灰と幻想のグリムガル 聖騎士、追加しました 作:2222
1話 くらやみの中にいる
――目覚めよ――
そんな声でアタシは目を覚ます。
目を開いても、見えるのは真っ暗な闇、瞬きして左右を見渡すと、高い位置に明かりが点々とあるのに気がつき、よく見ようと眼を擦ろうとして何か手に当たった。
眼鏡だ。
眼鏡したまま寝たんだろうか?
「もしかして、誰かいる・・・?」
急に聞こえた男の子っぽい声にぎくりとして、思わず動きを止める。
「ああ、うん」
また別の声。誰かの問いかけに、誰かが応える。
子供っぽい声、大人っぽい声。男の子、女の子。一斉に声が増えていく。
ガタガタ震える体をぎゅっと抑えて、人の息遣いが聞こえない方へ寄って小さく固まりじっと待つ。
どうやら、みんな立ち上がって歩き出すようだ。
困惑と混乱が混ざった喧騒が少し離れてから、アタシはそっと体を起こした。
どこだ、ここ。
改めて周囲を見渡しても真っ暗で、床が固いという事しかわからない。
明かりは、蝋燭だろうか。
みんないなくなってしまった。
出ないと、ヤバイのかな。
集団行動とか、したくないんですけど・・・近くにいた人とか、なんか、苦手な感じだったし。
ヤだな、怖い。動きたくない。喋りたくない。一人でいたい。
一人なら、何かしなきゃいけない理由もないし。
ひとりがいい。
て、言うか、アタシ、名前・・・・・・うん。
名前は覚えてる。
身長、体重も覚えている。
なんで、ひとりがいいのかは、思い出せない。
どうしてここにいるのかは、わからない。
無理に思い出そうとすると、酸素が足らないみたいにぐらぐらする。
水でも飲めば落ち着いて思い出せるだろうか。
もうすっかり人はいなくなった。
遠のく足音だけがまだ少しだけ聞こえる。
誰かが行こうとした暗い方、あっちは行ったらだめなのかな
でもなんか、あの集団の中には、小さい子、とかもいた、よね?ヤバくね?
そんなの、だめでしょ。
だって、小さいから・・・・・ちいさいから、なんだっけ、思い出せない、のに、胸が苦しい。
苦しくて、このまま蹲っていることもできなくて、何とか立ち上がる。
なんとか勇気をかき集めて、眼鏡をしていることを確認してからこっそりついていく。
真っ暗闇な中、ちらちらとろうそくの明かりで影ばっかりだから、誰もアタシに気が付かない。
誰も、後ろを振り返らずに進んでいく。
洞窟みたいなのをぬけて、上げられたままの鉄格子をくぐると世界史の教科書に出てきそうな鎧姿の男が目を窄めて顎をしゃくった。
「出ろ」
がくがくと頷いてうすぼんやり光る、外へ。
出てすぐのところに結構人数がいることに気がついて、思わず壁沿いに走って角を曲がってそっとしゃがみ込む。
何かしゃべっていると思ったら、一斉に彼らがこっちを・・・いや、出てきたところに視線が集中している。
どうやら、誰にも気がつかれずに済んだみたいだ。
息を殺して蹲り耳を澄ます。
「おいおいそれはないでしょ」
という声が聞こえ、何か動揺した会話が聞こえた。
どうやら出てきた扉が閉まったらしい。
どうしようかと思って、そのまましゃがみ込んでいると、今度は甲高い女の子っぽい声が響き渡った。
覗き込みたい気持ちを押さえて壁にぺったりと体をくっつけたまま、石になったようにじっとする。
悪い事や怖いことが早く過ぎてくれるように。
聞こえてくる声は、作り物っていうか、舞台とか、そういう脚本に合わせて観客に聴かせるみたいだとおもいながらそのまま隠れていると、その人がみんなを引き連れてどんどん歩いて行ってしまった。
置いていかれる。
慎重に物陰から顔を出して、誰もこっちを見ていないことを確認してから12にん、いや、なんか横から出てきた人が先頭に立って案内を始めたから13人、そのあとをこっそりついていく。
何を話しているのかは聞こえないけど、なんだか、賑やかになってきた。
誰もこっちを振り返らない。
けどいつか誰かが気がつくだろう。
怒られたら、謝るか、それとも逃げようか。
ふと白み始めている空を見上げると、赤い・・・月?
うん。月が見える。なんだか恐ろしいような気持がした。
きっとこの気持ちは、美しいものを見た時の気持ちに近い。
ぼんやり見とれてたら案の定、何かにつまずいて頭からすっころんだ。
固いものに当たり、めちゃくちゃ痛い。
自分のドジさが嫌になる。
しょっぱなから、なんか、泣きそう。
すぐ泣きたくなるところも嫌いだ。
・・・も、ってなんだろ。ちょっとした違和感。
とりあえず棚上げして、なんとか痛みを堪えて、固いものの正体を確認する。
石、なんか書いてあるけどまだ暗くてよく見えない。
少しの文字と、絵。
ああ、月が彫ってある。
ほとんど剥げているけど、わずかに残った塗料は赤い。
周囲を見渡せば、明けつつある丘に無数に同じような石が等間隔に立ち並んでいることに気が付いて、ぞわぞわと鳥肌が立った。
この風景は、知ってる。
みたのは、ここじゃない、どこかだけど。
たくさんの、お墓。
崩れそうな古びたものや、まだ新しいもの。
点在する石には、花が添えられているものもある。
古すぎて、角がかけたものも苔の生えたものもある。
なだらかな丘を時々つまずきながら、アタシは町の中へ消えつつある人の群れを追いかけた。
一体アタシは何がこんなに怖くてたまらないんだろう。
走りながら、誰かの名前を呼びかけて、その名前も姿も、何も思い出せないことも、忘れてしまった。
アタシが守ってあげなきゃいけないのに