灰と幻想のグリムガル 聖騎士、追加しました   作:2222

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15話 ジャバーウォック

 

 

「オルタナからもっと北に行った方に、見渡す限り何もない荒野があるんだってさ」

  

 いつものようにダムローでゴブリンを狩り、休憩していた時だったと思う。

 ハルヒロが地図を描く手を止めると、マナトがどこか彼方をみつめていた。

 視線の向こうに実際あるのは、黒く焦げた瓦礫と白い骨に埋まった廃墟の町並みとその向こうのやたら綺麗な青空だけだったけど。

 

 シホルはそんなマナトを見上げ、同じものを見ようとそちらの方へ視線を向け、隣のユメもつられたように遥か彼方を見つめた。

 モグゾーがかすかに唸って同じように視線を向け、ランタまで無言だった。

 

「風早荒野って言ってさ、巨人や半人半馬のセントールなんかが居るんだって。その先には、エルフが住む影森、もっと先に行けばドワーフの王国がある黒金連山、それから・・・・・」

 

 ハルヒロは、知らずしらずのうちに胸のあたりに手をやった。

 胸の奥が、ざわざわする。

 

「俺達は成り行きで義勇兵になったけどさ、いつまでもここに縛られてることはないって思うんだ。だったら、行きたいところに行ったって、いいだろ?」

 

 モグゾーがなにかを耐えるようにゆっくりと息を吐きだしこぶしを握り締め、シホルはまぶしそうにマナトを見つめている。

 ランタは、躊躇い顔を顰めた。

 

「いや・・・けどよ。何が起こるか、わかんねえだろ。ゴブリンよか強いモンスターとか・・・いたりすんじゃねぇのか。そんなリスク冒す意味あんのか?」

 

「道端で転んだって、死ぬときはしぬよ」

 

 マナトの背後から、ランタに事も無げに言い放ったのは、見回りから戻ってきたアイラだった。

 武装しているのに足音をほとんど立てずに近寄ることが上手いから、話に夢中になっていてハルヒロ以外は全然気がついていなかったらしい。

 

「背中がお留守」

 

 膝で背中をつかれてマナトが笑う。

 アイラに見つめられ、一応見張りだったはずのランタが慌てて視線をそらした。

 

「そっちは君に任せるよ」

 

 座ったまま見上げて笑うマナトをアイラが腕組して見下す。

 

「盾を背にしてどうすんの、バカじゃないの。神官は魔法使い護ってなさいよバカ」

 

「・・・ま、マナトくんは、・・・・・バカじゃないもん!」

 

 珍しく言い返したシホルにアイラが目を丸くして無言になり、それから心底嬉しそうに笑いだす。

 どうしてアイラがそんなに嬉しそうなのか、その時のハルヒロにはわからなかった。

 手遅れになってしまった今ならわかる。きっと、マナトのために怒るシホルが嬉しかったってことが。

 

「わかった。そういうことなら撤回する。けど、ちゃんと面倒見ないとだめだよ?ちゃんとご飯あげて散歩したりしないと駄目だからね」

 

「・・・・・・・・お、おさんぽ・・・・・・?ま、えっ・・・・わっ」

 

 首まで真っ赤になったシホルがぐらりと倒れこみ、ユメが慌てて抱きとめアイラを見上げた。

 

「アイちゃん、シホルにあんまり妄想させたらダメやって、ゆうたやろ」

 

「えぇぇ、言いだしたのそっちじゃないの。どうしてこうなるかなぁ、ちょっとリーダーどうしてくれるの」

 

 再度膝蹴りを食らって前屈みになったマナトが俯いて、わざとらしくため息をついてみせる。

 

「俺を犬扱いするの、やめてくれないかな。それはランタで十分だよ」

 

「おいこらマナトてめぇ!何さらっと酷い事言ってんだ!」

 

「そうだよマナト、犬が可哀想だって」

 

 ハルヒロが犬を弁護すると、モグゾーがくすりと笑う。

 

「モグゾー!てめぇまでなに笑ってやがんだ!お前こそ熊だろ熊そのものだろうが!でけえんだよ!わけろ!」

 

 ランタがぎゃんぎゃん騒ぎ始めたのでハルヒロは地図描きに戻ろうとして、マナトと目があう。

 

「みんなでさ、いつか行こうよ風早荒野」

 

「そうだね、いけるといいね」

 

 ハルヒロにそう答えたマナトは、舌打ちされてまたもや膝蹴りを食らいそうになったのをとっさに足を掴み防いだ。

 慌てて引きはがそうとした手まで取られて座り込んだアイラの顔を覗き込んで、やけにおかしそうに笑っている。

 

 何がそんなにおかしかったのか、ちゃんとマナトに聞けばよかったと、ハルヒロはずっとあとで思った。

 

 

 ***

 

 

「一匹行ったぞ!」

 

「ランタ」

 

 ハルヒロの声にアイラが剣を振って道をあける。

 ランタは「おうよ!」と返事して、直前まで切り結んでいたゴブリンに背を向け走り出した。

 

「いわれなくても、わかってるっつーの!」

 

 アイラがランタの背中へ切りかかろうとしたゴブリンを盾で殴り、鋲で補強した長靴の蹴りを追加し体勢を崩したところを滅多切りにしはじめたので、これで二匹目が終わったと言っていい。

 ハルヒロとモグゾー、マナトで二匹引きつけ、シホルを守るユメに襲い掛かるゴブリンにランタが背後から先日覚えたスキル、憤慨突を放って、―――外した。

 

「つかえんやっちゃなぁ・・・」

 

 駆け寄ってきたゴブリンを新しく覚えた剣鉈スキル、斜め十字を食らわせて牽制しつつ、呆れた声を漏らすユメにランタがうるせえと言い返し、憤慨突と憎悪斬を織り交ぜて切りかかっているが、正直、微妙。

 

「てめぇ!さては名のあるゴブリンだなっ!?」

 

「どう見たってただのゴブリンだろっ」

  

 マナトに目配せしてハルヒロが援護しにいく。

 ≪背面打突≫を使って仕留めたいところだが、あんまりそればかり狙うと痺れを切らせたユメが正面を切ることになるので、ユメと交代して手打で捌き、再び背後から狙いを定めるランタに目配せする。

 

 やや遅れてアイラが走ってきて、マナトと対峙していたゴブリンがシホルの影鳴りの魔法で痙攣した背後から両手で握った剣を振りかざし、斜めに切りつける。

 モグゾーのどうも斬りの真似だ。

 振り返ったゴブリンを片手で手招きして挑発し、錆びた剣の一撃をバックステップで避けて素早く盾を構えると、今度こそは聖騎士らしく攻防一体の盾と剣を使った持久戦に入った。

 モグゾーは斬り合いになっていたゴブリンの剣を鍔迫り合いから巻撃で武器を落とさせ、顔面を切り付け、大きく振りかぶってとどめを刺す。

 

 今日の稼ぎはまあまあ。

 だが消耗してしまったものを買い揃えるくらいはできそうだ。

 先日ギルドでそれぞれ一個ずつ覚えてきたスキルを使いこなせるとは行かないまでも、何度か試したし、ものになりそうな予感はある。

 

 ハルヒロが短剣の血を拭っていると、死体を片付けた前衛二人が休憩しているのが見えた。

 

「聖騎士や戦士にもゾディアックん的なのとか、狩人の狼犬みたいなの居たらいいのにと思わない?」

 

 アイラが長い脚を投げ出して座り込み、悪徳を手に入れて歓喜の声を上げているランタを骨を咥えた犬を見るような笑顔で見ながら立ったままのモグゾーに話しかけている。

 バスタードソードの刃こぼれを確認していたモグゾーが手を止めて、しばらく考え込んで首を振った。

 

「僕は、要らない・・・かな。気が散っちゃうから」

 

「それも、そうか。聖騎士なんか、回復できて魔法出来て悪霊に援護までされたらズルすぎるもんねぇ」

 

 そう言ってちらりと手首に浮かぶ六芒の光を確認している。

 アイラが覚えてきたスキルは≪守人の光≫

 これはルミアリスの加護をもたらす光魔法だが一度に一人ずつにしかかけられないのと、本人がどうやら光魔法が得意じゃないと言ったのもあって様子を見ながら使っているらしい。

 ランタには使えない呼ばわりされたが、偵察前にかけてもらっているハルヒロとしては、確かに怪我したときの痛みが少し軽減されているし、布一枚分くらいは安心感が違うので今後に期待したい。

 

「時間もちょうどいいし、そろそろお昼にしない?」

 

 とハルヒロが戦利品の確認をしているマナト達に声をかけると、マナトがちらりと振り向いて空を見上げ、そうだねと頷いた。

 

 偵察中にみつけた廃屋で楽しいお昼だ。

 

 それぞれが持ち寄った保存食を広げる横で、アイラが地図を何度も見比べては、ペンを動かしている。

 シホルの地図はわかりやすいし、モグゾーは絵心もあるらしく綺麗な絵みたいだ。

 ユメの地図は親しみやすいが時々肝心なところが抜けてしまうので、シホルが時々手伝っている。

 一方、アイラはひたすら情報量が多い。時々眩暈がするが本人はまだ足りないのか、見返すと文章が増えているのが正直少し怖いくらいだ。

 無駄なことを書いているわけじゃないけど、そこまで心配しなくてもいいのにとは、ちょっと思う。

 

 それでも真剣な眼差しでペンを握っている姿は学級委員長みたいだ、と思った後で言葉の意味を考えるハルヒロをよそに、白神エルリヒの為に干し肉を少し削ってお祈りをしていたユメが手元を覗き込んでふあぁと息を漏らした。

 

「アイちゃんは、真面目さんやなあ。ごはんのあとでいいんと違う?」

 

 ユメの言葉にペンを持ったまましばらく見つめて、ちょっと首を傾げた。

 

「同じ場所にとどまるためには、必死で走らなきゃいけない、今より先に行くためには、もっと早く走らなきゃいけない。って言ったの所長さんだっけ?」

 

「ふぇ?ん~ユメは知らんかなあ」

 

 ユメは瞬きして、下唇に指をあててちょっと考えた。

 

「ユメは、難しい事よくわからんけど。けど・・・いっぱいはしるのは、えらい疲れそうやなあ」

 

 くにゃりと笑うユメにアイラが肩を竦め、何か思い出そうとした表情のまま鉛筆の尻を机代わりの石の上でコツコツと叩いている。

 

「俺は早く行くより、景色でも見ながらゆっくり行きたいけどね」

 

 包みを開きながら軽く言うマナトの言葉に視線も向けず、サボる奴は後ろから全力で蹴りつけてやるとアイラが応える。

 

「アイちゃんは、最近ちょっと乱暴やなあ」

 

 パクリと干し肉を咥えながらのユメの言葉にいつもみたいに笑ってみせてから、アイラは地図を片づけた。

 

 おれならどうだろう、みんなで同じスピードで走れるのが一番いいけど、とハルヒロは少し思う。

 マナトは余裕をもって行きたいって事だろうし、アイラは後ろからって言ったから、多分、二人ともいつもみたいにみんなをフォローするつもりなんだろう。

 俺はマナトの後ついていくのが安心するけど、みんなが安全に走れるように少し先を走るべきなんだろうか?一応、盗賊だし。

 

 手を拭って聖騎士の作法に従って祈りを捧げた後にカバンから包みを二つ取りだして一つあけて出てきたのは果物を乾燥させたもので、シホルに手渡すとシホルが一個もらって隣のモグゾーに渡し全員にぐるっと一周する。

 ハルヒロも一つもらった。今日は柑橘系のやつで結構おいしい。

 もう一つの包みからは黒いパンが出てきた。

 たしか、雑穀とかが色々はいってるやつで固くて美味いかと言われると微妙だが腹持ちはいい。

 

「そういえば夢にエルリヒちゃん、まだ出る?」

 

「よくでるよお。いっつも背中に乗っけてもらってなぁ、めっちゃ速かってん。風が気持ちいくてなあ」

 

 もふもふでと話をつづけるユメに優しく頷き、いいよね、そういうのとアイラとシホルが同意する。ハルヒロも動物は結構好きだから気持ちがわかる。

 

「白神エルリヒは、狩人の守り神、か。私も男に生まれればよかったのに、そしたらいろいろ困らなくて済んだのになあ」

 

 ぼんやり話を聞いていたハルヒロが、唐突な一言に思わず水筒を取り落とすと、ランタがぷるぷる震えながら立ち上がり、干し肉を持ったままアイラを指さした。

 

「お、おま、え?えっ、まさかやたらとユメにひっついてるのはそういう理由かっ!?女同士なのをいいことに色々エロエロやってるってのかちくしょう!羨ましすぎるだろ!」

 

 突然のランタの願望と欲望だだ漏れの言葉にアイラはきょとんと見返し、しばらくして頬を赤くしたモグゾーがランタの肩を叩いた。

 

「あ、あの、ランタくん、アイラさんは、筋力が欲しいとか、筋肉ほしいって言ってるもんね。きっと、そういう話だと思うよ。お、女の子と、・・・その、で、じゃなくて、だ、だ、だっだよねっ?」

 

 平静を装いかけてやっぱり動揺しまくっていたモグゾーにハルヒロも頷く。

 

「だよなあ。普通に考えて。アイラは真面目なんだよ。ランタ、発想が下劣過ぎ」

 

 シホルがキモイと小さく呟いたのは聞こえなかったらしいランタは、顔を顰めぞんざいに頷いた。

 

「んだよ。つまんねぇな。確かにモグゾーより力ねぇけど早えぇから頼りになるし、別に女のままでいいじゃねぇか。つーか女だからいいってこともあるんじゃねーの?お前は気利くし柔らけえし」

 

 ハルヒロが横目で確認すると、アイラはあいかわらずきょとんとしてる。

 

「あんまり、気にしない方がいいと思うよ。ランタが気持ち悪いのはいつもだし」

 

「やなあ、ホントきっしょいわ」

 

 ハルヒロにユメが同調すると、アイラが慌てて頷いた。

 

「あ、え、うん。ごめん、体力ないし、腕力無いし、みんなどんどん強くなってきてるからさ。色々悩んでて。せめて男なら、もうちょっとマシなのかなって思ってたから」

 

 がくがくと頷き、やや混乱したまま両手を頬に当てて俯いているのをみて、ハルヒロはちょっとびっくりした。

 いや、どうもなんとなく筋力がない事とか、気にしてる感じはあったけど。

 

「ランタって、嘘言わないし」

 

 ぽつっとこぼれた言葉にランタが赤面して仁王立ちする。

 

「な、なに言ってやがんだ!オレ様は嘘つきまくり!生まれながらのほら吹き大王とはオレ様の事だ」

 

 指さして脊髄反射で反論するランタに、動揺したままのアイラが溺れてるときに縄でも掴んだような笑顔になる。   

 そこ安心するところじゃないよ?と言いそうになったけど、何とか耐えられた。

 

「そ、そう?!しかもランタはスカルヘル信者で私はルミリアス様の信者だしね!いわば宿敵!まさか私なんか褒めるだなんて、絶対、間違いなく、100%ありえないね!」

 

「え、いや、ちびーっとくらいは?」

 

「ありえないね!全部嘘だね!ありがとう、安心した!」

 

 立ち上がってランタの両手を握り、上下に激しく振りまくりめちゃくちゃいい笑顔だ。

 そこまでいくとランタがちょっとかわいそうになってくるのに気がつき、ハルヒロが微妙な気分になっていると、少しびっくりした顔のシホルと目があった。

 

「どうかした?」

 

「・・・・・・ちょっと、いろいろ・・・誤解してたかもって」 

 

 そこまで言うと、シホルはふうと息を吐いて手にしているドーナツをぱくりと頬張る。

 なんだか見てはいけないようなものを見たような気持ちで思わずハルヒロは項垂れ、困った顔をしているモグゾーと何を考えているんだかわからない顔のユメに視線を彷徨わせる。

 早くも食べ終わったマナトは瞑想しているようだから、今は話しかけない方がいいだろうと思っていたら、ふと目が合ってしまった。

 

「ハルヒロ、どうかした?」

 

 爽やかに微笑みかけられ思わず首をふりかけ、なんとか食事を再開し始めたユメ達をみる。

 ユメがこちらを見てふにゃっと笑い、それに気がついたアイラも落ち着いたのか、ランタを振り回すのをやめてにこりと笑いかけてきた。

 やっと解放されたランタが助けろよと言いながらモグゾーに絡み始めている。

 

 なんとなく安心して意味もなくユメと笑い合っていると、マナトもそれに気がついて口元に手を当てて「いいパーティーになってきたな」と呟いた。

 ハルヒロが問い返すと、マナトが軽く頷く。

 

「ゴブリン四匹は、割と何とかなるようになった。さっきは五匹で、あれは奇襲で一匹をすぐに仕留められたから運が良かったっていうのもあったけど、誰も怪我しなかっただろ。やり方を考えれば、六匹ぐらいでも、もうあんな怪我をしないでもなんとかなるかもしれない」

 

 そういってちらりと視線を向けると、アイラがいつもの笑顔のまま頬を掻いた。

 

「奇襲されなきゃね」

 

「無茶な追撃をしなければ、だろ」

 

 マナトが強めの口調で咎めると、アイラは軽く肩を竦め、最後の一口を飲み込んで上を見て、首を傾げた。

 マナトが言っているのは大怪我をした時の事だろう。

 マナトの指揮を無視し逃げるゴブリンを追って死にかけた。なのにアイラはなんの悪びれもない。

 

「あの時は、あれが最善だった。あいつらは一匹も残せなかったんだから、仕方ないよ」

 

 意味が分からずにハルヒロがえっ、ともらして見返すと、アイラは人差し指をピッと立てた。

 

「その1、ゴブリンは知性がある。道具を使うし、財産を持ってるよね。その2、文化がある。ゴブリン袋って意外とオシャレなのあるよね。あれ、自分でやってるんだって。それから、最後に、社会性がある。つまり――?」

 

 そのままいつもみたいに笑って少し首を傾けて、指先を唇に当てた。自分で考えろっていう事だ。アイラは時々こういう事をする。

 当てると何かくれたりするので、ランタなんかはよく遊ばれているけど。

 回答が分かっていそうなマナトは無言のままじっとみつめ、シホルは黙って考え込んでいる。

 アイラは笑顔を崩さないまま隣のユメを抱き寄せた。

 

「ユメちゃんはやっぱり剣鉈が得意だよね。弓持ってる時よりも生き生きしてるし、盾も無いし鎧も薄いのに怖いと思わない?」

 

「怖いとは、おもわへんけどなぁ」

 

 指を唇に当てて、上の方に視線を向けてユメが答えるとアイラは笑ってくしゃくしゃと頭を撫でた。ユメは嬉しそうにふにゃっとなる。

 

「確かに、ユメは俺たちの中じゃ、一番勇気があると思う。前も言ったけどさ。やっぱり物怖じしないし、何かあったときは助けてくれるんじゃないかって思ってるよ」

 

 頷くマナトの言葉に、勇気、あるかなあ、といって照れ笑いを浮かべるユメに腕を回したままアイラが頷いてシホルを見た。

 

「シホルちゃんはさ、最近、他の人の事を気に掛けられるようになってきたよね。下向くんじゃなくて、前見れるようになった。頑張ってるよね」

 

 シホルがきょとんとしたままアイラを見つめ、手招きに応じて隣に座った。

 

「この髪飾り、よく似合ってるね」

 

「あ、ありがと。けど、この前くれたのもあたし、好きかな」

 

 大人しく頭を撫でられ、少し居心地悪そうで、少しうれしそうだった。

 最近微妙に空気が悪かったけど、なんだかんだで女の子は仲がいい。

 マナトは、シホルを見て少し息継ぎして、微笑んだ。

 ハルヒロは何となく視線をそらす。

 

「その通り、シホルはよく周りが見えてるよね。影魔法は足止めしたり、混乱させたりっていう魔法が多いんだ。いざって時仲間を助けたいからシホルは影魔法を覚えたいって思ったんじゃない?」

 

 シホルは少しの間無言で、やがてこくりと頷きそのまま俯いた。

 

「それにさ、モグゾーは、やっぱり頼りになるよ。なにせ体が大きいから、居るだけで威圧できるし、技も正確で決めるときは決めるしね。本当に、モグゾーが居てくれてよかったと思ってる」

 

 マナトの言葉にモグゾーの顔が赤くなって、ぼくは、と言ったきり黙ってしまったのでハルヒロも頷いた。

 

「おれも、思ってた。色々フォローしてくれるし、モグゾーって器用だよな」

 

 アイラから水筒を投げ渡されて、一口飲んで顔を顰めてからモグゾーが笑った。

 

「そう・・・・だね。細かい作業とか、けっこう好きだよ」

 

「似合わねえんだよ!」

 

「ぼくも、そうおもうけど」

 

 おまけにランタの罵声を笑って流せるくらい優しい。

 水筒を投げ返されたアイラが首を傾げて、ゴメン間違えたと呟き、モグゾーが目をぱちぱちさせているのに、すまなそうな仕草を返す。

 

「てか、どっかの誰かさんが雑すぎるだけだろ」とハルヒロが軽くにらんで言い返すと、ランタが目を剥いた。

 

「おお?それオレに言ってんのか?オレの異名は疾風の精密機械だぞ!」

 

 ユメとシホルが呆れた顔をして、アイラがちょっと笑う。

 

「ランタだってすごい」

 

 思いがけない言葉にハルヒロはびっくりした。マナトの穏やかな表情からすると、本気なのか。

 

「常に攻めていく姿勢が特にね。失敗を恐れないからきっと誰より早くスキルをうまく使えるようになるよ。どっちかといえばみんな慎重だから、ランタに引っ張られて前に進めてるっていうのがあるんじゃないかな」

 

「ま、まーな」

 

 ランタの目が若干泳いでいる。

 ちらりとアイラに目を移し、真顔で頷かれてさらに体を強張らせて、おもいっきり狼狽えてる。仲いいよな、ホント。

 

「オレの異名は、あれだしな。旋風の前進機械だし?」

 

「疾風の精密機械じゃなかったのかよ」と一応ハルヒロはツッコんでおく。

 

「ランタもだけどさ、前進むのはいいけど、周囲みて、もうちょっと気をつけてよね。特にリーダー」

 

 腕組していつもみたいに笑うアイラにマナトが爽やかに笑い返す。

 

「それって、俺が神官だから死んだら困るって事?」

 

「当たり前でしょ何言ってんの。頭弱いの?地味に心狭いし頑固だよね。魔法使い過ぎてたんじゃないの。なんなのさっきから縁起でもない。熱あるの?どっか痛いの?調子悪いならさっさと帰った方がいいんじゃないの。神官が体調管理しなくてどうすんの足りてないんじゃないの」

 

 一気に言い切った。

 

「心配してんのか、文句つけてんのか、どっちかにしろよ」

 

「そうだよ。いくらなんでも言い過ぎだって」

 

 ランタとハルヒロの言葉にアイラがつまって、ギリッと歯を鳴らした。

 

「・・・・・・ぐ・・・具合が、悪いなら、・・・帰ろうよ。神官になんかあったら、みんなが困るし?」

 

「俺は大丈夫だよ。っていうかさ、君、本当にひどいね」

 

 そういって爽やかに笑うマナトに、アイラも負けず劣らずの笑顔で応える。

 

「しってる。けどさ、みんなできなかったことが出来るようになってきたからさ、もうちょっと、こう、なんか、なんていうか・・・難しいのは、分かってんだけど」

 

 虚を突かれた顔で瞬きするマナトに息を吐き、アイラがそのまま、ねとシホルに振る。振られたシホルは真剣に頷いた。

 

「マナトくん、・・・あ、あたし、魔法、・・・・・・がんばる・・・から」

 

「そうやなあ、ユメも弓苦手やけどめっぱい頑張るしなあ。みんな、これからもよろしくなあ」

 

 ユメの言葉にランタがふんっと鼻を鳴らす。

 

「めっぱいじゃなくて目一杯だろ。それじゃ特殊なチチタイプみたいじゃねぇか」

 

「めっぱい・・・・・・」

 

 ユメが自分の胸を触り、首を傾げてアイラの顔を見上げた。

 

「めっぱい・・・ちっぱいと何親等ぐらい離れてるんやろ」

 

 アイラがぎこちなく視線を逸らしながら「三行ぐらいかな」と応え、ハルヒロは「親族なんだ?」と呟いた。

 

「どうやろ、ハルくんはどうおもう?」

 

「ど、どうかな」 

 

「どうなんかなあ、めっぱい。響きはちょびっとかわいいんやけどなあ」

 

「め――」

 

 もしかしたら、助け舟を出そうとしたのか。

 思わず全員の視線が集中し、モグゾーが汗をにじませ、首を振った。

 

「な、なんでもない。なんでもないよ。ほんとうになんでもない」

 

「・・・・・・気になる」

 

 シホルにじっと見つめられ、俯いたモグゾーを守るように立ち上がったアイラが手をバタバタさせて、何か四角いものを表して、高いところに置こうとして、思い直した顔でそれを宙に投げて片手でアタックしてマナトにぶつけた。

 

「しんきくさい話終了!ごはん、たべよう!ごはん再開!」

 

 むりやりシホルの視線上に割り込み、ランタの背中を叩き、ユメの頭をかき回し強制終了させる。

 横暴だ。

 

「あのさ、なんで今俺にぶつけたの?」

 

「う・る・さ・い」

 

 マナトへ笑顔のまま威嚇していたアイラが、少し首を傾げて何故かぐるりと体を傾け、ハルヒロを見た。

 それからマナトの顔を見て、ハルヒロの顔を見て、安心したような、ひどく嬉しそうな表情のままユメとシホルを抱きしめて背を向ける。

 いつもそういうふうに笑えばいいのに。

 マナトがきょとんと見つめ、ハルヒロと目が合う。

 思わず同時に首を傾げて、なんだか二人で笑ってしまった。

 

 ***

 

 午後一発目。

 

 空はやや雲が多い。

 

 六芒星が光る手首をちらっと確認してから、ハルヒロは物陰からゴブリンをみつめた。

 崩れかけの二階建ての建物の中、鎧をつけたゴブリンと鎖帷子のホブゴブリンがいる。

 周囲に他に姿はない。

 

 ホブゴブリンは一度戦った奴と同じくらいの大きさで、こっちの方は兜もつけてる。

 あの大きさだ、多少苦戦することはわかっていたが、前はゴブリン2匹とホブゴブリン1匹だった。

 偵察から戻って、ホブゴブリンと鎧のゴブリンだと告げると、マナトは軽く頷いた。

 

「ホブゴブリンはゴブリンの亜種で、体格がいい。頭はあんまり良くなくて、身分の高いゴブリンの奴隷になってたりするから、鎧もつけてるってことはそれじゃないかな。この前やったでかいやつと同じだね」

 

 ホブゴブリンに関するマナトの説明にアイラとハルヒロ以外が頷き、ランタがじゃあまたいい物持ってそうだなと舌舐めずりする。

 

「確か、板金の鎧と、兜もつけてた。あれなら人間も被れるかも」

 

 モグゾーがかすかに唸って顎を擦る。

 この前のやつもモグゾーと同じくらいの体格だったのを思い出してるんだろう。

 

 モグゾーもアイラも買い叩いた鉢金をつけてる程度だから、もし使えるならかなりいい。

 革製と言っても、数シルバーはするからかなり痛かったはずだ。

 たぶん、モグゾーだけなら買わなかっただろう。

 アイラがごねて揃いで買ったって話だし。

 他はほとんどギルドでもらったままの装備だし。

 

 マナトは少し悩んでいる様子だった。

 

「二匹ならいけると思うけどなあ」

 

 ユメが斜め上の方に視線を向けて付け加える。

 

「弓打ってびくうっとさせたあとにアイちゃんとランタがいつもがーっと行くやろ。いけんと違うかなあ」

 

「あたしも、魔法を打って牽制してみる。当たれば楽になるんじゃないかと、・・・・・・思うし」

 

 続けるシホルは杖をぎゅっと握って、自分に言い聞かせているみたいだった。

 

「そういえば、ハルヒロはホブゴブのこと、聞いてくれた?」

 

 黙ってみんなの様子を見ていたアイラが緩く首を傾けた。

 ハルヒロは目を見張り、あっと声を漏らす。

 忘れてた。

 その様子を見て、アイラは瞬きしてちょっと笑った。

 

「ごめん」

 

「いや、私が悪い。それじゃあ、悪いけど、もう一回偵察しちゃダメかな。私も確認したい」

 

 ランタは時々ついて来たがるけど、アイラは珍しい。

 アイラならいつも音を立てないように気をつけてるしいいかな、けど一人の時よりも気を遣うからちょっと悩ましいと思っていると、マナトが首を振った。

 

「靴に鋲を打っただろ。結構響くから、もうやめた方がいい」

 

 アイラが無言で足踏みした。固い金属音が結構響く。

 そっと落としても、微かに引っ掛かるような音がする。これで行くとなると、相当気を使うはずだ。

 思わずハルヒロの顔が引きつる。

 

「まぁ、落ち着いて。帰ったらこの件は考えればいいよ」

 

 マナトの言葉にアイラが渋面で頷く。相当嫌そう。

 素直に従うのが嫌なのかとちらっとおもったけど、さすがに考え過ぎか。

 

「正直なところ、二匹だとは思えないんだよね。ハルヒロの偵察を疑ってんじゃなくて、後から来るかもしれないっていう意味で」

 

 微かな笑みを湛えたまま、アイラが言った。

 気のせいか、声も固い気がして、ハルヒロは首を傾げる。

 

「んなら来る前にさっさと倒しちまえばいいだろ。たった二匹ぐらいいけんだろ。何ビビってんだ」

 

 ランタの挑発に、ユメがアイラの腕をぎゅっと握った。

 

「アイちゃんはランタと違って冷静で真面目なだけやんなあ。粗雑なのと違って」

 

「慎重で・・・なんか・・・悪い?」

 

 反対側からシホルまで援護に加わり、ランタがケッと言ってそっぽを向く。

 モグゾーは瞬きして、アイラとマナトを見比べている。

 

「アイラ、ちょっといいかな」

 

 マナトが真剣な顔で呼びかけ、聖騎士が両脇に手を下ろし肩のあたりに力を込めた。

 

「なに?」

 

 低く返した声が固い。そんなに心配なんだろうかと一抹の不安がよぎる。

 モグゾーも少し困った顔をして、あたりが微妙な雰囲気になる。

 

「いいから、両手とも拳作って」

 

 アイラは不思議そうな顔で拳を握ると、それを手のひらを内側に来るように引き寄せて、もうちょっと。首傾けて、とマナトが真剣に指示する。

 言われるまま首を傾け、きょとんと見上げるアイラにマナトが爽やかな声で言った。

 

「ぶりっこ。」

 

 耳まで真っ赤になったアイラの無言の正拳突きが炸裂しても、マナトは笑顔だった。

 

 マナトって凄い、とハルヒロは思った。

 でもちょっとそれってどうなんだろ。

 

 

「まぁ、これからもいくらでも有り得ることだし、しょうがないよね。なら私はリーダーに従う」

 

 緊張をほぐすように手首を軽く振って、アイラが少し笑っていた。

 マナトはざっとみんなの顔を見渡す。

 

 いつもと変わらず腕を組んで、アイラはいつもみたいに笑っている。

 他のみんなもそれぞれテンションが高い。

 さっきマナトに褒められたから士気が上がってるっていうのはあるだろう。

 

 そういえば、おれ褒められてないな、多分、タイミングの問題だったんだろうけど。

 いや別に聞きたかったわけじゃないけど、なんとなく。とハルヒロが少し思う。

 

 なんとなく取り残されたような感じがあるが、わざわざ水を差すこともないし。

 アイラにそれとなく言えば、水を向けてあっさり聞いてくれそうな気もするけど。

 いや、それはちょっと恥ずかしいかな。

 

 マナトと目があった。

 なんだか、ハルヒロの意見を聞きたいみたいな顔をしてる気がする。そんなはずないかと思って、ハルヒロが笑う。 

 

「やるか」

 

 そう声をかけると、マナトも頷いた。

 

「よし、やろう」

 

 

 いつの頃からかこうやって円陣を組んで全員の手を重ねて、マナトの「ファイトっ」という小さな掛け声の後でみんなで小さく「いっぱーつ」と声を揃えるようになってた。

 

 今回は円陣を組んでも、何かに気を取られている様子のアイラの手をマナトが掴み、ちらっと睨まれたのを爽やかな笑顔で受け流して最後に重ねる。

 いつも同じようにやってるけど、内心みんな首を傾げてるんじゃないかとハルヒロは思ってる。

 いや、、嫌いじゃないけど。

 

 

 ハルヒロが先行し、その後をアイラ、シホルがついていく。

 

 二階建ての建物の横の塀、ゴブリンまで15メートルぐらいまで近寄り様子をうかがう。

 まだ気がつかれてはいない。魔法の射程距離は10メートルくらいらしいので、ちょっと微妙だ。

 

 振り返り、矢を構えて準備しているユメ、それからもう少し後ろのモグゾーランタ、マナトの様子をうかがう。

 みんな行ける。

  

 剣を抜き、静かに呼吸を整えているアイラの腕をシホルが真剣な顔で引っ張った。

 

「どうかした?」

 

「あの、・・・・・・マナトくんの事、どうおもってるの?」

 

 すげぇ、今聞くんだ。それを、とゴブリンから目を離さないままハルヒロは思った。怖くて振り返れない。

 

「・・・バカだと思ってる」

 

「マナトくん、バカじゃないもん」

 

「ごめん」

 

「・・・そうじゃ・・・・・・なくて・・・」

 

 消え入りそうなシホルの声に微かに頷く気配。

 

「あれは、アタシがビビりだからいつもわざとああやって構ってくれてるだけ。リーダーだから色々考えてんの。アタシはシホルは応援してるよ。嘘じゃない」

 

 流れるように言って、アイラが息を吐いた。

 

「さ、話はおしまい。ハルヒロ、様子は?」

 

「気づかれてない。シホル、ここから行ける?」

 

「やってみる」

 

 シホルが深呼吸して杖でエレメンタル文字を描きはじめる。

 アイラがシホルに守人の光をかけて身を低くする。

 

 ハルヒロは軽く手を上げ、ユメに合図した。

 

 「オーム・レル・エクト・ヴェル・ダーシュ」

 

 黒毬藻っぽい影がホブゴブの腕に当たると同時に矢がホブゴブの足元に突き刺さり、ホブゴブが声を上げて棒立ちになった横を擦り抜け、アイラが奥の鎧ゴブリンに剣を叩きこむ。

 

「出るぞっ」

 

 マナトの号令で三人が走ってくる。

 ハルヒロもユメと交代にシホルから離れて走り出そうとして、何か視界の隅で光った。

 

 とっさにシホルの方を向いていたユメの肩を押す。

 どすんという衝撃。

 一秒遅れて痛みが来た。

 矢だ。

 アイラが奥で戦っている鎧ゴブの手には、弓を括りつけた台座みたいなのが見える。

 流れ矢だ。

 

 胸に刺さった矢に息が出来ずにハルヒロが苦痛に悶える横でシホルが悲鳴を上げる。

 息が出来ず、動くこともできない様子にユメが手を掛けた。

 

「ハルヒロ!」

 

 マナトが駆け寄り弓を引き抜き、≪癒し手≫をかける。

 

「マナトっ!」

 

 ランタの声にマナトがちらりとハルヒロの様子を確認してから走り出す。

 

 ホブゴブリンに相対するのはモグゾーとユメ。

 鎖帷子に刃を流され、ユメの攻撃がほとんど通じず、モグゾーは剣とトゲ付きの棍棒を打ち合うので手いっぱいだ。

 

 アイラとランタは鎧ゴブとやり合っている。

 

「ランタ、モグゾーを」

 

 盾を構えて持久戦を狙う気になったアイラに頷き、ランタがホブゴブリンに切りかかるが、ユメ同様嫌な音を立てて終る。

 つづいてホブゴブリンにシホルの魔法の光弾がぶつかるが、大したダメージを与えられない。

 鎧が頑丈すぎる!

 

「ユメ、首を狙うんだ」

 

 マナトの指示にユメが頷いて鎧ゴブに切りかかる。

 その隙にアイラが守人の光をユメに掛け、そのまま剣を鎧ゴブに切りつけるが浅い。

 

 それどころか剣を真っすぐ切り付けられそうになり、とっさに盾で防ごうとして高い金属音がした。

 たたらを踏んで、構え直そうとしたところを追撃する刃を何とかユメが防ぐが、剣が流れ、腕を切り裂かれて悲鳴が小さく上がる。

 

 アイラは血だらけの腕を抱えたユメにそれでも笑顔で頷き背中に庇った。 

 

「ひとりでいい!」

 

 マナトが駆け寄り、ユメの治療を始める。

 さっきまでの防戦が嘘のような勢いで剣で急所を狙い、攻撃は盾を当てて殺し、鋲の打たれた長靴で蹴りを入れようと嵐のような勢いで奮闘するアイラの息が荒いが勢いは止まらない。

 

 ハルヒロはホブゴブの背中から短剣を突き刺すが、鎖帷子と筋肉の厚い層に阻まれ、ほとんど通らないことに気がつき愕然とした表情を浮かべ一歩下がる。

 モグゾーのどうも斬りが炸裂したが、ホブゴブは揺らぎもしないで棍棒をモグゾーにぶち当てた。

 こめかみを殴られ、血が飛び散りモグゾーがよろめく。

 鉢金の残骸が地面に落ちた。

 

 膝をついたモグゾーをすかさずマナトが治療し、ハルヒロがホブゴブの注意を引こうとする。

 棍棒を至近距離で避けては逃げ、できるだけモグゾーから引き離す。

 

「≪憤慨突ッ≫」

 

 ランタの剣がやっとホブゴブの腕に突き刺さり、振り下ろされた棍棒が首筋をかすり血が噴き出す。

 シホルの魔法がホブゴブの顔にぶち上がり、視界を僅かに奪った隙にユメが駆け出しランタを射程から引きはがした。

 モグゾーの治療を終えたマナトがホブゴブに足払いをかけてよろけさせた隙にハルヒロが跳びかかり短剣を突き刺す。

 

 絶望的に浅い。

 振り払われたハルヒロが蹴り転がされ苦鳴を上げる。

 

 モグゾーがバスタードソードを振りかざして、棍棒を叩き落しハルヒロへの攻撃をやめさせる。

 

 ユメの手の隙間からあふれ出していたランタの血がやっと止まる。脂汗て顔を濡らしたランタが立ち上がるも、膝が震えている。

 治療を終えた立ち上がるマナトが一瞬よろけたような気がした。

 

「リーダー!」

 

 盾と剣を同時に叩きつけ、大きく飛びずさったアイラが笑みを浮かべたままホブゴブリンに蹴りを入れ、何かを取りだして顔に向かって投げつけた。

 卵を投げつけたのか。

 砂っぽいものが舞い散ったが、ほとんど風に流れてしまう。

 それでも片目ぐらいは塞げたらしく、ホブゴブが大きな声を上げて殴りつけるのをあっさり避け、マナトに頷く。

 マナトが声を上げる。

 

「ハルヒロ!立て、みんな逃げるんだ。早く!」

 

 ハルヒロがはっとしたように息を吐く。

 マナトの思いっきり振りかぶった錫杖の一撃がホブゴブの兜に炸裂し、ぐらっとよろけたところをアイラが首を狙って切り付け打ち払われ、地面に転がる。

 鎧ゴブが倒れているアイラに切りつけようと走ってくるのをモグゾーが一撃を加えて牽制する。

 

 その隙に立ち上がったアイラの腕を引き、ハルヒロが走る。

 

「先いけモグゾー!」

 

 マナトが殿で突進してきたホブゴブの胸に二段突きをお見舞いし、追い縋る鎧ゴブの攻撃をすり抜ける。

 足音に安心してスピードを上げるハルヒロの背後で、何かが空を切る音と、当たる音。

 

 背後で、一瞬マナトが息を漏らしたから、多分、間違いない。

 

「マナト・・・・・・!?」

 

「平気!」

 

 ハルヒロに引っ張られるように走っていたアイラが顔を上げて首を振り手を振りほどき、バランスを崩して地面に転ぶ。

 

「アイラ!」

 

「だいじょぶ、先行って」

 

 半分振り返った視界の隅でゴブリンの姿が見える。

 

「くっそっ」

 

 前方を縺れそうな足取りで走るみんなが居る。

 地図を作ってゴブリンの要る辺りはだいたい頭に入っているけど、最近は住処が変わったみたいだから絶対とは言えない。

 思わぬところでゴブリンに出くわすかもしれない。

 

 避けるためには走り続けないといけない。

 

 息が切れ、死にそうになっても走って、振り返るとハルヒロの後ろには誰もいなかった。

 




前やったホブゴブがレベル1(ボロ皮)鎧装備なら今回はレベル10鎖帷子装備。
+剣技スキル持ち。判定には観察+推理が必要

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