灰と幻想のグリムガル 聖騎士、追加しました 作:2222
モグゾーは深底の鍋の柄を掴み、日の光に透かす。
底にこびり付いていた焦げはすっかりきれいにとれた。
朴訥とした顔が微かに綻ぶ。
「モグゾーってば、ホント繊細だねぇ。焦がしちゃった私が言うのもアレだけど」
耳元で急に聞こえた声に驚いて鍋を取り落としかけ、モグゾーは慌てて掴みなおした。
「あ、ごめんなさい。大丈夫?」
モグゾーが振り返ると、パーティ仲間が驚いたふうに両手を軽く上げ、首を傾げている。
「えーと、ただいま?そっちずいぶん早く終わったんだね。身体辛くない?スキルおぼえられた?」
「あ、アイラさん、おかえりなさい・・・」
優しい声色に、モグゾーは口元を緩ませたまま頷く。
ダムロー旧市街に通い始め、少し金が溜まったので新しくスキルを覚えるためにみんなギルドへ泊まり込んでいたので顔を合わすのは数日振りだ。
聖騎士の前衛仲間は、親し気な笑みを浮かべてモグゾーをみている。
ギルドから帰ってきて着替えたのか、腰に差した剣以外は武装していない。
モグゾーも少し照れながら笑みを返し、何気なく視線が下の方にずれ、固まる。
相手の服装は、首元を紐で結ぶタイプの飾り気のない簡素なシャツに細身のズボン。 この街ではありふれた服装だ。
ただ普段と違って、武装してないだけで。
前衛というのは厚着をして鎧が擦れるのを防ぐので他の身軽さが身上の盗賊などには想像つかないくらいいろいろ着込んでいる。
一流ともなれば逆に薄手の服装にして動きやすさを重視する者もいるが、モグゾー達見習い義勇兵は装備を選べない。
そんな厚手の服装をしていないだけで、普段とずいぶん様子が違うということに今更気が付きモグゾーは瞬きする。
しかも妙に距離が近いのが気になって少し腰が引ける。
気のせいだろうか?
「・・・どうしたの?貧血?」
上目遣いで見つめられて、モグゾーは慌てて首を左右に振る。
これはモグゾーの方が身長が高いからで他意はないとマナトも言っていた。
「な、なんでもないよ。なんでもない」
「ホント?モグゾーは頑張り屋だから、ちょっと心配なんだけど」
彼女は彼の二の腕を掴みつま先立ちして顔を覗き込もうとするので、モグゾーは焦って後ずさりする。
目を見開いて狼狽えた様子のモグゾー見て、アイラは瞬きして手を放し、一歩後退した。
細い指先で頬を擦り、少し伸びた髪を掻き上げる仕草をなんとなく目で追う。袖口から覗く手首に青い静脈が透けて見える。
急に方向転換してもぶつからない、いつもの距離。
「何でもないなら、いいや。しつこく聞いてごめんなさい」
アイラはぎこちなく言って腕を組んでさらに一歩後退する。
剣を抜いても掠めない距離。
「う、ううん」
なんと返せばいいのかわからなくて、言葉少なにモグゾーが否定する。
なんとなくひどい事をしたような気がするが、理由がわからなくてモグゾーは困惑していた。
「いや、私、かなり無神経だし。嫌な思いさせてたらごめん。気をつける・・・つもりはあるんだけどね」
気遣う笑みに、モグゾーは再度首を振って、口を開く。
勘違いさせるのは、本意じゃない。
「そ、そんなことないよ・・・・・・し、心配してくれて、ありがとう」
「優しいね、モグゾーは」
慌てて首を振ると、彼女は自分の腕を掴んでちらりと笑ったので、モグゾーもほっとした。
三つめの鍋を擦り終わるころ、モグゾーは視線を下げた。
竈の掃除も、そろそろ終わりそうだ。
視線に気がついたのか、頬に煤の筋がついたアイラが顔を上げる。
膝をついて掃除していたので、腕も膝も汚れてしまった。
「どうかした?」
モグゾーは、口ごもりおずおず言う。
「そ、その・・・汚れちゃうし、ぼくがやるから、いいのにって・・・・・・」
「モグゾーってば、時々面白いこと言うよねぇ・・・」
半分呆れたような、可笑しがっているような不思議な笑い方をしてアイラが立ち上がり、ちょっとふらついた。
「だ、だいじょうぶ?」
「大丈夫、ちょっとしゃがみ過ぎて血が下がっちゃっただけ」
へラリと笑って片手を振り近くの椅子に腰かけたので、モグゾーは安心する。
そのあと手を洗い二人で話していると、戸口から神官服姿のマナトが顔をのぞかせた。
「ただいま。あれ、二人してどうしたの?」
爽やかに微笑むマナトにモグゾーも顔を綻ばせる。
「お、おかえり。マナトくん」
一方アイラは卓に肘をつき、軽く片手を振って見せる。
「モグゾーが掃除してたから手伝ってたの。おかえりなさい。・・・座ったら?モグゾーもお茶にしようよ」
「う、うん。これ片しちゃうね」
空いた席を手で指し示すと、マナトは二人の顔を見てから腰を下ろす。
モグゾーが手にしていた鍋を片すのを見て、アイラが素焼きの壺に煮出ししておいた茶を三人分、注ぎ分ける。
ギルドから帰って来てから、ずっと掃除をしていて喉が渇いていたモグゾーは、あっという間に飲み干してお代わりはゆっくり飲みだす。
その様子にアイラが少し笑った。
「そんなに喉かわいてたなら、気にしないで休憩してたらよかったのに」
「そ、そうなんだけど」
照れくさそうに頬を掻くモグゾーに、両手でカップを持って二人の様子を見ていたマナトも自分のカップに注ぎ足すと、アイラが自覚しないまま相好を崩す。
やけに機嫌がよさそうだ。
思わず見つめるマナトに気がついたアイラが不審そうに眉を寄せた。
「なに?」
「せっかく休みなんだからさ、どこか出かけなくていいのかなと思って。待ち合わせでもないよね?」
明日からまたダムロー旧市街通いだよと続けるマナトにアイラとモグゾーが顔を合わせた。
アイラは瞬きして、綺麗に整理された調理場とその道具、それからモグゾーの指先を見つめて少しばかり思案する。
モグゾーが一人で息抜きに出かけることはまだ難しいだろう。
パーティから不要とされることに恐怖心があるのだろうと、彼女は思ってる。
大きな体を小さく丸め、草むらに座り込んで途方に暮れた姿と自分よりも大柄な敵に堂々と対峙する頼りがいのある姿と。まだ上手く噛みあわない。
繊細で、義理堅い性格で戦いには向かない・・・けど、生きるためだから仕方ない。
何様のつもりなんだろうか、自分は。
彼女は内心の自己嫌悪を脇によせ、首を傾げてみせる。
いつも、平気なふり、気がついてないふりでみんなに嘘をついて誤魔化す。
戦って、殺し合って生きることなんて、大したことないよ。
「まぁ、天気はいいよね。みんなも真っすぐ戻っては来ないだろうし、お掃除もだいたい終わったし」
笑みを浮かべてアイラが言うと、モグゾーは瞬きしてカップを握り締めた。
「ねぇ、出かけようよ。モグゾー、南区の方あんまりよく知らないから、一緒に来てくれるとありがたいんだけど、だめかなぁ?」
戦士ギルドがあるのは職人街や義勇兵事務所のある南区。狩人ギルドもここにある。
普段よく行くのは市場やルミアリス神殿のある北区だから、あながち嘘でもない。
「アイラ、方向音痴だからね。一人じゃきっと迷子になるよ」
「ち、ちがっ!ただ一緒に来てくれると楽しいなあって。嘘じゃないし」
小首を傾げて声色に懇願を混ぜると、しばらく思案してモグゾーはおずおずと頷き了承する。
アイラは小さく拳を握ってやった。と言ってマナトに勝利の笑みを向けた。
「たまには気を遣うのナシで、ぱーっと遊ぶのもアリだよね。みんなと一緒も楽しいけど、時々疲れちゃうしさ。ランタとかランタとか、可愛いんだけど、ランタとか」
面と向かって笑うと不機嫌になりそうだと思ってマナトは口元に手を当てて表情を隠そうとしたが、目が笑っている。
彼女は普段保護者然としてるくせに、不意に幼げな振る舞いをするのがおかしい。
「いいんじゃないかな?まあ、そこまで言ったつもりはなかったんだけどさ。俺は」
「いや、振ったのそっちでしょうが。ほら、二人とも早く準備してよ。私もちょっと着替えるし」
アイラが喜び勇んでカップを片し始め、モグゾーは座ったままアイラとマナトを見比べた。
「え・・・俺も?」
飲みかけだったカップを捕まれマナトは目を見張る。
逆にアイラがきょとんとして動きを止め、マナトをじっと見つめカップから手を放して腕を組む。
心底不思議そうに首を傾げ、それから、不安げな表情のモグゾーをちらりとみて、少し首を傾げてポンと手を打った。
モグゾーに体ごと向いてにやっと笑って頷く。
「わかった。ちゃんと誘えばいいんでしょ?モグゾーくんっ、あーそーぼ」
「い、いいよ」
ふざけきった口調にモグゾーが思わず笑って頷く。
「わかる?いい?」
「う、うん」
「せーの」
今度は二人して同じような笑みをマナトに向け、そろって口を開いた。
***
まずは西町を抜けてオルタナ中心にある良く目立つ建物、天望楼に向かう。
義勇兵宿舎のある西町には、盗賊ギルドと暗黒騎士のギルドがあるはずだが、ハルヒロもランタとも会わなかった。
まだ終わってないのか、市場辺りで会うかもしれないという話を三人でする。
魔法使いギルドのある東町は高級住宅地なので、シホルに会うとしたらやっぱり市場だろう。
歩いているうちに覚えたスキルの話になった。
「ぼ、ぼくは、≪巻撃≫覚えたから、ちょっと練習しようかなっておもってて」
背中に掛けた剣の鞘に少し触ってモグゾーが言うと、隣を歩いているアイラが軽く頷いた。
「じゃあ、晩御飯食べたら一緒にやろうよ。私も≪守人の光≫練習したいし、興味あるし」
「君、≪盾打≫か≪懲罰の一撃≫にするんじゃ」
目を見張るマナトにアイラが肩を竦め、隣をかすめる荷車を避ける。
「だって、リーダーが魔法苦手なら逆に早く覚えて練習しとけばっていったじゃん。自分が言ったことも忘れたの?物覚え悪いの?」
唇を尖らせるアイラからマナトはああそうだったね、といって笑い視線を逸らした。
「あ、今すっごい失礼な事考えてるでしょ。言っとくけど、リーダーに言われたからじゃないから。総合的、合理的に判断した上の意見が一致しただけだからね。誤解しないで勘違いしないで己惚れないでよ」
「わかってるって」
わざとらしく威嚇する姿をマナトは目を逸らして軽く流す。
実のところ、素直に従うと思っていなかったので逆に驚いている。
日頃から攻撃力のなさを嘆いている様子だったので、直接的な攻撃スキルを選ぶと思っていたからだ。
「それで?どうせリーダーは≪強打≫にしちゃったんでしょ?ていうか、ホーネン師の話ちゃんと聞いた?適当に流したら駄目だよ」
マナトの腕を掴んで顔を覗き込もうとして、ふと気がついたようにアイラは手を放して後退する。
マナトは答えずに、一歩近寄ってアイラの頬に少し触れた。
「さっきから思ってたんだけど、ここ、なんか汚れてるよ」
触れた指先についた汚れを見せられて、アイラが軽く身を反らした。
眼鏡越しの瞳が子猫のように丸く見開かれる。
「黒ッい、いつ?いつから?」
「あ・・・ご、ごめん。竈掃除してくれた時から・・・ぼく言おうとおもって、忘れちゃって」
申し訳なさそうな口調のモグゾーに、アイラが顔を引きつらせて手拭を取りだして頬を擦り、布についたべっとりとした汚れに愕然とした表情になる。
「忘れないで!?」
叫ぶアイラがおかしくて、マナトはつい笑いを隠そうと手を口元にやりかけ、汚れた手を止める。
危うく自分の顔まで汚すところだった。
「・・・んっ・・・おしい・・・!」
彼女が心底悔しそうだったので、マナトはとりあえず汚れた指を反対の頬にも擦り付ける。
案の定、蹴られそうになったので余裕で回避。
モグゾーがおろおろしていて愉快だった。
天望楼の前には広場があり、今日もそこは賑わっていた。
市場に気を取られつつ、まずは南区へ向かう。
立ち並ぶ工房をモグゾーがぎこちなく紹介すると、擦り過ぎて頬に赤みの残っているアイラがうんうんと頷く。
特注の武具を作る工房などは当分世話になりそうもないが、義勇兵章を買えばある程度割引の利く店もある。
「新品はやっぱり高いねぇ」
と、店員に鋭い視線を向けられながら持ち主を待っている六芒星が刻印された白銀に輝く盾を眺めてアイラがいえば、隣の簡素な板金鎧をみてモグゾーが無言で頷く。
「魔法使いの服とか、神官服も布買って仕立てた方が質がいいんでしょ?」
「そうらしいね。そういうのは向こうの繊維通りに集中しているみたいだよ」
マナトも神官も使える刃のついていない武器、戦槌などを興味深げに眺めている。
「鎖帷子も、新品は高いんだね」
「そうだね。革鎧なんかも欲しいよねぇ。何とかしないと・・・命中率って、弓の質で多少変わるかな・・・でも弓も高いね。魔法使うのも媒体必要だっていうし」
彼女は唇を噛んで悩まし気な表情を浮かべ、目を閉じてゆっくり息を吐く。
「頑張んなきゃね」
小さな呟きに、マナトが僅かに視線を向けた。
工房を出入りしているのは大半は普通の人間だが、数は少ないながらドワーフやエルフの職人の姿もみえた。
人通りが多いので、自然三人が固まる形にならざるを得ない。
聖騎士は清潔であることを旨としているからか、個人の性格なのか、まめに身綺麗にしているから、いつもちょっといい匂いがして少し落ち着かない。
「そ、そういえば、なんでこっちに?」
「う、うん。戦士ギルドと狩人ギルド見てみたくて。あとお店とか。戦士ギルドって強い人いっぱいいるだろうし、ダメもとで中ちょっと見たいなって・・・えぇっ?えっ??」
モグゾーの問いに、アイラは気もそぞろに別の方向に視線を固定させたままだ。
マナトが軽く肩を触ると、びくりと身体を震わせて二人の顔を見上げる。
「あ、あのさ、それよりあの建物から露出狂が出てきたんだけど!ど、どこに通報すればいいのかな!」
珍しくアイラの動揺している姿に、モグゾーが困惑する。
縋るような視線を投げられたマナトが軽く笑う。
「見間違いじゃないかな。こんな明るい時間には出ないと思うよ。近くに戦士ギルドもあるしさ」
肩を撫でながら冷静に窘めるマナトの言葉にアイラは首をぶんぶんと横に振る。
「本当に、いたって!ろ、露出狂の変態が!ほ、ほらあ!またいた!!」
裏返った声で指し示す先には、筋肉隆々とした屈強な男が同じように屈強な鎧姿の男たちと親しげに話している姿。
鎧姿の男は、どうでもいい。問題は、相手だ。
盛り上がった筋肉に、全身に何か塗っているのか日の光に肌が輝いて見える。
なぜか、筋肉を見せつけるようにポージングまでちょいちょい挟んでいる。
一応建物の入り口なので、公道上とは言えないが、なんなんだ、あれは。
「あ、ああ、でも一応問題はないと・・・」
顔を引きつらせながらマナトが確認すると、男は辛うじて下半身に皮のビキニのようなものを身に着けて「いた」から、セーフだった。
「え、えぇっ・・・あぅ?」
そう、いた、だ。
経年劣化していたのか、てかり過ぎが原因なのか、ポージングの問題でもあったのか、たった今、アウトになった。
下に皮のビキニだったものが落ちている。本人は驚いて気が回っていないのか、隠す素振りさえ見せていない。
丸見えっていうか、なんかいろいろひどい。
なんか、みなかったことにしたい。
と思いながら、マナトはそっと視線を外す。
少し遅れてきゃあという野太い悲鳴が聞こえて、気がついたモグゾーも顔をひきつらせていた。
「そういえば、狩人ギルドは狼犬飼ってるらしいね」
アイラが声もなく固まっているのを肩を寄せて方向転換させる。
アイラは一応眼鏡だが、伊達眼鏡なので実際の視力はそんなに悪くないはずだ。
この反応から察するにそういう事なんだろう。
無言で固まっているモグゾーの肩を叩くと彼もまた顔を引きつらせていた。
「モグゾー、狩人ギルドってどっちの方か知ってる?」
マナトはどこにあるか把握していたが、あえてモグゾーに振る。
モグゾーは首をがくがくさせて遠くを指さす。
「あ、あっち・・・かな。ぼくは、行ったこと、ないけど」
「それなら、向こうの方へ行って聞いてみようか」
「そ、そうだね。ぼくも、それがいいとおもう」
戦士と神官が引きつった表情で見つめ合う。
背後では、うっかり見てしまったご婦人方の黄色い悲鳴が聞こえたり、衛兵の声がして賑やかなことになりつつある。
しばらく近寄らない方がよさそうだ。
しばらくして、モフモフした狼犬たちを目にして正気に戻ったアイラモグゾーの顔を見た。
「あ、あの、そういえば戦士ギルドは?はっむしろあの変態は?なんなのあれなんなの?」
「落ち着いてアイラ。ほら犬触っていいよ」
マナトは檻越しにやたらと懐かれている。アイラはそれを悔しそうな顔で見ながら手を伸ばして狼犬の頭を撫でた。
「く、なんでそっちに懐いてるのかわかんないんですけど。うう、もふもふかわいい」
モグゾーは無言で首を振る。
戦士ギルドなんてなかった。
彼が戦士ギルドの指南役だ。なんて、もう絶対言えない。
市場には、様々な店が立ち並んでいた。
食べ物から衣類、雑貨、中古の武器、防具、家畜を売る一角からは叫び声や臭いもすさまじい。
簡単な天幕を使用した屋台や、地面に茣蓙を敷いただけの露店、品質も様々だ。
「買えそうな防具あったらいいなーって思って。私は盾があるけどモグゾーは鎖帷子だけでしょ?守人の光使えば多少効果はあると思うんだけど・・・」
無造作に並べられた兜をちらり見て、マナトは軽く頷く。
「いいんじゃないかな。今日買えなくても目安にはなるし。モグゾーの怪我は俺も気になってたんだ」
「本当はランタの分も買いたいんだけど、モグゾーよりも身軽だしね、あの子」
「本人がいる時にすればいいよ」
値札を見て困惑顔のモグゾーをあえて気にしないふりをして、マナトとアイラが頷く。
渋るモグゾーを二人で挟んで引きずるように連れていく。
とはいえ、へこんだり、あちこちが劣化している鉄製の兜も平均して30シルバー。高くて40シルバー。
実際買うとすればサイズも確認しなくてはいけない。ならば革製のものを検討してみようという事になった。
革製品といえど、種類は様々。
柔らかな鞣革を加工したものや、金属を革の中に埋め込み強度を増したもの、膠や蝋で頑丈に成形されたものなど。
手間が掛け易い分、金属製の鎧よりも高額なものも多い。
しばらく歩き回った末に、まずは頭だという事になって、薄い皮を重ね、中に金属片が埋め込まれている鉢金を手に取る。
たいして厚くはないが、ナイフぐらいならば刃が通らないし、多少補修もできそうだ。
大柄なモグゾーにも使えるサイズ。
軽く試着するとこめかみや目のあたりが守れるのを確認する。
本当はもっと分厚いものがいいし、今日買うのはあきらめて少し貯めてもっと大きなものを買うか。
15シルバーはちょっと悩む金額だ。
茣蓙の上に正座したモグゾーに鉢金を当て、考え込むアイラ。
店主は顎髭の生えた中年男だ。
「あ、あの、ぼく、まだそんなにお金貯めてないし。別に今日じゃなくても」
「いや、私半額出すから。お兄さん、だからちょっと値引きしてくれません?」
手のひらを茣蓙においてアイラが上目遣いで頼んでみると、店主は膝を擦りながらめんどくさそうに二人を一瞥した。
「14シルバー」
「んんん・・・え、えっと11ぐらいに・・・」
「14」
あいにく、スキルを覚えるために金を使ったので節約したい。
商才のあるらしいランタを連れて再戦を挑むべきか。
ただランタだけ誘うわけにもいかないだろうし、大所帯になる。
それは、楽しいだろうが。纏まるものも纏まらなくなりそうな気がして、彼女は目を伏せて躊躇した。
そうやって人を信用しないから、××××と呼ばれ―――あれは、いついわれたか。
まぁ、いい。値引き交渉は苦手だ。相手の生活とか、つい考えてしまう。
髭面をじっと眺めてなんというか考えていると、隣からすっと手を伸ばされた。
「それじゃあ、二つで15は?」
人好きする笑顔でマナトがもう一つ鉢金を掴んで軽い口調で尋ねると、不愛想だった店主が目を細めた。
「二つ買うなら25でいい」
「ここに傷があるし、こっちも裏糸が弱い。少しこっちで直さないといけないから16」
「中古っていうのは、そういうもんだ。23」
店主は少しイラついたような口調で言うと、再び膝を擦る。
「買ってすぐに使えなくなったら意味ないと思うけど。17」
爽やかな笑顔を浮かべるマナトをそもそもパーティ以外と会話するのも苦手なモグゾーが尊敬の眼差しでみつめている。
「いやならよそで買ってくれ。21」
マナトは少し考えて笑う。
「俺、神官なんで。怪我なら治しますよ。17,5」
「まさか予想外なところでリーダーの腹黒っぷりを堪能するとは、今朝の私には想像もできていませんでしたまる」
やっと見つけた石垣に腰掛けて、ミルクをたっぷり入れたカウヒーをちびちびと飲みながらアイラがまとめると、薄いパン生地に塩味の効いたベーコンと野菜がサンドされた軽食を頬張っているモグゾーが微妙に目をそらした。
片手には、黄色い果実水の入った素焼きのカップ。
カップは屋台に返せば2カパー返してくれる。
ミルク無しのカウヒーを飲んでいたマナトが軽く目を見張った。
「あれ、なんで俺貶されてるの?」
「褒めてる褒めてる。可哀想に。リーダーってば、頭弱いから・・・」
アイラは頬に手をやり、思わせぶりに息をつく。
「そうは聞こえないけどなあ・・・」
目を白黒させているモグゾーに笑いかけてマナトが肩を竦める。
「とうとう耳まで悪くなっちゃった。ボケちゃうの?腹黒の上に頭までボケたら救いようないね、私、治してあげられなくてごめんね?」
「そうだね、君の思い込みの強いのと自意識過剰は、治した方がいいんじゃないかな」
「あれ?どうしたのリーダー。バカにしか見えない鏡がそこにあるの?ごめんね、私には見えないみたい。ごめんね?」
「もっと自分を客観視した方がいいよ。君」
あからさまな呆れ口調にアイラがにやっと笑い、マナトに軽く肘をあてた。
「それはお互いさまでしょ?値引きしてくれたのは凄く有り難いけど。自分のためにお金は使うようにしてよ」
「俺がやりたくてやったんだから、気にしなくていいのに。素直じゃないよね」
「いや、素直ですけど。みての通りですけど」
「・・・?」
マナトが眉を顰めてモグゾーとアイラを見比べて首を傾げると、アイラが首を振ってため息をつく。
「かわいそうに、とうとう目まで悪くなっちゃったの?心が歪んでるから仕方ないね。頑張って強く生きてね」
なんとか口の中のものを食べきったモグゾーが軽食を持ったまま小さく手を上げる。
「はい、なんでしょうモグゾー君」
少し驚いたふうにアイラが指名すると、モグゾーは唾を飲み込んで頷く。
「アイラさんは、す、・・・すなおにお金出してくれてありがとうって、ぼくは、言ったほうがいいと思うんだけど」
モグゾーのもっともな意見に、アイラは俯きマナトは笑った。
「そんなこと、俺達は仲間なんだから、当たり前だよ」
「けど」
「二人が怪我しなければ、俺も他のみんなも攻撃に専念できるしさ、最終的にみんなが無事だっていうのが大切なんだと思うよ」
そういって、マナトは隣の様子を見た。
「あ、私あっちの屋台みよーっと。モグゾーゆっくり食べてて」
飲み物を持ったまま顔を逸らして速足で逃げる姿を二人でしばらくながめ、とうとう堪えきれなくなってマナトは肩を震わす。面白すぎる。
モグゾーが困った顔でマナトをみつめ、果実水をのむ。
「ご、ごめん。モグゾー、俺ちょっと・・・」
「・・・うん。ぼくは、ここで待ってるよ」
すまなそうに笑うマナトにモグゾーもちょっと笑って頷いた。
三軒分離れた屋台で身を乗り出すように品物を覗き込んでいるアイラの背後に立つと、あからさまに顔を背けられた。
髪飾りなんかを扱う店らしく、色とりどりの小物が置かれている。
店頭に飾られた小さな鏡に横顔が映ってるのは、気がついていないらしい。
「あのさ、耳、真っ赤だよ」
「幻覚です!かわいそーに目まで悪いんだね!」
やっと向き直った顔も耳も真っ赤なので、あまり迫力はない。
「さっき聞いたよ」
「うっさいぼけっ値引き交渉の上、割り勘してくれて、ありがとうございますう!これでいい?気が済んだ?」
噛みつきそうな勢いで言い放つアイラにマナトは笑う。
「もうちょっとかわいく言ってくれてもいいと思うんだけどさ、俺は」
「そういうのは、アタシ以外に求めて!」
腕を組んで、肩をいからす彼女に軽く頷いてマナトは視線を逸らす。
「まあ、そんなに照れなくてもさ、多分あそこにみんなが居ても同じことしたと思うよ。うちのパーティはみんないいヤツらだからさ」
穏やかな調子で言うマナトにアイラは視線を下げ頷いた。
「・・・そうだね、みんな、優しいよね」
溜息を吐いて背を向け並んでいる品物を手に取りはじめたので、マナトはこちらを心配そうに見ているモグゾーの方に軽く手を振る。
大丈夫。うちのパーティは、みんなお人よしだからさ。
それから少し迷って手元を覗き込む。
「どういうの探すの?」
彼女は白を基調にした髪留めと薄い緑色の髪紐を並べ見比べている。
隣には、逆に鮮やかな赤や青を基調にした髪留め。
「どういうのがいいかな、どっちも似合いそうなんだけど」
思案したふうだったので、白い髪留めを手に取って少し長くなった前髪を掻き上げて纏めようとしたら、あからさまに横目で睨まれた。
「私みてるのシホルとユメ用だけど?」
「君は?」
「前衛が頭に余計なもの付けたら危ないでしょうが」
マナトは瞬きして、そのまま止まっていた手を動かして髪を留める。
深いダークブラウンの髪に、白が映えた。
「似合うのに」
「バカじゃないの。シホルに言えば?」
彼女は乱暴に髪からとると、露骨に不機嫌そうに眼を眇める。
シホルの事は、当然お見通しという事だ。
それはそうだろう。あれだけあからさまなら。
どうこたえようか考えながら、マナトはあえて表情を変えずに肩を竦めた。
彼女の表情が疑念で固まる。勘がいい。
ちょっと口を開いて、手に持っていた青い髪留めをそっと元の場所に戻す。
「シホルに髪留めあげてたよね?」
慎重に確認する口調に彼は頬を掻いて視線を逸らす。
ごまかしは許さないと言わんばかりの強い眼差しにとうとう頷く。
「うん。まあ。半額出したよ。魔法使うとき、前が見えないと困るからさ」
腹の中まで見透かすような視線に、思わず横に視線を逸らした。
なおも沈黙が続き、彼女はこめかみを押さえた。
マジかと小さく呟き、肩を落とす。
「このバカ、アホ、ボケ、女の敵。最低ッ!スコケマシヒモオトコ」
「あはは」
否定も肯定もしない返事にアイラも視線を逸らして、銀製のものを熱心に眺める振りをして、・・・表情を隠そうとしているが、眉間に皺が寄っている。
「まぁ、・・・覗きは未遂だしね。別に、誰かがそれで傷つかなきゃ問題じゃないし。・・・問題じゃないし。問題じゃないし。義勇兵なんだし。シホルちゃんと戦闘中前見てくれるようになってたし・・・ただ買ってあげただけだし?フツーフツーよくある。よくある。仲間だし。仲間だし」
押し殺した声で、自分に言い聞かせているらしい。
やっと納得できる状態になったのか、それでも恨めし気にちょっといじけたふうに唇を尖らせている。
「シホルって、可愛いし、優しいし、いい子だよ?頑張り屋だし、魔法の威力いつも一定でしょ?あれ発音とかタイミングとかちゃんと揃わないと駄目なんだって。才能あると思うんだ。努力してるし、ホント、かわいいし、いい子だよね」
「・・・そうだね」
短い返事に驚いた顔でマナトを見つめ、ややあって瞼を落として重い溜息をつく。
「・・・ああ、そう・・・・・・もー・・・」
アイラはそういいながら残っていたカウヒーを飲み切って、肩を落とした。
髪が顔に垂れて、陰を作る。
「私、聞かなかったことにする。聞いてごめん」
「ああ・・・」
マナトは何と答えればいいのか思案して、結局何も言わないことを選んだ。
でもなんで君は、そんなに俺の事がわかるんだろう。
ハルヒロなら、分かるかな。
二人のためのものを選んで、会計を待つアイラがマナトの物言いたげな視線に口元だけ薄く笑う。
「しょうがないよ。人間関係って大事だしね。私がシホルの味方なのは変わらないけど。リーダーだし、まだ私達会って一ヶ月も経ってないし、時間がいるよね」
俺はそんなことはわかってるのに、君は少しずれてる。
「こんなに近くにいるのに、俺達お互いみえてるものがだいぶ違うよね」
マナトがつい思ったことを口に出してしまうと、彼女は儚く微笑んだ。
「それなら、寝てるときは同じ夢をみてるのかもね」
彼が言葉を失くして見つめ返すと、心底疲れ切った溜息が戻ってきた。
「冗談だってば」
頬にかかる短い髪が風に吹かれて揺れている
最初会った長かった髪は、今はこんなに短い。
そういえば、髪を切った理由を本人に聞いたことがない。聞いたら、本当の理由を教えてくれるだろうかとマナトはぼんやり考えた。
「君さ、少し髪の毛伸ばしなよ。髪留めじゃなくて、紐なら問題ないんだしさ」
「あのね・・・。話、本当に聞かないよね」
アイラにいつものように軽く睨まれたので、マナトは安心していつものように笑い返す。
「三人分、買えばいいんだろ?シホルとユメと君の分」
彼女は唇を噛み少し頷く。
けど、と途切れたと不信と猜疑心の滲んだ怯えた小動物の眼差しに、マナトはああそうかと思った。
「未来の事は、わからないよ。君の髪が伸びる方が先かも」
いつか、パーティを抜ける決意に変わりはないらしい。
あまり深入りしないように自分に歯止めをかけてるのも、そのせいだ。
寂しがりのくせに。
たった数日振りなのに、モグゾーがびっくりするくらい嬉しそうな顔してたくせに。
彼は肩を竦めてゆっくり頷く。
「約束するよ。君の髪の毛が結べるくらい伸びたら、俺は三人の為に髪飾りを買う」
言ってマナトは笑ってしまった。
本当に、馬鹿みたいだと思った。
「まぁハルヒロ達にも出してもらうかもしれないけどさ」
「甲斐性無し」
「ひどいな、頑張ってるのに」
「知ってるよバカ」
二人は一度だけ手を握ってからすぐに離れた。
君は何もかも疑って、何も信じていないから、わかるんだ。
むこうで待っているモグゾーの横には気がつけばハルヒロとランタがいる。
もしかして、向こうから走ってくるのはユメとシホルだろうか。
明日から俺達はまたダムロー旧市街に行く。
そして、いつか
マナトはぼんやりと周囲を見渡して、いつものように笑った。
The Long Goodbye レイモンド・ソーントン・チャンドラー