灰と幻想のグリムガル 聖騎士、追加しました   作:2222

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19話 きみを、ひとりにはしない

 

 

 

 何があろうと朝は来る。

 たとえ多少気まずくて会話が弾まなくても、ハルヒロ達はメリイを加えて今日も6人でダムロー旧市街へゴブリンを狩りに行く。

 

 今日もメリイに話しかけてはけんもほろろな扱いを受けているユメとシホルをフォローしながら、ハルヒロは昨日の事について少し考えていた。

 

 今のパーティでもふつうのゴブリン二匹なら、互角以上に戦えている

 現に今もゴブリン二匹をユメとランタ、モグゾーとハルヒロで手分けして戦い、シホルが時折魔法を飛ばして援護してくれている。 

 昨日三匹と戦い逃げられたのは、簡単にいえばモグゾーが少し手間取ったからだ。

 モグゾーは力が強いし体格もいいから、ゴブリンと戦ってもけして引けはとらない。

 もちろん前衛が減って攻撃や防御を一人でこなさなくてはいけないということもあるけど・・・・・・。

 

 今だってモグゾーはゴブリンが右腕を切り付けるのに構わず剣を振り下ろした。

 モグゾーは怯んだわけじゃない。

 それでもバランスを崩した一撃は痛手は負わせたが、致命傷とはいえない。

 

 ぐぎゃっと悲鳴を上げるゴブリンの背後をすかさず取ったハルヒロが背面打突でとどめを刺す。

 メリイはまだ動かず、モグゾーは痛そうにしながら剣を鞘に納めている。

 

 今の一撃は、前ならば確実に防げてたはずだ。

 もう、何日もそのことを考えてる。

  

 けどハルヒロやユメがモグゾーの隣に立って戦うわけにはいかない。ランタの戦い方を考えても、ちょっと無理そうだ。

 それならば、どうする?

 軽傷のユメと死んだゴブリンに執拗に剣を突き立てているランタをみながら、ハルヒロは考えていた。

 

 昼食休憩の時、思い切ってハルヒロはいってみた。

 

「今度さ、モグゾーの防具買いに行こうよ」

 

 きょとんとした顔をするみんなにハルヒロはできるだけ何気ない口調で続けてみる。

 

「モグゾーは前衛だしさ。一番攻撃を受けること多いだろ?おれも出すから、ちょっとずつ揃えようよ」

 

 モグゾーの隣に並んでくれる前衛はもういない。

 モグゾーが怪我をしないようにするには、鎧や兜が必要不可欠だ。

 

「そうやなあ。ユメもちょっと出すなあ。前の鉢金みたいな、かわいいのさがそうなあ」 

 

 そう言って、ふにゃっと笑ってユメが賛同すると、シホルも頷いた。

 なのにモグゾーは口を開きかけて、首を横に振る。

 

「そんな、・・・・・・悪いよ。ハルヒロくん達がだすことないよ。きっとすぐに壊れるし。お金がもったいないよ」

 

 思わずハルヒロは言葉を失う。

 あれは、ホブゴブリンに壊された。

 あの頃の稼ぎでも、買うのはちょっときつかったはずだ。

 それでも買ったのは、どうしてか・・・・・・。

 知らず知らずのうちに握り掛けた拳にちょっと目を落としてから、ハルヒロは顔を上げ、真っすぐモグゾーを見つめた。

 

「いいよ。そんなこと。それよりモグゾーが怪我しない方が大事だろ。前衛なんだし、ひいてはおれ達のためでもあるんだからさ」

 

「言っとくけど、オレは1カパーも出さねえぞ!」

 

 干し肉をつまらなそうにかじっていたランタの横やりに、ハルヒロはぞんざいに頷いた。

 

「当たり前だろ。ランタの分も買わないといけないし。お前、無駄遣い多いんだからちゃんと貯めろよ。代わりに値引き交渉任せるからな」

 

 なぜか干し肉を変なところに詰まらせたランタが噎せてつばと肉片をまき散らし、モグゾーに背中を思いっきり叩かれて逆ギレする。

 あきれながらハルヒロは輪を外れたところに座っている神官に目をやった。

 メリイは相変わらず会話に加わらず、目を遠くにやったままだ。

 

 どこか、寂しそうに見えるのは気のせいだろうか。

 

 ハルヒロはちょっと考えて顎を擦る。

 

「あのさ、メリイ」

 

 呼びかけられると思わなかったのか、こちらを向いた眼差しは予想していたよりも冷たくない。

 

「なに」

 

「メリイは・・・えーと・・・その、聖騎士の≪守人の光≫みたいなの・・・・・・使えたりするのかなって・・・・・・」

 

 だんだん語尾が弱くなっていくのは、メリイの視線がどんどん冷たくなっていくからに他ならない。

 なんか変なこと言ったか?言ってないよな。と狼狽える気持ちをなだめるハルヒロをしばらく目でいたぶった後、メリイが口を開く。

 

「≪光の護法≫のことならまだだけど、だから何」

 

 はじめて聞くスキルに目を瞬ききょとんとする。

 ハルヒロは冷たい視線から顔を反らし、シホルに目で問いかけると、軽く首を横に振られた。

 なら、マナトも言ったことないんだろうな、と思う。

 

「それって、神官のスキル?」

 

 ハルヒロがおずおず問い返すと、メリイは目を細めて黙った。

 

「それはアレだろ。中級の神官が覚える必須の身体能力強化魔法ってやつだ。なにせ6人まで効くやつだからな。これがあるかないかで命に関わるんだとよ」

 

 やっと咳の収まったランタが首を突っ込んできて、更にメリイの雰囲気が冷え始めた。ヤバイ。

 

「そっか、もっと経験積まないとダメなスキルなら仕方ないよな」

 

 ハルヒロは慌てて頷き場を濁そうとし、ぐるりと身体を動かしかけて

 

「6人までなんかあ、ケチんぼうやなあ・・・・・・」

 

 というユメの一言で固まった。

 メリイの目が怖いが構ってられない。

 

「ごめんメリイ。本当にそれって6人までしか効かないの?≪光の護法≫って」

 

 返ってきたのは、無言の肯定というより、完全に馬鹿にしきった眼差しだ。

 当然すぎる問い掛けらしい。

 そんな基本的すぎることも知らないの?と言わんばかりだ。

 

「なんだてめえ、疑うのか。オレ様の貴重な助言を」

 

「そうじゃないって、ランタ」

 

 顔を突っ込んでくるランタは気がついてないのか、ユメも気がついてない。

 

「・・・・・・あ」

 

 ただ、シホルが目を見開いて、小さく声を上げた。

 

「え・・・じゃ、じゃあ、7人のパーティはどうするの?」

 

「知らない。普通7人で組んだりしないから」

 

 切って落とすメリイの言葉にモグゾーの顔がこわばった。

 

 あの日、一番最初、オルタナ辺境軍義勇兵団レッドムーンの事務所で、ブリちゃんが言ったはずだ。

 義勇兵は三人から六人くらいのパーティを作ると。

 くらいの、だ。絶対じゃない。

 それでもランタのいう通りだとしたら、マナトなら絶対に覚えただろう。

 

 単独で偵察に赴き、軽装で戦うハルヒロはあの短い日々の間に何度もかけてもらった覚えがある。

 聖騎士の≪守人の光≫は、身体機能を向上させる魔法だった。

 

 本当は、盾のスキルを覚えるべきなんだけどと笑って言っていた。

 まだ装備にお金をかけるのが難しいから、怪我をしたとき、少しでも傷が浅くなるように。

 

 自分で直接守ることのできないシホルや軽装のユメとハルヒロに。

 当然のように前衛に立つマナトにだけは、わざと喧嘩を売るみたいにして。

 余力があれば、ランタとモグゾーに申し訳なさそうに。

 

 きっと知っていた。

 

 けど、今更知ったところで、・・・どうすることもできない。

 

 

 夕暮れ時、オルタナに戻り、今日の戦利品を売り払って分け前を等分する。

 さよならも言わずに行こうとしたメリイをハルヒロがとっさに呼び止めると、彼女は案の定、冷たい眼差しで見返して髪を掻き上げた。

 

「なに」

 

 笑えばいいのにと思う。

 

 せっかく綺麗な顔がもったいないなとおもう。

 笑顔になれば、男も女もきっとメリイの事を好きになるはずだ。

 なのに、いつもつんけんしてぶっきらぼうで、もはや自ら嫌われたがってるとしか思えない。

 

 けど、いつも笑顔を浮かべていた二人は、本当はどういう気持ちで笑ってたんだろう。

 

「これからおれ達モグゾーの鎧を見てみようと思うんだけど、よかったらアドバイスもらえないかなって」

 

「いかない」

 

「そっか」

 

 半分予想していたことだから、ハルヒロはとくに落胆はしなかった。

 

「・・・・・・買うなら、まず兜の方がいいと思うけど」

 

 思わずメリイを見つめると、メリイは腕組してそっぽを向いてしまった。

 

「頭の傷は重症になりやすいし」

 

 ぽかんとした顔のままハルヒロは何度も頷く。

 ちらりとユメ達の方に目をやると、同じように虚を突かれた顔でメリイを見ていた。

 

「わ、わかった。ありがとうメリイ。そっちから見てみるよ」

 

「・・・・・」

 

 何か言いかけて結局何も言わないまま、顔を背けたメリイはそのまま背を向けて、歩いていく。

 

「ま、また明日な。メリイちゃん」

 

「また・・・・・・明日・・・」

 

 夕暮れで人通りが多いから、ユメとシホルの声がメリイに届いたかはわからない。

 届いたらいいとハルヒロは思った。

 

 ***

 

 あの後、散々みんなで悩んで買ったのは、バルビュートという兜で一枚板から作られた兜だ。

 中古で所々へこんでいたが、それでも頬や首筋までしっかり守られているし、ランタがかなり値引き交渉したので18シルバーで買えた。

 ランタは気にいるのが見つからなかったので、まだ買っていない。

  

 これで少し、目標が出た感じはある。

 

 まずは、防具だ。

 モグゾーもランタも鎧兜は必須だが、前に出て戦う事の多いユメも革鎧の事を気にしているようだから、何かしら考えなくてはいけない。

 それからスキルを覚えに行こう。

 

 そういう話をした。

 

 

 そうして、今日も旧市街でゴブリンを狩る。 

 単独行動か、二匹か、三匹のをいつも通り偵察して、油断しているところを襲う。

 

 それから午後の移動中に二匹のゴブリンと遭遇した。

 

 出合頭だったため、とっさに反応が遅れる。

 メリイとシホルが下がる暇もない。

 大きく前に踏み出したユメが短剣を持ったゴブリンに切りかかり、後ろに下がらせる。

 もう一方のゴブリンにはハルヒロが。

 近くにいたランタも剣を抜き、挟み打つ。

 

 両手剣を振りぬくモグゾーを確認し、ランタと目を合わせユメの方へ視線を向けると、ユメの姿が思ったよりも遠い。 

 いや、ゴブリンに阻まれて姿が見えない。

 

 分断されたと理解するより早く、物陰から現れた新たなゴブリンの姿に気がつき、背中が冷たくなる。

 

 高い悲鳴が、聞こえた。

 

「・・・ユメ!」

 

 呪文を唱えていたシホルが叫ぶ。

 ユメの柔らかな皮鎧を貫くのは、物陰から現れた錆びの浮いた剣を持つゴブリンだ。

 怪我をしているのか、身体にぼろ布を巻いている。

 

「てめええええ!」

 

 それがどういうことか、考える暇もなくランタが突進する。

 手打で凌いでいたゴブリンをモグゾーに任せて、ハルヒロも走った。

 血を滴らせながらも重たげに剣鉈を構えるユメの前後から襲うゴブリンをハルヒロとランタがそれぞれ相手取る。

 

「ふっざけんなよクソが!ぶっ殺す!」

 

「ランタ、増援がまだいるかもしれない。気をつけろ」

 

 ハルヒロと対峙しているのはやたらとすばしっこい短剣を持ったゴブリンだが、何とかなっている。

 鋭い突きを躱し、とっさに足元の砂を蹴って目つぶし手元を狙う。

 

「ユメ!」

 

「・・・・・・ハルくん」

 

 蒼褪めたユメが怯えた表情でこちらを見た。

 助けに行けば、今対峙しているゴブリンに背中から切り付けられる。

 

 ランタが盛んにスキルを繰り出し、戦っているが苦戦している。

 

 ユメが傷がひどいのか、地面にしゃがみ込んでしまった。

 地面に赤い血だまりが広がっていく。

 身を隠す場所もない大通りの真ん中だ。

 あんなところを狙われたら、ひとたまりもない。

 

 助けたいが、誰も手が出せない。

 シホルも盛んに呪文を唱えてモグゾーを支援しているし、メリイは動かない。

 

 いや、伏兵に備えてシホルを守るために動けないんだ。

 

 ハルヒロは焦燥感に襲われて手元がくるい、ゴブリンに切りつけられて短剣を落としかけ慌てて気を引き締める。

 

「ユメ、そのまま動かないで」

 

 真剣な声に血で汚れたお下げがかすかに揺れる。

 助けを求めて、ハルヒロはちらりとメリイを見た。

 メリイはこちらなど見ていない。

 ユメを見つめて身振りをまじえて魔法を唱えている。そして完成する微かに宙で輝く六芒星。

 

「≪癒光≫」

  

 柔らかな光がユメを包む。

 

 聞いたことはある。癒し手よりも上級の回復魔法だ。

 離れたところからでも傷を癒すことが出来る。当然、魔法力の消費も激しい。

 

 メリイは回復魔法をサボってたわけじゃない。

 いつも・・・本当に必要かどうか、見極めてたんだ。

 

 そして必要なら、その力を惜しんだりしない。

 

「みんな、ユメは大丈夫だから、確実に目の前の相手を!」

 

 それぞれの返事が聞こえる。

 血で濡れた手のひらに力を込め直して、ハルヒロは目の前のゴブリンを冷静に見つめた。 

 

 ***

 

 少し、日が短くなった気がする。

 昨日よりも、初めてダムローに行った頃よりも同じ時間なのに夕暮れが深くなった空を、シホルが寂しそうな顔で見つめている。

 

「今日は、みんな本当にありがとうなあ。ユメ刺されたとき、ちょっとあかんなあって思ったけど、メリイちゃんのお陰で助かったなあ。ありがとうなメリイちゃん」

 

 ユメが神官服の袖を掴んで言うと、メリイは少し体を強張らせた。

 

「べつに・・・・・・」

 

 返事はいつも通りそっけない。

 それでも

 

「あのさ、メリイ」

 

 ハルヒロが口を開くと、メリイは目を細めて自分の腕を掴んだ。

 どこか、見た覚えのある仕草に微笑みかけたが、思い出せない。

 

「まだ何か用?」

 

 冷ややかな声にハルヒロは思わず頬を掻く。

 

「用ってほどじゃないけど、飯、一緒に食わない?それからみんなで酒場にでも」

 

「結構です」

 

「・・・・・・なんで敬語?」

 

 思わずツッコむと、メリイは視線を斜め下に落として、別に。と小さく応えた。

 

「特に、意味はないけど」

 

「あ、あそうなんだ。ゴメン、変なツッコミいれちゃって」

 

「べつに・・・」

 

 ハルヒロが謝ると、メリイは口をとがらせて何か言いかけて小さく首を振った。

 

「また――」

 

 メリイがその後も何か言うと思って、ハルヒロは待ったが何も言わずに彼女は背を向けた。

 いつも早歩きだけど、なんだか、変だ。もしかして、慌ててる?

 目を見張るハルヒロの横からユメがずいっと身を乗り出す。

 

 その背中に向けて、ユメが口元に手を当てて叫んだ。

 

「メリイちゃん、また明日な!」

 

「メリイさん・・・また明日」

 

「またな」

 

「ま、また・・・!」

 

「メリイ、また明日もよろしく!」

 

 ハルヒロは、夕日に照らされた小さくなる背中を見つめつづけた。

 

 そのあとは屋台で食事を済ませ、鎧を見てみたが、なかなか良さそうなのが見つからなかった。 

 何しろ、結構いい値段がする。

 ランタの交渉をもってしてもどうも値段が折り合わなくて今日はあきらめた。

 そのうえ、ユメの場合は重さの問題もある。

 

 結局、ユメに関してはギルドで今度相談するという事になった。

 

 回っているうちにいい時間になったので、みんなで酒場に繰り出す。 

 酒場に踏み入れてから、思わず店内を見渡し見知った姿がないかどうか確認する。

 今日は、どうやらいないらしい。

 おそらくメリイも誘ったから逆に来ないだろう。

 

 結構大きな怪我をしたユメを労わりつつみんなで乾杯する。

 

「今日のメリイちゃんちょっと可愛かったなあ」

 

「ケッ!やっとまともに神官らしい仕事したってだけだろ。甘いんだよ、挨拶もすっぽろくにできねえし、見た目だけだな」 

 

 ふにゃりと笑うユメにランタが吐き捨てる。

 

「・・・・・・けど、治療もあたしの護衛もしてくれたし。今日は、本当に危なかったから・・・・・・」

 

 しずかに言うシホルにモグゾーが小さく頷く。

 

「ずっと、後ろで備えてくれてたんだね」

 

「甘い甘い!お前ら御人好し過ぎるんだよ。ちょっと優しくされたらコロッと騙されやがって。ああいう手合いはすぐ付け上がって調子に乗るんだからよ。何度も騙されてんじゃねえよお前らはよ」

 

「そういういい方はないだろ」

 

 ランタの言葉を思わずハルヒロが咎めると、ランタはへっと鼻を鳴らした。

 

「どうでもいいだろ。オレの意見なんか」

 

「ランタがそう思ってる時点で問題だろ」

 

 ランタは目を細めて、ビールを飲み、ハルヒロを睨んだ。

 

「はっどーだかな。どうせオレの意見なんかおまえらいっつも無視してんじゃねえか。でなきゃ、腹ン中でせせら笑ってんだろ」

 

 モグゾーが激しく瞬きして、ちょっと口を開きかけてやめる。言えばいいのにとハルヒロは少し思いながら、肩を竦めた。

 

「ふてくされるなよ。ランタ」

 

「ふてくされてねえよ。オレは事実を言ってんだ。あの女はパーティの異分子だけど、オレも大差ねえだろ」

 

 ハルヒロは瞬きしてランタを見つめた。

 ここ最近の会話を思い出してみる。

 別に、ランタは最初から言動が下品で誰彼構わず喧嘩を売ったり嫌がらせのような真似をしたりしたり、そんなに変わったわけじゃない。

 最初から言動が屑で下品だ。

 それぞれ呆れたり、無視したりしてたっていうのは、ユメやシホルもハルヒロも大差ない。

 モグゾーは面倒見がいいから、できるだけ相手してるけど。

 

 前は、―――

 

 ちくりと、またハルヒロの胸の奥が痛む気がして、二つ分の穴が大きすぎて考えるのをやめる。

 

「悪かったよ。ランタ。これからは気をつける」

 

 ハルヒロが素直に頭を下げると、ランタは肩を強張らせ、きょときょとと落ち着きを失くし、慌ててビールに口を付けて平静を装おうとした。

 

「わ、わかりゃいーんだよ。バカ」

 

「バカは余計だろ」

 

「ば、バカっお前なんかヴァカヒロで十分だろっ」

 

 殊勝な気持ちが一瞬で消えて、ハルヒロはランタを思いっきりひっぱたこうかと思ってやめた。

 同レベルにはなりたくないし。

 

 ハルヒロも心を鎮めるためにジョッキに口を付けた。ここのレモネードはいつ飲んでもうまい。

 

 何気なしにぐるりと周囲を見回す。

 相変わらず賑やかな店の中で、ふと見覚えのある白っぽい服装が見えて、思わず背筋を伸ばす。

 男だ。マントをつけていて、穏やかそうな顔立ちで、盾と剣を装備した男。

 二階に行こうとしている。

 

「おれ、ちょっとオリオンのシノハラさんに挨拶してくる」

 

 ハルヒロが立ち上がると、ランタも同時に立ち上がる。

 驚いて見返すと、ランタも見つめ返し顔をゆがめた。

 

「ぬ、抜け駆けはさせねーからな。大方、お前だけオリオンに入れてもらおうって腹だろ。オレも行くぞ」

 

「そんなわけないだろ」

 

 ハルヒロが呆れて言い返すと、ジョッキの中身を飲み切ったモグゾーももたもたと立ち上がった。

 

「ぼ、ぼくも・・・一緒に行くよ」

 

 立ち上がった男三人の姿に、ユメとシホルが顔を見合わせた。

 

「そやったら、ユメも行ってみようかなあ」

 

「あ、あたしも・・・一人で残るのも、あれだし・・・・・・」

 

 結局、五人で行くことになり、ハルヒロはどうなのかなと思いながら二階に向かう。

 二階に上がって周囲を見渡すと、一角だけ、白っぽい服装で占拠されている。

 三十人以上いるか、女がその三分の一くらい。みなオリオンのマントをつけている。

 

「やあ、ハルヒロくん。久しぶりですね。そちらの方々はきみのお仲間ですね」

 

 穏やかな声をかけてきたのは、シノハラだ。

 先手を取られたハルヒロは何度も頷き、思わず口ごもると、シノハラはちらっと笑みを浮かべた。 

 まるで、来ることを予想されてたみたいな、とハルヒロは思う。

 

「さあ、こちらにどうぞ。ハヤシ」

 

「はい。どうぞこちらに」

 

 ハヤシと呼ばれた短髪で目の細い男が周囲から椅子を集めて卓を一つあける。

 他のオリオンのメンバーもハルヒロ達に親し気な笑顔を向けて、それを手伝いはじめる。

 どうして親切にしてくれるんだろうか、とハルヒロは圧倒されながら一瞬思う。

 

 空いた卓にシノハラが座り、ハルヒロ達を手招きする。

 

 頼んでも居ないのに飲み物とつまみまで運ばれてきた。

 ジンジャービア、ショウガの利いた炭酸飲料だ。

 レモネードよりも癖がある味なんだけど。

 給仕から受け取って横に置いてくれた女が、ハルヒロ達の顔を覗き込んで微かに笑う。

 

「君たちは、ビールでも大丈夫だったかしら?」

 

 離れた席にいるオリオンの一人が急に噴きだし笑っている。

 思わず五人が固まっているとシノハラが軽く手を振った。

 

「気にしないでください」

 

 噴き出した一人も隣の人に小突かれて黙った。

 それ以降は、こちらを見向きもせずに、みんなそれぞれ穏やかに談笑している。

 大人の雰囲気だ。

 気圧されてユメもシホルもモグゾーも、ランタまで大人しい。

 オリオンすごいとハルヒロは思って、ジョッキに口を付ける。

 

 ショウガの刺激にシホルが目をぱちぱちさせている。

 

「それで、ハルヒロくん。この生活には慣れましたか?まだ団章は買っていないそうですが」

 

 シノハラの言葉に、ハルヒロはちょっと驚く。

 

「なんでおれたちがまだ団章を買ってないって、知っているんですか?」

 

「新兵の事は誰でも気になるものですよ」

 

 なぜか、シノハラはどことなく複雑な笑みを浮かべている。

 

「ダムロー旧市街に通っているでしょう。君たちの事をゴブリンスレイヤーと陰で呼ぶ者もいるようです」

 

「ああ、たしかに。ゴブリンばっかり相手にしてるから」

 

 ハルヒロは苦笑いをして握った拳に目を落とす。

 シノハラは少し間をおいて居住まいを正した。

 

「話は、聞いています。お仲間の事は残念でした」

 

「・・・・・・はい。おれも・・・残念です」

 

 黒いかさぶたを剥がしてみたら傷口はちっとも塞がっていなくて、傷を負った時の痛みはないのに真っ赤な血が溢れてくるような喪失感。

 

「口幅ったいようですが、仲間を失う辛さはわかります。私にも経験がありますから」

 

 シノハラは深い悲しみを秘めた優しげな笑みで頷く。

 

「どうか、その痛みを忘れないでください。今いる仲間を大切に、その大事な仲間と過ごす時間は、二度と戻ってきません。悔いを残さないようにつとめてください」

 

 静かに続けられる声にハルヒロ達は思わず胸に手を当てて黙って聞いていた。

 こういうことだったんだ。   

 後悔したくないって、

 あのとき、こうしてたらって。

 ハルヒロは目を閉じて、息を吐く。

 

「シノハラさん。相談があるんです」

 

「なんでしょう。私に応じられることならばいいのですが」

 

 ハルヒロはシノハラの顔をしっかりと見据えた。

 

「メリイのことです。この前、話しかけていましたよね。メリイがおれたちのパーティにいるっていう事もきっと知ってますよね」

 

「ええ、よく知っています。彼女が何か?」

 

「教えて欲しいんです。メリイのことで、知っていることがあれば。お門違いかもしれないけど、多分、本人から無理やり聞こうとしても話してくれないと思うし」

 

 シノハラは、初めて躊躇った表情を浮かべた。

 

「いいのですか?真実を知ることが、常に正しいとは限りませんよ」

 

 ハルヒロは唇を少し噛んで頷く。

 

「おれたちは、メリイと仲間になったから。もう・・・・・・後悔、したくないんです」

 

 シノハラはハルヒロ達を見渡して、ふと息を吐いた。

 

「それならば――ハヤシ」

 

 ハルヒロ達の席を作ってくれた男が、隣の卓から立ち上がって、ハルヒロ達に軽く目礼する。

 

「彼は以前、彼女と同じパーティにいたのです」

 

 ハヤシと呼ばれた男は、どこかが痛いような笑みを浮かべてシノハラの隣に座った。

 

 それからハルヒロ達は、メリイという治療者、前衛、後衛の護衛と三人分働いていた神官の話と、サイリン鉱山で四人の仲間を失ったハヤシという戦士の話を聞いた。

 

 話が終わったころ、飲み物がすっかり温くなっていた。

 生温いジンジャー・ビアを無理やり飲み込んでハルヒロは口を湿らす。

 強張った笑顔のままのハヤシと穏やかな笑顔を崩さないシノハラ。

 

「・・・・・・あの」

 

 小さな、遠慮がちな声がした。

 声の主は・・・・・・シホルだ。

 ハルヒロが驚いて目を見張ると、シホルは小さく手を上げたまま、真っ赤になって俯いていた。

 

「はい、なんでしょう?」

 

 シノハラの優しげな声にシホルは俯いたまま首を振った。

 一生懸命、何度も大きく息を吸い込んで、最後に大きく息を吐いて顔を上げた。

 涙で濡れた頬が、ランタンの明かりを浴びてきらりと光る。

 

「・・・・・・もしも、・・・もしもハヤシさんが・・・メリイさんが、三人分働いているって気がついていたら、何か、変わったと思いますか?」

 

 ハヤシは細い目を開いて、殴りつけられたように蒼褪めて押し黙る。

 

 重い沈黙。

 

 気がつけば、周囲の卓からは会話が消えていた。

 

「ハヤシ――」

 

 シノハラが気遣うような声をかけるが、ハヤシは力なく首を振った。

 

「俺達にとってはちょっと前で、君たちにとっては結構前、そういう事を考える機会がありました。

 実際のところ、あのころの俺は何も考えていなくて、きっとなにも気がつかないままだったでしょうが・・・・・・」

 

 罪悪感を圧し切って、大切な仲間の為にハヤシは笑ってみせる。

 

「もし知っていても、俺には何も言えなかったかもしれません。

 ミキチも、オグも、ムツミもそれぞれ精一杯頑張ってました。

 それなのにメリイがあんなに働いていたのは・・・・・・裏を返せば、俺達の力が足らなくて、不甲斐ないからって事ですから。俺一人の事ならいい。

 けど・・・・・・大切な仲間に、そんなこと言えますか?

 メリイは黙っているのに、その努力をその優しさを踏みにじることが出来たかどうか・・・。仲間だと思うなら言えない。

 けど・・・本当に大切な仲間だと思うなら・・・もう仲間を亡くしたくないなら・・・」

 

 ***

 

 次の日も、メリイは北門で待っていた。 

 そして、六人でダムロー旧市街に行き、いつものようにゴブリンと戦う。

 空は鉛色、重そうな雲が立ち込めて今にも降りそうだ。

 

 戦っている間は、余計な事を考える余裕はまだハルヒロにはない。

 何度か戦闘を繰り返し、小休憩をし移動中は気を張って不意打ちに備える。

 

 一度、急に現れたゴブリン達にシホルが襲われかけたが、メリイが錫杖で殴りつけて牽制している間に、ランタが仕留めた。

 モグゾーは兜のお陰で頭に怪我をしなかったし、ユメとハルヒロで組んで危なげなく倒すことが出来た。

 

 おれたちにしては上出来だ。

 

 ランタがゴブリンの持ち物を漁り、ゴブリン袋をひっくり返すといつものように銀貨とガラクタみたいなのと色のついた石がいくつか落ちた。

 

「へっ大量じゃねえか」

 

 嬉し気に袋を振りながら笑うランタに頷き、モグゾーが息を吐く。

 ユメもほっと息を吐いて、ハルヒロに笑いかけた。

 シホルがメリイにお礼を言っているのが聞こえたが、メリイは目をそらしている。

 ハルヒロは額を拭って、ランタの落とした戦利品を確認するために近寄った。

 

 ランタは泥のついたガラクタを熱心に爪でひっかいている。

 紐がついているみたいだ。

 ゴブリンのお守りだろうか。

 

「後でにしろよランタ」

 

「うっせーあとちょっとだっつーの」

 

 ちらりとランタの手元が気になったが、ハルヒロは銀貨と石を拾い上げて袋にしまう。

 もういい時間だ。今日はこれぐらいにしてオルタナに帰ってもいいかもしれない。

 

「・・・・・・オイ、ハルヒロ」

 

 いつになく低い、小さなランタの声にハルヒロは眉を顰めて振り返る。

 

「なんだよ。ランタ」

 

 ランタのくせにそんな大人しい声を出すなんて、気持ち悪いな。

 そう言いたいのを堪えて差し出された手のひらの上のものを見て、ハルヒロは言葉を失った。

 

 オルタナについたころ、冷たい雨が降り出した。

 買取屋で戦利品を売り払う間にも露店は慌てて店仕舞いをはじめ、人通りは閑散としつつある。

 

 いつもみたいに分け前を受け取りその場を去ろうとしたメリイをハルヒロが引き止めると、彼女は腕を自分の体に巻き、・・・身構えた。

 いつもの既視感。

 

 不意に、ああ、そうか。と思った。

 

 きっといつもそうだった。

 彼女にパーティを抜けてくれという。

 そうすれば、彼女は「わかった」と答えて立つ鳥跡を濁さずと言わんばかりにあっさり抜ける。振り返ったりしない。

 

 それって、寂しくないのかな。

 

 彼女の伸びた背筋や決然とした足取り、何が起こっても対処できるように身構える仕草。

 いつもそうだったなら、それって悲しくなかったのかな。

 

「メリイ」

 

 ハルヒロはメリイの瞳をじっと見つめる。

 ハルヒロだけじゃなく、ユメも、シホルも、ランタもモグゾーも彼女を見た。

 そのことに気がつき、彼女は眉を顰めて一層身体を固くする。

 

 ハルヒロは懐から、ランタから受け取ったものを差し出した。

 まだ汚れがついていて、それでも見覚えのある形。義勇兵ならみんな持ったことがあるから、メリイにもそれはわかる。

 

「見習い章・・・?」

 

 細い声にハルヒロは頷いた。

 少し風も吹いてきて、身体が冷たい。

 

「メリイ、おれ達のパーティは最初7人だったんだ。変わってるだろ?マナトっていう神官とアイラっていう聖騎士がいたんだ。

 けど、マナトは死んでしまって、死体も見つからなくてさ。それから、・・・・・・アイラが抜けて。今日、やっとこれを見つけたんだ」

 

 マナトと記された血錆びの浮いた見習い義勇兵章をハルヒロはそっと握りしめた。

 

「おかしいよな。死んだっていうより、死なせたんだ。おれたちが。おれたちはマナトに頼りすぎて。治療者で、前衛で、リーダーで。

 いつもみんなを気にかけてくれて、かすり傷でも治してくれて。すごいやつだって思ってて、でもだんだんそれが当たり前みたいに思って・・・大変だったと思う。

 おれはマナトの気持ちなんて想像もしてなかった。

 それなのに、おれは諦めがつかなくて、往生際悪くって、ずっと・・・・・・今日、やっとこれを見て納得できたんだ。マナトが死んだって、本当に、もういないんだって」

 

 メリイは身動ぎもせずにハルヒロの手元を見つめている。

 

「マナトがいなくなって、どうすればわからなかったけど、生きてく為に、稼ぐために神官が必要で、それでメリイを誘ったんだ。神官がいないとどうにもならないしさ。

 おれ達はもともと寄せ集めで、マナトがまとめてくれてパーティになった。仲間になったんだ。

 気に食わないことがあっても、喧嘩しても、それでも大切な仲間なんだ」

 

 君がいつもまっさきに走り出して、みんなを後ろに庇おうとしてたのは、勇敢だったからじゃない。

 すぐ小言をいったり、怒ったりしてたのは、嫌いだったからじゃない。

 

「おれは今、メリイも大事な仲間だと思ってる」

 

 メリイは白い顔のまま黙ってハルヒロの目を見つめている。

 ハルヒロもメリイの瞳をじっと見つめ返し少し笑った。

 

「・・・あたしも、仲間だと、思ってる」

 

 シホルがそっと手を上げていうと、ユメもふにゃりと笑った。

 

「そやなあ。メリイちゃん、めっさかわいいしなあ」

 

「ぼ、ぼくは、仲間だと思ってるし、メリイさんがいてくれると心強いな」

 

 モグゾーも頷き、隣のランタにちらりと目をやるとランタは軽く鼻を鳴らした、

 

「まー仲間なんじゃねーの?言ってることも、大体間違っちゃいねーしな」

 

 ハルヒロは冷たい雨を見上げた。

 

「明日は大雪か嵐か・・・・・・まいったな」

 

「こらパルピロ!なに確定事項みたいに言ってくれてんだよ!オレ様だって反省することぐらいあるって―の!オレ様は常に前向きに学習し爆走していく疾風の精密機械だからな」

 

「それはともかくとして」

 

「流すな!空しくなんだろうが!ハルヒロおい!」

 

 ハルヒロはメリイの顔を再び見つめた。

 メリイが何を考えているかはわからない。

 

 ハルヒロのわかるのは、ハルヒロの思いだけだ。

 ハルヒロは周囲をぐるりと見渡した。

 

「今さ、目標があるんだ。義勇兵章買う以外で。今すぐは難しいかもしれないけどさ。みんな、それに付き合ってくれないかな」

 

 ハルヒロの説明に、ユメもシホルも、モグゾーも、・・・・・・騒いでいるランタも、散々悪態をついた挙句に賛成する。

 

「メリイは?」

 

 彼女は形のいい顎を微かに引いて、目を伏せた。

 了解だと受け取って、ハルヒロも頷く。

 

 息を吸う。

 

「それでさ、晩飯でも行かない?」

 

 小さく首が横に振られる。

 

「いい・・・まだ」

 

「そっか」

 

 メリイは少し悩んでいるようだった。

 顔を上げて、みんなの顔を見て、小さく頷く。

 

「わたしも、紹介したい人がいるの・・・・・・」

 

 苦しそうに表情を歪めて、息を吐く。

 

「その人がお酒かけたこと、許してくれたら、・・・・・・だけど」

 

「こえぇ・・・」

 

「こらっ」

 

 顔をひきつらせたランタの背中をユメがちょっと叩く。

 

「ちゃ、ちゃんと謝れば許してくれるよ。きっと」

 

「・・・そう。だ、だいじょうぶ・・・・・・気持ちが伝われば・・・たぶん・・・」

  

 モグゾーとシホルも慌ててフォローしようとメリイに頷く。

 ハルヒロも頷いて、少し考えてもう一度頷いた。

 

「おれも仲直りしたいやつがいるから、一緒に頑張ろうよ」

 

 メリイが顔を上げて、こくりと頷く。

 ユメも、シホルもモグゾーも、ランタも一瞬顔をゆがめて頷いた。

 

 おれ達、いい仲間になってきたよって言えるようになったら、きっと。

 




LE PETIT PRINCE 著アントワーヌ・ド・サン=テグジュペリ 

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