灰と幻想のグリムガル 聖騎士、追加しました   作:2222

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一角獣「ょぅι゛ょ は存在する!」



16話 Q7,非現実の存在が信じる想像上の生き物

 

 ハルヒロは呆然とその光景をみていた。

 

 シホルも、ユメもランタも、同じように何が何だかわからないという顔でそれぞれ所在無げにしている。 

 アイラが穴を掘り、モグゾーが墓石を置いて何か書き込み、途中で摘んできた花を数本横に添えた。

 日暮れの鐘が鳴る。

 

「帰ろう。町に。なんか出ると面倒だから」

 

 淡々と告げ、手を差し出すアイラを信じられないものをみる目をするシホルは動かない。

 

「行こうよ。風邪ひいても魔法じゃ治らないし」

 

 アイラの言葉にモグゾーがのろのろ頷いてランタの肩を叩きハルヒロの方をじっと見つめる。

 ハルヒロはようやく立ち上がって、ぼんやりと座ったきり空を見上げていたユメに手を差し出した。

 

 オルタナの街に入ってすぐ、アイラは全員の顔を見回した後に用事があると言って人混みの方へ姿を消してしまった。

 

 無言のまま立ち尽くしている五人の中で、最初に歩き出したのはランタ。

 

「・・・・・・どこいくん?」

 

 ユメの問いにランタが何か食うと告げた。

 今更のように空腹を思い出し隣を見上げると、モグゾーも眉を寄せてちょっと情けない顔をして頷く。

 

 ちらっとユメを振り返ると、俯いたままのシホルの肩を抱いたまま緩く首を振る。

 しばらくそのままいるという意味か、二人で食べるから大丈夫という事だろう。

 

 ランタの後を追って屋台で味のしない肉の塊を買い、飲み込むように腹に詰め込んで、空腹は満たされた。

 いつもなら、マナトが色々言ってくれてた。

 今は居ない。

 

 どうしていないんだろう。

 振り返ったら、いつもみたいに爽やかに笑ってる気がするのに。

 

 肉汁で汚れた手をべろりと舐めたランタが、じろじろとハルヒロを見て何も言わない。堪りかねて睨み返す。

 

「なんだよ」

 

「うっせーな。神官、探す方法考えてんだよ」

 

「神官、て・・・・・・」

 

 ハルヒロが息をのむ。

 頭が真っ白になった。

 

「必要だろ。神官。それともお前、ゾンビとやり合いてえのか?」

 

 ひゅっと息を吸い、思わずランタに殴りかかりモグゾーに抑えられた。ランタはニヤニヤと薄ら笑いを浮かべ逃げようともしない。、 

 

「こ、・・・ここじゃ、・・・・・・あれだし、あそこで、ゆっくり話そうよ。ね、ランタくんも、」

 

 モグゾーが優しくハルヒロの腕を引っ張る。

 

 たどり着いたのは、シェリーの酒場だった。

 前に一度来たことがある。

 

 あの時は、マナトを探しに来た。けど今日は―――

 ランタが給仕女にビールを三杯注文し、モグゾーが僕もそれでと頷く。ハルヒロくんは?と言われ、おれももそれでと何も考えずに頷く。

 そして運ばれてきた9杯のビールに、思わず沈黙した。

 前払いだから、気が付けばよかったのにそんなことも気がつかないくらいみんなぼんやりしていたってことだろう。

 

「モグゾーもハルヒロもお前ら、バカじゃねぇ?誰が飲むんだよ温くなるじゃねぇか、クソボケっ本当に寝てんのかよ」

 

「ラ、ランタくんが三杯頼んだの、聞こえなくて。ハルヒロくんは、この前、レモネードだったし。自分の分だけが頼むかなって」

 

「ヴァーカじゃねーか。バカモグゾー。オレ様がそんなみみっちいことするかよ」

 

「個人の好み無視して勝手にする方が悪いんだろ。つーか、ねてないし!」

 

「ごめん。ちょっとぼくぼんやりしてたから。けど、すぐのんじゃうよ」

 

 そういいながらジョッキに手をかけ、モグゾーが一気にビールを呷る。

 あっという間に空になったのをみて、ランタが目を剥き、同じように、だが横からぼたぼた垂らしながらビールをあけた。汚い。

 

「パルピロも飲めよ。とりあえず」

 

「ああ、うん・・・だから、変な呼び方すんなよ・・・・・・」

 

 促されるままビールを呷る。苦い。やっぱりうまいとは思えない。

 それでも一杯目を空にして、それぞれ二杯目を手に取る。

 

 なんとなく、目があった。

 三人で陶製のジョッキを掲げる。

 

「マナトに」

 

 ***

 

 鎧ゴブリンと鎖帷子のホブゴブリンは、予想以上に強かった。

 というよりも、どうしてそうなったのか、未だによくわからない。 

 マナトに従っていれば間違いないと思っていた。

 そう思ってた。

 

 モグゾーに対抗して三杯目を飲み始めたランタを見ながら、ハルヒロはちびちびとビールを飲む。

 

 ゴブリンから逃げる為に走り続けて、背後の足音が聞こえないことに気がついたあと、重荷になるまいと必死で先頭を走り続けていたシホルに追いつき、傷口が塞がりきってなかった血だらけのモグゾーや嘔吐しているランタの面倒をユメに頼んで道を戻り、不自然に血の跡が途切れている個所を見つけ、道を外れて藪をかきわけて進んだ後の事は、記憶があいまいだ。

 ゴブリンに追われて走った気がする。戦ったのか、逃げられたのかもあいまいで。

 最後に見たのは背中を真っ赤に染め、ぐったりとして動かないマナトと―――

 

 気がついたら、ハルヒロは暗い街道をアイラに引きずられていた。

 マナトの姿はなかった。

 アイラは、マナトが手の届かないところに行ってしまったと言って、みんなに謝っていて。

 

 シホルの泣き声がずっとやまなかった。

 

 それから、わけがわからないまま宿舎に戻ってハルヒロが服を脱ぐと、覚えのない大きな血の染みがあって、

 

 最後の、マナトの小さな苦鳴と血だらけの背中を思い出した。

 

 

 翌朝・・・つまり今朝、モグゾーとランタがダムローへ行くというので、装備をつけて宿舎の前にいるとユメがシホルの手を引っ張って姿を現し、アイラとは北門を出でしばらくしたころに合流した。

 

 そしてダムローまでの道のりを何度も往復して探しても結局マナトはみつからず、見つけたのは大量の血の痕だけ。

 獣が引っ張ったんやろかというユメの呟きと、シホルの短い悲鳴が耳に残ってる。

 

 

 その帰り道、オルタナの城壁近くで神官服姿の死体を見つけたのは、ユメだった。

 

 白い服に青いラインを見た瞬間、何人かが悲鳴を上げたが、ひっくり返してみると見覚えのない人だったので誰ともなく息がもれ、安堵と自己嫌悪で顔を顰めた。

 喉を切り裂かれて、目を開いたまま死んでいるのを整えてやり、アイラが連れて帰ろうとするのをモグゾーが手伝う。

 

 死体はそのまま市外の火葬場にもっていき、火葬料と墓石代の1シルバーはアイラが出した。

 火葬場の人間に何か言われたアイラがいつもの笑顔で、義勇兵が動く死体になったら厄介でしょうと応え、そこで初めてグリムガルでは死ぬとゾンビになるんだと知った。

 ああ、それじゃあ、マナトはときっと全員が同じことを考えていた。

 

 それから、アイラが灰を持って墓場までの道のりを何の迷いもなく進む後を、みんな黙ってついていった。 

 まるで前から知っていて、準備していたみたいな迷いのなさだった。

 灰を埋めてから、ゾンビになったら神官の浄化魔法が必要になるから気をつけるようにと、野菜を茹でるときは塩を入れた方がいいというのと同じ調子で説明された。

 

 つまり

 

「明日からどうするにしろ、神官を探さなきゃいけないってことだよな」

 

 ハルヒロがぽつりと呟くと、顔を真っ赤にしたランタが義勇兵なんてやってられるかと喚きだした。

 暗黒騎士になるんじゃなかったとか言い出してひたすら面倒だ。

 しかもうるさい上に不愉快だ。

 

 思わずむきになってやり合っていると、モグゾーに一喝されてハルヒロは冷静さを取り戻し、ランタは少し大人しくなった。

 

「オレも別に何も考えてないんじゃねぇ。たとえば、金の事だ。また森に行きたくねーならダムローにいかなきゃならねぇだろ。暗黒騎士は転職できねぇ、ユメも神官てガラじゃねぇ。シホルはビビり過ぎて前にはでれねぇ。モグゾーは転職するわけにはいかねぇ。アイラが治せるから回復役に専念するって手もあるけどな。ハルヒロやるか?」

 

「おれも向いてないと思う」

 

 本当に考えてたことにハルヒロはちょっと感心した。ちょっとだけ。

 

「それに、アイラさんは、・・・・・・自分の怪我は治せないから、やっぱり神官が居ないと」

 

 モグゾーの指摘に、何かが引っ掛かった気がした。

 消えかけのビールの泡を見つめていると、突然聞き覚えのある声がして思わず飛び上がる。

 

 キッカワだ。

 

「お!おおーお前らひさびさ―でもないか、ちょっと振りじゃーん。元気してた?」

 

 スゲー元気そう。ていうか、うざい。今日は板金で補強された鎧を身に着け、前よりも一層チャラそうだ。

 モグゾーが目を瞬き、ランタがジョッキを掲げる。

 

「久しぶり」

 

 満面の笑みでハイタッチを求めてきて、当然のようにハルヒロの首に腕をかけて隣に座ってくるのも相変わらず。ついでにテーブルにあったビールを取られ乾杯になった。まあいいけど。

 

「今日は?今日も女子もマナトっちもナシ?マナトっちとはこないだ会ったんだけどさぁ、そっちってば、かなーりたのしそーじゃーん?いいなあいいなあ。楽しいって大事だよねえ。俺ちゃんもケッコー楽しいけどさぁ~」

 

 キッカワは相変わらずうろうろきょろきょろと落ち着かない。

  

「・・・マナトくんは」

 

 珍しくモグゾーが口火を切った。

 

「ぼくたちといて、楽しいって、いってたの?」

 

 いきなり胸の中に石を詰め込まれたような気持ちになり、ハルヒロは瞬きして天井を見上げる。

 急に何言ってんだよ。モグゾー。

 

「ん~?俺ちゃんにはちょー楽しそうに見えたけど?つーか、言ってたけど?どったの?ま、まさかマナトっち、とうとう!」

 

「結婚でも駆け落ちでも夜逃げでもねーからな、つーか、いっそ、そっちの方が生きてるだけ、よかったんだけどよ・・・・・・」

 

 ランタの言葉にキッカワは一瞬目を開き、わぁおーと抑揚のない声をだしてごめんちゃいと続け、ジョッキに残っていたビールを一気に飲んで給仕を呼んでお代わりを注文した。

 

「マナトっちねぇ、パーティーの要だし、神官はわりと死亡率低くないっていうけどね。やっぱ狙われやすいしね」

 

 すぐに来たおかわりをぐびぐびと呑みながらいうキッカワの言葉に思わず三人は視線を合わせた。

 

「そう・・・・・・なの?」

 

 モグゾーの言葉にキッカワは口元を拭って首を傾げた。

 

「あったりまえじゃーん。神官が治療者だってことは敵も知ってるしね。まずあいつ殺っとけみたいになるじゃん当然。俺ちゃんみたいな戦士とかは当然体張って守るよね」

 

 なお続けようとするキッカワをハルヒロは思わず片手を上げて止めた。

 

「聖騎士も回復できるけど、前衛、だよな」

 

「うん。けど聖騎士の回復は最終手段じゃん?普通とりあえず神官守っとけってなるよ。攻撃しながら回復とか流石に?まぁ居ないわけじゃないけど、っていうか、まあいるけど一般的にはないかな~」

 

 ないよ~ね。だって、完全に的じゃん。とキッカワが締めると、ハルヒロは思わず天井を睨みつける。

 天井から吊るされたいくつものランタンが滲んでる。

 

「ぼく、守れなかった。助けてもらってばかりで・・・」

 

 モグゾーが重いため息をつくと、キッカワがキッカワらしくわけのわからないことを言いながら慰める。

 

 ハルヒロもランタも無言でビールを飲み、大きな体を丸めて罪悪感に押し潰れそうなモグゾーにかける言葉を探すが見つからない。

 こんな時、マナトなら自然にみんなが前を向けるような雰囲気を作ってくれるだろう。

 

「なら、これからどうすりゃいいんだよ・・・聖騎士じゃ神官の代わりにならねえならよお!」

 

 頭を掻きむしるランタにキッカワがくてっと首を傾げた。

 

「探せばよくない?神官。心当たりならあるよ。俺ちゃん」

 

 ***

 

「と、いうわけでぇ!みなさんにぃ新しいお友達を紹介しようと思います!神官のメリイさんでーす!拍手!」

 

 やけくそっぽいランタの言葉にとりあえずモグゾーとハルヒロが拍手して、シホルとユメがぽかんとしてる。

 朝叩き起こされて、いきなりこんなことになったなら当然の反応だよなとハルヒロは思う。

 

 オルタナ北門前、今鐘が鳴ったからちょうど八時。

 昨晩キッカワから紹介された神官のメリイが冷たい眼差しでシホルとユメを見つめている。

 挨拶すらないのかよ。

 

「ど、どうも」

 

「はじめまして・・・・・・」

 

 シホルもユメもおっかなびっくり腰が引けつつも軽く頭を下げるが、返事もない。

 目をすぼめ、じろじろと観察されているのを見て、ハルヒロは思わず同情する。

 あの目付きはキツイ。昨日同じようにされたからよくわかっている。

 

「てか、あの女はどうした?」

 

 微妙にメリイから距離を取りつつランタがユメに尋ねると、ユメが困り顔でちらりとシホルをみた。

 

「アイちゃんなあ、朝起きたらいなかったから、もしかして昨日帰ってないとちがうかなってユメ思うやんかあ」

 

「ああ、そうなんだ・・・」

 

 無理もないかもしれない。

 そもそも、昨日別れた段階では、今日どうするか決めてなかったし。

 もう帰ってこない、なんてことはないだろうけど。

 

 しかしこの空気はやばい。

 こんなに険悪になったことは今までないんじゃないかってぐらいヤバい。

 誰も口を開かない。

 モグゾーもランタもシホルもユメもメリイの美人な分、更に陪乗された絶対零度の雰囲気に気圧されてる。

 

 キッカワ曰く、パーティにあぶれている義勇兵はもともと多くないが、神官はさらに少ない。

 腕のいい神官を巡っては、パーティ同士で金銭やら暴力沙汰を伴う争奪戦が繰り広げられることもあるという話で、つまり義勇兵見習いのパーティに来てくれそうな神官はもっといない。

 えり好みはできないし、駄目ならパーティの誰かが神官に転職するしかない。

 

 ちなみに転職するとしても最初の手習いは7日間かかり、おそらく料金は8シルバーかかる。

 その間、神官なしではほかのメンバーは稼ぎにも行けずに過ごさなくてはいけないということだ。

 

 いまそんなただ無為に過ごす余裕があるかと言われれば、無い。全然ない。

 だから今日も働いて金を稼がなくてはいけないわけで。

 

「これで全員?」

 

 メリイが髪を掻き上げてハルヒロに尋ねる。

 

「あ・・・うん。今日は、六人」

 

 ハルヒロはうっかり見とれていたことに気がつかれないように俯き頷いたから、メリイが一瞬訝しげな表情をしたのに気がつかなかった。

 

「まあいいわ。分け前さえもらえれば、わたしはどうでも。どこ行くの。ダムロー?」

 

 ダムロー。

 他に選択肢はない。

 

「ままあ、そう・・・かな」

 

 もしかしたら、ゴブリン以外のものに会うかもしれない。

 会いたくない気もするし、かといって、そのままじゃいけない気もする。

  

 考えがまとまらない。

 

「はっきりして。誰がリーダーなの?」

 

 苛立ったメリイの言葉にハルヒロの肩がびくっとする。

 前はマナトだった。文句なしのリーダー。みんなをまとめてくれて、仕切ってくれて、みんなを引っ張ってくれた。

 そうすると・・・?

 

「・・・・・・ハルヒロくん」

 

 小さくシホルが言うと、ユメとモグゾーが頷き、ランタまでが不服そうながらうなずいた。

 

「えっ?おれ?!なんで?」

 

 指名されて思わず声を上げると、シホルがちょっと泣きそうになりながらさらに小さい声で「頼むって、言ってたって・・・伝えて欲しいって」と続けた。

 ハルヒロが混乱しながら周囲を見渡すが、当然、聖騎士の姿はない。

 

「どうでもいいから、さっさとしてくれない?わたしはついていくから」

 

 メリイのきつい物言いにランタが上目遣いで様子を見た。

 

「あのな、もうすこしいい方っていうか態度っていうか、どうにかなんねーのかな?」

 

「は?」

 

 メリイの凍てついた瞳にランタが飛びのく。

 

「な、なんでもない、・・・・・・です」 

 

 汗を拭くふりをするランタにモグゾーがメリイの視線におびえつつ肩を叩く。

 

 怖いよ。怖すぎだよメリイ。シホルは射竦められてユメの背後に隠れたきりだし、ユメも視線を合わせようとしない。

 こんな女をデートに誘うキッカワとか凄すぎる。いくら見てくれが極上でも、態度がひどすぎてあまり一つのパーティに長居はしないらしい。

 しかも神官としての仕事も微妙だとか・・・・・・。けどハルヒロ達に選択肢はない。

 

 結局、ダムローまでの一時間、会話は皆無だった。

 皆無っていうか絶無だった。

 

 ***

 

 近くに見える廃墟の街並みをハルヒロは眇めてため息をつく。

 

「また・・・あいつらに出くわしたら」

 

「そのときは、やるっきゃねえだろ。復讐してやる。あいつら血祭りにあげてスカルヘル様の祭壇に捧げてやらねえと、オレの気が済まねえ」

 

 ランタが暗い声で吐き捨て、シホルが冷たく一瞥した。

 

「でも、今のあたしたちじゃ、・・・・・・勝てない」

 

「勝てなくてもやるんだよっ」

 

 ユメがシホルの肩にそっと手を載せた。

 

「それで死んでしまったら、何にもならんやんか・・・・・・」

 

 絞り出した声にモグゾーが頷く。

 

「強く、ならなきゃ。ぼくは、もっと強くなるよ。もう、なくさないように」

 

 低い決意を込めた声にハルヒロは目を瞑った。

 

「誰か―――」

 

 メリイが何か言いかけてやめ、ハルヒロは目を開く。

 

 何もわからないうちにこうなってしまった。

 まだ実感がわかない。

 マナトなら、なんていうだろう。

 たった一日で諦めるのは、早すぎるのか?

 けどマナトがもし生きているなら帰ってくるはずだ。そうじゃないっていうことは・・・・・・

  

「さっさとしようぜ。ハルヒロ」

 

 ランタの言葉にうなずく。

 さっきのシホルの言葉を直接聞きたかったなと思った。

 本当に、そういう意味なのか。

 けど伝えたのがアイラなら、きっと嘘じゃないんだろう。

 モグゾーはそういうタイプじゃないし、ユメもランタもリーダーには向いてない。シホルは内気すぎる。

 とりあえず、今日のところは・・・しかたない。

 

「・・・いこう」

 

 本当にこれでいいのか、と思いながらハルヒロは足を踏み出した。

 

 

 昼を過ぎても、手ごろなゴブリンが見当たらなかった。

 

 前は四匹ぐらい十分なんとかなった。

 今日は単純に戦力が足らないし、安全に狩るためには普通のが二匹ぐらいでいてくれるのが一番いい。

 

 それにしても雰囲気は最悪最低だった。

 メリイはおろか、ユメもシホルもろくに口を聞こうとしない。

 ランタが時々つまらないかくだらないかどうでもいいことを言うが、黙殺されている。

 モグゾーは困ったようにしているだけだ。

 

 とりあえず、今日頑張らないと。

 ハルヒロは眉間を押さえて小さく息を吐いた。

 

 やっと見つけたゴブリンは三匹。

 斧や短槍、短剣をもっている。短槍のは鎖帷子を身に着けているが残り二匹は布の服だし、大きさも大したことはない。

 短槍が二匹を従えているらしいと判断して、みんなのところへ戻る。

 

 敵の説明をして、作戦を考える。

 

「まずシホルとユメで槍ゴブに先制攻撃。そのあとオレとランタで槍ゴブを。ユメとモグゾーとメリイで斧と短剣をやろう」

 

 アイラ抜きで六人でやったこともあったし、マナトが奇襲に備えて手を出さないこともあった事を思い出して、少し落ち着いて考えられた。

 それを思い出せば、何とかなりそうな気がしてくる。

 

 それなのにメリイの目が冷たい。

 

「待って。なんでわたしがゴブリンと戦うことになってるの」

 

 鋭すぎる口調に胃がねじ切られそう。

 

「だ、だめだった・・・?なんで?」

 

 ハルヒロは思わず弱腰の口調で聞き返してしまい、更に冷たい眼差しを真っ向から浴びせられる。

 

「わたしは前に出ないから。神官だし、当然でしょ」

 

「オイ・・・」

 

 ランタがキレかけ、モグゾーに腕を捕まれ、不審そうに見上げる。

 腕をつかんだモグゾーもなんで掴んだのかよくわかってないような顔をしているが、放すつもりもないようだ。

 それでランタはちょっとこらえたらしく、「おまえ・・・」といいかけ、メリイに刃のような視線を向けられた。

 

「おまえ?」

 

「・・・き、きみ?い、いやメリイ!」

 

「さん、は?」

 

「メリイ・・・さん」

 

 調教慣れしたせいか、わりとあっさり折れたなとハルヒロはぼんやり思った。

 

 そのあとも、メリイの持つ錫杖は飾りかとランタが挑発し、あっさり飾りだと言い返されて結局ランタがやかましく罵ったがまあいい。

 じつはちょっと溜飲が下りたのも事実なので。

 

「ま、まあ。とりあえず・・・それなら、メリイはシホルの護衛っていう事で後ろにいてもらえばいいかな」

 

 つまり実質的な戦力が二人分確実に減ったことになる。

 それでもメリイはハルヒロを一瞥して頷いた。

 

「妥当なところじゃない?」

 

 思わず胸をなで下ろす。こういう時、間を取り持ってくれる人が心底欲しい。

 すぐに代案を出したり、キレてるランタをなだめたり、朝から叩き起こされ訳が分からないうちにメリイが入ると聞かされたシホルとユメの機嫌を取れる人。

 

「じゃ、そんな感じで・・・みんな、がんばろう」

 

 ファイト一発なんて、掛け声掛けられる雰囲気でもなかった。

 

 

 結果は大敗だった。

 

 というか、逃げられた。

 

 ユメの弓は当たらず、シホルの魔法で不意は突けたがハルヒロは槍の内側に潜り込めず、ランタは槍になぎ倒されて、串刺しにされかけたのを辛うじて避けたが、穂先でざっくりやられ、メリイに治療を頼めば断られ、モグゾーとユメは短剣と斧に翻弄された。

 それでもその後一匹、二匹のゴブリンを見つけて倒せたが・・・・・・。

 

「ありえないだろ。あの女」

 

 ジョッキをテーブルに叩きつけ愚痴るランタに肩をしょんぼりさせるモグゾー。

 ハルヒロは愚痴りたい気持ちを押さえてビールを啜った。

 対して稼げてもないくせに、こんなところにいていいのかっていう気持ちはある。

 

 けど宿舎に戻っても風呂入って寝るだけだ。

 四人部屋に一つ空いたベッドをみたくないっていう気持ちも少しあるのかもしれないとハルヒロはちょっと思った。

 

「明日はアイラのヤツも居るんだろうな」

 

 あー・・・と思わず声を上げる。

 

 結局、今日はどうしたんだろうか。

 ちゃんと部屋に戻っているならユメやシホルから話を聞いていそうだけど。

 

 ***

 

 翌日、北門前八時前、五人しかいなかった。

 

「どーいうことだよ!」

 

 ぶち切れるランタにシホルが嫌そうな顔をした。

 

「知らない。・・・・・・昨日も遅かったし、・・・朝、メリイさんのこと話したんだけど・・・・・・」

 

「ちゃんと神官入れて六人いればいいやんなあって。約束があるから無理っていわれてなあ。ユメも止めようとしたんやけど、すっごい早くてなあ」

 

 思わずハルヒロは空を仰ぐ。

 

「お、お前ら、それではいそうですかって、あっさり通しちゃったのかよ!つっかえねえ奴らだな!」

 

「なら、ランタが自分で話せばよかったやんかあ」

 

「あー?じゃあオレが女部屋に泊まっていいのかよ」

 

 にやにやしながら手をワキワキするランタに冷たい視線が降り注ぐ。

 

「ムリ。キモイ」

 

「・・・・・・宿舎の外に一晩中ランタくんが居ればよかったんじゃないの」

 

「シホルゥゥ!てっめえっオレに外で寝ろってか!」

 

「ランタ、仕方ないだろ。今日帰ったら、今度こそちゃんと話しよう」

 

 ハルヒロが言うと、ランタが舌打ちしシホルがあからさまにため息をついた。

 ユメも居心地悪いのかぼんやり視線を漂わせている。

 モグゾーは、メリイが来る方向をじっと見ている。

 今日も雰囲気は良くない。

  

 とはいえ、ちょっと無責任すぎない?もっと責任感あると思ってたんだけど。

 今までだって、もしマナトができない時はアイラが決めてくれてたし、喧嘩しても仲裁してくれてたのに。 

 ハルヒロはため息をつきながらそんなふうに思う。

 

 鐘が鳴る前にメリイが来たので、今日も6人はダムローへ向かった。

 

 




「聡明で優しくいつも笑顔で頼りになる神官」
「勇敢で機知に富む高潔な聖騎士」

ハルヒロ「あ、なんか二人ですごい笑ってる。なんかいいことあったのかな」
モグゾー「あ、・・・ほんと、だ」
シホル「マナトくん、たのしそう」
ランタ「ぜってー腹黒いこと言ってるぜ。アイツら」
ユメ「・・・ランタは本当に最低やなあ」

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