灰と幻想のグリムガル 聖騎士、追加しました   作:2222

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いっぱい、おりじなるのせっていが、でるよ


22話  穴

 

「――ああ、わるいけど。ごめん、誘ってくれてありがとう」

 

「協調性ねぇな」

 

「宿は、いつものところ取っておくからっちゃんと来なさいよ!」

 

「うん。わかった」

 

 遠征からオルタナの街へ戻って早々、単独行動を選んだアイラは花園通り近くの裏道を歩いていた。

 朧げな記憶を頼りに狭い路地裏や屋台を確認する。

 

 以前来たのは、オルタナがオークに襲われた時。

 

 その時も、一人だった。

 

 

 ヨロズ屋に金を預け、ぶらぶらと屋台に並べられている商品を眺めている最中、あの鐘の音を聞いた。

 いつもの時刻を知らせる余韻を残す間延びした打ち方ではなく、力いっぱい叩き付けたような

 けたたましくなり続ける鐘の音、何か、知っている。

 

 意味は、たしか、――鐘楼の方に視線を向けてアイラは思いだそうとした。

  

「敵襲よ!」

 

 果物売りの屋台の老人が唐突に叫び、金目の物を持っていきなり身を翻す。

 果物を受け取ろうとしていた主婦がぽかんと口をあけたまま老人の背中を見送り、周囲の不安げな顔をしていた客たちが落ち着かなそうに左右を見渡し始める。

 

「なんだって?」

 

「オークだ!」

 

 何処から侵入されたのか、叫び声と共に一斉に人が走り出した。

 オークに追われた人間が一斉に押し寄せてくる。

 山盛りになっていた果物が道端に崩れ落ちるのを、勿体ないな、と一瞬思う。

 赤い実が踏み潰され、周囲に広がる甘酸っぱい匂いと悲鳴。

 

 一人前の義勇兵なら、オークを倒せて当然だ、といわれてはいる。

 けど――

 アイラはとっさに狭い路地裏に飛び込んで人の波から逃れた。

 

 物陰に隠れながら目を凝らして周囲の様子を伺い、呼吸を整える。

 ひしめき合いながら流れる人の群れ。

 人波の最後尾が崩れている、いや、追われている、目に入ったのは、足を引きずる女の義勇兵。

 

「たすけてっ!誰かっ」

 

 白い服、神官か。

 仲間らしき姿はない。

 背後から追ってくるのは、オーク。

 襲撃するためか、砦で見るものよりはやや身軽そうに見える。色が派手だな、と思った。

 神官が転んだ。追いつかれる。

 

「イヤっ!こないでよっ!」

 

 神官は武器を持っていない、落としたのか、絶望と恐怖で凍り付いた顔で立ち上がろうとして、また転んだ。

 

「オッシュッダバッ!」

 

 オークが雄叫びを上げながら剣を

 

 とっさに盾を投げつけて飛び出す。

 盾は避けられた、当然だ。でも半秒稼げた。オークと神官がこちらに気がつく。

 

 パッとオークの手から血が飛び散った。

 アイラは剣をひらめかせ、オークの目の前に立ちふさがる。

 

「ダッ!ガッハッ!」

 

 突然現れた聖騎士にオークは驚いたようだった。

 たたらを踏んで剣を構え直す。

 聖騎士は仲間を庇うためのスキルに長けているので、意外と神出鬼没だ。

 

「シュッ!ダバッ」

 

「だよねぇ」

 

 アイラは目を細めオークを見つめる。

 胴と肩は守られている。兜はない。

 行軍の為か、下半身の防護は薄そうだ、膝のあたりは弱いだろうが、正面からは狙えない。

 血で濡れた剣をもちかえたオークがアイラを睨み付ける。

 防具の質はオークの方がいい。

 その上、頭一つ分は違うし、体重は一回り以上違うだろう。

 アイラはとっさに足元に転がっていた潰れた果物を蹴り上げる。

 難なく弾かれ半壊した屋台の柱にべしゃりと張り付く。

 その間に盾を拾い上げ、周囲をざっと見渡す。

 遠くから血を滴らせた剣を持って走ってくるオークの姿が見えた。

 そして、振り返るとアイラの背後にいた神官はとっくに逃げている。

 

 むこうは増援、こっちは孤立無援。

 

 私の人徳オーク以下。

 

 不意にそんな言葉が頭に浮かんで、アイラはいつものように笑った。

 

 オークの斬りかかる剣を盾で防ぐ。

 ゴブリン相手にやっていた見様見真似ではない、力で振り回すようなロンの技を見ながらちゃんと金を払い手に入れたスキル≪盾受≫。

 上手くいった、という感触があった。

 僅かに角度をつけて受ける、同時に踏み込み、剣の重さに押しつぶされることもなく、盾が剣をはじき返す。

 オークの体が後方へぶれる。

 力負けするとは毛頭思っていなかったオークは目を大きく見開き、一瞬動きを止めてしまった。

 そのまま躊躇なくさらに一歩。

 剣を真っすぐ突き込む。

  

 ずるずると崩れるオークの背後から、続いて剣を振りかぶるオーク、後退して何とか剣を避けた。

 その奥からさらに走ってくるオークの姿にぎくりとなる。

 援護なしでオーク連戦はきつい。

 規格外品のレンジじゃあるまいしと内心溜息が出たが、仕方ない。

 現にもう息が上がっている。

 まずいなぁ、と冷えた空気を吸い込み、一気に重くなった足を更に下げながらアイラは思った。

 

 降り落とされる剣を盾で防ぐ、左腕がびりびりと痺れ思わず奥歯を噛みしめさらに後退する。

 どうしようもなく背中が寒々しい。

 つづいて横合いから切り付けられて、舌打ちしながら剣の腹をとっさに当てると、剣が悲鳴を上げた。

 

 文字通り鎬を削りながら周囲を見渡す。

 人間の姿はない。

 ・・・・・・みんな、大丈夫だろうか。

 そろそろダムローから帰ってくる時間だ、と、友達を心配する気持ちはまだ残っている。

 

 けど、他の義勇兵は?

 時間的には義勇兵がオルタナに戻ってきているから、最初の混乱さえ立ち直れば戦力的にすぐオークを追い払えるはずだ。

 

 逆にめんどくさくて酒場辺りでのんびりしてるとか?

 ありそう。

 まぁ、人間なんか・・・・・・そんなもんだと思い返して、アイラはいつものように空虚な笑いを浮かべる。

 

 アイラは振り下ろされる剣をなんとか避けた。

 力の入らない左手で何とかつかんでいた盾が音を立てて地面に転がる。

 手を伸ばした先で、盾が蹴飛ばされた。

 オーク達が笑っている。

 足が縺れ、とうとう地面に尻をついてしまった。

 何とか転がって、一撃を躱す。

 

 幾度も繰り返してきたように、反射的に体を起こそうとしたが、急に体に力が入らなくなった。

 

 オークの蹴りが脇腹にめり込み、一瞬息が止まる。視界が一瞬白くなり、息が吸えない。

 

 終わりだと、おもった。

 やっと終われる、と思う。

 

 オークが剣を振り上げる。

 見上げていたオークの顔に、突然羽が生えた。

 

 はね、ちがう。矢だと目を瞬く。

 オークの頭を矢が貫通して、顔から羽根だけがつきだしているように見える。

 

 続いて甲高い雄叫びと共にオークが突進してきた巨体に弾き飛ばされた。

 やったのは、自分よりも背の高い女戦士。

 体格もいい彼女は、そのまま剣を振るってオークにとどめを刺す。

 

「立てるかい?」

 

「・・・ありがとう、ございます」

 

 振り返ってにやりと笑う彼女にアイラは、深呼吸する。

 

 剣を握ったままの右手を地面について立ち上がれば、状況は一変していた。

 義勇兵達がオークと戦っているし、その上、オークよりも義勇兵の数の方が多い、そして義勇兵は全員女でそれぞれ白い羽根をどこかしらに飾ってる。

 個々の戦力は高くないのだろうが、チームワークがいい。

 集団で囲んで叩き伏せるのが卑怯?そういうのはかっこいいのが好きな男の子にでも任せておけばいいといわんばかりだ。

 力の入らない左腕をだらりと下げたまま、アイラは女戦士を見た。

 ふわふわした髪の毛に、きらきら光る瞳。

 なんとなく、垂耳で笑ったような顔をしている人懐っこい白い大きな犬を連想した。

 彼女もまたアイラを面白そうに見つめ、やおら手を伸ばして頭を撫で始めた。

 

「よしよし、よくがんばったね」

 

 なんとなくされるがまま撫でられていると、チェック柄の上着にそばかす顔の女盗賊がやってきて女戦士の脇を軽く叩いた。

 帽子に白い羽が飾られている。

 

「マコ姉、待ってその子、知らない子」

 

 そう呆れ顔で指摘すると、マコ姉と呼ばれ女戦士は手を止めてアイラの顔を覗き込む。

 

「なにいってんだい?アズサんとこの新入りだろ。メガネ」

 

「アレ魔法使い」

 

「じゃあこの子は?」

 

「知らない子」

 

「おや?」

 

「マコ姉ぇー」

 

 甘えた声でペシペシと叩くふりをする盗賊の頭を戦士が笑いながら撫でているのを見て、アイラは視線を逸らした。

 倒したオークから早くも奪略が始まっている。

 身包み剥がされたオークの死体は首を切り落とされて、地面に転がったままだ。

 女の義勇兵たちは一斉にお喋りをはじめ、あるいは恐る恐る戻ってきた屋台主たちに話しかけている。

 気がつけば、鐘の音は止んでいた。

 

 なんとなく、きっとレンジ達は大丈夫なんだろうな、と今更のように痛んできた左腕を抱えながらアイラはぼんやり思った。

 

 ***

 

 たどり着いたのは、小さな宿屋だ。

 白い鳥の看板が目印。古いが手入れがされているから、建物の雰囲気は明るい。

 深呼吸をしてから、そっと扉を押す。

 

 ≪荒野の天使隊≫とは、何かと縁がある。

 マコと呼ばれた義勇兵が教えてくれたこの場所に来れば、つなぎを取ることができると聞いたのだが。

 

 中はテーブル席が二つ、三つ、それから五人くらいかけられるカウンターの向こうに店員が一人。

 カウンター席には、長身の女性が腰かけていた。

 それから・・・・・・右方は一段上がって、板張りの上に厚手の敷布が敷かれて入れそのまま腰を下ろせるようになっている。

 使われていない今はまだ背の低い長方形のテーブルが端に寄せられていて、隣にクッションがいくつもあるのが見える。

 

 居心地良さそうだった。

 

 和風居酒屋とか、そんな感じ?と一瞬思ってから微かにアイラは顔を顰める。

 和風って、なんだっけ。

 

 おそらくは下で食事をとることが出来て、上は泊ることもできるはずだ。 

 ただし、女性専用。

 

 店員がこちらに視線を向けたので軽く頭を下げてカウンターへ近づく。

 時間が早すぎたかもしれないと思いながら、ちらりと壁のメニューをみると、意外と食事のメニューが充実している。

 しばらく考えて、柑橘水を注文した。

 

 腰掛けて、周囲を見渡す。

 他に客の姿はない。清潔だから、不人気という事もないだろう。

 

「マコさんに会いに来たんですけど今いますか?ここ定宿だって聞いたんですが、本人から」

 

 めんどくさそうな顔をした店員がちらっと唯一の客に視線を向けた。

 視線を受けて、彼女はアイラをみる

 切れ長の瞳に整った顔立ち。

 鉱物のような透明感と硬さが同居した凄みのある美貌にどこか愁いがあり、それがなんとなく親近感を抱かせる。

 

「まずは名乗りな。話はそれからだよ」

 

 一度、遠くから見たことがあるから、彼女が誰かはわかっていたがアイラは頭を下げた。

 

「アイラ。今は、銀髪のレンジのところにいます。はじめまして」

 

 彼女は微かに唇の端を緩める。

 

「≪荒野の天使隊≫のカジコ。それでアンタ、うちのマコに何の用事だい?」

 

 

 数人の義勇兵が、全員黙りこくってテーブルの上に散らばる羽を見つめていた。

 羽根の種類は様々だ。

 ふわふわとした綿毛から、長く美しい風切り羽。

 薄く波打つように模様の見える猛禽の尾羽。

 宝石のように青く輝く羽根や真っ白な羽根。

 

 どれもまだ薄汚れているし、羽軸が折れているものもある。

 鳥には詳しくないし装飾品にも疎いから、その羽根がどれだけ貴重なものか、アイラにはわからない。

 それでも純粋に美しいと思えるそれら。

 

「革鎧の内側の隠しにあったから、失くさずに済んだみたいで。他の身元が分かりそうなものはもう、何もなくて」

 

 誰かがひゅうっと声を漏らした。

 クッションを抱きかかえて俯く者。

 唇を噛みしめ、テーブルを睨む者、怒りに燃えた瞳で天井を仰ぐ者。

 

「しっかりしな。女の義勇兵の死体を、たまたま見つけて念の為に知らせてくれたってだけだよ。まだ」

 

 カジコは強張った頬を無理にゆがめて、隣の戦士の肩を叩く。

 

「キクノ、あれ持ってきてくれるかい?」

 

「・・・わかった」

 

 かすれた声で返事をしたキクノと呼ばれた戦士が宿の奥へ向かう。

 しばらくして、キクノは丁寧に包まれた幾枚も重ねた紙を持ってきた。

 

「カジコ、あの。これのなかには・・・・・・」

 

 キクノの恐る恐るとした言葉にカジコは頷いてみせる。

 

「まずは、この中でアンタが弔ってくれた死体の特徴と被っているのがないか探してほしい。身長とか、髪の色ぐらいしか比べようないけどね」

 

 平静を装うカジコの声は、わずかに震えている。

 アイラは少し眉を寄せて頷くと、受け取った紙をテーブルに広げた。

 絵だった。

 質の悪い紙に素描写された似顔絵。みな年若い少女といって良い年ごろから年嵩まで女ばかり。

 横顔と、横に簡単な特徴が書き込まれている。

 

 何人かはそこにいる女たちによく似ていたから、それが彼女たちの似顔絵だという事はすぐにわかった。

 他にも、この場にいないものの顔もある。

 

 見つけた死体は、金目のものも武器も義勇兵章すら持っていなかった。

 肌の露出している部分は獣に食い荒らされたのか、原形をとどめてなかったように思う。

 唯一、髪と身長、それからボロボロになった皮鎧から狩人だろうと判別できたぐらいだ。弓も持っていなかったと思う。

 

 ただ唯一、血で張り付いた皮鎧の内側の僅かな隙間に、羽軸を折らないように丁寧に仕舞いこまれていた羽根。

 そう、あの死体はきれいな羽根を大事そうに持っていた。たったそれだけだ。

 

 けど、それこそがここを訪ねるのに十分な理由で、もし違うならばクラン・オリオンと狩人ギルドを訪ねるつもりだった。

 オリオンは女性の義勇兵も結構多いし、顔が広いから行く意味はある。

 狩人ギルドでは、ある程度ベテランになった義勇兵にとってはあまり縁がないし近況を知るには不適切だ。

 

 黙って何枚もの紙をめくりおえると、アイラはふと息を吐いた。

 彼女たちのために喜ぶべきなのか、身元が分からないのを残念がるべきなのか、

 

「確実には言えないけどたぶん、この中の人じゃないです」

 

 それを聞いたカジコは、視線を落として頷く。

 マコが視線を合わせ何か言いかけてやめた。

 

「悪いけど、もう少し付き合ってくれるかい。残りは別のところにあるんでね」

 

 アイラは目を瞬いて頷いた。

 カジコは重ねられた紙の束にある幼さの残っているかつての自分の肖像を一瞥して少し笑う。

 

「カジコ、アタシも」

 

 蒼褪めた顔で立ち上がったキクノにカジコは労りの視線を向けて首を振った。

 

「キクノ、アンタはいいよ。それに大勢で押し掛けるのもよくない。マスター!みんなに一杯奢ってやってくれるかい?みんな、今日はこれでお開きだゆっくり休みな」

 

 

 すっかり暗くなった道のりを歩くカジコの足取りは、重そうだった。

 

 無言でいくつかの通りを抜けて、西区にある安っぽい下宿に辿り着くと管理人としばらく話してから、そのまま振り返りもせずに人けのない方へ向かう。

 

 着いた先は無数の絵が飾られている部屋だった。

 部屋も足の踏み場がないほど様々なガラクタが転がっている。

 恐る恐る進みながら部屋の中を見渡すと、質の悪い紙が、無数に壁に貼られている。ほとんどは人の絵だったが、時折モンスターや異種族の絵がある事に気がついた。

 まれに彩色されたものは、何かの祝いの席なのか着飾った男女の絵ばかり。

 

 そして、女が一人、こちらに背を向けて机に向かって黙々と何かを描いている。

 

 カジコは足を止め、腕を組んで息を吐いた。

 

「カタリナ」

 

 女はこちらに気がつく様子もなく、没頭している。

 

「カタリナ!」

 

 近づいたカジコに肩を掴まれて初めて、女が顔を上げた。

 どことなく薄汚れた風体で栄養が足りてなさそうに見える。

 髪の毛にも塗料らしき汚れがついているのに気がついて、アイラは目を丸くした。

 

「ああ、カジコ。頼まれた件はこれからかかるところだよ」

 

「約束の期限は切れてるんだけどね」

 

 ひょうひょうとした言葉に、カジコは溜息をついた。

 女は気にした様子もなく、ペンで頬を掻く。

 

「おや、そうだったかな?たった10枚だろ?まあボクにかかれば一晩で出来上がるさ」

 

「・・・原紙をだしてくれないかい。ちょいと確認することがあってね」

 

「いいよ、確かこの辺だったかな」

 

 そういって女は腰を上げると机の上にも山積みになった干からびた植物や書物や紙の束に手を突っ込む。と、そのまま引き抜こうとした。

 てっぺんに積まれた本がぐらりと傾ぎ、人間みたいな形をした野菜みたいなのの髪の毛っぽい所が他の山にぶつかる。

 

「ちょっ!馬鹿ッ」

 

「わわっ!」

 

 机の上に積まれていた山々は雪崩を起こしてガラクタの海の中へ埋没していった。

 カジコは、頭をガシガシとかいてから、はぁとため息をついてしゃがみ込み、ガラクタと紙と植物をより分け始める。

 慌てて後ろにいたアイラも隣に並んで片づけを手伝い始めた。

 

「ま、待ってカジコ。ボクがやるよ」

 

「アンタが手を出すと余計悪化しそうだから、そのままおとなしく座ってな」

 

「ありがと。じゃあ願い」

 

「カタリナ。アンタ、本当にいい性格してるよ・・・・・・」

 

 カジコは、アイラを見ると軽く頷いてガラクタを遠くに押しやる。

 

「あぁっ大事にしてよそれ!大切な資料なんだから!」

 

 カジコは無視してガラクタを重ねて部屋の隅にもっていく。

 

「やりながらでいいから、紹介するよ。こっちはカタリナ。元義勇兵。絵が上手いから結婚する奴の絵を描いたりして食ってる。アタシ達の絵を描いたのもこいつ」

 

「チョリーッス」

 

 舌を出してブイサインをするカタリナにアイラは微妙に困りながら一応頭を下げた。

 とりあえず、散らばっている絵を一枚ずつ破かないように拾っては重ねていく。

 ドワーフ、エルフ、ゴブリンにオーク、物売り、辺境軍の正規兵に見たことのない怪物たちの絵、それから。

 

「カタリナ、こっちはアイラ。死体を弔ったから、その面通しだよ」

 

「んー新人サン?」

 

「さあね。足は相変わらず痛むのかい?」

 

「いや~オリオンの仕事でお嘆き山まで行ったけど、吹雪はひどいし雪崩で装備もやられちゃって。計画を立て直すことになった上、ボクも動けなくなっちゃったからさァ。一応向こうも責任感じてくれて、痛み止めとかしこたまくれたから今は割と楽だよ」

 

「・・・・・・そうかい」

 

 カジコは分厚く包まれたカタリナの足に一瞬目をやってから俯き、干からびた植物を重ねて並べる。

 そして絵を抱えたまま黙っていたアイラに視線をやった。

 

「そっちも終わったみたいだね、どうしたんだい?」

 

 声を掛けられ、アイラはのろのろと顔を上げる。

 それから少し躊躇った顔で一枚の絵を差し出した。もう一枚、手に持っているがそちらは違うらしい。

 

「私が見つけた人かなと思って。髪の特徴と身長がだいたい、これぐらいなら・・・・・・多分。顔は分からないから、もしかしたら違うかもしれませんけど」

 

「そっか。・・・もっと早くボクが絵を仕上げれば、可能性はあった?」

 

 絵の中の女性の顔を見て、カタリナは複雑な顔をしカジコは首を振る。

 納得と、諦めと一抹の寂しさが去来したが口には出さない。

 

「外だしね、もう呪いに捕らわれてたから。どのみち手遅れだったよ」

 

 消息の分からなくなった仲間を探す矢先だったとか、こんな時の為に全員分の絵をかいてもらっているという話は、初対面の新人に説明する理由はないのでカジコはいわない。

 

「彼女、・・・・・・ボクのために羽根や動物の毛皮を集めてくれたことがあったよ」

 

「・・・ウチに入ってからはだいぶ安定してたけど、それでも人間と一緒にいるのが時々耐えられなくって外に一人で出かけてたからね。アタシたちにも鹿だとか食べさせてくれてた。キクノと仲が良くて、懐いててね」

 

 あふれだす思い出に、カジコは絵の中の少女の横顔を愛おしげに撫でた。

 

「いつか、こんなことになるんじゃないかって思ってたよ。・・・・・・独りで逝かせるのだけは避けたかったんだけどね」

 

 カタリナはカジコの背を撫でる。

 義勇兵ならよくあることだし、ひどい目にあわされた女の義勇兵たちは何かと問題を抱えているというのはよくわかっていた。

 それを何とかしようと、カジコが足掻いていることも。

 

「狩人だからね、逃げ足は速かった。ヤバイと思えばいつだって帰ってこれるはずなのに馬鹿な子だ」

 

 アイラは握ったままの紙に目を落として、描かれている顔をみつめていたが、もぎ離すようにカジコに視線を移した。

 

「危ないって思わなかったのかもしれません。不意の事故で、苦しむ暇もなかったかも」

 

 慰めになるかどうかはわからなかったが、それくらいは言うべきだとアイラは思った。

 

「そうだね、損壊は、死んだあとなんじゃないかい?オークの斥候ならどこでかち合ってもおかしくないけど、奴らなら死体を始末するはずだし、それ以外なら逃げるくらいできるさ」

 

 頷き続けるカタリナの言葉にカジコは目を細めた。

 

「それならそれで、・・・・・・所持品が見当たらないってのが気にかかる。義勇兵章まで奪うような相手が、ぼろくても皮鎧を見逃すとも思えない。服は、着てたのかい?靴は?」

 

 急に語気を強めたカジコにアイラは瞬きしてしばらく考えた。

 

「その辺は、大丈夫でした。けど、血とか滲みてボロボロだったから、亡くなった後に金品を奪った相手がいるとしたら、触りたくなかったのかも・・・・・・」

 

「けどアンタは触った」

 

「・・・・・・前、死体を見つけたときも身元が分からない人だったんですけど、火葬場の人がちゃんと確認してたから。わかるなら、知らせてあげたくて。仲間がいるなら、知らせてほしいだろうと思って」

 

 口元を歪めて、泣きそうな笑い顔でいうアイラに、カジコは頷き唇を噛みしめしばらく考える。

 強張った頬を撫でて、カタリナの顔を見た。

 彼女が義勇兵を止めた原因は怪物との戦闘中の事故だが、カジコとカタリナの二人が知り合ったのは、人間が原因だった。

 

「それも女かい?どんな様子だった、いつ頃の話だい」

 

「・・・・・・夏の終わり。けど、亡くなってたのは神官の男の人で。街の近く・・・まだゾンビにはなってなかったんですけど。首とか斬られてたからオークの仕業なのか、今となってはよくわからなくて」

 

「あっ!ちょっと絵を破かないでくれよキミ。ほら返して!」

 

 アイラが絵を握り締めていることに気がついたりカタリナが声を上げ手を差し出すと、カジコは呆れた視線を向けた。

 

「アンタ、ホントに空気ってもんを読まないね」

 

「そこがボクのいいところだって、シノハラも言ってたよ」

 

「はいはい」

 

 うんざりとした表情のカジコをよそに、カタリナはホラっといって再度手を突き出す。

 アイラは絵に目を落として、カタリナをみた。

 

「・・・・・・絵、買わせてもらうとか、できませんか。あんまり出せるわけじゃないけど」

 

「完成品ならいくらでも買って欲しい所だけどね、それはラフだろう。そんな習作じゃプライドに掛けて売れないよ。金を出すっていうなら、モデルにも相応の支払いが必要だから、本人に話をする必要もある」

 

 きりりとした顔になってまっとうなことを言うカタリナに、カジコは驚く。

 

「・・・・・・意外ときっちりしてんだね、アンタ」

 

「キミが言い出したんだろ、カジコ。下手な絵を世に出すなとか、自分がモデルの絵を勝手に描いて売ろうとするなとか」

 

「アンタが変な絵描くからだよ!」

 

「・・・売れるのに、ヌード。あと寝顔とか、猫耳がなぜか正規兵のおっさんにね」

 

「張り倒すよ」

 

 褒めて損したとばかりに疲れた顔になったカジコを笑いながら、カタリナはアイラの手の中の絵を覗き込むと、呆気にとられた後、ニヤニヤ笑いをした。

 

「若いなぁ~。寂し野前哨基地で描いた絵だよ。ソレ。まだいるんじゃないかな。飲み屋で手慰みにやっただけだから名前は知らないけど」

 

 興味を駆られてカジコもアイラの手の中の絵を覗き込む。

 

「寂しの前哨基地・・・」

 

 若い男の素描写だった。整った顔立ち。どことなく微笑んでいるが眼に陰がある。

 レンジと正反対の印象だ。

 こういうのがいいのか、と思いながらカジコは眼を大きく開いて固まっているアイラを見る。

 図星を突かれて恥ずかしいのだと思った。

 絵一枚でこうなってしまうのはかなり珍しいが、わからなくもない。

 実際クランでも、物語の男の絵を囲んではしゃいでいるメンバーがいる。

 

 カタリナは義勇兵としての才能はないが、絵の才能はあったから、こうやって何とか食っていくことが出来た。

 義勇兵を長く続けていくことは難しい。

 力の弱い女はなおさらだ。だが大した蓄えもなく命惜しさに義勇兵を止めても食い物にされるだけだから、色々なことを考えていく必要がある。

 

「どこのパーティだい?」

 

「クズオカ」

 

「じゃあこいつもクズじゃないか。やめときな」

 

 カジコの忠告にカタリナが苦笑いし、アイラは何が何だかわからないという顔でカタリナとカジコを交互に見つめている。

 そういえば、最近まで新兵だったなら、まだクズオカの事を知らないのかと同性だからという理由でカジコは普通に心配した。

 

「クズオカは純粋に性根の腐った救いようのないクズだけど、特に今はキクチとカトーっていう札付きの下衆までいるからね。こいつの事は知らないけど、それに耐えられるようなのはやっぱりどうしょうもない奴だよ」

 

 ≪荒野の天使隊≫でもこいつらがいそうな辺りは絶対に近寄らないように言い聞かせているし、あの穏健なオリオンも避けている。

 おそらく最近クズオカがオルタナで見かけないのも、これが理由だろう。

 

 ただのろくでなしならクランの連中で袋叩きにするところだが、二人は忌々しいことに腕が立つのだ。

 

「パーティの質ってもんがあるからね。アンタのところだってそうだろう。レンジの事は知らないけど、アンタを見てると評判よりはマシな男だってわかる」

 

「えっレンジってあのレンジ?ワイルド系イケメンの?現在抱きたい男ナンバーワン(ブリちゃん調べ)の?」

 

 途端にわくわくした顔になるカタリナにげんなりとした顔のカジコ。

 二人の正反対の柚須にアイラは瞬きを繰り返し、何か呑み込んでから恐る恐る頷く。

 

「そーみたい、ですね。みんな中身は割とおも・・・紳士なんですけど。いや、ロンは品性が終わってるけど」

 

「・・・終わってるんだーへぇー詳しく頼むよソコ。ロンはボーズ君だよね、レンジの腹心の」

 

 興味津々のカタリナが首を伸ばす。

 足が不自由だが、カタリナはかなり情報通だ。

 

「あの・・・同じ聖騎士だからどうしても野営の時とか朝かち合うんですけど、一度脱いでるとこみられて、それは事故だからしょうがないけど。『わりいな、けど減るほどないだろ』とか言いやがったんですよあの坊主頭」

 

「千切ってやりなそんな奴」

 

 憤懣遣る方ないという有様のアイラと冷たい声のカジコにカタリナが肩を震わせ涙ぐむ。

 

「カジコ。クランの子達の前でカッコつけるのやめればいいのに」

 

「示しってもんをつける必要があるんだよ。アタシは」

 

「大変だね。リーダーは」

 

 揶揄するカタリナを打つ振りしカジコは緩んでいた表情を引き締める。

 近寄りがたい冷たい雰囲気を身に纏い、穏やかな口ぶりでアイラに言う。

 

「すっかり脱線したけど、今回はありがとう。アンタの事は、新兵の時に一度関わってるって聞いてたから知ってた。貸しにしといておくれ。何かあればいつでもうちに来るといい」

 

 アイラは頭を下げると、握っていた絵を名残惜しそうにカタリナに返した。

 手が震え、ひどく指先が冷たくなっていることにアイラは気がつく。

 

「あの、・・・・・・寂し野前哨基地って、ワンダーホールがあるところですよね」

 

「まあね。行く気なのかい?カジコじゃないけど、少し考えた方がいいよ。オルタナに帰ってくるのを待ってたっていいんだし、まあ我ながらよく描けてるけどさ」

 

「あそこはそれに行くだけで時間がかかるからね。パーティの事も考えないといけないだろ。不満がないなら、抜けるのは得策じゃないよ」

 

 カタリナの言葉に、カジコも続ける。

 特にカジコは女達が痛い目に遭っている姿をよく知っているから、こういう時は下手な忠告より目の前の問題を指摘した方がいいと判断した。

 ベテランの忠告に、彼女は蒼褪めた顔で黙って頷いたので二人は少し安心して目を合わす。

 

「わかりました。ちょっと、考えます」

 

「そうしな。男なんて、いくらでもいるんだしね」

 

「実際、いいパーティに巡り合うのも大変だからね。今の仲間を大切にした方がいい」

 

 二人の言葉にアイラは顔をゆがめる。

 

「・・・・・・友達は、大切ですよね」

 

 寒そうに身体を竦め、腕を組んで彼女は頷いた。

 




オリジナルキャラ
カタリナ 女・元義勇兵

キクノ・マコ・アズサは原作でも登場するキャラクターですが、外見や口調などはほぼ創作です。

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