灰と幻想のグリムガル 聖騎士、追加しました 作:2222
「何度か近く来たけど、入るのは初めてだな」
「結構人多いいね」
「うん」
はじめてここへ来たのは、義勇兵見習いになった直後だった。
北区の花園通りにあるシェリーの酒場。
まだ右も左もわからないままだけど、ギルドへ入ってスキルを覚えて、ゴブリンを倒して、少しは義勇兵らしくなってきただろうか。
出入りする義勇兵っぽい客たちに訝しげな視線を向けられつつ、男三人、店の前で思わず躊躇う。
お金とか、なんかいろいろ。
「ま、まあマナトはたぶんいるしな」
緊張してるっぽいランタが、入口から視線を放さずに言ったのでハルヒロも頷いた。
「アイラも来たことある感じだったし」
「そういえば、二日酔いになってたこと、あったよね」
「ああ、そうかも。ああ、そうか」
ランタ急に安心したようにが、はーんと言ってずかずかと歩き酒場の中へ入るのを慌てて追いかける。
シェリーの酒場は、思っていたよりもだいぶ大きく、ランプが多く吊るされてることもあって薄明るい。
二階建てで、半分くらい吹き抜けになっており、客席も多い。
「探すの、結構大変かも」
見る限り客席の半分以上埋まっているのを見ると、ざっと百人以上いる。
賑やかだし、大声とか歌ってたりとか喧嘩っぽい声とか、給仕女たちの声とかも凄い。
「お、あそこ空いてるぜ」
なんとか一階の隅に席を見つけ、ランタが勝手にビールを三人分注文した。
微妙な表情を浮かべるハルヒロとモグゾー。
「酒場で酒頼んで何が悪いんだよ」
「ビールじゃなくても、別のものとかもあるだろ。一応おれ達マナト探しに来てるんだし」
「あ、ほら、ランタ君、レモネードとかあるよ」
「はーん、女どもが好きそうなのとかもあるんだな」
モグゾーの差し出したメニューを見て、ランタが斜めに頷いた。
「だが男ならとりあえずビールだろ!」
ハルヒロは次はレモネードにしようと思いながら、落ち着きのないランタをしばらく放置することにした。
ビールが運ばれてきて代金を払い、とりあえず乾杯。
苦いけど、うまいような気がする。
マナト達もビール飲んだんだろうか。
帰ったら聞いてみようと思いながら、周囲の様子をうかがいながらちびちびのんでいるとなんか聞き覚えのある声がした。
三人が思わず一斉に振り返ると、声の主のチャラい感じの男が手を振ってきた。
「あ、キッカワ」
「お!おお!久しぶりのおまえらじゃん!名前忘れたけど、元気してたー?青春してっかよ!」
こっちの服を身に着け、チャラそうな雰囲気はそのままやってくると、満面の笑みのままハイタッチを求めてきたので思わず返すとそのまま躊躇いなくハルヒロとモグゾーの間に座り給仕女にビールを注文している。
運ばれてきたビールで乾杯を求めてきたので一緒にもう一度乾杯したら一気にあおり、ぷはーと息を吐くと生き返る―と叫ぶ。
けっこう、うるさい。
「んで、どうしたの、お前ら。マナトっちとこないだ会ったけど、パーティ組んだんだって?今日は居ないわけ?」
「あ、そう。おれたちマナトを探しに来たんだけど」
「え、なに、ま、まさか駆け落ちしちゃった系!?マナトっちできる男って雰囲気だったけど、まさか!そんなメロメロ展開かー人間見た目によらないっていうか」
「そんなわけないだろ」
ハルヒロは思わずキッカワの後頭部を勢いよくたたく。
ぐほぉとか叫ばれたが、これっぽちの後悔もわかなかった。
「うるせーのがマナトひとりに情報収集させんな探しに行けってうっせーから来ただけだっつーの。ったく。まぁ、そろそろ酒場とか行こうと思ってたからちょうどよかったけどな」
ランタの言葉にキッカワはふんふんふんと激しく頷き、なるほどねぇと言った。
「それより、キッカワは元気そうだけど、どうしてたの?パーティとかクラスとか」
「俺ちゃん?俺ちゃんはあの後すぐトキムネって人のティーパー入って、戦士になって、さっき新しいスキル覚えてギルドから出てきたとこ」
「そうなんだ」
モグゾーが軽く目を見張り、キッカワの剣に目を向けた。柄頭に飾りがあって、モグゾーのよりも高そうだ。
「今日は来てないんだけどね、いぃーやつなんだこれが、ちょっとおバカだけど、今度紹介するよ」
「うん」
このキッカワにそう表現される人がどういうひとなのか割と興味があったけど、今日はマナトだ。
「そんで、今日はマナトには会ってないの?」
「う~ん、前に隣に女の子連れてるのは見たけど、その時はすれ違っちゃったからわっかんないなぁ~」
思わず三人固まって目配せし合った。
「それ、ど、どういう感じ?女の子って、義勇兵じゃなくて?いつ?」
「いんやぁ~、俺ちゃんもよく見てなかったからなァ~二三日前だけど、キリッキュッキュッキュッってかんじで、けっこうかわいかったかも?」
「・・・・・・」
ランタは口をあけて動かないし、モグゾーは無言で天井を見つめている。
ハルヒロは動揺を抑えたままビールを飲み切って、お代わりに今度こそレモネードを頼んだ。
はじめてのビールのせいかふわっとした頭では想像つかない。
無言になった三人に、キッカワがにやっと笑って身を乗り出した。
「ところでさぁ、悪いけど、おまえらの名前、なんだっけ?考えてみたけど、どぉしても思い出せないんだよねぇ~ゴメンね。教えてクレッシェンド?」
***
そのあとしばらくの間、ダムローに通うようになった事やギルドの話なんかをして、キッカワと別れた。
別れた後に、相談して交代で店内を見回ってみたがマナトらしい姿は見つからなかった。
「いなかったな―マナト。どこ行ったんだろう」
「他の店とか、行った方が良かったのかな」
「もしかして、どっかにオンナとシケこんでんじゃねーのか。クソ一人だけ抜け駆けしやがって!羨ましいぞ畜生!」
勝手に想像して勝手に嫉妬して勝手に切れているランタに呆れてため息をつき、けっこうしっかりした足取りで歩いているモグゾーを見ると、ちょっと困ったように笑い返された。
「い、いろいろな人に話を聞いてたみたいだから、キッカワくんの見間違えかも」
「だよなあ、なんか、想像つかないっていうか。いや、ないわけじゃないと思うけど、ダムローの事とかもたぶんああやって聞いたんだよな。凄いよなあ、マナトは」
モグゾーと頷きながら歩いてると、ランタがあーと叫んで走り出した。
思わず追いかけると、叫び声に驚いて何人かがこっちを振り返ってきて、かなり恥ずかしい。
なかには、結構綺麗な女の人とかいる。あの白いマントはたぶん、オリオンの人だ。
ヤバイって、
ランタは人込みをぶつかりまくりながら走り抜け、見覚えのある背中にタックルした。
「マナトォォ!」
完全に油断してたからだがよろめいて、何とか転ばずふりがえった顔。
「おい隣の・・・、なんだ男か」
マナトと話してた歯が白くて爽やかなイケメンが爆笑して別れを告げ、手を振って人ごみに紛れてく。
「三人ともどうしてここに」
びっくりした顔のマナトに、シェリーの酒場に行って探してたんだよと話すとマナトはきょとんとした後で笑った。
「今日は、別の店に行ってたんだ。・・・・・・けど今のランタの勢いはすごかったな」
何かツボに入ったのか、笑い続けるマナトを道の端に引っ張っていき、気が済むまで笑わせた後で近くの屋台でソルゾという麺料理を食べた。
しょっぱくて、あぶらっこくて、結構美味かった。
マナトにみんなとラーメン食べさせたかった。反省はあるが後悔はしていない。