灰と幻想のグリムガル 聖騎士、追加しました   作:2222

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16,5話 銀貨13枚

 

 オルタナ北区には、義勇兵の集まるシェリーの酒場をはじめ、義勇兵事務所や宿屋がある。

 

 金のない新兵であれば義勇兵宿舎や市場が主な行動範囲になるので、同期の義勇兵といっても遭遇する機会はなかった。

 そもそも稼ぎに行く場所も違うので街に帰ってくる時間帯も異なるし、話の合う連中にも思えないから積極的に関わろうとも思っていない。

 

 同じギルドだった人間くらいは、把握しているが。

 

 だからその日、顔馴染になった故買屋が少し顔を顰めて、「アンタたちは大丈夫そうだけど」と前置いた上で、今日新兵のパーティの神官が死んだようだ。という話をされたからといって、わざわざ何か言いに行くとか、そういう気にはならなかった。

 それ故に、義勇兵事務所の横を通りかかったとき、横を歩いていたロンが変な声を上げていきなり走り出しても、何をやっているんだとしか思わなかった。

 

 ロンが話しかけている相手をアダチは近寄ることなく黙って眺めていた。

 同じくらいの年頃の義勇兵、装備はルミリアス神殿で聖騎士の規定鍛錬から帰って来たばかりだったころのロンとだいたい同じだから、つまり聖騎士だ。

 伊達らしい眼鏡と長すぎる前髪で顔の半分くらい隠れているし、服装も中性的だがおそらく女性だろう。

 

 彼がじっと見ていると、その人物は顔をロンからこちらに向けた。

 

「はじめまして、アダチ君、でしたよね。うちのパーティのシホルに聞きました」

 

 柔らかな声と軽い会釈にアダチは軽く頷いて見せる。

 シホルなら知っている。同じ魔法使いだ。

 

「はじめまして」

 

 アダチは軽く頭を頷かせ、眼鏡の縁を押さえる。

 だいたい予想はついた。

 

 彼女は、はじめて会う13人目の同期だ。 

 

 ***

 

「所長さん?ああ、・・・銀貨20枚揃えてから出直すようにって門前払い食らっただけで、たいしたことでも」

 

 そういって、彼女はどうでもよさそうに肩を竦めた。

 

 今いるのは、シェリーの酒場・・・ではなく、同じ花園通りにある少し落ち着いた雰囲気の店だ。

 で何故別チームの彼女がいるかといえば、半ば強引にロンが引っ張ってきたからで、合流したサッサ達も目を見張っていたがアダチが一部始終を説明するとそれぞれ納得したような顔をしていた。

 意外なことに、レンジは軽く値踏みする視線を投げていたが、何も言わない。

 もしかして、会ったことがあるのかと思ったがアダチは黙っておいた。

 

「―――それで、どうするんだよ。神官ナシで」

 

「どうせ何日かは動けないだろうから、その間にどうにかします」

 

 話しているのはもっぱらロンと穏やかな口調の彼女だ。

 

 というか元々レンジは口数が多い方ではないし、アダチ自身考える材料があるので今は黙って観察していた。

 チビちゃんは大きく目を見開いて二人の会話に聞き入っているし、サッサは睨み付けるような目で見ている。

 

「情けねぇ連中だな。キンタマついてんのかよ」

 

「さぁ、ふつうそんなもんなんじゃないですか」

 

 さっきからロンの言葉にも他人事のように淡々と話している彼女のメンタルは、かなり図太い。

 

 回復役の神官が死んだというのは義勇兵にとって死活問題だし、駆け出しの義勇兵にとっては最悪の状況といってもいい。

 そのうえ、仲間が死んだというのに、ロンの下世話な話に笑う余裕すらあるのかと、サッサはだいぶ引いていた。

 きっと、もしもチビちゃんに何かあればサッサはひどく打ちのめされるだろうと、わかってる。

 

「そっちは、オーク倒したっていうのは聞きましたけど?」

 

 隣に座るロンへ、空のスープ皿を端に押しやりながら口元に笑みを浮かべて尋ねる彼女。仲間が殺されたのに冷静で、余裕綽々としたいけ好かない女だとサッサはおもった。

 

「ああ、まあ」

 

 つられて笑いながら応えるロンに、サッサは内心軽く苛立つ。

 論の事はどうでもいいが、露骨にたらしこまれている様子を見れば腹が立つ。

 

 そのうえ、オークに関して言えば確かに、勝ったと言えば勝ったが・・・・・・。

 力不足も甚だしく、レンジ一人が奮戦したようなもの。

 自分に至っては・・・・・・と冷えた肉を無理やり飲み込み、一挙一動を見逃さないようにサッサは眼を鋭くした。

 

「でも基本的にはサイリン鉱山ですか」

 

「あ、ああ」

 

 ふうん、と彼女は言ってちらりとロンの隣に座るアダチに首を傾げて微笑みかけている。

 

 落ち着いた物腰、丁寧な喋り方、同じ聖騎士なのにロンとは正反対。

 サッサの基準だと長すぎる前髪と縁が太い眼鏡の事を考えると、外見には無頓着なのかもしれない。

 

「稼げます?死の斑、まだいるんでしょう、たしか」

 

「今のところは、影も形もないね」

 

 アダチの回答に、口元が微笑み緩く頷く。

 

「それは良かったですね」

 

 本当にそう思ってるような口ぶりに、サッサは余計いらいらした。

 レンジチームは、何かと目立つ。

 現にいつものようにレンジ達はほかの客、特に義勇兵たちの視線を浴びまくっているが、この女は平然としたままだし、あの新顔は何だと、周囲の好奇の視線にも動じていない。

 

 とはいっても寄せ集めの一員らしく装備は自分達よりも貧弱だし、ロンより強そうに見えるわけでも、アダチのように頭がよさそうにも見えない。

 自分との違いは何だろうかとサッサは考えていると、アダチの向かいに座っているレンジが口を開いた。

 

「寄せ集めのクズどもとは違うからな」

 

 対角線上のレンジの言葉に彼女が首を傾げ、すっと手に持っていたカップとテーブルの上に置いた。

 右手をテーブルの下にすべらせ、自分の正面に座る自分やその隣のチビちゃんには目もくれずにレンジに微笑みかける。

 

 商売女のような媚もなく、商売人の愛想笑いでもない。まるでいい天気ですねというような自然な様子で

 

「完璧主義者は大変ですね。ムカつく事ばかりで」

 

 といった。

 一瞬、沈黙が落ちて意味の分からないという顔でロンが双方を見る。

 アダチが眼鏡を押さえ、チビちゃんが心配そうな顔でレンジを見上げる。

 そんななか、不意にレンジが笑った。

 見たことのない笑みに、サッサは胃が捩れるような気がした。

 

 だから別れ際にレンジが稼ぎたかったら来い。従うなら使ってやる。

 

 なんていいだし、待ち合わせ場所に・・・彼女が現れたことにあまり驚きはなかった。

 

 ***

 

 サイリン鉱山。

 ここがレンジ達が主な狩場にしている場所だ。

 

 旨味のある狩場なのだが、レンジ達の前に来たチームはどうやらここを狩場にはしなかったらしい。

 おかげで、今サイリン鉱山はレンジ達の独占状態だ。

 そして油断しているコボルドたちを狩りつづけ、ここしばらく鉱山の中をめぐり、いくつか目星をつけてある狩場の中から、今日は第五層、エルダーコボルド達の監視所にほど近い場所に陣を張る。

 

 遠くにコボルドの遠吠えが聞こえる以外は静かで少し蒸し暑い坑道で、レンジ達6人はそれぞれ黙って身を潜めていた。

 慣れない相手を斬ったことで刃こぼれでも気になるのか、刃先に指を滑らせ俯いているアイラの背中をサッサは強張った顔で監視している。

 

 さすがレンジが目をつけただけの事はあるというべきなのか。

 今までゴブリン相手にしていたとは思えない素早い動きでローワーカーとはいえコボルドをあっさりと仕留めていた。

 

 それなりに検分して満足いったのか、彼女は剣を鞘に納めると懐から花を取りだした。

 ヒカリバナ、コケの集合体にみえる。

 千切って時間が過ぎたせいか精気を失いもう発光していないそれを小さく千切り、顔に近づける。

 匂いを嗅ぎ、どこか神妙な表情のまま指先でくるくると回してみつめている。まさか食べる気なのかとみつめていると、すっと顔を上げた。

 

 サッサもはっとなって周囲を見渡す。

 

「来た」

 

 コボルド、サッサよりも大柄なのが二体。見たところワーカーとエルダーだ。

 

 レンジは立ち上がったものの手を出す様子はない。

 ちらりとロンとアイラに視線を投げ頷く。

 いつものように叫び声をあげて突進しようとするロンよりも先にアイラの剣が、ワーカーの喉首に突き刺さる。

 

 反射的に振り上げられたシャベルで腕を痛打されていたが、痛みなど感じていないようにそのまま剣を捩じり込み、叫び声すら上げられずにコボルドが絶命する。

 

 ここは坑道の行き止まりだから、下手に騒がれて応援を呼ばれると厄介だ。

 それだけに、音もなく仕留めたのは及第点といっていい。

 

 後ろにいたエルダーが逃げようとしたのをアダチの魔法、≪凍てつく血≫が足止めする。

 気温の高いこの坑道で、この魔法はかなりの効果を発揮する。

 完全に身動きできなくなった体へロンが力任せに振り下ろす。鎖帷子の覆われた背中が引き裂かれ、続けざまに幾度も剣を振り下ろして首も落ちた。

 

 狩りは終わった。

 

 抜いた短剣を握り締め立ったままのサッサは、背後に立っているレンジの顔をまともに見ることが出来なかった。

 

 

 日の暮れたオルタナの街は、今日も賑やかだった。

 

 サッサは少し顔を顰め、アダチはちらりと女聖騎士の方に視線を投げる。

 最後尾を歩いていた彼女は、サッサの視線に気がつき薄い笑いを張り付け返り血のついた頬を掻いていた。

 表情だけは平然としているが、肩は下がっているしここまでの道のりも遅れ気味だった。その様子にどこかほっとする。

 

「おい」

 

 アダチから分配された銀貨を受け取り礼を言っているアイラをレンジが少し離れたところから呼んだ。

 

 その間にアダチは他のメンバーにもそれぞれ金を渡した。

 もちろん他のメンバーはアダチがいないとあっという間に使い果たしてしまうので、六等分した金を現金をそのままそっくり渡したりはしない。

 今日の成果はまあまあ。

 もうそろそろ目標の金額に到達する。

 数日中に特注しておいた装備の後金を支払い、ついでに新しいスキルを覚えることが出来るだろう。

 

 アダチが金を丁寧に仕舞いこみ視線を上げると、サッサが青ざめた顔でレンジとアイラを見ていた。

 当のレンジはこちらに背を向けているので状況はつかめない。

 

 ロンよりも劣る筋力ながら怯まずに戦い、サッサの援護に駆けつける身軽さもある。

 その上、同じ聖騎士のロンがまだ覚えていない治癒魔法を使える。

 

 器用貧乏な面は拭えないが・・・・・・

 

 ロンはしゃがみ込んで腹が減ったとぼやき、チビちゃんが心配そうにレンジの方を見ている。 

 

 

 翌日の待ち合わせにも、彼女の姿があった。

 

 気だるげな風情で壁に背をもたせ、何か飲んでいる。

 レンジ達の姿を認めると、素焼きのカップを屋台に返してこちらに歩いてきて軽く目礼した。

 

 サッサは、みぞおちのあたりがむかむかしてくるのを堪えて、今日はじっくり観察した。

 身長が高く、前衛らしく身体全体を包む服装は中性的で露出が少なくて、つまり、・・・・・・押しつけがましくない。

 そのうえ、髪は短く、穏やかそうな雰囲気を漂わせていて、それでいて戦うときは勇猛果敢で―――つまり、サッサと何もかも正反対だといっていい。

 

 彼女は当然だという顔のレンジをはじめにチームの面々をぐるりと見渡し、軽く首を傾げた。

 

 顔面蒼白のサッサに、するりと近づく。

 

「あの――」

 

「いくぞ」

 

 レンジがそう言って歩き出すと、どちらのことも気にした様子のチビちゃんと強張った表情のサッサが続く。

 慌ててロンが続こうとし、ちらりとこちらを見たのでアダチは立ったままの彼女を目で促した。

 

 北門で衛兵に見せた身分証は、真新しい義勇兵章。

 近くにいた義勇兵達が、レンジに気がつくと後ろにいるアイラと二人を交互に見比べてニヤニヤと笑っている。

 

「勝ち組パーティに入れてよかったな」

 

「女は得だよなァ」

 

「こっち来ねえか、可愛がってやるぜ」

 

 好き勝手なことを言ってるのをレンジが無視しているなら他のメンバーも相手することはない。

 

 義勇兵の間の情報は、かなり早い。

 こちらに一人加わったことはすでに話題にされていた。

 

 他人が何と言おうと、アダチの知ったことではないけど。

 

「・・・あんたは、あいつらの事見捨てるの」

 

 サッサの乾いた小さな声に、アイラが振り返りながら首から下げた義勇兵章の紐を少し引っ張った。

 

「神官が入ったんですよ。それに・・・」

 

「転職も費用がかさむしね。いつか抜けるなら、早い方がいいと」

 

「なんでよ。7人でやってたんなら、7人で続ければいいじゃない」

 

 あとを引き取って言うアダチにサッサは顔を顰めると、アダチが呆れた顔になり、チビちゃんがちらりと振り返る。

 レンジも振り返り、軽く顔を顰めていたのでサッサは口を噤む。

 アイラとアダチがちらりと眼鏡越しに視線を交わすのを見て、サッサは余計に嫌な気分になった。

 

 だがそんなことはアダチには関係ない。

 

 アダチは魔法使いだが、今後の計画を立てるのも彼の仕事だ。

 そのためには他のクラスのスキルのことだって、当然把握している。

 考えなしの連中の為に代わりに考えているともいう。

 

「僕としては、どちらでもいいけどね。決めるのはレンジだから」

 

 アダチの言葉に、アイラは薄く笑って答えなかった。

 


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