灰と幻想のグリムガル 聖騎士、追加しました 作:2222
義湯兵見習いになって、8日目。
七日の規定修練を終え、白く輝く石で作られたルミアリス神殿の階段を下りる。
左右の門には、六芒星が象られた鎧に剣、盾を装備した聖騎士がみえた。
それから、通りを挟んだ向こう側に、門兵にくらべるとずいぶんと見劣りする装備の聖騎士がいる。
聖騎士ギルドから支給された簡素な武装。
細身で、目方は軽め。服装だけだと女か男かもわからない。
遠くを眺めている横顔に風で弄られた短い髪がうっとおしそうだ。
何かに呼ばれたように聖騎士がこっちをむいた。
たぶん、大柄なホーネン師と七間過ごしたせいだろう。
鋭い眼差しに薄い唇は真っすぐ結ばれていて、潔癖そうな表情は愛想や愛嬌なんてとっくの昔に捨てたといわんばかりだ。
かわいらしい、という形容詞は似合わない。
それなのに、女の子だな、と反射的におもった。そんなふうに思ってしまった。
「やあ、アイラ。待たせてごめん」
軽く手を上げて声をかけると、視線が更にきつくなって少し頬が膨らんだ。
つついたら面白そうだなんて思う。
近寄ると、少し眉が顰められた上、距離を取られた。
俺、自分で言うのもなんだけど、外面だけはいいからこういう風に警戒されることはまずないみたいなんだけど。
「神官が、前衛?」
開口一番の爆弾にぎくりとした。内心が表面に出てしまったらしい。
彼女がしてやったりと言わんばかりに表情を少し緩める。
「うそつき」
それだけ言って、彼女は厚くて地味な眼鏡をかけた。
きつい目元が隠れると、急に大人びて穏やかな表情に見える。
「もしかして、目付き、気にしてるの?」
こちらの問いに、彼女がものすごい勢いでこちらに詰め寄った。
吐息が触れそうなほど近い。肌、柔らかそうだな。
「これ以上、そのことについて触れないように」
気にしてるんだ。面白い。
「眼鏡なんかなくても、さっきみたいに笑ってればいいのに」
「バカにしてんの?」
きつい物言いの中に、なんだか傷ついたような色が混ざってたから、俺は顔の前で手を振り、物わかり良く頷く。
「ならさ、俺も眼鏡の事は黙るから、さっきの事も黙ってもらえるかな。交換条件だよ」
俺の返しに彼女は野生の動物みたいに警戒心もあらわにして、腕組して下唇を噛む。
眼鏡越しなのに、こちらがたじろぐほど強い、不信感と猜疑心に満ちた強い視線。
なんだか、ザラッとした不快感がある。覚えがあるのかもしれない。
誰かに信用されないことに?
「いつまで?ていうか、だいたい、なんで黙ってないと・・・・・・」
思い当たることがあったらしい。
俺が思わず微笑むと、彼女は視線を足元に落とした。
「自分たちで気がつくまでいいからさ、まあ最初だけさ」
「性格悪いね」
「どうかな」
「それに・・・・・・」
「それに?」
彼女は、妙にゆがんだ表情を浮かべ、それを無理やりぎこちない笑みにした。
「みんな、待ってる。そろそろ行こうよ。リーダー」
さっきみたいに笑えばいいのにと、俺はなぜか少し思った。
***
義勇兵になって13日目。
今日も森に行ったけど稼ぎはゼロで、行き詰まってどこか行こうと宿舎を出ると、中庭で剣を振り回していた彼女が当然のような顔でついてきた。
無目的に街を歩いてもついてくるので、少しイラついて誰何すれば、情報収集でしょと笑った。
そこで俺がシェリーの酒場に入ると、そして当たり前のようにあっちいってみるねとどこかへ行ってしまった。
なにか目当てがあったらしい。
結構、考えてるなと思いながら俺は周囲を見渡す。
だからか、適当に先輩義勇兵から話を集めた辺りでカウンターの席で所在無げに肩を落として水を飲んでいる彼女を見つけ、宿舎に帰ろうと話しかけると一も二もなく頷く姿を見て、笑えた。面白い。
酒場からでると、彼女は暑いといってやや大きめの上着を脱いでついでに眼鏡もむしり取り、夜風に当たって深く息を吐いていた。
先輩義勇兵たちにいろいろ飲まされたり言われたりして、かなりくたびれたらしい。
薄着になると女らしい体格をしてるなと思うけど、口に出すと色々面倒なので言ったりはしない。
ランタなら言う気がするということは、俺も結構馴染んできてるのかな。
かなりのんだのか、足元が覚束ないのに手を貸そうかと言っても撥ね退けるところがらしいといえば、らしい。
結局三回ほど転びかけたので、無理に腕を掴んだら、居心地悪そうな顔で謝られ、間が持たなくなったので、近くの広場で情報交換と称して休憩することにした。
「とりあえず、明日はダムローに行ってみようと思う」
俺の言葉に彼女もこくりと頷く。
「私が聞いた人は、10日ぐらいで団章買ったって。ちなみに戦士ふたり、盗賊、神官、魔法使い」
言わんとしてることを察して、俺も頷く。
5人で100シルバーと、7人で140シルバー揃えるのでは今の段階では結構な差がある。
まあ今必要なの、そっちの事じゃないから別にいい。
「半月以上ダムロー通いって、飽きそ」
眠そうに言う彼女に同意した。
けどそれでも別に構わないし、わざわざ言う必要もない。
「そもそも俺達が同じ勢いで稼げるとは限らないしね、ああ、けど・・・レンジ達の事はまだ知られたくないな」
彼らは、義勇兵の中では急速に知られつつあるらしい。
みんながそれを知れば、やっとまとまりつつあるのが元の黙阿弥だ。
わかっていても、比較されれば士気が下がるだろう。
「つか、アタシ抜けようか。どうせ7人じゃあ、続けるられないんだし。前衛ならモグゾーいるし。減った方が、やりやすいでしょ?」
「いや、俺は君に居て欲しいよ」
6人まで加護を授ける光の護法を覚えるまでどれくらいかかるのか、と一瞬考えてやめる。
それに彼女は懐かれてるし、行動を促すのも得意らしいからいる方がなにかと便利だ。
「・・・・実は、酔ってる?」
思わず目を見開くと、少し首を傾け右手をこっちに差しだしかけて止まっている姿が目に入った。
「ああ、結構飲んだかも。なんだか、俺は飲むのが好きみたいだ」
「好きで飲んだなら、いいけど。いや、飲み過ぎは良くないけど」
そういいながら彼女は右腕を左手で掴んで腕を組んだ。
何がしたかったんだろうか。
「つまり、リーダーとしては、初心者向きダムローでみんなのやる気上げつつ、飽きないように手綱取ったり、そのレンジ君チームと比べて落ち込んだりしないようにしたいってことでいいのかな?一応、確認だけど」
思わず息をのんだ。
確かに、少し飲み過ぎたみたいだ。
だけど彼女は真面目に頷き、小さく、そうだね。と言って俯いた。
「まださ、実戦経験も全然ないし、仕方ないけど。なんだか、油断したら、本当に死ぬって、わかってるのかなって。心配っていうか、不安だよね」
思わず目を瞑って息を吐きだす。
「本当に分かったら、動けなくなるから、いいんだ」
君は、レンジの眼を見てないから。
人混みの中で、ハルヒロが嬉しそうに駆け寄ってきてくれた時の俺の気持ちを知らないから。
「・・・リーダーさんは、よくがんばってますよ?えらい。ほんとに」
まるで小さいこどもを褒めるような口ぶりだったので、俺は少し笑った。
一体、何言ってんだ。
「まあ、それは置いておいて、しばらくダムローに通うとしても、途中でスキル覚えに行くか、装備は・・・手が出ないな」
どうするべきか。
思案していると、酔いがさめてきたのか彼女がもそもそと上着を羽織り、こちらを見上げた。
向こうも酔ってるせいか険のない顔をしていた。俺は少し強い風に吹かれて思わず目を細める。
「座れば?」
「もしかして風除け」
「バレたか」
悪びれなく笑って、隣をペタペタと叩いて場所を示されたのでしょうがなく座る。
逆に話しずらいなと思ったが、彼女はこっちに半分背を向けて座りなおした。
表情を読まれたくないらしい。
「サイリン鉱山、ていうのも選択肢としては、あるらしいんだけど」
俺も聞いて検討した話だったので軽く頷く。
ゴブリンより難易度が上がるものの、ある程度ダムローで慣れたら移動して貯めるという手もある。
そう話すと、彼女がちょっと息を吐いた。
「話してくれた人、そこで三人仲間殺されたって」
「義勇兵殺し、か。ずいぶん親切な人だね。そこまで話してくれるなんて」
少しだけ聞いた。
確か、デススポットというのがいて、そいつに何人もの義勇兵が殺されているらしい。
義勇兵っていうのは、自慢話は多いが失敗談はあまり話さない。
少し話しただけでなんとなくそういう事だろうとわかった。
「ビミョーに気が合っちゃって。かなり頑張った。褒めて崇めていいよ」
「その言い方、ランタみたいだね」
彼女はこちらに背を向けたまま、ふふんと笑った。
それが君への褒め言葉になるのか?
だれだって、好んで血の滲んでいる自分の生傷に触れようとは思わない。三人も仲間を無くすなんて、よほどのことだ。
それを出会ったばかりの、それも見習いの義勇兵に話すものだろうか。
俺と彼女の違いか、そいつが女好きなのか。
「君と気が合う人間なんていたんだ。男?」
それ相応の事があったんじゃないかとか、それはこれからも利用できるのかとか
そういうことまで、よく気が回るなと思う。
俺は一体どんな奴だったんだろう。
みんなに仲間扱いされるような、いい奴ではなかったことは確かだ。
「秘密」
皮肉をものともせず、こっちをむいた彼女は唇に人差し指を添え、悪戯っぽく笑う。
俺は多分、自覚してるより酔っているに違いない。
「まぁ、そんなおっかない話、みんなには更に話せないし、リーダーさんは大変だね」
そうやって彼女は虚勢を張って、他人事のように笑って続ける。
「まるで、笛吹男だね」
聞き覚えのない単語に俺が首を傾げると、彼女は皮肉っぽく笑った。
「笛で誘って、子供達を連れて行く。帰れないところに。たぶん、そんな話だったとおもう」
「俺達に、帰るところなんてない。わかってるだろう。君も」
返した言葉が、なぜか、そんなことはどうでもいいとおもえた。
別に帰りたいところなんてない。
彼女が望んでいそうな言葉を考えて、なるべく聞き心地がいいように話しかける。
「いくしかないんだ。どんな道だろうと。何があっても、俺達は大したことないみたいに振る舞うんだ。それしか、道はないんだ」
今、声が震えてなかっただろうか。あんまりうまくいかなかった気がする。
赤い月を睨んで息を吐くと、隣で薄い肩が震えていた。
「くくくっ・・・・最低。マジでふふっくっ・・・いいね。いいよ。そうしよう。そうこなくちゃ」
彼女は軽やかに立ちあがり、俺に手を差し出す。
覗き込まれた視線を逸らせずに見つめ返すと、小さく息を吐いて君は目をそらした。
「教官が言ってた。聖騎士たるもの、地獄よりも煉獄を望めって。しょうがないから、一緒に踊ってあげる」
握った手はひどく冷たくて震えていたけど、彼女は初めてゴブリンを殺した時のように笑ったので、それに気がつかないふりをする俺はひどい奴だと思った。