灰と幻想のグリムガル 聖騎士、追加しました 作:2222
「やってられっかよ!」
陶器製のジョッキを壊れそうな勢いでテーブルに叩き付けるランタ。
ここしばらくおなじみの光景にハルヒロは疲れを感じ、モグゾーはいつものように壊れちゃうよと注意する。
今日もダムローでゴブリン狩り。
相変わらずパーティの雰囲気は悪い。
戦闘中もメリイは治療もせずただ突っ立てるだけ、ろくに会話らしい会話もない。
「だいたい、アイラのやつはどうしたんだよ。ハルヒロ」
「しょうがないだろ・・・帰ってこないんだから」
ため息をつく理由はもう一つ。
聖騎士で前衛のアイラが帰ってこない。
いや、どうやらハルヒロ達の寝静まった深夜に帰ってきて、早朝宿舎を出ているらしい。
時々宿代や屋台で買ったらしい土産が残されているので、かろうじてそう判断できるというだけなのだが。
同室のシホルとユメもよくわかってないようだ。
「お前がリーダーなんだから、眠そうな顔してないでもうちっとしゃっきりしろや」
「この目は生まれつきだって言ってるだろ」
ランタに言い返して、ハルヒロは温くなったビールを啜る。
「ったくムカツク女どもだぜ。なんなんだよ片やまともに治療しねえ。声は怖えし、なんなんだよあの態度は。あの眼差しは!もう片っ方は顔も出さねえ、マジでなんなんだよ!!同じ落ち込むでもシホルの方がまだマシだろ」
ランタの愚痴にモグゾーは困ったような顔をして黙ってビールを飲んでいた。
メリイが加わってから、ダムローで狩りをして帰りはハルヒロ、ランタ、モグゾーの三人でシェリーの酒場で憂さを晴らすのが恒例のようになっている。
こうでもしないと、とても明日を迎える気になれない。
マナトを失くし、メリイを加え、アイラが顔を見せなくなり、ダムローで稼げる金はずいぶん減った。
こうやって酒場に通いうことで無駄遣いをしている、という自覚はある。
義勇兵章が20シルバーだから、もう少しで貯まりそうなのだが。
もちろん、余裕をもって買いたいのでもう少し貯める必要があるけど・・・義勇兵章を買えば、色々と割引が利いて安く済むものもある。
シェリーの酒場も見習いではなく義勇兵ならビールが少し安くなるし。
「義勇兵か・・・」
ハルヒロは呟き、店内を見渡した。
今座っているのは一階の隅の方の薄暗い席だから、逆に店内が一望できる。
どの客もハルヒロ達よりは上質な装備を身に着け、もしくは洒落た外出着姿に武器だけ身に着けているものもいて圧倒的格差を痛感せざるを得ない。
「お前、あれだろ。オレ達は一応義勇兵になるのが目標だけど、燃えねーっつーか目標無くしてる感があるって言いたいんだろ」
「・・・お前に考えてること当てられるって、スゲー複雑な気分だよ」
「失礼な奴だな。叩きのめすぞ」
「すみませんでした」
「あっさり謝るなよ。もっと構えよ。話が膨らまねえじゃねえか。面白味のねえ男だなお前は。なあ・・・、あ」
ランタが一瞬誰かに話を振ろうとして顔を顰め、卓に頬をつけてつまらなそうにケッという。
その様子を見ていたモグゾーが、低く唸る。
「目標が、見えない感じがあるよね」
前はそうじゃなかったのに と続けられた言葉にハルヒロは黙って頷く。
「まあ、二人もいねーんじゃ・・・な」
ランタもだるそうに続け、ごろりと頭を動かす。
「目標ね・・・」
ハルヒロは呟いて、もう一度店内を見渡して見覚えのある顔を見つけぎくりとした。
心臓の音が、耳の奥でどくどくとやけに響く。
「・・・レンジ」
忘れようとしたって忘れられない印象深い男。
義勇兵事務所で別れて以来、見かけるのははじめてたけどその姿は一目で見分けがつく。
レンジ達はハルヒロ達からずいぶん離れたカウンター近くの明るい、良くも悪くも目立つ席にいた。
とてもハルヒロは座ろうと思わない。
「うはっ・・・・・・・・ん?」
「・・・・・・あ」
ランタがレンジの派手な姿に驚き、それから訝し気に目を細める。
モグゾーはじっと見つめ、殴られたみたいに顔を竦めた。
レンジはもともと銀髪で目を引くのに鎧の上に黒いファーみたいなのが付いた陣羽織らしきものを着ている。卓に立てかけられた大きな剣も凄そうだ。
なぜかレンジの足元で正座しているチビちゃんは神官らしく白地に青いラインの入った服装だが、マナトやメリイに比べて明らかに生地が違うし端に飾りがついている。
レンジの隣の丸刈りのロンも立派な鎧を身に着けているし、黒縁眼鏡のアダチの黒い法衣も光沢があって高そうだ。
それから、仲睦まじげな女二人がいる。
バルバラ先生を連想させる露出度の高い服装の色っぽい美人のサッサと対照的に顔以外防具で身を固めて露出しておらず、おまけに顔も眼鏡と前髪で隠してるどこか気だるげな雰囲気の女。
見覚えのある、その姿。
「・・・っ」
「・・・どういうことだよ」
ランタが呆然と呟く。
ハルヒロは目をそらして、ジョッキに目を落とした。うすうす感じていたのかもしれない。認めたくなかっただけで。
見習いだろうと義勇兵だろうと、義勇兵歴が浅いものは新兵と呼ばれる。
だけどチームレンジをみて新兵呼ばわりをする奴はいないだろう。
この差は縮まることはないだろうとハルヒロは思う。
縮まるどころか、広がる一方だろう。レンジ達はどんどん駆け上がっていくやがて誰もが一目置く存在になるだろう。
ハルヒロ達は最底辺のまま・・・それを考えたら、当然の結論なのかもしれない。
それにマナトがあんなふうにあっち側に居れば、死ななくて済んだのかもしれない。
絶対、死ななくて済んだだろう。
気がつくと俯いていたハルヒロの腕がランタにつかまれた。
焦った顔のランタが見上げる先には、銀髪の男。
「マナトがくたばったらしいな」
耳朶を震わす低いハスキーな声。
ハルヒロの喉の奥から言葉にならない声が漏れ、一瞬詰まる。
おれは今、何を言いたかったんだろう。
「だから、・・・なんだよっ」
レンジが無表情に手に握っていたものを放ってよこす。
とっさに受け取りみると金色の硬貨だった。
ランタとモグゾーが目を剥き、それぞれ声を漏らす。
ハルヒロも本物を見るのは初めてだ。
「見舞いだ。とっておけ」
レンジはそういい捨て踵を返す。
ハルヒロが立ち上がる。頭に血が上り追いかけて殴りたいと思う。
けど、そんなことに意味はない。それでも追いかけて呼び止める。
うるさそうに振り返ったレンジの迫力にハルヒロは唾を飲み込んで、それでも言う。
「あ、あのさ。これは・・・なんていうか受け取れない。そういうのは、・・・なんか違うと思うし」
「そうか」
レンジの右手に金貨を返すと、レンジは無造作に頷いて受け取った。
ハルヒロは息を吐き、カウンターの近くに目をやる。
つばを飲み込む。
どんなに痛くても刺さった棘を抜かなきゃいけないように、言わなきゃならない。
「それよりさ・・・・・・アイラは、いつから?」
「マナトがくたばってすぐだ。いい根性してる」
レンジはそれだけ言って行ってしまった。
一ゴールドの重みと言葉の衝撃でふらふらとハルヒロが席に戻ると、ランタが頭を掻きむしっている。
「本当に腹黒だったなあの女!信じらんねえああ!でも一ゴールドもったいねえ!でもムカツク!くそっなんか泣けてきたぞ!」
「お、おちついて・・・泣かないで・・・」
モグゾーがおろおろと慰めようと肩を叩き、ランタが男に慰められてもうれしくねえと叫ぶ。
ハルヒロは卓に両肘をついて頭を抱えた。
叫びたいし走り回りたい。
「・・・だめだ。このままじゃ、駄目な気がする」
わけがわからないままハルヒロが言葉を吐く。
「だから、オレは前からそう思ってんだって言ってんだろ」
頬杖をついてランタが言い、モグゾーが小さく応える。
「・・・思ってる、だけじゃだめなんだ」
「そうそう。マナトはもういないんだしね。自分たちの問題は、自分たちで解決しないと」
「お前が言うなよ。腹黒クソ女」
低いランタの声に顔を上げると、口元だけ笑っている女がいつの間にか正面に腰掛けていた。
***
義勇兵宿舎、ランタンと月明かりだけの薄暗い中庭で部屋から引っ張られた室内着のシホルとユメが居心地悪そうにしている。
モグゾーが火を起こしてお茶を入れている横で、ランタはそっぽを向いて毒づき、ハルヒロはこっそりみぞおちのあたりを擦る。
対する彼女は平然と腰掛け、腕を組んでいつもみたいに笑っている。
一通り眺めてみれば、背中に背負っている盾と剣は前使っていたものよりも上質そうだ。
腰に佩いている短剣も、長靴も皮手袋も、すらりとした足を包んでいるぴったりとしたパンツも大半の防具も。
「私がレンジさんのパーティに居て何か、問題でも?無いならいいかな。眠いし」
アイラはまったくもって以前と変わらない口調で、一瞬何の問題もないんじゃないかとハルヒロは錯覚しそうになる。
「ねえわけないだろうが。裏切りやがって卑怯モノのクソ女が」
ランタの言葉にアイラは軽く首を傾げた。
「裏切った覚えはないけど?別に脅迫もしてないし、卑怯でもなくない?ついでにいうと借金踏み倒したわけでもないし。お金、置いといたよね」
「裏切ってんだろ。マナトがいなくなった途端鞍替えしやがって!」
興奮しているランタを見ているうちに冷静さが戻ったハルヒロは、お茶を飲んで少し酔いを醒ます。
「あのさ・・・、抜けたりするのは、自由だと思うけど。一言ぐらいあっても良かったと思うんだよね・・・・・・」
おれたち仲間なんだし、と続けかけてやめた。
アイラは、そう思ってなかったのかもしれない。
同じパーティでも、仲間とは限らなかったってことなのか、とか。
本当は色々言いたいことはある。
それでも、冷静に話そうとしなければ相手にされない気がした。
ランタは頭に血が上ってるし、モグゾーもユメもそういうのは苦手だ。
シホルはずっとそれどころじゃない。
おれ・・・一応、リーダーだしとハルヒロは思い口を開く。
予想通りアイラは罵倒するランタを無視して、ハルヒロにだけ頷いた。
「そうだね。入れ違ったのは私の手落ちかな。そんなにすぐ神官が見つかると思わなかったし、まさか翌日からダムロー行くとはね・・・正直、驚いた。本当に。神官は、そうそう見つからないと思ってたから」
そういってアイラはちらりとシホルの顔を見た。
シホルは唇を噛みしめて俯いている。
マナトを失ったシホルにとって、すぐにダムローに行くことは凄く辛いことだっただろう。
そのことを話してなかったなと思った。
それどころか、ユメともシホルともここのところ全然話してない。
「たしかに、キッカワの紹介が無かったらおれ達じゃメリイでも仲間に入ってもらうの難しかったと思う」
「凄いね、キッカワさん。新兵なのに」
「うん」
ハルヒロは苦笑いで頬を掻いた。
普通の会話みたいだ。これじゃ。
いや、彼女にとっては、普通の会話なんだろう。
おれたちと違って。
「それで?私いないとなんか問題でもあるの?鎧ゴブとか、ホブゴブが増えてダムローで狩りを続けるのは難しいとか。誰かが病気だとか、防具か武器壊されてお金が足りないとか」
色々、考えている。
ハルヒロよりもずっと。
「そういうのは、ないよ。そっちは?どういう経緯でって、きいても?」
「無いならいいけど。私の方はまぁ、フツーにレンジさんが話しかけてきて、次の日もダムロー行くと思ってなかったし帰ってから話そうと思ったらメリイさん入ってそっち楽しそうだし、困ってなさそうだしなんかずるずると?」
淡々と答えられて、逆にハルヒロは面食らった。
ユメが少し顔を上げ困ったような顔をしている。
「あんまり・・・・・・楽しくは、・・・無いなあ」
「困ってるけど。わりと」
ユメとハルヒロの言葉にアイラは薄い笑いのまま首をかしげた。
「そうなの?メリイさんは先輩だから頼りになるでしょ。魔法もいろいろ覚えてるし」
緩い返事に予想通りランタが立ち上がって暴れかけ、モグゾーに後ろから抑えられた。
「てめえ、わざと言ってるだろ!メリイが性悪だの冷血だの言われてんの知らねえはずないだろ!実際最悪だぞあの女!おっかねえし!」
そう。神官のメリイは見てくれは極上だけど、治療しないし態度もアレだしパーティとトラブルを起こしては渡り歩いてることもあって、悪い意味で有名人だった。
なお悪口を連ねているランタから視線を逸らし、アイラは軽く親指で唇を擦る。
「メリイさんに間抜けの群れが冷たくされるのは仕方ないんじゃないの?」
やけに虫の声がはっきり聞こえ、ハルヒロは聞き違えかと思って目を瞬く。
ランタも動きを止めて、まじまじと顔を見つめていた。
「メリイさんが必要なのって、神官に逃げられたか失くした連中なんだから、メリイさんが合わないの、当然じゃない。自分たちの使え無さを棚に上げて逃げられて悔しいから冷血だの性悪だのって逆恨みしてんでしょ」
優し気な口調で、いつもの笑顔のまま、彼女は嘲る。
「まあ、神官のくせに前衛出たりする奴がいたパーティにはお似合いかもね」
「あなたがマナトくんを語らないで!」
鋭くいったのは、俯いていたシホルだった。
顔を真っ赤にして立ち上がり、荒い息を吐いているのを冷然とアイラは見据える。
「ん?なら一般的な話しようか。神官服って戦士の鎧より厚いの?何回連続で魔法使えば魔法力枯渇するかは?怪我した状態で魔法使うときどれくらい集中が必要か試したことはある?」
目を見開くシホルに向ける笑顔は、ずっと変わらない。
「ねえ、ずっとさ、・・・何みてたの?」
「ちょ・・・言い過ぎやろ!アイちゃん!シホルはなあ」
そうしてユメが抗議の声を上げて眼を見開き固まっているシホルを抱きしめるのを鼻で笑う。
「人を庇う前に自分の事ちゃんと考えた方がいいんじゃない?弓もろくに使えない狩人が前にでしゃばるくらいなら、戦士に転職した方がよっぽど役に立つのに」
「お前、いい加減にしろよ!たいしてお前も変わらないだろーが!ふざけんなクソ女!」
眦を上げるランタにアイラは肩を震わせて笑う。
「フォローしなきゃゴブリン一匹まともに倒せない癖になに面白いこと言ってるの?かすり傷ごときで後ろに下がるくせに?」
黙って辛そうな顔をしていたモグゾーには、いい加減言いたいことあるなら待ってないで自分で言ってよとわらう。
「そんで?話はおしまい?」
「二度とオレ達の前に顔見せるんじゃねえ!嘘つき女!」
「そうだね、もっと早く言うべきだったのに。それだけはごめん」
ランタの声に笑って立ち上がり、動けないハルヒロ達を置き去りにして彼女が行く。
行ってしまう。
ハルヒロは深呼吸する。
神官が狙われやすいことは、この前キッカワに言われた。
なんだよおれ。知ってるんじゃん。メリイが前に出ない理由。
前に出れば、敵に狙われるからだ。
なら、ほかのことは?
マナトも知ってたはずだ。神官だから。
じくりと胸の奥が痛む。
「アイラ、待って」
ハルヒロの呼びかけに、彼女は律義に立ち止まり、ややあって振り返って笑う。
いつもみたいに。
「・・・・・・いいパーティになってきたな」
吐き出された唐突な言葉に近寄りかけたハルヒロの足が止まる。
表情が強張り、血の気が引いていく音がした。
「本気で言ったって、信じてるの?私には絶対無理なんだけど?」
明るい無邪気な問いかけに、柔らかいところを平手打ちされたような痛みをこらえる。
背後で誰もが似たような声を出し、歯を食いしばっていた。
「まあ、精々頑張って。死なない程度にね」
痛いほど優しい声でそう言って、彼女は歩いて行く。
もう二度とここに帰ってくることはないだろう。
微かな足音を聞きながら、ハルヒロはぎゅっと目を瞑った。