灰と幻想のグリムガル 聖騎士、追加しました   作:2222

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14話 夜はお静かに

 

「出過ぎ!」

 

 ゴブリンの振りかぶった剣は盾で強引に弾かれ、突き出された片手剣に軽く腹を切られる。

 その隙に崩した姿勢を立て直したランタがゴブリンの背後に回り込み憎悪斬が肩を切り裂く。

 びくりと体を震わせたゴブリンの顎下から突き通し、噴き出す血に柄を汚しアイラが手を滑らせ姿勢を崩した。

 ゴブリンの前蹴りが無防備の腹に当たって息を吐きだし、剣がすっぽ抜ける。体をくの字に曲げよろめく。

 

「アイラ!」

 

 だれかの声に、息を吸い込み盾を持つ手とつま先に力を込め、姿勢を戻す。

  

「大丈夫」

 

 倒れ込みそうなのを耐え、口元を笑みの形にし刺さったままの剣を掴み、今度は横に深く切り裂き後ずさると、ランタがここぞとばかりに留めにかかる。

 

 マナトとハルヒロは短剣と錫杖で鎧をつけたゴブリンを相手取っていた。

 背後を狙いたいハルヒロの動きを察し、マナトが正面からゴブリンを牽制し、あるいは剣を捌き殴りつけるが、ダメージが浅い。

 露出している部分を狙ってハルヒロが隙を伺うが、あまり手傷は負わせられずマナトに攻撃させないようにするので手いっぱいだ。

 

 一方モグゾーは大柄で粗末ながら鎧までつけているゴブリンと鍔迫り合いになっていた。互角というにも、分が悪い。

 何せ、このゴブリン、やたらとでかくてハルヒロぐらいある。

 

 下がらないように仁王立ちになり、立ち向かってはいるもののすでにモグゾーの顔は赤く濡れていた。

 背後からシホルが援護しようにも接近しすぎているため躊躇し、シホルの護衛を任されたユメも焦燥感に駆られた表情で見守っている。

 

「ハルヒロ交代!」

 

 弾丸のような勢いで突進してきた聖騎士が横に飛びのいたハルヒロをかすめ、ゴブリンに跳び蹴りを食らわせ、危なげなく地面に手を一回ついて立ち上がると、即座に倒れ込んだゴブリンの背中を踏みつけ、体重をかけて首や頭へ剣を突き刺し始めたので、ハルヒロとマナトはモグゾーの加勢に行く。

 

 ランタも同じようにこちらに向かってくるのが見えて、遅いと内心呟いた。

 

 ***

 

「なんか、今日は休む間もなし、って感じだよね」

 

「そうだね。お陰で結構、け、怪我、しちゃったけど」

 

 ハルヒロが短剣についた血を拭いながら話しかけると、モグゾーは血の跡の残った頬を擦りながら応えた。

 隣でマナトがモグゾーの左腕を治療している。

 

 ダムローへ通うようになって8日目。

 

 一昨日は少し新市街に近寄り過ぎたから、旧市街の慣れた辺りを回ることにしたのはいいものの、ゴブリン達も一気に移動したのか予想外のところで戦闘になることが増えた。

 今までは、偵察してゴブリンを探しては奇襲する形だったのが、移動中に移動中のゴブリンにかち合うことが増えたのだ。

 

 おそらく先日のゴブリンの大群のせいで、他のゴブリン達も住処を変えている途中なんじゃないかとハルヒロは思っている。

 

「おかげでオレ様は悪徳ガッポリだぜ。わはははははは」

 

「ランタ」

 

 三匹のゴブリンの死体の前で仁王立ちしてい高笑いをしていたランタがピタリと笑いを止めて剣を収め、近くの石の上に腰掛けているアイラのそばに行き、血の出ていた腕を差し出す。

 その光景を見ていたシホルとユメが、顔を見合わせて忍び笑いを漏らした。

 

「二人とも、他に怪我してるところはない?」

 

 モグゾーとハルヒロの治療を終えたマナトが周囲を見渡しながら尋ねてきたので、笑顔で首を振る。

 

 ややあって治療を終えたアイラも立ち上がり、ランタの頭をひとなでしてから周囲を見渡してマナトへ軽く肩を竦め、頷いてみせる。

 

「じゃあ、少し休もうか」

 

 マナトの声に全員頷いてゴブリンの死体を端に寄せて、ちょっと休憩だ。

 一応、遮蔽物になりそうな大きめの壁やなんかを背に少し離れたところに各自腰掛ける。

 

「ていうか、確かに稼ぎが多い感じしない?」

  

「今日は頑張ったからなあ、まだお日様高いけど、もう昨日と同じくらいなったんと違う?」

 

 ハルヒロの言葉にユメも首を傾げて応えると、隣の石に座っていたシホルも一緒になって少し首を傾げた。

 

「平均的して・・・・・・持ち物が・・・多かった・・・かも。さっきのも」

 

「そうだね。確かに、一匹当たりの割り当てが多かったね。特に鎧のやつが。ハルヒロのいう通り、今日はかなり稼げたんじゃないかな」

 

 マナトがシホルに笑いかけてまとめると、ゴブリン袋をひっくり返して何やら見ていたアイラが立ち上がってふらりと近づき、流れるような動きでシホルに後ろから抱き着いて顎を頭に乗せた。

 

「それは、どうかな。回数は多かったけど、魔法使ってるし・・・・・・シホルちゃん、もう少し休む?あと何回ぐらいいけそうかわかる?」

 

「あたしは・・・まだ、大丈夫、・・・かな。少し、慣れたみたい」

 

 恥ずかしそうにマナトの方をちらりとみて俯くシホル。

 

「そっかあ、けど油断も無茶も禁物だよ?たしかに、最初の頃に比べたらずいぶん上達したけど、私達はまだ駆け出しなんだから、あ、でもちょっとこの辺細くなった?」

 

「・・・えっ・・・あっ、ちょっ・・・やっ」

 

 くすぐりに耐えかねて腕の中から逃げてユメの後ろに隠れてしまったシホルに大げさに手を伸ばし、芝居がかった仕草でがくりとうなだれてみせるアイラに思わず笑うと、がばっとユメを抱きしめて、にやりと返された。

 

「んん~?なになに、ランタ、ハルヒロ、そんな顔しちゃって、ど・う・し・た・の?羨ましいの?挟まれたいの?浅ましいなあ」

 

 ことさらにユメを抱きしめて、お下げに顔を埋めて見せる。

 

「うっウルセー!そうだよ挟まれてぇよ!つーか混ぜろ揉ませろ!」

 

「ランタ、お前、軽蔑通り越して逆に尊敬するよ」

 

 欲望ダダ漏れのランタから距離を取りながらハルヒロが思わず告げると、ランタが仁王立ちして高笑いした。

 

「おうおう、尊敬しろ!奉れ!暗黒騎士たるもの常に自分の欲望に素直じゃなくっちゃなァ!どうせならシホルと偽乳女交代しろ!厚底寄せ上げニセチチ女は引っ込め!」

 

「モグゾー。その天パ黙らせて」

 

「う、うん」

 

 アイラの冷たい声で命じられたモグゾーがランタを背後からがっちりと口と鼻を抑え込んだが、数十秒経たないうちに顔を真っ赤にしたランタが死に物狂いで暴れだす。

 

「ブハッばっか!モグゾーてめー!マジで殺す気か!」

 

 モグゾーに後ろ蹴りしながら唾をまき散らし暴れるランタをアイラの背後に隠れたシホルが冷たい目で見つめている。

  

「・・・きもちわるい・・・そのまま窒息して死ねばいいのに」   

  

「あ!」

 

 ランタがシホルを指さす。

 

「ああ!シホルてめぇ死ねとか言ったな!?聞こえたぞ!今オレに死ねっつっただろ!」

 

「あたしは・・・窒息して死ねとばいいのにとしか」

 

「口は災いの元を体現するなんて、さすが暗黒騎士(笑)」

 

「うっせー!ご丁寧に死因までつけてくれてんじゃねえよ!しかも(笑)ってなんだよ。暗黒騎士までディスってんじゃねえか!暗黒騎士はディスっても俺はディスるんじゃねえ!史上最低最悪の腐れクソ悪女ども!」

 

「気にせんでいいよ。二人とも」

 

 ユメがアイラとシホルを抱きしめた。

 

「所詮、最低人間のゆうてることやからなあ。ホントの事やもんな。あんまり最低すぎるし、ランタは人間やないかもしれんなあ」

 

「人間だっつーの!」

 

「天パだけど?」

 

 とりあえずハルヒロがまぜっかえすと、ランタは勢いに任せ思わずうなずく。

 

「そう!天パだけど・・・」

 

 自分が何を肯定したのか気がついてくりくり頭を掻きむしり地団太を踏むランタ。

 

「天パは関係ないだろ!むしろ人間の条件にしたっていいくらいだろ!天パにあらずんば人間にあらず!どうだ!」

 

 どうランタを押さえようか思案気だったモグゾーが引いた。

 

「・・・それなら、・・・ぼくは人間じゃなくても、いいかな」

 

「ユメもやなあ」

 

「あたしも」

 

「おれも」

 

「待って」

 

 近くの瓦礫に腰を下ろしていたマナトが妙に真剣な顔つきになった。

 

「冷静に考えてみない?本当に天パが問題なのかどうか。俺は違うと思う。天パに罪はない。それどころか、天パは被害者なんじゃないかな」

 

「確かに。天パでも動物ならかわいい。そう考えると・・・」

 

 表情の消えた顔でアイラも頷き、目を閉じて軽く首を振り顔をそむけた。

 ランタは自分のくりくり頭を軽く引っ張り、眉を顰める。

 

「天パが・・・被害者?こいつか?ってことは加害者はオレか!?オレのせいで天パが悪に染まったとでもいうのかよ!?」

 

「冗談だよ、ランタ」

 

 マナトの冷静な声に顔を背けていたアイラが噴き出し、背中を震わせていた。

 

「このルミアリス信者ども!てめえらいっつもニヤニヤしてやがるから本気か冗談か区別つかねえんだよ!この仮面をかぶった腹黒野郎!」

 

「は、腹黒、なんて!マナトくんはっ!腹黒じゃないもん!」

 

 抱きついていたユメの手を離れ、顔を赤くしたシホルが拳を握った。

 

「訂正して!マナトくんは!腹黒なんかじゃない、って!」

 

 訝し気な表情のアイラがちらりとハルヒロをみて、「私は?」と自分を指さすのをみなかったことにする。

 

「早く!今すぐ!」

 

「お、おう・・・、いや、でもな、マジで思ってるわけじゃねえっていうか、売り言葉に買い言葉っていうか腹黒って第一、オレだけが言ってるわけじゃ」

 

「いま、すぐ!訂正して」

 

 勢いづいたシホルに迫られ、ランタがたじたじとなっている。 

 

「わ、わかったって。訂正する。マナトの腹は白い。風呂で見てるから知ってるんだよな。男にしては色白なんだよな。マナトは。アイラは、・・・しらねぇけど」

 

 ランタの言葉に「し、白」とうわごとのようにいって真っ赤になりよろめくシホルへ、抗議の声が一つ。

 

「ちょっと私も腹黒くないですけどー腹黒じゃないですよ?もしもし?シホルさん?シホルさーん」

 

「けどなあ、アイちゃんは一緒にお風呂入ってくれないからなあ。おなか真っ黒かどうか、ユメも知らんしなあ」

 

 ふらりとよろけたシホルを抱きしめたユメが、すまなそうな視線を投げかける。

 

「あー、私お風呂は一人で入りたい派だからごめんね?それに、防犯面的にちょっと・・・。あ、いや、違う。そういう問題じゃないですよ潔白ですよ潔白。そこの腹黒とは違うよ」

 

「ねえ、ハルヒロ、俺って白い?」

 

「ああ、まあ・・・・・・」

 

 モグゾーに潔白を訴えるアイラをよそに、ハルヒロはマナトと赤くなったまま「おなか・・・おふろ・・・しろ・・・」とうわ言のように繰り返しているシホルを見比べた。

 マナトは色白だけど、シホルの方が白いと思う。

 けどそういう事じゃないんだろうな、となんとなく感じる。

 マナトも察しがいい方だから気がついていそうなものだけど、一緒にパーティーを組んで10日も経ってないし。本人もそっち方面に関しては確定できないのかもしれない。

 けど、なんかシホルたいへんそうだな、とおもう。

 

「白いっていえば、白いかな。肌つるっつるだし」

 

「・・・・・・肌、つるつる」

 

 ずるずると崩れ落ちたシホルを支えようとユメが必死で励ましてる一方、アイラは三角座りして背をこちらに向けた。わざとらしくすねてる。

 

「いいもん。モグゾーは信じてくれたもん」

 

「モグゾーは優しいから。こっちは証人が出たよ」

 

 俯いたアイラに近寄ったマナトがしゃがみ込んで膝の上に頬杖をついて笑いかける。

 

「もうその発言自体が腹黒さお察しレベルだよ。黒過ぎて川に流したら魚が死ぬレベルだよ」

 

 アイラが振り返り助けを求めるようにモグゾーとハルヒロのほうをみたので、ハルヒロはそっと視線を外して、モグゾーの近くの瓦礫に腰を下ろす。

 なんとなく、生ぬるい笑顔を見合わせた。

 

「え、なら本当に黒いか確かめる?」

 

 にこやかに神官服をまくり上げようとするマナトにアイラが顔の前で両手でバッテンをつくってぶんぶんと首を振っている。

 

「女の子に思わせぶりなこと言わない!いっそホーネン師とビーエルカンケーになればいいのに!」

 

「ははは嫌だよ」

 

「そうだね、ホーネン師に悪いもんね。ホーネン師にも選択肢があるもんね」

 

「待って、まるで俺には無いみたいなんだけど」

 

「だってホーネン師は腹黒じゃないもん。あのひとは裏も表も白いもん」

 

「え、確かめたの?」

 

「え、確かめてくれるの?」

 

「・・・嫌だよ」

 

「この骨なしチキンのお客様め」

 

「酒場で変な言葉覚えるのやめたほうがいいんじゃないかな。子供みたいだよ」

 

「ありがとう。私って子供みたいにピュアだもんね。純真無垢でごめんね?リーダーみたいな腹黒と違うから」

 

「そういうことを言ってるところが十二分に腹黒だよ?」

 

 爽やかに笑い合う二人に、目を回しているシホルに毒づいているランタ、それに怒っているユメ。

 カオスだ。

 疲労感を感じてとなりをみると、モグゾーは遠い目をしておやつを食べていたので、ハルヒロも見習うことにした。

 

 ***

 

 ダムローからの帰り道、夕暮れ迫る空を見ながら7人でオルタナへ帰る足取りは軽い。

 現金だけでもかなりの金額だったので、換金していない分を考えれば、おそらく今までで最高の稼ぎと言ってもいいくらいだ。

 

 先頭を歩くモグゾーとランタは、早速ソルゾを食べに行く話をしているし、前を歩くシホルとユメも何か買う相談をしている。

 ハルヒロも新しい武器を買う予定だ。

 

「四匹でもわりと行けるようになったから、逃げる必要が減ったっていうのは大きいね。けどハルヒロには偵察を任せっきりだから、負担が増えてるんじゃない?」

 

「オレは・・・盗賊だし・・・。魔法の事はわからないけど、マナトだって怪我の数増えて大変だろ」

 

「俺は、神官だから当然だよ」

 

 疲れの色を見せずに爽やかな笑顔で言い放つマナトをいつものことだけど凄いとハルヒロは思う。

 

「でもさあ。偵察も凄いけど、ユメちゃんもだけど軽装で競り合うのも勇気あるよね・・・最近ちょっと前に出過ぎじゃない?自分の職能をちょっと考えてよね」

 

 アイラがマナトとハルヒロの服の裾をちょっと引っ張り、それだけ言って後ろにさがりのんびりした様子で歩き出す。

 自分の名前が出たユメが振り返りふにゃりと笑いかけてきたのでハルヒロも思わず笑い返した。

 

「確かに、ユメは凄いよね。俺達の中で一番勇気があるんじゃないかな。治療者としてはちょっと気をつけて欲しいけど。シホルも頑張ってくれてるよね」

 

 一緒に振り返ったシホルにマナトがそう言って笑いかけるとシホルの頬が赤くなった。

 

「ユメはなあ、剣鉈の方が得意なんやけど、弓できるのはユメだけやかんなあ。両方できたらいいなって思うんやけど、弓がなあ」

 

 珍しくユメが悩んでいる様子なのは、今日の買取金額次第では、明日からギルドへスキルを学びに行ってもいいかもしれないという話をしたせいだろう。

 

「狩人の覚えられるスキルって、弓術、狩猟術、剣鉈術だっけ」

 

 ハルヒロが指折り数えると、ユメがくにゃっと頷いた。

 

「自然の知識とか、罠の設置なんかの狩猟術って、すごく狩人っぽいけど、ダムローじゃあんまり使い道ない感じ?」

 

「お師匠は森の中で罠使って動物獲ったりしてたけどなあ、ゴブちんにはちょおっと罠が小さすぎるかなあ、ユメまだあんまり習ってないしなあ」

 

 なんとなく、森の中で罠を張ったり弓を使ったりというイメージはわきやすい。

 

「ゴブリン用の罠・・・って、落とし穴掘るわけにもいかないし・・・」

 

 ハルヒロの言葉にシホルが肩を震わせた。

 みんなで穴を掘っている光景を想像すると、確かに笑える。

 

「シホルはどんな魔法を覚えるか、もう決めた?」

 

 マナトがそう尋ねると、シホルは一瞬嬉しそうな顔をしてすぐ俯き首を振った。

 

「・・・ま、まだ・・・系統が、四つだから・・・・・・あたし・・・ノロマだし・・・ぐずだし、よく、考えないと・・・・・」

 

「シホルは色々考えてくれてるからね。ユメの弓術みたいにエレメンタル魔法を使えるのはシホルだけだし、期待してるよ」

 

 顔を上げたシホルは首が落ちるんじゃないかってぐらいの勢いで激しく上下させ小さく、うんと答えた。

 

「はいはいはーい!オイこら残虐非道な暗黒騎士たるオレ様のこと忘れてんじゃねーぞ!暗黒魔法に加えて悪霊も呼び出せんだからな!ってコラ後ろ!露骨に眠そうにすんな!」

 

 さっきまでモグゾーと話してたくせにすごい勢いで頭を突っ込んできたランタにイラッとしハルヒロは思わず渋面になる。

 

「寝てないだろ。この目は生まれつきだって」

 

 言い返されて、ランタがきょとんとした顔になり顔を顰めた。

 

「ヴァーカ、だれがハルピロリンの話したんだ。オ・レ・は、後ろのヤツにいったんだよ!」

 

「は?」

 

 指さした先には口元を隠して露骨に眠そうな姿がある。

 視線が集まったせいか、眠そうなまま笑みを浮かべて手をパタパタと振って見せた。

 

「あ、ゴメン、続けて?セミの声だと思って聞き流すから」

 

「誰がセミだ!無視だけにか?一週間の命だって言いたいのかコラ!」

 

「じゃ、亀の声?」

 

「どんな声だよ!」

 

「・・・・・・・・・・・・・カメェ?」

 

 心底やる気のなさそうな声にシホルとマナトが、くっと息を漏らして顔を背けた。

 ユメがほう、と何故か感心した様な声を上げたので、いや、絶対違うとツッコんでおく。

 

「まんまじゃねえか!絶対違うだろおい欠伸してんじゃねえよ本気で眠いのか?道端で寝る気じゃねんだろうなコラ。おーきーろおきろおきろ!揉むぞこらニセチチ」

 

 どたどたと回り込み、目前で騒ぎ立てるランタにアイラは眼鏡をくいと上げて、冷たく見下した表情で思いっきり溜息をつく。

 

「ねえ、・・・この子、ちょっとめんどくさい」

 

「今更!?」

 

 ランタの反論よりモグゾーのツッコミの方が早くて、そのことにモグゾーが一番びっくりしていた。

 

 ***

 

 今日は、いい日だった、とハルヒロは思っていた。

 

 稼ぎは良かったし、いい感じの短剣を予算内で買えたし、わりとおいしい食事を出す屋台も見つけた。

 

 明日からそれぞれギルドへ手習いへ行ってスキルを覚えようという事になったから、宿舎へ戻り早めに寝たのがあだになってしまったのか、ふとハルヒロは目を覚ましてしまった。

 真っ暗な中、モグゾーの寝息とランタのいびきが聞こえた。

 向かいの寝台に目をやると、マナトの姿はない。

 

 酒場なんだろうか、今度は一緒に行こうって、いったはずなんだけどと少し思う。

 そのまま寝直そうかと思ったものの、二人を起こさないように、しずかに音を立てないように起き上がる。

 古い義勇兵宿舎は、歩くだけで床がきしみを上げる。

 忍び足を覚えたら音を立てないようにできるのだろうか、と考えながら虫の音を聞きながら男部屋を出て階段を下りる。

 

 降りたところで、何か固いものをぶつける鈍い音が聞こえた。

 一度や二度じゃない。何度も鋭く叩き合う―――

 

 そっと中庭へ向かうと、月明かりの下、激しく戦う二人を見た。

 

 マナトが錫杖を振り下ろし、あるいは牽制に見せかけて足払いを仕掛け、突き出された剣を受け流す。一方、盾で防ぎ、剣で打ち払うのはアイラだ。

 二人とも、ゴブリンと戦うときのように激しい勢いで攻撃し、あるいは防御している。

 

 ハルヒロがもっとよく見ようと一歩進んだ瞬間、こちらに背を向けていたアイラが突然体を反転さた。

 突然の動きに背後のマナトが転がった。

 猛烈な警戒心と剣を向けられたハルヒロが呆然としていると、三秒ぐらいして盾と剣をかまえたまま、そのまま腰だけ落としてアイラが座り込み長い脚を投げ出した。

 

「びっくりした。ハルヒロなにやってんの?」

 

 にこやかな笑みを浮かべてちょいちょいと手招きされ、少し躊躇してから近寄る。

 

「いや、こっちのせりふなんだけど・・・・・・」

 

 近寄ってみれば、剣にも盾にも布が巻かれて怪我しないようになっている。

 

「すごいね、盗賊って、全然気がつかなかった・・・」

 

「まぁ、気がつかれないようにしてたし。なんか、びっくりさせたみたいでゴメン」

 

 ハルヒロが頬を掻きそうこたえると、アイラはにこやかな笑みを浮かべて頷いた。

 

「いえいえ、むしろ心強いかな。ギルドでは、偵察系のスキルとるの?」

 

「いやさ、ちょっと資金的に難しいから次の次くらいかなって」

 

 たぶん、そうなる。その前に団章を買うかもしれないけど。

 

「ところでさ」

 

 言い難くて思わず目を伏せ躊躇する。

 だがもともとそんなに堪え性があるわけでもない。

 

「どうかした?」

 

 帰ってきたのは、気遣った声だったのでハルヒロは視線をそらし、指をさす。

 

「マナト大丈夫?さっきから下に敷いてるけど」

 

「結構、悪くないよ」

 

 アイラの真下から聞こえた返事に、声にならない声が上がった。

 まさか、本当に気がついてなかったのかとハルヒロはちょっとあきれる。

 さっきまでの余裕をかなぐり捨てて膝をついて四つん這いでアイラが退くと、マナトが口元を押さえて肩を震わせたまま腹筋だけで起き上がった。

 

「俺はそのままでもよかったけど」

 

「良くないよ良くないって、重いじゃんっゴメンなさいっぶつけた?大丈夫?怪我してない?痛いところない?感覚無いところある?腫れてない?」

 

 動揺しているのか、膝を地面につけたままペタペタと触られて確認されるがままのマナトが爽やかな笑みを浮かべハルヒロを見上げた。

 

「それで、ハルヒロはどうしたの。眠れない?」

 

「ああ・・・なんか音が聞こえたから。稽古なら言ってくれればよかったのに」

 

 真剣な顔でマナトを触っていたアイラが、大丈夫だよと言われてやっと手を放して横にぺたんと座り込み頬を擦ってからハルヒロの方を向いた。

 

「ううん、決めてたわけじゃなくて。取るスキルの事で悩んじゃって。酒場行ってみたけどロクな事にならなかったし。最初にモグゾー誘ったんだけど、顔見えるとやりにくいっていうし、で、一人でやってたら手伝ってくれるっていうから」

 

「まぁ、そんな感じ。俺も色々考えてたから、体動かしたくてさ。ていうか、君なんか甘いにおいするね」

 

 訝し気なマナトに顔を寄せられて、アイラが真顔のまま三歩分くらい体を引いた。

 

「ハルヒロ、たすけて変態がいる」

 

「アイラがまたなんか零したんじゃないの。砂糖とか」

 

 ハルヒロが冷静に返すと、アイラは軽くショックを受けた顔になった。

 

「零したのはお茶一回だけ!ああ、そうか蜂蜜酒の匂い・・・そんなするかな」

 

 襟のあたりを自分でも嗅いで首を傾げている。

 

「アイラって、結構酒場行くんだ?」

 

 ハルヒロの問いかけに、彼女は少し戸惑ったような表情から笑顔に変わって頷いた。

 

「情報集めたり人に会ったりするのって、どうしても人の来る所に行かないと。馴染みなら話しやすいし?まぁ私あんまり飲めないから相手選ばないとだけど」

 

 へぇ、と感心して漏らすと、アイラはやけに嬉しそうな顔をした。

 

「仲良くなった人がいてね、悪い噂立てられてるけど、本当は凄くいい人なの。一緒に行く?紹介するけど・・・ああ、ちょっとやらかしちゃったから、仲直りできたらだけど・・・あ・・・だめかも・・・マジで、終わり?」

 

 しゃべっているうちにだんだん暗くなってきたアイラにハルヒロも思わず顔を暗くした。

 

「やらかしたって」

 

「怒らせて蜂蜜酒かけられたってこと?」

 

 マナトも参戦し頷くと、アイラは唇を尖らせた。 

 

「たまたま零したの。別件。やらかしの方は、考え方に違いがあっただ・け。ホント、無神経だよね。有り得ないんだけどマジで」

 

 そういいながら視線をそらし、汗で張り付いたグローブを苦心しながら脱ぎ、続いて剣に巻いていた布を剥がし始める。結構、落ち込んでいるらしい。

 

「つまり俺は失恋の鬱憤晴らしに付き合わされたって事?」

 

「え、失恋したの?」

 

 マナトも疲れてちょっと口が滑ったのかもしれない。

 もともとアイラに対してだけは気易いというか、容赦のない言い方だったけど、すげぇあっさり言っちゃったよとハルヒロが思っていると、無言のまま睨まれた。

 

「ごめん」

 

「あっ・・・ごめん」

 

 とっさにマナトと二人で謝ると、はぁとため息をつき、こめかみをぐりぐりと右の拳でえぐられた。地味に痛い。

 

「すぐ色恋で結びつけようとするのやめてくれない?ランタじゃないんだから」

 

 ランタと同列という事に心にダメージを負ってハルヒロが落ち込むと、アイラはくすりと笑った。

 

「まったく。まぁ、ランタと同じは言い過ぎかな、あの子は本当に・・・万年口唇期というか・・・ねぇ」

 

 親愛の情が漏れる言い方に思わず、となりで笑っているマナトをみる。

 マナトはちらりと横を見て、片眉を上げた。

   

「もしかして、アイラは妹とか弟がいたんじゃない?俺は全然覚えてないけど、ハルヒロは?」

 

 ハルヒロは瞬きして、少し考えた。

 考えようとしても、掴むもののないただぽっかりとした寒々しい空白があるばかりだ。

 

「どうだろ、今は思い出せない、かな」

 

「私はアタリ。弟がいるよ。目を離すとすぐどっかいっちゃうの。どうせなら妹が良かったって何度も思ったかな。モグゾーもたぶん、兄弟、いそう」

 

 微かに笑みを浮かべて何度も頷くアイラにハルヒロはちょっと考える。

 

「たしかにモグゾーは男兄弟って感じがするかな、おっとりしてるけど、なんか頼りがいあるし。マナトとは違う意味で、だけどさ」

 

「うーん、モグゾーはむくむくもこもこの子犬ぽい可愛さもあるよね」

 

 実はハルヒロ的には内心熊っぽいと思っていたが、系統としては同じかもしれない。ただ

 

「それ本人には言わない方がいいよ」

 

「そう?ハルヒロも陽だまりの猫っぽい感じでかわいいけど。にゃーんていってみて?」

 

「やだ」

 

「けちー」

 

 そりゃ盗賊としての通り名はオールドキャットだし。

 表現としては間違ってないけど、ていうか、男に可愛いって、褒め言葉?  

 

「ちなみにランタは?」

 

「自分の尻尾追いかけてぐるぐるしてる系、しかも途中で自分が何追いかけてたか忘れちゃう感じの」

 

 的確な表現に思わず吹き出し笑っていると、マナトが水差しとカップを持ってきた。

  

「二人とも、なんか飲む?っていっても冷たいのと温かいのしかないけど」

 

「ハルヒロ、つめたい水と、あったか~い水、好きな方を選んでいいよ」

 

「せめて白湯って言おうよ」

  

「しかもあったかいのはこれから作る。私以外の人が」

 

「はいはい」

 

 マナトが笑いながら火を起こすのを二人でぼんやり眺めていると、不意にマナトが振り返った。

 

「ところで二人はどっか痛いところとかある?戦ってた時は気がつかなかった打撲とかさ、あれば遠慮しないで言って欲しいんだ」

 

 俺の≪癒し手≫じゃ、一か所しか治せないからと続けるマナトに、ハルヒロは感心した。

 

「マナトが考え過ぎなんじゃない?」

 

「そうかな、さっき打ち合った時に怪我しないようにはしたけど、実戦じゃこういう風にはいかないなって思ったからさ」

 

 二人から背を向けて、服の中を確認していたアイラが振り返り、気まずげな雰囲気で小さく手を上げるとマナトがやっぱりと頷いた。

 

「ハルヒロも、お腹とか足とか確認した?私も治せるから言ってね」

 

「おれは大丈夫。ていうか、風呂場でどうせわかるだろ」

 

 そう返すと、マナトが心配そうな顔をこっちに向けた。

 

「そうはいっても、ハルヒロはちょっと無理するからさ」

 

 隣のアイラが物言いたげな顔でマナトを見ているのに気がついていないんだろうか。

 その表情はハルヒロが見ていることに気がつくと、すぐいつもの笑みの形に変わってしまったけど。

 

 少しばかり気まずそうなアイラに言われるまま、マナトが防具の下に負っていたいくつかの打撲を治すと、アイラは服を軽くめくって確認し頷いた。

 

「もう大丈夫、ごめんね。ついでだし、明日顔合わせないからいうけど、いつも、ありがとう。治療の事だけじゃなくって、他の事も、色々」

 

 普段なら絶対マナトに『だけ』はむけないような優しい声色に俯き加減だったマナトが口元を押さえたまま顔を上げて、見開いた眼をハルヒロへ向けた。

 ハルヒロも思わず、頭を掻く。

 

「おれからも、ありがとな」

  

 とっさに出た一言に狼狽して真っ赤になってしまったハルヒロをややあってマナトがぎこちなく笑った。

 

「なんだよ、突然。二人して、感謝してるのはこっちの方だよ」

 

 目を丸くするハルヒロにマナトが続ける。

 

「みんな、仲間でいてくれる。ありがたいよ」

 

 少し躊躇って、視線を上の方に泳がせたマナトが困ったような表情を浮かべている。

 

「なんか、こうやって改めて言うと嘘っぽく聞こえるかもしれないけど、俺は本当にそう思ってる」

 

「や、嘘だとは思わないけど、でも――」

 

 ハルヒロが頬の内側を少し噛んで言葉を考えていると、なんだか鈍い音がした。

 顔を上げると、姿勢を崩して地面に両手をついて驚いているマナトと、しゃがんだまま体を不安定に左右に揺らしているアイラ。

 

 体当たり、したのか。

 なんでだ。とハルヒロが混乱していると、指だけ二本ピッと上がった。

 

「ニコ、訂正」

 

 アイラは膝の上で腕を組んで顔を埋めたままぼそぼそと続ける。

 

「1、仲間っていうのは、「仲間でいる」ものじゃなくて、「なる」もの。2、アタシは、・・・・・・二人がオルタナの事務所の前に帰ってくるとは全然思ってなかった。今色々知ってても、やっぱりそう考えると思う。だから、一緒にいてくれてありがとうっていうのは、こっちも、なんだけど」

 

 顔を伏せているので、どんな顔をしているのかはわからないけど耳が赤い。

 照れ隠しを察したマナトが平静を取り戻して爽やかに笑う。

 

「ああ、どうりでやたらと警戒されてると思った」

 

「え、そうだったの?」

 

 ハルヒロが思わずまじまじとマナトを見つめると、頬を掻き照れくさそうに笑いを返された。

 

「正直、今みたいに仲良くなれるか、っていうのはあったよ。女の子だしさ、シホル達のこと心配してたのはわかってたけどさ、やっぱりどうしても」

 

「私は今でもいけ好かない軽薄腹黒陰険男だと思ってるけどねッ」

 

 そういって勢いよく立ち上がり、大回りしてマナトを避けると竈から湯気の立つ薬缶を下ろし始める。

 爽やかに笑うマナトをそう評価できるのが、ある意味凄いとハルヒロは思った。

 

「い、陰険かどうかは別としてさ。マナトには、おれたち世話になりっぱなしでさ、マナトがいなけりゃホント、生きてなかったかもしれないし」

 

「それはお互い様だろ。オルタナの街でハルヒロに会って、事務所の前でアイラが三人の面倒見てくれてて、みんなで相談して、モグゾーが加わって。それでやっとゴブリン倒せるようになって。どう考えても一人じゃ生きてけないだろ。この、世界は」

 

 きまり悪そうな顔をしたアイラが湯気の立つカップを差し出してきたのを受け取ると、少し香ばしい匂いがした。

 

「なにこれ」

 

「む、麦を焦がしたのをお茶の葉の代わりに使うっていうの、聞いたからやってみたんだけど」

 

 押し付けられたマグカップを両手で受け取り、マナトが椅子に腰掛ける。

 

「君はさ、色々試すよね。ハルヒロの真似して奇襲したり、石投げたりさ、ユメから剣鉈の使い方も聞いたって?」

 

「ま、まあ・・・手数は多い方が、いいから。両手剣は、重くて使えないし。盾も重いし下手だし、恥だけならいいけど、後悔、したくないし」

 

 ぼそぼそと答える姿にハルヒロは言おうか言うまいか少し悩んで、この際だから言ってしまうことにした。

 

「あの、さ、これ・・・・・・変な意味にとって欲しくないんだけどさ。二人なら、いくらでも他の仲間見つけられたんじゃない?キッカワみたいにパーティーいれてもらうとか。アイラは状況的に難しかっただろうけど・・・」

 

「私は、キッカワさんの事は良く知らないけど、モグゾーの事考えると、他のパーティーってためらうよね。美人神官なら引く手数多みたいだけど」

 

 アイラはハルヒロを真っすぐに見つめて微笑んでいるので、なんとなく視線をそらした。

 

「そうだな、俺は・・・・・・好きじゃないんだよ。人に頭下げたりするの。上下関係なんかも、きっと苦手なんじゃないかな。ここへ来る前の事は覚えてないけど、そんな気がする」

 

 マナトはお茶を一口飲んでちらっとアイラを見た。

 

「だから義勇兵のパーティーに入れてもらう事は、あんまり考えないようにしてたかな。ていうか、これ美味いね。薄いけど」

 

「ああ、そうかも。もうちょっと置いておくとか量増やすとかいいんじゃね」

 

 ハルヒロがほっとして頷くと、アイラも頷いた。

 

「なにか容器を手に入れたら、試してみる?」

 

「いいんじゃないかな。そういえば、ナッツ茶は飽きたの?」

 

「飽きてないけど。我慢してるの」

 

「飲めばいいのに」

 

「色々あるの。デリカシーって言葉知ってる?口煩いとフラれるよ。自分を好きでいてくれる人の事は大事にするべきだと思うよ」

 

 アイラの言葉に、マナトはどこか痛いような、躊躇ったような苦しいような表情を浮かべた。

 

「俺は、みんなに好意を持ってもらったりとか、仲間扱いしてもらえるような人間じゃない気がするんだ。・・・なんとなく、だけど」

 

 ずずーと行儀悪くお茶を啜り、アイラが心底呆れた表情をマナトへ向ける。

 

「自分が分かってないのに、他人がわかるわけないでしょ。そんなこと。精々、なりたい自分に近づけるように足掻くしかないんじゃないの?」

 

「そうだよ」

 

 ハルヒロは、わざと明るい声を出して、腕を組んでにやにや笑うアイラを見て頷き続ける。

 

「前のマナトがどうだったか、とかさ関係ないし、誰も気にしないよ。それにさ、今のマナトはおれたちの仲間だし、リーダーだしいてくれないと困るよ」

 

「俺も、・・・・・・みんな、いてくれないとだめだ」

 

 ハルヒロが頷く。

 マナトは口元を手で押さえてぎゅっと目を瞑り、決定的な一言を我慢したような気がした。

 

 虫の鳴き声が、やけに耳に響く。

 

「ね、リーダー先お風呂入ってくれる?私、後でゆっくり入りたいし」

 

 マナトの手から空になったマグカップを奪い取り、アイラが手を引っ張って立ち上がらせマグカップを持った手で軽く胸をついた。

 

「疲れてんでしょ。付き合わせて、ゴメン。ありがとう。早く入って、ちゃっちゃと寝て。明日も頑張ろう。リーダー。ちゃんとホーネン導師の話を聞かなきゃだめだよ?」

 

 ふざけるようにのぞき込まれて、マナトがかすかに笑う。

 

「そうだね、じゃないとアイラに怒られるし」

 

「そうそう。て、コラ。人のせいにしないでよ」

 

 追い払われるようにマナトが沐浴室へ向かうのをみていたアイラがぐるりと振り向いたので、ハルヒロは何となくぎくりとした。

 

「ハルヒロも、早く寝る」

 

 いわれるまま立ち上がろうとしていたので、腕を捕まれて少しびっくりする。掴んだアイラも少しびっくりした顔をしていた。

 

「あのさ、ゴメン、・・・・・・ちょっとお願いあるんだけど」

 

「あ、なに?」

 

「今の話っていうか、ここにいた事言わないでほしいんだ。みんなに。・・・・・・特にさ、シホルちゃんに悪いでしょ。会話はどうでもいいけど、色々考えちゃうだろうから」

 

 ハルヒロが曖昧に頷くと、アイラはにこりと笑った。

 

「シホルちゃん、小さくて、かわいいしスタイルも声も女の子ぽくて。いいよね。応援、してんだ。あ、ユメちゃんも十分スタイルいいし、可愛いけどね?おまけに優しいし。二人を泣かせる奴は、私が叩いて切って潰すつもりなんだけどさ」

 

 最後に加えられた一言に、何をと聞きたかったが口の中で抑えておく。

 

「二つ目は、今日、やたらと大きくて鎧のゴブリンいたでしょ?アレ」

 

 真剣な面持ちで言われ、すぐに思い当る。

 結局あいつは五人がかりでやっと倒せた。

 

「ホブゴブリン、だよね。モグゾーと同じくらいの大きさだって聞いてたからそんな気がしてた」

 

「あ、知ってたの?」

 

「まぁ、一応。強かったね」

 

「うん。アレに関して、もし盗賊ギルドで教えてもらえそうだったら聞いてみてくれないかな。なんでもいい。倒す方法でも、好きな食べ物でも」

 

「好きな食べ物って」

 

 ハルヒロが笑うと、アイラも笑った。

 

「旧市街地の地図、けっこう埋まったよね。完成するのと団章買うの、きっと同じ頃になるけど、その前にまたホブゴブリン出てくるだろうから。後悔する前に、できることは何でもしときたいじゃない」

 

 後悔。さっきも言っていた。

 

「アイラは、なんか後悔してるの?」

 

 無意識に口にしていた言葉なのか、アイラは虚を突かれた顔で黙り込み唇をかんでいる。

 

「たぶん、ひどい失敗をしたんじゃないかな。出来ることをしなかったんだと思う、何しても満足にできるわけじゃないけど、何もやらないでいる方が怖くなるから、そういう事だと思う。そういうことに、してる」

 

 ふっと息を吐く姿があんまり寂しそうに見えたから、ハルヒロは思わず手を握った。

 

「さっきのマナトじゃないけどさ、おれたち仲間なんだから、一緒に頑張ろうよ。一人じゃむりでも、みんなとならなんとかなるって」

 

「・・・・・・そうだね」

 

 アイラはいつもみたいに笑って握られた手を放すと、ハルヒロの頭をあやすみたいに叩いた。

 

「ハルヒロ、好きな子できたら教えてね。おねーさん応援するから」

 

「えっ!?」

 

 予想外の事を言われてハルヒロが動揺すると、アイラは低く笑った。

 

「そういえば、リーダーの事よく見てるよね。もしかして、私、シホルちゃんとハルヒロどっち応援するか悩んだ方がいい?けどユメちゃんともいいかんじじゃない?セクシーなの?キュートなの?それともオ・ト・コ?」

 

「ちょ、やめて」

 

 そのあとも散々からかわれたハルヒロは、翌日の朝を寝不足のまま迎えることとなった。

 


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