灰と幻想のグリムガル 聖騎士、追加しました   作:2222

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「おいらはパンをたべないから、小麦ってどうでもいいものだったんだ」


18話 小麦畑を見ても、何にも感じない

 

 

 ハルヒロは、どうすればいいのかわからなかった。

 それでも座り込んだまま言葉を失くしたユメとシホルの二人を見ているのはつらかった。

 

 ふと、屈託のないユメの笑顔を何気なしに眺めたり、シホルの恥ずかしそうな笑い声をまた聞きたいと、そんなことを思った。

 

 前は、そんなふうにずっと過ごしてたのに。

 前みたいになりたいなら、前みたいになるように頑張ってみようか。

 

 モグゾーにも頼んで、前みたいに朝食は宿舎で作ってみんなで顔を合わせるようにしよう。

 前みたいに二人にもたくさん話しかけよう。

 

 とりあえず、そう決めた。 

 

 二人とも、朝食の準備をしているモグゾーとハルヒロを最初は変な顔で見ていたが、しばらくして手伝ってくれた。

 でも口数は少ない。

 シホルはあまり眠れなかったのか目の下に隈が出来ていたし、よく顔をみようとしたら最初の頃のように背けられてしまって結構ショックだった。

 

 昨日言われたことが、みんな尾を引いてるんだろうな、というのがハルヒロの感想だった。

 ハルヒロ自身については、なにも言われてない。

 

 つまり、ハルヒロは言う価値も無かったってことかと思うと、心臓のあたりがずきりとする。

 けど、耐えられないわけじゃない。

  

 しばらくしてやっとランタが起きてきて、みんなでひさしぶりの朝食になった。

 二人分の空席をみないようにしながら少し今日の話をする。

 

 会話は途切れがちでも、多分、昨日よりはましだ。きっと。

 

 

 相変わらずメリイは取り付く島もなかったが、何とか今日もダムローで狩りをして、ハルヒロは屋台で夕食を取って義勇兵宿舎に帰った。

 

 誰もいない中庭で黙って椅子に座っていると、ひょっこりマナトが顔を出して話しかけに来てくれるような気がする。

 そういう奴だった。

 よく周りの様子を見て、みんなの様子に気を配ってて・・・・・・

 

 雨が降り出し、追われるようにハルヒロは宿舎の方に戻り戸口の軒下に所在なくしゃがみ、軒から滴が垂れていくのをじっと見上げていた。

 誰もいない部屋には戻りたくないが、行く当てもない。

 

 おれたちはどこにも行けない。

 マナトなら、どこかに連れて行ってくれるような気がしたのに。

 

 モグゾーとランタはたぶん、今日もシェリーの酒場に行ったから濡れて帰ってくるかもしれない。

 そんなことを思っていると、不意に隣に誰かが座り込んで、深く息を吐いた。

 

 なんだか、急に泣き出しそうな気持になってハルヒロも同じように息を吐きだして、頬を擦る。

 

「どうしたの、ユメ」

 

 濡れた髪を乾いた布で擦りながら、ユメがハルヒロとおんなじように座り込んでいる。

 

「ん~となあ、なんかハルくんが隣に座って欲しそうだったからかなあ」

 

「・・・なに、それ」

 

 実のところ、ユメから話しかけてくるのは久しぶりだ。

 本当に、久しぶりだ。

 朝はみんな適当にしていたし、夜は男同士で酒場で管を巻いていて。

 一緒にダムローに行っても、ちゃんと話していたとはとても言えない。

 

「ユメにもわからんけどなあ・・・・・・ユメ自分の気持ちとか伝えるの苦手やんかあ」

 

「・・・おれも、得意じゃないけど」

 

 少し硬い声のユメにちらりと目をやると、少し怒ったような顔をしている。

 こんなんじゃ、だめだ。

 ハルヒロは息を深く吸い込んで、ゆっくり吐き出して覚悟を決めた。

 

「・・・あのさ、・・・メリイを勝手に入れたこと怒ってる?」

 

 何もかもが急すぎて、どこを取っても中途半端で、なにをどうすればいいのかハルヒロには全然わからない。

 

 誰か、教えてくれよ。心の中でつぶやいても返事は帰ってこない。

 振り返らずに進んでいく背中が羨ましくて、遠い。

 

「怒ってない」

 

「けどさ、もし・・・・・・ちゃんと相談してたらアイラもあんな、事、言わなかったかもしれないし・・・。売り言葉に買い言葉みたいになっちゃったしさ、早まったかなって。おれ一人で決めたわけじゃないけどさ・・・」

 

 モグゾーと、ランタと三人で決めたんだけど、とハルヒロは続けるが、ユメの表情は変わらない。

 

「・・・・・・怒るの、当然だよな」

 

 そう言ったハルヒロにユメはちがうよ。と、短く否定した。

 ぎゅっと握られた腕が痛い。

 

「本当はなあ、まだユメどうしたらいいわからんけどなあ。シホルも、ずっとそれどころじゃなかったんやけどなあ・・・」

 

 気がつくと、ユメはしずかに涙をこぼしていた。

 

「ずっと前になあ、どうすればいいかわからないときは、どうしたらいい?って聞いたらなあ、自分がしてほしいことしてあげたらいいんじゃないかなあっていってくれてなあ。いっぱい教えてくれたのになあ・・・」

 

 しゃがみ込んだまま触れ合う暖かな二の腕の感触が、どこか懐かしくて思い出せなくて、悲しい。 

 ユメの頭を恐る恐る撫でると、ユメはしゃくりあげてハルヒロに抱き着いた。

 

「なんでマナトが急にいなくなって、みんなへんになってもうたん?ユメ、バカやからわけわからんやんかあ」

 

「おれだって、・・・わけわかんないよ」

 

 なんでマナトのヤツいなくなってんだよ。意味わかんないよ。

 まるで、最初からいなかったみたいじゃないか。

 信じられないような大量の血とたくさんのゴブリンの足跡、残ったのはたったそれだけ。

 

 何も残さずにマナトは消えてしまった。

 

 あまりに何もなくて、・・・・・・ちゃんと悼むことすらできやしない。

 

 呆然と泣いているユメを撫でていると、沐浴室の扉が開いて、濡れた髪のままのシホルが無言で近づき、ふたりをじっと見つめた。

 肩が震えてる。

 

「シホル」

 

 ハルヒロの呼びかけに、シホルはひゅうっと喉を鳴らした。

 

「あたし・・・・・・マナトくんのこと、心配すればよかったのに。わからなきゃいけなかったのに。あたしは・・・怖がってばっかりで・・・・・・ずっと助けてもらって・・・・・・あたし」

 

 俯いて、シホルはごめんなさいと謝っていた。

 通路に座り込んで布で顔を覆ってごめんなさいと言いながら泣きじゃくっている。

 

「シホル・・・・・・おれも同じだよ。すこしも、わかってなかった」

 

 マナトは確かにすごかった。ずっと助けられっぱなしだった。

 なんでもできるように見えた。

 けどそうじゃなかった。

 マナトは仲間だって言ったのに。何でも助け合う仲間だったはずなのに。

 おれたちはマナトの事を助けてやれなかった。

 ハルヒロは刺すような胸の痛みを噛みしめる。

 

「みんな同じやんなあ。仲間やもんなあ・・・・・・」

 

 シホルとユメの泣き声に、変な声が混ざってる。

 おれの声だ。おれも泣いてる。

 弱音とか全然吐かなくて、いつも笑ってて・・・・・・本当に、あいつ、バカじゃないか。

 けど駄目だ。それを認めるわけにはいかない。

 

 マナトは、いいパーティになってきたな。といった。

 

 アイラはそれを否定した。

 

 マナトのことばを・・・・・・仲間を信じるために、そんなのは嘘だって、おれたちは彼女を否定しなきゃならない。

 涙をこぼしながらハルヒロは、なにかをひとつ諦めた。

 

 ***

 

 翌朝、ハルヒロ、ユメ、シホルの三人の間には微妙な空気が漂っていた。

 何が悪いわけじゃないが、顔を合わせ辛い。

 

 モグゾーは心配そうな顔をしているし、ランタは変な顔で三人の様子を見ている。

 

「オイ、パルピロウスォ・・・お前、ゆうべなにしたんだよ・・・・・・」

 

「変な名前で呼ぶなよ。別に何でもないって」

 

 動揺し過ぎてちょっと裏返った声になったハルヒロをユメが振り返り、ランタとの間に体を割り込ませた。

 

「ハルくんはなあ、ランタと違って繊細やからなあ」

 

 露骨に庇われて心底気まずいハルヒロをよそに、ランタがユメの表情を見て目を剥く。

 

「はっ!?なんでユメが庇うんだよ。なんだよそれオイ、なんなんだよ」

 

「うるさいな、関係ないだろ」

 

「関係あるだろ。むしろそっちが何の関係だソレ!言え!吐け!」

 

 さすがに女の子二人の前で号泣したのが気まず過ぎた。

 できたら忘れたい。今すぐ顔を覆ってのたうち回りたい。穴があったら埋まりたい。

 ハルヒロは微妙にランタから視線を逸らした。

 

「・・・・・・デリカシーなさすぎ・・・」

 

 少し離れたところからぼそりと呟くシホルにランタがぎろりとにらむ。

 

「デリカシーだと?ハルヒロが弱っち過ぎるだけだろうがよ。大方、またへたれてたんだろーハルヒロのヴァカが」

 

「ゆうべな、ハルくん、泣いててん」

 

 言われた。よりにもよって、ランタの前で。

 いや、最初に泣いたのユメだし、シホルも泣いてたけどとは言えないハルヒロの目は少しうつろだ。

 

「ユメ、言わないでいいから・・・・・・」

 

 項垂れるハルヒロをよそに、ランタは頭を掻きむしり、あーと息を漏らしてそうかよ。と言った。

 

「ちっそんなことかよ。ハルヒロがヘタレなのは今に始まったことじゃねーしな。なあモグゾー、メシまだかよ」

 

 心底つまらなそうな顔でランタが溜息をついて背を向ける。

 キョトンとした顔でユメがランタの背中を眺め、シホルが拍子抜けした顔になり、ハルヒロも少し首を傾げ、・・・・・・モグゾーはどこか痛いような顔をしたが、誰も気がつかなかった。

 

 

「・・・あのなあ、ユメなあ。昨日シホルとも相談したんやけど、メリイちゃんと仲良くなってみようかなあって」

 

 今日もモグゾーのごはんはおいしい。

 がつがつと食べるランタをよそに、ユメが決意を込めた顔で匙を握って言うと、シホルはパンを千切っていた手を止めて苦笑いを浮かべた。

 

「うまくできる気は、しないけど・・・。やるだけ、やってみようって」

 

 そういって俯いてしまったが、ハルヒロは思わず大きく頷いた。

 一方ランタは椀から顔を放して、嫌そうな顔をする。

 

「メリイと仲良く?無理だろ。そんなの。向こうはそんな気さらさらねえぞ」

 

 モグゾーは少し困った顔をしたまま水を飲んだ。

 

「・・・だ、だけど、今のままのやり方じゃなくて、もう少し、いい方法ないかなって・・・・・・」

 

 ハルヒロは手を止めて少し考えた。

 深く考えようとすると、まだ胸の奥がざわざわして上手く考えがまとまらない。

 それでも深呼吸して言葉にしてみる。

 

「とりあえず、・・・とりあえずさ、信頼関係を築いてちゃんと話ができるようにしよう。メリイなりの考えがあるんだろうしさ。おれ達が・・・メリイに考えを押し付けるんじゃなくてさ。お互いに上手いやり方をできるようにしよう」

 

 メリイの方が義勇兵歴が長い。

 確かにその通りだ。正直なところ、ハルヒロ達見習いパーティが、いつ見捨てられるかっていう不安はある。

 まともに治療もしないし、コミュニケーションも取れてないし。

 

 なにせ、神官は引く手あまただから。

 

 ランタがケッと吐き捨てた。

 

「ンなもん、うまくいくかよ。あの女、先天性性悪症候群だろ。どうにもなんねーって。ハルヒロお前、神官に転職しろよ。そうすりゃあの女追い出して万事解決だ」

 

「だから、おれは神官は向いてないって。前も言っただろ」

 

 考えなかったわけじゃないが。

 一瞬浮かんだ疑問をそっと押しやってハルヒロは頬を掻く。

 もしも、あと一日メリイを入れるのが遅かったらどうなったかなんて考えたって、いまさらなんの意味もない。

 

「それにさ、メリイをパーティに入れるって決めたのおれとモグゾーとランタだろ。仲間にするって決めたんだ。おれ達が」

 

 ハルヒロがユメとシホルに目をやると、二人も微かに頷いた。

 

「第一、おれ達もここんところ上手く行ってなかっただろ。そんな状態で、しかもメリイにとっては五対一だしさ。やりにくかったんじゃないかな。それにさ、メリイもひどいけど、おれ達だって実際、欠点だらけだろ」

 

 ランタが目を細めて疑わし気な顔をしてハルヒロを見ている。

 モグゾーは何も言わない。

 

「メリイとちゃんと仲間になろう。みんなで・・・・・・がんばろう。足りないところは補い合ってさ、仲間って、そういうものだろ?」

 

 マナト、おれ、うまく笑えたかな。

 

 ***

 

 今日も北門の前にいたメリイにハルヒロが大きくおはようというと、美人の神官は予想通り目を細めじろりとみつめる。

 冷たい視線にめげそうになりながらも、続けてユメとシホル、モグゾーも挨拶しランタも渋々小さく手を上げておうという。

 メリイは五人を散々目でなぶってから、おはようとそっけなく返した。

 

 前途は多難そうだ。

 

 

 ダムローに行く途中でもユメとシホルはメリイに交互に話しかけ、ハルヒロとモグゾーの必死のフォローにもかかわらず玉砕していった。

 ダムローについてからは、大体いつもと同じ通り。

 一匹か、二匹で行動しているゴブリンを探して狩る。

 だから三匹連れのゴブリンを見つけたときは、少し躊躇した。

 皮鎧を着てるのと布の服なのだが、全部錆びり刃こぼれした剣をもっている。

 

 ハルヒロが軽く作戦を説明する。苦戦はするだろうが・・・・・・。

 

「ならオレが一匹やる。他の連中は手えだすなよ」

 

 ランタがえらそうに言うと、シホルとユメが疑わしそうな顔をした。

 

 宣言通り、一匹のゴブリン相手に必死になっているランタをよそに、もう一匹はユメとハルヒロの二人がかり。

 様子をうかがっていたシホルが魔法の光弾をゴブリンの胸にぶち当てて、よろめいたところをすかさず倒した。

 

 一方、それを見たモグゾーと対峙していたちょっと大柄な奴は、剣を打ち合い鍔競り合いから巻撃を繰り出して切り捨てようとした寸前に、いきなり叫び声をあげて逃げ出した。

 モグゾーも追いかけるが、追いつけない。

 追いかけようとしたユメを止めて、ランタと戦っているやつが逃げないように回り込む。

 

 叫び声に動揺したらしく、ランタと対峙していたゴブリンも逃げ出そうと身を翻したところをすかさず憎悪突が背中から突き刺さり、ゴブリンは絶命した。

 モグゾーはこめかみから血を流したまま逃げたゴブリンの方を見ていたが、メリイが近寄り睨みつけた。

 絶対零度の視線にうろたえるモグゾーにメリイが顎をしゃくる。

 

「座って」

 

 躾けられた犬のようにおとなしく腰を下ろしたモグゾーにメリイが癒し手をかけた。

 ランタは肩で息をしながら腕の切り傷を乱暴に拭って戦利品を漁り始め、ハルヒロはおやっと思う。

 いつもなら、擦り傷でも治せとか言ってメリイに拒否されるのがお決まりだった、はずだ。

 そういえば、昨日もあんまり言ってなかったような気がする。

 

「ゴブちん、逃げられたなあ」

 

 点々と残る血の跡を眺めながらユメがふにゃっと笑い、ハルヒロは緊張を解いた。

 

「ご、ごめん、・・・・・・逃げられちゃって」 

 

 怪我を治してもらって立ち上がったモグゾーが申し訳なさそうな顔で謝るのをハルヒロは首を振る。

 

「いや、こっちこそ。おれの注意が足らなくてごめん。ランタ、腕大丈夫か?」

 

「たいしたことねーよ、かすり傷だこんなもん。それより、逃げられてんじゃねーよモグゾーとろいんだよ。おめーはよォ」

 

 多分ゴブリンに逃げられたのは、前なら的確なもう一撃や指示があったからだ。

 二人とも、足早かったし。

 ハルヒロはちらっとメリイの様子を見た。

 メリイはただ突っ立ってるだけで、ランタの怪我を治そうという様子はない。

 まあランタ本人がかすり傷だって言ってるから、良いのか。

 けどマナトやアイラなら治しただろうと思う。

 特にマナトは、いつでもどんな傷も治療しようとしてたし。

 

 マナトは戦闘中でも誰かが怪我したらすかさず治していたが、アイラは戦闘が終わった後にしか治さなかった。

 剣と盾を持っていたから、だと思っていたけど、もしかして違うのか?

 

 そうハルヒロが気がついたのは、相変わらずメリイとの会話が弾まない昼食を過ごしている最中だった。

 

「あの、さ、メリイってどういう基準で治すとかやり方とか、決めてたりするの?」

 

「は?」

 

 返ってきたのは冷たい視線だった。

 思わずたじろぎ、それでもつばを飲み込んでハルヒロは話を続ける。  

 

「おれ達は、その・・・経験浅いし。神官と聖騎士でやり方が違うのか、個人で違うのか、っていうのも知らないからさ」

 

 メリイは眉をひそめて少し黙り、ためらいながら口を開きかけて、やめ、溜息をついて腕を組んで横を向いてしまう。

 

「さあ」

 

 会話拒否だ。

 ハルヒロはムキになり掛けたことに気がついて息を吸い、ゆっくり吐き出す。

 

「よかったらさ、教えて欲しいんだ。おれは盗賊だから他のクラスの事とかわからないし。わからないままじゃ、駄目だと思ってるからさ」

 

「それはそっちの意見でしょ。わたしはべつにこれでいいと思ってるから」

 

 冷たい口調に血が上り、ハルヒロは思わず目を見開く。

 

「ぜんぜん、よくないよ!それじゃ・・・っ」

 

 ヤバイと思って右手で体を押さえる。

 冷静にならなくてはいけない。リーダーだし。

 

「・・・・・・戦闘の流れとか、あるからさ。プライベートには立ち入らないから、もう少し、みんなではなしをしたいんだ」

 

 みんなが心配そうな顔をしているのが、ハルヒロの視界の隅に入る。

 一方メリイはきつい表情のままだ。

 

「わたしの仕事が気に入らないならはっきり言えば?今すぐ抜けるから」

 

「そうじゃなくてさ――」

 

「なら何の問題もないでしょ」

 

 メリイの勢いに押されて、ハルヒロはつい頷いてしまった。

 

 ***

 

 今日の稼ぎは、そんなに悪くなかった。 

 あの後も挫けずにメリイへ話しかけてくれたシホルとユメへのお礼もかねて、初めて五人でシェリーの酒場へ行くことにした。

 落ち着かなそうに周囲を見渡すシホルとユメに、先輩ぶった口調のランタがあれこれと説明しているのをモグゾーが見守っている。

 席はこの前と同じ一階の少し隅の方。

 モグゾーとランタはビールを頼み、ハルヒロとユメとシホルはレモネードを頼んだ。

 

 乾杯してレモネードを一口飲んで美味しさに顔を緩ませた二人を見て、思わず笑ってからハルヒロは少し後悔する。

 もっと早くつれてくればよかった。

 

 それから少しばかり今日あった出来事を話して、それぞれが食べたばんごはんの話をしたところで

 

「―――問題は、やっぱりメリイだよな」

 

 とうとうハルヒロが切り出すと、全員が深く頷いた。

 

「メリイちゃんはなあ、ちょっおっとユメ達と考えること違うからなあ」

 

「もういいんじゃね、コレで」

 

 ランタがどや顔で首を切る仕草をするのをシホルが冷たい表情で見ている。

 

「そうしないって、いっただろ・・・。まだ始めたばっかりだし」

 

 ため息交じりにハルヒロはレモネードを飲む。

 うまい。

 

 出入り口の方に目をやっていたモグゾーがふいに声を上げる。

 

 思わず視線を向けるとメリイが、居た。

 驚いて凝視していると、視線に気がついた彼女と一瞬目があい、そのまま逸らされた。

 そのままカウンターの奥の方の席に行ってしまう。

 

 ランタは卓を叩いて文句を言い、ユメは疲れた顔をした。

 

「なんなんだよあの態度はよー、挨拶以前の問題だろ!」

 

「今のはなあ・・・さすがにユメも胸がチクってしたなあ」

 

 シホルは激しく瞬きして、唇を触る。

 

「・・・けど、あたしたちもメリイさんに挨拶、・・・しなかったし・・・」

 

 そういわれて、ハルヒロは首筋を掻いて同意した。

 

「ちょっと身構えったっていうのは、あるよね」

 

 また無視されそう、って思ったりとか。

 

「で、でも今朝は挨拶してくれたよね・・・メリイさん」

 

 モグゾーに自信なさそうに言われて、ハルヒロは肩を落とす。

 一歩進んで二歩下がった気分だ。

 

 気分を変えようと何気なしに店内を見渡すと、見たくない姿を見つけてしまった。

 黒い法衣に黒縁眼鏡の男と眼鏡と前髪で顔半分隠し、剣と盾を持った女の二人連れ。

 

 アダチが話しているのを彼女が聞いているようだ。

 親しげな笑顔で、時々背中に手をやったり肩を叩いたりしている。

 なんか、近くない?

 

 胸の奥がざわつくのを無視して、ハルヒロはレモネードを口に含んで視線を逸らす。

 みんなに言うことでもないし。

 

 ランタがグチグチいうのをユメとシホルが冷たい目で見たりしているのをみていたら、モグゾーがあっと声を出した。

 

「・・・誰か、メリイさんに話しかけてる」

 

 モグゾーの声に全員がカウンターの奥に視線をやる。

 どこかで見た覚えのある姿にハルヒロは目を瞬いた。

 全体的に白っぽい服装に剣と盾を持った穏やかな笑みを浮かべた男。

 

「オリオンのシノハラさんだ」

 

 ハルヒロの言葉にランタが首を傾げてオリオン?と呟く。

 

「あー、わりと有名なクランじゃねえか。たしかにマントに星がついてるな。つーかシノハラって、マスターだよな?」

 

 ランタに振られたモグゾーが自信なさげに頷く。

 

「た、たぶん。そうだったかな」

 

「そうなんだ」

 

 驚いてハルヒロが目を見張る横で、ユメがつんつんと服の袖を引っ張る。

 

「なあ、ハルくん。クランてなに?」

 

「ああ、クランていうのはさ。パーティの寄り合いみたいなので、同じような考えを持ってる人たちの集まり・・・だったかな。強い敵とか敵の陣地行くときは大人数の方がいいからさ。そういうときとか、協力するらしいよ」

 

 この辺は全部受け売りだったから、ハルヒロも少し曖昧だ。

 一体、誰に聞いたんだったか。

 

「女の人だけの、荒野の天使隊とか・・・あるってきいたけど」

 

 シホルがそっと補足するのに頷いてハルヒロは続けた。

 

「あと凶戦士隊とか、鉄拳隊とかも有名らしいよ。シホルよく知ってるね」

 

 シホルは顔を伏せて、ジョッキを握りしめた。

 

「前に、荒野の天使隊の人はみんな、白いストールとか羽根とか飾ってるから、一目でわかるって。女の人しかいないからどうしても困ったときは相談してって・・・・・」

 

 白くなるほど握りしめられた小さな指先から目を離して、ハルヒロはカウンターの方を見た。

 メリイとシノハラは、親しげに話している。

 というか、シノハラが一方的に話してメリイは頷いたり首を振ったりしているようだが、迷惑そうには見えない。

 やがてシノハラはカウンター横の階段を上っていってしまい、メリイは座り直して一人で酒を飲み始めた。

 

 しばらくしてキッカワがやってきて、ランタといつものように話していると、義勇兵の中では超がつくほど有名なソウマのパーティがやってきて、店内が沸き立った。

 ハルヒロも実物を見るのは初めてだったが、キッカワが色々説明してくれたのでユメやシホルも興味深げにしている。

 喋っているうちに興奮してきたのかランタとキッカワが席を立ち、ユメとシホルが初めて見たエルフについて話している横で、モグゾーはソウマ達の鎧を羨まし気な顔で見ていた。

 ハルヒロは再びカウンターの方に目を向ける。

 メリイは喧騒に背を向けて静かに酒を飲んでいた。

 

 その近くをソウマを一目見ようと沸き立つ酔客の群れの中を見知った聖騎士がすり抜け、階段を昇っていく。

 置き去りにされたアダチがつまらなさそうな顔で代わりを注文をしているのが見えて、ハルヒロは少し笑えた。

 




「けどきみの髪は小麦の穂と同じ色だから、次から小麦畑を見るたびに、きみの事を思い出すようになるんだ」

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