灰と幻想のグリムガル 聖騎士、追加しました   作:2222

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「きみには、いいことなんかひとつもなかったじゃないか」


16,8話 いいことはあったよ

 

 

 オルタナへは、思ったよりも早く辿り着いた。

 まだ日が残っていて周囲は明るい。

 

 まずは荷物持ちが必要な大きなものだけ先に売り捌く。

 鍛冶屋に剣を研ぎに出し、あるいは拵えを調節する。

 オークから手に入れた剣をそのまま使うことを良しとしないレンジは、いくつか鍛冶屋に注文を付けていた。

 軽い仕事なので、次の鐘が鳴る頃には出来上がるはずだ。

 

 サッサとアダチが故買屋を回っている間、レンジは近くの柱を背に腕組し近くでチビちゃんがいつも通り黙って立っていた。

 ロンはやることもないし、しゃがみ込んでじろじろ見てくる連中を睨み返すくらいしか時間の潰しようがない。

 

 とりあえず現金がないと何もできない。

 腹も減った。

 今日は注文していた装備品を受け取りに行くことになっているから、金も持たずに解散というわけにもいかない。

 

「そういや知ってるか、あの冷血女、とうとうゴブリンスレイヤーになったんだとよ」

 

「ぶははっマジか。とうとうヤキが回ったな。気取りやがってそこまで落ちぶれたのかよ」

 

 不意に耳に入ってきたのは、大声でしゃべっているベテランぽい義勇兵だった。

 酒が入ってるのか、串焼きを手にやたらとうるさく騒いでいる。

 

 何の話だか分かんねぇけど、うぜぇと、ロンが舌打ちしたも気づきもしない。

 

「あの性格じゃ、そこも追い出されるのも時間の問題だな」

 

「だろ。だからそしたらよォ」

 

 下品にゲラゲラと笑いながら手で何か仕草をしているのを、チビちゃんがきょとんとした顔で見ている。

 仕草の意味は分かる。それをチビちゃんの前でやられるという事が苛立ちの原因だと気がつかないまま、ロンはイラつく。

 

「二人、遅いですね」

 

 近くに立っていた同じ聖騎士のアイラに話しかけられ、立ち上がりかけていたロンは思わずつんのめり、何を考えていたのか忘れた。

 

「な、なんだよ。急に話しかけんじゃねえ」

 

「・・・・・・すみません」

 

 そういって腕を組んで黙られてので、ロンは舌打ちした。

 

「話しかけておいて黙んなよっ」 

 

 アイラは口元に手を当て何か言ったらしかったが聞こえなかった。

 

「聞こえねえ!」

 

 そう怒鳴るとアイラは血の跡のついた頬を擦り、口の端を少し吊り上げ首を傾げる。

 

「大声出して、疲れません?」

 

 以前似たようなことを言われた気がしたロンは、しばらく考えたが思い出せなかった。

 アダチだったかもしれないが、アダチならもっと心にクる言い方をしそうだ。

 

「別に疲れねえよ。ハッキリ喋らねえのが嫌いなんだ俺は。てめえもっとはっきり喋れよ。何が面白いんだよいつもニヤニヤしやがって」

 

「えー・・・そう、ですか?」

 

 アイラは首を傾げたまま黙った。

 

「自覚なしかよ!」

 

 ロンは舌打ちし、じろりと周囲を睨んだ。

 

「見てんじゃねえ!」

 

 笑いながら見ていた野次馬の義勇兵が酔いの冷めた顔でそそくさと散ってく。

 レンジはなにかと目立つ。

 時々こうやって睨みを利かせないとチームが他の連中に舐められる。

 

 ロンはじろりとアイラを見た。

 ロンも拭き切れていない返り血がついているが、こっちはもっとひどい。

 

 短い髪も汚れている。

 最初にルミアリス神殿で会った時は、髪を括れるぐらい長かった。

 最終日あたりに急に短くなっていたのでロンよりも他の騎士や神官の方が驚いていた覚えがある。

 

 指導者が違うので精々食事の時ぐらいしか顔を合わせなかったが、あまり悪い印象はなかった。

 だから久しぶりに姿を見かけて声をかけたが。

 けれどレンジが何を思ってチームにいれたのか、さっぱりわからない。

 元々レンジの考えることなんて、ロンには全然わからないが。

 

「しっかし、おせーな。ちんたらしやがって」

 

「そうですね。何か手間取ってるのかも?私も服買いたいし・・・こまったな」

 

 ロンはじっとアイラの体を見た。

 ひしゃげてしまった防具は屑鉄にしかならないので、途中で捨ててきた。

 今は申し訳程度にしか装備をつけてないし、服もボロボロで太腿とか腹とかちらちら見えてる。

 

「今の格好、サッサみたいだな」

 

 ロンの素直な言葉にアイラは腕を組み、ちらっとレンジの方を向いた。

 

「レンジさん、そのへんの故買屋を確認してみます。もし先に二人が戻ったら少し待っててもらえますか?」

 

 レンジは二人を見て、視線を下げる。

 

「ああ。・・・チビ、お前も一緒に行け」

 

 レンジにチビちゃんがアイラをちらっと見て頷いた。

 

「ぁ・・・ぁぃ・・・」

 

 ちょこちょことチビちゃんが近づくと、アイラは前髪に隠れている眼鏡を軽く押さえた。

 

「いや、迷ったりは・・・ああ、・・・よろしくお願いします?」

 

 一瞬変な笑い方をした後で、頭を下げるアイラにチビちゃんは不思議そうな顔をして頷く。

 市場の方に歩いていく二人の後ろ姿は、悪くないがロン的にはいまいちだ。

 でもせっかくなのでしばらく眺めてから、ロンはレンジへ振り返る。

 

「変な女だよな。なんであの女入れたんだよ。ああいうのが好みなのか?」

 

 レンジは表情を変えないままロンの顔を見返す。

 

「ない」

 

「お、おう。悪かったよ」

 

 速攻の否定にロンはちらりと市場の方に目をやる。サッサもアダチもまだ帰ってくる様子はない。

 

「まあ、見てくれならサッサの方がムネもでけえしな」

 

 ひとりで納得するロンにレンジはこめかみを揉み、小さくため息をついた。

  

 ***

 

「だからっその値段じゃ売れないって言ってるの!」

 

 アダチとサッサを探しに出てすぐに、チビちゃんは二人の姿を見つけだした。

 予想通り、故買屋で値段の交渉をしている。

 気がつかずに反対側の通りに行こうとしていたアイラの服を引っ張り、ちょこんと指差す。

 アイラはぼんやりした様子で顔を擦り、チビちゃんを見た。

 

「いつもああいう感じで交渉して・・・いるんですか?」

 

 チビちゃんが頷くと、アイラも頷いた。

 

「凄い、ですね。ランタみたい」

 

 そういって、大股で二人の方へ歩いていく。

 チビちゃんはサッサの横に行くと、つんつんと腕を引っ張り応援を始める。

 なにしろレンジ達が戦って勝ち取った戦利品だから、高く売ってほしい。

 アダチが気がつくと、アイラは軽く頭を下げた。

 

「遅いから、様子見に」

 

「ふうん」

 

 アダチは頷き、交渉中のサッサを見た。

 アダチは商品の瑕疵を見抜くのが得意だし計算も早いが、サッサは値下げを要求したり高く売りつけたりする技術に長けている。

 

「もう終わるよ」

 

 そういいながらアダチがちらりと横に目をやると、アイラは近くの屋台を熱心に見つめていた。

 甘いパンなどの菓子類をその場で作って売っているらしく甘い匂いが漂ってくる。

 視線に気がついたアイラがアダチの顔を見た。

 

「食べたいなら買えば?」

 

 アダチのそっけない言葉に、アイラは首を振った。どことなく雰囲気が柔らかい。

 

「シホルがドーナツ好きで。アダチさんは?」

 

「僕は別に」

 

 釈然としない気持ちのアダチは、アイラをじっと見つめた。

 アイラはそのまま屋台に行く様子もないのに、次々に買われていくドーナツを見ている。

 

「まさか昨日渡した分全部使い果たしたわけじゃないだろうね。そこまで世話みないよ僕は」

 

 アダチの言葉に、アイラは少し口を開いて首を傾げた。

 

「ああいうのって、揚げたてが一番おいしいから今買っても仕方ないんだけど。知ってれば後で買いに行けるじゃないですか、」

 

 意味が分からずにアダチは眼鏡の縁に軽く触れる。

 

「・・・・・・わけが分からないな」

 

 シホルがドーナツを好きというのはアダチにとっては全く関係のない情報し、揚げたてがいいなら今すぐ食べればいい。

 アイラは唇を指先で軽く撫で首を傾げ言い淀む。

 

「なんなのさ。いいなよ。僕には言えない理由でもあるっていうなら別だけどさ?」

 

 眼鏡の位置を直しながら言い募るアダチにアイラは視線を下に落とした。

 

「・・・アダチさんはシホルと友達じゃないから、わからないんじゃないですか、たぶん」

 

 返ってきた答えの意味が今のアダチには理解できない。

 眉間に皺をよせ考えていると、ようやく話をまとめたサッサがアダチのところに戻ってきた。

 そして隣にいるアイラの姿を見て顔を顰める。

 

「アンタ・・・改めてみると、本当にヒドイ状態じゃない。ヤバすぎるわよ」

 

 チビちゃんも激しく頷いて同意すると、アイラは困ったように笑った。

 

「うん、・・・はい。これから買いに行きます。あとでお風呂屋さん行きたいし。高く売れたみたいでよかった。凄いね、交渉お疲れ様です」

 

 アイラの言葉にサッサは無造作に頷き、頬を掻いた。そしてふと思いつく。

 

「このあと買い物付き合ってあげようか。アンタ趣味悪いし」

 

「っ!?」

 

 なぜかアイラが一歩後退する。

 一方サッサは自分の思い付きに満足し、チビちゃんに目を移す。

 

「ね、チビちゃんの服もできてるから、取りに行ってお風呂行かない?新しいの早くレンジに見せたいでしょ」

 

 サッサの提案にチビちゃんも目を丸くしてから、激しく頷いた。

 晩御飯はみんなで取る予定だから、その時に新しいのを見せるのは悪くないし、その前にお風呂に入って汚れを落とすのはさらにいい案だ。

 

「・・・その前に、お金」

 

「あ、うん」

 

 ひとりだけ蚊帳の外だったアダチが手を差し出す。

 サッサは分けた金を差し出しながら、魔法使いの顔を見る。

 

「何怒ってんの」

 

「別に」

 

 アダチはひどく不機嫌な声で答えた。

   

 

 オルタナの街において、風呂は重要だ。

 

 義勇兵も辺境軍でも聖騎士や神官がいる以上、ルミアリス信者として清潔にしておくことが求められる。

 そのうえ、義勇兵の多くが風呂を好むことが特徴としてあげられていた。

 その確率は、王国出身者に比べると段違いに多い。

 

 その証拠に、王国の住民が使う最低ランクの宿屋には風呂がないが、それ以下の宿代で泊まれる義勇兵宿舎にすら風呂がある。

 そういうわけで、現在サッサとチビちゃんが泊まっている宿屋にも風呂は備え付けられていたが・・・・・・。

 

「なんか、初めてきた気がしないのよね・・・」

 

 濛々と湯気が立ち上る中、サッサは白濁した熱いお湯に手足をいっぱいに伸ばし天井に目を向けた。

 

 ここは、オルタナの街にいくつかある風呂屋だ、

 サッサが利用するのははじめてだったが、値段もそんなに高くはないし、宿屋の風呂よりも開放感があり浴槽も広い。

 時間帯が早いせいか、自分達以外に客は一人だけだ。

 ほとんど貸し切り状態といって良い。

 

 チビちゃんが物珍しそうな顔で湯船の中をうろうろとしているのを視界に納めながら、アイラを探す。

 ちょうど身体を洗って湯船に入るところだ。

 眼鏡はしていないし、濡れた前髪も後ろに撫でつけているせいで、やけに幼く見える。

 

 ご機嫌のサッサが近寄るとアイラは半眼で格差社会と呟き、胸元で腕重ねて顎先まで湯船に体を沈めた。

 あざだらけの膝小僧が水面下に薄く見える。腕や背中もかなり変色しているのに気が付き、後でチビちゃんに言って治してもらおうとサッサは思った。

 

「ねぇ、義勇兵宿舎の方もお風呂あるんでしょ?どういう感じなの」

 

「うーん・・・こんなに広くはないかな。けど3、4人で使うには十分で、結構きれいだし使いやすかったけど」

 

「けど?」

 

「男女共用で時間決めて使うのと、宿舎の共有部分にあるからトラブルが少し」

 

「・・・・・・それ、ちょっと嫌ね」

 

 サッサの同意にアイラが頷く。

 ロンは気にしないだろうが、レンジがそこを使うのは想像できなかった。

 アダチはどうだろう、細かい男だけど意外におおざっぱだったりするし。

 

「アタシ、レンジについてって良かった」

 

 サッサのしみじみとした言葉にアイラはほんのり笑った。

 

「けど、炊事場あるからご飯作ったりできるし。宿屋と違って他のお客さんもいないから庭とか好きに色々使えるし、楽しい・・・楽しかった、ですよ」

 

 最後だけ、ひどく苦いいい方だった。

 サッサは他の6人の事をよく知らない。

 それどころか、まだ顔見知り以上に親しい義勇兵だっていない。

 そのことを考え、チビちゃんが湯船を上がって体を洗い始めるのを確認し小さな声で尋ねる。

 

「アンタから見て・・・アタシ達ってどう見えるの?」

 

 アイラは濡れた手拭をたたみ直し、サッサの顔を見た。

 

「気にするんですね。かの有名なチーム・レンジなのに」

 

「悪い?」

 

 思わず腕を組んで睨むと、アイラはいつもみたいに口元を歪め笑みを作ろうとしていたが、とてもそんなふうには見えなかった。

 アイラは前髪をもっと短くするべきだし、眼鏡だってやめるべきだ。

 そんなふうに、サッサは思う。だって、そうすればこんなにわかり易い。

 下手な挑発に乗らずサッサが黙って促すと、アイラはしばらく黙り、やがて口を開く。

 

「いいパーティだと思う。ちゃんと個人がその役割をこなしているから、誰かに過剰な負担が掛かってない」

 

「・・・アタシは、お荷物だわ」

 

「盗賊の代わりは誰もできない。たった一人で援護もなく敵の偵察に行ってるのに、そんなふうに言えない。私には」

 

 小さく口を開いたまま目を落とすサッサの方を見ようともせず、アイラは淡々という。

 

「盗賊の本分は、偵察、牽制。それから相手の隙を見ての攻撃すること・・・・・・つまり、前衛のサポート、」  

 

「アタシは・・・一人じゃコボルトだって倒すのは、まだ難しい」

 

 サッサが奥歯を噛みしめて囁くと、アイラは首を振った。

 ちゃぷちゃぷと水面が揺れる。

 

「それは単にスキルや腕力の問題だから。本当に必要なのは、自分がどう動くべきか、誰がどう動くべきか心得てる。っていう事なんだと思う。あなたはそれをちゃんと考えて頑張ってるから、大丈夫だと思う」

 

 レンジに認められるようになりたい。

 チームに貢献したい、そのためにできることをサッサがやっていると、口に出して励まされるのは、案外悪くなかった。

 

「・・・ありがとっ」

 

 サッサの言葉に、アイラは頬杖をついて笑った。

 

「なんか、すごーく申し訳ない気がしてきたから言っておきますけど。本当に、お金目当てなんだ。私。だからレンジさんのいう通りにしてるだけだから、何も気にすることないですよ。言われた通りにしてるだけだし、聖騎士が盾やるのは当然なんだから・・・申し訳ないんですけど」

 

 サッサは思わずに声を上げそうになって、チビちゃんが改めて自分の方に歩いてくるのに気がついて口を閉じる。

 チビちゃんも大きい風呂が気に入ったらしく、楽しそうだ。

 宿屋の風呂も悪くないけど、たまにはこっちでもいい。

 

 同じ宿屋に泊まり料理作ったりしていたら、レンジの事をもっとよくわかるようになるんだろうか?

 

 サッサは整えてある自分の爪を水面から突き出してつらつらと考えた。

 

「もしかして、チビちゃん湯あたりしそうになってませんか?」

 

 不意に意識を引き戻されたのは、どこか心配そうなアイラの声。隣を見ると肩まで浸かっているチビちゃんの顔が真っ赤だ。

 

「・・・ぃ・・・・ぅ」

 

「本当?大丈夫?」

 

 サッサが心配して声をかけると、チビちゃんはふるふると首を横に振った。

 こぶしを握り、力強く頷く。

 

「・・・っす・・・!」」

 

「お風呂は頑張るものじゃないからっ」

 

 慌てて立ち上がってのぼせているチビちゃんを引っ張り上げる。

 アイラもチビちゃんとサッサを見比べてから、慌てて手を差し出した。 

 




キツネはいった。「小むぎの色のおかげで。」

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