セカンド スタート   作:ぽぽぽ

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第63話

 

 私達A組のお化け屋敷は想像よりずっと繁盛していたようで、長蛇の列は廊下には収まりきらず、階段にまで続いていた。ネカネさんを迎えた私達はその列の最後尾に並んで、他愛のない話をしながら順番が来るのを待った。かなり長いこと待ちそうだな、と思ったけれど、私達が先頭に来るのは意外とあっという間だった。店の回転率がいいから、という訳ではなくて、ネカネさんの話が面白かったからだ。

 

 ネカネさんは、色んなことを沢山知っていた。お洒落の話も詳しくて、いい化粧水やトリートメントの成分なんかを分かりやすく話してくれたり、木乃香には料理の話もしていた。ネギにはつまらない話だったかもしれないけれど、私と木乃香は食い入るように聞き入ってしまった。

 ネカネさんも、あっちにはあんまりこういう話を出来る人がいなかったから、楽しいわ、と上品に笑いながら言っていた。

 

 

 ついにお化け屋敷に入る順番となって、ネカネさんは感心した様子で入り口の門を見ていた。ネギが改めて、これを僕のクラスメイトが作ったんです、と胸を張って告げていて、ネカネさんが、凄いわと称賛してくれた。まっすぐに誉めてくれたことが、私も素直に嬉しいと思えた。

 

 

「お! ネギくん来たの!? あ!お姉さんもいるよ! 」

 

「どれどれ! うわあ! 超美人じゃん! 」

 

「成る程……。これはネギくんも将来は美形が約束されてるね……」

 

 お化け屋敷から仮装をしたチアリーディング部の顔が次々と飛び出してきて、ネカネさんを見てわーきゃーと騒ぎだした。ネカネさんはそんな彼女達に気を悪くすることもなく、むしろ、穏やかな笑みを浮かべて手を振っている。

 

「こら! あなた達、失礼でしょう! はやく持ち場に戻りなさい! 」

 

 いいんちょの声が聴こえて、顔を出していた柿崎達がズルズルとお化け屋敷の中に引き摺られていく。

 ああー、とうめき声を上げながら消えていった彼女達の姿が既にホラーっぽくて、もう始まってるのかしら、とネカネさんがネギに耳打ちしていた。

 

 

「こほん。 お姉様、クラスメイトが大変失礼しました。私、3-Aの委員長を務める、雪広 あやかと申します」

 

 仕切り直して出てきたいいんちょが、礼儀正しく挨拶をした。いいんちょの奴、調子よくお姉様なんて呼んでいる。

 

「貴女が委員長さんなの。なら、いつもネギがお世話になってるわね」

 

「いいえ! ネギ先生は大変素晴らしい男性です! クラスメイトのお世話こそすれど、ネギ先生に手がかかると思ったことはありませんわ!」

 

「ふふ。ならよかったわ。宜しくね、あやかちゃん。ネカネ・スプリングフィールドよ」

 

 ネカネさんは自分の名を告げた後、いいんちょの手を握った。

 

「……はい。宜しくお願いしま、す……?」

 

 いいんちょは差し出されたその手を笑顔で握ってから、それから一瞬、動きを止めた。

 

 顔を見ると、きょとんとした表情を見せている。

 それを見たネカネさんが、どうしたの、と声を掛ける前に、いいんちょはすぐ気を持ち直した。

 

「いいえ、何でもありませんわ。それでは、ネカネさん! 折角なので我がクラスのお化け屋敷を楽しんで行って下さい! 」

 

 いいんちょがネギとネカネさんを中へと誘導していく。私と木乃香は付いていく素振りも見せずにその場を動かない。そんな私達を見て、ネギは疑問符を浮かべながら首を傾げた。

 

「あのー。明日菜さん達は来ないんですか? 」

 

「私達は行かないわよ。二人で行っておいで」

 

「うちらは中の様子も全部知っとるし、主催側やからなぁ。出口で待っとるから、そこでまた合流やな」

 

 ネギは、では行ってきます、と私達に言ってからネカネさんと一緒に入り口の門をくぐっていく。

 

 二人が入って少しすると、いいんちょが出てきた。この時間帯は案内役である彼女は、次の人を案内しないといけないのだ。

 

「いいんちょ、あれだけでええん? もっとネカネさんとお話したいんちゃうん」

 

「いいえ、しっかりと挨拶が出来ましたし、十分ですわ。次の仕事もありますしね」

 

「ねえ、いいんちょ。ネカネさんと手を握った時、どうかしたの? 」

 

 あの時、いいんちょはどこか不自然だった。私の言葉を受けて、いいんちょはその時のことを思い出すかのように自分の手をじっと見つめて、掌をゆっくりと動かした。

 

「……何でもありませんわ。ただ、懐かしいような、覚えのあるような感じがしまして……」

 

「……なにいってんの? 大丈夫? 」

 

「いいんちょ、不思議ちゃんやなぁ」

 

 懐かしいって、今まで違う国にいたネカネさんとあったことある訳ないのに。

 

「あなたが聞いたから答えたんでしょうが! 木乃香さん!あなたにはその台詞は言われたくないですわ! 」

 

 いいんちょは怒りながらも私達の背中をぐいぐいと押して来た。

 

「ほら! いつまでもここにいると仕事の邪魔ですわ! あなた達は出口でネギ先生達を待ってなさい! 」

 

 はやく、と急かすように言って私達を退けた後、いいんちょはすぐに次のお客さんの対応に入った。流石に仕事に迷惑を掛ける訳には行かないので、私と木乃香はお化け屋敷の出口へと向かった。

 

 

 

 

 ○

 

 

 

 

「どうだった? お化け屋敷」

 

「こ、こわかったです。早々に首がコロン、って……」

「凄い良くできていた。久々に面白いものをみれたわ」

 

 ネカネさんは、うんうんと頷きながら言った。その様子だと、あまり怖くはなかったみたいだ。一番怖いコースに行った筈なのに余裕そうで、その冷静さがやっぱり大人っぽかった。

 

「最後の幽霊は特に本格的だったわね」

 

 その幽霊だけは本物なんです、なんて言えなくて、私達はとりあえず苦笑を返した。

 

 

 

 

 ネギとネカネさんがお化け屋敷から出てきた後、そののまま合流して、今はどこかのサークルが出店しているオープンテラスの喫茶店で寛いでいた。

 紅茶のいい香りが蔓延していて、ネギも満足そうにそれを飲んでいる。ネカネさんの飲み方も、礼儀正しいというか、外国の貴族っぽくしっかりとしてて、紳士っぽく飲むネギとどこかシンクロしているのが、ちょっと可笑しかった。

 

 

 

「ネギ、そういえば、あんたこの後本屋ちゃんとデートなんじゃないの? 」

 

 通りにある時計に目を向けながら私が言うと、ネカネさんが、まぁ、と声をあげた。

 

「ネギも大人になったわねぇ。デートだって」

 

 クスクスと笑うネカネさん。ネギは顔を赤くしながら、恥ずかしそうにしている。

 

「いや、デートというか、その」

 

「駄目やよーそんな風に言っちゃ。のどかすんごい勇気出してネギ君を誘ったんやよ? 」

 

「う、……す、すいません」

 

 本当に申し訳なさそうにそう言ったネギを見て、ネカネさんは、そういう所は相変わらずね、とため息混じりに呟く。

 

「でも、まだ時間はありますよ! それに……」

 

 ネギは、ポケットから懐中時計を取り出した。なんだか複雑そうな表情をしながら、それをじっと見つめる。時計ならすぐそこにあるのに、とわざわざ懐中時計を見つめるネギを、私は不審に思った。

 

「ネギ」

 

 ネカネさんの白い手が、おもむろにネギの頭を撫でる。それから、その手をすっと頬まで下ろしてからゆっくりと語りかけた。

 

「女の子を待たせるものじゃありません。それに、準備の時間もあるでしょう? いいから行ってきなさい」

 

「そーやね。ネギくん、うちがコーディネートしたるよ。せっかくなんに、スーツじゃのどかも可哀想やよ? 」

 

「でも……」

 

 ネギはきっと、ネカネさんのことを気に掛けてるんだろう。せっかくここまで来てもらったのにネカネさんを放っておく、ということにも勿論負い目はあるだろうけど、それよりも、ネカネさんの体調を気遣っているように見えた。心配そうにしているネギの顔は、やっぱり分かりやすい。多分、最後までネカネさんを見ていたいんだと思う。

 そんなネギの想いを察しているかのように、ネカネさんは力強く、それでいて優しく、大丈夫、と頷いた。

 

「私はいいのよ。この後はすぐホテルで休むわ。こっちに来たばかりで疲れちゃったし、ちょっと1人でゆっくりしたいのよ。だから、気にしないで」

 

「……うん。分かった」

 

 しぶしぶといった様子で返事をしたネギに、女の子前でそんな顔しちゃ駄目よ、とネカネさんは額を小突きながら言う。

 

 ネギは改めて、お姉ちゃん、またね、と告げてから、木乃香と一緒に席を立った。木乃香も丁寧にネカネさんに頭を下げて、いつもみたいなほんわかした笑顔でさよならを言った。

 

 

 私は、二人には着いていかずに、なんとなくその場に残ってしまった。お洒落については木乃香一人付いていけば十分だし、なによりも、もう少しだけネカネさんとお話したいと思ったのだ。

 

 ネカネさんは席を立たない私に向かって疑問を持つ様子もなく、紅茶をもう一飲みしてからカップを机に下ろす。微妙に紅茶の水面が揺れて、キラキラと光って見えた。

 

「明日菜ちゃん。ネギをいつもありがとうね」

 

「え?いや、別にお礼を言われることなんか……。私は特に何もしてないし」

 

 突然の言葉に、私は大袈裟に腕を振って否定をしてしまう。

 

「ううん。ネギね、手紙でよく明日菜ちゃんの話をしてたわ。最初は、ちょっぴり乱暴な人、なんて言ってたけどね」

 

「……あいつめ」

 

「でもね、最近は、優しいとか、よく見てくれるとか、そんなことばっかり言ってるわ」

 

 普段そんな風に見られている気がしなくて、思わず、それほんとですか? と疑う感じで聞き返してしまった。

 

「ほんとよ。ほんと。きっと、明日菜ちゃんのこと慕ってるのよ」

 

 ストレートに言われて、思わず顔が少し火照った。いやいや、と言い訳する前に、照れてるのね、と言われて、言い返せなかった。

 いや、違う違う。私は高畑先生が好きで、ネギはガキだし、そりゃその辺の子供よりはしっかりしてるけど、恋愛感情なんて皆無だし、ただ、男子に慕われてると言われるのは慣れてないから、いや男子としてあいつを見てる訳でもないけど、ああー。

 

「面白いわね、明日菜ちゃんって」

 

「もう! からかわないでよ! 」

 

 ごめんごめん、とネカネさんは微笑みながら謝った。

 それから、少し遠い目をして、ネギはね、と呟く。

 

「ネギは、誰かが見てないと駄目なのよ。結構強情だったり、ひた向きになっちゃって前しか見えない時あるでしょ? そういうの止めてあげれるのは一番側にいる人なのよ」

 

「……でも私、その役目出来てないかも」

 

 ネギが一直線なのは私も分かる。だけど、私がそれを止められるとは思わなかった。

 ネカネさんは、首を左右に振った。

 

「あの子の側にいるだけでいいのよ。あんたちょっと待ちなさいよ、って、一言言ってあげればいいの。ネギ、明日菜ちゃんのこと好きみたいだし、そういう人がいるだけで、あの子は大丈夫」

 

 ネカネさんはゆっくりとそう言って、また紅茶を口に含んだ。

 

 

 ――なんだろう、この感じ。

 

 その言い方は、なんだか儚くて。

 でも、安心してる様子もあって。

 よく分からないけど、私は少し悲しくなった。

 

 ネカネさんを、改めて見る。

 消え入りそうなくらい、綺麗で、白い肌だ。

 

「……あの」

 

「うん? 」

 

「……大丈夫? 」

 

 ネカネさんは、おもむろに私に視線を向ける。

 

「大丈夫よ。ごめんね、心配させちゃって」

 

 そう言って笑って、彼女は杖を上手に使って席を立った。

 

「でも、少し疲れちゃったから、もうホテルに戻るわ。……お話出来て、楽しかった」

 

 ネカネさんは、最後に私の頭をぽんと掌を乗せてから、風に身を預けるようなゆったりとした足取りをして、行ってしまった。

 

 私は、自分の頭に乗せられたネカネさんの手の感覚を確かめるように、右手を頭に乗せた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ○

 

 

 

 日はすっかり暮れていて、橙色をしていた筈の空は、既に紺色に押しきられていた。周りには、ほとんど人の気配がしない。おそらく、大抵が世界樹の発光を目に納めようと、中心部の方に向かっているのだろう。人々の声は、ぼんやりと聴こえる。

 どうせ家に戻っても、まだ茶々丸はいない。ならば特に急ぐ必要もなく、私は七海と別れた後、道中にあったベンチに座ってだらだらと考え事をしていた。

 

 頭に浮かぶのは、七海のことだった。

 あいつが今、どういう状況にいるのか、私にはよく分からない。ただ、何となくだが、いい予感はしていなかった。アルが、気を付けろ、と言ったのだ。何もないとは思えない。しかし、だとしても私には何が出来るか分からなかった。

 600年も生きてきたが、久々に分からない問題に直面して、私は暗黒の森をぐるぐるとさまよっているかのような、もやもやとした気持ちを抱えた。何かに悩むということ自体が懐かしく、答えのでない問いはやはりいじらしいと再確認した。

 

 どうすればいい、というより、何をしなければならないのだ、と考え、結局また、どうすればいい、と思考は戻る。

 別に、どうにかなると決まった訳じゃない。世界樹が光ろうが、あいつにはなんの影響もないかもしれない。ただちょっと、あいつも一緒に光るくらいで済んで、ちょっと騒ぎになるが、それでも月日が経てば楽観的なクラスメイトの間での笑い話で済むようなことかもしれない。

 それでも、じっとはしていられなかった。

 アルに話を聞けば分かるのだろうか、いや、あいつがあんな半端な言い方をするということは、あいつも何か隠しているのか、本当分からないかのどちらかだ。前者は考えにくい。腐った性格をしてるがあいつの根は善人だ。一般人が危険にあうというのに黙ってることはないだろう。

 

 考えは、ぐるぐると回り続ける。

 

 

 考えるに考えて、思考の海に溺れるように考えて、なんで私はこんなことを考えてるのだ、と一番根本なことまで考えだしてしまった。

 人間なんて、今まで何人もいたじゃないか。

 今更、たかが一人の人間を気にして、どうかしてる。そんな心の声も聞こえ始めた。

 

 ――でも、違うんだよ。

 

 その問いかけに、はっきりとした声が言葉を返した。

 ナギも七海も、私を普通に見てくれた。どうしようもなく化け物で、人とは違う私を。私を私として見てくれたんだ。それが、私には――。

 

 

 不意に、トサリ、という音が、ほんの僅かに聴こえた。

 下を向いて考え込んでいた私は、顔をあげた。

 

 いつだかも、こんな音を聞いた覚えがあった。いつのことだっただろうか。

 

 しばらく座っていたからか生暖かさのあるベンチから立ち上がって、私は何となく音の発生源に向かおうとした。

 やはり周りには人はおらず、閉まっている出店の光だけが道をほんのりと照らしていた。学生で夜まで出店するには許可がいるため、店側もこの時間は中心部へと向かっているのだ。

 

 なんだか面倒ごとな気もする、と今までの経験から思いつつも、私は足を進める。街道を少し歩き、道を曲がると、そこには人がいた。

 

 ――ほら、やはり面倒ごとだ。

 

 私は自分にため息をついた。わざわざここまで来てしまった自身に悪態をつきながら、倒れている人間に視線をやる。

 私と似た色の金髪の女性が、その長い髪を無防備に広げながら、うつ伏せにしている。呼吸の音も、僅かに聴こえる。申し訳程度に上下する背中から、死んでる訳じゃないことは分かる。

 

 死んでいないのなら、特に問題もあるまい。ただ寝ているだけかもしれないし、もう少ししたら私以外の人間がこいつを見つけるだろう。

 

 自分にそう言い聞かして踵を返そうとした。

 だが、そこから一歩踏み出した時に、ある記憶を思い出してしまった。

 

 ……そういえば、七海と初めてまともに会話したときも、こんな状況だった。

 

 後ろを振り返る。今は、茶々丸はいない。その人を助けろと、私に言う者はいない。わざわざ人助けをする義務なんて当然ないんだ。

 

 そこから遠ざかるように、更に一歩足を進め、

 

 

 

 

 

 ――『私は、君が優しいことを知っているよ』

 

 

 

 

 

 くそっ。

 こんなのただの偽善だ。私が一番嫌いなものだ。そんなこと分かってる。

 だが、もう放ってはおけない。ここでこの女を置いていったら、私はあいつにどんな顔をしていいか分からない。

 

 

 苛立ちつつ地面を強く踏みつけて、私はその女性に近付き、肩を触ろうとした。

 

 

 

 その時。

 いつか感じた違和感が、私を襲う。

 

 

 

 ――――こいつ、魔力が……。

 


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