灰と幻想のグリムガル 聖騎士、追加しました   作:2222

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11話 茶番の中にいる

 

 雨は、朝方にはやんだ。

 

 ハルヒロが目を覚ますと、なんとなく部屋の中の空気が淀んでいるような気がした。

 全員呑んでたし、おまけに脂っこいソルゾを食べたせいかもしれない。

 重い瞼を擦って起き上がり、大きく伸びをして周囲を見渡すと、全員まだ寝ているようだった。

 ランタは論外として、いつも朝が早いモグゾーやマナトまで寝てる。

 

「・・・・・・意外」

 

 もう一つあくびして寝台から降り、部屋をでる。

 顔を洗って、やっと目が覚めてきたところで気が付いた。

 こういう場合、ごはんてどうなるんだろうと、疑問を持つべきじゃなかった。

 

 炊事場に入る前に、聞こえた声に思わず足を止める。

 

「わわわっ焦げた!」

 

「落ち着いて、まだイケる。って、シホルさーんっ隠せてないよ隠せてないよ隠し味じゃないよそれちょっとまって水、水足して水で流そう」

 

「あ、虫。かわいいなあ」

 

「きゃああ!」

 

「包丁!包丁振り回さないで!」

 

「あっ噴いてる!」

 

「熱ッつか、なんでこんなに焦げるの?これってこういうもんなの?つか野菜苦くない?渋くない?おかしくない?」

 

「なんか、ここは生っぽいなあ~」

 

「・・・・・・わぁ・・・・・・」

 

「あの、ここ、こうしたら、どうかな」

 

「マジで頭良いなキミ。それでいこう」

 

「なあ、これ、本当に食べられるんかな?」

 

「・・・・・・」

 

「・・・・・・」

 

「なんでシホルもアイちゃんもなんもこたえんの?」

 

「なんか変だよね。なんでこうなるんだろう。本当に。ねえ?こんな・・・こんなのぜったいおかしいよ」

 

 何も聞かなかったことにして部屋に戻ると、モグゾーとマナトが半身を起こして無言でこちらを見た。

 ハルヒロも無言のまま首を振る。

 

 ・・・・・・・・・・・・寝直そう。

 

 そうだ、きっと夢だ。悪い夢に違いない。

 そう信じて、ハルヒロは再び寝ることにした。

 

 

「ふーん。っで、女だけで作ったのかよ。けどモグゾーのメシの方が美味いよな。まぁ、食えなくはねぇけど」

 

「そうやなあ、モグゾーのご飯は美味しいからなあ、ユメもそうおもう」

 

 文句を言いながらがつがつと食べる、というよりはむさぼるという表現が似合うランタにしみじみと相槌を打つユメ。

 

「そうだね、モグゾーって凄いよね。いいお嫁さんになれるよ。尊敬してる」

 

「・・・・・・うん。手伝うだけじゃ、分からないこととか、たくさんあるんだね」

 

 疲れた顔で同意するシホルとアイラにモグゾーがパンと食べる手を止めて、居心地悪そうな顔をしている。

 一方、ハルヒロはじっと目の前の物体を見つめていた。

 黒と黄色の物体が皿に山盛りになってる。

 やたらと自己主張が強いそれは、見覚えがあるような、無いような。

 少なくとも、匙で食べる物ではなかったと、思う。

 

「なあ、マナトはこれもう食べた?」

 

 パンを食べていたマナトが、すこし怯んだようにみえた。

 

「いや、俺はソレはまだかな」

 

 そういって、スープを掬い食べ始めてしまう。

 ハルヒロが食べている固いパンは買ってきたものだから、いつも通り美味い。

 モグゾーに目をやると、一瞬びくっと肩を震わせてマナトと同じようにスープへ逃げた。

 ちなみにスープは、まあ、大体食べられる味だ。

 女の子たちが、あまり手を付けないのがかなり気になるが。

 不安げな表情のハルヒロに気がついたアイラが、疲れたように笑う。

 

「大丈夫。実は一回スープ失敗して、私たちで片しちゃったからもうお腹いっぱいなだけだし」

 

「ごはん粗末にしたらあかんもんなあ」

 

 シホルもちょっとしょんぼりしながら頷いている。

 

「ちなみにこれは、卵を溶いて混ぜて焼いて切っただけだから、そんな変なもんじゃないよ?ユメちゃんもシホルちゃんも納得した味だし。ちょっと・・・焦げたけど」

 

 一つつまんでアイラが口に運んで見せたので、ハルヒロも恐る恐る一つ口に運んでみる。

 やわらかくて、あまくて、妙な感じがした。少し焦げたところは苦いが、食べられないほどじゃない

 

「なんだろ?しょっぱいのと合わせて食べたいような」

 

 思わずもう一つ食べていると、マナトとモグゾーもおそるおそる口に運び、なんか納得したような不思議そうな顔をしている。

 

「それなあ、なあんか、ユメ好きな感じなんよ、でも甘いけど、おやつとはちょおっと違うやんなあ。ふしぎやなあ」

 

「・・・・・なんか、あたしも、それは好きな感じがして」

 

 二人とも顔を見合わせて同意してるところを見ると、これが完成形らしい。

 なんとなく、物足りないような気もするけど、なんだろう。

 

「どれ、オレ様が評価してやろう」

 

 無駄に偉そうにランタが手づかみして口に運び、咀嚼してもう一つ手にとって口に入れた。もうひとつ。さらにひとつ。

 

「って、全部食べる気かよ!」

 

 思わず怒鳴って皿を確保すると、ランタの手が宙をかすめた。

 

「お前らが食わないのがわりーんだろ。ほら、よこせよハルピロ」

 

「い・や・だ」

 

 とりあえず皿を安全そうなユメのそばに置いて一個食べると、ランタも渋々一つとって、腰を下ろした。

 一時休戦だ。

 ユメが一個食べて、シホルにうれしそうに笑いかけててなんだか和む。

 

「おー努力した甲斐あったね。大好評じゃん。で、料理のモグゾー的にはこれって、どうおもう?」

 

 珍しく難しい顔をしてたモグゾーにアイラが話を振ると、モグゾーはちょっと首を傾げた。

 

「おいしいと思うよ?甘くて優しい味だね」

 

「うん。美味いよね。はじめて食べる感じだけどいいんじゃないかな」

 

 モグゾーとマナトに褒められて、シホルが顔を赤くして俯きユメがふにゃりと笑った。

 アイラはそっかーと頷きかけ、首をひねる。

  

「なんか私はしょっぱい方がいい気がするんだけど、なんか勘違いしてんのかな。しょっぱい卵料理ってゆで卵くらいしか思いつかないんだけど」

 

 考え込み始めたアイラをみて、モグゾーも手を止めて考え始める。

 

「卵料理っていうと、スクランブルエッグとかおいしいとおもうけど、たぶん違うよね。あとは、えっと」

 

 二人して悩み始めるのをよそに、再びランタが玉子焼きを狙い始めたのでハルヒロも何となく競う感じで口に運ばざるを得ない。

 そうされるとユメもシホルも参戦し、なんとなく玉子焼き争奪戦と化している中、微妙にだまのあったスープをかき混ぜながら食べていたマナトがふと顔を上げた。

 

「もしかして出汁巻き玉子?」

 

「ああ、そっか出汁巻き」

 

 マナトの言葉にモグゾーが妙にすっきりした顔で頷き、アイラが上を向き、だし、と呟く。

 

「ダシノモト、ってなんだっけ?めっちゃ気になるけど思い出せない~焦げない鍋と何か関係が?」

 

 匙を握りしめ、苦悩するアイラ。

 

「ダシノモトはわからないけど、出汁の材料はキノコとか海草を干したものだから、ソルゾとかでも使ってるし、手に入ると思う。今度、試してみるよ」

 

 自信ありげに頷くモグゾーにマナトが微笑み頷き返す。

 

「ありがとうモグゾー、俺も楽しみにしてるよ」

 

「モグゾーせんせい、私も作り方覚えたいな。明日から、もうちょっと詳しく料理教えて?」

 

「先生って」

 

 照れるモグゾーに面白がってせんせいを連呼するアイラと穏やかに見守るマナト。

 そうやって三人は、極至近距離で行われている玉子焼き争奪戦の方を必死で見ないようにしていた。

 

 ***

 

「ごはん、楽しかったけど今日はのんびりになったなあ」

 

 ハルヒロが皿を洗っていると、水を運んできたユメがちらりと外を見た。

 ふだんなら、もうとっくに町を出ているころだから、いまから準備してもダムローにつくのはお昼前。

 けっこうな遅刻だ。

 

 昨日は夜まで騒いでいたから、仕方ないというか。

 なんとなく、昨日ナイフで刺された場所に触れてみる。

 痛みはない。

 血は、怪我してるときは結構出てた気がするけど、あとになると大した量でもなかった気がしてくるのが不思議だ。 

 

「ハルヒロ、まだどっか痛む?」

 

 皿を片していたマナトが気遣わしげな表情で尋ねてきたので、慌てて首を振る。

 

「いや、おれは大丈夫。そっちは?ていうか、今日、どうする?」

 

 隣で布巾を握っていたシホルが少し青ざめて、マナトを仰ぎ見た。

 なんとなく、その場にいた全員が沈黙する。

 

 どうする、の意味はまあ、大体伝わってる。

 

「ねぇ、こっち終わったけど、そっちまだなんかある?」

 

 ひょいと顔をのぞかせてきたのは、アイラだ。

 改めてみれば、顔色はまだあんまりよくない気がする。

 

「アイラ、体の具合はどう?」

 

 マナトが尋ねると、アイラは腕組して首を傾げた。

 

「フツー。大丈夫。ダムロー行くなら、ちゃっちゃと用意しないと往復で日が暮れるよ?今日休みでもいいけど、もうちょっとでお金たまるし、行っておきたいよね」

 

 そういって、いつものように笑ってみせる。

 みんなで次のスキルを覚えたら団章用のお金を貯めはじめよう、という事になってる。

 たしかに、新しいスキルを覚えれば戦いももう少し楽になる気がする。

 マナトは黙って何か考え、同じように片づけを終えてこっちの様子を伺いに来たモグゾーをじっと見つめて言った。

 

「今日は、六人で行こう」

 

「・・・・・・えっ」 

 

 と息をのんでとっさにユメの後ろに隠れたシホルが呟いたことで、マナトが何を言ったのかやっとわかった。

 

「今までだって、相手さえ選べば十分6人でやってこれたんだ。モグゾーやユメが手を出さずに終わったことだって、何度もあっただろう?」

 

 マナトが爽やかに言ってのけたので、一瞬飛び跳ねた心臓が落ち着く。

 

「ああ、確かに。2匹くらいなら割と、大丈夫かも。アイラはせめて今日は様子見た方がいいよ」

 

「たしかになあ、アイちゃんは休んだほうがいいもんなあ」

 

 ユメとハルヒロが頷くと、後ろのシホルはマナトの顔を見てから一瞬考え激しく頷いた。

 

「あたしも・・・休んだ方がいいと思う」

 

 ほぼ全員の反対を受けてアイラが一歩後ずさり、背後に顔を向けた。

 

「ランタ―ランター」

 

 ちょいちょいと手招きすると、ランタがめんどくさそうな顔をしつつ素直に駆け寄ってきた。

 完全に調教されている。さすが土下座騎士だ。

 ていうか暗黒騎士としてどうなんだそれ。

 

「なんだようっせーな」

 

「まぁまぁ、こっちに来たまえよ。ランタ君」

 

 アイラはやってきたランタの肩を引き、天パの上に顎を乗っけて、ランタの首に腕を交差させた。

 このポーズはシホル相手によくやっているから、その代理のつもりなんだろう。

 というか鎧を着てるときにもしてたからあんまり気にしてなかったのかもしれないけど・・・。

 いいのか、シホルじゃなくて、その下ネタ大王相手にそんなことやってと思ったけど、とりあえず口には出さない。

 

「聞いてよ。この腹黒どもが私をのけ者にしようとするんだ。ひどくね?いってやってよ、無意味に場を掻き回してよ」

 

 のしかかられたランタは無言だ。

 人間、本当にびっくりすると表情がああいう顔になるんだなとハルヒロは思った。

 隣にいるモグゾーは多分、気が付いてないんだろう。

 

「ランタくーん、ランタ―?」

 

 上から抱き着いたまま揺すられるランタの表情にユメとシホルが気持ち悪そうな顔になった。

 

「ええい、使えない天パめ。こやつなど四天王の中でも一番の天パにすぎん。モグゾーゴー!前衛の意地見せてやれー」

 

 拘束を解かれてそのまま床に膝をつくランタを無視し、意味不明な騒ぎ方をするアイラと、いきなり振られて困惑するモグゾー。

 口元を押さえていたマナトがちらっとハルヒロを見た。

 笑いをこらえてるみたいだ。

 おれも、困るんだけど。

 と目線を返し、ハルヒロはちょっと考えてモグゾーをみた。

 

「モグゾー的には、今日アイラが休むのって反対だったりする?」

 

「えっ」

 

 モグゾーが目を瞬き、アイラとマナトとハルヒロを見て、最後にうずくまったままのランタを見た。

 しばらく沈黙した後で、モグゾーがおずおずと口を開く。

 

「ぼくは、休んだ方がいいと思う。いないと、不安だけど・・・・・・大きな怪我をしたから」

 

 モグゾーの真摯な言葉にアイラが苦いものを食べたように顔をゆがめる。

 

「そんなこといっても、さ」

 

 モグゾーの腕をつかんで、物言いたげな顔をしたまま見つめ、モグゾーが揺るがないのを見て悄然として項垂れた。

 短い髪が流れて細くて白い首筋が視界に入り、見てはいけないものを見てしまったような気がして目をそらす。

 反らした先にうずくまったままのランタが目に入り、妙に疲れる。

 お前、何しに来たんだ。

 まぁここでランタが加わるとさらにやかましく騒ぎそうな気もするから、いいかとハルヒロは思う。

 アイラは大きくため息をついた後、モグゾーを握っていた手をしぶしぶ放した。

 

「じゃあ、決まりだね。今日は君は留守番」

 

 アイラは顔を上げて、マナトと険しい表情で見つめあい、ハルヒロと目が合うといつものように笑った。

 

「わかった。みんな気をつけて。いってらっしゃい」 

 

 




料理を作ることで元気アピール+普段と違うことをしてみんなの気分を盛り上げよう作戦

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