セカンド スタート   作:ぽぽぽ

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没ネタ4~6

 

 没ネタその4

『明日菜と千雨とお勉強』

 

 

 ○

 

 

「……ぬふぅ」

 

 神楽坂が私の部屋の机の上で項垂れた。周りには教科書や消しカスやらが散らばっていて、その真ん中に神楽坂の頭が乗っかっている。珍しいオレンジ色の髪も、机一杯に広がった。

 

「おい、なに私の部屋まできてだらけてんだよ」

 

「だって自分の部屋じゃ集中できないし……。千雨ちゃんの部屋ならって」

 

「だからなんで私の部屋だよ」

 

 何を思ったのか、神楽坂は最近勉強しようとしているらしい。しかし、案の定と言うべきか、集中力は長続きしていない。

 

「七海は大学にいっちゃったんだもん」

 

「またか。……あいつもよくやるよ」

 

 世界樹や昆虫のことをまだ調べているのだろうか。初めてここの異常に気付いたのは小学生の時だが、まさかあいつが中学生の間に大学に行ってまで研究をするとは、流石に思っていなかった。

 多分、ほんとに研究するのが好きなんだろうな、とこの場にいない友達のことを思って、私は苦笑した。

 

「……ねぇ、勉強ってなんのためにするの? 」

 

 神楽坂が顔だけあげて、力なく呟く。

 

「神楽坂ぁ……。それは勉強が出来ない奴が言う常套句だぞ……」

 

「じゃ、じゃあ千雨ちゃんはどう思ってんのよ!」

 

「んなもん。最低限出来てれば教師は悪い顔しないし、いい大学いければ就職も便利だからだろ」

 

「……私別に今そんなの気にしてないし」

 

 神楽坂は私の答えに納得出来なかったのか、また顔を埋めるようにした。

 

「つまんないよ千雨ちゃーん」

 

「知るかよ。なら勉強好きそうな奴に聞け」

 

 大体、勉強の意味を知りたいならつべこべ言わずそれなりに勉強してから考えろ。

 

「それだ! 」

 

「は? 」

 

 どうかしてしまったのか、神楽坂は急に顔を上げて私のことを指差した。

 

「勉強が好きそうな人に聞いて、なんか分かればモチベーションあがるかも! 」

 

「……はぁ。ただ休む口実欲しいだけだろそれ」

 

「そんなことない! ほら!いくよ千雨ちゃん! 」

 

「っておい! 私もいくのかよ! おい引っ張るな! 」

 

 突然元気よく立ち上がって、神楽坂は無理矢理私の手を掴んだ。私の主張などまったく聞かぬ彼女に手を掴まれながら、外へと連れてかれてしまった。

 

 

 ○

 

 

「勉強? 好きだヨ」

 

 わざわざ超包子まできて、私らは超に質問した。珍しくお客も少なく、話がしたいと言ったら肉マン一つずつ買うことで手をうってくれた。旨いからいいのだが。

 

「何でって、どんな知識でもいつか役立つことを知ってるからネ」

 

「超包子」と堂々と書かれたエプロンをつけながら、超はにんまりと笑って言った。

 

「……ほんとに? 私、三角形の面積を求めることが必要になったことないわよ? 」

 

 流石に三角形の面積は小学生レベルなので何とも言えなかったが、神楽坂が言うことも分からなくはなかった。

 私も、勉強したことが生活で役立ったと実感したときはほとんどない。

 

「知識は持っていて損はないヨ。使い方次第では、ちゃんと自分に返ってくるネ」

 

「……例えば? 」

 

「数学理科はモノ作りに必須で、国社英はコミュニケーションに必須ネ。お偉い外国の役人と話すのに、その国の知識や歴史を知らねば話にならないし、それなりに文を学んでいなければ面白いお手紙も書けないヨ。英語は言わずもがなネ」

 

「私はそんな経験することないわよ……」

 

「安心しろ神楽坂。普通ない」

 

 というか、こいつはあるっていうのか。

 探るように超を見るが、相変わらず飄々としていて掴めない。冗談かどうか微妙だった。

 私の視線に気付いたのか、何かな千雨さん、と逆に訪ねられたので、何でもないと答えておく。

 

「手っ取り早く頭が良くなりたいならとっておきの話があるネ」

 

「え!? 何々!? 」

 

「ふふふ。この! 思考力強制マシーンを使えば! どんな馬鹿でもたちまち東大入りヨ! 惜しむらくは勉強が好きになりすぎて鉛筆を一生涯手放せなくなるというデメリットがあるが! 今なら肉マン5つで―――っ! 」

 

「よし神楽坂。次の人いくぞ」

 

 

 ○

 

 

 

 葉加瀬は、頭を寝癖でボサボサにしながらも訪れた私達を部屋の中に入れてくれた。それから葉加瀬がぱぱっとシャワーを浴びて身なりを整えたところでやっと話が出来た。身なりをと言っても、白衣だが。

 

「すみません。昨日夜遅くまで起きてたもので」

 

「いや私らこそ悪かったな。別に大したようじゃないし」

 

「ちょうど起きたい時間だったので寧ろ助かりましたよ。それで、勉強の話でしたっけ」

 

「そうそう! ハカセちゃん勉強って好き!? 」

 

「嫌いと思ったことはないですけど」

 

「なんで!? あんなに苦痛なのに!? 」

 

 大袈裟に身を乗り出す神楽坂を前にしながら、葉加瀬は顎に指を乗せて考える仕草をした。

 

「何でって……。出来るから? 」

 

「おい」

 

 元も子もない意見に私が突っ込むと、葉加瀬は控えめに笑った。

 

「冗談はおいといて、自分の好きなことに役立てれるからですね。知らなきゃ分からないことは沢山ありますから」

 

「好きなことに役立つ……」

 

「ほら。私工学が好きでしょう? そうなると、理系は勿論必要ですし。国語やら社会はそうでもないですけど」

 

 葉加瀬はフラスコで沸かしたコーヒーをコップに移してから飲んだ。

 神楽坂はうーんと頭を悩ましている。

 

「なんかさ、私らとレベルが違いすぎて参考になってねぇじゃねーか」

 

「ま、まだ分かんないでしょ! 次ィ! 」

 

 

 ○

 

 

「あー。いいんちょ、ほんとにムカつく」

 

「お前も煽ってたから同罪だ」

 

 その後委員長にも話を聞きにいったが、教養として当然と言った委員長の態度に、上から目線だと神楽坂が文句をつけ、それに委員長が文句を言って、結局いつも通り喧嘩をしただけで終わった。

 

 妙な疲れを感じた私達は、とりあえず部屋に帰ろうと向かっている。

 その時、後ろから聞き覚えのある声がした。

 

「何をしてるんだ二人は」

 

 制服姿の明智が、私達を見て首を傾げていた。

 

「あ、七海! ねぇ七海って勉強についてどう思う!? 」

 

 神楽坂が明智に食い付くように質問をぶつけると、明智は平然と答えた。

 

「勉強? 好きだが」

 

 何で何で、と神楽坂が迫り、明智は腕を組む。

 

「ふむ……」

 

 いつも私達に何かを教える時にする、優しい目になった。

 

「君達が今簡単に学べる知識には、物凄い想いが詰まっている」

 

「……想い? 」

 

 そうだ、と明智は頷く。

 

「あるものは多大な費用を使い、あるものは長い年月をかけ、あるものは文字通り命をかけて研究した。そして、そんな先人達のおかげで、その成果は世間の当たり前になった」

 

 それが今私達の教科書に載っているんだ、と続けて明智は目を伏せる。

 

「先人が一生かけたことを、私達は一瞬で学べるんだ。それも、沢山のいろんな分野の先人からな。こんなに贅沢なことはないだろう? 」

 

「……」

 

 私と神楽坂は、二人で目を合わせた。

 

「……どうした? 」

 

「よく分かんないけど、七海って感じよね」

 

「まぁ、明智っぽい答えだな」

 

「なんだそれは」

 

 明智は呆れるように笑った。

 

 ○

 

 明智はとりあえず自分の部屋に向かうと、私達から離れていった。

 私は横を歩く神楽坂に、聞いてみる。

 

「それで、やる気は沸いたのかよ」

 

「……少し! 」

 

 一瞬悩んでから、神楽坂は何故か自信ありげに胸を張って答えた。

 

「少しかよ」

 

 まぁ、十分か。

 

 

 

 

 

 ○

 

 

 没ネタその5

『学祭の出し物』

 

 

 ○

 

 

「……やっぱさ、喫茶店とかが無難なんじゃない? さっきみたいなメイド喫茶じゃなくても」

 

「悪くはないですがインパクトには欠けますわね。喫茶店はどこのクラスも考えそうですから」

 

「メイド喫茶が良いという訳ではないが、喫茶店にするなら何か他のクラスと差別化する要素が欲しいな」

 

 私の発言を聞いて、うーん、とあやかと明日菜が頭を悩ます。周りを見渡すと、他の生徒も自分達と同じようにそれぞれの机を合わせて一つの大きな机を作っていた。顔を見合せながらあーでもないこーでもないと議論する声が教室中に響いている。ネギ先生は一つ一つのグループを見回りながら、意見を聞き、ちょいちょいと口を出していた。

 

 

 私達は今、学園祭の出し物を決めようとしている。

 

 ついさっきまではハルナや朝倉が勝手にメイド喫茶を実行しようとしていたが、様々な衣装はもはやメイドというよりはコスプレのようなものであり、その経営システムはキャバクラに近かったため、ネギ先生から却下の声が出た。当然である。

 その後もクラス全員で話し合ったが一向に意見が纏まらないために、一度いくつかのグループに分かれて意見を絞り、その中から採用するものを探すこととなった。

 ネギ先生は、この学園祭に向けていつもよりずっと張り切っているように見えた。明日菜に理由を尋ねて見ると、どうやら彼の姉が学園祭を見に来るらしく、そのためにも一生懸命であるらしい。

 

 

「ちょっと! エヴァンジェリンさんも少しは考えたらどうですの!? 」

 

「……ん?……ああ」

 

 あやかの声により、私と向かい合うように座っているエヴァンジェリンが眠そうな顔を起こした。朱色に染まった右頬が、机に肘をつけ掌の上に頬を乗せていたことをはっきりと示していた。吸血鬼は昼に弱いんだ、と話していたことを私は思い出す。

 彼女はとろんとした目を私達に向けて、一息ついた。

 

「……まぁ、さっきの七海の衣装は悪くなかったな」

 

「そんな話はしていないが」

 

 エヴァンジェリンは未だに寝惚けているようだ。

 

 先程、私も無理矢理衣装を着せられていた。それは執事服であったためメイド服よりは断然抵抗はなかったが、コスプレ染みた衣装はやはり恥ずかしい。それに、あんなキャバクラのような店だと知っていたら着るつもりもなかった。

 

「ああ、あの執事の格好か。執事服を選ぶとは早乙女にしちゃいいセンスだったな。あのジャケットは微妙だったが」

 

「……ほう。やはり見る目があるな、長谷川 千雨」

 

「そりゃどーも」

 

「先程の明智さんの姿はしっかりと映像に残してあります」

 

「よし、後で改良点を探すか」

 

「脱線しすぎだ」

 

 完全に関係ない話であるし、改良点などを探すのもやめてほしい。もうあんな服を着るつもりはない。

 あやかが、ばん、と机を叩いた。

 

「その話は後でいいでしょう! それよりも学園祭の話ですわ! 」

 

 後でも良くないがな、と私は呟いておく。

 エヴァンジェリンは面倒だ、と言いたげな顔をした。

 

「出し物なんて何でもいいだろう。学生らしく、劇でもやっとけばいい」

 

 出るつもりはないがな、と彼女は続けて言う。

 

「……劇か。選択肢には入るな」

 

 このクラスは器用な人が多いので小道具や衣装には困らないだろうし、前に出るのを好む人も多いので面白い物が出来る気もする。

 

「ですが劇となると舞台の用意などの他に練習時間が多く取られますわね。このクラスは部活動やサークル活動でも忙しい人が多いので纏まった練習時間を取るのが難しいかもしれません」

 

「ならさ! ショーみたいなのにすれば! 個人で出来る奴特技とかを時間に分けて発表したりして! 」

 

「それだとクラスの出し物としてやる意味なくねーか? 」

 

「……前年、前々年のデータから、クラスの出し物は大別すると4つほどに分けられます。飲食店、劇、アミューズメント施設、展覧会です」

 

 うーむと再び悩む私達に、茶々丸が有益な情報をくれた。

 

 成る程、展覧会か。

 私は、思いきって立ち上がり、自分が思い付いた意見を口に出してみる。

 

「昆虫館なんてどうだ? 皆でそれぞれ虫を捕まえて、標本にして……」

 

 

「却下!! 」

 

 

「……だよな」

 

 皆から口を揃えて否定された私は、大人しく席に座り直した。

 

 

 

 

 

 ○

 

 

 

 没ネタその6

『インキュベーター?』

 

 

 

 ○

 

 

「ねぇねぇ! 今からここの喫茶店いかない!? 」

 

 小難しい授業が終わった放課後。皆は解放感に満ち溢れていて、いきいきとした顔をしている。私も同様で、ベルが鳴り終わると同時に机の中にあったチラシを勢いよく引っ張り出して、木乃香の前に突き出していた。

 木乃香は、明日菜はほんま元気やなぁ、と呟きながらチラシを受け取って、じっと眺めた。

 

「これ、あそこの喫茶店のチラシやんか。これどしたん? 」

 

「今日さ、学校来るとき、私途中で忘れ物に気付いて戻ったっしょ? そんとき、喫茶店のマスターに会って、くれたの。ほら、ここ」

 

 私はチラシの右下にある、点線で切り取れるようになっている部分を強調するように指差した。

 

「『本日発売新ケーキ30%OFF』かぁ。……ええやん! うちもいきたいわぁ 」

 

「でしょでしょ! 」

 

 同意をしてもらったことに嬉しさを覚えて、気付けば私は鼻息を荒くしていた。

 

「他にも誰か誘ってええ? せっちゃんとかにも声掛けたいわー」

 

「いいよいいよ! 皆でいこ! 七海とか暇かな」

 

 ぐるりと首を回してクラスを見渡してみる。部活の準備で忙しそうにしている人から、放課後のお喋りを楽しんでいる人が目に入ったけれど、七海の姿はない。

 

「あれー。今日も大学かな。それとももう帰っちゃった? 」

 

 放課後しょっちゅう大学へと顔を出している七海だからいないこと自体は珍しくないのだけれど、こんなに早く教室を出ているとは。

 

 残念がって私が肩を落としている間に、刹那さんが木乃香に連れて来られていた。事情を聞かされる前に手を引っ張られて混乱している刹那さんに、私はチラシを差し出した。

 

「なるほど、あそこの喫茶店のクーポンですね」

 

「せっちゃん! 一緒に行くやろ? 」

 

「……はい、今日はちょうど部活もないので、一緒に行きましょう」

 

「やたっ」

 

 刹那さんが来ると聞いて、木乃香が可愛くガッツをした。それを見た刹那さんは微笑んでいて、本当に良い組み合わせだな、と思った。

 

「七海も誘おうと思ったけど、もう行っちゃったみたい」

 

「明智さん、ですか? 確か今日は部屋にいると言っていましたが」

 

「部屋に? 大学じゃなくて? 」

 

「休み時間にたまたま話したんですが、今日は何か用事あるそうです。 確か、インキュベーターとやらが来るやらなんやらと、嬉しそうに言っていました」

 

「……はい? インキュベーター? 」

 

 全く聞き覚えのない言葉だ。首を傾げた私を見て、刹那さんは、私もよく分かりませんけど、と言った。

 

「ま、よく分かんないけど、七海は来れないってことね。それじゃ、三人で……」

 

「ちょっと待て 」

 

 突然、ガシリと肩を掴まれた。振り返れば、そこには千雨ちゃんがなんだか怖い表情で立っている。

 

「ち、千雨ちゃん? 千雨ちゃんも一緒にケーキ食べに行く? 」

 

「ちげーよ。その話じゃない。明智の話だ」

 

「……七海がどしたん? 」

 

 千雨ちゃんの雰囲気に只ならぬ様子を感じたのか、木乃香が恐る恐ると訊ねた。

 千雨ちゃんは、刹那さんの方を向いた。

 

「あいつ、確かにインキュベーターが来るって言ったのか? 」

 

「は、はい。そうですが……。それがどうかしたのですか? 」

 

「……お前ら、インキュベーターって何か知ってるか? 」

 

「いや、知らないけど……。千雨ちゃん顔怖いよ? 」

 

 なんだろ。何かに恐れている、っていう顔をしていて、私は思わず息を飲んでしまう。

 

「……お前ら、ちょっとこい」

 

「え、え、ちょっ、ちょっとーー! 」

 

 千雨ちゃんは無理やり私の手を掴んで、教室の外へと引っ張っていく。木乃香と刹那さんは二人で首を傾げた後、そんな私達の後を付いてきていた。

 

 

 

 ○

 

 

 

「これが、インキュベーターだ」

 

 千雨ちゃんは、『インキュベーター』がプリントされた紙をホワイトボードに張り付けて、コンコン、と指で叩きながら言った。何で部屋にホワイトボードなんか、とは誰も突っ込まなかった。

 

「人の純粋な心を弄ぶとは……なんたる卑劣なやつ」

 

「なぁー。姿は愛らしいんやけど」

 

 怒りの混じった声を出す刹那さんの側で、木乃香が間の抜けたように言う。

 その『インキュベーター』とやらは、白くて耳長であり、まるで兎のような生き物だった。黒い目もクリクリとしていて可愛らしいのだけれども、千雨ちゃんによればたいそう酷いことをする奴らしい。

 だけど……

 

「それって、アニメの話なんでしょ? 」

 

 千雨ちゃんは一生懸命説明してくれたが、このインキュベーターとやらは何かのアニメのキャラクターらしい。七海がアニメ好きとは聞いたことがないし、それと七海の関係性はいまいちである。

 

 千雨ちゃんは、ゆっくりと首を振った。

 

「神楽坂……。七海が嘘を言うと思うか? 」

 

「……いや、思わないけどさ」

 

「それに、お前らは分からんかもしれんが、この街は不思議なことが多い。だから、もしかしたら……」

 

 そう言われて、私もハッとなった。確かに、最近気付いたことだけど、この世の中には魔法というものが存在するのだ。今までは魔法使いなんてアニメの世界の話と思っていたのだけれど、そうではなかった。ならば、この「インキュベーター」なるものが存在する確率は0とは言えないんじゃないか。

 

 刹那さんと木乃香の方を向くと、二人も真剣な顔をしていた。私達は目を合わせて、頷く。

 

「……! それじゃ、すぐ七海のところに行かないと! 」

 

 千雨ちゃんの話によれば、騙されてからでは、魔法少女になってからでは遅いのだ。

 私達はすぐに立ち上がって千雨ちゃんの部屋を出て、七海の部屋へと向かった。

 

 

 

 

 ○

 

 

 

「七海! 大丈夫!? 」

 

「明智さん! 例のやつは! 」

 

 放課後。突然私の部屋を勢いよくノックする音が聞こえ、何事だ、と思いつつもドアを開けると、外から明日菜と桜咲が転がり込んできた。止める間もなく二人は部屋へと入っていき、呆然としている私を無視して木乃香と長谷川さんまで部屋に上がっていった。

 

「千雨ちゃん! あの子おらんよ! 」

 

「くそ! あいつは契約者以外には見えないんだ! それに、いくら倒しても無限に沸いてくる! 」

 

「なん……だと! それじゃ、どうすれば……! 」

 

「まてまてまて。皆。一体なにをしているのか、そろそろ教えてくれないか? 」

 

 何か演劇ごっこでもしているのかと思ったが、それにしては演技が迫真すぎる。桜咲は刀まで持ち出しているし、このままだと部屋が危ない。

 

「七海ぃ! インキュベーターはどこ! 」

 

「インキュベーター? ああ、それを探してるのか」

 

 何故、インキュベーターを探しているのか、そしてインキュベーター探しに何故そこまで必死なのか全く理解出来ないが、とりあえずこの状況をどうにかしてほしいので、私は今日届いたばかりのインキュベーターを指差した。

 

「これがインキュベーターだ」

 

「……どれ! やっぱり見えないの! 」

 

「いやいや。そこにあるじゃないか。その四角い奴だ」

 

「……四角……い? ……はい? 」

 

 

 全員が私の指が指す方向を見て、固まった。

 

「……あれがインキュベーターなの? 」

 

「そうだが」

 

「……白い兎みたいなやつは? 」

 

「私は昆虫以外飼わないが」

 

「……魔法少女は? 」

 

「何の話だ? 」

 

 私が持っている『インキュベーター』の中には、いくつかの昆虫が入っている。

 生物学や細菌学でよく用いられる『インキュベーター』は、熱による保温性に優れているため、ある温度を保っていなければならない物を入れておくという使い方ができる。小さい昆虫などはこれに入れておくことで、常に温度を維持出来るため季節に関係なく実験が行えるし、冬眠期間などを飛ばして飼うことも出来る。温度管理に優れているこれはあれば中々に便利なので、お年玉や切り詰めた生活費を使ってようやくネットで購入したのだ。

 

 そう説明すると、皆の顔がキリキリと音を立てながら回り、長谷川さんの方を向いていた。

 

「……千雨ちゃん? どゆことや? 」

 

「いや、そのあれだ」

 

「……喫茶店の時間、もう終わっちゃいますね」

 

「お、おお。その、うん」

 

「……千雨ちゃん。責任、とってくれるよね? 」

 

「…… 」

 

 長谷川さんはだらだらと汗を流した後、突然足を全力で上げながら走り出して、部屋から出ていった。

 

「あ! 逃げたわよ! 」

 

「追いかけて捕まえましょう! 」

 

 だだだっ、と音を立てて、残りの三人も私の部屋から去っていく。

 

 

 

「……何だったんだ。一体」

 

 私の呟きが、1人となった部屋に寂しく響いた。

 

 

 

 


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