灰と幻想のグリムガル 聖騎士、追加しました   作:2222

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20話  薔薇の為に使った時間

 

「これは――今夜もひどい天気になりそうですね」

 

 アイラが鉛色の空を見上げて溜息交じりに隣のサッサに話しかける。

 金属の鎧は冷たさを一層身体へ浸み込ませる気がして、思わず肩を震わせる。

 盗賊ゆえ、あまり厚着のできないサッサも重たげな雲をにらみ、少し後ろを歩いているチビちゃんに視線を向けた。

 

「・・・うん。ヤな感じね」

 

 チビちゃんも一生懸命歩いているが、吐く息が熱っぽい。

 

「寒ィな、くそっ」

 

 時折アダチが湿っぽい咳をするのをロンが振り返り、レンジに視線を向けた。

 

 目的地へは、今日中につくはずだ。

 辺境軍の基地があるので、多少は期待できるだろう

 

 昨晩は天幕を張る前に雨に降られ、全員がずぶぬれになった。

 火を焚こうにも薪も雨に濡れてどうにもならない。

 幸いしばらくして雨がやんだものの、冷え切った身体、それにくわえての夜明け前からの強行軍で全員がかなり疲労している。

 さっきも水たまりに足を取られ、チビちゃんが転んでしまい乾きかけた服を濡らしてしまったし、アダチもいつもの皮肉をいう元気もない。

 

 一行の様子をみとったレンジはちらりとサッサに視線を向けた。

 

「・・・あとどれくらいだ?」

 

 声を掛けられ慌ててサッサは地図を取りだして広げるとアイラが横から覗き込み、周囲を見渡して方向を確認する。

 普段ならアダチが管理しているが、今日はサッサが代わりに持っていた。

 

「さっき落ちてた橋がここですよね」

 

「うん。だから、えーっと・・・直線で10キロ、ああでもここを経由するからもっとかかる。日が暮れちゃう。どうしようレンジ」

 

 地図を覗き込み考えながら形のいい眉を顰め、心配そうにチビちゃんを見つめるサッサ。

 風は冷たく川沿いの道は寒すぎる。

 

「よこせ」

 

 微かに顔を顰めながらレンジが地図を受け取り自らの目で確かめようとする。

 見ている途中で取り上げられる形になったアイラは顔を上げて、しばらく空を眺めてからレンジの傍により再び地図を覗き込む。

 

「レンジさん、ここに村・・・いや、集落か、ありますよ。ここで泊まりません?」

 

 指で指し示した先には、確かに数件の人家を示す記号がついている。

 

「なによ。遠いじゃない。一時間くらい戻る形になるわよ。だいたい、宿だってあるかどうか」

 

 反対側からのぞき込むサッサはちらちらとレンジの様子を伺いながら否定する。

 

「もどるのかよっ!」

 

 嫌そうな顔をするロン。

 アイラは一行の顔を一瞥して冷たい指で唇に触れた。

 乾燥して切れて、血の味がしそうだった。

 あとで、サッサが一緒に買ってくれた香油を塗っておこうと思う。

 

 チームでいろいろ考えるのはアダチの役目だが、今彼はそれどころではない。

 だから、まあ、少しくらいは提案してもいいだろう。とアイラは判断した。

 

 目的地に辺境軍がいる以上、行商人の類もいるという事だ。

 つまり、糧食の類はどうにかなるだろうが、おそらく宿までは期待できない。

 一番有り得そうなのは、目的地まで辿り着かずに途中で野営することだ。

 天気の具合を見るに、雨は夜を待たずに降り始めるだろう。

 昨日の雨と寒さで木も湿っているから、そう簡単に火も焚けない。

 疲労困憊の病人たちを冷え切った天幕で寝かせ保存食を食べさせるというのは、・・・今後の事を考えると、いろいろと良くない。うん、効率の問題だ。

 戦闘中に熱でふらつかれても大変だ。

 ・・・・・・チーム的に考えて。

 

「レンジさん、ちょっと提案があるんですけど」

 

 銀髪の男は目を細めて顔を向けてきたので、アイラは地図から視線を移しながら頷いて見せた。

 

 

「――寂れたところね。宿もなさそう」

 

「オルタナとは違いますからね。ほとんど出稼ぎで成り立ってるんじゃないかな・・・空き家とかあるかも」

 

 サッサの嘆きにアイラも曖昧に頷く。

 

 たどり着いた集落には20に満たない簡素な家々がまばらにあるばかり。

 家畜も飼っているのか、鳴き声が聞こえてのどかさにほっとするが、のんびりもしていられない。

 空は曇天、病気は魔法では治らない。

 だからこれは合理的な判断だ。とアイラは自分に言い聞かせる。

 二人でこの集落を先行して偵察し、様子次第で対応を決める。

 おそろしく簡単で、まっとうな方法だ。

 

「上手くいくの?」

 

「上手くいかなきゃ戻ってあそこで野営するだけですよ。何も失ってないなら失敗にはならない。時間のロスは痛いけど二人も休憩できるし」

 

 自分に言い聞かせるようにアイラはいうと、聖騎士らしく背筋を伸ばし軽く服装を整えた。

 サッサも首筋にかかる髪を後ろへ払うと顎を上げて周囲を見渡す。

 

 義勇兵らしき姿も見えない。

 サッサは野良着の住民がこちらを見ているのに気がつくが、気にしないふりをする。

 なのにふと盗賊ギルドで教えられたことを思い出して、弱気になった。

 

「そういえば、知ってる?昔ね、不死王の軍隊が攻めてきたとき、アラバキアの本土にいた盗賊は仲間の恩赦と引き換えに、辺境軍に協力して全員義勇兵になって敵と戦ったの」

 

 ずっと昔の話だ。

 当時の盗賊が本当は何を考えて義勇兵になったのか、もう誰にも分らない。

 

「王国の人なのに、義勇兵ですか・・・・・・?」

 

 素直に感心して頷いたアイラが、少し強張ったサッサの横顔を見て首を傾げた。

 ここで豆知識を披露する理由はなんだろうか。

 いつもサッサは情報収集を行っているから、ここでするのもそんな問題はないはずだろう、と思いかける。

 

「・・・・・・もしかして、義勇兵以外には盗賊って、印象悪かったりします?」

 

「ちょっとね。オルタナでも割とあるのよ」

 

 ため息交じりのサッサの言葉に頬を掻き、アイラは慰めるように肩を叩く。

 彼も、同じような目に遭ったことがあるんだろうか。

 その理由を、なんだか勘違いして受け取っていそうな気はするけど、と一瞬想った。

 今彼らは、どこにいるんだろう。まだダムローへ通っているんだろうか。

 そんなことを思いながら、アイラは笑ってみせる。

 

「・・・まぁ、何とかなります。大丈夫」

 

 まず二人が目指したのは、家々の中でも比較的大きめの家屋だ。

 酒場に類するものは見当たらない、どうやら雑貨屋もなさそうだから行商人頼みなのかと考えながら、アイラはぎょっとした目でこちらを見つめる住民に軽く微笑みかけ頭を下げる。

 怖いのか、少し強張った顔のサッサの腕を軽く引っ張り一歩前を進む。

 

 柵の内側にちょこちょこと鶏があるいているのを驚かさないようにしながら進み、扉を叩く。

 小さく扉が開いた。

 

「こんにちは、少し教えていただきたいんですが、よろしいでしょうか」

 

 出来るだけ明るい声で、アイラは先輩の義勇兵に尋ねる時のように柔らかく微笑んでみせる。

 クラン・オリオンは本当に参考になる。

 

 ***

 

「ここよ」

 

 サッサが扉を開くと、古びた木材の臭いがした。

 レンジは目を細め暗い家の中を確認する。

 何もない家だ。少し臭いが、耐えられないほどでもない。

 6人では手狭だが、雑魚寝するだけならなんとかなる。

 寝床の代わりに使っているのか、古びた毛皮が壁につるされているのと空の棚が視界に入る。

 梁綱が張られているから、何か乾かすのに使えそうだ。

 それから、囲炉裏がある。上に鍋が吊るされていた。

 

「悪くないな」 

 

 レンジが頷くと、サッサはほっと息を吐いた。

 ここは集落から少し離れた場所にある丸太づくりの古い小屋だ。

 時折立ち寄る狩人のものだが、集落の住民に管理を頼む代わりに行商人が使っていい約束になっているらしい。

 

 集落の長の家を訪ねてきた二人の義勇兵に、集落の住民は当然のように警戒心を露わにしていた。

 なんでそんなに敵意を向けられなくてはいけないかとサッサは内心怒っていたが、アイラがいつものように笑いながら自分も辺境軍に憧れて聖騎士になったなんて適当な嘘をつき得意の光魔法で冬につきもののあかぎれを治したり、家畜の怪我を治すことを申し出たことでかなり敵意は和らげることが出来た。

 最初に泊めてもらえるように頼んで断られ、空き家か納屋でもいいと譲歩しながらサッサが銀貨を差し出すと、紹介されたのがここだ。 

 

「ほら、チビちゃん。もう寒いから、中に入って」

 

 サッサはレンジ横でぼんやりと立っているチビちゃんの背中を押し、背負い袋から毛布などを取りだして手早く寝床を整えてやる。

 のろのろと入ってきたアダチの方はさらに調子が悪そうなので吊るされていた毛皮を下に敷いてやった。

 二人ともふらふらとした様子でそのまま寝入ってしまう。

 

 かなり、限界だったようだ。

 ただし、囲炉裏端にどっかりと座り込もうとしたロンには容赦はしない。

 

「ちょっとサボんないでっ早く火を起こしなさいよ!」

 

「うっせーなっ今やろうとしてたんだよ!」

 

 言い争う二人をよそに、レンジは持っていた濡れた薪の束を広げた。

 この薪はすぐには使えない。

 薄暗い室内に、カンテラを灯すと中は少し明るくなった。

 

 

「あ、お疲れ様です」

 

 しばらくして、軽い口調と共に別行動していたアイラも薪や袋やらを抱えて小屋の中に入ってきた。

 外はだんだんと雨の勢いが増しつつある。

 

「アイラ、遅かったじゃない。なにやってたの」

 

 サッサは水を滴らせているアイラに顔を顰めるが、かえって来たのはいつもの笑顔だ。

 

「ちょっと色々。みんなを連れてきてくれてありがとう。あれ、まだ手付かず?じゃあさ、・・・サッサ、井戸があるから、お湯沸かしてもらえますか。ロンはそこに水瓶あるから、水汲みを。たらいも借りたから、使うでしょう?先どうぞ」

 

「うんっわかったっ」

 

「ああ、悪いな」

 

 サッサは指示された鍋を下ろしはじめ、ロンも頷いて小屋を出る。

 アイラはどさりと薪を下ろし汚れた手を叩く。

 鍋を持ったサッサがタオルを手渡した。

 

「そんなに濡れて、アンタまで風邪ひくわよ」

 

「ありがと。うん・・・でも薪は・・・これじゃ足りないか」

 

 自分の用意した分と、レンジが持ってきた分。

 来る途中で拾うのは限界があったのか、一晩焚くにはやや足りない。

 アイラはタオルを濡れた髪に押し当てながらレンジを見上げる。

 

「・・・裏に薪小屋があって。ほとんど丸太のままだから、割らないといけないんですけど」

 

 

 レンジが薪小屋の中でしばらく薪を作って小屋に戻ると、角が天幕を利用して仕切られ目隠しされていた。

 反対の角ではアダチが微動だにせず寝ている。

 アイラは何かしているようだ。

 レンジは薪の束を部屋の隅に几帳面に積み上げる。

 いくら冷えるといっても、今夜はこれだけあれば十分だろう。

 

 小屋の中は囲炉裏の火とカンテラお陰でほのかに明るく温かい。

 隅で体を拭いていたロンが軽く手を上げた。

 

「おう、レンジ。おつかれ」

 

「ああ・・・」

 

 露骨に訝し気な表情を浮かべるレンジに対して、慎重な手つきでナイフを握っていたアイラが顔を上げる。

 

「今そっちでチビちゃんたち体拭いてるから、開けないでくださいね」

 

 そういって天幕の方を指さす。

 言われなくても覗く気はないレンジは、どかりと囲炉裏端に腰を下ろす。

 あとは食事をするだけだ。

 湯が沸いているなら、少し飲もうかと思ってのぞき込む。

 目の前の鍋で何か煮えている。

 白濁した湯の中を骨が浮いている。

 どう見ても、骨だ。何の骨かはわからないが煮えたぎった湯の中で何本の骨が乱舞している。

 

「なんだこれは」

 

「骨」

 

 レンジの声に、アイラが何を言っているのだと言わんばかりの呆れた顔で答えた。

 

 ***

 

 アダチは眠りが浅い。

 本人の申告ではそういうことになっている。

 

 違和感があって、アダチは目を開いた。

 いつも眼鏡をつけたまま寝ているので、起き抜けに何か見えないという事はまずない。

 とはいっても普段見えるのは天幕裏地やか宿屋の天井であり、いきなり人の顔が見えることはまずない。

 

「・・・・・・」

 

 近い。

 女の顔が間近にあった。

 薄暗い光の中では、黒絹のように見える髪の匂いまで嗅げそうだった。

 

「あ、やっと起きた?起きてる?アダチ君」

 

 目の前で手をひらひらと振られ、不快指数が一気に上昇する。

 

「なに。何考えてるのか理解不能だな。僕が具合が悪いのわかっててわざとそう言う気に障るような態度取ってるの?無神経だなきみは」

 

 身体を起こして目の前で腰を下ろしていた伊達眼鏡が無遠慮に額や頬を触ってくるのを振り払うと、アダチは眼鏡の位置を直して周囲を一瞥する。

 眠る前よりも少し体は軽い。

 部屋の中も温かい。

 囲炉裏の傍でチビちゃんも含めて全員がそれぞれ腰を下ろして何か食べているようだ。

 

「熱はなさそう?起きられる?ごはん食べます?」

 

 無下に扱われたのにも関わらずアイラは軽く笑い濡れたタオルを差し出す。

 アダチは反射的に受け取り、顔を顰めた。

 食欲は――あるといえばある、が、どうせ食べるのは美味くもない保存食だ――とおもったが、微かに甘い食欲をそそるにおいがした。

 温かそうで、なんだか嗅ぎ覚えがある気がする。

 どうやら囲炉裏の傍でパンも炙っているようだ。

  

「――なにやったの」

 

 不信感丸出しの視線でアダチが見つめると、アイラは軽く肩を竦めた。

 

「寒いし、ちょっと料理を」

 

「料理?きみが?」

 

 濡れたタオルで顔を拭き目を眇める。

 アダチは基本的にちゃんとした料理屋での食事とか、素性のはっきりしたものしか食べないようにしている。

 よくわからないものは絶対に食べたくないからだ。

 にも拘らず―――

 それぞれが持っているカップにサッサが鍋から何か注いでいる。

 スープだろうか。

 とりあえず近づいてよく見てみると、白っぽい粘り気のあるスープによくわからないものが半分沈んでいる。

 ロンが手でもって悩んでいるのは、白くて、細長い、骨か。

 チビちゃんは注がれたスープに今にも口を付けようとしているし、レンジも炙ったパンを食べている。

 

「・・・味見はしたんだろうね?」

 

 アダチが渡されたカップをじっと見つめて尋ねると、となりに座ったアイラはきょとんとした顔で首を傾げた。

 

「味見?」

 

 カップを傾けていたチビちゃんの動きが止まる。

 アダチはカップを揺らして中身をよく見ようとした。

 

「これ入ってるのキノコ、だよね?」

 

「キノコじゃないですかね、たぶん」

 

 アダチは視線をロンの方に向けた。

 

「あの骨は?」

 

「オークの顔って、ちょっと豚に似てますよね」

 

 骨を齧ろうとしていたロンとカップに口を付けようとしていたサッサが信じられないものを見る目で二人を見る。

 

「料理作った経験は?」

 

「やだなぁ。あんまり女の子の秘密を聞くもんじゃありませんよ?」

 

 そういってアイラがにっこり笑って自分の唇に指を押し当てると、アダチはうんざりとした溜息をつき、スープに口を付けた。

 予想通り、よくわからない根菜と肉が入っているシチューだ。

 

「薄いよ、これ」

 

「パンと合わせて食べるといいですよ。乾パンは、少し塩が効いてるから。チーズもあればよかったんだけど」

 

「ああ。なるほどね」

 

 そういいながらアダチは串に刺されていたパンに手を伸ばして少し千切ってスープに浸す。

 そんなに、悪くない。

 

 アダチがもそもそと食べていると、アイラもカップに手を伸ばしかけ不思議そうな表情で周囲を見渡した。

 

「どうか、しました?」

 

 そういって首を傾げて見せる。

 レンジはしばらく黙った後、長々とため息をつきカップを手に取った。

 その様子にサッサとチビちゃんは顔を見合わせ、恐る恐るカップに口を付ける。

 

「あ、おいしい」

 

「・・・っん・・・」

 

 骨を握り締めたまま固まっていたロンははっと目を見開き、素知らぬ顔でパンを千切っているアイラをみた。

 じっと見つめていると、すっとアイラが顔をそむける。

 肩が震えていた。

 

「おーーーお、お前ッ!」

 

「ぶっふふふあはははははははははははっ死ぬ、ロン面白すぎ、ヤバイ、むり」

 

「てッテメー性格悪すぎだろ!アダチより悪いんじゃねえか!」

 

「ちょっと」

 

 アダチの抗議の声に、アイラは笑いすぎて身体を二つに折って噎せていた。

 呆れた顔で背中を叩いてやるサッサ、チビちゃんが様子を見ながらレンジと自分のカップにお代わり注ぎ入れている。

 

 レンジはため息をついて囲炉裏に薪を追加した。

 


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