灰と幻想のグリムガル 聖騎士、追加しました   作:2222

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番外 あの日を思えば

 

 サイリン鉱山に通い始めて、少し経った頃の話だ。

 

 いつものように晩御飯を済ませてみんなでシェリーの酒場に行く。

 時々ハルヒロとメリイだけ残って、ちょっと話をしたりするようになり、見習いの頃からあった屋台がいくつか見なくなって、それに気がついたとき、不意になんだか寂しくなった。

 そんな話をハルヒロがすると、メリイは視線をカウンターに落として頷いた。

 

 今日は、雪がちらついて少し寒い。積もったら明日は休みだ。

 

 頼んでいた蜂蜜酒が来たので、二人で乾杯するとメリイはなにか思い出したみたいにぼんやりした顔になる。 

 髪の毛がさらっと流れて、薄明りの下でも輝くメリイの髪を見つめていたハルヒロが首を傾げた。

 

「どうかしたの?」

 

「ううん。少し、思い出したことがあって」

 

 言い淀むメリイをハルヒロが黙って待っていると、メリイは少し眉を寄せた。

 

「アイラのこと、なんだけど」

 

 ハルヒロは瞬きして、ちょっと蜂蜜酒に口を付けた。

 昔のパーティ仲間。

 今は、レンジ達ノパーティに加わっている。

 

「うん。どうかした?」

 

「この前、ハルがオークに追われたときは、居なかったのよね。彼女は」

 

 オルタナがオークの襲撃に遭った時、みんなと逸れたハルヒロはレンジ達に助けられた。

 レンジ達はやっぱりすごくて、ハルヒロはなにもできなかった。

 

「ああ、確かに。居なかったけど・・・アイラって、一人でフラフラしちゃうタイプだから、別行動してたんじゃないかな」

 

 言って、ハルヒロは思わず顔を顰めた。

 マナトとアイラが一緒にいた期間よりも、メリイがパーティに加わった日々の方が長くなったのに。

 時々、まだこんなふうな言い方をしてしまう事がある。

 蜂蜜酒に目を落としていたメリイは、ハルヒロの表情に気がつかなかったのかそのままちょっと頷く。

 

「わたしも、最初そうなのかと思ったんだけど、よく思い出してみたら、ずいぶん長い事、姿を見てない気がして。私の気のし過ぎかもしれないけど」

 

 メリイの言葉にハルヒロも少し考えた。

 最後に姿を見かけたのは、いつだろう・・・・・・。

 

 話したのは、あの晩が最後。

 

 同じ聖騎士のロン、サッサやチビちゃんといるのは、何度か見かけた。

 それから魔法使いのアダチといるのも。

 だから、なんだか話しかけづらくて、まだ何も言えないままだ。

 

「レンジ達は、おれ達と違って結構遠くまで行ってるみたいだから・・・ていうのもあるからじゃない?」

 

 ハルヒロ達のように毎日オルタナに帰っているわけじゃなく、野営などしていれば、オルタナで姿を見かけないのも当然だ。

 けれど、メリイの顔色はさえないまま。

 

「ならいいけど。・・・もしあのパーティ抜けてたら大丈夫か、心配になって」

 

「・・・そうなの?」

 

 ハルヒロの言葉にメリイは頷く。

 

「最初に会った時も、酔っぱらいに絡まれて困ってたから。・・・・・・なんだか、少し気になって」

 

 微かに顔をゆがめたメリイにハルヒロは首をかしげる。

 どういう意味だろうかとハルヒロは思った。

 

 思い出の中では、いつも笑ったり怒ったりしてたが、基本的には落ち着いていて、マナトについで人付き合いがうまかった。

 やるべきこともきっちり見えているようだったし、手際も全部じゃないけど悪くなかった。

 流されるままだった自分達とは、違ったと思う。

 

 それでも、そんな事があったのか。

 もしかしたら、もっと色々あったのかもしれない。

 けど、それを口には出さなかった。

 

 マナトとおなじだった。

 

「メリイは、助けてくれたんだ?」

 

「声が友達に似てて」

 

 そうじゃなければ、気にも留めなかったかもとメリイは小さく言った。 

 

 身長も違う、クラスだって全然違う。

 それなのに声を聴いた瞬間、口が勝手に動いてしまった。

 

 ねえ、遅かったじゃない、と言ってしまった瞬間、みえてしまった怯えを隠した作り笑顔と、メリイをみて浮かべたびっくりした子猫みたいな表情。

 

 調子を合わせて、頷いて、そういうわけでごめんなさいと酔っぱらいをあしらって、足早に空いてるテーブル席に二人で座って。

 カウンター以外に座るのは、すごく久しぶりだった。

 

 それから、礼を言われて義勇兵の礼儀に漏れず酒を奢られて、新兵らしい質問に答えてやって、たぶん、パーティの人間関係に疲れていたこともあって、酒場で会うだけだから気がつかないうちに気を許していたのかもしれない。

 

 目を閉じると、彼女が話しているような気がして。

 よく聞けば、声だって似てはいなかった。

 それなのに不意にムツミ、と何度も言いかけて、会うべきじゃないのに、声を聴きたかった。

 女の義勇兵で気をつけることや、フリーの立場の事を請われるままはなした。

 だから、きっと気をつけるべきなのはわかっていると思う。

 

 それでも・・・・・・。

 

「不安定な時って、色々あるから」

 

 苦い思い出を控えめにメリイは表現した。

 

 彼女はメリイ以外の義勇兵にもいろいろ聞いて回ってたのか、自分の事情も知っていた。

 

 最後に会った時に喧嘩になったのは、メリイを死なせたくなかったミキチ達や、生きているのに死んでいくメリイを心配するハヤシの気持ちはどうなると指摘されたからだ。

 思わず持っていた蜂蜜酒を掛け、二度と話しかけないでと言い放った。

 

 やっと声を聴いてもムツミじゃなくて、アイラだと思えるようになったのに。

 

 今となっては、アイラが本当にそれを言いたかったのは、ハルヒロ達の死んでしまった仲間の神官に対してだとわかってる。

 

 それから、・・・自分を心配してくれていたことも。

 

 彼女がハルヒロ達の前に姿を見せなくなったのは、自分がこのパーティに加わったせいなのかもしれない。

 けど、それはきっと言えない。

 言うのは、彼女に謝ることが出来てから。

 

 ハヤシとちゃんと話すことが出来るようになってから。

 けれど。

 

 メリイは考え込んだ様子のハルヒロを横目でみつめた。

 

 オルタナは小さな街だ。

 義勇兵同士の情報は、あっという間に駆け巡る。

 

 たとえば、見習い新兵のパーティの神官が欠けた話は、三日後にはシェリーの酒場に出入している大半の人間が知っていた。

 少し探れば、有望な義勇兵であるレンジパーティの6人目がいつから姿を見せないのか、わかるはずだ。

 

 ただ、興味を失くして、誰も話題にしないだけで。

 

 メリイは不吉な推測をいくつか思い浮かべ、そのまま蜂蜜酒と一緒に飲み込んだ。

 

 義勇兵が街の外に出たっきりオルタナに帰ってこないことなんて、よくある話なのだ。

 


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