。

 

 同じように梯子を上ったブリちゃんが周囲を見渡し、レンジ達最先頭に向けてよく響く声で叫んだ。

 

「あまり突っ込み過ぎないで、本隊が正面を破ってないわ!」

 

 ブリちゃんの声と同時に、防壁よりも高い位置にある監視塔から矢が飛んでくる。

 ブリちゃんはそれを見もせずに剣で叩き落し、仁王立ちしたままだ。

 

 強い・・・・・・。

 

 ていうか、そんなこと考えてる場合じゃない。矢はまだ飛んでくる。

 オークを追って走っていく義勇兵と、ためらっている義勇兵の二手に分かれてしまった。

 

「ここにいたらまずい。階段を下りた方が安全だ!」

 

 ハルヒロが狼狽えているチョコ達にも聞こえるように声を上げると、いつものようにランタが舌打ちした。

 

「わざわざ言わなくてもわかるつーのこのボケッ」

 

 イラッとしたがハルヒロは我慢する。修行だ。

 オークたちが監視塔から射かけてくる矢はかなり精度が高い。

 階段を下りている最中の義勇兵が狙われていた。

 刺さったまま走るもの、倒れ込むもの、慌てて防壁の陰に走るもの。

 

 ふと気がつくと、ハルヒロ以外、ほとんどがすでに盾を捨てていたので、オークの盾を拾い上げてそれを利用するようにみんなに言う。

 それを見たほかの義勇兵たちも盾を拾い上げていたので、矢の被害は格段に減り、無事に下まで降りることが出来た。

 

 とはいえ―――

 

 階段の途中で足止めを食い、ハルヒロ達は下を眺め渡した。

 勢い込んできたのはいいものの、前方には義勇兵がみっちりとつまり、前に進めない。

 何しろ、オークは押されているとはいえ、まだ数が多い。

 最前列はオークと戦い続けているが、戻ることもできずに後ろが詰まっていく一方だ。

 レンジ達は砦に入るための外階段の間近まで来ていたが、砦の中からどんどんオークが出てきて前に進めないでいる。

 

「――所長!」

 

 一瞬、どこか聞き覚えのあるような声が真上から降ってきて、ハルヒロはとっさに振り返った。

 背後にいたシホルも、一瞬不思議そうな表情をしているのが見えた。

 伝令の男がいつの間にか戻ってきて、ブリちゃんに耳打ちしている。

 

 なにか、あったのか。ハルヒロが緊張して耳をそば立てるが、何も聞こえなかった。

 

 ブリちゃんは少し目を細め頷き、レンジ達を見下ろす。

 ハルヒロも同じようにもう一度下を見た。北側から、オークの一群が駆け寄ってくる!

 

 裏門がある北側は義勇兵が攻めていない。正規兵はすべて正門にいる。

 ようするに北門の防御に当たっているオークが、こっちに救援にやってきたということか。

 このままじゃ――

 

「レンジ達が挟み撃ちにされる!」

 

 焦燥感に駆られた思わずハルヒロが叫ぶ。

 

「手が空いてるものは、反対側の敵を防いで!打ち合ってれば西側の味方が来るわ!」

 

 ブリちゃんの指示にいくつかのパーティが迎撃に向かおうとしたが、防壁の階段から砦の外階段まで義勇兵がひしめいているから、移動もままならない。

 

「レンジ!援護、行くわよ!」

 

 ハルヒロが顔を顰め移動手段を考えていると、ブリちゃんの声と同時に階段から白い影が飛び降り、オークを打ち倒し始める。

 伝令の男だ。多分神官のはずなのに。

 ブリちゃんの位置からだと結構高さがあるはずだが、思い切りがいい。

 ほとんど間髪入れずに爽やか君たちも飛び降り、思わず瞠目する。

 

 気分が高揚しているのか、・・・きみたち、新兵なんだから少し考えろよ。

 

 北側からやってくるオークは20ぐらい。

 向う見ずにもほどがあるよな、とハルヒロは思った。

 

「オレ達はいいのかよ」

 

 ランタに肩を小突かれ、二秒ほど考えてハルヒロ達も階段から飛び降りた。

 すでに迎撃が始まっていたが、オークたちも強い。義勇兵も担任か倒れている。

 

 死んだのかと、一瞬ヒヤリとしたが、伝令の男が、倒れている義勇兵を蹴りを入れて叩き起こしたり、パーティの神官が治すための時間稼ぎをしてる。

 

 援護に徹する気なのか。

 とはいえ、伝令の男が長い棒を振り回すとそれだけでオークがなぎ倒されるさまは心強い。

 

 けどハルヒロ達だって、負けてない。

 チョコパーティに襲い掛かる三人のオークをシホルの魔法が混乱させ、隙を作りランタが≪憤慨突≫で仕留める。

 のっぽ君を壁際に追い詰め、こちらに背を向けていたオークはハルヒロが羽交い絞めにして兜と鎧の隙間に短剣を滑り込ませ喉を刺し貫く。

 首を押さえよろめくオークをのっぽ君がロングソードを上段から何度も叩き付けて倒した。

 礼を言う彼を無視し、ハルヒロはチョコに襲い掛かるオークに立ち向かう。

 こっちはやや手ごわい。

 ≪蠅叩≫で凌ぎ、苦戦していたところをモグゾーがたった一撃で仕留めた。

 モグゾーすげえ。心の中でハルヒロは歓声を上げ、跳びかかってきたオークからよそ見していたチョコを守る。

 流れでチョコを押し倒してしまったが、お礼を言われて、少し言葉を交わした。

 

 本当は、もっと話したかった。

 だけど、今はそんな場合じゃない。

 あとで――――あとでゆっくりはなそう。

 

 ランタが≪排出系≫を駆使しオークを引きつけ、ユメが切りつけ、シホルが遠くの敵を魔法で牽制、メリイは周囲を油断なく見張っている。

 いい感じじゃないか、と思った。

 

 しかし気が緩んだのか、息を吐いてさらに周囲を見渡すと状況は一変している。

 ハルヒロは息をのみ、把握しようとする。

 

 オークに迫られたランタは鍔競りになると力負けした。

 ≪赫怒払≫を使うが、背後にスペースがないから距離を取れない。

 助けが必要だ。  

 頼みの綱のモグゾーが二対一になってる。ユメはそれを援護し、一匹引き受けようとしてるが、それは難しいだろう。

 メリイも錫杖でオークとやりあい、シホルを守ってる。

 

 いっぱいいっぱいだ、でも、テンパるな他の義勇兵もいる。冷静さを保つんだ。とにかくメリイとシホルをそれから、チョコ。

 

 落ち着け、とハルヒロは自分に言い聞かせた。

 チョコ達は何とか凌いでるし、ブリちゃんは防壁の上からこちらを見てる、いや・・・いま、どこを見た?

 

 ハルヒロは同じ方向に首を向ける。何か聞こえたのは、足音?

 

「キエェェェェェェエエェェェェッ!」

 

 甲高い、空をつんざく声が響き渡ると同時に、一際大柄なオークがカジコの隣を走っていた白いコートの女に跳び蹴りを食らって吹っ飛んだ。

 間髪入れずにカジコが近くのオークを一撃で切り倒す。

 

 一斉に歓声が上がった。

 

 オークに跳び蹴りって。

 ハルヒロはあっけにとられ、頭を振って気を取り直す。

 

「来たわ荒鷲隊よ!愛してるわカジコ!」

 

 ブリちゃんの歓声と荒鷲隊の気迫にオークも動揺している。

 伝令の女の方、姿が見えないとおもったら、荒鷲隊に同行してたのか。

 

「スゲー蹴りだな」

 

 ランタの呆気にとられた声に頷きかけ、ハルヒロは肩を叩く。

 

「おれたちも、やるぞ」 

 

「ったりめーだ」

 

 

 返り血で白いストールが汚れている荒鷲隊が参加してからは、早かった。 

 最前列はまだ戦っているが、少し余裕がある。

 義勇兵たちはとりあえずその場にとどまりオークの亡骸の中から、生きてる義勇兵が引っ張り上げられている。

 

 そんな中、ブリちゃんは相変わらず防壁の上で降りてくる様子はない。

 カジコが見上げ眼を細める。

 

「ブリトニー!正門は!?」

 

 叩き付けるような声にも動じず、ブリちゃんが首を振る。

 

「やられたわ。決死隊に掻き回されてる。まだ来ないわ。つまり、塔の中にいるのはアタシ達だけってことよ」

 

 ハルヒロはぎくっとした。

 だがカジコが間髪入れず叫ぶ。

 

「だったら、私たちで陥とししまえばいい!」

 

 両手を広げたカジコが周囲の義勇兵を見渡す。

 長身で超美人のカジコが声を上げるだけで、思わず目を引かれる。

 

 これが、クランのリーダーなんだろう。

 

「聞きなさい、義勇兵たち!辺境軍は砦守ゾラン・ゼッシュに金貨百枚!呪術師アバエルに金貨50枚の賞金をかけてる!」

 

「ひゃく・・・!」「100だと?」「50でも十分・・・!」「すげえ」「マジか」

 

 ランタや、他の義勇兵がざわつきはじめ、どよめいている所に再び監視塔から矢が降ってきた。

 何人か怪我して手当てをされるが、どよめきが収まらない。

 

 みんな目の色が変わってる。

 

 ハルヒロは、うなじがわざわざするのを感じた。

 

「俺らが一番乗りだ――!」

 

 カジコ達が話している間もオークと戦っていたレンジ達が砦の外階段の守りを突破し、ロンの雄叫びが響き渡ると、一斉に義勇兵たちが叫び走り出した。

 興奮状態に、カジコの言葉が油を注いでしまったのか。

 

 熱狂の中、ヤバいと思って抜け出そうにも、ハルヒロ達も流れを逆らうことが出来ず、外階段へ押し流される。

 みんなが近くにいるのを確認するので精いっぱいだ。

 

「アタシは正門の方へ回るわ。カジコ頼むわよ!」

 

「ブリトニー、あんたが帰ってくるころには終ってる・・・!」

 

「もうっ・・・!煽るんじゃなくて、抑えをきかせなさいよ!!」

 

 ハルヒロが首を回すと、伝令二人は人に流されず、要領よく壁際にいる。

 ブリちゃんにひとりが手を振ってるのがみえて余裕かよと思い、ハルヒロはちょっとイラっとした。

 

 賞金に目の色を変えた義勇兵が雪崩を打って奥へと殺到する。

 その流されるまま、ハルヒロ達も矢を射られながら砦の屋上に辿り着き、内部の階段を下りて砦の一階へたどり着く。

 あまり時間は立っていなかったはずだが、すでにそこでの戦闘も終わっていた。

 

 ハルヒロたちがたどり着くまでに相当激しい戦いがあったのか、義勇兵もオークも倒れてる。治療中の義勇兵も大勢いる。

 

 見渡したそこはおそろしく、広い。ホールぶち抜きなのか。

 200人近い義勇兵を入れても余りある広さだ。

 見渡せば四方の隅に階段がある。

 

 三つがそれぞれの監視塔に通じているはずだ。

 

 ひとつは、自分たちが下りてきた、屋上へ通じる階段。 

 四方の壁の扉も開け放たれている所を見ると、捜索済みなのか。

 

 カジコ達、≪荒野の天使隊≫は北西の監視塔へ走っていった。

 チーム・レンジは南西、それを見た多くの義勇兵は対抗するのを恐れて北東へ向かう。

 

「どうする!?」

 

 ランタが兜のバイザーを上げて三つの階段を見る。

 

「カジコもレンジも競り合っても勝てそうもねーし、オレらも北東か?」

 

「いや――」

 

 どうするか、ハルヒロはほとんど直感で決めていた。

 口を開きかけて、軽い足音に思わず首を傾ける。

 

 視界に入ったのは、すっかり人けのなくなった階段を下りてくる伝令の二人。

 

 周囲を見渡し、顔を見合わせ軽く頷き、手当もされないまま動かない義勇兵に近寄るのを見た。

 しゃがみ込んで、何事か話しかけてる。

 

「レンジたちと一緒に行こう」

 

 ハルヒロの言葉にランタが鼻を鳴らす。

 

「バッカ、お前、あいつらと一緒に行ったら万が一でも大将首獲れる可能性無くなるぞ」

 

 かといって、南西の塔はカジコ達が攻略するつもりだろうからおなじようなもんだ。

 北東の塔に向かった義勇兵たちもそう思って行ったはずだ。

 

「どうせなあ、ユメ達にはとれっこないやんかあ」

 

「アホ!もっと志を高くもて!」

 

 ユメの言葉に罵声を浴びせるランタ。

 それを見たシホルがふっ、と笑う。

 

「・・・レンジくんたちと一緒だと万が一でもないっていう人に、そんなこと言う資格ないと思うけど・・・・・・」

 

 シホルの言葉に、ランタが目をぱちくりとさせて、ニヤッと笑った。

 

「それもそーだな。おっしゃーかすめとるか!」

 

「ははは」

 

 ランタの手のひら返しにモグゾーが苦笑いし、メリイは冷たい目をした。

 

「卑怯」

 

「上等!褒め言葉だぜ!」

 

 そういってランタは悪霊のゾディアックんを召喚し、いつもとおなじように冷たい対応を受けて打ちひしがれている。

 みんなは、理由を聞かなかった。

 ハルヒロは周囲を見渡す。

 チョコ達はどうしようか迷っているみたいだ。

 少し悩んでから口を開く。

 

「余計なお世話だけどさ、きみらは無理しない方がいいよ」

 

 そう呼び掛ける。

 チョコ達がハルヒロの助言を聞くかはわからない。

 ただ何故か、倒れている義勇兵の手当てをしていた伝令の二人が、こっちを見た気がした。

 動こうとしないパーティは他にもいるし、伝令二人もどうやらそのまま1階に留まる気なのか、それぞれ倒れている義勇兵を壁際に引きずっていくのが見えた。

 

 引っ張られている義勇兵の腕が、微かに動いている。

 息を吹き返したのか、重症なのを見捨てられてたのか・・・・・・それはわからないが、二人は少なくとも義勇兵を助けようとしてる。

 

 本当に賞金稼ぎなのか、いまいち判断に苦しむがまあいい。

 そういう義勇兵がいてもいいと、ハルヒロはおもう。

 

 マナトがいたら、なんていうだろう。

 久しぶりに、そんなことを思った。

 きっと、ハルヒロはどうしたい?って聞いてくれるだろう。答えはもう出てる。

 

 おれは―――

 

 6人はチーム・レンジの後を追い南西角の監視塔を上り始めた

 ぐるぐると回る螺旋階段に息を切らしながら登って行く途中、他の義勇兵の姿が全然ないことにハルヒロは気がついた。

 やっと見つけたほかのパーティは、踊り場のところで上がりきろうとせずに様子を見守っている。

 

「なんでこんなところに」

 

 尋ねるハルヒロに年配の義勇兵が顔をしかめる。

 

「あんな中にか?」

 

 押しのけて見えた風景に思わず息をのむ。

 その場にいるオークは10人以上、それをチームレンジだけで対応している。

 レンジとロンが中央で奮戦しているが、神官のチビちゃん盗賊のサッサ、魔法使いのアダチがオークたちに追い詰められている。

 

 前衛だけじゃない、後衛の三人も血だらけだ。

 

 他の義勇兵は、ハルヒロ達と、ここで怯んでるパーティだけ。

 嫌な予想が当たった。

 ハルヒロは冷静に考え、口を開く。

 

「レンジ達を助けよう」

 

 モグゾーもメリイもシホルもユメも、ランタも頷いた。

 

「まったく世話の焼ける連中だぜ」

 

「それレンジ本人に言えよランタ」

 

「無理に決まってんだろボケヒロ」

 

 じゃあいうなよバカンタ。といういつもの応酬をして、ハルヒロは頬を掻く。

 大丈夫だ。落ち着け。

 

「モグゾー、右端にチビちゃんたちがいる。おれとランタも行くから、まずそっちを。あと三人は状況を見ながら頼む」

 

 シホルが杖を握って頷く。

 

 シホルは視野が広い。的確な魔法の援護があるのは、心強かった。

 ユメは身が軽いから臨機応変に対応できるし、神官のメリイはいるだけで頼もしい。

 

 モグゾーが兜の位置を直し、頷く。

 

「いけるよ。ハルヒロくん」

 

 モグゾーはすごい、多分パーティの中でも一番成長してる。

 でもランタもスキルの使い方が独特だし、むかつくぐらいしぶとい。

 

 おれたちは、強くなってる。

 

 むかしいた仲間に、おれたち、いいパーティになってきたよって、いいたい。

 そしたら、なんて言ってくれるかな。

 また笑って話したいって、ずっと思ってるんだけど。

 

「行こう!」

 

 一番身の軽いハルヒロが飛び出し、無防備なオークへ≪背面打突≫、首と背中の間にするりと決まったそれに同じ盗賊のサッサが唖然としているのが見えて、少し誇らしい。

 チビちゃんを襲おうとしていたオークはモグゾーの一撃で吹っ飛び、ランタもオークを引きつけて場を離れる。

 

 オークの包囲が崩れた。

 

 我に返ったサッサもオークを引きつけ相手取る。

 ≪蠅叩≫で攻撃をいなしている。

 ハルヒロよりも力はなくても、動きも軽やかにオークを翻弄している。

 今膝をけり上げて転倒させた。

 

「チビちゃんたちはっ大丈夫だから!」

 

 ハルヒロの声に、レンジが微かに笑うのが見えた。

 レンジが大剣を振るう。

 相手取っていたオークを踊るような動きでまとめて切り倒し・・・ロンも負けじとオークを切り殺せば、アダチが魔法で動きを鈍らせたオークをサッサが止めを刺す。

 シホル達も負けてはいない。

 影縫いで足止めしたオークをメリイとユメが連続で攻撃し、とどめの一撃はモグゾーのどうも斬り。

 

 あっというまに、動くオークはいなくなった。

 

「オレたちだけでやれたのによ」

 

 負け惜しみっぽく毒づくロンを横に、レンジがちらりとハルヒロを見る。

 

「助かった」

 

 ハルヒロは、嬉しさに顔を綻ばないように無理して顔を引き締め、肩を竦めて見せる。

 

 平静にみえるように。

 まあでも、内情をいろいろ喋られてたらそんな見栄も意味ないかもしれないけど。

 アイラにあんまり変なこと、言われてませんように、と小さく祈る。

 

「レンジには借りがあるからね」

 

「これでチャラだ」

 

 レンジがモグゾーに目をやり、本当につかえるんだな、お前、と、どうやら称賛らしい言葉を吐くと、モグゾーは本気で狼狽えていた。

 言い方にカチンとこなかったわけじゃないが、むしろ引っ掛かりを覚える。

 本当に、って?

 

 ハルヒロが問い返そうか悩んでいると、急にバタバタと階段を昇ってくる騒々しい物音が聞こえ、一斉にその場の全員が武器を構えた。

 

「なんだ?」

 

 ランタが胡散臭そうな声を出し、バイザーを上げる。

 

「あれ?」

 

 姿を現したのは、チョコ達のパーティの、のっぽ君だ。

 意外な姿に思わず言葉を失ってしげしげとみていると、のっぽ君がぜいぜいと肩で息をしながらハルヒロに近よってきた。

 本当に背が高いな。モグゾーよりも上背がある。とハルヒロが改めて思っているとのっぽくんがつばを飲み込む。

 けれどその顔は、汗だくで、顔に血がついたまま、青ざめている。

 

 ・・・なんだか、嫌な予感がした。

 

「あ、あのレンジさ・・・ハルヒロとレンジってひとに伝言ッスあの、」

 

 レンジは目を細めて何も言わない。

 心臓が嫌な音を立てるのを無理に落ち着かせて、ハルヒロは平静を装って頷いて見せる。

 

「ハルヒロは、おれだけど、なんて?ていうか、だれから?」

 

「伝令の女の人からッス」

 

 ハルヒロが思わず目を細め、のっぽ君を見上げる。

 のっぽ君は唾を飲み込んで目をぎゅっとつぶった。

 

「・・・・・・問題、150÷11と150÷5 アタマが残念な方が選ぶのはどっちだ」

 

 瞬きして、ハルヒロは黙る。

 何言ってんだこいつは、という顔をすると、のっぽ君が首をぶんぶんと横に振った。

 

「意味、分かんねえぞゴルアァ!くそボケが!」

 

 ロンの罵声にのっぽくんが必死な顔になる。

 

「そう言えって!歪曲していわないとすぐレンジさんだけ突出してみんなが迷惑するから、絶対ゾランが出たっていうなって言われたんで!・・・あっ」

 

 一斉にレンジに視線が集まった。

 気のせいか、遠回しにレンジが馬鹿にされてるような・・・・・・。

 レンジは一瞬獰猛な表情を浮かべ、歯を食いしばった。

 

「出たのか」

 

 レンジの低い声にのっぽ君ががくがくと頷く。

 レンジが舌打ちして階段を降りようとするのをアダチが呼び止める。

 

 でもまてよ。1階に砦守ゾランが出たってことは、・・・・・・。

 

 心臓がバクバクと高鳴り眩暈がしそうだった。今すぐ階段を駆け下りたいという気持ちを押さえて深呼吸する。

 そしてハルヒロはのっぽ君の顔をみつめた。

 

「きみの仲間は?」

 

「俺じゃ敵わないんで、動けない仲間守ってくれるっていわれたんすけど、代わりに伝言頼むって」

 

 まだ戦ってる。ハルヒロは震える手をぎゅっと握って冷静に考えようとする。

 そんな中、アダチが聞こえるように溜息をついた。

 

「レンジ、僕らは四つに分断されて、今、下を塞がれている。ゾラン・ゼッシュが賞金金貨00枚。加えて側近が20に呪術師で50枚。これで賞金150枚。さっきのこと、まだ覚えてる?

 おそらく、他の塔もそれなりに苦戦しているはずだ。援軍は見込めない。数の暴力ってわかるかな。それぐらいの知能はあるよね。一人で飛び出さないで、彼らと協力しろ言ったんだよ、彼女は」

 

 アダチが眼鏡の位置を直しながら皮肉っぽく言うと、シホルも眉間に皺を寄せ頷いた。

 

「つか、彼女って、誰だよ?」

 

 ランタの声にシホルとアダチが露骨に冷たい目をした。

 メリイとユメは、もしかしてという顔で目を合わせている。

 

「なんだよ!・・・・あ」

 

 やっと察したランタにモグゾーがちょっと頷き、ロンがマジかよとぼやき天井を仰いだ。

 

「もうちょっとどうにかならねえのかよ、あのクソ女。性格悪いの治ってねえな」

 

「おかげでみんな落ち着いたただろ」

 

 ランタに言い返し、ハルヒロは頬を擦った。

 アレで通じると思ったのか。

 そういう自分勝手なところは直した方がいいと思う。むしろ悪化してる気がする。

 アダチなら通じると思ったとか?いやどうだろ。無理だろ。何言ってんだよ。ほんと。

 

 サッサが溜息をつき、チビちゃんはレンジを見上げてる。

 

「・・・・・・ぁぃ」

  

 レンジと目が合ったので、上手く笑えてるかなと思いながらハルヒロが顔を向ける。

 

「おれたちといたころは、もうちょっと優しかったんだけど。そっちの影響だよね」

 

「・・・・・・最初からあの女はああだ」

 

 ハルヒロが冗談めかして言うと、レンジがふっと笑った。

 そして、アダチをみる。

 

「降りながら作戦を立てろ」

 

 サッサが頷いて階段に近寄る。

 顔を上げて、まっすぐ前を見てる顔は、本当に美人だ。

 メリイには、負けるけど。

 

「先に行って偵察する」

 

 ハルヒロ達は、言うまでもない。

 

「おれもいく。みんなは音がするから慎重に。メリイ、余裕があれば瞑想してて、シホルおれたちの戦い方、スキルとか、アダチに教えて。むこうは狩人も暗黒騎士もいないからさ」

 

 暗黒騎士も狩人もいないレンジパーティに説明するなら、周囲をよく見てるシホルが適任だ。

 モグゾーも頷き兜を被った。

 

「いたのね、彼女」

 

 メリイが唇を尖らせて少し不満そうに呟き、ユメがふにゃっと笑う。

 

「帰ったら、みんなで美味しいもの食べようなあ。仲直りしたいしなあ」

 

「そうだね。いろいろ話聞きたいし」

 

「ぼく、何か作るよ」

 

「賞金で肉買おうぜ肉パだ肉パ。酒も買い放題だぜ」

 

 今までどうしてたのとか、レンジ達の事とか。

 

 サッサの隣に立ち、慎重にハルヒロは階段を降り始めようとして、振り返る。

 もう一組は決まらないのか動く様子もない。

 

 それでもいいけどさ、本隊がくるまでそうしてられるとは限らないんだけど。

 

「おれたち行くけど、君はどうする?そっちのパーティとここに残る?」

 

 のっぽ君がぽかんとした顔でハルヒロを見て、慌てて頷いた。

 

「うぃっす。い、行きます。何すれば、いいっすか」

 

「・・・後衛の護衛頼む。聖騎士は、守るのが仕事だろ」

 

 神官が治癒している間、魔法使いは無防備だ。

 たとえ新兵でも、一人でも盾は多い方がいい。

 

 真後ろにレンジ、ユメとランタ、ロン、メリイとチビちゃん、最後にシホルとアダチが小声で話してる。 

 モグゾーがガチガチに強張った顔したのっぽ君の肩を軽く叩いて頷いてやると、のっぽ君があからさまにほっとした顔になった。

 

「そういやよお、・・・。お前、料理すげえ上手いってホントかよ?」

 

 ロンが尋ねる声が背後からする。

 モグゾーが兜の中でちょっと困った顔をしているのが、見なくてもわかった。

 

「バッカおめえ、モグゾーの料理はなあ」

 

「誰がバカだ!」

 

「すんませんしったあ!」

 

 エラソーなランタの声にロンが凄むと即座にランタは謝った。

 土下座したっぽい。恥ずかしい。

 

「オイ」

 

 レンジの低い声にロンとランタが即座に黙る。

 しばらく、階段を下りる音だけ響く。

 居た堪れない静寂。

 

「・・・・・・モグゾーのご飯はなあ、本当においしいとユメ思うんやあ」

 

 そんな空気を破るのは、ユメだ。

 

「あ、・・・・・あたしも、お店のと負けてないとおもう。本当に丁寧でおいしくて」

 

 しばらくの沈黙の後、控えめにシホル補足すると、ロンが喉の奥で唸っていた。

 ハルヒロは気持ちを切り替えて音がしないように階段を下りることに集中し、階段の踊り場まで来た。

 みんなはもう少し離れたところでそれぞれ待っている。

 

 ここから先は、サッサとハルヒロで様子を確認して、すぐ戻ることになる。

 目を合わせて頷き、動こうとしたときサッサが何か言いたげな顔をしていることに気がついた。

 

「どうかした?」

 

「・・・・・・さっきの料理の話、本当?」

 

 サッサが真面目な顔で尋ねてきたので、ハルヒロは思わず眉をよせた。

 

「モグゾーの料理の話?おれたちは、そう思ってるけど・・・なんで?」

 

 サッサは綺麗な顔を軽く顰める。

 

「だって、あのコ、料理そこそこ上手いくせにあのでかいのの方が控えめに言って8倍上手だっていってたから」

 

「あのコって、アイラ?・・・アイラが料理上手?よく焦がしたり生焼けにして落ち込んでたけど・・・?」

 

「本当?」

 

 一体、レンジ達にどんな話をしてたのか、本人にいろいろと聞かなきゃならないだろう。

 ハルヒロが意識せずに笑うと、サッサもちょっと目を見開き微笑んだ。

 

  

 ***

 

 

 剣戟の音と雄叫びやら悲鳴が響く1階に降り立つ。

 ワンホールぶち抜きの広さだからか、周囲にオークはいない。

 

 ざっと見渡せば、大半が東側に集まっている。

 ほかのも義勇兵と戦っているから、ハルヒロ達がすぐさま襲われる心配はなさそうだ。

 

 それから

 

 防壁に通じる南東角の階段と北東角の間に、一際オークが固まっているのが見える。

 アダチに言われていたものを確認し、蒼褪めたサッサが階段へ戻るのを機にハルヒロもみんなのところにもどった。

 

 早くいかないと。

 

 サッサの話にハルヒロが補足して説明すると、アダチは少しの間、目を瞑りやがて頷いた。

 話された言葉にシホルが首を振り据わった目で言葉少なく語る。

 

 どうせ作戦通りにはいかない。けど方向は決まった。

 

 レンジは立ち上がり悠然としている。その落ち着きは、見習いたい。

 ハルヒロも極力冷静にみえるように表情を取り繕った。

 

「やるぞ」

 

「いこう」

 

 ハルヒロはみんなの顔を見て頷いた。

  

 

「追い詰めてるつもり?逆だよ逆。今頃リバーサイドも大炎上、素直におうちに帰った方がいいと思うんだけどなァ!っと」

 

 よく響く声に、耳を引きつけられていた側近オークがこちらに背を向けたまま、音もなく振られた斬撃に首を刎ね飛ばされる。

 近くにいたオークはあまりの早業に気がついてもいない。

 音を押し殺しているレンジが走り出すのを堪えてるのがよくわかった。

 

 まだ遠い。

 

 ハルヒロは盗賊らしく、できるだけ音を立てないように近寄る。

 

 ハルヒロの目の前の側近オークは、横を飛んだ矢を避けようとした足が影に捕らわれ、姿勢を崩す。

 腕が無言のままの憎悪斬りで深く切り付けられ、のけぞった体に背面打突。

 

 すとんと入った身体が、座り込んだまま立ち上がらなくなるそこへロンの乱打が加えられた。

 

「男のプライドっていうの?目の前しか見ないの、よくないと思うんだよねェ」

 

 何の話だよ。

 思わず耳を傍立ててしまうのは、もしかしたら聖騎士のスキルなのか?

 

 不自然なくらい、オークが東側に集中して―――

 

 ハルヒロは蹲っていた義勇兵に剣を振り下ろそうとしていたオークの首に腕を回して短剣を突っ込む。

 

「なんでかって?わっかんないとこがダメなのよ。まぁ、――――――」

 

 そう言って、声が途切れた。

 メリイに足払いを掛けられたオークがとびこえようとしたが、方向を読んでいた氷の塊が顔面を塞ぐ。

 そこへ剣鉈が後頭部を強打し、よろめいたところをどうも斬りが体に深く食い込んだ。

 

「メリィ」

 

 小声で呼ぶハルヒロに軽く頷いて、頭を抱えて蹲った義勇兵にメリイが治癒魔法をかけるのを確認し、ハルヒロは周囲を見渡す。

 こちらに気が付いたオークが走り寄ってくるが、一番に抑えたい呪術師の姿が見えない。 

 

 アダチの作戦は、至極シンプルだった。

 たとえ他のパーティでも、治せば治した分だけ、味方が増える。

 

 このデッドヘッド砦攻略に参加した義勇兵200人弱は、四つに分断された。

 

 おそらく砦守ゾラン・ゼッシュ達は分断した義勇兵を監視塔に残っているオーク達と挟み撃ちにして潰すつもりだというのが、アダチの読みだ。

 だからまず1階の義勇兵を殲滅するはずだ。

 

 じっさい、今1階で戦ってるのは5人いや6人しかいないし、義勇兵もオークも、死体なのか息があるのかわからないようなのが大勢転がってる。

 

 隠し扉か何かがあったんだろうか、それにシホルがほとんど無傷の北側防壁のオークが動いたかもしれないと言っていた。

 だとしたら、こんな惨状になったのもうなずける。

 1階にいた連中はほとんど油断してたはずだ。

 今も戦ってる連中の大半は傷だらけであまり期待できない。それに・・・

 

 おそらくあと動けるのは、北西角の荒野の天使隊と大多数が向かった北東角の義勇兵たち。

 ハルヒロ達も作戦を立てたといっても11人で数じゃ負けてる。

 対する側近オークの数は予想通り20人ぐらい。

 転がってるオークと違って、防具の質もいいし、動きもいい。

 その上、雑魚オークが十数、北門からの増援、雑魚と言っても防壁にいたオークと同じレベルのが結構いる。

 

 呪術師はたぶん、三人。

 なにはともあれ、こっちを優先しなくちゃいけない。

 

 側近と打ち合っていたユメの近くに鎧をつけてないオークが近づいてきた、とおもったら突然、火を吐いた。

 ユメの上着が燃え上がると、サッサが駆け寄り短剣で燃えた部分を切り落とし水を掛ける。

 

「クッソ、火も吐くのかよ!」

 

「ユメ!」

 

「だいじょうぶ!」

 

 ランタが呪術師をスキルを駆使して追い掛け回して、ロンがそれを狙うオークを切り倒そうとして、組打ちになった。

 側近オークと鍔追い合いになっているモグゾーに忍び寄る呪術師にサッサが≪膝砕≫を食らわせ、ゾディアックんが顔面に抱きユメが背後から刈り払い、倒れ込んだところをランタが止めを刺そうとして真っ黒い蟲の群れに集られた。

 

 ランタは思わず後退し、その隙に呪術師が立ち上がり転がるように逃げた。

 ハルヒロは≪蠅叩≫から≪手打≫に切り替えオークの腕を切り裂き、後ろに下がる。

 つづけてメリイが≪強打≫を食らわせふらついたところをするっと懐に入り込んで喉元に短剣を突き刺す。

 

 呪術師を追わないと。

 

 振り返れば、のっぽ君が必死で剣を振り回し牽制し、チビちゃんは近寄ってきたオークを叩きのめしている。

 何とか側近を倒した血だらけのロンにチビちゃんの援護を頼む。

 

 サッサも怪我した。手筈通りメリイも下がるように言う。

 二人神官がいれば、治癒は早く済むしその間の援護の手間も省力化できる。

 

 ユメが隣に走ってきた。ランタはモグゾーの近くにいる。

 レンジが側近を仕留め、顎をしゃくって見せた。

 

 オークの壁がばらけたことで、やっと奥が見えてきた。

 

 真っ赤な鎧兜に身を包み、黒と金で染めた髪を背に垂らしたオークが、義勇兵を壁際に追い詰めている。

 

 ――― ゾラン・ゼッシュ ―――

 

 二本の湾刀を辛うじて食い止めているのは、光る盾と剣を持った白いコート姿の女聖騎士。

 もう白いコートとは言えないくらい、血まみれだ。

 喋って気を引く余裕はもうないらしい。

 信じがたいほどの速度で受けては流し、あるいは避けているが・・・幸か不幸か、ゾランを相手取ることで、巻き添えを恐れた他の側近オークは遠巻きにしている。

 

 だが、あんなに囲まれては、逃げることもできず、ただ弄られるだけだ。

 

 みれば、チョコの仲間の血まみれのヘラヘラ男が後ろにいた。

 力なく座り込んでいる。

 

 チョコと魔法使いさんの姿はない。

 神官君と爽やか君は?死体はない。逃がしたのか?伝令の男もいない。

 

 限界なはずだ。

 

 犬面の兜はしていなくて、至る所に怪我をしていた。

 盾はほとんど抉れ、ひしゃげ、みている間にも光が薄れつつある。

 背中に背負っていた剣はない。

 

 眼鏡なしの顔立ちが、思ってたよりもずっと整ってることにいまさら気がつく。

 あいにく、血だらけでわらってみせる様子は、かわいらしいとはいいがたいけど。

 

 義勇兵をかばって戦う姿は、ただ凛然としてみえた。

 

「モグゾー!」

 

「応ッ!」

 

 ハルヒロの声にモグゾーが雄叫びを上げて、突進すると両脇から側近オークが殺到。

 モグゾーはぶった斬りの剣を振り回し、あるいは≪鋼弾≫で攻撃を受け流して片っ端から倒してく。

 何しろ全身鎧だ。そう簡単に、もずごーは止められない。

 

 また呪術師が出てくる。

 

 ランタとハルヒロが駆け寄り一撃くらわすが、また逃げられる、素早い。呪術師が腰に下げた壺に手を突っ込んだ。

 なんだ?と思うと同時に虫が一斉にハルヒロに集り、視界が遮られた口や耳に入ってくる。

 

「クッソっおりゃ≪赫怒払ッ≫!気持ちワリィんだよ!バカヒロ早く何とかしろ!」

 

「ハルくん!」

 

 ハルヒロが必死で蟲を叩き落す間に、ランタが叫ぶ。

 呪術者と戦ってるのか。

 ユメが蟲を叩き落そうと濡れた上着を叩きつけ、ハルヒロはとっさに水筒の水をぶっかけ蟲を洗い流した。

 

「大丈夫!」

 

 立ちふさがるオークを魔法が直撃し、戻ってきたサッサが≪背面打突≫ランタが排出系・改で予想外の攻撃で混乱させ惑わせる。

 ハルヒロがみると、モグゾーが近くで側近を食い止めてくれていた。

 けどモグゾーの全身鎧があちこちへこんでる。かなりやられたみたいだとおもった。

 

「どけ」

 

 低い声に背中がぞくっとした。

 モグゾーの一撃で蹲ったオークをレンジが飛び越え、後は一直線。

 

 仲間と対峙していたゾラン・ゼッシュに背後から切り付けた。

 

 

「星貫やあッ!」

 

 折れた剣を取り落とし、膝をついた聖騎士にとどめを刺そうとした側近オークにハルヒロの後ろからユメがナイフを投げた。

 当たらなかったが、一瞬オークの動きが止まったのを見逃さずにハルヒロがすれ違いざまに≪背面打突≫。

 仕留め損ねた。

 血を流しながら剣を振り回すオークを≪蠅叩≫で凌ぐ。

 時々≪手打≫を織り交ぜるが、武装してるから効果がいまいちだ。側近オークは雑魚と違って練度が高く装備もいい。

 ランタは?オーク二匹に追いかけられてる。モグゾーも動けない。

 レンジは劣勢だ。だらだら血を流しながらゾランと戦ってる。

 時間がない。合流しないと。

 

「立って!」

 

 ハルヒロの声に、聖騎士が顔を上げた。

 

 眼を眇めて、首を振って周囲を見て、血だらけの口を拭って周囲を見渡している。

 駆け寄ったユメによろめきながら立ち上がった新兵を押し付けた。

 

「この子を」

 

 そうじゃないだろ!

 側近オークにあやうく顔を切り付けられそうになって、とっさにハルヒロが後退する。

 

「ユメ、とりあえずそいつ連れてチビちゃんたちの方に!」

 

「んにゃっ!」

 

 引きずるように走るユメの姿をみて、遠くにいるメリイが後衛に向かって何か言ってる声がした。

 あのどっかぼんやりした様子だったノッポ君が必死の形相で叫びながら剣を振り回して、凄い勢いで走ってくる。

 後衛置き去りかよ。と、一瞬ぎょっとなって、それから何かすとんと落ちた。

 

 そう・・・・・・だよな。たぶん、きっと、おれもそうする。

 逃げられなかったんじゃない、逃げなかったんだ。とハルヒロはわかった気がした。

 

 その勢いをみたモグゾーも一緒になって雄叫びを上げ、≪ぶった切りの剣≫を振り回しオーク達を近寄らせない。

 

「ランタ、援護!」

 

「くらえ!百裂懺悔斬、とみせかけて排出系改!」

 

 新兵を抱えて無防備なユメに切りかかろうとしたオークが、ランタのヒップアタックをもろに食らってよろめく。

 

「呪術師一人やった!」

 

 サッサの声だ。

 いいぞ、あと二人だ。

 ハルヒロはそう思いながら壁際に後退しながら、斜め後ろを見た。

 

「――― 光明神ルミアリスよ――― 」

 

 消え入りそうな掠れた声で、仲間を援護するための祝詞を唱える聖騎士は短剣を真っすぐハルヒロに向け、一瞬片目を瞑ってみせた。

 ほら、そうやって、すぐふざける。

 

「≪守人の光≫」

 

 じわっと体が暖かくなり、痛みが和らぐ。ほんの少し、身体が軽い。短く息を吐く。

 思ってるより疲れていることを自覚しながらハルヒロが足元に転がっていた剣を蹴り上げると、オークの巨体が予想外の攻撃に浮足立った。

 瞬間、脇を掻い潜って首筋に今度こそ≪背面打突≫がきっちり決まった。

 これで目の前の危機は去った。

 

「アイラ、立てるなら、メリイのところへ」

 

「大丈夫。」

 

 流れが、来てる。

 ハルヒロは確信する。

 結構なオークを倒してけど、数の上ではまだ不利だ。

 自分たちはまだ戦ってるが、最初からいた連中はもうボロボロだし、それでも

 

「みんな!もうすぐ増援がくる!」

 

 間違ってるか、ハルヒロには考えてる余裕はない。

 けれどハルヒロ達のところにはノッポ君が来た。

 動けないヘラヘラ男は庇われてた。チョコ達の姿はない。

 神官君も爽やか君も魔法使いさんも伝令の男も。

 

 つまり、そういうことなんじゃないのか?だから誰もいない南東角に引き寄せてた?

 ハルヒロは背後を振り返る。

 

「勝てるぞ!・・・押し切れ!」

 

 遠く、鳥のような叫び声がきこえ、ハルヒロはやっぱりと思った。 

 予想通り、剣を掲げ、白い羽を身に着けた女達が突撃してくる!

 

 とっさに動いたオークが女たちに粉砕され鳥肌が立つ。

 

 いけると思って息を大きく吸い込んだ瞬間、ハルヒロはありえないものを見た。

 十数人以上いた女たちの群れめがけ、黒い雲のような大量の蟲が押し寄せている!

 

「」

 

 少なくない悲鳴がして、、数人の一瞬動きが止まる。

 さらに追い打つように、反対側から投げつけられたのは、大量の長い縄のような

 

「蛇ッ!」

 

「陽動だ構えろ!」

 

 くねくねと動き回るそれを投げつけられ、恐慌状態になりそうになったが、最後尾にいた男の声が響くと大柄な女戦士がキッとした顔で蛇を地面にたたきつけた。

 別の女戦士はダラダラと腕から血を流しながら大きく叫ぶ。

 

「来るぞ!」

 

 浮足立っていた女たちの群れの中に真っ赤な巨体が飛び込むのを見て、ハルヒロは思わず目を疑う。 

 飛び込んできたのは、ついさっきまでレンジと打ち合っていたはずのゾラン・ゼッシュ!

 置き去りにされたレンジはだらだらと血を垂らし、立っているのが見えた。

 振り回され、唸る双剣に女戦士たちがまとめて薙ぎ倒されていく!

 

「≪咎光≫」

 

 縦横無尽に剣を振り回すゾランの目の前に飛び出した白いコートの男が、眩い光を放って視界を奪おうとしたが、前振りで予測され防がれた。

 だがそのわずかな隙を狙い、ゾランの一撃を避けたカジコが鋭い斬撃を放つ、防がれる。

 絡み合った剣が競り合い、横から突き入れられた≪強打≫が双剣に叩きつけられた。

 ゾランは下がりこそしないが、一瞬止まった。

 カジコがいったん下がる。力負けしたように見えた。

 

「マコ、キクノ、アズサ以外、手筈通り動け!」

 

 男がカジコの前に立つ。

 上でも戦ったんだろう、すでに白いコートも顔も血まみれで。

 狼の顔を模した面をしていないその顔は、

 

 ハルヒロは息をのむ。

 

 その男は、すらっとした立ち姿に長い棒を一振りして、優雅にゾランを牽制してみせた。

 荒野の天使隊はメンバーは二組に分かれて、片方は怪我人を隅に引っ張り、残りは、数人がかりで側近オークを相手取りはじめる。

 

 ・・・・・・その中には、チョコと魔法使いさんの姿もみえた。

 

「本当に当たるなんて」

 

「俺じゃないよ。彼女と所長の読みだ」

 

「そういうことにしよう」

 

 憮然とした声のカジコが剣を持った腕から血を流しゾラン・ゼッシュへ視線を外さないまま吐き捨てると、男は爽やかに微笑む。

 

「―――ッハルヒロ!なにぼやっとしてやがる!」

 

「悪い」

 

 ランタに腕を捕まれハルヒロは視線をもぎ離す。

 そうだ。そんな場合じゃない。

 ゾランに切りかかろうとしたレンジの方に視線を向けると、呼吸がやばいし血も出てる。

 モグゾ―と違って全身鎧をつけてないせいだ。

 

 レンジがあっさりはじき返され、走り寄ろうとしたロンが来るなと叫ばれる。

 近寄れば、ゾランの攻撃に巻き込まれる。

 

「レンジ、治さないと!」

 

「黙れっ」 

 

 ハルヒロの言葉をレンジは聞かず、ゾランへの攻撃を留めようとしないが、逆に怪我が増えるばかりだ。

 

「メリイ!≪癒光≫を!」

 

 あれなら距離があっても傷を癒すことが出来る。戦いながら治せるはずだ。

 ハルヒロが側近オークに≪蠅叩≫しながら叫ぶ、

 

「あれは、場所指定だから動かれると治せない!」

 

 走り寄ったメリイが悔し気に言うと、口元を真っ赤に染めたアイラ近寄ってきて荒い息を吐きながらハルヒロを見た。

 ボロボロじゃないか。

 それでも笑うのか、本当に、性格が悪いよな。

 

「行けって言って」

 

 行けって言ったら、本当に行くんだろう。

 だって、アイラはレンジの昔の仲間だから。

 前ならきっと聞くことすらしなかっただろうけど。

 

「堪えて。機を見ないと」

 

 聖騎士が眼を閉じて頷き、袖で口を拭う。

 怪我を治すまで、これ以上動かせない。

 

 そう思いながら、こちらに背を向けているオークの首筋に短剣を差し込む。

 

 男が長い棒を振り回し、双剣を捌きレンジへの致命的な一撃を防いだ。

 とはいえそれは反撃には結びつかない。

 でも防戦一方だということにハルヒロは半分納得し、今更のように思う。

 神官だし、いくら強くて頼りになると言っても、義勇兵としての経験はハルヒロ達と同じなんだから。

 隙を見て斬りかかるカジコは、翻る湾刀に切りつけられた。

 レンジもそうだ。いくら強くても、限りがある。

 

 今更のように、そう思った。

 だからおれたちは、仲間と助け合っていかなきゃいけないのに。

 

 ランタは側近オークを捌いてるので手いっぱいだ。

 ユメは怪我したサッサを庇ってるし、ロンもチビちゃんもシホルもアダチも戦ってる。誰が行く?考えろ

 ハルヒロは周囲を見渡した。

 

「俺に・・・!俺に任せろ!」

 

「モグゾー!」

 

 モグゾーが吠えて、ゾラン・ゼッシュに斬りかかる。

 素早い打ち込みに重さが加わり、ゾランが、たたらを踏んだ。

 一瞬目を疑う。あのゾランが、後退した?すぐに持ち直したが、確かに

 すげぇよモグゾー。ハルヒロはぐっとこぶしを握りしめる。

 一方、男が血だらけのカジコを掴んで後退しすぐさま治療を始めた。

 

「レンジ、たまには人のいう事を聞くもんだよ」

 

「黙れ糞野郎」

 

 治療の終わったカジコが立ち上がり男を押しやる。

 押しのけられたのに笑っている男にレンジが吐き捨てるが、それでもメリイに腕を掴まれたレンジは少し下がって治療を受け始めた。 

 アイラもメリイ駆け寄って一緒に治癒魔法をかけてる。

 

「ほら、レンジさん。我慢」 

 

「おまえ」

 

 血だらけのアイラの姿を見たレンジの表情が険悪そのものだ。

 二人がかりでも、レンジの傷がなかなか塞がりきらない。

 

「もういい、どけ」

 

「あっ!」

 

 二人を押しのけレンジは、ハルヒロと戦っていた側近オークを切り捨てそのまま走り出す。

 

「どけ、そいつは俺の獲物だ!」

 

 そう言い放つレンジにゾランと対峙していたモグゾーは剣を真っ赤な鎧に叩きつけながら叫び返した。

 

「いやだ!一人でやろうとするな!」

 

「チッ!」

 

 舌打ちしてレンジがモグゾーの横へ並ぶ。

 その姿は不思議なくらいぴったりと合っていて。

 

 モグゾーの剣が唸りを上げて叩きつけられ、レンジの刃は宙を舞う。

 力と技が組み合わさった攻勢に、ゾランが圧倒されて防ぐので手いっぱいだ。

 

「モグゾーって、強いんだって、やっと信じたかなあいつ」

 

 嘘つきな聖騎士がぼやき、息を吸い込んで血だらけの手で短剣の切っ先をレンジの方へ向けて再び≪守人の光≫を唱えだす。

 アイラの怪我を治そうとしていたメリイが、はっとした表情をした。

 

 一方、他の義勇兵の援護をしていたカジコが再びゾランの背後から斬りかかる。

 これで三対一、形勢不利だと見たゾランが斬撃を避けて、飛び上がり、逃げた。

 

 逃げた?

 ハルヒロは瞬きして考えをまとめようとする。

 追いかける三人の姿に一瞬勝機が見え、

 

「おわぁああ!ああっ!」

 

 唐突なランタの叫びにハルヒロは周囲を見渡した。

 ランタが燃え上がってる!

 

「呪術師!そうっまだ残ってるから」

 

 メリイが焦った声を上げる。

 他のオークたちより身軽な恰好の呪術師オークは、火炎放射を浴びせると同時にさっと逃げた。

 一撃離脱を忠実に守ってる。

 もしかして、あれは――ハルヒロは思い出そうと必死で考える中、

 

「ランタ」

 

 掠れた声を上げたアイラが、ずるずると座り込み血を吐いた。

 

「ハル!」

 

 メリイも必死なのか。焦って顔で交互に二人を見ている。

 燃えているランタと血だらけのアイラ、どっちを優先するべきなのか、チビちゃんは動けない。シホルとアダチを守っている。

 ユメがランタに走り寄って火を消してる。

 二人の怪我を治せる神官は――メリィと

 

 血だらけの男が走ってくるのを目にし、ハルヒロは声を上げる。

 

「メリイはランタを!おれは呪術師をやる!アイラを頼むっ」

 

 聞こえるように叫び、ハルヒロは走り出す。

 走り寄った男が膝をついているアイラを抱きかかえて、ちらっとハルヒロを見た。

 

「攪乱に気をつけて」

 

 ハルヒロは頷く。

 どうするかなんて、決まってる。

 

「マコさん、キクノさんアズサさん!」

 

 とっさに叫んだハルヒロの声に、≪荒野の天使隊≫の大柄な女戦士の一人が振り返った。

 

「呪術師はまだ二人いる!そっちを」

 

 チョコと魔法使いさんは他の≪荒野の天使隊≫の指示に従って怪我人を引っ張っている。

 敵に攻撃するだけが、戦いじゃない。

 

 近くの義勇兵が火炎放射を浴びて燃え上がってる。服装からして神官。

 火を消すか、呪術師を追うか、半秒躊躇する。

 

「ハルヒロ、行って」

 

 文字通り血を吐きながら聖騎士が走り寄って火を消しはじめた。

 

「無茶すんなって」

 

 ハルヒロの声が、聞こえてるかどうか。

 すぐさま駆け付けた男も消火に加わりながら、アイラに りつける。

 

「動くなって」

 

「っさいバカ」

 

 懐かしい押し問答になぜか笑いそうになって合わせててハルヒロは背を向ける。

 二人とも、全然変わってないし。

 

 ハルヒロは近くのオークの背中に短剣をねじ込みながら再び呪術師を探し始めるが、まったく見当たらない。

 周囲を見渡す。

 

 今、目覚ましく動いているのは≪荒野の天使隊≫だ。

 何しろ全員が白い羽や白いストールを身に着けているから目につきやすい。

 特に目立つのは、三人。それぞれ一人づつ側近オークを相手取っている。

 今も一人の女戦士が豪快な振りで側近オークを圧倒した。

 安堵の息を吐いた女戦士の背後にするするっと呪術師が近寄るのが見え、ハルヒロは走る。

 間に合わない。

 女戦士は突然蟲に群がられ、悲鳴を上げて動揺してる。

 

 慌てて蟲を払い落とそうとした隙に呪術師が矛を振り上げた。

 無防備な膝を砕かれ、崩れ落ちる兜を被った頭を強打されて倒れ込む。

 呪術師オークがとどめを刺そうと再度振りかぶるその隙、ハルヒロが忍び寄り短剣を振り上げる。

 

 振り返られた。くそ

 

 呪術師が横っ飛びで逃走し、あっという間に姿を見失ってしまった。

 左右を見渡すハルヒロの視界の隅で、倒れた女戦士に神官が走り寄る。

 

 倒れ込んでいる女戦士に治癒をかけ始めた神官は、さっき燃えていた義勇兵だ。

 

 ハルヒロは冷静に考える。

 ハルヒロとレンジたちで11人、動けてる荒野の天使隊はカジコ入れて3人、他にも戦っているのが数人。

 他にも何人か、怪我さえ治れば戦線復帰できるはずだ。

 

 また一人義勇兵が側近オークを倒した。

 けど背後から回った呪術師に攻撃されて膝を折ってる。

 倒れ込む義勇兵。

 呪術師は近寄るハルヒロに気が付くと、とどめを刺さずに再び逃げた。

 

 ハルヒロは周囲を見渡し、ゆっくり息を吐いた。

 モグゾーとレンジ、それにカジコでゾランを追ってるが、あの巨体からは想像できないスピードに翻弄されてる。

 そのうえ、一撃くらわせようとすると、取り巻き達に阻まれうまく攻撃が当たらない。

 まず取り巻きをどうにかしないと。

 

 ハルヒロはそう思って、やっと見つけた呪術師を見つけて間合いを詰める。

 背中に短剣を振り下ろす寸前、斜め後方から矛を投げつけられあっさりとかわす。

 だが、嫌な予感がして大きく間合いを取った瞬間さっきまでいた場所を火炎が舐める。

 

 呪術師を見つけても、ほかの呪術師がサポートをしている。

 そのうえ、他のオークたちの巨体をうまく利用して、呪術師オークは義勇兵に攻撃を加えては身を翻し、姿が見えなくなる。

 また見失った?

 ハルヒロは足を止め、目を凝らし、考えた。

 隙だと思った側近オークが、ハルヒロに剣を振りかぶってくるのをぎりぎりまで引きつけ、急回転して他のオークにぶつける。

 倒れこむ二匹のオークに神官と聖騎士のコンビが跳びかかり、即座に仕留めた。

 

 ふとハルヒロの眼に呪術師オークが、義勇兵の背中を狙っているのが見えた。

 

「ハルヒロ!モグゾー達を守らないと、呪術師を先に!」

 

 言うだけいって走ってく神官に毒づきながら聖騎士が追うが、二人とも横から斬りかかってくる側近オークに苦戦してる。

 シホルの≪攪乱の幻影≫で惑乱したところを何とか倒したが、側近オークの武装に対して、短剣と鈍器じゃいかにも危うい。

 

「呪術師のあの動き、なんなのっ!」

 

「隙を狙ってるんだ。すぐ見えなくなる。それより、剣は?」

 

「折られた。聖騎士の剣その辺に売ってない?」

 

「売ってるわけないだろ!」

 

 ハルヒロはそう言い返し視線をオークの群れに彷徨わせる。

 視界から消え失せるオーク。

 広いと言っても、たかが知れた広さの中で姿が見えないはずがない。

 

 わざとそういう動きを取っているなら、――真似、いや、盗賊らしく盗んでやる。

 そうハルヒロは思って、二人の近くに立った。

 近寄ってきたオークにハルヒロは足払いをかけたが、難なく躱されたので軽く後ろに下がる。

 代わりに神官が前に出て振りかざされた剣を棒で流し、そのがら空きになった利き腕の内側に聖騎士が短剣を突き刺し、そのまま押し引き後退する。

 その間にいきり立つオークの背後に回って≪背面打突≫。ずるずると下がる身体の反対側で神官が瞬きした。目が合う。言いたいことが伝わった。

 

 首は動かさない。

 

「ハルヒロ、・・・呪術師が壁際にいる。みんなのほうだ」

 

 ハルヒロは黙って瞬きし、身を低くする。

 

 狙いは、シホルか、アダチか。

 チビちゃんがロンを治してる間、サッサとユメが魔法の援護を受けながら側近オークと戦ってる。

 メリイは他の義勇兵の手当てをしている。

 

 ハルヒロは戦っている義勇兵の陰を縫うように呪術師の背後に近寄った。

 呪術師が二人を射程に捉え、攻撃を仕掛けようとした瞬間ハルヒロは≪背面打突≫を放つが、寸前で身を躱された。

 腕の肉を少し持って行っただけだ。仕留め損ねた。

 焦燥感でどっと汗が噴き出る。

 次は、止められないかもしれない。逃げられる―――ハルヒロが口を開こうとした瞬間、見慣れが影が前を横切った。

 

「排出系改ッッ!」

 

 肺の中の空気を全部吐き出すような声を上げて呪術師オークがつんのめる。

 びっくりしたんだろう、ハルヒロも驚いたが呪術師もまさか人間の尻がいきなり直撃するとは思わなかったはずだ。

 

「・・・二人とも、あいかわらず仲いいねぇ」

 

 呆れ半分の声が追っかけてきて、逃げようとした呪術師の前方に回って膝を踏み砕く。

 聖騎士が、真似とはいえ≪膝砕≫するか。

 ハルヒロは半分呆れながら背後に回り≪蜘蛛殺し≫。

 羽交い絞めにして顎の下に短剣を突っ込み一掻きして飛びずさる。

 

 呪術師のがら空きになった体に、優雅な動きで六芒星の刻印された短剣がみぞおちに突き刺ささり手首が捻りながら引き抜かれ。

 

「しゃああああ!」

 

 あとはランタがロングソードを振りかぶり首に幾度もぶち込んだ。

 

「しゃああ!金貨50枚!!」

 

 吠えるランタに肩を竦め、聖騎士がちょっと笑った。

 

「無駄遣いしちゃだめだよ。ランタ」

 

「うっせーぞ水差すんじゃねえ。開口一番言うに欠いて説教かよ他に言う事ねえのか。くそ女」

 

 ランタが視線を落としたまま、オークの死体を蹴りつける。

 呪術師は、あと一人。

 ハルヒロは周囲に目をやっていたから、二人がどんな顔をしてたかはわからない。

 

「・・・・・・ていうか、さ。二人とも、背、伸びた?・・・ん?追い越された?・・・・かわいさが3センチぐらい減ってる・・・あたまなでにくい。超悲しい」

 

「そっちかよ!!!」

 

 ランタが即座に言い返すと、アイラは腕を組んでにやりと猫のように笑った。

 

「大事なコトでしょ!?あ、何アダチ君羨ましいの?やっぱりかわいがられたい願望あるんじゃないの?なでなでする?素直になったら?」

 

「きみ、相変わらず言動がおかしいな」

 

 黙っていたアダチが息を吐いて眼鏡の位置を直す。

 一方シホルがじっと見てる。いやジト目だ。

 

「・・・・・・ていうか、今は、そんなことしてる場合じゃないと思うけど」

 

「デスヨネー。じゃ、ねぇ」

 

「・・・うん。あとで、ユメもメリイさんも一緒に」

 

「どうせなら女子会しようよ。さっちゃんとチビちゃんも、たのしいぞぅー」

 

 明るい言葉にシホルが視線を逸らし、頷く。

 アイラは振り返ったメンバーにも手を振って、そちらに背を向ける。

 ふと気になってハルヒロは彼女の顔を見た。笑みの形を残したままの顔は血の気が失せて真っ青だ。

 眼鏡がないと、目元が緊張と疲労で引きつってるのがよくわかった。

 

 剣は二本とも折れた。盾も使いものにならない。持っているのは短剣一つ。

 

 確かに並べた肩が少し自分の方が高い。

 こんなに華奢だったっけと、ハルヒロは思った。

 だとしたら、本当は―――。

 

「北東塔の連中がくれば、いいんだけど」

 

 ぼそっとアイラが呟き、目をやる。

 

「増援?」

 

「北防壁のオークに突破されて、多分、まだ戦ってる。挟み撃ち食らってるはず。けど、ゾランが連れてきたの全部一階に居たら、こっちがヤバかったから、なんていうか。来てくれて、ありがとう」

 

 ハルヒロは肩を軽く叩く。

 

「大丈夫だから、あともうすこし、頑張ろう」

 

 

 ハルヒロはモグゾー達と戦っているゾランの方へ走る。

 高い叫び声と共に背後から斬りかかったカジコが双剣の連打に押され、吹っ飛ぶ。

 兜がすっ飛び、頭が鮮血に染まってる。

 

「下がってろ!」

 

 レンジが叫び打ちかかるが、ゾランは力強い斬撃で後退させ、攻撃が緩んだすきにモグゾーに双剣を浴びせまくっている。

 

「まだやれる!」

 

「カジコ!」

  

 ≪荒野の天使隊≫が暴れるカジコを引き剥がす。

 代わりに彼が、長い棒を振りかぶり思いっきり叩き付けるが、レンジと同じように斬撃を浴びせられ後退せざるを得ない。

 モグゾーがまた攻撃を食らった。

 

「誰か、モグゾーを援護しろ!」

 

 彼の叫び声にハルヒロは顔をしかめた。

 モグゾーは、兜も鎧もぼこぼこに傷ついてる。ひしゃげ、削られてる。

 何とか、しないと。

 

 ゾランの迎撃に勇気づけられたのか、一斉に生き残りのオーク共が打ちかかってくる。

 

「あのやり方じゃあ、だめだ。魔法力さえあればもう一度―――」

 

 斬りかかるオークを≪蠅叩≫で牽制しつつ、別のオークの膝頭に蹴りを入れ短剣で腕に切りつける聖騎士に目を向ける。

 

「なにが?」

 

 ハルヒロの問いかけに、アイラは顔を顰め今も斬打を受けているモグゾーに視線をやる。

 

「私が戦ってた時はなんか違ったんだ。おそらく戦士の動きは読まれてる。辺境軍とか、人間と戦い慣れてるから。私は邪道だから読めなかったのかも、違うかな違うかも、けどあのままじゃだめだ他の方法を探さなきゃ」

 

 ハルヒロは目を凝らす。

 そのとき、ランタが背後に忍び寄っていたオークに剣を突き刺した。

 

「ボーっとしてんじゃねえ!ボケボケコンビ!」

 

 振り返ってランタへ反撃しようとしたオークの右脇下へ、アイラが短剣を滑り込ませてそのまま切り上げる。

 そのまま勢いを殺さずに回転して、別のオークの膝を蹴り上り、のけ反った顎に短剣の柄を打ち当てる。

 

「え、私ツッコミだよ?っと、ハルヒロ、ランタを」

 

 いわれるまでもない。

 ハルヒロはランタと戦っているオークの左側に忍び寄って、むき出しの首筋に切りつける。

 

「存在すべてボケてんだよ!じゃねえと、養殖天然腹黒女とか、もっとタチ悪いィだろ!」

 

 ランタが絶好調でやかましい。

 

「なにランタ、うるさいんだけど。なんかいい事でもあったの?」

 

 力の弱まった剣をランタが叩き落し、そのまま届かないところへけり転がした。

 

「うっせー!相変わらず口の減らねえ女だなっ真面目に戦えないのかよこの上げ底!」

 

「え、なにその天パを削り落としてほしいって?頭蓋骨までえぐったらごめんね?」

 

「お前、久しぶりのくせに何怖いこと言ってんだよッ目が笑ってねえんだよ畜生」

 

「集中しろって・・・」

 

 アイラが相手取っていたオークを三人がかりで倒し、ハルヒロはゾランに目を向ける。

 モグゾーとレンジの攻撃を受け流しついには前方宙返りから回転斬り、巨体から繰り出される凄まじい勢いに二人が吹っ飛ぶ。

 よろけた二人に左右からの湾刀がほぼ同時に襲い掛かり・・・いや、そうじゃない、なんだ?ずれている。

 彼の横やりで、レンジへの攻撃はわずかにそれたが、ばっと血が飛んだ。

 

 致命傷ではないが、と焦る気持ちを押さえてハルヒロはゾランの動きをよく見ようとして気が付いた。

 

 動きが―――――ああ、そうか。

 ゾランは双剣をほぼ同時に扱うように見えるが、わずかに右が遅い。

 右が変なんだ。

 

「アイラ、魔法まだできる?」

 

「後三回くらい。≪治癒≫か≪守人の光≫なら」

 

 ハルヒロの問いかけに、アイラは血だらけでモグゾーを庇おうとする神官を心配そうな顔のまま頷いた。

 

「ランタ、モグゾーを助けよう」

 

「なにする?」

 

「囮、お前にしかできない。その間にアイラは≪治癒≫を」

 

「わかった。ランタ、がんばって。君ならできる」

 

「ケッったりめえだ。ヴァーカ。うそつきクソ女。モグゾーはオレの相棒だからな」

 

 ハルヒロが手短に説明する間、アイラがランタに≪守人の光≫を掛ける。

 チビちゃんもメリイも治癒と護衛で手いっぱいだ。

 

 ユメもサッサもロンも戦ってる。

 側近オークの数は減ったが、みんな疲れて動きが鈍い。

 

「みんな!そいつ右が弱い!今ランタが囮になる、後ろから・・・!」

 

 ハルヒロの推測が当たっているかはわからない。

 それでもやるしかない。

 

「やるぞ!」

 

「よっしゃこれで金貨150枚!」

 

 そこかよとツッコミながら走り寄り、ハルヒロとアイラはゾランの背後に回る。

 目で追われているのがわかった。今攻撃したら一瞬で切り伏せられるだろう。

 

「おらクソ雑魚!こっちだこっちーおめーなんかオレ様一人で十分だって―のこの雑魚助が!悔しかったらこっちまで来てみろホレホレお尻ぺんぺーん」

 

 ゾランの目の前に立ち、ロングソードを振って大見え切って見せるランタ。

 打ち合わせ通りだけど、打ち合わせ通りではあるんだけど。低レベル過ぎるとハルヒロは少しあきれた。

 

「シャッダバッ!!」

 

 言葉が通じなくても馬鹿にされていることが分かったらしい。

 ゾランが雄叫びを上げランタに斬りかかるが、暗黒騎士は余裕綽々の表情のまま≪排出系≫で瞬時に後退し、鋭い斬撃を避けた。

 

 オークの巨体が一瞬動きが止まる。

 予想外の動きに驚愕したのか、とハルヒロは思った。

 あの距離は、戦士には出せない。

 

 あのトリッキーな動きは、あのゾランの攻撃を回避することにかけては。

 アイラは言った。

 人間の動きに、戦士の戦い方にゾランは慣れていると。

 

 逆に言うならば、あまりなる奴のいない暗黒騎士の、あの不規則な動きならば――

 

「暗黒騎士らしく挑発して煽るなら、もっと語彙増やさないと○ァックとか、サバノ○○チとか、×××の×××とか」

 

「やめて」

 

 ゾランはランタを追い始める。

 動きについていけなかったモグゾーの横へアイラが走り、鎧が一番へこんでいるところに手を当てた。

 柔らかい光が傷を癒していく。

 

 足を縺れさせながら走ってきた彼も同じように、歪んだ兜に癒し手をかける。

 全部治すことはできないだろう。それでも、少しは――

 

 モグゾーよりはましな負傷状態のレンジは、追いかけるが、ゾランに剣が当たらない、早い。

 一方、ランタに挑発されては攻撃を避けられることに業を煮やしたゾランがびりびりと響く声で吼えた。

 猛烈な勢いでランタを追っていく。

 ランタは何とか避けているが―――

 

「もういいよ」

 

 モグゾーが二人を制して前に進む。ハルヒロはその後を追う。

 二人が顔を見合わせて、背後で笑ってる。

 

 ゾランはランタに夢中だ。

 誰の目にもそう見えた。

 

 つまりその背後は――

 ゾランが双剣を振るう。

 またランタ後退し避ける。

 

「シヤァッ!」

 

 ゾランがランタを一撃で切り捨てようと前方宙返りを繰り出し、避けられる。

 

「≪排出系ッ≫」

 

 とんと足をついたゾランは、間髪入れずにさらに体を回転させランタへ突進する。

 

 ランタは、鼻先に切っ先が届きそうになり引き攣る顔が必死にスキルを繰り出し剣撃をよけ続けることしかできない。

 ゾランのだれにも止められない嵐のような回転が終わる寸前、

 レンジがゾランに追いつき鋭い呼気とともに大剣を振り下ろそうとした。

 

 必殺の一撃のはずだった。

 

 ゾランは、ランタに一撃当ててやろうと、それしか頭にないように見えた。 

 音のない猛々しく鋭い必殺の一撃が、真っ赤な鎧に届く寸前、ゾランがくるりと振り返って左の剣が攻撃を弾き、右の剣が振り下ろされた。

 全てを掛けた一撃を放った直後のレンジの体は無防備だった。

 

 レンジの表情は、見えなかった。

 

 赤く濡れた湾刀がきらめき、ハルヒロにはそれが、時折見えるあの光の線を辿っているようにみえた。

 デススポットを倒した、ハルヒロの必殺の一撃のようなゾランの切先。

 止めることのできない悪夢のような一撃。

 鈍い音がし、一瞬、時が止まった気がした。

 

 ゾランが再びランタを追い始める。

 床に倒れ込んでいたレンジが、体に覆いかぶさる聖騎士を見上げている。

 ぐんにゃりとした身体から、ぼたぼたとあふれた真っ赤な血が床を染めてく。

 

「アイラ」

 

 レンジの掠れた呼び声に返事はない。

 血だらけの腕が力なく垂れさがっている。

 

「他人を庇うなんて、バカだ。おまえは」

 

 レンジがアイラの血で真っ赤に染まったまま立ち上がり、振り返らずに走り出す。

 ハルヒの足が止まり掛ける、がモグゾーは止まらない。

 

「ぼくは、いくね。ランタくん、助けなきゃ。きっと、そういうよね」

 

「うん。おれも、そうおもう」

 

 止まらないなら、止めちゃだめだ。ただハルヒロは思った。

 走り出すモグゾーの後ろをハルヒロは守って走り出す。

 

「どぅもーっ!」

 

 振り返るゾランにモグゾーの一撃。

 隙ですらない迎撃前提の渾身の力を込めた憤怒の一撃は、当たる前に砕かれ、翻る湾刀の猛攻にモグゾーの板金の鎧がひしゃげてく。

 鋼返し?そんなもんじゃない。耐えているだけだあれは

 

「ふざけるな!」

 

 今度こそ、怒りを込めたレンジの一撃が双剣で防がれる。

 だが、ゾランに前方宙返りを繰り出す余裕は与えない。

 つづけざまにモグゾーの一撃が振り下ろされる。

 

 鋭さを増したレンジとモグゾーの猛攻に、ゾランは背後を気にする余裕はない。

 ハルヒロはゾランの背後に回る。盗賊だし、やることは一つだ。

 兜をつけているし、真っ赤で高級そうな鎧でも、空隙はある。

 

 どこか、ひんやりとした気持ちのまま背中を眺め、短剣を握り締めて、振り下ろす。

 あの光の線は見えなかった。

 すっと入りゾランの体が固まる。

 もう一撃、ハルヒロがそう思った瞬間

 唸りを上げる剛腕がハルヒロを跳ね飛ばす。

 

 雄叫びを上げて夢中で振り回された湾刀が、レンジに当たる直前、モグゾーの拳によって殴りつけられへし折れるのを見た。

 折れた刃先が宙を舞う。

 

 その隙を見逃さず、ハルヒロがゾランの右足に組み付き、蹴られた。

 一瞬視界が真っ暗になる。

 レンジが今度こそ鋭い一撃を振り下ろし、それがゾランの左肩を切り下ろすのが視界に入った。

 ハルヒロはゾランの足を手放さないようにするので精いっぱいだ。

 動きを封じられたゾランは必死だ。

 ハルヒロは何度も丸太のような足で蹴りつけられ薄い防具はすでに血だらけだった。

 

 機を逃さずにカジコがゾランに一太刀浴びせる。

 倒れ込むゾランに押し寄せてきた義勇兵たちの乱打の嵐。

 ハルヒロはぐらぐらする視界を堪えて、ふらつきながら立ち上がった。

 ゾランはもう立ち上がらない。

 

 先を競うように、義勇兵たちがゾランに武器を振り下ろしている。

 

「どけ」

 

 最後の一撃から、ハルヒロは目を逸らす。

 レンジが首を掲げ、歓声が上がった。

 

 ハルヒロは周囲を見渡した。

 気が付けば、ずいぶんと義勇兵の数が多い。こんなに生き残っていたのかと思った。

 輪から離れたところにモグゾーが右手を押さえて座り込んでるのが見え少しホッとする。

 ≪荒野の天使隊≫が生き残りの側近オークを粉砕する。

 ランタがユメがシホルの姿もある。

 ロンもサッサもアダチもいる。

 息を切らせながら走り寄ってきたチビちゃんは、レンジにしがみついて魔法をかけてる。

 

「ハル!」

 

 メリイが抱き着いてきてペタペタと体を触って怪我を治そうとする。

 倒れそうなのを堪えて、ハルヒロは周囲を見渡す。

 

 もう少し離れたところで、白いコート姿の神官が体をはんば横たえたままの聖騎士を抱きしめ、俯いてるのが見えた。

 周囲には誰もいない。

 彼は、背後を振り返ろうともしていない。

 

 その無防備な背中に近寄るオークがいるのが見えて、ハルヒロは息をのむ。

 

 そいつはほかのオークに比べるとかなり軽装に見えた。

 全身鎧を着ていない。

 その上、俊敏そうでこんなやつ、いたっけ?

 と、ハルヒロはまとまらない頭で考える。

 

 そういえば、呪術師は、何人倒した?

 一人は、サッサが、もう一人はランタとハルヒロとアイラで。

 ・・・そうだ。最後の一人、もしかして、こいつは―――ッ

 

「マナトあぶない!」

 

 ハルヒロの投げた短剣は、オークの顔面に見事に突き刺さった。

 

 

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 白いコート姿の神官が困ったように笑ってるアイラを抱えている。

 笑って、ハルヒロたちの前に立つその男は。  

 

「ハルヒロには、助けられっぱなしだな。俺」

 

 相変わらずさらっとした感じの髪が、記憶よりも白っぽくて短くなってた。

 顔つきも少し違う。

 骨っぽくなったというか、男っぽいというか。痩せたというか。

 

 手もなんだかこんなに筋張ってたっけ。

 それは、お互い様なのか、とハルヒロは思った。

 

 ハルヒロだって、短剣を握るタコができた。

 何度も擦り剥けたり、怪我した肌はすっかり固くなった。

 

 気が向いたら髪だって切るし、服も装備もいくつか買い替えた。

 スキルをいくつか覚えて、酒場に出入りしたり情報収集するようになった。

 義勇兵の知り合いが何人かかできた。

 

 デットスポットも倒した。

 

 何度も、マナトだったらって考えた。

 

「そんなことないよ。おれは―――お互い様だろ。仲間なんだから」

 

 ハルヒロの言葉に、マナトの表情が一瞬消えた。

 

「―――そう、なんだ」

 

「当たり前だろ。今まで何してたんだよ。おれたち、死んだと思って・・・・・・」

 

「・・・・・・死んだなんて、言った覚えないんだけど・・・」

 

「日頃の行いがモノをいうよね」

 

 そういって笑った顔は、相変わらず爽やかそうだった。

 抱きかかえられたままだったアイラが頬を膨らまして、わざとらしく怒った表情を浮かべ、爽やかな顔を手のひらで押してのけようとするのも相変わらずだ。

 なんか、風呂場に連れてかれた猫っぽい。

 

「いい加減放してよ」

 

「はいはい」

 

 マナトに笑いながら解放され、這う這うの体でアイラが逃げる。

 

「ちょっとアイラッ」

 

 そこで様子をうかがっていたのか、現れたのはサッサだ。

 

「あ、さっちゃん・・・あれ?怒ってる?」

 

 アイラが笑って軽く手を振ると、サッサは無言で腕を掴んで関節を決めながら歩きだした。

 

「ちょっそこイタイイタイっ!」

 

 あとで返してもらわないと。と、ハルヒロは思った。

 こっちもいろいろ話すことがある。

 

 引きずられている姿を笑顔のまま見送っていたマナトが、ハルヒロに視線を戻す。

 ハルヒロは、疲れと安堵の混ざったため息を漏らした。

 

「・・・じつは、ダメかと思った」

 

「俺も。≪光の奇跡≫覚えておいてよかったよ」

 

 さらっといわれた一言で、どうしてだか、急に泣きだしそうになった。

 なんでかは、わからない。何も言えなくなったハルヒロの横からランタが急にとびかかった。

 戦いが終わるまで、全然気がついてなかったランタは真っ赤になっている。

 口をパクパクさせた後、つかみかかろうとして、あっさり避けられてる。馬鹿だ。

 

「おま・・・避けてんじゃねえよ!生きてたなら、さっさと顔出せよこのボケ!ヴァッカかてめえ!今まで何やってたんだクソ野郎!」

 

「ははは。ごめん」

 

「全然悪びれてねーぞこの腹黒神官」

 

 メリイに手当されてるモグゾーと、泣きだしているシホル、それを慰めようとしつつちらちらこっちを見ているユメに笑いかけて頭を掻いてる。

 しぐさだけは、前と変わらない。

 

「なにが・・・」

 

 あったんだよ。と言いかけたハルヒロの言葉に、彼は頷いて見せる。

 

「まあ・・・・・・おいおい話すよ。それよりハルヒロ」

 

 彼は言葉を探すみたいに途切れさせ、ハルヒロを見つめた。

 

「見違えたよ。――― みんな、強くなったね」

 

 そういって、マナトは笑う。

 

「おれは、・・・・・・」

 

 ハルヒロは言葉を詰まらせ、俯く。

 

「生きててくれて、スゲー嬉しいよ。マナト」

 

 そういって、ハルヒロは少し泣いた。

 

 





 あとがき。
 
 死亡フラグをへし折るためにひたすら考え抜いたら、こういう作品になりました。
 まとまったら、後日談を書けるといいなと思います。

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