灰と幻想のグリムガル 聖騎士、追加しました   作:2222

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16,7話 さがしているものは

 

 チーム・レンジが新しいメンバーを入れて数日経った。

 

 今日向かうのはデッドヘッド監視砦、オルタナから北六キロの場所にある。

 

 現在オークに占拠されているそこは、石造りで壁面にはオーク達の紋章などが描かれていて異様な雰囲気を醸し出している。

 さらに監視台の周辺には広範囲に見張り用の櫓が点在ているのが遠くからも見えた。

 その上、その櫓の周囲にもまた小屋やキャンプが点在しているから、だいたい一つの櫓につきオークが2~4人いる。

 今回示された櫓にも、武装した人影が一つみえた。

 オーク。

 緑の肌に人間の男よりも肉厚で頑丈そうな体躯。

 髪を染める習慣があるらしく、そいつも黒と金の二色だった。

 視線を上に向ければ、櫓を縁取るように人間の生首や頭蓋骨が杭の上に並んでいる。

 

 サッサは一度それを見ていたので、すぐに視線を逸らす。

 他のメンバーも同様。

 生々しい物から白骨化したものまでさまざまだが、見ていて気持ちいいものじゃない。

 隣に立っていた聖騎士は初めて見るそれが珍しいのか、目を逸らすことなく、一つ一つじっとその生首たちを見つめているのに、ふと気がつく。

 食い入るように、熱心に見つめ、いい加減にしろとばかりにロンに背中を叩かれてやっと目をそらしている。

 

 最低だとサッサは思った。

 

 ある程度櫓の近くまで近寄ったところで、見つかる前に櫓の近くの廃材の陰に一行は隠れた。

 ここからは、盗賊の出番だ。

 キャンプや小屋の様子を偵察しなくてはいけない。

 

 サッサは、息を吐いて気を引き締め直した。

 

 

 一通りに確認したと確信して、サッサは踵を返す。

 

 盗賊ギルドで≪忍び歩き≫を覚えたからといって、絶対に見つからないというわけでもないし、櫓でも監視しているのだから、見つかるかもしれない。

 ぐっしょりと汗をかきながらサッサはいくつもある廃材の山を越えて歩いていると、ふいに廃材の山が一つ動いた。

 心臓が飛び出しそうになりながら、とっさに短剣を掴みながらよく見ると、廃材の陰にいたのは、知り合いだった。

 

 と、いうか一応同じチームだ。残念ながら。

 

「何よ。アンタ」 

 

 思わず半眼になって低く尋ねると、眼鏡の聖騎士は軽く手を上げて2、3回横に振った。

 

「・・・お迎え、かな。」

 

 彼女が思わず、は?と低い声を漏らすといけ好かない聖騎士は軽く肩を竦めた。

 サッサは思いっきり顔を顰めてから、大きな廃材の山の陰を指さした。ここで立ち話したら、隠れて進んできた意味がない。

 

「私が近くで待機した方がいいんじゃないかって言ったら、好きにしろっていわれたので」

 

「なによ、アタシが見つかるような間抜けだとおもってるっていうわけ」

 

 喧嘩腰のサッサに、相手は少し笑って何も言わず睨む彼女に首を振った。

 

「そういう意味じゃなかったんだけど、そう聞こえたならすみません」

 

 ムカつきながらサッサは、レンジ達のところに戻る。

 

「小屋に一匹、キャンプの中にも一匹いた」

 

 キャンプは三つ。二つは開放型で見た感じ不在のようだ。

 

 レンジは頷いて軽く目を閉じた。

 前にオークと戦った時は苦戦した。

 レンジは問題ない。問題は、他の連中だ。

 だがあの時よりもスキルを覚え、コボルドを相手に立ち回りもこなし、予想外の事があり少し予定が伸びたが、その分磨きがかかっている。

 

「やるぞ、小手調べだ」

 

 アイラがサッサの背後からついていく。

 女だからかなんなのかわからないが、同じ聖騎士のロンよりは物音が立たない。

 サッサとしてはとても不本意だが、レンジの命令なら嫌とは言えない。

 

「ここから」

 

 サッサの押し殺した声に彼女が無造作に頷いて、距離を測る。

 アイラは小屋までの距離と櫓の上のオークの様子を交互に確認し、息を吐き小屋の陰まで走りそっと扉に手を掛けた。

 

 薄暗い室内に、胡坐をかいてスープ皿を抱えていたオークが目を見開き、立ち上がろうとするのを思いっきり剣を突く。

 狙うは首、頸動脈。

 彼女はゴブリン相手でもずっとそうしてきた。真っ向から肋骨を砕くことはできない。肩の骨を砕くほどの腕力もない。

 

 オークの体にはうろこ状の金属が繋がれた鎧、スケイルメイル。兜は外されている。

 全体的に赤っぽい髪に緑色の房が混ざってる。

 

 剣はそれて顎をかすめてしまった。

 血の滴が宙を飛び、スープ皿が投げつけられとっさに避ける。

 

 鎧で守られて、胴は切れない。

 手足は筋肉質で、生半可な傷では大したダメージを与えられない。

 体躯は自分よりも大きく、分厚い胸板に、軽い斬撃は滑らせてしまう鎧。

 

 どうする?

 

 アイラは後ずさり剣を叩き落そうとする太い腕を後ろへ飛んで避ける。

 

「オッシュッ!」

 

 牽制に放たれた蹴りを避けて床に転がる間にオークは武器を手に取る。

 刀だ。

 

 彼女は目を見開いて立ち上がり、剣を構え直す。

 足元に飛んだスープで床が濡れた。

 

 頬や顎から血を滴らせているオークの鼻息が荒い。

 すらりと抜かれた刀は薄暗い小屋の中でも輝いて見えた。いかにも斬れそうだ。

 

 刀、カタナ、刀身は薄い、片刃、よく切れるのはわかっている。

 両手で構えられ、唾をのみ後ろへ下がる。

 彼女には、ぼんやりと違和感があった。聖騎士ギルドで刀は見なかった。

 

 ならきっとこの知識は、何もかも、家族の名前すら忘れてしまう前に持ってた記憶だ。

 

 対するはギルドで支給された中古のロングソード。

 並べられた剣の中から、少しでも軽いものを選んだ。

 嫌味を言われながら選んだのは同じように軽い盾。

 

 聖騎士のスキル系統は三種類あった。

 光魔法、杖や槌を使う護身法、それから重装備で剣と盾を使う守護剣闘術。

 

 聖騎士を選んだのは、戦士を望んだ男の子があんまりにも危うかったから。

 

 まず覚えることを望んだのは、光魔法である癒しの技。

 なぜかと言えば、守ってあげなくてはならない女の子が二人いたから。

 二人のうちのどちらかが神官になることを選ぶなら別の道もあっただろうが、そうはならなかった。

 

 三人とも癒しの技を覚えていないなら、いいようにされる不安があったから。

 

 パーティを組んだ仲間だからと、無条件で助けてもらえるとは、どうしても思えなかった。

 

 杖を振るってみて、すぐにこれはダメだとわかった。

 牽制には役立つだろう、腕力さえあれば致命傷だって。

 

 腕力がないのに相手を倒すこと考えるなら、剣しかなかった。

 敵を倒すとは、殺すという事だ。

 殺さないと、殺されるからだ。

 

 そうやって、何度も自分に言い聞かせて。

 

 聖騎士は、仲間の命を守るためにありとあらゆるすべをつかうことを推奨している。

 

 光魔法を習得し、守護剣術も護身法もさわりしか学んでいないのに剣と盾を持つことを許してくれたのも、そのせいだ。

 自分なりの理屈を話せば、案外何とかなった。

 

 なのに、結局こうなった。

 

 彼女は目で歯を剥きだしているオークに向かって、うっすらと笑った。

 

 

 大きな音を立てて小屋から転がるように飛び出した聖騎士の後から血を滴らせたオークが続いて飛び出してきた。

 手筈通り、サッサは構えていた短剣を迷わず突き立てる。

 

 大きな声を上げてオークが地面に転がる。サッサは巨体を避け、思わず手を放す。

 短剣は、オークの膝裏に深々と突き刺さっていた。

 

 地面に転がっていた立ち上がり聖騎士が剣を振り下ろし、オークが更に転がり斬撃を避けた。

 短剣が抜け落ち血が噴き出す。オークが立てずにもがき、苦しんでいる。

 

「オッシュ!オッシュ!オッシュ!」

 

 周囲に響き渡る声でオークが叫ぶ。

 けど無駄だ。

 

「だりゃあああ!」

 

 あの声は、ロンだ。

 サッサが視線を走らせると、レンジがちょうど櫓にいたオークを倒したところだった。

 ロンは、盾と刀を持ったオークと同じように打ち合っているし、アダチがこちらを見ている。

 

 立ち上がれずに刀だけで聖騎士の攻撃を凌いでいるオークは、それに気がつき大きく目を見開き、動きが止まった瞬間首を突き刺されて大きくあえぐ。

 サッサも駆け寄り、再び短剣を振り下ろした。

 

 

 チビちゃんが死体に近寄り祈りを捧げるのを見て、サッサはやっと息を吐いた。

 

「悪くないな。やるぞ」

 

 サッサ達の殺したオークの死体を見たレンジがいうと、アダチも頷いた。

 

「とうとうやるのかよ、あいつらを!」

 

 戦利品を抱えたままロンが興奮して怒鳴る。

 

「だから、そういってるだろ。あと他の櫓から増援が来ると厄介だから早く離れよう」

 

 冷たくアダチが答え、レンジはいつも通り表情を表に出さずに歩き出した。

 サッサは緊張した表情のチビちゃんと視線を交わし後を追う。

 

 誰も後ろを振り返ったりは、しない。

 レンジが前を進むなら、サッサ達はそれに従うだけだ。 

 

 ***

 

 他の櫓を避け、遠回りでそこまで近づくのに休憩や昼食を入れてしばらくかかった。

 

 その櫓の下は、他の櫓と違って少しばかり周囲が開けていて、オークが数人素振りしているし、予想通り櫓にもオークの姿がある。

 さっき戦った櫓からはかなり離れたところにあるから、こっちの連中は必要以上の警戒はしていない。

 

 サッサが息を殺し、慎重に見つめる先にいるのは、オーク達の奥にいる、ごてごてとした分厚そうな鎧を身に着けた一際大柄なオーク。

 緑の肌、真っ赤な髪をしていて、巨大な剣を背負っている。

 

 集めた情報によれば、この監視砦周辺の見張り櫓やキャンプにいるオークは複数の部族の集まりらしい。

 なので、オーク同士も一応の規律こそとれているが、集団で団結したりはしていない。

 普通の櫓にいるオークもだいたい2~3人だが、あの大きな櫓では時間帯によって変動があるものの常にそれよりも多くいる。

 

 チームの頭脳であるアダチの予想では、あの赤毛はこのキャンプ一帯の隊長とか、まとめ役だろうとのことだ。

 

 ここが、今日の目的だった。

 さっきのは、ただの腕試し。

 

 櫓に1、その下の広場に4、近くの小屋の主は不在。

 前に見たときは、もっと大勢いたから運がいい。

 

「やるぞ」

 

 サッサノ報告にレンジが低く言い、歩き出す。

 当然ながら、他のメンバーの意向など気にするはずもなかったが・・・あいにく空気を読まないのが一人いた。

 

「まさか、正面から?」

 

 心底不思議そうな声色にレンジの足が止まった。

 続いて、後ろを歩いていたロンも眉間に皺を寄せて振り返る。

 

「なにがいいたい」

 

 レンジの視線をものともせずに、アイラは肩を竦めた。

 

「・・・ったら、いや、・・・・・・挟み撃ちにしないのかな、てだけ、です。完全に背後を突くのは難しいだろうけど」

 

「アンタ、何言ってんのっレンジに逆らう気っ?」

 

「そんなの卑怯じゃねーか」

 

 サッサは反発し、ロンが眉間に皺を寄せる。チビちゃんも難しい顔をした。

 渋い反応に、アイラは黙って腕を組んでいつものように口元に笑みを浮かべている。

 

 アダチは眼鏡の位置を直しオーク達がいる方に視線を向け一瞬考えた。

 

 コボルト相手のサイリン鉱山は、回り道などほとんどないから、裏手に回ることもできなかった。

 さらにいうならば、後衛のアダチに攻撃力の低い盗賊のサッサと神官のチビちゃんがいる以上、ロンは前衛たる盾として戦う必要がある。

 その状況下でレンジがわざわざ裏手に回る必要もない。

 

 だが、もう一人、前衛がいる今なら。

 

「悪くない案だよ。ここはいつ応援が来てもおかしくないから、さっさと仕留める必要がある。正面にいくよりも、二手から攻めれば多少は攪乱にもなるしね」

 

 アダチの言葉に、アイラが少し顎を引き何か言いかけてやめた。

 レンジは視線を上を方に向け、口を開く。

 

「ならサッサとお前で裏へ回れ。アダチの魔法が合図だ。雑魚を片付けてろ。いいか、赤毛は俺がやる」

 

 

「ジール・メア・グラブ・フェル・カノン」

 

 アダチの魔法がオークの足を絡め捕りバランスを崩す。

 よろけたオークにレンジが蹴りを入れて完全に転倒させ、そのまま棒立ちになっているオークに斬りかかる、素振りの稽古中だったオークは持っていた抜身の剣をとっさに構えたものの、難なくあしらわれて命を落とす。

 

 中央にいたボスオークが怒りの声を上げると、襲撃に気がついた櫓の上にいたオークも盾を叩いて周囲に警戒を促し、梯子を下りて来ようとするのをアダチは冷静に観察した。

 

「だりゃああっ!おらぐぁああっ!!」

 

 転んでいたオークは足を取られたままロンと打ち合っているが、ロンが優勢だ。

 レンジはボスオークと互角といって良い。

 

 少し遠くの方では、泥まみれのオークとアイラが斬り合いになっている。

 オークがすでに手傷を負っている所からすると、身軽なサッサが盗賊のスキルを使って何らかの牽制を行ったようだ。

 

 走り寄ってこようとしたサッサを手で静止し、アダチは呼吸を整えて杖を振るう。

 梯子から降りている最中のオークに魔法の光弾が何度もぶつかり、オークは梯子から転がり落ち掛け、慌てて梯子を掴んで姿勢を整えようとする。

 

 少し、時間を稼げた。

 

「よっしゃあああ!!」

 

 雄叫びを上げるロンが叫び声と一緒に坊主頭から血が噴き出している。

 どうやら浅手。

 ロンが肩で息をしている一方、怒りで目を血走らせた櫓オークがやっと地面に降り立ち剣を抜いて走り寄ってくるのをチビちゃんが足払いをかけて転ばせ、おまけに錫杖で≪痛打≫を浴びせた。

 残念ながら、オークの鎧の上からでは大した痛手にはならないものの、ほんの僅かだけ猶予が生まれる。

 アダチの魔法は間に合った。

 

「マリク・エル・パルク」

 

 顔面に光弾が炸裂し、オークが叫び声をあげてのけぞるが、それだけだ。

 アダチはため息をついてふたたび集中を始める。

 なにしろ魔法の光弾は初歩の初歩、威力はたかが知れている。利点は詠唱が短いこと。

 属性魔法の威力は触媒に左右される。影魔法は触媒こそ要らないものの、決定打に乏しい。

 

 レンジはまだ苦戦している。

 

「またせたなっ!」

 

「遅いよ」

 

 ようやくロンが走ってきて櫓オークと斬り合い始めたが、さっきよりも精彩を欠いている。だが櫓オークもさんざん魔法をぶつけてやったせいで動きが鈍い。

 

 アダチが視線をサッサの方に向けると、オークが一匹転がっていた。

 その隣で女が二人、縺れ合うように地面に伏している。

 そばに突き立って見えるのは、あれは、矢だ。

 森の方から現れたのは、矢を構えた――

 

「・・・っぁ!」

 

 チビちゃんは、今すぐ走っていきたそうな顔で錫杖を握り締めた。

 レンジはまだ戦っている。ロンも。

 だがチビちゃんはアダチを守らなくてはいけない。

 レンジが、チビちゃんに任せてくれた仕事だから。

 

「増援1っ」

 

 叫んで立ち上がったアイラが剣を構える。

 少し遅れて、下敷きになっていたサッサも立ち上がり短剣を構えた。

 

 

 ***

 

 

 ■■■、というところに入るのは、初めてだった。

 

 ひやりとして、ねっとりとした生臭い空気。死の匂い。

 そこには、目の前でボールのように跳ね飛ばされた    がいる。

 その上に載せられているのが自分の   じゃないといいのにと思っていた。

 でもそうじゃないなら、それは、誰かの家族や友達だったりするので、それを望む自分は悪い人間なんだろう。

 久しぶりに見る   は、ソファーに座り携帯電話で誰かと話している。

 肩に食い込んだ長い赤い爪が痛い。頬が熱くて、口の中は鉄の味がした。

 転んだ膝には、血は固まって張り付いている。

 

「役立たず!全部!アンタのせいよ!」

 

 見上げた先の顔は、憎しみで歪み怒っている。

 

「アンタが死ねばよかったのに」

  

 そんなこと、わかってる。 

 

 

 ***

 

「ちょっとっ!しっかりしなさいよ!」

 

 サッサは、血だらけで地面に倒れ込んでいるアイラの両肩を引っ張り上げて揺さぶった。

 顔には髪が血で張り付いている。革製の額当てもぐちゃぐちゃになってしまった。

 チビちゃんが治しても意識が戻らない。

 迷いながら軽く頬を叩き、声をかけ続けていると、小さく呻く声がしてサッサは瞬きして動きを止める。

 

 血で汚れるのも構わずに、髪を掻き上げてやり邪魔な眼鏡を一回外して顔を覗き込む。

 

「アイラ、ちょっと返事しなさいよ!」

 

 肩を掴んだままもう一度頬を触ると、血で汚れたそこは少し肌触りが悪かった。

 唇もカサついているし、眼の下には黒ずんだ隈がある。疲れ切った顔。

 今は、そんなこと考えてる場合じゃないんだけど、と思いながらアイラ、と呼びかけると薄い瞼が痙攣して重たそうに持ち上がった。

 ぼんやりと視線が漂っている。

 

「・・・メちゃ・・・ん?」

 

 頼りなげな声だが、反応があったことにサッサは安心した。

 思わずチビちゃんにやるように取りだした手拭で顔を擦ってやる。

 

「アンタ、大丈夫?アタシ庇ってオークに殴られてぶっ倒れたの覚えてる?」

 

「・・ぁあ、・・・・・・うん・・・」

 

 ロンの治癒をしているチビちゃんが心配そうな顔でこっちを見たのでサッサは頷いてみせた。

 

 けが人は一人じゃない。

 レンジとアダチはそれぞれ奪略と警戒で忙しい。

 サッサは顔を顰めて、再びのぞき込む。

 思っていたよりも、結構、睫毛が長い。隈が目立つのは、肌が白いせいだ。

 ぼんやりし顔のまま、アイラがじっとサッサの顔を見つめ右手で頬に触れる。

 血で汚れた皮手袋はべたついて気持ち悪いが、弱弱しいその指先をサッサは振り払う気にはなれなかった。

 

「怪我してる」

 

「ちょっと草で切っただけっ」

 

 アンタの方がよっぽどひどい怪我よ、そういってサッサが顔を顰めると、アイラが眉をよせ口元を歪めて困ったように笑った。

 

「ごめん、ちょっとまっててね。私が治すから」

 

「・・・後で治してもらうから大丈夫よ。アンタが、≪守人の光≫掛けてくれてたしね」

 

 チビちゃんは、頼りになる神官だから。サッサは、そう思っている。

 手首に光っていた小さな六芒星は、もうない。時間切れだ。

 チビちゃんはまだ覚えていない魔法だから、アイラが使えることに全員が少し驚いていた。

 今サッサは中腰だから、いつもよりも視線が高い。

 斜め上から見下ろす聖騎士はまだ少し混乱しているのか、何度も頷き、視線を彷徨わせてなにか探しているみたいにみえた。

 喋り方も、いつもと違う。

 もともと、そんなに喋ってないけど。

 

「うん、けど、私が代わりにやるよ。少しは、楽してほしいしさ」

 

「アイラ、何の話よ」

 

 もう一度サッサが肩をゆすぶると、アイラはぼんやりとした表情のままサッサを見つめる。

 しばらくして、びっくりしたように眼が大きく見開かれた表情を見て、サッサはなんだか心の中によくわからないもやもやとした衝動を感じた。

 

「アンタ、もしかして目がそんなに悪くないんじゃないの」

 

 サッサは思わずジト目で尋ねる。

 

「伊達だよ、彼女」

 

 なぜか近くにいたアダチが吐き捨てるように言うと、アイラがアダチを見て、更にびっくりした顔になる。

 なんだか、よけいもやもやする。

 

「なんでわざわざだっさいのつけてんの。趣味悪すぎ、外しなさいよ」

 

 サッサが頷いていうと、アイラはようやく状況を把握したのかさっきよりもはっきりした顔で左右を見渡し、少し俯いた。

 もやもやする。

 

「・・・ちょっと、なんなのよ。アンタ、ねぼけてんの?」

 

 サッサの問いかけに、思っていたよりもずっと困惑した表情でアイラが見上げる。

 

「あぁ、うん、・・・眼鏡?」

 

 暗い色の瞳の中に、サッサが映りこんでいる。

 

「なんでよ」

 

「・・・いや、その・・・」

 

 アイラが困った顔で視線を泳がせはじめる。

 とりあえず、サッサはやたらと近いアダチを片手で追い払った。邪魔だ。

 

「その、・・・眼が怖いって、小さい子に泣かれちゃって・・・・・・」

 

 たしかに、ちょっと目付きが悪い。なんとなく、サッサは何かを思い出しそうになった。

 

「メイクすればいいじゃない」

 

 けどそんなの、いくらでも誤魔化せる。

 呆れた顔でそうサッサが続けると、アイラが肩を竦め俯いて小さくなった。微かに見える頬が赤い。

 

「そ、そんなこといわれても。お化粧の仕方とか、・・・知らないし、なんか、恥ずかしい・・・」

 

「校則厳しかったのね、アンタんとこ」

 

「ああ、うん、でもどっちかというと・・・」

 

 サッサの言葉にアイラが顔を上げて校則、と言いかけて顔を顰める。

 

「校則?」

 

 いつもの、あれだ。

 二人で顔を見合わせていると、奪略に加わっていたロンが近寄ってきた。

 

「いつまでくっちゃべってんだ!いい加減行くぜ!」

 

 急な怒鳴り声にアイラが意表を突かれた肩を強張らせる。ロンは基本怒鳴り声でしゃべるが、耐性がないとサッサでも驚くし、チビちゃんも怒鳴られるのが苦手だ。

 サッサは眦を上げた。

 

「わざわざ怒鳴らなくなって聞こえてるわよ!ほらっアイラ立って、行くよっ」

 

 サッサが眼鏡を返してやり手を引っ張ると、アイラはきょとんとしたまま立ち上がり、しばらくサッサの顔を見つめてから、左右を見渡した。

 

「剣、と盾」

 

 そして地面に落ちている剣を拾い上げると、ボロボロになっている刀身を見てため息をつく。

 

「これを使え」

 

 様子を見ていたレンジがオークの小屋から見つけた細身の剣を鞘ごと投げる。

 ついでにギルドで支給されたのよりは使えそうな盾も。

 

「あ、ありがとう、ございます」

 

 頭を下げたアイラにレンジはため息をついて背を向ける。

 チビちゃんがちょこちょこと近寄ってきて、アイラの背中をいたわるようにぺしぺし叩いた。

 

 ***

  

 

 日暮れの鐘の音が聞こえ、事務所の扉がきしみを上げて開かれ、西日と共に長い影が差す。

 

 ブリトニーは視線を上げた。

 手に持っていたグラスをそっとカウンターに置く。

 

 視線を上げた先にいたのは、昨日追い返した見習い新兵だ。

 昨日は、死臭をまとわりつかせていた。

 今日は、どこかに稼ぎに出たのか薄汚れた姿をしている。

 煙と獣と血、それから土の臭い。サイリン鉱山か。

 

 目を細めるブリトニーに対して、新兵は軽く頭を下げると懐から膨らんだ革袋を取りだし、軽く掲げた。

 張りついている笑みに内心溜息をつき、腕を組む。

 

「あら、いらっしゃい」

 

「どうもこんばんわ所長さん。お金持ってきたんですけど、団章買ったら、少しぐらいは相談に乗ってくれるんですよね?」

 

 

「最速の記録は暗黒騎士4人でパーティ組んだってヤツね。他人にとってはよくある話よ」

 

 ブリトニーは欠伸を噛み殺す。

 向かい合って椅子に腰かけている新兵は真新しい義勇兵章を手でもてあそびながら、黙って聞いていた。

 

「ゴブリンが毒を使う事だって、ないわけじゃないわ。怪我を治し安心したら後でポックリとかね」

 

「毒」

 

 漏れた声にブリトニーは淡々と事実を告げる。

 

「ほかにも不死族はね、他の種族の死体を使うのよ。気に入った死体の腕とか足とか、他にもいろいろ継ぎ接ぎして生きてるの。オークは不死族と敵対しているからこの辺まで不死族が来ることは稀だけど、絶対とは言えない。何日かしたら、だれかが手足のたりないゾンビを見つけるかもしれないけど、きっと話題にもならないわねきっとすぐ燃やすわ」

 

 特別サービスでとどめを刺す。

 他にも、様々な可能性があった。

 それらはすべて見習いの義勇兵にとっては対処のしようがないことばかりだろう。

 

「つまり、・・・・・・私たちは弔う事すら、諦めないとならないんですね」

 

 握りしめられた両手をブリニーは黙って見つめた。 

 剣を握る辺りがだいぶ擦り切れ、血の染みが抜けきらないグローブは、繕うよりも買い替える必要があるだろう。

 そんな余裕がないことは、十分知っているが。

 

「あの子達に、そんなこと言えないな」

 

 ひとりごとのような言葉を聞きながらブリトニーはグラスを傾ける。

 

「それで?もう終わりかしら?」

 

 落ち込んだ相手を慰めるなら男の方がいい。ブリトニーは暗に退室を求めると、新兵は首を振った。

 

「いえ、あとひとつ」 

 

「まだあるの」

 

 げんなりとした声のブリトニーに新兵が微かに鼻を鳴らして笑うふりをした。

 

「昨日埋葬した神官の名前もわからないけど、そういう場合はどうすれば?火葬場の人も身元が分かるようなものはないって」

 

「仕方ないわね。なにもしないわ」

 

 ブリトニーは頷いて背もたれに体重をかけた。

 ぴしりと音を立てる椅子は、そろそろ寿命かもしれない。

 

「死んだ人の身元を探す、とか・・・」

 

 新兵は、疲れた仕草で頬を掻いた。

 目の下に隈が出来ている、顔色も冴えない。

 前髪がうっとおしいが、哀れな努力を指摘するほどブリトニーは親切でもない。

 

「しないわよ。一応リストアップぐらいはするけど。義勇兵自体、今どれくらいの数が活動してるかなんて、誰もわからないわ。みんな適当にやめて商売はじめて、失敗して義勇兵に戻ったりするし」

 

 そしてどこかで死に、ゾンビになりまた義勇兵か正規兵に今度こそ殺され土に帰る。

 埋葬される義勇兵は、運がいい。

 

「あとで仲間が探しに来るとか・・・」

 

 新兵に出してやったグラスは一向に減る様子はない。出すだけ無駄だったようだ。

 

「運が良ければパーティの人間がここへ来るかもしれないけど、どうかしらね。パーティ組んでたとは限らないし。神官が一人で街の外なんて、喧嘩別れか・・・なにかしらね。もしくれば死亡届とか手続きはここでやるけど、それぐらいね」

 

「そんな、適当な」

 

 はじめて、目の前の奈落に気がついたような声をしていた。

 目の前の新兵や、物分かりの良さそうだったあの神官が、普通の義勇兵程度に情報を集めていたから、全て知らなかったわけではないだろうが。

 

「はっきり言って義勇兵に関する法はほとんど皆無。農家とか、商人とか王国の住民に危害を加えたら相当な処罰があるくらいね」

 

 新兵は、少し考えたそぶりを見せる。

 

「縛るべき法がない代わりに援助も支援もない、身寄りもない。頼るべきものも、目指すものもない。だから義勇兵はパーティ組んで、クランを作って群れるんですね」

 

「わかってるじゃない」

 

 新兵は口を閉じて、頭を下げた。そして身を引いて立ち上がろうとする。

 

「それでアンタ。死亡届はどうするの」

 

「・・・・・・今は・・・」

 

 黙って首を横に振る。

 死亡届を出したところで、故人がヨロズ屋で預けたものを取り戻せるだけだ。見習いでは、大したものも預けていないだろう。手続きが増えるのも面倒だ。

 

 ブリトニーは、肩を竦めて少し視線を上げた。

 

「同じ聖騎士のよしみで忠告してあげるわ」

 

 新兵は黙っている。

 ブリトニーには、この新兵が考えていることが、手に取るようにわかっていた。

 

「憐憫や同情でパーティを組むのはやめなさい。また死なせるわよ。次はアンタが死んだあとかもしれないけどね」

 

 ブリトニーも、同じように義勇兵としてやってきたのだから。

 


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