灰と幻想のグリムガル 聖騎士、追加しました   作:2222

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18,5話 すっごくかんたんなこと

 思い浮かべると、心が明るくなる。

 会えることを考えるだけでなんだか気持ちがわくわくして、好きなものを見つけると教えてあげたくなる。

 少しでも喜んでくれるなら、こっちはとても嬉しくなる

 

 困っているなら手を貸したいし、かなしみを分かち合うことができなくても重荷を減らしたいと思う。

 

 もしも間違ったことをしていたら止めたいし、正しいことをしているなら応援したい。

 

 ともだちのいいところは、友達だと心の中で勝手におもっていていい所だと思う。

 その笑顔を思い出すと心が温かくなるのは、自分じゃどうしようもない事だから。

 

 たとえ、二度と会えないとしても。

 

 

 ***

 

 

「・・・・・・」

 

「・・・・・・」

 

「・・・・・・」

 

 レンジ、アダチ、ロン男三人からの呆れや好奇心の視線を痛いほど感じながら、アイラはあえて何も感じてないように頷いた。

 頷いた拍子にしなだれかかっているサッサがずり落ちそうになったので、こっそり腕を回して固定する。

 上着の裾を掴んでいるチビちゃんもまだ何とか大丈夫だと判断し、口を開く。

 

「じゃあ、あとお願いします」

 

「何がじゃあ、なのか理解不能なんだけど」

 

「つーかなんでそんな酔ってんだよっ!」

 

 アイラの言葉にアダチとロンがそれぞれ反発し、サッサが大きく目を開き、男たちをきっと睨み付ける。

 

「酔ってないわよっ!ちょっとのんだだだけよっにゃによう!」 

 

 べろべろだった。

 

 アダチが馬鹿だと呟き、ロンもサッサのあまりの泥酔ぶりにやや引いている。

 レンジは眉間に皺をよせ、お肌つるつる髪の毛つやつや、頬をほんのりと上気させ瞳を潤ませているチビちゃんとサッサを見た。

 

 ちなみに二人ともそれぞれのクラスの特徴と個人の魅力を最大限に引き出すべく、店で交渉し駄目出しして作らせた新しい装備姿で見新しい。

 とりあえず、一人で歩かせると色々な意味でヤバそうだった。

 

 ちなみにオルタナは義勇兵も辺境軍も男の割合が多いため、男女比はかなりいびつだ。

 

「・・・何があった?」

 

 レンジの問いにアイラはしなだれかかってくるサッサを何とか椅子に座らせようと四苦八苦している手を止めて、天井からつるされているランタンに視線をやり一瞬考えて口を開く。

 

「湯冷ましに甘いもの飲んだんですけど、ちょっと強いもので。歩いてるうちに酔いが回っちゃったみたいです」

 

「アホかっ!」

 

 ロンの言葉に、アイラは短く乾いた笑い声を出す。

 アダチは呆れた溜息を洩らし、レンジは目を細め、短く息を吐いた。

 

「ならお前が何とかしろ」

 

 レンジはバッサリと切り捨てると席について給仕を呼んだ。

 

「えぇえ・・・・・」

 

 アイラは困惑して周囲を見渡す。

 今はいないから、大丈夫、だろう。説明をする前に一緒にいるところを見られたくないとちらっと思う。

 

 ここはシェリーの酒場。

 

 今日はチームで夕食を取ることになっていると聞いていたが、彼女は参加するつもりはなかった。

 二人が酔っていなければ、ここへも来なかったはずだ。

 もしも二人が屋台で手にした飲み物がアルコール度数が高いものだと気がついていたら止めていたし、サッサも普段なら気がついていた。

 はじめて飲むとはいえ、口当たりが甘いせいで警戒心が下がっていたのだろうか。

 あとは、レンジ達がいないので気が緩んでいた・・・とか、いくつか推論を立てアイラは内心溜息をつく。

 

「アタシが、こんくらいで酔うわけないでしょー」

 

 明後日の方向を向きながら語り掛けるサッサの肩を叩き、何とか椅子に座らせ視線を向けると他の全員はすでに座ってそれぞれ給仕に注文をしている。

 一瞬、冷たいなとアイラは思いそれからこのパーティは、そういうスタイルなんだから、仕方ない。

 と、何度も思ったことを再び心の内で繰り返す。

 

 それぞれの領分に手を出さないし貸さない。

 

 チーム・レンジはそういうところだ。

 

 そしてそれは義勇兵として生き残るならきっと正しい。

 

 できるできないじゃなく、やるかやらないか。それだけだ。

 

 レンジは・・・戦うことに慣れているように見える。腕力もあるし、頭も悪くない。

 それでも前衛として戦い、判断を下す以上の事はしない。

 

 おそらく自分がやった方が早いようなこともできるだけ分配して、他人の面倒まで見ようとしてはしない。

 上に立つという事がどういうことかわかってる。

 

 きっとわかってたくせに情に流されて何もかも自分でやろうとして、頑張り過ぎて。

 そんなことは、すべきじゃない。

 

 言わなくちゃいけないことがあった。

 できることは、もっとあった。

 

 いずれパーティから離れるその日までになんとかすればいいなんて、見ない振りした。

 

 何のためらいもなく、よろしくといってくれたあの日から、ずっと。

 

 嫌われたくなくてたくさん自分に嘘をついた。

 無理して他人の面倒をみているのが分かっていたなら、やめさせなきゃいけなかった。

 言うべきだった。

 たくさんのことを。

 

 なのに嫌われて、疎まれたくなかった。憎まれるのが怖かった。

 いずれ抜けるからと切り捨てないでほしかった。惜しんだり、引き留めて欲しかった。

 

 全部、自分のせいだ。

 自分が弱いせいだ。

 だから、仕方ない。こんなふうに流されてしまっても。これからどうなろうと。

 そうやって言い聞かせ、アイラは唇を噛みしめる代わりに吊り上げ笑顔を作った。

 

「アイラ~」

 

「うん?」

 

「ねえ、さっきみたいにアタシのこと呼んでよ」

 

「・・・・・・・・・さっちゃん」

 

「んふふ」

 

 サッサは機嫌良さそうに隣の彼女に凭れかかり、くすくすと笑った。

 ロンとアダチは普段みることのないサッサの姿に目を丸くし、なんだか見てはいけないものを見てしまった気がして目を逸らす。

 本人が後で頭抱えなければいいけどと考えつつ、アイラは周囲を再び見渡す。

 

「あのレンジさん、チビちゃんそこでいいんですか?」

 

 アイラはサッサの為に冷たい水を注文してから、ちらりと視線を落とす。

 外見上はあまり酔っているように見えなかったチビちゃんもタガが外れているのか、何故か床に座っている。

 

 レンジの近くにいたいのだろうけど、誰も床じゃ寒いし固いし給仕も困るんじゃないかとか、思ったりしないのだろうか。

 隣のアダチが少しズレればいいだけじゃないかと思いアイラが視線を動かすと、レンジは首を動かし頷いた。

 

「別に構わない」 

 

「・・・・・・っ」

 

 チビちゃんは嬉しそうに頷いたので、いいのだろうと彼女は結論を出す。

 基本的に声が小さすぎてアイラには何を言っているのかわからないが、サッサには通じているらしい。

 

 チビちゃんはあえて前衛に立つこともないし、護身術も光魔法もそれなりにできている。

 神官としての本分を果たしていて、それ以上は誰も求めていない。だから、それ以上は個人の領域だ。

 

 余計な口を挟む立場じゃない。

 

 動きやすいように極力余計な面積を省いた服装のサッサの襟元を直しつつアイラは再び自分に言い聞かせた。

 

 

 わりと社交的なロンが、なんやかんやいいながらつまみの追加注文ようとしてアダチに却下される。

 アイラはその風景をぼんやりと見ながら機械的に豆と肉の煮込みを口に運ぶ。

 酔いがさめてきたサッサが、無言で果汁水を飲んでいる。

 

「大丈夫ですか?」

 

「・・・うん。アンタも眠そうね」

 

 そういって顔を顰めながら囁くサッサにアイラは笑みを作って返す。

 また新しい客が酒場に入ってきた。

 落ち着かなげな戦士。それから、疲れ眠そうな顔をした盗賊に生意気そうな暗黒騎士。

 

 以前の彼らなら、食事を終えたら早々に義勇兵宿舎に戻っていただろう。

 見たところ、元気そうだった。

 服装は以前と変わらない。情報通りいまだにゴブリンを相手にしているし、6人でやっているようだ。

 

「なァ、やっぱあの女クビにしようぜクビ。リストラだ!」

 

 懐かしい声は良く響く。

 ロンがうるせえなと呟いたが、それだけだ。

 新兵だからってもう誰も気にしない。彼らの存在なんか、みんなどうでもいいのだ。

 

 きっと上手くいっていないだろうと予想はできていた。

 それでも、批判されているメリイの事を考えると気が沈む。

 

 視線が突き刺さっているのに気がつきながら、わざとサッサの頬を撫でた。

 

 表面上の笑みを崩さないようにしながら、匙で煮込みを口に運び、飲み物で流し込む。

 冷えた脂が胃の中で異物となってずっと残っている気がした。

 

「それ美味しいの?」

 

「・・・・・・一口食べます?」

 

「やめとく」

 

 何を言うべきなのか、どうするべきなのか。

 時間はあったのに、今まで覚悟がつかずに引き伸ばしたツケが回ってきた。

 

 もう彼らにも彼女にも後はない。

 彼女がパーティに加わったときから気がついていた。

 

 誰が落ちこぼれの見習い義勇兵にすら追い出された神官をパーティに迎え入れようと思うだろう。

 誰が落ちこぼれの見習い義勇兵のパーティで神官をやろうと思うだろう。

 

 まだ心配してくれる誰かがいる彼女なら、差し伸べる手があるだろう。けれどきっと誇り高い彼女はその手を取ったりしない。

 パーティの誰かが神官に転職する方法も残っている。

 けど彼らは・・・・・・彼と同じように振る舞ってしまうだろう。神官は、そういうものだと思って。

 

 そうならないために彼らには彼女が必要で、彼女には彼らが必要だった。

 

 パーティを結束させなくてはいけない。

 

 ぼんやりと考える視界の隅に不快そうな顔で金貨を渡すアダチの顔と、読めない表情のレンジが映る。

 意図が分からずに全員が傍観している。

 レンジの流れるような動きの先に、みんなの姿が見えた。

 

 レンジとハルヒロが並ぶ姿は、まるで大人と子供だった。

 

 俯いたハルヒロと驚いた表情のランタ、それから少し警戒しているモグゾー。

 

「見舞いだ」

 

 レンジの低い声は、いつもと同じように低いのによく聞こえた。

 彼はぶっきらぼうだし傲慢なところはあっても、横暴ではないし嗜虐的でもない。どちらかといえば常識的でもある。きっと言葉通りなんだろう。

 

 そして、自分がチームを抜けるといえば引き留めることもないだろう。そうアイラは思った。

 

 1ゴールドとここ数日で貯めた金があれば、ユメの為にもっと的に当てやすくなる精緻な弓を買い、シホルの為に高価な媒体のついた杖を買うことが出来るだろう。

 モグゾーやランタのための防具も、金が足りなくて≪忍び歩き≫のスキルを断念したハルヒロも。

 

 そんなアイラの夢想は、金貨を渡された瞬間のハルヒロの表情によって否定された。

 

 レンジは、善意も悪意もないだろう。

 けれど渡されたハルヒロにとっては。覚束ないながら今、必死でリーダーとして足掻いているハルヒロにとっては。

 

 彼なら、なんというかなと思った。

 

 誰の目から見ても彼らは幼い。何もかも不十分だ。

 自分やレンジたちですら他の義勇兵たちから見れば幼いのだから、それは当然だ。

 けど、子供じゃない。同じように義勇兵として生きてる。

 自分の力で毎日の糧を得て、仲間を失った悲しみを引きずりながら前に進もうとしている。

 養われるべき子供じゃない。誰かに面倒をみてもらわなくては生きていけない子供じゃない。

 

 それから、彼女はたった一つだけパーティを結束させる方法を思いついた。

 他には思いつかなかった。

 

 

 ***

 

 レンジという男は、行動が早い。

 

 彼らは翌日から一昼夜かけてサイリン鉱山の最下層を踏破した。

 デッドスポットには遭遇しなかったものの、そこそこ歯ごたえのある相手と戦ったことでおおむね士気は高い。

 

 日暮れ近くにオルタナへ戻ると、彼らは早々に散った。

 サッサとチビちゃんは宿に戻り前衛は鍛冶屋に用がある。

 

 アイラは剣の研ぎが終わるまで足の向くまま、いつものように北門に向かっていた。

 

 これから町の外へ出ようという人間はまずいない。

 近隣に住む商売人たちは、もっと早い時間に引き上げる。

 

 今入ってくるのは、外で働いていた人間ばかりだ。

 

 彼女は人の群れをつぶさに観察する。

 

 白いストールや白い羽の飾りをつけた女だけのパーティが笑いながら歩いていく。

 何事か語りながら足早に歩いていく揃いのマントをつけた義勇兵、荒んだ空気を纏った男たちの群れ、不快さを押し殺した顔の衛兵が交代する。

 外へ買い付けに行っていた商人たちに外壁の補修をしていた職人が道具を引きながら家に帰る。

 それから、それから・・・・・・

 

 ―― ここにいたって意味はない。

  まだ外にいるなら、迎えに行かなきゃ ――

 

 剣の位置を確かめ、彼女は北門から外へ

 

 

「ちょっと、さっきから呼んでるんだけど」

 

 急に肩を叩かれ、とっさに大きく飛びずさり、剣に手を伸ばしかけぎくりとした。

 今は研ぎに出している。そして同時に相手に見覚えがあることに気がついて、彼女は動きを止める。

 

「どうしたんですか、アダチさん」

 

 魔法使いは不機嫌そうな顔をして、右手で黒縁眼鏡の位置を直した。

 

「どうもこうも。何度も呼んだよ」

 

「え、ごめんなさい」

 

「そんな弛まれると困るんだよね」

 

 アダチに語気強く詰め寄られ、アイラは思わず両手を上げて目を白黒する。

 水を掛けられた犬のように狼狽えた姿に、アダチはあからさまにため息をついた。

 

 

「そうですね、何を覚えるべきかなあ」

 

 そういいながら煮込みを口に運ぶアイラをアダチは冷たい目でみながらお代わりを注文した。

 

 オークを倒し、装備を一新し、サイリン鉱山でひと稼ぎしたことでそれぞれ課題がでた。

 解決するには新しいスキルが必要だ。

 先日少し話した気がしたが、その話がまとまったのはアイラがハルヒロ達と酒場を出て行った後だった気がする。

 実のところアダチも少し酔っていたという自覚があるのでアイラがいたか記憶があいまいだ。

 金遣いの荒いレンジやロンに説教した覚えならあるのだが。

 

「・・・そういえば、それこの前も食べてたね」

 

 ちらりとアダチは目を細めてアイラが食べている肉と豆の煮込みへ視線を投げた。

 チームの会計から出すときは多少文句をつけるが、今日は自腹だから好きなものを頼んでいいはずだが。

 

「一口食べます?」

 

 そういいながら匙を運ぶが、アダチには得体のしれない肉とクズ野菜が煮込まれた料理を手を出す気にはなれない。

 アダチが無言で首を振るとアイラは頷いて、固いパンを千切って口に運んだ。

 

「過熱してるから食中毒の心配も少ないし、肉と豆類でタンパク質がとれるし野菜が入ってるからビタミンもある。受け売りですけどね」

 

「ふうん。好きだとか美味しいとはいわないんだね」

 

 アダチの言葉に、アイラは笑顔を作って応えなかった。

 今日もシェリーの酒場は大賑わいだ。有名人が来ているらしい。

 アダチは慣れない酒を飲み干すとテーブルにカップを戻す。

 高い音に、アイラは首を傾げ何も言わずにアダチの顔を見た。

 

「なんか文句でもあるっていうのかい?」

 

 アダチが眼鏡の縁を押しながら不機嫌にいうと、アイラは小さく首を振った。

 前髪のせいで表情が読めない。

 

「アダチさんは苦労が多いですね。えーと、そういえば教えて欲しいことがあるんですけど―――」

 

 ふたりでデッドスポットとコボルドについて話していると、アイラは不意に顔をカウンターの方へ向けた。

 白いマント姿の男が二階へ向かっている。後姿だけではだれかわからないが、クラン・オリオンの構成員なのは間違いない。

 

「そういえば、オリオンは星座の名前なんですってね」

 

「それが?」

 

 そんなことは、誰だって知っている。アダチが返すとアイラは口元に笑みを浮かべた。

 

「私は狩人の名前だと思ってて、シノハラさんが聖騎士で少し驚いたことを思い出しました。弓のこととか教えてもらえたから結果的に問題はありませんけど」

 

「・・・・・・ふうん。それが今、僕たちに何か関係あるの?」

 

 心底興味なさそうなアダチの声色に、アイラは何故か言葉に詰まり少し俯いた。

 口元だけはいつものように笑みを浮かべているように見える。

 

「うん。無関係でしたね。オリオンの人に、ちょっと挨拶してきます。今日は戻りますね」

 

 そういって立ち上がるのを、アダチは黙って見つめた。

 レンジに比べるとぎこちないがロンに比べると数倍音を立てない動き方で給仕と酔客の隙間を縫って二階席へ向かう姿をしばらく眺め、アダチは給仕を呼んで水を頼んだ。

 

 




「たいせつなものは、めではみえないものなんだ」

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